第31話 心を一つに
次の日、大塚は決意を持って学校に登校した。野球部に降りかかった悲劇。エース丹波の怪我は、学校中に広まっていた。
「大塚君……その、大丈夫?」
マネージャーの春乃が気遣いながら話しかけてきた。あの場に居合わせた者として、大塚と沖田の事を特に心配していたのだ。
「大丈夫だよ、吉川さん。上級生の先輩の方が、余程堪えていると思うから。俺たち若い力が引っ張らないとね」
微笑を浮かべながら、大塚はその気づいかいに感謝しつつ、自分は大丈夫だと彼女に伝える
「う、うん」
それでも、やはりまだ心配なのか、含みのあるしどろもどろな言葉。
「沖田も、帰ってきたときに敗退して終わっている、では驚いてしまうからね。吉川さんは心配し過ぎ」
沖田は早めに帰ってくる。丹波先輩は予選は厳しい。ならば、やることはすでに――――
「大塚!! ちょっと話がある!!」
そこへ、沢村が何か決意を秘めた表情でやってきた。
「沢村君……」
吉川は驚いた顔で、沢村の方を向く。この時期にいったい何があるのか、と思っているようだった。
「えっと、ごめんね、吉川さん。ちょっと席を外すよ。」
沢村の表情が何か覚悟を決めているような雰囲気があったので、大塚は席を立つ。
「ううん。私は大丈夫だから……」
しかし吉川は、そんな大塚の背中を見送りつつ、さびしい気持ちを隠せなかった。それに気づいていないのは、死角になっている大塚と、鈍感な栄純のみ。
吉川と別れ、大塚が廊下に出るとそこには、
「僕も、今は君に用があるから」
そこへ降谷も現れ、
「結局揃うんだよね、このメンバー。」
春市が、
「まあ、この際答えは解りきっているんだ。大して変わらねェよ。」
金丸が、
「ああ。そうだな」
東条。
「沖田と丹波先輩は絶対に戻る。」
狩場が大塚の下に集まっていた。
ホームルーム間近、彼らは集まっていた。
「話って? まあ、色々と予想はついているけど」
大塚は1年生たちに尋ねる。そこへ、何と川上先輩までいることで、何を話しに来たのかが分かる。
「エースについてだ。丹波さんがいない以上、誰かが背番号1をつけないといけない。」
川上が厳しい表情で大塚に問う。
「俺達は、お前にこの番号を託したいと思っている。これは、青道投手陣の総意なんだ」
代表して、川上が大塚に宣言する。丹波が戻るまでの間は、大塚がエースであると。
ざわざわ、
「おい、あれはなんか先生に伝えたほうがいいのか?」
「なんかヤバい雰囲気だぞ」
野球部以外の生徒が、その異様な雰囲気を醸し出す1年生野球部の中心人物と投手陣が集まる廊下を見て、ひそひそ声をする。
「……川上先輩はリリーフ経験が豊富。先発もリリーフも出来る。後ろは恐らく先輩、ですね。」
「ああ。監督からは最初に言い渡された。抑えは俺だ」
川上が抑え。強い気持ちを持つ事が大事とされるポジション。
「だからこそ、俺はエースとは言えない。スターターの適性のある沢村と大塚。お前らのどちらかに託したいと思ったんだ。」
「監督はなんと?」
―――――投手陣の中で、それをまず教えてほしい。学年は問わない。
「だってさ。俺は、まだお前を越えてないからエースにならない。お前になら任せられる。」
沢村は真直ぐな瞳を大塚に向ける。
――――期待をされていること、それを苦しいとアイツは言っていたな。
大塚は、妹の悩みを思い出していた。期待されて、もし結果を出せなかった時の失望の目が怖いと。偉大な父親と、文武両道、エース候補の兄。弟は、リトルリーグに入る直前。だが、遊撃手として非凡な才能を持っていた。
自分も取り残されたくないと、泣きわめいていた。
――――妹の不安を取り除くことも、その座をつかむ理由の一つに加えても、罰は当たらないよね?
