ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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以前にも説明したと思います(記憶違いならば申し訳ない)が、この小説は1年冬までを一応の期限としています。

理由についてはあとがきに書いています。



第142話 反響

ある一室、トレーニングルームにて。ベテラン投手の大塚和正がスマートフォンでこの試合を見ていたのだ。

 

 

彼にとって息子の活躍はもちろんうれしいのだが、打者として、投手としての可能性を見せ続けるその光景は、一人の選手として嫉妬せずにはいられないものだった。

 

―――――投手としての才能は知っていたが……

 

まさか打者として、あの局面で打てる勝負強さまで兼ね備えている。もし仮に対戦することになれば、細心の注意を払う必要があり、大塚栄治を打ち取る最良の選択はただ一つ。

 

 

――――まだあいつは、インコースを克服できていない。

 

 

確かに奴はインコースを捌けているように見える。しかし、おそらくそのほとんどが狙い撃ちに近いものである。

 

さらに言えば、インコースのゾーンがあれだけ広いのもその長すぎる腕によって、差し込まれやすくなるのを防ぐため。

 

あれを折りたためるようになれば、狙い撃ちなどせず、本能でインコースを打てる。

 

光南戦で見せた最後の打席も、おそらくは決め打ちに近い状態だったのだろう。なぜあの局面でストレート一本に絞ることが出来たかはわからないが、息子はまだまだ粗さがある。

 

 

そして、本職である投手についても、もはや自分とは違うタイプになりつつある。

 

 

「―――――俺とはまるっきり投球スタイルが違うな」

 

「どちらかというと、俺みたい?」

隣には、梅木祐樹。闘志を前面に押し出し、極限の集中した姿を見せる姿が、自分と似ていると考えた梅木。

 

「ふっ。だとすれば、お前は155キロを投げないといけないんだが」

鼻で笑う大塚。

 

「イメージだって、イメージ。ああいう風にギアチェンジするスタイルが俺に似ているし。まあ、簡単に言うと、俺の上位互換?」

頭を振り絞り、答えを出した梅木。だが、それはプロのベテランとしてどうかと思われる発言だった。

 

最速154キロが全盛期の梅木。今年はもう145キロも数回しか出ない。常時140キロ前後しか出ない。しかし、多彩な変化球と精密なコントロールは健在。

 

「自分で言ってて辛くないか、それ。」

 

「まぁ、制球力はまだまだだけどな。俺ならインローのストレートの時点で、仕留めていたな」

コントロールを間違えてはいない。しかし、あそこで決めきれなかったのが大塚の課題。

 

つまり、大塚の伸びしろ。

 

 

「ああ。今頃、ルーキーたちにもいい刺激になっただろう」

 

 

今年の横浜は、高卒選手が多数指名されている。なじみのある高校野球で、別チームとはいえこれだけの試合を見せた。

 

自分も負けられない。そんな気持ちが強くなったはずだ。

 

 

先ほど、ドラフト2位の北形からお祝いのメールが届いた。

 

ドラフト指名直後から、来年の春季キャンプから気合を入れている選手の一人だ。ドラフト直後の会見では、「開幕ローテを目指したい」とまで言い放った中々の男であり、大塚和正も球団関係者を通して連絡先を交換。

 

今はオフ返上の自主トレをしているという。

 

 

しかしそれは他の投手たちも同じだ。

 

 

若い力が芽吹き始めている。その刺激に息子がいい起爆剤になればと思う。

 

 

何しろ自分たちはロートルなのだから。

 

 

「ああ。もう俺たちも長くはないからな。」

大塚和正が本当の意味での引退が近いと悟っている。

 

「――――お前は48ぐらいまでローテ行けそうだけどな。」

 

「俺をなんだと思っているんだ」

 

「――――けど、誰か一人くらい一人前になるまでは――――俺の背番号を託せる奴が現れるまでは、引退できねぇな」

梅木は思う。また優勝したい。横にいるライバルには大きく水を空けられた。それでも、このチーム一筋で頑張ってきた自負がある。

 

