ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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2連続投稿です。


第124話 猛追の先に

ネクストバッターサークルに控えていた御幸は、その突然の惨事を目の前で見る羽目になった。

 

 

ヘルメットの割れる音、鈍い音。ボールがあまり跳ねず、地面に転々とする。沖田の頭部に直撃した小川のボール、

 

 

そして、頭部死球を受けた沖田が糸の切れた人形のように倒れこむ光景が、御幸にはスローモーションのようにゆっくり見えた。

 

 

「―――――――なっ」

 

 

倒れこんだ沖田はピクリとも動かない。ヘルメットの耳が無残に割れており、地面に転がる。

 

『あぁぁっとぉ!!! これはいけません!!! デッドボール!! 沖田倒れこみます!!』

 

 

思わず実況も声が出てしまう。突然の惨事にあとの言葉続かない。

 

『―――――踏み込んでいた分、避けるのが遅れましたね。今、頭部に、行きましたよね?』

 

 

『沖田、倒れこんだままです! 起き上がれないっ。これ、痛がっていませんけど―――大丈夫、なんでしょうか――――』

 

『頭部に強い衝撃を受けましたからね。意識も混濁しているんじゃないでしょうか』

 

『ああっと、青道ベンチが動きますね。これは大変なことになりました。』

 

球場では、今も倒れこんだまま全く動かない沖田の周りに青道の選手が集まる。

 

片岡監督もベンチから勢いよく飛び出し、すぐに沖田の元へ向かう。

 

「――――――」

無言のまま、怖いぐらいに無表情となっている彼の雰囲気は尋常ではなかった。

 

 

「しっかりしろ、沖田!! 意識あるか!? 聞こえるか!!」

金丸が声を必死にかけるが沖田は反応しない。それどころか―――――

 

 

何か色鮮やかな赤い液体が金丸の手を染めた。

 

「あぁぁ…そんな………嘘だ……嘘だぁぁ゛ぁぁ゛ぁ!!!!!!!」

それを理解してしまった金丸が虚ろな呻き声を上げながら、それが悲痛な叫びにかわる。

 

 

「落ち着いて、信二!! 手を放して!! 揺さぶっちゃだめだ!!」

慌てて、金丸を引きはがした東条。パニックになった金丸が冷静さを失い、揺さぶろうとしたのだ。それは頭部に衝撃を受けた人間に対してやってはいけない行為の一つだからだ。

 

「――――――――――っ」

ベンチ前で、こぶしを固く握りしめたまま、動けない大塚。心を落ち着けようとして、動くべきではないと考えていながら、感情を制御できていない彼は、この惨状を前に何も考えられない、何もできなかった。

 

―――――踏み込みが深かった分、避けられなかった――――

 

混乱した彼が理解したのは、この惨状を回避できなかった沖田の事情。

 

彼の視界の先では、青道の選手が集まり、その真ん中に倒れこんだままいまだに自力ではピクリとも動かない沖田の姿。

 

 

 

試合が一時中断される。

 

 

「――――――兄ちゃんが…いやだ。やだよぉぉ…」

沖田の弟である雅彦も、兄の痛々しい姿を見て目に涙を溜め、そしてすぐに決壊してしまっていた。その後、彼は一緒に見ていた妹の薫がその光景を見てひどい眩暈を起こし、彼女とともに、両親に連れられてスタンドから姿を消していた。

 

恐らく、沖田の所へ向かったのだろう。

 

「――――――」

大塚裕作は、最近できた同級生の親友の涙を見て、無性に腹が立っていた。

 

―――――なんだよ、なんであんなボールを投げるんだよ

 

「―――――沖田さん、大丈夫かな――――」

不安そうな声色でつぶやく姉の美鈴。いつもの様子になれるはずもなく、弱弱しい姿だった。

 

 

 

一方、青道の来年度の新入生二人組は、新たな仲間を連れ添ってこの試合を見ていたが、

 

 

