ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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野手陣もいるんだ!


第18話 加速するサバイバル

6月。大塚が新たな次元へと至る為に、壁へとぶつかっている中、

 

「くっ………!」

 

沢村もまた、壁にぶつかっていた。

 

それは6月の紅白戦。一軍フルメンバー相手に、6回を投げ、3失点。特に、警戒していた結城にホームランを打たれ、ランナーを置いた状態で、その結城と増子を三振に取った二死で御幸に打たれた追加点。

 

そして、降谷は7回からマウンドに上がり、2イニングは圧巻のピッチング。しかし最終イニングでスタミナが切れ、打たれ出しては止まらない。結局3回3失点というふがいないピッチングを晒すことになった。

 

 

沢村が打たれたのは、いずれもサークルチェンジとフォーシーム。緩急自在の投球の弱点である、緩い球。そして慣れてくればボールに当てられるという欠点。

 

勝負所で、チェンジアップ系を投げ切れなかったという自分の力不足を痛感した沢村。

 

なお、沢村の投球スタイルは、とある投手の攻略にとても有意義だったと後に主将が語っているが、本人は幅の限界を常に考えていた。

 

ーーー打たれて当然? そんなんでアイツからエースを奪えるかよ!!

 

 

まさに闘争心の塊。

 

 

そして、スタミナ面、ペース配分の経験の無さを痛感した降谷。

 

「クオリティスタートを達成したというのに、浮かない顔だな」

沢村のボールを受けていたクリスは、そんな悔しそうな沢村の顔を見て、声をかける。彼も解っているのだが、あえてその理由を尋ねる。

 

「球速は焦っても簡単に伸びない………それは、知っています………けど、それでもまだ、あの打線に俺は………」

 

「確かに、キレのある癖球、伸びのあるストレート、現状決め球として頼らなければならないサークルチェンジ。未だにパラシュートチェンジの制球が甘く、中々投げ込めていない。だが、今の球種では、夏を見越して甘いと考えているのだろう?」

 

「…………はい………」

 

「自分もスタミナの無さを痛感しました……そして、ストレート一本では厳しいことも」

降谷もまた、ストレート全休で投げ抜けるほど甘くない打線とぶつかったことにより、自分の中で変化を求めていた。

 

また、横浦戦の時と同じようなことになるわけにはいかないのだ。

 

 

「…………いいだろう。沢村と降谷。お前らにうってつけの球種がそれぞれある。そして、お前らはそれを習得していない。」

クリスは、そう言うとクールダウンをしている二人に向けて一言。

 

「二日後、アップと肩を温めて、屋内練習場に入れ。そこで、お前らに決め球を覚えさせる」

試合後に変化球習得をさせるつもりはない。本人たちはその気だが、無茶をして故障する選手を何人も見てきた彼は、それをさせない。

 

「「はいっ!!」」

元気よく返事をし、クールダウンをする二人を見て、その場を後にするクリス。

 

 

そして今日の屋内練習場には、

 

「ちょっと、左肩が上がりすぎているぞ。もう少し意識を薄めろ。イメージはいいが、制球をまた乱しているぞ」

 

「はい………」

大塚と御幸が、投球練習を行っていた。大塚は一刻も早く元の自分に戻る為に、試行錯誤を行っている。やはり理想のフォームでは今の体にフィットせず、腕や足の長さも違う。故にタイミングも変わってくる。

 

「くっ…………」

球速がベストに届かない。中学2年生で140キロ近くに届いていた投手とは思えない程、改造フォームでも球速が伸びない。

 

大塚は、その原因が解っている。だからこそ、力み、フォームのバランスが悪くなっていた。

 

「抱え込むように投げるんだ。左肩を意識するな」

 

 

ズバァァァンッ

 

「…………」

しかし、まだ下半身と上半身のバランスに違いがあり、両方ともイメージに近い動きをすると、球威を増す代わりに制球を乱す。

 