横浜を誰よりも長く背負い続けたプライドがある。だからこそ彼は思う。

 

 

―――――そんな俺の覚悟に引導を渡せる若手。どこかにいないもんかねぇ……

 

 

自分に引導を渡せるような若手なら、必ずチームを優勝に導いてくれる。他ならぬ自分が諦めるほどの存在を、矛盾しているような気持が彼の中にはあった。

 

 

だからこそ、防御率12球団ぶっちぎりの最下位の球団を立て直すには、二人の覚悟が必要だ。

 

 

現時点で、先発のローテは2枚しか確定していない。カバーしてくれていた中継ぎも、次々と逝った。状況は最悪だ。二人には試合を投げ切ることが求められる。

 

しかし、この最悪の状況は、若手にとってのチャンスでもある。

 

 

中継ぎも、先発も人手不足。梅木もフルシーズンで投げるのはきつくなってきていた。いよいよ若手が出てこなければ、また暗黒期が始まる。

 

自分たちが壊れる前に何とか数人、若手を一本立ちさせたい。

 

 

チームに対しての考えが変わった大塚和正。それは日本に復帰した後の、梅木の在り方に影響されていた。ベテランの域に達しながら、未だに第一線でエースピッチャーと渡り合う姿。全盛期の力はないが、それでも投げ勝つその姿に。

 

 

引退直後、余力を残して第2の人生を歩むつもりだった。それは、プロ一年目から考えていた引退のプランだ。だから、やり切ったと感じていた。

 

 

だが、自分が抜けた瞬間にチームはどん底の状態になった。歯がゆい気持ちだった。梅木が頑張っている。

 

「―――――活きの良い投手が来てほしいなぁ」

栄治が来てくれたら、無論心強い。だが、その確率は厳しい。あんな逸材、競合は確実だ。

 

しかし、この試合を見ていると、どうしても救世主にしか見えない。この試合を投げ切った二人の投手の内、どちらかが来てほしいと。

 

このままでは、一番横浜で頑張ってきた梅木が、2度目の優勝を経験できずに力尽きる。

 

無茶な起用をしなければ、ローテが廻らない。

 

「――――どちらか来てくれないかなぁ、何でもするから」

 

「その発言は危ういぞ、カズ。」

 

 

「誤解するような奴、ここにはいないだろ?」

 

 

「まあ、そりゃそうだが」

 

 

 

 

 

 

 

そして一方、病室にて沖田は神宮優勝の瞬間を見ていた。

 

「うおぃ! 金丸が打ったのかよ!! ストレート狙ってたな!!」

 

お見舞いに来た彼女から西日本のお土産をもらい、それは大阪のチョコレート人気店で販売しているモノらしい。

 

「いやぁぁ、女の子にチョコもらうとか一時期は全然想像できなかったなぁ……はっ!? これはいよいよ、あの子が俺に本格的に振り向いてきてくれた証拠か!?」

 

リア充になっても、沖田は沖田だった。

 

なお、残りのチョコレートはカロリー計算も含めて計画的に食べることを決意した模様。

 

「早く体を動かしたい。待ってろ、選抜!!」

 

 

 

全国のライバルたちも、手も足も出ない存在となっていた柿崎に投げ勝った大塚栄治を徹底的にマークしていた。無論、この試合で死力を尽くし、さらなる進化を遂げた柿崎則春も要注意人物には変わりない。

 

しかし、大塚栄治と柿崎則春の投球は、同じ高校生たちにとって、背筋が凍り付くようなものだった。

 

 

――――全国制覇をするためには、この投手を攻略しなければならないのかと。

 

 

そして光南には2番手にアンダースロー木場、リリーフの左の浜中。

 

青道には背番号1を奪い取った世代ナンバーワンサウスポーに躍り出た沢村栄純、抑えの川上、剛速球が武器の降谷とほかの投手陣も充実。

 