「――――――これで、明日の決勝の出場は絶望的だ。出られるわけがない」

青道への入学を目指している奥村光舟は、沖田のけがの度合いを遠目から見てそう判断した。

 

「いや、そうだけどさ。もっと他にあるだろ? うーん。まあ、それはそうなんだけど。あれ、相当やばいだろ」

隣にいた同じシニアチームの瀬戸拓馬は、奥村の物言いに苦言を呈しつつ、明日の決勝は攻守の要の一人であり、ポイントゲッターでもあった彼抜きで戦うことを強いられる青道に分が悪いと考えていた。

 

 

「遠路遥々、広島から先輩を見に来たのに、なんですか――――これは、こんなの、あんまりじゃないですか!!!」

そしてこの二人の近く、瀬戸の隣に座っていた茶髪の少年、新田直信が声を荒げる。

 

「ナオっ、気持ちはわかるが俺たちにはどうにもできねぇよ。憧れの先輩のあんな姿見て、冷静でいろ―――なんて、無茶、なんだろうけどさ」

瀬戸が彼を宥め、しぶしぶ直信は席に座る。

 

「――――――広島であんな目にあって、大塚先輩とあんなに楽しそうに野球が出来て―――――もう先輩を咎めることのできる人はいない。なのに、これですか――――っ」

 

尾道シニアの新田直信。彼は大塚世代が去った今年の全中の最優秀選手にして、全国屈指の目玉野手でもある。ポジションはサード。右投げ左打ち。

 

 

 

当然争奪戦が繰り広げられたが、憧れでもあり陰でずっと練習を見てきた沖田道広への特別な気持ちを捨てきれず、青道に自ら行きたいと願い出る暴挙にまで出た。

 

 

地元の名門、光陵のお誘いを蹴るほどに。

 

 

 

 

――――正直、沖田先輩は俺のことなんて知らないと思います。これまでまともに声をかけたこともなかったですし―――――

 

副部長の高島礼子は、やや素行に難ありという評判の彼がここまで感情が揺れるのかと衝撃を受けていた。

 

なんでも、新田少年は尾道シニアに入った直後、沖田のバッティングを見て憧れを抱いたらしい。批判されている間も、彼の悪く言う人間に突っかかり、けんかを起こすこともあったという。

 

素行に難ありというのは、沖田の悪口を言った相手に喧嘩を買いに行ったというのが原因だったらしい。

 

――――尊敬する選手をバカにされて、怒らないほど俺は大人しくないつもりです。

 

憧れの先輩とともに高校野球をしたい気持ちに嘘はなかったという。

 

 

――――根はまじめだったのね。けど素行の噂のせいで、他校はこの逸材に手を付けなかった。

 

なお、光陵はこの理由を知った上で彼にオファーしたのだが、振られてしまっている。

 

この事実に成瀬でさえもドン引きである。

 

――――うわぁぁ、マジかよ

 

これが彼の第一声である。

 

 

話は戻り、青道のサード事情について語ろう。

 

 

確かにサードには沖田ほどの絶対的な野手はいない。そもそも沖田が盥回しされるので、あまり問題になっていなかったのだ。

 

 

そんな沖田を尊敬している新田少年は、この事態に激怒しないはずはなく、二人は彼を宥めるために労力を費やしたのだった。

 

 

 

 

 

 

そして青道ベンチに場所は戻る。

 

空白の時間、川上は引き攣った表情であるものの、キャッチボールをし始める。しかし、沈痛な表情を浮かべながら肩を作る彼を咎める者はいない。

 

彼のキャッチボール相手に、狩場が志願する。沖田と親しい彼も、気が気ではなかったが、

 

「無理しなくていいんだぞ、狩場」

心配そうに川上が声をかけるが、

 

「―――――こんな時だからこそです、川上先輩。控えの選手なりの、意地があるんです」

ここで動かなければ、後悔しそうな気がした。

 

――――それでも、できることをしないと

 

 

しばらく時間がたつと、片岡監督が片手に持っていた電話を耳から離す。それと同時に選手たちに指示を出し、それを聞いた選手たちがゆっくりと沖田から少し離れる。

 

