ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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精密機械がやばいことに。


第33話 伝説に迫る者

2,3回戦をコールド勝ちしている青道。例年投手が課題のこの高校に、3人の投手陣が現れる。

 

一人は初先発で初完封の男、大塚栄治。

 

最速142キロのストレートに加え、スライダー、カットボール、シンキングファーストの動く球を使い、打たせて取る技巧派。

 

噂では、それは真っ赤な嘘だと言われているが、公式戦ではまだ技巧派のまま。(最速は147キロ)

 

漏れていない理由は、大阪桐生がリークしていないためである。

 

二人目は沢村栄純。大塚の影に隠れているが、130キロ前後のストレートに加え、多彩な癖球と、高速パーム、チェンジアップ系を駆使し、緩急自在の技巧派にして、本格派。未だに判別が出来ていない。

 

三人目は降谷暁。最速153キロのストレートに、落差のあるSFFを駆使し、三振の山を築く剛腕。

 

だが、ここにきて降谷の弱点が青道首脳陣に露見した。

 

「………気温か………」

御幸からの報告で、片岡監督は腕組みをする。彼は北海道出身。初めて経験する東京の夏に体力を奪われているのだ。

 

「これは、体が慣れるまで、ですね………」

有効な対策が取れない。故に、水分補給をしっかり取るようにしか言えない。

 

「先発で起用しなくて正解でしたね………この弱点を知らずに先発で使っていれば………」

太田部長は青ざめた顔で、そう発言する。

 

「大塚を先発させる。あの投手相手に、投手戦になれば、対抗できるのは大塚しかいない。」

きっぱりと片岡は言い放った。

 

「では万が一大量リードが望めたら、大塚君は温存という事でしょうか?」

 

「可能ならな。あの投手を打ち崩せば、それだけ市大三高戦が楽になる。」

上に進む為に、楊の攻略は至上命題。しかし、ここで大塚を刺激させる投手。

 

「もしここで、奴がもう一段階扉を開くなら、甲子園はぐっと近づく」

大塚が投げ勝った時、彼にはそれが、大きな財産になるだろうと。

 

 

そして屋内ブルペンでは―――

 

ズバァァァンッ!!

 

「よし、いいコースに決まりだしたぞ」

クリスは沢村の球を見て、ようやくこの球種を使えるようになってきたとある種感動を覚えていた。

 

「はいっ!!」

これは非公開の練習。沢村が会得し、武器にしようとしている球。

 

ギュインっ!! ククッ!!

 

高速に沈みながら横へと滑る、高速縦スライダー。その制球のコツをつかんだらしく、今のところコースの6割に来るようになっている。そして、速球系のコントロールもそれに影響されたのか、一段と磨きがかかっている。

 

特に、右打者のインロー、左打者のアウトローへの変化は打者に消えたと錯覚させるほどのモノだろう。

 

この球種の制球に、一カ月しかかからなかったのだ。ここまで実戦で使えるようになるまでが。

 

 

その成長速度は、大塚をも脅かす。

 

 

―――焦るな、沢村。お前は確実に一段一段、上へと昇っているんだからな。

 

そんなことを思いながら、クリスは沢村の決め球を、受けるのだった。

 

 

 

そして、試合前日。楊は日本のとある投手の事を思い出していた。自分の原点でもある投手の名を。

 

大塚和正。日本のハイブリット投手と言われ、沢村賞を2回受賞した、世界最高の制球力を持つ投手。

 

多彩な変化球を併せ持ち、コースを投げ分ける正確さ、それに加えての強烈な球威。

 

日本の怪童。ミスタービースターズ。世界の制球王。

 

嘗てはメジャーでも活躍し、日本人初のサイヤング賞を受賞したこともある、日本球界最高峰に位置する彼は、まさに世界に衝撃を与え続けた。7年目のシーズンオフに渡米。アスレチックスに12年在籍。

 

不良債権になるケースが多い一流選手の中で、「年俸の割に、働きすぎている投手」と呼ばれるほどの男。

 

アジア人で初めて、メジャーリーグで投手4冠(最多勝、最多奪三振、最優秀防御率、最優秀投手)を獲得。完全試合3回。ワールドシリーズMVP2回。タイトルは毎年必ず取り、毎年可笑しな記録を作る男。

