ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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川上の出番が地味に多い件について。


第22話 磨かれる原石

野手陣が奮闘している中、投手陣も何もしていなかったわけではない。

 

捕手陣、上級生投手陣が見守る中、一年生投手陣の中で唯一別メニューの男、大塚栄治。

 

入部初日。いや、歯車が狂いだした時から追い求めていたかつての自分の背中に、ようやく追いついた瞬間だった。

 

 

それは3日目の事だった。彼のオーバースローのフォームが安定しなかった理由―――――――

 

それは精神面からくる、フォームの崩壊。

 

 

ドゴォォォンッッッッ!!!!

 

「…………これは…………!!」

 

そして、この瞬間の彼のフォーム。雑念が消えた、彼に適応した形に回帰したのだ。

 

 

ブルペンに入って36球目のストレート。フォームがうまく組み合わさり、無駄な力が入らないフォームで、キレも球威もスピードも、格段に上がったストレートが投げ込まれた。

 

しかも、それがアウトコース低めいっぱいを狙い、寸分の狂わずに。

 

より速い球速を得るためには、より大きな力が必要になる。今まで以上の腰の回転、今まで以上の回旋運動、今まで以上の腕の振りの鋭さ。

 

技巧派のフォームは、その全ての動きのバランスを御しやすいフォームだった。だからこそ、投球の理想に近づくことが容易だった。

 

「どういう意図で投球するかを、自分は疎かにしていた。球速よりも大切なことがあることを忘れ、視野を狭めていた」

 

――――何のためにその一球を投げ込むのか、どういう意図で投げる必要なのかを解った上で、その理想に近いボールを実現できていた。

 

しかしあろうことか、彼は球速を求めてしまうあまり、その基本がおろそかになっていた。故に、体のバランスが崩壊し、理想のボールを投げるための準備がままならなかった。

 

彼は一度、球速への意識を捨てたのだ。そして、ワインドアップの動作を省いた。体を大きく使うのではなく、体の使い方を考えながら一からフォームを固めた。

 

ノーワインドアップからの投球フォーム。これが大塚の現在出した答え。

 

「おいおい。ホントに高校1年生かよ」

川上が笑う。だが、それは畏怖と尊敬を含めたもの。

 

 

さらに、クリスの球速アップトレーニング。彼が怪我によって失ってしまった感覚を取り戻すきっかけとなった。

 

大塚の力の全てが、点から線へと繋がり、彼だけのフォームが完成した。

 

「…………大分力が抜けて、フォームも逆に安定したな、大塚」

 

大塚には確かな手ごたえがあった。だからこそ、この感覚を無駄にしたくなかった。制球とキレへの回帰。

 

球速を取り戻すために、その意識を捨てる事こそが、彼の失われた2年間を取り戻す、最後のカギだった。

 

「………とりあえず、今日はこの感覚を覚えるまで、よろしくお願いします。フォームチェンジは後日、感覚が現実になった後で」

 

「解った。だが無理をするなよ。」

 

 

その後、80球前後ほど投げこんだ大塚は、自分の体と相談しつつ、フォームチェンジを試そうとしたのだが、

 

 

「フォームと腕の角度で、投げやすい球があるのか―――」

大塚は川上のいる部屋にお泊りし、フォーム研究を行っていた。

 

「部屋を提供させてもらってすいません。」

大塚が申し訳なさそうに言うが、

 

「大丈夫。俺も結構勉強になるからさ。シンカーの握りはこんな風でも大丈夫なのか……」

大塚がフォーム理論を模索する中、川上はシンカーの握りでしっくりするモノを吟味していた。この前はキレこそよかったシンカーだが、まだ制球が甘い。だからこそ、更なる進化が必要だった。

 

「フォームをあそこまで変えると、今のフォームが崩れそうなんだよね」

 

この新フォームでは、フォームチェンジのようにタイミングを変えることは出来なかったのだ。ゆえに、フォームで相手を困惑するには何が必要かを模索していた。将来的には解らないが、それでも今は無理だということがわかる。

 

だからこそ、フォームチェンジへの未練なのか、大塚はフォームを限定的に変えて、相手を幻惑したい気持ちが強かった。

 

一応、春の関東大会までお世話になった技術だったのだ。だからこそ、大塚はこの技術に未練がたらたらなのだ。

 