「ああ。もし俺でよければ、その責任を果たす。」
エースとして、青道を全国の舞台へ。その想いが大塚をゆるぎないものへと――――
「まあ、とにかく、沢村は赤点回避な。」
「とにかく赤点だけはやめろよ。」
「降谷、お前もだぞ」
1年生たちは、迫り来る期末テストでの健闘をまずたたえ合うのだった。
そして学校が終わり、練習がやってくる。いつも通りブルペンに入る投手陣。そこへ、
「伊佐敷先輩?」
「主将!? どうしてここに?」
ブルペンには、伊佐敷と結城がいたのだ。何と野手の彼らが投球練習を行っていたのだ。
「とにかく、なんか身が入らなくてよ。まあ、延長戦とかがねェわけじゃねェンだ。スクランブルなら任せろ!!」
「そういうことだ。伊佐敷は、元々投手志望だったからな」
「!!!」
東条はそれを聞いて驚いた顔をしている。そして、伊佐敷の顔を見る。
「全中ベスト4。まだ諦めるのは早いぜ!!」
「お、俺もブルペン練習をさせてください!!」
東条も伊佐敷らに触発され、投球練習を行うことを決めるのだが、
「いつの間にか投手が増えている件について」
「そういうな。全員で戦う意識というのが高められていいと思うがな。伊佐敷の場合は、案外馬鹿にならないかもしれないぞ」
クリスは、温かい目で大塚が伊佐敷に指示を与えている姿を見ていた。
「3年間直らなかったノーコンですよ? アレがそう簡単に――――」
宮内は、クリスの言葉に懐疑的だった。意識が戻すのが目的なので、あまり高望みはしていないのだ。
「どう転ぶかはわかりませんよ。俺達は、俺達の仕事をやるだけです」
小野と、
「とにかく、たくさんの投手の球を受けるのは悪くないはず」
狩場も気合を入れ、捕手陣にも火がついていた。
その問題の伊佐敷と大塚だが、
「まずはステップの位置です。下半身が安定しなければ、肩や肘にも影響が出ますし、何よりも制球が定まりません。まずは基本ステップからです。」
「お、おう」
「両肩の高さを水平にするのではなくて、少し遊びを与えてはどうでしょう。自然と腕が振り抜かれます。」
「む、難しいな。」
「後は、軽くまずは投げてください。力を入れるのではなくて、まずは腕を軽く振る感覚です。腰の回転があれば、自然と腕は出てきます。」
「うっ!!」
シュッ、
「え!?」
小野が驚いた顔をしながら、伊佐敷のボールを捕球する。ストライクゾーンではないが、なんとボールゾーン気味のコースに入ったのだ。
「腕の力で投げるのではないんです。あくまで腕は腰の動きに合わせたもの。上半身が前に出たり、バランスを崩せば投球はすぐに崩れます。」ゴゴゴゴッッッ!!
大塚が語る投手理論が伊佐敷に炸裂。伊佐敷の制球難が少しずつではあるが、改善されている光景に片岡監督は―――
「――――(あと3年早く来ていれば――――)」
と思わずにはいられない。ここまで手のかからないどころか、技術面で優れた選手は、それだけでチーム力を向上させる。
「まさか、フォームを少しいじっただけで、こうも変わるとは―――」
太田部長は、伊佐敷のボールが少しずつ集まりだしていることに驚いていた。一日でこれだ。故に、後卒業まで練習をした場合、どうなってしまうのかが少し楽しみだった。
いや、夏本番までに下手をすれば間に合う可能性もあった。
「まあ、投げられるボールは、チェンジアップですかね。まずはこれですね。もし万が一、伊佐敷先輩が今後投手をまた志すのであれば、フォームを大切にしてください。」
「ああ。今日はありがとな。監督の気遣いだったのは解っていたが、まさかこうも指導されて球が集まるとはなぁ」
人生で初めてストライクゾーンに入った。それも行くと解ってゾーンに入ったボール。
「指導者の道も全然心配ないな」
「まだ現役ですよ、主将!」
主将とチームの主力選手の目に力が戻った。その後二人はこの場を後にし、東条もそれに続く。
「俺も、投手も諦めていないからな」
其の3人が与えた影響は大きかった。練習に活気が戻り、レギュラー陣を含めた動きにキレが戻った。
片岡監督は、投手陣と捕手陣を呼び寄せた。
「川上。現時点での投手陣のリーダーはお前だ。そして―――この若い投手陣の中で、お前と、投手陣が下した判断を尋ねたい。」
「大塚です。沢村も先発として安定していますけど、やはりイニングを食える投手がエースになるべきです。」
「沢村は?」
「悔しいけど、今は大塚に任せます! 秋は解りませんけど!!」
異論はない。沢村はこの夏予選では大塚と川上が軸だという事が解っていた。
「降谷は?」
「イニングを投げられない自分は柱ではありません」
投手陣の総意を聞いた。次に、
「御幸はどうだ? 正捕手として聞きたい。」
「この夏予選は、経験や実績ではなく、大塚と沢村の二枚看板で行くべきだと思います。」