 

彼が世界に衝撃を与えたのはその圧倒的な制球力。彼が渡米するまでは、1994年の規定投球回以上でK/BBの記録は11である。しかもそれは1994年のストライクのあったシーズンであり、投球回数も200イニングに満たない。

 

しかし、彼はそれを上回る。プロ11年目に防御率一点台を記録したシーズン。彼は300奪三振を記録し、数十年ぶりの偉業達成を為したばかりか、K/BBの記録を大幅に塗り替えた。彼が死四球を出すだけで、ちょっとした騒ぎになり、不滅の記録を打ち立てた。

 

圧倒的な制球力、多彩な変化球、かつ球威もある投手。

 

――――それからだ、投手に憧れ始めたのは。

 

かれは、日本時代は勿論、メジャーに行ってからも彼の事を応援し続けていた。目標である投手の活躍を見ていたい。そんな思いがあった。

 

並み居る強打者を、力と技で抑えていく姿に心を打たれた。どんな逆境でも、折れないハートの強さを学んだ気がした。

 

そして、一球の大切さを教えてもらった。

 

晩年に日本へと帰り、それでも打者を技で抑え続ける彼の姿に、真の投手を見た気がした。

 

次に当たる青道には、その投手の息子がいるかもしれない。彼も、技巧派として名を馳せてはいるが、未だ彼の領域には至っていない。

 

血のつながりがあるとか、そういった情報を知っているわけではない。だが、楊には解っているのだ。彼は間違いなく、大塚和正に近しい人間であることが。

 

彼の投球は、力を抜いた、技で抑え続けた大塚和正そのもの。誰よりも彼の投球を見てきたという楊の自負が、彼がその後継であることを悟らせる。

 

 

――――俺は興奮している。どこかで、彼も息子の試合を見ているのだろうか。

 

自分の投球を彼に見てもらいたい。そして、会って話がしたい。

 

 

伝説の投手を父に持つ男は、いつも通りのペース。

 

家に帰った大塚。妹の美鈴と弟裕作はすでに寝ている。

 

「まあ、シーズン中だし、二軍の育成が忙しいだろうしなぁ………」

父は、二軍の臨時投手コーチを務めている。数年前まではプロ野球選手として、いろいろ飛び回ることも多かったが、今度は横浜の二軍コーチ。横浜としては、この大物を手元に置くことに成功したのだ。コーチの人材で苦労した過去があるのか、こういった動きは手が早い。さらには、元アスレチックスの同僚を雇う計画もあるとかないとか。

 

 

 

「けど、二軍にも結構いい投手がいるって、言っていたわよ」

 

「まあ、どんな魔法を使ったのやら…………」

 

横浜は現在2位と僅差の第3位。防御率は2位とやや結果を出している。しかし、二軍出身の選手が一軍で少し活躍していることから、父の功績に数えられている。

 

―――かつてのサイヤング投手に教わって、選手は光栄だろうなぁ

 

どうせなら早く生まれたかった。もっと全盛期の父の姿を見ていたかった。

 

「どうして俺を早く生んでくれなかったんだよ。俺も父さんの活躍はもっと見たかったのになぁ」

 

「それは無茶ぶりよ。結構早く生まれたはずなんだけど」

母親は息子の無茶ぶりに苦笑い。大塚夫人は現在38歳。栄治は15歳。無茶を言うべきではない。さらに二人を生んでいるのだ。

 

「………明日の試合………父さんはくるの?」

 

「なんだかブルペンでやることがあるらしくて、これないって。やっぱり忙しいのかしらね。」

父親は観戦に行くことが出来ないようだった。当然だろう、今はシーズン中で、優勝争いに参加しているチーム事情。少しでも活きの良い投手を送り込むのが彼の仕事だ。

 

「そっか………美鈴たちも来るのかな?」

 

「美鈴は水泳の大会なのよ。だから来られるのは裕作だけよ」

 

その後規則正しい生活をしている栄治は、そのままベッドへと向かうのだった。

 

 

試合当日。

 