そうなのだ。沢村栄純は夏で落とした評価を取り返し、ついに成瀬を抜き去った。スライダーの弱点を完全に克服し、制球力は健在。対する成瀬は左打者への脆さを露呈してしまう。

 

 

強豪校のエースになれる投手たちが、エース争いをしているハイレベルすぎる争い。

 

どの投手もマークしなければならないが、そこに時間を食うとそもそも予選を勝ち抜けなくなるという悪循環もあった。

 

 

秋季大会決勝、神宮決勝と大舞台で見事な投球をやってのけた大塚栄治をマークしていたライバル校は多数いた。

 

 

早くから彼を警戒していた神奈川、東京のライバル校は、今更彼を見て驚いてはいない。秋季大会でも尋常ではない結果を出していたのだ。むしろ、化け物を倒した勢いで、全国制覇すら企んでいたほどだ。

 

―――――化け物狩りだ!!

 

 

――――化け物を狩った勢いで、全国制覇とか余裕余裕! 

 

 

――――むしろ、奴らを倒せば甲子園優勝だろ!!

 

 

 

――――勝ったらマジで気持ちいいだろうよ!!

 

 

――――ぶっ潰す!! 怪物がなんぼのもんじゃぁぁあ!!!

 

 

 

 

東京・神奈川のライバルたちは、大塚のすごさを理解している。だからこそ、その打倒に燃えていた。

 

 

そんな強大な存在を屈服させる。その光景を目指す。

 

 

 

 

兵庫の宝徳、広島の光陵など、大塚を少なからず知っている代表校の偵察班は黙々と連絡を取っていた。

 

「どうやら、まだ底を出していなかったようだな、秋季予選では」

宝徳の学生は、意図的に流出していた秋季大会決勝の大塚栄治の映像と照らし合わせ、納得していた。情報源はどこからかは知らないが、大塚包囲網が再び組まれていたのだ。

 

「しかし、厄介だな。右左関係なくコースに決める高速スライダー。あれを見逃せば、150キロ超のストレートが入り込んでくる、か」

 

「やはり、新たな練習方法が必要になってくるな」

 

歴戦の強豪校の選手は慌てない。曲者揃い妙徳もどこかでデータを取っていることだろう。

 

 

 

しかし新興勢力、他の高校の様子は違っていた。

 

「調子を落としていたんじゃなかったのかよ」

 

「ああ。秋季大会決勝はフロックじゃなかったのか」

 

「あいつ、本当に1年生かよ!!」

 

「大塚投手の二世、やはり血筋かよ……」

 

 

「如何なく受け継いでるなぁ、あれ。マジであれはどうやって打ち崩せばいいんだ」

 

「立ち上がりに隙がなければほぼお手上げじゃないか」

 

 

データは取っていたが、攻略法が思いつかない。数多のライバル校は地方のライバルたちをけん制しつつ、日本一になるための障害である大塚栄治、柿崎則春をいかに撃破するかに苦慮することになる。

 

 

 

 

 

 

 

祝勝会は華やかに行われ、大塚栄治はずいぶんとお疲れの様子だったがほかの部員はお祭り騒ぎだった。

 

何せ野球部創設初めての神宮大会優勝だ。一応、全国の頂点に立ったのだから。

 

 

その夜、沢村は自主練習をするときに、大塚の投球を見て物思いにふけっていた。

 

 

沢村は珍しくその余韻に浸らなかった。いや、秋季予選決勝の時も、沢村は誰よりも早く前を向いていた。

 

むしろ、沢村は危機感を覚えていた。引退した、尊敬する捕手から言われた忠告を胸に、彼は歩みを止めるわけにはいかなかった。

 

「―――――――」

 

右打者、左打者への投球スタイル。どちらにも安定して結果を出すには、それぞれ必要な変化球がある。自分の場合はどうなのだろう。右にはストレート、カット、チェンジアップがある。

そして、左には高速スライダー、横のスライダー、ストレート、現在習得中のツーシームと、ツーシーム弐式。

 