きっぱりと御幸はそう言い切った。大塚と沢村の二枚看板。1年生投手を軸に、この夏の予選を乗り切るという御幸の大胆な戦力転換。
「そして、川上には最後を任せます。降谷は、相手の勢いを消すセットアッパーが適任だと考えます。彼のストレートとSFFは、むしろそれに向いています」
「そうか――――――」
「今夜、部員を集める。その場所で、今後の事を全員に話す。」
そして、今夜の全体の集まりにて丹波の怪我の度合い、そして戻ってくるには本選まで勝ち進む必要があるという事を突きつけられた。
その事実を知る者、知らない者、色々な表情を見せる部員たちの視線が片岡監督へと集中する。
「………予選まであと少し、そんな時期にエースとして目覚めつつあったアイツの夏を、俺は終わらせるつもりなどない。そして負傷している丹波は、怪我が治り次第本選で背番号1をつけさせる」
本選での丹波の背番号1の確定。3年生は、それを聞いて驚いた顔をする。
「そして、予選を戦い抜くうえで、エースナンバーは大塚に任せたいと思う」
上級生は監督の言葉にうなずく。丹波が抜けた今、柱になれる可能性は大塚と、先発能力に優れる沢村のどちらか。
「俺はまだ皆さんに、この背番号をつけられるほどの信頼を得ていない。結果だけじゃない、そんな光景を、俺はあの時見ていた」
バックと投手の馴れ合いではない、真の信頼関係。それを見た気がする。ただそれは、短期間で、一年弱で身に着けられるモノではない。
「だから俺は、俺が、青道の柱になります!! このチームの夏を、一番長くするために!!!」
これは嘘偽りのない本音。予選で形式的に一番をつけることにはなるだろう。だが、それは本選までの繋ぎ。
自分はただの代役。本当のエースは彼なのだ。
「言うじゃねェか、大塚!」
伊佐敷がそんな決意を見せた彼に、声をかける。
「青道の柱になる、か………大塚。無理はするなよ?」
主将の結城も、ここまで感情をあらわにした大塚を見て驚いてはいるが、彼のこの雰囲気が嫌いではなかった。
「沢村も馬鹿だけど、大塚は大馬鹿のようだったな、ヒャハッ!!」
倉持も、エースという括りを超えたチームへの貢献だけを貫く、大塚の啖呵に笑い、その心中では、心強くも思っていた。
「………あの時冷静さを失ったお前を見て、難しいと思った。だが、その言葉は変わらないか?」
クリスが念を押すように尋ねる。どうやらあの時の、現場での一件を見られていたらしい。
「はい」
力強く、それでも大きな声でもなく、大塚ははっきりとそう答えた。
「…………解った。大塚本人の了解を聞き、俺は正式に予選の戦いのみ、彼をエースに据える。異論はないだろうか?」
上級生から、監督の決定に異論を唱える者はいない。そして同級生の沢村たちも、異論はなかった。
「……………ないようなら、正式に大塚を予選のみエースナンバーをつけることを決定する。」
こうして、大塚はエースナンバーを一時的に背負うことになった。
その後、個別ミーティングでは、
「沢村、降谷、そして川上。」
捕手陣と大塚、丹波を除く投手陣は、監督に呼び止められたのだ。
「大塚にはああ言ったが、俺も奴だけに負担を押し付けるつもりはない。奴が責任感の強い男であることは皆も解っているだろう」
「うっす…………」
認めないわけにはいかない。沢村は、あんなに悔しそうにエースに指名された大塚の姿を見て、何も思わないわけがなかった。
チームを背負う。自分は代役だと宣言し、青道の柱になると言い放った。丹波の事を一年生の中で一番評価していたのも、大塚だった。
「沢村には、大塚の代わりに先発を任せることも多くなる。奴の負担を軽減させる代わりに、お前には負担を強いることになる。」
つまり、ライバルである市大三高、稲城実業との戦いで大塚をフル回転させる代わりに、中堅校との試合を任せることが多くなることを意味する。
「うっす!! 解りました、ボスッ!!」
「…………ボスはやめろ。だが、解っているようだな。」
ボスという物言いに戸惑いの表情の監督だが、沢村がその事さえ理解しているなら話はない。そのボスについては追々直していけばいいのだ。
「降谷。お前には短いイニングを任せるが、接戦の場面が増えることになるだろう。川上には抑えを任せる。基本的に、8回降谷、9回は川上。だが、あの時の様な緊急時には、二人のどちらかには、第2先発をしてもらうこともある。」
「はい」
「はいっ!!」
「そして予選まで時間がない。御幸には、沢村の決め球の修正と川上の調整を、クリスには、降谷の制球力とフィールディングの強化を頼む」
「解りました。沢村、あの短期間でスライダーを覚えたお前はセンスがある。だからこそ最後の仕上げ、俺も手を貸してやる。死ぬ気でものにしろよ?」
