試合は終わった。何とか青道が乱打戦を制し、13対9で勝利。だが、大塚としては歯痒い気持ちが強まった。
「…………打者にとってのお前なら、一杯打てそうで楽しそうだけどね………」
苦笑いの大塚。春の選抜に出たとはいえ、相手エースがここまで崩れるとは、投げ合うのにはやや不満が多かった。
「………強いスイングをしていたけど、相手の揺さぶりに惑わされず、自分の投球をすれば在りえなかった失点。どちらもランナーを置いた場面での投球に課題があるね」
コースを狙いすぎて、フォアボール。それを続けて満塁にして、置きにいった球を痛打される。まさに最悪の打たれ方だ。
「……………うーん………」
そしてダグアウトの中では、
「エースの丹波君は故障明けですし、きっかけさえあれば、すぐに立ち直ると思います。」
言葉ではそう言っているが、彼女の顔はあまりすぐれない。そうなってほしいという希望的な観測も含まれているからだ。
「しかし、今日の試合の調子では…………」
太田部長も現時点での投手陣に不安を覚える。
「太田部長の心配も解りますが、夏の予選までもう3カ月しかありません。ここは全学年を対象とした、性急な投手陣の整備が必要かと思われます。」
高島曰く、最早形振り構っていられないから、全学年から掘り出し物を掘り起こす気でいるのだ。
そして翌日のブルペンでは―――
ズバァァァァン!!!!
「北海道出身、苫小牧中学出身。降谷暁。遠投120mを記録し、何よりも驚いたのが、この選手は一般入試で入学した事です。自己最速は現時点では153キロを計測しています。」
その掘り出し物。それが一つ目のピース。
「こんな子が一般で…………これだから野球は面白い!! 球種はどうなんだね!?」
「すみません……まだストレートしかありません」
「ストレート一本………だが、将来が楽しみな投手だ………」
ストレート一本であることに若干気落ちした太田部長だが、それでもこの将来性を感じるボールに、惚れ込んだ。
「次に、あの横浜の大塚栄治。遠投は降谷君に次いで115m。怪我明けですが、安定した制球力と、怪我前とは変わり、豊富な変化球を持ち合わせています。」
スパァァァァン!!
キレのあるスライダーを投げ込んだ際、そのフォームと腕の振りが変わらず、片岡はその一連の動作に息をのんだ。
「球種は豊富というが、実際にどれくらいある?」
片岡は高島に尋ねた。
「彼が使えると判断したボールは、スライダー、SFF、サークルチェンジ、パラシュートチェンジ(急激に沈んでいく空振りを奪いやすいチェンジアップ。)、カットボール、シンキングファーストのようです。」
沖田が以前、パーム気味のチェンジといっていたが、そのチェンジアップが進化することで、その球種を読んでいても空振りを奪える強力なウイニングショットに変貌していた。
さらに、元々覚えていた動くボールを完全解禁している為、打たせて取る投球も出来るようになっている。故に隙もなくなりつつある。
弱点は、弱体化しているストレートだが、初見で打てるほど柔ではなく、彼はフォームでタイミングを崩してくるで、攻略も至難の業である。
今はそれぞれの球種のレベルアップに重きを置いているらしい。
「…………夢でも私は見ているのかね…………そんな素晴らしい投手がうちに…………」
「そして現時点での自己最速、142キロ。コントロールもよく、夏前には十分戦力になると思われます」
「素晴らしい…………」
太田部長は満足げな表情を浮かべている。
「最後に、長野県赤城中学出身の沢村栄純。遠投は96mですが、キレのある癖球を投げ込みます」
「オイッショォォォォ!!!!」
叫び声を上げながら、沢村は投げ込んでいる。捕手も彼の癖球を取るのに苦労しているようだ。
「球速はほかの二人に比べ、最速131キロとやや物足りませんが、それでも左腕では十分速いクラスです。この三人の中で最も成長速度がずば抜けているのは彼です。フォームも変則のオーバースロー。タイミングが取りづらく、肩の関節が柔らかいので、彼のムービングファーストはよく動きます。球種も速球系にいくつか変化球を持ち、チェンジアップ系を覚えているようです」
「ぐ、具体的には………?」