1番 倉持洋一 (2年) ショート

2番 小湊亮介 (3年) セカンド  

3番 伊佐敷純 (3年) センター

4番 結城哲也 (3年) ファースト

5番 増子 透 (3年) サード

6番 御幸一也 (2年) キャッチャー

7番 大塚栄治 (1年) ピッチャー

8番 坂井一郎 (3年) レフト

9番 白洲健次郎(2年) ライト

 

 

「おい、ここで二連続のエース先発かよ」

 

「左の技巧派じゃないのか!?」

 

観客も今日のスターティングオーダーを見て、あの怪物ショートがいないことに驚く。

 

「………来たか………っ!」

楊は、彼が先発し歓喜する。これで奴と投げ合えると。

 

青道応援団は当然打力の爆発を期待する。2試合連続コールド勝ち。その勢いで、今日もすかっとする勝ち方をしてほしいと。

 

その上で、まず必要になるのは、エース大塚の立ち上がり。

 

 

先頭打者への初球。左打者のインコースを抉るシンキングファースト。

 

「ボールッ」

 

続く第2球。外角のスライダーでカウントを取ると、3球目。

 

カァァン

 

「くっ………!」

 

低目のシンキングファーストを引っかけ、ファーストゴロ。続く打者も内野ゴロで打ち取られ、簡単にツーアウトを奪われる。

 

そして最後の打者には、

 

ズバァァァンッ!

 

「うっ……!」

アウトコースギリギリの球を、二球続けての見逃し三振。

 

 

――――さぁ、どう出る、精密機械………?

 

大塚はマウンドへと向かう楊に目を向ける。

 

――――面白い………

 

制球力を見せつけ、自分のお株を奪おうとする投球。明らかに自分を意識している。

 

「………………」

 

ズバァァンッ!

 

「(インコースっ…………いきなりかよ………)」

倉持はいきなり内角を突いてくる投球に、思わずマウンドを見てしまい、

 

ククッ、

 

今度は緩いカーブが外角に決まり、タイミングをずらす。

 

小気味いいテンポで、追い込まれると、

 

ストンッ、

 

最期はフォークボールに当てることが出来ず、倉持は三球三振。変化球での緩急も自在。上手く攻められた。

 

 

続く小湊も追い込まれた後も粘るが、

 

ズバアァァンッ!

 

「ボールっ」

 

「(大丈夫、そこはストライクじゃない………)」

ボール一個分外れているが、恐ろしい制球力である。思わず顔をしかめる小湊。

 

そして第5球。

 

「(また同じところ? 甘い、そこはボールだ!)」

 

ズバァァァンッ!

 

「ストライクっ! バッターアウト!!」

 

「なっ………」

コースは小湊の目から見ても僅かにボール。だが、審判の決定は絶対である。

 

――――あんなところをストライクコールされたら、クサイところも…………

 

「こいや、おらァァァっ!!!」

 

そんな威勢のいい伊佐敷を見て、楊は思った。

 

―――威勢のいい、積極性のある打者。特に内角の高めのボール球をヒットにすることもあり、内角へのボール球さえ注意が必要…………

 

 

楊の頭には、最初に無様に三振したショート以外のヒットゾーンをイメージしていた。

 

――――悪球打ちか………厄介だな

 

故に、勝負は外角。

 

ストンッ!

 

「うっ!?」

アウトコースの右打ちシフトを見越して、伊佐敷はアウトコースを狙いにいくが、フォークに空振り。

 

 

初球からフォークボールで空振りを奪うと、続くインコースのストレートに手が出ない伊佐敷。

 

「ぐっ!?(インコースの際どい球………この野郎……ッ!)」

 

―――最後は打たせて取るぞ、関口

 

そして、捕手の関口にあるサインを出す。そして守備シフトも通常になると、

 

 

―――またアウトコースかよ!