 

そして――――――――

 

 

「この人、凄いオーバースローですね………腕の傾きが5度しかないなんて。」

大塚は、動画に出ていた、とある抑え投手のフォームに驚愕していた。

 

リリーフ投手ではあるが、47イニングほど無失点だったちょっとおかしい成績をたたき出したとある投手を見つけたのだ。

 

「ああ。なんでもこの角度の傾きが小さければ、ホップする力が強くなるらしいぜ。まあ、サイドスローの俺にはあまり関係ないけど。」

川上が説明する。大塚は、リリーフで数か月間点を奪われないことがどれほどすごい事なのかを知っているので、この選手に夢中になった。

 

さらにフォームについて調べていくと―――――

 

 

4人目に見つけた、北海道ソルジャーズに所属する投手のインタビューを見ていると

 

『縦変化と速球の変化球が投げやすいフォームと、横変化の投げやすいフォームがあるんですよ』

 

『………ええっと、フォームがいろいろある?』

 

『………いろいろフォームがあるんですよ』

 

そして、その投手はこうも言ったのだ。

 

『いろんなフォームで、いろんなコースに投げるのが面白い』

 

「!!!!!」

大塚はかなりの衝撃を受けた。大塚にとってフォームチェンジは技巧派時代でタイミングを外すための武器だった。だが、彼はそれを楽しみ、あえて実行していたのだ。

 

彼は大塚と違い、そもそもフォーム自体が異なっているという。それぞれの球種を投げるためにフォームを開発し、その日の自分の調子と球種の状態を確かめつつ、うまく修正するのだという。

 

投手にとって引き出しが多いというのは、それだけ調子を維持する術が増えるという事だ。それは、安定した投球を求めている大塚にとって、目から鱗が落ちる物だった。

 

 

「………なるほど。試してみる価値はあるかな」

大塚は、この夏合宿で試してみるのもいいだろうと考え、

 

「サイドとサイドに近いアンダーで投げ分ける………夏以降にやってみようかな…………」

川上は、まずシンカーの問題があるため、夏以降に取り組もうと考えた。

 

 

合宿4日目。

 

コツを覚えてからが早いのが天才。フォームが安定していた。

 

ドゴォォォォンッッ!!!

 

「ナイスボールっ………」

変化球の制球にも乱れがなかった。しかしながら、膝の上げ方と動作速度を変えることでしか、フォームチェンジが出来ない。つまり、彼が持ち合わせていた従来のフォームの全てが消えた。

 

 

何度も言うが、技巧派の技術を新フォームに持ち込めばフォームがまた崩壊することを彼は解っている。

 

とにかく今は、球威を回復したい大塚にとって従来のフォームチェンジを捨てるのか、それともこの新フォームに切り替えるのかの取捨選択を迫られていた。

 

「今は手放すしかない。けど、もう一度取り戻す。この経験は無駄じゃない。」

 

 

そして、大塚は球威を選んだ。

 

 

 

剛球投手への変貌は、それまで4つのフォームで相手を幻惑した武器の消失とまではいかないが、大塚のフォームチェンジの消失を意味する。理論的に可能ではあるが、それでは球威やリリースポイントにばらつきがみられるのだ。

 

故に、その両立はほぼ不可能。

 

 

 

嘗て大塚を支えたフォームチェンジ。技巧派の名残は、膝の動きに辛うじて残るだけとなった。

 

 

 

 

「………おいおい。マジかよ………」

川上は、綺麗なフォームで剛速球を投げおろす大塚の姿を見て畏怖を覚える。昨日見ただけで、すぐに体が理解しているかのような大塚。

 

今までの技巧派で少し球速が早い程度だった投手が、剛速球を覚えたハイブリットになっていた。

 

エース争いで、また一段と成長した姿を見せている大塚。まるで子供のように、新しい技術に手をだし、自分のものにしようと努力をしている。その姿勢は、他の投手陣にも影響を与えていた。

 

「ふしっ!!」

 

その横では、丹波も球質が全然違う大塚の球を今日初めて目の当たりにしていた。そして驚いてはいたが、

 

―――今は俺の出来ることをやる。エースは渡さん!!