「………………イメージをあえて変えてみるのもいいだろう」

そこへ壁にぶつかっている大塚の前にクリスが現れる。

 

「クリス先輩………」

 

「けがをした選手が完治をして、元の状態に戻るのは難しい。怪我をすれば、もう二度とその選手に戻ることは出来ない。お前は、無意識に過去に縋っている。あの時に戻れば、また出来るはずだと」

 

「……………それは………」

 

「けがをした選手は皆そう言う。俺だってそうだった。だが、今のお前はあの時よりも体は出来ている。感覚も変わっている。だからこそ、フォームを見直せ。一から作り上げろ」

 

「……………糸口が、解らないんです。どこが悪いのか、指針がないと、どこを直せばいいのかが………」

 

「…………何球か投げてみろ。俺がそのフォームの欠点を見定めてやる」

 

大塚が振り被り、右足に体重をかける。そして、左肩を僅かにあげ、より球威を求めるように体を抱え込む。

 

そして歩幅は大きくし、下半身の粘りを使った、その右腕から繰り出されるストレート。

 

 

ドゴォォォォンッッッ!!!!

 

「くっ………!!」

御幸は僅かにコースの浮いたストレートを何とかとるも、別次元の球速に、衝撃を受ける。

 

「……………(これが、未完成ながら、けがをしていた選手の投げる球か?)」

そのクリスも、大塚の投げた一球に衝撃を受けていた。

 

横学相手の完封試合?

 

打たせて取る技巧派?

 

そのイメージすら甘すぎる、大塚の一球。

 

「右足の曲げるタイミングが早い。体重をかけるのはいいが、それが悪くなっている。それに、左足のつき方も悪い。やはり、上半身と下半身が少しずれている。もっと普通に投げろ」

 

そうして、クリスのアドバイスによるフォーム改造が行われるのだった。大塚の中にある球速への焦りが、フォームのバランスを崩していた。

 

その夜、大塚が帰宅した後、クリスは監督のもとを訪れる。

 

「大塚はどうなんだ、クリス」

今日の試合で感じていたのは、何も御幸と大塚、クリスだけではない。彼もあの一球で大塚のイメージは変わり、彼が何に対して悩んでいるのかもわかっていた。

 

「コツをもう少しで掴めそうです。センスがいいのか、話した通りにフォームを修正しつつあります。後は、技巧派でついてしまった感覚を切り離せば、彼は化けますよ」

 

「…………そうか。ならば、大塚は対外試合に投げない方がいいか?」

 

「いいえ。夏合宿での最後の試合で、先発させるべきでしょう。それも相手は強豪クラス。そこで彼の進化を促すのがいいでしょう。」

 

 

「それまでは、フォーム改造というわけか………よし、大塚は1軍でお前に任せる。夏前までに奴らを仕上げてくれ」

 

「解りました」

 

 

 

その後、大塚は1軍にてフォーム改造に集中することになり、守備練習をしたりと、実戦に近い練習をより多くとるようになる。

 

 

順風満々だった一年生投手陣にとっての初めての壁。これを乗り越えることで、投手としての真価が試されるだろう。

 

 

そんな将来を嘱望されるルーキーが壁にぶつかる中、監督はある決断をする。

 

 

壁を感じた大塚の言葉。その問題を解消すべく、クリスと御幸が立ち上がったのだ。

 

次の日の夜。大塚、沢村、降谷は、クリス監修の投球フォームの矯正に励んでいた。

 

大塚がフォームを改善したいという話を聞きつけた沢村が、まず大塚を訪ね、降谷もそこを訪れたのだ。

 

「まず大塚だが、新フォームの体重移動に違和感がある。コツをつかみやすいだろうから、今回は大きく三つの要素を含んだそれぞれの練習で、取り組んでもらう。」

 

 

そして今回クリスが取り出したのは、やけに長いチューブだった。

 