 

しかし、このボールはスピードを落とさずフォークほどの変化量ではないが、鋭く縦に落ちた。

 

「なっ」カァァンっ

 

ファーストへの力のないゴロが転がり、青道打線も3者凡退。

 

「………今のは………SFF?」

大塚は今の球を見て、そうつぶやいた。

 

「…………厄介だな。変化の大きいフォークに、落差が小さく、打たせて取るSFF。」

御幸もまさか2種類のフォーク系を持つ投手だとは思っていなかったらしく、冷や汗を少し流す。

 

2回の表、4番をショートフライに打ち取ると、

 

「…………………」

五番投手、楊舜臣。

 

―――全ての得点に絡んでいる。だからこいつには要注意だ。

 

「…………」

無言でうなずく大塚。

 

まずはアウトコースのストレートでカウントを取ると、続く2球目はスライダー。バットが出かかるも、バットを止める楊。

 

「ボールっ!!」

 

―――おいおい、打者としても選球良すぎだろ………

 

御幸はスロースライダーを見切られ焦るが、2段構えの配球。

 

ズバァァァンッ

 

―――外を見逃すなら、とことん攻めるぜ?

 

「ストライクっ!!」

 

その配球と、それに応える大塚の投球に楊は考える。

 

――――いい投手だ。それに、ここに来てのアウトコースの連続。この攻撃的な捕手ならば、アウトコースを―――ッ

 

カァァァンっ!!!

 

―――あえて続けると思っていたぞ!!

 

「なっ!?」

 

アウトコースのストレートを弾き返した楊。思わず御幸は驚き、大塚はライトへと目を向ける。

 

長打コース。ライトツーベースを打たれた大塚。

 

「なるほど…………読み合いか…………」

大塚は最期の思い切り踏み込んだ打撃を思い出し、彼がアウトコースを狙っていたと悟る。

 

しかし後続の打者を打ち取り、ピンチを脱する。そして、大塚が見たかった勝負が始まる。

 

四番結城との対決。

 

ズバァァァァンっ!!

 

先程の小湊を見逃し三振にした球。審判はそれをストライクとコールする。

 

「ストライィィクっ!!」

 

「………………」

それを悠然と見送る結城。

 

―――やはりこの打者は別格だ。見逃し方といい、オーラが違う。少し中へ、フォークボールを見せるぞ。

 

精密機械といわれる楊だが、変化球が一級品でないとは言えない。確実にチェックゾーンを超えるフォークボールに手が出てしまう結城。

 

「ストライクツーっ!!」

 

大塚ほど強烈ではないが、視界から消える。どれも際どいコース。結城はコースを考える。

 

 

しかし、彼が考える間も与えずに、楊は振り被る。

 

そして―――

 

ズバァァァァンッッッ!!!

 

「!!!!」

制球の良さをアピールしていた楊が、高めのボール球を投げ込んだのだ。思わずその腕の振りと、制球の良さを信じてしまった結城は、明らかに甘そうに見えたボール球に釣られてしまった。

 

「ストライィィィクッ!! バッターアウトっ!!」

 

「哲が………三振………!?」

伊佐敷はあんな高めのボール球を振らされた結城を見たことがなかった。

 

「…………厳しいところにカウントを稼がれ、甘いと思った場所に手が出てしまった………次は打つ………」ゴゴゴゴゴゴゴゴッ

 

リードも変わっている。対角線を利用したものではない。明らかに攻め方を変えている。

 

続く増子はSFFを引っかけ、内野ゴロに打ち取られ、

 

ズバァァァァンっ!!

 

「ストライィィクっ!! バッターアウトっ!!」

 

「うは………厳し過ぎでしょ…………」

あえなく3球で見逃し三振の御幸。初球カーブからの連続インコースに手が出なかった。全く相手にならなかったことで、肩を落とす御幸。

 

―――といっても、何球種持っているんだ………!?

 

この試合以前は、フォークとカーブのみ。それがスライダー、SFFもあると言い、大塚と同様に、力をセーブしていた節がある。

 

お互いヒットは出すものの、要所、要所で抑える両投手。

 

強力青道打線を相手に、一歩も引かない楊に対し、大塚も楊以外に詰まりながらも癖球を運ばれた2本のヒット以外は許していない。

 

―――しっかりとスイングをすることで、癖球があまり有効じゃない。

 

特にカットボールが有効ではなくなっている。内角は引っ張り、外角は流す。そんな無理をしない打撃で、確実に芯に当てに来ている。

 

―――スライダーの不十分な沢村なら、きっかけさえあれば炎上していたかもしれない………

 

無理をしないという点では、明川はすぐれていた。確実にヒットゾーンへと強い打球を意識しており、技巧派にはちょっと苦しい相手かもしれない。

 