課題ははっきりしている。インコースを攻める球種が、ストレートだけでは足りない。ツーシームで少し芯を外す、詰まらせることが出来れば、よりアウトコースのスライダーが活きてくる。

 

ある投手曰く、左打者を相手に左投手がより有利になるには、シュート系、いわゆるツーシームを投げ切ること、と言われていた。

 

目に見える課題は、しっかりと取り組みたい。頭を使う楽しさを知った沢村は、冬の合宿が待ち遠しかった。

 

 

――――まだ完全に追い抜いたなんて思ってねぇから

 

今日のような投球を見せた大塚栄治を見て、沢村の対抗心は高まる。

 

 

「まだ、俺はお前に勝ったなんて思ってねぇからな」

 

冬を越して、さらに大きな存在になる。あの逆境で頼られるような、信頼されるような投手になる。

 

沢村栄純の道はまだ続く。

 

 

「まだいたんだ、1番なのに余念がないね」

すると、屋内練習場に入ってきた降谷が話しかけてきた。どうやらずっと外で走り込みをしていたらしい。

 

 

「タイヤがねぇと思ったらお前が使っていたんだな」

沢村は投球練習に行く際にいつも置いてある場所にあったタイヤがないことに気づいていた。が、誰かが使っているのだろうと考え、練習を続けていた。まさか目の前の男が使っていたとは

 

 

「―――――――」

黙々とトレーニングに取り組む降谷。彼のメニューは怪我防止中心のようだ。

 

「おっ、降谷じゃないか! 後で沢村の次に受けるか?」

そこへ、沢村の練習に付き合っている狩場が声をかける。もはや、沢村の自主練習に狩場の姿ありといってもいい。

 

 

「―――――今日はやめとく」

しかし投げたがりな降谷が遠慮した。何か意図したことがあるのは明白だ。だが、そのような場面は珍しい。

 

 

「今、僕には基礎が圧倒的に足りない。それを鍛えなきゃいけない」

 

高校生なら満足するレベル、だが彼は貪欲であり運がよかった。

 

 

高校レベルを超越する投手が2人もいるのだから。だからこそ、満足する余裕もない。

 

「――――大塚にもいったけど、この番号は譲らないからな」

 

 

「うん、実力で奪いとるだけだから」

 

いつものやり取りだ。ずっとエース争いをしてきた。だからもう彼がそんな風に切り返すことはわかっていた。

 

 

 

神宮優勝から月日は流れ、

 

 

「ついに沖田さん大復活!!」

青道の頼れる男、沖田道広がついに復帰。心なしか、表情はさらにいい感じになっていた。

 

「リア充期間の終了だろ?」

御幸がニマニマしながら彼の耳元でささやく。

 

「そうっすね。手料理上手かったっす」

 

 

「ほんとに、この男は~~!!!」

ぐぬぬ、とうめく御幸。

 

「医者からの報告、完治後のリハビリの経過も聞いている。地に足をつけて、焦らず、確実に日々を過ごしていたようだな」

片岡監督も、トレーナーのサラやドクターからの報告で、沖田が精力的にリハビリ期間を消化していたことは聞いていた。あの頼れる男が慢心せず、怠け者になるどころか、さらにでかくなって帰ってきた。

 

 

「俺の目標は、甲子園で6本ホームランを打ち、青道の春夏連覇以外ないですからね」

 

 

「正直な奴は嫌いじゃない」

 

 

沖田が合流し、打線の完成系が見えてきた。

 

 

沖田復帰から日が少しだけ流れ、12月下旬より地獄の冬合宿が始まる。

 

 

 

地獄のようなトレーニングが青道に襲い掛かる。が、

 

 

「まだまだ!! 鈍っていた分、どんどん動かすぜ!!」

ランメニューで先頭を走るのは沖田。いつの間にか、沢村が先頭を取られていた。

 

「むむむ!! 負けるかっ!!」

沢村も沖田に負けじとペースを上げる。

 