「あ、あの……!! 言われた通り、チューブを繋ぎました!!」

なお、マネージャー陣が丁寧に作っているので、その出来はかなりいい。

 

「普通はこの半分だが、日頃からお前たちは下半身を鍛えていたからな。なので、それに見合わせて特別にこの長さにさせてもらった。」

 

そして、それぞれ3人が腰辺りにそれを巻くと、

 

「すまないな、御幸、それに監督も。」

今回登場したのは、正捕手の御幸、さらには片岡監督直々にやってきたのだ。

 

「けど、基本に立ち帰る、いいきっかけだと思いますけどね。重心が高い大塚にはうってつけだと思います」

御幸としても、大塚の新フォームがモノにならなければ、タイミングだけを外す投球で抑えきれないことをよく解っている。

 

「すみません。」

大塚が私事であるにもかかわらず、監督がやってきたことに申し訳なさを感じていた。

 

「いいや、お前たち1年生にも一本立ちしてもらわなければ、夏も危ない。チームの為に、俺はここにいるだけだ。」

 

 

「精々やる気を見せろよ、小僧ども」

 

 

そして一同はチューブを腰に巻きつけ、練習を開始するのだが、

 

「降谷!! 下半身の粘りがなっていないぞ!!」

 

「キッツ……」

下半身を鍛えたとはいえ、降谷は御幸に引っ張られ、思うように前に進めない。

 

 

「うっ、くっ!!」

 

「キャッチャー方向に足を向けるんだ、沢村。踏ん張りたいのは解るが、それでは練習の意味がない。」

沢村もクリスに指導を受け、体重移動こそできているが、右足のつけ方を意識しているにも拘らず、中々爪先を前に向けずにいた。

 

「もっと腰を落とせ、大塚!! 立ち投げではないフォームにするのだろう?」

 

「はいっ!!」

 

大塚の場合は、腰がやや高く、それでもある程度のレベルを抑えてきたことにより、体にその感覚がへばりついていた。

 

 

「太ももの内側がきついな、これ……!!」

沢村は、フォームを改造し、入学前にそれを仕上げてきた。だが、このように球速を伸ばす練習はほとんど手付かずといっていい。

 

それほど、フォームと変化球に重きを置いていたのだ。守備練習も入学当初は落ち着いていない。頭ではわかっており、体も順応しつつあるが、まだ動きがぎこちないのだ。

 

それを30分経過すると、

 

 

「……」

 

降谷がダウン。少し立てないぐらいに疲労を覚えたのだ。上体の力が強い彼には、まだ下半身の強化が足りていなかったのだ。

 

「くっ、日ごろ使っていない筋肉が痛い。けど、なんか下半身がスッとした感じだ…」

沢村は何とかコツをつかんだらしく、フォームに粘りが現れ始めていた。さすがタイヤのエース。下半身の強さは、この練習に耐えられるだけの力を備えていた。

 

「重心が落ちてきた感じはありますね。使い方が変わっているのが解ります」

 

「落ちた筋力は夏合宿前までには、取り戻しておけ。この基礎練習で、お前たちの夏が決まると言ってもいい。」

片岡監督は大塚に結んでいるチューブを引き、彼のフォームを見つつ、大塚たちにそう宣言した。

 

「ですが、大塚の場合は深刻ですね。やはり一日では治せない。これから毎日この基礎練習は必要でしょう。」

クリスも、一番進んでいない大塚の出来にやや不安を覚える。生半可に痛くない、軽いフォームがしみ込んでいる大塚。何もない沢村と降谷に比べ、苦労するのは目に見えていた。

 

「うっす。」

 

そして次の練習。

 

「メディスンボール? インナーマッスルを鍛えるんですか、クリス先輩? けどそれは…」

あの巻物にもあったはず、と沢村は言おうとしたが、

 

「もちろんインナーを鍛える効果がある。だが今回は、これを使って遠心力を利用した腰の回転の動き方を馴染ませていく。」

 