「本来の癖球に加え、スリーフィンガーファスト(通称高速パーム)、カットボール、チェンジアップ、サークルチェンジです。」
沢村は、チェンジアップを先に習得していたが、スリーフィンガーファーストは、縦に沈む速球の変化球。沢村は速い縦の変化球を欲し、この球種の会得にチャレンジしたのだ。
全ては大塚の悪魔のノートのせいである。これがなければ、沢村は化けなかっただろう。
マウンドで試行錯誤をする、使える球種を探る。高度な技であり、当初は沢村の頭では理解できなかったが、蒼月若菜の翻訳(日本語ではあるが)により、無事に理解することが出来た。
さらに、大塚の球種の一つであるサークルチェンジをこの短期間で会得し、そのセンスも侮れない。
しかし、彼にとって変化球を覚える原点は、大塚が投じた最後の一球。
強打者をねじ伏せた現代の魔球SFF。
蒼月若菜の説得により、それを習得しようとするのは断念したが、変化球を覚えることに積極的になっているのだ。
「……………これは凄い…………こんな有望な一年生がいるなんて…………」
太田部長は興奮気味である。何かもう、色々といたってしまうぐらいに。
「…………話を聞いているだけでは凄まじいものを感じるな。だが、実践で使えるかどうかを試すには、試合をするしかない。」
「では………」
「ああ、一年生を集め、チームを作るぞ。投手は基本2イニングずつ、あの三人を使う。スターターは沢村にするぞ」
片岡の行動は速かった。その後、体力テストと本人の希望を記した紙を見て、早急にチームを作り上げたのだ。高島と太田もそれぞれ選手をポジション別に分けるなど、テンションのあがっている青道スタッフの力は侮れない。
その翌日に、来週の土曜日に一年生のチームと一軍以外の上級生のチームとで、練習試合を行うことが決定した。
「おっしゃぁぁぁ!! 俺が先発ぅぅ!! これでエースへの道が一歩近づいたぜ!!!」
沢村は監督から先発で使われることを明言され、有頂天に。だが、自惚れではなく、テンションを上げているだけなのが沢村である。
「けど、所詮2イニングずつだし、あまり関係なさそうだね」
片岡監督は、投手としての実践での能力を見たいのだろう。
「お!? ということは、俺達一年の中でも、一軍のチャンスがあるのか!?」
沢村は目を輝かせながら尋ねる。
「まあ、あの惨状ではな………」
あまり大きい声は言えないが、丹波とその他上級生の不甲斐無い投球を見ていた沖田は、この一年生たちが重宝される理由も解る気がした。
「何でもいいから早くマウンドで投げたい」
「降谷はマイペースだなぁ。けど、投手は自分のリズムで投げることが大事だし、ある意味投手向きかもね」
大塚はいつもと変わらない彼の様子に、投手向きであるという。
「……………」ほくほく
そして表情がホクホクし出す降谷。やはりわかりやすい。
しかし、この試合は一年生だけのモノではない。一軍の当落線、二軍の選手が一軍入りをめざし、死ぬ気で戦ってくるのだ。
故に、彼らにとってこれ以上のない実戦である。
そして夕方になり、全体練習が終了すると、
「待っていたぞ、大塚、沖田、それに―――」
そこに現れた眼光の鋭い先輩。大塚と沖田は彼の雰囲気が只者ではないことに気づいた。
「一年生! 沢村栄純!! 明後日は胸を借りるつもりで頑張ります!! よろしくお願いします!!」
「降谷暁。よろしくお願いします。けど僕は、だれにも打たせるつもりはありません」
「………一軍主力は出ないが、その心意気は面白い。一軍で待っているぞ」ゴゴゴゴゴッ!
何かオーラが出ている。今までと雰囲気の違う上級生に、大塚と沖田は冷や汗をかく。
「(この人と対戦したら、勝てるかな…………)」にやり
大塚はこの先輩のプレッシャーを感じ取っていた。明らかに別格であることを本能で悟った。
「俺は結城哲也。3年生だ。このチームの主将をさせてもらっている。明日の先発は沢村の様だが、油断するとつるべ打ちを食らうぞ。何しろ奴らもまた、一軍をめざし、練習に励んでいるお前たちの先輩たちだ。」
「けど、それを乗り越えてこそ、一軍の資格がある。そういうことでしょう?」
大塚はそのように言い放った。