御幸はやや脅すように言うが、こんなことでビビるような投手ではないことを知っているし、沢村も御幸の性格をだんだんつかんでいる。
「うっす!!」
「頼むぜ、一也。お前のリードと小言は信用できるからな」
「はっはっはっ。」
「降谷。接戦の場面のリリーフ。いわば現代で言うところのセットアッパーには、スタミナよりもコントロールと決め球が必要になってくる。さらにいえば、隙のないフィールディングで、チャンスを潰すことも要求される。」
「はい…………(セットアッパー…………?)」
セットアッパーの重要性を解っていない降谷。重要なのだろうが、知らない単語なのだ。
「現代、抑えよりもセットアッパーの事を火消しというが、それは理由がある。先発の残したランナーを背負った場面、僅差のピンチに登板が多いのがセットアッパーだ。そこで打者をねじ伏せることが要求されるこの役割には、お前の空振りを奪えるストレートと、その変化球は非常に重要になる」
つまり、ピンチの場面でその芽を摘み取るのが、セットアッパーであるのだ。
「解りました。エースとは違う、役割…………セットアッパー」
何となくイメージが出来た降谷。自分がピンチに出てきて、三振を奪って無得点に抑えるイメージが浮かんだ。
「川上。お前には大塚と同様に予選から厳しい場面を任せることも多くなるかもしれない。だが、強い心を持って、マウンドへ向かってほしい。」
「はいっ!!」
こうして、役割をしっかりと決めた青道投手陣。だが、そのうちの二人にかつてないほどの試練が襲い掛かっていた。
大塚はその責任を果たせるのか。そして、沢村のウイングショットは完成するのか。
そして、
「心配をおかけしました。」
丹波よりも一足先に、沖田が帰還。意識を失いはしたものの、沖田はやはり問題がない。
「本当だよ!! あの時は俺達も焦ったんだからね」
小湊も、沖田が離脱しかけたのは衝撃だった。なので、予選直前ですぐに戻ってきてくれたのは幸いだった。
「何はともあれ、沖田」
大塚は神妙な顔で、沖田にあることを提案する。
「な、なんだ?!」
大塚が真面目な顔で何かを言おうとしている。いつも的確なことを述べているので、緊張している沖田。
「沖田は―――――――」
「俺は……」
「彼女を作るべき。もっと心に余裕を持つべきだと思う。」
あえて地雷を踏み鳴らしていくスタイルの大塚。やはり天然の畜生の素質がある。
「できないから苦労してるんだよ、畜生~~~~~~!!!!」
やはり沖田は離脱しても超沖田だった。沖田には残念さが超似合う。
「―――――沖田君って、本当に残念だよねぇ。すぐにモテそうなのに」
春市も、そんな二人を見て、この感想。
「はるっちは小動物的な可愛さで、先輩たちに食われないように、ってお兄さんが言ってたぜ!」
沢村は、女性関係で何やら忠告しているのかと勘違いし、春市に助言する。しかも自信満々に言うところがたちが悪い。
「何を!? く、食われる!? ていうか、栄純君、な、何を言っているの!?」
慌てる春市。女性関係に首をあまりツッコまない彼は、鈍感ではないが自分がそこまで狙われていたとは考えておらず、衝撃の事実に戦慄を覚える。
「わかんねェ……財布の中身?」
しかし、沢村は沢村だった。リア充のくせに、この発言である。
「うん。栄純君の言葉で慌てた俺の負けでいいよ」
「はぁ……」
東条は恋愛の話になっている現状に嘆息する。
「ハァ、予選直前なのに、呑気な奴らだぜ。まあ、大塚のことはあんまり心配してねェけどな。アイツは、俺達の世代の中心。やってもらわないと困る」
金丸は、大塚が発端で起こったこの恋愛話に少し呆れつつも、この親友を気遣う。そして渦中の大塚への叱咤激励を込めた独り言を吐く。
「プロになったら、会えるかなぁ」
何か上の空の東条。
「ああ、いつものか。」
東条の悪い癖だ。おそらく、青道随一のドルオタである東条。センスは認める、性格もいい。だが、
「心配すんな、アイドルと恋愛なんて、普通の奴は考えないから」
東条を諌める金丸。現在、東条の中でとあるアイドルグループのセンターにご執心であり、先輩らの反対を押し切り、ポスターを張るほどである。その他以外は聞き訳がいいのに、どうしてこうなった。
ちなみに東条は、同室の先輩たちを洗脳―――もとい、入信させた実績がある。金丸は、もし同じ部屋のクリスが東条に入信させられたらと想像し、身震いを何度したことか。
「ハァ、楓様萌え~」
「東条ォォォォ!!!!」
本当に、ちょっと親友としてとても心配なところがあり過ぎて怖い。プロに為れたらいいかもしれないが、プロになったらなったで大変そうだなぁ、と思う金丸だった。
沖田は彼女を作るべき。春市は原作より黒い。金丸は必ず主将の器だと思う。