なお、大塚は監督に最初のチューブトレーニングをやらされながらの説明である。

 

「沢村には感覚が染み付いているはずだ。腰の回転で腕が遅れてやってくるのは知っているな?」

クリスの言葉に縦に頷く沢村。

 

「はい! 腰と下半身の粘りで、ギュイーン、ってなって、クイッ、って感じです!!」

 

体で表現する沢村。リリースポイントに誤差こそあったが、腰の動きは正確性がある沢村は、この練習を意識せずとも、その本質に近づいていた。

 

「メディスンボールは見かけによらず重いのは解っていると思うが、これを投球する感覚で、腰を動かしながら投げてほしい。」

 

まずクリスが御幸と実践する。御幸が腰の回転を使って、ハンマー投げの感覚で両手を使ってゆっくりとメディスンボールを投げる。飛距離もなく、すぐにバウンドしたボールを手に取るクリス。

 

「今回は二人組になった方がいいな。大塚! その練習を切り上げて、こっちにこい」

 

「はい」

 

沢村、大塚のペアと、御幸、降谷のペアをクリスと監督がそれぞれ監視する。沢村と降谷を離したのは英断だった。

 

「ゆっくりでいい。腰の回転を意識するんだ。」

 

「「「はい(!)」」」

 

 

この練習はあくまで感覚を養う物である為、それほど難易度があるわけではない。先ほどのチューブトレーニングの方が疲労はたまる。

 

しかし―――

 

「降谷。俺はここにいるぞ? ここにメディスンボールを投げるんだ」

御幸の方へと中々ボールが投げられない降谷。ノーバウンドで届いてこそいるが、腰の回転が安定せず、中々ボールのコントロールが定まらない。

 

「地味に難しい……」

 

一方、沢村、大塚ペアは……

 

「うわぁぁぁ!!」

 

「ちょっ!」

沢村の投げたボールが癖球同様に変化していた。大塚はそのたびに走り回り、いらない体力が消費されていく。

 

しかし、それを見たクリスが沢村に冷静に指摘する。

 

「沢村。お前はメディスンボールを投げるフォームで、体とボールの距離が離れすぎている。もう少し距離を短くしてみるんだ」

 

先程よりも、沢村はボールと体の位置を短くする。すると、

 

「あれ?」

 

ボールは真直ぐに大塚の方へと届いたのだ。大塚も勢いのある速いボールに驚く。

 

「遠心力と沢村の体幹の現状のバランスの良い距離がそれという事ですか」

 

「ああ。遠心力を体感する練習ではあるが、それに負けては元も子もない。遠心力を使いつつ、先程の練習の体重移動を意識するんだ」

つまり、クリス式の練習は繋がっているのだ。

 

「……だいぶ慣れてきたな。よし、今度は逆に投げてみろ」

クリスは頃合いを見て、次は逆の回転で投げることを指示する。つまり、大塚と降谷は左投手の回転で、沢村は右投手の回転に変わる。

 

「感覚が、合わないッ!」

 

「確かに偏っているのが解る」

 

「あれ、なんかあんまり変わらねェぞ。」

 

降谷は苦戦し、大塚はそれを意識して修正をしていく。だが、沢村はなぜか右も上手かった。

 

「なんか、バントしている時とおんなじなんすよ。バントも俺は腰を入れてやっているんスけど…」

つまり、沢村は本能で、140キロを超えるボールに対して、腰を入れながら、絶妙な力加減をして、ボールの勢いを殺している。そして上半身の柔らかさにより、ボールを殺す技術に長けていると推測される。

 

だが御幸が注目しているのは、そこだけではない。

 

「沢村のバントでいいのは、ボールとバットと、目の位置が絶妙なところだよな。」

 

「?? うっす」

 

無自覚なところも沢村だった。

 

 

 

そして、練習其の2までが終了した。

 