「ふっ、今年の一年はかなり有望のようだ。これから自主練をするつもりなのだろう。俺と一緒にランニングをしないか?」
そしてチームの主将からの自主練の申し出。当然、だれも断る理由はなく、
「待ってください!!」
そこへ、捕手の狩場航がやってきた。
「………誰だ?」
「一年生、狩場航! ポジションは捕手!! 俺もお願いします!!」
「いいだろう、人数が多ければそれだけ賑やかになる」ゴゴゴゴゴゴッ
その夜、結城のランニングにかろうじてついてこれたのは沖田だけだった。
「まさか、ここまで差を見せられるとはね…………ブランク明けはきつかったか………」
大塚は息を見出し、苦笑い。それでも何とかやや遅れてゴールしたので、
「初めてにしては上出来だ。」
そんな大塚の根性を褒める。一年にしては本当に骨のあるメンバーばかりであり、主将として彼はそれを喜んでいた。だが眼光は鋭いままだ。
「しかし、以外と体力がないのだな、降谷は。」
「」ちーん
狩場航は大の字で突っ伏し、集団から遅れたが、彼のノルマを達成した。しかし、ご覧の有様である。
「ぜぇ……ぜぇ………ぜぇ…………くっそ、絶対に負けねぇ………」
沢村は汗だくになりながらも、未だに闘志を失っていなかった。
「ハァ……ハァ……ハァ………これを続ければ、体力はつきますか………?」
降谷は、それを尋ねる。自分にスタミナがないのは、事実であり、受け入れがたい弱点。
「ああ、経験者の言葉だ。俺もこのコースは最初はリタイアしかけた。が、今ではそれが当たり前になっている。」
「そうですか…………」
「良し、少し休めば、次はストレッチを行った後、素振りを行うぞ」
「「「おおおお!!!!」」」」
最早気合で、その指示に返事をする一同。
結城主催の合同自主練習の夜はとても長かった。
だがそれでも、ここにいるメンバーのプレーへの集中力は少しずつではあるが、磨かれていくのだろう。
そして数日後の練習試合を迎えることになる。
「けど、上級生と下級生をいきなりぶつけるのか。」
「まあ、丹波があの調子じゃ、片岡監督も不安になるだろう。一年生に有望なのがいたらの話だがな」
OBたちが、本年度の部内紅白戦を見に来たのだ。春の丹波の乱調を見る限り、やはり彼等も夏の戦いが不安でしょうがない。
「青道の救世主が出てきたら、最高なんだけどなぁ」
そして一方のマネージャーの間でも、
「けど、監督も思い切ったことをするわね。一年生を一軍抜きとはいえ、上級生にぶつけるなんて………いい掘り出し物が出そうな予感ね」
マネージャーの3年生藤原貴子は、そんな今日の練習試合について色々な可能性を考える。結城が珍しく「今年は骨のある奴がたくさんいる」と笑っていたので、そのような予感があった。
「けど、そう簡単に出てくるかなぁ………あの一年生の投手たちは評判の様だけれど、」
2年生の夏川唯は、あの噂の一年生の投手陣が真っ向勝負をすると聞いていたが、流石に上級生相手では厳しいのではと、考えている。
「まあ、なるようになるわよ。結果を出した方が一軍に上がる。学年は関係ないわよ」
そして同じく2年の梅本幸子がその話題の結論を下す。そう、彼女の言う通り、結果を出したものがチャンスを得るのだ。
「…………(大塚君…………)」
吉川春乃は、ここで彼が結果を出すことを祈っていた。
しかし彼女はまだ、仕事以外で彼に声をかけていない。
そして一年生のオーダー
一番小湊 春市 セカンド
二番金田 忠大 センター
三番金丸 信二 サード
四番沖田 道広 ショート
五番東条 秀明 ライト
六番モブ1号 レフト
七番狩場 航 キャッチャー
八番モブ2号 ファースト
九番沢村 栄純 ピッチャー
「特訓の成果だ! 大体とれるようになったぞ!!」
狩場は何とかあの三人の球を何とかとれるようになった。だが、ロングイニングは無理で、持って6回ぐらいだと思われる。だが、それだけあれば、今日は事足りる。
「今日の試合、全ての一年生に出場の機会がある。各自アップを済ませておけ」
はいっ!!
そして一回の表、一年生の攻撃が始まる。
一番小湊。ミート力のあるバッターで、選球眼のあるタイプ。一年生は彼を一番に置いたのだ。
「(ここは一番として、少しでも丹波先輩の球を見極める!!)」
ククッ!!