「二人はいつもハイペースだなぁ」

そして3番手くらいに大塚がいて、その二人の様子に苦笑いするいつもの光景があった。

 

 

 

なお、沖田の元気っぷりを確認した片岡監督は、

 

――――よし、沖田はもっと追い込んでもいいな

 

 

 

そして、沖田の進化して帰ってきているところは随所で見られた。

 

 

轟音。風を切る音が違う。しかも、体が一切ブレていない。

 

「――――――」

 

丁寧にスイングしているのがわかる。だが、スイングスピードは並ではなく、むしろ加速するヘッドは健在。

 

 

沖田の周りでも、素振り練習の時に複数人がいたのだが、ざわめきが収まらない。

 

 

「なかなか、ではないですね。病み上がりとは思えませんよ。しかし、トップの位置もいいですねぇ」

 

「ええ。春でどこまでやれるかではなく、どこまで高いところに彼は行くのか。それが楽しみです」

二人の首脳陣も、沖田の健在ぶり、さらなる活躍を楽しみにしていた。

 

 

「――――っ」

 

 

「―――ぬぅんっ!!」

 

「――――っ(ゾノの奴、声ですぎだろ)」

 

 

そして大塚と前園、御幸も負けていない。力強いスイングで、こちらもいい音をさせている。前園は秋季大会のフォームを固めることに重点を置き、この新しく手に入った技術を疎かにしないことを心に誓う。

 

――――ようやく主軸を打てるようになったんや。この技術をしっかりものにするんや!

 

前園は地に足をつけて、進むことを選んだ。

 

 

――――ボンズ打法、本当にやりやすい。

 

大塚も同様に、秋季大会と神宮で得た経験をもとに、自分に合った打法を見つけた。偉大な強打者の打撃理論は、優れたミート力を発揮する合理的なものだ。パワーさえあれば、誰でもあんな風に撃てる。

 

 

「それはお前と奴だけだ」

 

 

「僕には無理かな……」

 

 

しかし仲間には不評だった。

 

 

 

そして、そんな強打者たちに水をあけられたキャプテン。

 

 

 

――――捕球練習が重点だったからなぁ、秋は。打撃では水をあけられちまった

 

御幸はとにかく秋は捕手として大事なことを意識して取り組んでいた。だが、主軸を打つには打撃向上は必須。

 

柿崎のような好投手から一本を打つ難しさを感じた彼に、妥協はない。

 

―――キャプテンとして、背中で、そのプレーで仲間を引っ張る。

 

先代キャプテンに、少しは近づいていけているだろうか、と御幸は微笑んだ。

 

「先輩余裕ありそうですね」

 

「なに、まだまだ後輩には負けねぇよ!」

 

「4番の座は譲らへんからな!!」

 

張り切って3人は通常の1.5倍ほど振り込んでしまった。

 

 

 

次は内外野ノック。ここで、沖田のショート守備が微塵も衰えていないこと、

 

「もうお前高校生じゃないだろ――――」

ノッカーの伊佐敷が軽く引くレベルのプレーを連発。

 

 

その一番最初のプレー。伊佐敷は鋭い当たりを三遊間に打ち込んだのだ。さすがに鬼すぎる打球とコースと一瞬思ったのだが、

 

 

パシッ!

 

 

走りこみながら沖田はこれを捕球、

 

「おっ」

 

追いつくだけでも十分ファインプレー。伊佐敷も沖田の反応速度はさすがと考えていたが、それ以上の言葉は続かなかった。

 

「はっ!?」

 

目の前の沖田は三塁方向に体が流れながら送球を行ったのだ。しかも、スローイングの瞬間にジャンピングスロー。

 

弾道の低い送球が一塁前園に鋭く、正確に収まったのを見て、言葉を失う一同。

 

「メジャーの守備かよ!! 沖田ぁ!!」

 

「ジャンプでタイミングは取っているんですよ! 結構使えますよ!」

 

何が使えるのか、どうやら沖田はそれをやりやすいと考えていたようだ。

 