 

新球種のフォークに加え、キレのあるカーブを投げ込む丹波。この合宿までに形にはなったのだ。

 

「へぇ…………(丹波さん、フォークを覚えたのか)」

横で見ていた御幸は、フォークの軌道を見て使えると判断した。チェックゾーンをこえる時もあるため、上手くいけば空振りを奪える。

 

 

※チェックゾーンを越えて変化する変化球は、相当打ちにくいそうです。

 

そして初日と同様の練習をこなす部員たち。

 

「………………」

大塚は今日も言葉を発さない。汗を流してはいるが、力強くマウンドに立っていた。だが、今日は大塚の口元がわずかに歪んでいた。ようやく長かったフォームの安定感の習得。それが現実になったからだ。

 

従来のフォームは消失したが、それでも今度は腕の振りの角度に注目している大塚。それによって投げやすい変化球が変わるのであれば、いつかは試したいと考えたのだ。

 

――――通常の腕の角度と、あの投手の極端なオーバースロー。俺に出来るかな?

 

しっくりこなければ、今は頭の片隅に置けばいいのだ。

 

 

 

「………まだいけるな………」

そして沖田も、打撃がさらに進化していることを肌で感じ興奮していた。お腹の調子を取り戻した沖田は健在のようだ。

 

「」

「」

東条と小湊はついにダウン。地面に倒れ込んでいた。それでも、よく頑張っている方である。

 

「投げたい………投げたい………投げたい…………!!」

最早妄執の域にまで取りつかれた怨念集合体と化した降谷。投球へのこだわりが忘れられない。

 

「送球が上手くなった~~~!!!」

沢村も課題の送球が内野の中では安定し、外野も曲がる送球が減っていった。

 

加えて、一年生の惨状に加え上級生にも疲れが見えてきた。

 

「そろそろ限界かぁ…………ゼェ、ゼェ………」

 

「ハァ……ハァ…………」

 

そしてその後、倒れている一年生二人を運び、練習を終える部員たち。

 

その夜、降谷と沢村は御幸を探していた。

 

「で、何しに来たんだ?」

御幸は風呂上がりでもう寝ようとしていたのだが、沢村と降谷は普段着に着替え、ボールとグローブを持っていた。

 

「「ボールを受けてください!!」」

 

「………そうきたかぁ…………」

 

さらに、その御言い争いを始めた二人を見て御幸は頭を抱える。

 

「(究極のエゴイストだよなぁ、投手って)」

 

「解った。とりあえず、今から俺の部屋に来い。元気が有り余っているなら打って付けの仕事がある」

 

「部屋で投げるのかよ!?」

 

「投げたい………」

 

 

「まあ、そいつは来てからのお楽しみ」

 

 

そして二人を待っていたのは、

 

 

「………………」

 

「………………」

 

足を揉めとせがむ上級生。

 

下級生にジュースを買いに行かせる上級生。

 

 

「御幸、まだ勝負はついていないぞ?」ゴゴゴゴゴゴッ!!

 

「何なんだこれ? ブルペンは!?」

沢村は、この惨状に困惑する。降谷は思考を停止した。

 

「とりあえず、元気余ってんだろ? この人たちの相手を頼む。いやぁぁ、哲さんには将棋は敵いません(弱すぎてwwww)。なので、沢村にやらせてみようと」

御幸は沢村を名指しする。いきなりの無茶ぶりである。

 

「沢村、お前は将棋をやったことがあるか?」ゴゴゴゴゴゴッ

結城は沢村を名指しで指名した。

 

「え!? じ、じいちゃんと何度か………」

 

「では始めよう」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!

 

――――すべてはこのためかァァァァァ!!!!

 

沢村と降谷は理解した。あの人はこの人たちを押し付けたのだ。

 

「くっ………」

御幸を追いかけようとした沢村は、

 

がちゃん、

 

「御幸先輩? 呼んだ理由を教えてくださいよ~」

大塚がやってきたのだ。フォーム研究をしようという言葉につられた模様。

 

 

「まあ落ち着けよ、沢村。バックで守っている人を理解するのは悪くないことだと思うぜ。」

 

「確かに………」

 

「???(どういう話の流れ? てか、密度高っ………)」

大塚は話についていけてない。

 

「俺はゾノの部屋で寝る! じゃあな!!」

 

「御幸先輩、話とは?」

 

「そいつらの相手をして欲しい!! 以上!!」

がちゃ、バタンっ!!