今も沖田は動くことすらできず、倒れこんだまま。

 

そうではない。動くことができないのではなく、本当に意識を失った危険な状態であることが倉持の声で分かった一同。

 

「おい――――ふざけんなよ。なんだよ、何寝てんだよ、お前っ」

こんな惨状だ。ショートの守備に就くのは当然彼で、沖田が戻るまではレギュラーになるのは必然。しかし、彼の顔は怒りに染まっていた。

 

 

実力で奪おうと、この高い壁に挑もうと思っていた彼にとって、この突然の事態は許容範囲外だった。

 

 

彼らの目の前で沖田はやってきた担架に運ばれる。その時でさえも沖田はまだ意識が戻らない。

 

 

球場も怒声と悲鳴が依然として入り乱れており、このビハインドの展開で追い上げムードでもあった青道からは特に混乱がひどい状態だった。

 

ベンチメンバーに一度も入れていないメンバーの間でも、沖田負傷退場の衝撃計り知れない影響を与えていた。

 

「――――――沖田君」

2年生の渡辺は、この惨状で彼が選手として戻ってきてくれるかどうかがとても不安になるどころか、命の危険性すらある事態に言葉をなくす。

 

「おい――――これ、どうなるんだよ――――」

同じく2年生の三村諒太は、試合がこのまま打ち切られると考えていた。こんなことがあって、選手はまともにプレーできるはずがないと。

 

「――――――っ」

そして、選手間の間では体の線が細い1年生の高津広臣は、沖田の姿が球場から消えていくのを見て、顔をゆがめる。

 

怒りを伴った顔だ。

 

――――恐らくお前は、俺のことなんて知らないだろうがよ

 

同じショート、沖田は内野すべてを守れるうえに、打力もセンスも底が知れない。追い越したい目標であり、“まだ勝てない”と考えていた相手だった。

 

そんな彼が、こんなところでフェードアウト。彼は嫉妬もしていたが同時に彼を尊敬もしていた。

 

 

―――――ふざけんな。勝手にくたばるなよ――――ッ!!!

 

 

 

沖田の代わりの代走として当然倉持が入り、小川も危険球が原因でベンチに下がり、小島が再びマウンドに上がることになる。

 

不穏な空気の中、試合が再開されようとしていた。

 

 

 

しかし、代わった小島も緊急登板で制球が定まらず。

 

 

 

「ボール、フォア!!!」

 

 

本格的に制球が定まらなくなった小島の投球が乱れ、御幸は一球もバットを振ることなく、塁へ向かう。

 

 

「―――――――――――――同情なんかしねぇぞ」

青筋をやや浮かべながら、低い声でつぶやいた御幸。その言葉は誰にも聞こえなかったが、御幸の雰囲気がいつもと違うのは、誰の目から見ても明らかだった。

 

 

 

―――――勢いを削がれ、沖田の交代。

 

大塚も、段々と時間が経過していくとともに、やるせない気持ちになる。

 

―――――今は、試合に集中することが最善なんだ。

 

だからこそ、冷静でいなければならない。チームのために、最善を尽くす。

 

そして、ベンチにてタオルで顔を覆い、落ち込んでいる小川の心境も痛い程理解できる。

 

デッドボール、フォアボールを出したくて出す投手はいないのだから。

 

沖田も、きっと今の彼と同じような気持ちだったに違いないから。

 

 

だから、大塚栄治は試合中の事故として割り切る。

 

同じような過去に関わった選手として、冷静でいなければならない。

 

 

故に、代わった小島相手にも手を抜かない。

 

 

 

 

 

 

球筋も、球質も大凡すべてを見切った。スライダーとスローボールのチェンジアップしかないなら、ミスショットしない限り勝てる。

 

 

「ボールッ!!」

 

ストレートが外に外れる。インコースを投げ切れていない。肩がまだ出来上がっていないのか、小島の制球が定まらない。

 

