ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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連続投稿です。

前の話が前回からのスタートになります。




第119話 真剣勝負

初回に先制点をもらった降谷。力みもなく立ち上がりをクリアしたが、ここから相手の4番を相手にすることになる。

 

 

4番長田。成孔の主砲。

 

『さぁ、今大会屈指のスラッガー、長田との対戦で降谷はどんな投球を見せるか』

 

『甘く入ると、いくら彼の球威でも運ばれますからね。変化球でカウントを整えるのが定石でしょう』

 

御幸が一番警戒している打者をランナーなしで迎えることになったのは幸いだった。

 

これが青道首脳陣の見解。御幸も同じことを考えていたようで。

 

――――パワー勝負。いくら降谷の球威でもどう転ぶか。まずは高めの釣り球で様子を見よう

 

 

食いつくならストレートをさらに見せ球に。だめなら変化球を投げるだけだ。

 

降谷の手から放たれた剛球が放たれる。彼も長田がこの打線の中でも別格の存在であることを感じているのか、球威が上がった。

 

 

対する長田もそのボールにフルスイングで応える。

 

 

二つの轟音が、御幸の耳に届いてくる。

 

―――――どちらもえぐい音をさせやがる。

 

 

スイングスピードだけなら、沖田や大塚よりも上かもしれない。恐ろしいスイング音をさせた永田が空振りを喫するだけで、表情が渋くなる御幸。

 

 

『初球空振り~~~! 今日最速の147キロ!!』

 

『少しギアを入れてきましたね。ただ、球が上ずっているので注意が必要ですね』

 

 

2球目もストレートで空振りを奪う降谷。力みがわずかに出てきたとはいえ、今日の降谷は全体的に力感を感じにくいフォームで投げている。その体感速度は相当なものだろう。

 

 

―――――2球続けてストレート。3球目は外そう。外の変化球、ボール球でいい

 

御幸が外にSFFを要求する。通常の落ち幅のSFFで手を出してくれるならそれでいい。見てくるなら、外高めの速球でケリをつけるだけだ。

 

「ボール!!」

 

しかし予想がやや外れ、長田はこの外の変化球を見極める。外れたとはいえ、ストレートが走っている状況下でこれを見極める力量を見せたのだ。

 

しかし、

 

「ストライクっ!! バッターアウトォぉ!!」

 

『高めの速球でスイングアウト!!! ここで今日最速148キロ!!』

 

『まずはあいさつ代わりの一撃ですね。降谷君も今日は本当に調子がよさそうです』

 

 

 

続く打者に対しても、低めの変化球が冴え、難なく打ち取ることに成功する。

 

 

5番玉木には外のチェンジアップをひっかけてショートゴロに打ち取ると、6番西島に対してはストレートでセカンドフライに打ち取り、この回も3者凡退。

 

 

リズムに乗りたい青道だったが、前園が外のスライダーに空振り三振に打ち取られると、7番金丸もサードライナーと波に乗れない。特に前園はあっさりと外の変化球に手を出してしまったので、金丸も勢いを殺したくないと考え、浅いカウントで勝負に行ってしまったのだ。

 

9番降谷がツーアウトランナーなしで打席に回るも、

 

「ストライクっ!! バッターアウトォぉ!!」

 

『外のスライダーで空振り三振!! 2回からは変化球の制球が落ち着いた小島!! 下位打線を三者凡退に抑えます』

 

『今日はスライダーを決め球にすることで、力みが取れましたね。ストレートの上ずりもなくなりつつありますし、捕手の機転を利かせたいい判断だと思いますね』

 

 

 

3回表も降谷の勢いはとどまることを知らない。先頭打者の城島に対してチェンジアップでカウントを整えると――――――

 

 

ズバァァァンッッッ!!!!!

 

 

乾いた音をさせる、降谷自慢のストレートにバットがかすりもしない。その自慢のストレートで打者をねじ伏せ、空振り三振に打ち取る。

 

『スイングアウト!! 先頭城島から空振り三振を奪い、この試合4つ目の三振!!』

 

『変化球とストレートのコンビネーションが冴えていますね! 初球のチェンジアップを見せられると、ストレートに追いつくのは難しいでしょう』

 

8番生田に対してもストレート押しで内野ゴロに打ち取り、これで早くもツーアウト。効率よく打者をねじ伏せることで課題の球数も許容範囲内。

 

 

しかし、ストレートが時折高めにはずれるのが気にかかっている御幸。

 

――――球威がある今は大丈夫だし、見せ球にもなっている。でも中盤以降は

 

短いイニングではなく、先発としての最長イニングがまだまだ短い降谷。公式戦での最長イニングは5回。地区予選では6回まで投げたこともあるが崩れている。

 

それに、今日はまだ一度も150キロを超えていない。

 

 

ただ、体力の問題だけではない。確かに体力はついた。この半年で先発能力は格段に上がったことは間違いない。

 

 

「ボール!!!」

 