「ああいうプレーは、日ごろからやっておかないとできない。常に全力の力で練習を行う。その結果がアレなのだから俺に異存はない」

 

あの守備力で何度も何度も青道を救ってきたのだ。それに、雑な印象はない。

 

 

さらに――――

 

打球鋭くセンター方向に抜けようかというあたりを半身でキャッチ。

 

「っ」

さらにそこからランニングスローでストライク送球。華のある守備を連発する沖田に周囲からため息が漏れる。

 

 

その後も試合さながらの集中力で攻めの守備を連発する沖田。

 

 

セカンドレギュラーの小湊も、久しぶりに見た沖田の守備を見て頼もしさとプレッシャーを感じていた。

 

――――沖田君と違和感なく組めるぐらい僕も上手くならないと

 

片方の内野手が頼りない、というのは嫌だった。どうせなら、日本一の二遊間になりたい。

 

 

昼過ぎのバッティング練習では大塚、前園が快音を響かせ主砲としての威厳と貫録を見せていた。

 

「ふんっ!!」

 

 

「っ」

 

 

スイング軌道を確認しながら、鋭い打球を放つ二人。4番候補に溢れる現状に、チームも好影響を受けているのか、各々のスイングも力みがない。

 

そこへ、

 

「っ!」

沖田の快音も加わる。洗練されたスイング軌道はさらにブレがなくなり、低い弾道で中々落ちてこない打球を連発するようになる。

 

―――低く、這うような打球。ライナーから――――

 

 

そして、高い弾道を描くホームラン性の当たり。豪快な打球を披露する沖田。ここまでくれば、もう病み上がりは関係ない。

 

沖田は完全復活をしているのだと周囲も悟る。

 

 

夕方ごろのランメニューもこなし、まったく疲労感を感じさせない沖田、沢村、大塚。特に走力、スタミナに関して彼らは驚異的なものを持っている。

 

近場の駅伝に出ても入賞は狙えるのかというレベルだ。

 

 

夕食の時も、

 

「食欲が止まらない。」

 

「おっ! 大塚も食えるようになったんだな!」

 

「おかわりだ、おかわり!! お前らには負けねぇ!!」

 

 

「――――ま、負けない」

3人は驚異的なペースで周囲がドン引きするような食べっぷり。特に大塚は行儀よく食べているのだが、口の中に消えるのが早かった。

 

 

その3人に対抗して食べ方を真似る降谷。

 

「いい感じに食欲出ているなぁ、あいつら」

 

「せやな。大塚の奴は今も成長しているし、ホンマ油断ならんわ」

御幸、前園もハードなメニューをこなしているにもかかわらず、元気印の3人組は心配いらないと考え、降谷も意地を見せていることを感じていた。

 

―――心配するな、降谷。あいつらについていけば、絶対に伸びるぞ

 

 

その後、ウェイトトレーニング、ロングティーをこなし、就寝する部員。大塚は成長痛、夢の190cmまで背を伸ばせる可能性もあるので、ウェイトの量は少なく、別メニューとなった。

 

これは落合コーチの提案でもあった。

 

「大塚の予想される身長は190㎝を超えてくるでしょう。成長痛が続くということは、今後もさらに上背が高くなるので、筋肉で阻害するわけにはいきません」

 

「そして、可能な範囲といえば怪我防止のインナーマッスルを徹底して鍛え、強い体づくりを行うことですね」

 

首脳陣も大塚の成長とに合わせてメニューを組んだ。

 

 

そして、12月25日。練習が終わった後の晩。

 

「おっ、ケーキじゃん!」

 

「美味そう!!」

 

手が止まらない部員たち。今回、マネージャーや大塚の妹の美鈴も手伝ったそうで、特に――――

 

「これ、誰が作ったケーキだよ!!」

 

「しっとりしているし、すごいいい感触。本当に手作りなの?」

金丸と春市が感嘆を漏らすほどの美味。

 