――――本当に時間がなかったのか…相手チームとはいえ

 

タフすぎるシチュエーションと、思わずにはいられない。

 

 

 

しかし、いつも通りの立ち位置で打席に立つ大塚。

 

―――――冷静に、野球に真摯に、

 

でなければ、彼に笑われる。

 

 

「ボールツー!!」

 

アウトコース外れる。ストライクがはいらない。ストレートのコントロールが決まらない。

 

 

続く3球目は外角際どい場所に投げ込まれたスライダー。しかし今回の大塚は無理をせず、手を出してこない。

 

「ボールスリー!!」

 

 

3ボールノーストライク。成孔はここで勝負に行くこともできないだろう。しかし、押し出しでは流れを取り戻すことはもうできない。

 

―――――沖田には、選抜を決めたという報告しか、できなくなったんだ。

 

これで選抜に行けなかったら自分を責めるだろう。彼にそんな思いはさせたくない。

 

 

――――あの子は、大丈夫なのだろうか

 

前日に、彼女が試合に見に来るんだと楽しそうに語っていた沖田。

 

いつか見た、年下に見えた女の子。彼が一目惚れした人。

 

 

沖田の彼女は大丈夫なのだろうか。一人で来ていた彼女を助けることのできる人は、いるのだろうかと、大塚は心配になった。

 

 

 

 

「ボールフォア!!」

 

 

結局、大塚の雰囲気にのまれた小島が痛恨のフォアボールで押し出し。

 

『押し出し!!!! 青道の5番大塚が選んでフォアボール!! ついに1点差!! 勢いがさらに強まっています』

 

『あんなことがあった直後ですが、大塚君、それに御幸君はプレーに集中していましたね』

 

 

一塁ランナーとして塁に出た大塚は、複雑な心境だった。

 

 

――――成孔に、もう余力はないんだな……

 

もっとお互いにどつき合う試合ができると思っていた。降谷が攻略されたときは、強敵だと思った。このチームは、鵜久森以来の手強い相手だと。

 

 

 

しかし不幸が重なり、どちらも得をしないものとなってしまった。

 

 

――――当事者の俺は、強く言えない。言うわけにはいかない。

 

 

大塚は、もはや勝敗の決した試合に対する興味が薄れかけていた

 

 

 

尚もノーアウト満塁のチャンスでバッターは白洲。スコアは5対6となり、ついに1点差となる。白洲は先ほどの打席で、追撃のタイムリーを放っている。

 

 

堅実な打撃を誇る白洲。動揺している小島を逃すわけがなく、

 

 

『センター前ェェェ!!!! セカンドランナー三塁ストップ!! 白洲の2打席連続タイムリーで同点~~~!!!!!』

 

 

「うおぉぉぉぉぉ!!!!!!」

一塁ベース上でガッツポーズを見せる白洲。寡黙な彼が感情を出すほど、この局面は重要であり、勝ち取ったものは大きい。

 

 

青道応援席からもついに追いついたということで息を吹き返していた。

 

 

「ついに同点よ!! 追いついちゃったよ!!」

 

「ここで畳みかけろぉぉぉ!!!」

 

「取れるだけ点を取れ!!!!」

 

「命を懸けて戦えぇぇぇぇ!!!」

 

「コールド食らわしてやれぇぇぇぇ!!!!」

 

 

 

「このまま逆転だ!!」

 

「決めてしまえぇぇぇ!!!」

 

「ぞの~~~!!!」

 

 

 

 

続く前園は初球を大きく打ち上げる。

 

 

『センターバック!! センターバックする!! 抜けたぁぁぁぁ!!』

 

 

代わって守備に就いたセンター山田が打球に追いつけない。流れを完全に引き寄せた青道が止まらない。

 

 

前園健太が雄叫びを上げながら走る。

 

 

文字通り、試合を決める一撃。

 

 

成孔の勝機を一閃した。

 

 

 

 

 

『一塁ランナーも帰ってくる~~~!!! 青道勝ち越し~~~~!!! 前園の3点タイムリーツーベースで、ついに青道が試合をひっくり返しました!!!』

 