「最後に、今度は利き腕とは違う腕の使い方についてだが……」

 

クリスが言うにはこう言うことだ。

 

通常投手の投球時には、体の回転軸と呼ばれるものが発生し、それが安定すれば投球がよくなると言われている。なお、この体の回転軸は、二つ目の練習にて、遠心力を体感する際に、自然とできていたのだ。

 

解りやすく、てこの原理で説明すると、支点は大体の場合体の中心となる。そして力点はグローブを持った手になる事が多い。

 

そして、作用点が利き腕、つまりはボールを投げる腕になる。

 

「???????」

沢村はここから理解が追い付かなくなった。

 

「???????」

降谷も同様だった。

 

「つまりだ。単純に片腕だけの力で、腕の振りを意識すれば、やはり大きな力が必要になる。しかし、回転することによって―――」

 

クリスが振り被り、投げる瞬間に左腕を引く動きを見せる。

 

「この回転の時に、左腕が後ろへと行くのは解るな?」

 

「うっす」

 

「はい」

 

「つまり、この動作に利き腕だけではなく、もう片方の腕の力を使う事で、腰と腕の振りをよくする効果があるんだ。この腕を体重移動、遠心力を使う腰の動きに取り入れることで、ボールを伝える動きは断然変わってくる。」

 

「今回は、監督に実演してもらいます。御幸、頼めるか?」

 

「はい! では―――」

 

沢村と降谷は、覗き込むように監督の投球フォームを見る。大塚もそこまで凝視はしていないが、やはり見ていた。

 

監督が振り被る。理想的な体重移動、利き腕ではない方の手の壁、それが投げられる直前に後ろに引いているのが解る。そしてその遠心力を使った腰の動きも合わさり、

 

ズバァァァァァァァンッッッっ!!!!

 

「くは~~~! いいボールっすね、監督っ!! 現役でも全然通用しますよ!」

 

「今のが、この練習全ての動きを集約したフォームだ。全身の力を上手く合わせ、ボールへと無駄なく力を伝える。特に降谷はこの動きをマスターしてもらう。」

 

「???」

 

「確かに、降谷のボールは今でも相当な速さだ。だが、早いボールを力いっぱいに投げるのは、やはり故障に繋がりやすい。だからこそ、限界ギリギリの力で投げ続けるのではなく、7,8割の力で投げて150キロを出せる。そういう投手になってもらいたい」

 

この練習で大切なのは、もちろん大塚の球威回復もあるが、降谷のスピードボールによる故障のリスクを減らすためだ。

 

「降谷は力まない方か良いボールがきやすい。全体重を指先に集約するお前のフォームは、腰の回転、体重移動がより重要になる。」

 

「? 力を入れるよりも、ですか?」

降谷はクリスの言葉に驚く。何故なら、力をいれなくても球が走ると言うことをイマイチ分かっていないからだ。

 

「そうだ。無論力をいれた場合、球威は上がる。しかし、それでは打者には当てやすい棒球になる確率が高くなる。まあ、先ずはこの練習を体感して欲しい」

 

 

 

 

「梃子の原理の重要性は理解してくれたと思う。そしてそれを養う練習だが、」

 

タオルを3本用意するクリス。沢村はシャドーかな、と考えたが、

 

「シャドーピッチじゃないぞ。」

 

大塚には利き腕ではない方の腕でタオルを持ってもらい、

 

「では先程の1と2、練習の動きを取り入れてみてくれ」

 

「はい……っ!? あれ!?」

 

自然と左手後ろへとひかれる。いや、そうでなければ腕を振り抜けない。

 

「凄い練習です。」

 

「だが、数回で感覚は掴んだだろう。沢村、降谷にもやってもらうぞ」

 

タオルを使ったてこの原理を体感し、利き腕ではない方の腕の使い方。それを3人は体感していく。

 

「引けば勝手に出てくるぞ。利き手ではない手の動きに少し意識を傾るんだ。」

 