タイミングを外し、騙し騙しやっているが、このレベルの球速なら攻略できる実力を持っていると痛感する。

 

――――それに彼は球種を解禁しているし………

 

大塚がお返しとばかりにヒットを打つも、後続の坂井がSFFを引っかけ、ダブルプレー。続く打者も打ち上げてしまい、この回も結局3人で終了。

 

3回は下位打線をきっちり料理し、大塚は3者凡退に抑える投球。カットボールを見せ球にするリードが機能し、内角のボール球に手を出してくれたので、球数も減らせたのだ。楊とは対照的に、打たせて取る投球に徹する大塚。

 

こうして前半の3回が終了し、お互いにこう着状態が続く。

 

応援に駆け付けていた母綾子は、青道がいいようにタイミングを外されていることに気づく。

 

大塚和正がよく打者のフォームを潰しにかかっていたあのスキルを、この年ですでに会得しているという事実。

 

 

「和正さんそっくり。なんだか思い出しちゃうかも」

楊舜臣。フォームこそ違うが、この時すでに、この母親は彼がタイミングを微妙に変えていることに気づいている。

 

「うーん。なんか気持ち悪いフォーム。打席に立ちたくないかも」

裕作も、理屈を解っていなかったが、本能で楊舜臣の本領を見抜いた。

 

「(早く気づかないと、いつまでたっても打てないわよ、栄ちゃん)」

 

 

そして、コールド勝ちで勝ち上がってきた青道を抑えている明川学園は序盤3回での戦いぶりに手ごたえを感じている。

 

「全然やれているぞ!! 俺達!」

 

「ああ! あの投手も、そんな絶望感を出すような雰囲気がない!!」

 

「何とか楊を援護するぞ!!」

そして明川ベンチ。大塚の球にバットを当て、癖球をヒットにするが、後一歩が出ない。関口も、勝負どころで制球と球威が良くなると言い、一筋縄ではいかないと断言する。

 

「くそっ!! あと一歩なのに!!」

 

「勝負所で、変化球の精度が格段に上がる。あんなにコースに決められたら、そう簡単に打てねぇよ!!」

 

「ああ。手加減ばかりが正解でないことを教えてやる。舜には1点で十分だからな!!」

チームのエース、楊舜臣への信頼は厚い。彼が打席に立てば、何かが起こる。自分たちのエースは簡単には崩れないと。

 

 

まさに、強者に対し、一歩も引かない挑戦者。明川学園は、この大塚をリスペクトしつつ、挑戦者として打ち崩す気満々であった。

 

対照的なのが青道ベンチ。

 

やはり楊舜臣に抑えられて、若干ムードが停滞している青道。相手のベンチが明るいことに、良い様にやられていることへの悔しさを隠さない。

 

「大塚!! さっさと力投しろよ!! 舐められているぞ!!」

伊佐敷は、尚も頑なにうたせて取る投球を続ける大塚に、ベンチの明るい明川を黙らせろ、と言うが。

 

「………市大と当たるまではみせませんよ。隠せられるなら、隠せるまで隠します(後ろの心配をすれば、出来る限り俺が投げ抜かないと。正直、守備のプレッシャーで崩れるタイプじゃない。)」

 

 

そして息をするように4回も3者凡退に抑える大塚。試合は、両投手のテンポの良さもあり、すでに4回裏に入っていた。

 

――――大塚の言うことも解る………俺達が点を取ればいいだけの話だ!!

 

しかし、両サイドを広く使われ、さらにストライクゾーンの広い現状。的を非常に絞りづらく、

 

カァァンっ!!

 

「あっ!」

その制球力を前にまともにバットを振れず、内野フライを打ち上げてしまう。

 

 

未だにヒットは大塚の一本のみ。そして、続く小湊も内野ゴロに打ち取られる。

 

「ストラィィィクッ!! バッターアウトっ!!」

 

そして伊佐敷は、フォークに手が出て三振。

 

 

―――伊佐敷先輩の言うことも解る。だが、この投手はそんなことをしても崩れない。

 

この投手は、相手投手の威圧感のききにくいタイプだと。

 

―――この感じ、まるで父さんと投げ合っている感じがする。

 