 

「おっしゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!! 見たか!!! 見たやろ、お前らぁぁぁ!!!」

しかし、三塁を狙った前園はあっけなくタッチアウト。気持ちを見せたが、冷静ではなかった。

 

 

 

「見たか、このぉぉ!!! 沖田ぁぁア!!!」

 

前園が仕事を果たしたこと、勝ち越し点を取ったことに一安心するかのように叫ぶ。これまでいい仕事ができなかった分、何とか仕事をこなしたのだ。

 

そして、ここにはいない沖田に向かって叫ぶ。

 

「恰好つかないぞ、ゾノ!!!」

 

「ゾノ先輩!! ここは冷静に行くべきです!! 行くべきでした!!」

 

 

 

 

「つづけぇぇぇ!! つづけよ、金丸!!」

 

「コールド食らわしてやれぇぇぇ!!!」

 

「おらぁぁあ、止まんねぇぞ!! 止めんなよぉぉぉ!!」

 

 

 

そして、ここで8番金丸に代打が送られる。金丸の打撃成績、今日の調子を考えればスイッチは当然かもしれない。

 

しかし、最大の原因は尊敬する沖田の負傷退場だった。明らかに試合に集中できる様子ではなく、やや錯乱気味でもあった彼には酷と思い、片岡監督は樋笠を送ることにしたのだ。

 

 

「――――――すいません――――――すいません、俺。でも、俺は――――」

バットを握り、打席に向かおうとした金丸。顔面蒼白のまま、歩いていこうとした彼を、

 

「―――――交代だ。そんな顔で、試合に出すわけにはいかん。」

 

 

それが片岡監督にはできなかった。それが甘いとも思われるかもしれないが、彼はこの交代を曲げるつもりはなかった。

 

 

 

代打は樋笠。ここで追加点を獲れるかどうかで後半の試合に影響を与えかねない重要な局面。

 

 

しかし、成孔も粘りを見せる。代打樋笠がストレートに詰まらされ、続く川上も三振。この回は勝ち越しのタイムリーまでで終わる青道の攻撃。

 

 

流れは青道の流れ。乱打戦が起き始めた乱れた試合は、さらに予想外の惨事に見舞われ、ついに終盤の8回表に突入する。

 

 

 

 

 

 

 

映像が回復した時に、木村の目に飛び込んだのは

 

 

『立ち上がれません、沖田!!』

 

『ああっと、担架が来ますね、交代です』

 

『ええ、意識も混濁しているようですし、プレーの続行は難しいですね。しかし、どうか無事でいてほしいです』

 

『そのまま負傷退場ということになりそうです!!』

 

 

「なん……だと……」

スマートフォンを手から落としてしまった木村。

 

 

「キャプテンどうしたんですかぁ?」

成瀬が落ちてしまったスマートフォンを拾って、

 

 

 

 

 

「―――――――え?」

木村同様硬直してしまった。

 

 

「い、いやだ。そんな……沖田………なんでそこで―――――――」

呆然とした表情で狼狽え始める成瀬。

 

 

「おいどうした!? っこれは!!」

成瀬が蒼白になって床にへたり込んでしまったので、高須が何事かと映像を覗いた。が、すぐに衝撃を受けた顔をした。

 

この情報はすぐに伝わり、沖田を知る友人たちの間で衝撃が広がっていくことになる。

 

 

 

広島の友人たちは、沖田の血まみれになった姿と、そのまま担架で運ばれる様子を映像で見ることしかできなかった。

 

 

 

 

 

8回表、川上が尚もマウンドに上がる。今大会初のロングリリーフを完ぺきにこなす彼の投球に、観客はくぎ付けになる。

 

 

『あっと、初球掬い上げるも距離が出ない!! ファースト前園が手を上げます!!』

 

外の変化球に泳がされ、簡単にフライアウトを上げてしまった小島。

 

続く4番長田には低めを徹底し、

 

 

鋭い金属音とともに強烈なゴロが二遊間を襲う。

 

「!!!」

さすがの川上も、この強烈な打球に驚愕した。外の速球を逆らわずに流した打ち方で、この打球の強さ。

 

 

しかし、二遊間を守っているのは、青道きっての堅守を誇る者たちだ。

 

 

それは、沖田道広がいなくなっても変わらない。

 

――――抜かせるもんか…ッ!!!