その後、

 

「とりあえず、合宿までこれを続けてもらう。沢村のストレートの球威とスピードもさらに上がるから、ここのいる全員がやっておかなければならない練習だ。」

 

「うっす!! これで俺も140キロの仲間入りとかできたら(エースの道が!!!)」

 

球速が上がると、クリスは断言する。この中で一番遅い球速の沢村。だからこそ、この練習の意図を理解し、やる気がみなぎる。

 

「だが、確実に10キロもあげられるわけではない。後は体を作る練習も怠るなよ。数日後、ブルペンで結果を見させてもらうからな。」

 

 

そして、その成果が表れるのは、大塚は合宿中に、そして沢村と降谷は、夏予選で発揮されることになる。

 

 

そしてさらに翌日――――

 

沢村と降谷は、御幸とともにクリスの待つ屋内練習場へと足を運んでいた。

 

「御幸。降谷には指示を出しているな?」

 

 

「あ、はい。変化球に飢えているんで、すぐに癖になってますよ。沢村の方はどうですか?」

クリスの指令により、御幸は降谷にある癖を身に付けさせていたのだ。そして、その手の感覚が馴染んだ頃合いだろうと二人は感じていた。

 

「まだ実戦では使えんな。ムービング以上に暴れるこの球は、やはり捕球が困難だ。」

厳しい表情のクリス。まだ沢村の決め球は制球さえままならないらしい。

 

 

「クリス先輩でも捕るのに手古摺る球ですか・・・・いや、マジで制球できたらヤバいですね」

御幸は、尊敬する男ですら捕球がままならない時があるという沢村の決め球に驚く。

 

「それでだ。沢村は例の球速アップの練習をさせるから、降谷の球を受けてやってくれ。恐らく、実戦では使えるだろう」

 

「解りました。」

 

 

 

そして屋外練習場では、

 

 

「だいぶうまくなってきたな、東条。」

 

「強い打球が打てる・・・こんなに嬉しいことはない・・・」

明らかに感触が違うことを東条は実感していた。ツイストティー打法は取り入れていないものの、それでもミートする力のある彼に、長打が組み合わさることは、今後を考えてもプラスである。

 

「木製バットがしなる感じだよ。右打ちの方が飛ぶんじゃないかってぐらい凄い」

春市も、この練習で自身の充実を感じていた。広角に打つ事が、苦痛ではない。むしろ楽しいとさえ感じるようになったのだ。

 

「先輩はもう俺が教えることがないけど、やっぱ教え甲斐があるわ、お前ら」

 

「俺達も負けねぇ!! まだ俺達に目はある!!」

金丸と狩場も、3人と同じような練習を取り入れている最中である。しかし、やはり右打ちで手古摺り、練習が今のところ停滞している。彼らも近日の国土館との試合に賭けている。東条と小湊に一歩リードされているとはいえ、このままでは終わりたくない。

 

――――まだ俺達のチャンスがある!!

 

感化された同期の一年生が多く、他の場所で自主練習をしている生徒もいる。沖田の加入は、この世代の野手陣の活性化を促していた。

 

 

「ポイントはもうつかんでいるんだ。ボールを呼び込むようにスイングして。ボールは勝手に来るんだから」

沖田が丁寧に打撃フォームを見て二人にレクチャーをする。

 

しかし、中々上手くいかない。脇が甘く、体が開いているのだ。つまりあの練習の出番である。

 

「そうだね。二人は右打ちを強く意識してバランスを崩しているから、後ろ片足ティー練習だね」

 

「げっ!! あの練習めっちゃ疲れるんだよなぁ!!」

 

「足腰は捕手の基本・・・足腰は捕手の基本・・・」

 

1年生野手陣も、着々と練習の成果が発揮され始めていた。

 

 




140キロ届くんだ!

by沢村

2年目の秋ぐらいだろ、基礎球速低いし。

by作者

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