「ストライィィクッ!!」
しかし、初球はまずカーブから入る。内角のボールからストライクに来る球に、流石の彼も初球は手が出なかった。
「(だいぶ曲がるね…………これは当てるのが精一杯かな?)」
その後ワンボールツーストライクと追い込まれた春市。二球続けてのストレート、一つは外れているが、もう一つは振りに行ったが捉えきれなかった。
「…………(けど、次に来るのは………いや、ここは………)」
春市はクローズドスタンスで、あえて誘いをかけてきた。
「はっ?(何だこの一年。勝負を外のカーブにしやがったのか? まあ、あれだけのカーブ、意識するようなぁ………なら内のストレートで終わりにしてやる)」
捕手は内に構える。そして丹波もそれに従い、決め球をインコースストレートにする。
だが―――
ざっ、
春市は突如としてクローズドスタンスから、オープンスタンスに変えたのだ。
「なっ!?」
捕手は驚き、丹波も口には出さないが、目を見開く。
「(狙い撃ちだよ―――!!)」
インコースのストレートを迷わず振り抜いた打球はレフト戦に痛烈に抜けるツーベース。
「おっしゃぁぁぁ!! まわれ廻れ!!!」
沢村がベンチ前で声を上げる。
「しっ!! さすが曲者だね!!」
大塚は二塁ベースで可愛くガッツポーズをしている春市に親指を立てる。
「…………………」
そして四番として抜擢された沖田は、練習での姿勢から、次第に一年生からの信頼を掴みつつあった。だが、今日はなぜか元気がない。
「…………沖田………?」
大塚はそんな彼の様子に気にかけながら、ブルペンにてアップを行う。
続く二番金田が見事送りバントを決め、得点圏で3番サード金丸。
「(初球からストレートを振りにいく………俺ならできると信じろ!!)」
強い気持ちを持って金丸は打席に立つ。
そして初球、動揺している丹波の不用意な一球を痛打する金丸。
「おし……ヒット―――」
ぱしんっ!!
しかし、強烈なライナーは、サードの3年生増子によって好捕される。
「おっしゃぁぁぁ!! ナイスサードっ!!」
「増子先輩っ!!」
彼は元々レギュラーではあったが、前回の試合でのエラーが絡み、今はこうしてこの試合に出ている。この試合で結果を残す必要があるのだ。
故に、彼の守備への集中力は今日は一段と高い。
そして――――
四番ショート、 沖田道広
「…………………」
バッターボックスへ向かう動作が鈍い。そんな彼の様子に気づいた、大塚が、
「沖田!!」
「!!」
「あのことを思っているなら、気にするな!! アレは最善と最善がぶつかった結果だ!! だから、お前はお前のバッティングをしろ!! もう一度、戦いたいと思える俺のライバルでいてくれ!! お前のバットを見せてくれ!!」
大声で、はっきりと大塚は言い放った。それは彼にかなりの勇気を与えるものだった。
「エイジ?」
沢村は大塚と沖田の因縁を知らない。
「沢村は知らなかったんだよね。実はね………」
「………そんなことが………」
話を聞いた沢村は、何も言えなかった。そんな過去が二人にあったことを。だからこそ、何も言えなかった。
「けど、そう言うのは起こり得ることだから。アレは不幸な事故だった。だからアイツが自分を許せなくなるのは間違っているんだ。俺はもうアイツの事を理解している。だから、アイツには自分の打撃を思い出してほしい。」
「ストライィィィクッ!!」
ここで打てば、一軍は近づくのだろうな。
ぼんやりと穏やかなリズムで、彼はボールを見送った。
しかし、彼が許しても。またあの映像がフラッシュバックする。
「…………!!!」
表情が歪む。解っている。解っているはずなのに、体が動かない。
「………(四番で練習中も凄いと思ったら、扇風機かよ。楽に仕留められそうだな)」
内側のストレートが決まり
「ストライクツーっ!!」
追い込まれてしまった沖田。決して当たらないわけではないが、あの日の光景が、彼の脳裏を霞む。
「…………!!」
それでも何とか自分を振りたたせようとするが、それでも――――
かきぃぃん!!
流し打ちでゴロを打つのが精一杯の沖田。明らかに撃ち損じたボール。あのトラウマと、打たなくてはならないという「力み」が、相乗になって沖田に襲い掛かったのだ。
「すまん…………」
沖田は、申し訳なさそうにベンチへと帰る。
「いや、ドンマイドンマイ! まだ初回だ!! まだチャンスはあるぞ!!」
そして一年生の一人が沖田に声をかけ、声を張り上げる。
「お前ら…………」
沖田はこの代わり様に、やや驚く。
「俺達は何にも知らなかったんだな。お前がどれだけ苦しんだのか。そして、お前が一生懸命になる理由もな」
「自分がその立場になったら………想像が出来ない………」
沖田の人となり、まだ短期間ではあるが、日常生活でも真面目で、練習にひたむきに汗を流す姿に、一年生たちは次第に沖田を信頼するようになったのだ。
しかし、
「けど、本当のお前はこんなものでは無い筈だろ!!」
「次は魅せてくれよ!! 沖田!!」
一年生チーム、先制のチャンスもそれを活かせず無得点。序盤、丹波は崩れかけたが、味方の好守もあり、この回を0失点にまとめた。
「おし、今度は俺の番だ!! ディフェンスは任せろッ!!」
そして沢村栄純、出陣。
沖田君はまだ眠れる獅子のまま。
そしてついに、沢村の初陣!!
速球系変化を極めつつある彼は、どんな投球を見せるのか?