 

 

強烈な打球に横から驚異的な反応速度で追いついた春市。反応するだけでもすでに高校生クラスにしては十分なファインプレー。

 

 

「!!!!」

ベンチで打球の行方を見ていた成孔ナインを唖然とさせる光景を見せつける。

 

 

―――――あの打球を弾かない、だと!?

 

バウンドを合わせることも難しく、早い打球を難なく片手で伸ばしたグローブにうまく収めた春市は、走りながらのバックハンドトスをこの回から守備に入ってきた倉持に送る。

 

―――――ああ、あいつが戻ってくるまで

 

 

「―――――――」

無心に、ただ無心に努めることはできなかった。しかし、

 

 

――――無様なプレーはもうできねぇ!!!

 

 

春市からのトスを素手でつかみ、そのまま握りなおさず送球。当然間に合ってアウトになり、打ち取られた長田は悔しさをあらわにする。

 

 

―――――反則だろ。控えのショートでこのレベルだと!?

 

心の中で愚痴らずにはいられなかった。

 

 

『青道にファインプレー!! しかし、簡単に見せてきました、二遊間コンビ!! あの速い打球によく合わせましたねぇ』

 

『反応がいいですね。打つ瞬間、打球方向、速度。それらを予測しグローブと顔の位置もいいです。セカンドの小湊君の判断と、それを予測した倉持君の動き。他校ならレギュラーですよ』

 

 

ツーアウトを取ったところで、5番の玉木に回る。しかし、ここも――――

 

 

変化球を中心に易々とカウントを奪われ、ストライク先攻の形を許してしまう。

 

―――――テンポも制球もいい。こんな投手が控えにいる。こんなことがあっていいのかよ!!

 

 

そして最後は、外に逃げるシンカーにスイングを奪われ三振。

 

「―――――しっ!!」

小さくガッツポーズを見せた川上。強力打線との対決で得たものは大きい。制球を乱さず、テンポよく投げ込むことで、攻守のリズムを生む川上の投球は、自分自身は勿論、チームへの還元は計り知れない。

 

 

8回裏の青道の攻撃は三者凡退。東条にようやくいい当たりが出たがセンターの正面だった。

 

そして9回表のマウンドには

 

 

『そのまま川上が続投です! ラストイニングも任されます』

 

『ボールが切れていますからね。当然でしょう。明日は大塚君も控えていますしね』

 

川上としては油断なく投球に集中はしていた。

 

―――――スイングが鈍い。

 

どうやら、あの死球の影響は青道だけではないらしく、明らかに成孔の持ち味であるフルスイングもできなくなっていた。

 

労せずしてあっさりと3つのアウトを奪った川上はどこか釈然としないものの、

 

―――――贅沢は言えない。力を発揮できないほうが悪い

 

割り切っていた。

 

 

試合終了後の挨拶も声こそ出ていたものの、大塚と白州、一部の選手を除いて握手に応じないなど、後味の悪い試合となってしまった青道。

 

大半は挨拶も上の空で、相手への怒りではなく、彼の容態で頭が真っ白だったのだ。

 

勝者にも関わらず、暗い顔の彼らに、成孔ナインもかける言葉がなかった。

 

 

 

 

沖田という打線の核を失ったのだ。早急に打線を組み替える必要があるし、残されたナインのケア、そもそも沖田の容態を確認に行く必要がある。

 

 

 

9回最後の守備の時も、しきりに連絡をかけていたが、まだ意識が戻らないらしい。

 

 

不安を抱える青道ナインは、一部の選手を除き、いまだに球場を後にできずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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