 

御幸は逃げ出した。

 

「…………は、は、嵌められた…………」

 

大塚はわなわなと震える。ようやく理解したのだ。どうして自分が呼ばれたのかを。そして研究は真っ赤な嘘だということも。

 

「ん? これは御幸の置手紙………?」

伊佐敷がメモ用紙を手に取った。そこに書かれていたのは―――

 

実は、沢村には田舎の彼女がいます♪ 親指を立てた御幸の似顔絵付き。

 

後、大塚もリア充ですよ♪ 

 

 

 

「沢村~~~。お前田舎に彼女いるんだってな」

 

「か、彼女違いますって!! 若菜はただの幼馴染みで………それで………その………」

若菜の顔を思い出して、沢村は思いっきり赤面する。しかし沢村は、彼女を名前呼びで晒すという失態を犯す。

 

「ほほぉぉぉ~~~~それで大塚はあの一年のマネといい感じじゃないかぁ? 初日もいろいろ話をしてたしなぁ?」

伊佐敷が爆弾発言をする。

 

「アレは彼女が危なっかしいからです。オープンキャンパスでぶつかって、入学早々にもぶつかって、いろいろ話をするようになっただけです。それに、ここは共学なので女子と話す機会なんていくらでもあると思いますよ?」

大塚は的確に上級生たちの急所に、そして心の痛みに、塩を塗る行為を平然と行う。悪意がないので始末が悪いのだが、それに気づいてフォローする御幸がいないのが不幸なのかもしれない。

 

その瞬間、場の空気が凍った。

 

ゲームをしている手も、将棋を指している手も、指圧をされていた伊佐敷の体の動きも止まった。

 

「…………? どうしたんですか、先輩?」

 

「ほぉほぉ………ッ!! てめえにはいろいろと一から教える必要があるなぁ♪」

伊佐敷の悪魔染みた笑み。

 

「沢村ァァァ、地元の彼女について、今日はゆっくり聞かせてもらうぞ!!」

倉持の尋問が始まる。

 

「………沢村ちゃん………それに大塚ちゃん………それは言ってはいけない約束なんだ」

増子先輩は、張りつめた空気の中で顔を引き攣らせながらしゃべる。

 

「詳しく聞かせてもらおう」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッッ!!!!!!!!

 

「大塚ァァァ!! 場を乱しに来ただけなら帰れェェェェ!!!」

沢村の絶叫が響いた。

 

なお、将棋は沢村の圧勝。長期戦をしないために王手をかけようとするが、悉く逃げ延びるので駒が王将だけになってしまう失態。

 

「あわわわわ………………」

震えが止まらない沢村。いつの間にかこうなっていただけなのだ。投了もしないので、盤上が酷いことに。

 

「こいつ………出来る…………!!」ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!

普通なら勝負を諦めるのだが、この後も酷い将棋の結果が嵩んでいくだけだった。

 

「ですから自然体ですよ。何でもない話から始めてみると、自然に女子とも話せますよ。たとえば世間話とか」

 

「その世間話ってどうすりゃあいいんだ……」

 

「増子先輩や伊佐敷先輩はかなり面倒見がいい方なので、絶対できますよ!!」

 

大塚が伊佐敷らに色々と女子との話し方をレクチャーし、

 

「あ、また負けた………」

降谷はゲームをするも、惨敗を喫し続ける。

 

「弱すぎるんだなぁ………」

 

合宿が始まり、ついていくことに精いっぱいだった一年生。御幸の策略により、多少は落ち着くことが出来ただろう。

 

 

「全部おれのおかげでしょ?」

 

「納得がいきません」

 

とある天才投手は、天才捕手に何か言いたそうな目でブルペンで投げ込むのだった。

 

 

そこへ沢村とクリスがブルペン入りをする。沢村達は何か緊張した様子だった。

 

「どうしたんですか、クリス先輩?」

 

 

「ふっ。沢村の決め球がある程度形になったからな。ついに本格的に投げ込ませるべきと考えた。あいつの球は、とにかく暴れるぞ」

 

 

「ウイニングショット……」

 

大塚は沢村が得た武器を前に、何を思うのか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




とにかく次号は沢村の決め球お披露目回です。


まあ、がっかりする感じの球かもしれませんけどね。





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