全盛期よりも後の、父の投球。サイドを広く使い、テンポのいい投球。それは大塚にとっては理想であり、基本である。さらに制球の良さは、針の糸を通すほどに正確無比。

 

――――勝つべき相手だけど………投げ合ってわかる、その凄み………

 

こう着状態のまま、ついに5回に入ってしまう。

 

 

スタンドは騒然としていた。あの強打を誇る青道打線を、5回までヒット1本に抑える快投。

 

対する大塚も、ヒット3本に抑える好投。息詰まる投手戦に、観客の手は自然と汗が出始めていた。

 

 

「なんだよこれ………先輩たちが…………」

金丸は、この状況に驚愕していた。あの今まで打ちまくっていた打線が、あの台湾の投手に抑え込まれている。

 

海を渡った男の投球の前に、まるで歯が立たない。特に結城に至っては、ヒットの気配すら感じられない。

 

チームの主砲が、楊舜臣に歯が立たない。本選や稲実との試合ではありえたかもしれない。だが、こんな予選でそれを見ることになるとは、青道スタンドの焦りを誘発する。

 

 

「大塚君…………」

メガホンを握りしめ、心配そうに見つめる夏川。この膠着状態、投手に襲い掛かるプレッシャーはどれほどのモノだろうか。

 

この試合の勝敗は、素人でも解る。

 

 

―――――先制されたチームが負ける。

 

 

 

「大丈夫よ。うちのエースを信じなさい。」

貴子が心配そうに見つめる夏川に大塚を信じるように言う。

 

「で、でも………打線が全く打てる雰囲気がなくて…………このままじゃ………」

 

「私達には、選手を信じて応援することしか出来ないもの。」

 

「!!」

貴子のこの一言で、夏川ははっとする。そうだ、自分に出来るのは声を出すことだけ。応援することしか出来ないのだ。

 

「うん。私達に出来るのは、たぶんそれしかないから」

春乃は、大塚の勝利を信じていた。彼女は決意したのだ。

 

――――私は、最後まで大塚君を信じるんだって。

 

 

その頃、市大三高は次の試合に向け、準備をしていた。

 

 

「おい真中! 青道と明川の試合はまだ動きがないぞ!」

 

「なんだと………」

大前は偵察メンバーからの情報で、未だに明川の投手に無得点に抑えられていると知り、勝負が解らないことを悟る。

 

「1年生の大塚と、2年生の楊の投げあいだ。凄い勝負になってきたぞ」

 

「光一郎…………」

レギュラーには入っていなかった丹波。そしてそれは、噂の怪我が真実であることを立証する何よりの証拠だった。

 

こう着状態が続く試合。試合は6回の表へと移っていく。

 

ざっ、

 

「お兄ちゃん、出てこないよ~」

沖田雅彦こと、沖田の弟はスタンドにて、青道が無得点であること、兄がベンチスタートであることを気にしていた。

 

「お兄ちゃんなら打てるのに」

そして妹の薫は辛辣な言葉を呟く。まだ子供なので許してほしい。

 

「こらこら、青道の監督さんもきっと何かあるのよ。そんなこと言わないの」

 そこへ、母親の和江が二人を諌める。出てきている選手に失礼であると。

 

「あれ? 沖田さんじゃないですか?」

そして先に観戦していた大塚一家と巡り合う沖田一家。

 

「あら、大塚さん。」

 

授業参観などですでに面識のある二人。こうして家族連れで会うのは初めてだ。

 

試合を見て、

 

「なかなか入りませんね。」

 

「ええ。そうですねぇ。」

 

息子たちの戦いぶりを見つめる母親たち。年の割に若く見える二人。青道の応援スタンドでは見ない顔なので、当然目立つ。

 

「(あのお姉さんたちは誰だ? まさか、大塚の姉か!?)」

金丸は壮大な勘違いをしていた。

 

動かない試合。回が進むにつれて重たくなる試合展開。楊舜臣たち明川学園は、青道相手に予想以上の善戦。

 

青道は4番結城を筆頭に、強打が完全になりを潜め、大塚の1安打に抑えられている。

 

試合の流れは、明川学園だった。

 

 

 




ついに楊の出番。原作でも秋に対戦して欲しかったなあ。

あのふくよかな投手と、フルスイング打線は絶対に許さない。

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