「あ、ああ。うちの妹と母さんが奮発して作ったんだよ。菓子作りはあいつの趣味でもあるんだ」

大塚美鈴のケーキは大好評で、大量に作っていたので全員が必ず二切れは食すことが出来た。

 

「お前の妹も妹でスペック高すぎるだろ」

 

「母さんってことは、大塚のママさんの手作りでもあるのかよ!?」

エースの妹で、器量よし。さらには元伝説のアイドルも手を加えたので、印象も違う。

 

「あ、そうだ。事前に皆には言っておくよ。うちの妹は暴れ馬なところがあるんだ。付き合うなら覚悟をしていてね」

このケーキで胃袋を鷲掴みにされた部員は少なくないだろうから、事前にいっておくことにした大塚。

 

「特に沖田、浮気はだめだよ」

彼女らの手作りケーキを美味そうに食べている沖田に釘をさす大塚。

 

「愚問だな、栄治! 俺にはあいつからのクリスマスケーキがあるんだよ!!」

どうやら、お土産のチョコレートもまだ残っているらしい。そしてさらにこの手作り感のあるケーキ。形は少しイマイチだが、頑張って丁寧に作った感がある。

 

一番重要なのは、彼女が手作りで作ってくれたケーキということだ。

 

 

「よし、道広がケーキ持っているよ! みんなで食べよう!」

東条が畜生気味なことを言い放つ。

 

 

「そんな殺生な!! やめてください、泣いちゃう!! まじで泣いちゃう!!」

 

 

「たぶん一切れは残っていると思うよ、たぶん」

春市も笑いながらそんなことを言う。目は全然笑っていない。

 

 

「泣いちゃうぞぉぉぉ!!!」

その後、沖田は普通に3切れ食べることが出来ました。

 

 

 

 

――――やばい、部屋で食べよう

 

沖田がひどい目にあっていたので沢村は存在感を消しつつ、部屋へと戻ろうとする。

 

 

沢村は若菜から、郵送で送ってもらった長野県のお土産を所持している。

 

 

 

黄味餡をホワイトチョコレートで包んだ高級和風スイーツを貰い、その味に懐かしさを覚えた沢村だった。

 

 

――――オフはやっぱり長野に帰ろう

 

リフレッシャは必要だと悟った。そして、このお土産は絶対にばれるわけにはいかないと考えた。

 

 

「さ~わ~む~ら~!! どこへ行こうとしているのかなぁ~~!!!」

 

 

「あ、よく見たら沢村の口元に和菓子っぽいものが!!」

 

 

 

「やっば―――――!!!」

 

 

「やっぱり若菜なんだな!! 畜生がァァァ!!!」

 

 

「藪蛇チーターだァァァ!!」

 

 

「なんじゃそりゃぁぁぁ!!! 舐めてんのか、沢村ァァァ!!!」

 

 

12月25日のクリスマスの晩のひと時は、練習での疲労を忘れさせるものだった。

 

 

「な、なぜこんなことに……」

 

 

「は、はは……うまくごまかすことが出来たぜ、へへっ。やったぜ」

 

 

「だ、大丈夫? 沢村君」

 

 

「大丈夫だよ、春乃。二人はタフだから」

 

 

 

訂正。約二人、疲労をさらにためることになった模様。

 

 

 

 

しかし、他のメンバーにとってもただ事ではない。

 

 

この合宿が地獄であることには変わりないのだから。通常の練習よりもハードな量、時間が要求される合宿。

 

 

それでも、青道野球部員だからこそ、誰一人脱落者を出すことなく、合宿は終わった。

 

 

 

 

そして彼らは12月30日を迎えることになる――――――――――――――

 

 

 

 




なぜ1年冬で終わりなのかという理由についてですが・・・


原作がいろいろと進んでから、という理由(せめて御幸引退まで進んでほしい)と、1年冬で終了がちょうどいいタイミングだったからです。

なので、この話を含めて残り2話で一旦終わります。


ここまで応援してくれた読者の皆様、本当にありがとうございました。

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