ラストバッターに対して、追い込んだ後の4球目が外れる。カウントはこれで2ボール2ストライク。3球目がアウトローに決まったいいストレートだっただけに、このボールは無駄球である。

 

真ん中気味の高めのボール球。

 

―――――悪いとは言わねぇ。球威に助けられているとはいえ、

 

 

沢村と大塚には当たり前のようにあったがゆえに気づくのに遅れた、降谷の先発としての課題。

 

 

――――――時折ムラがある。こいつに必要なのは、長いイニングを投げる忍耐。

 

精神面での課題が置き去りになっていた。

 

 

しかし、9番打者を最後は外低めに決まるチェンジアップでタイミングを外し、内野ゴロに打ち取り事なきを得ることになる。

 

 

 

好投を続ける降谷をさらに援護したい青道打線。先頭東条が決め球に据えているスライダーに空振りを奪われる。

 

―――――くっ、球威があるのにコントロールがいきなり――――っ

 

 

力みが取れた小島の球筋に翻弄される東条。最後は高めの釣り球に三振を奪われてしまう。

 

2番小湊はしぶとくスライダーを掬い上げ、センター前に運ぶ。スライダーを軸にしている配球を読んだ彼は、2球目に内側に少し入った外角のスライダーを右におっ付ける感覚でミートしたのだ。

 

『しぶとくセンター前!! 2番小湊が一死からランナーとして出ます!! さぁ、ここで第一打席にホームランの沖田道広!!』

 

『今日の一撃は青道に勢いをつけましたからねぇ。ここで打てば試合の流れをさらに手繰り寄せますよ。逆に成孔はここで何としてもこの打者を抑えたいでしょうね』

 

 

注目の初球。

 

小島はランナーを警戒せず、緩いセットポジション。走られることを意に介さない。

 

「ボールッ!!」

 

対する小湊も反応なし。打者の沖田もこの内側に外れるストレートに手を出さない。いきなりインロー厳しい場所を攻められたのだ。バットを出す前に、まずは避けなければならなかった。

 

『初球ボールッ!! インコース厳しいコースを攻めてきました!』

 

『スラッガーの宿命ですよ。ここで厳しくいかないと今日の試合が決まりかねませんからね』

 

2球目はスライダーが外に決まりストライク。両サイドを広く使ってくる小島、枡の成孔バッテリー。ここで焦ることなく手を出してこない沖田。相手は勝負を仕掛けている。こちらが下手に動く必要はない、と言わんばかりに堂々とする強打者の前に、バッテリーは渋い表情をする。

 

――――やはり、3番から5番までは高校生と考えねぇほうがいいな。

 

 

――――1年でこの体格。うちでも中軸を打てる。それどころか、4番でもいいぐらいだ。

 

 

枡、小島はこの沖田の所作に彼の実力を肌で感じ、畏怖を覚えずにはいられなかった。特に小島は、1年生の沖田が現段階で4番を打てるとまで言わしめるほど、実力を認めざるを得なかった。

 

 

3球目

 

「ファウルっ!!!」

 

ここも厳しく攻めてきたバッテリー。インコースのストレート。これに当然のように反応してきた沖田だが、仕留めきれずに打球は三塁側へと切れて行く。

 

芯からやや外れ、タイミングはさほど遅れていなかった。

 

 

―――――力んだか。次はどこを攻めてくる?

 

ここで狙い球を絞り切れなくなった沖田。もう一度外角の変化球で勝負をするのか、それとも内角を続けるのか。

 

 

―――――実力が完全に上とはいえ、ここで俺たちがアドを取った! 

 

小島の心に火が付く。いいように初打席はやられていたので、ここで何としても打ち取りたい気持ちが強くなる。

 

 

――――力むなよ、竜平。だが、昂るよなぁ、こんな相手だとなぁ!!

 

枡も小島の高ぶりを抑える必要はないと考えた。これほどの打者だ。力まない相手ではない。それを力に変えろ、彼はそれだけを考えていた。

 

 

バッテリーが選んだ勝負球。枡は迷わず内角によった。

 

 

勝負の球はインハイ。胸元を突くストレート。

 

 

 

―――――そうだよなぁ、勢いがほしいんだ。だが、ここで来るか

 

沖田はその勝負球に驚きを見せなかったが、この早いカウントで来るとは考えていなかった。

 

 

外角を意識している局面で、インコースに追いつくための練習は、今日この日の打席に立つ前からずっと練習をしていた。

 

 

ガキィィィンッッッッ!!!!!

 

 

痛烈な打球が三塁手を襲う。そのポジションを守る城田のグローブを弾く強烈な打球がファウルゾーンを転々とする。

 

『ああっと!! 痛烈な打球が三塁側ファウルゾーンを転々とッ!!』

 

『角度が付きませんでしたが、これは!!』

 

 

これは青道にとって、幸いとなるはずだった。

 

 

ライナーで進んだ打球がこぼれるのを見て、一度帰塁しかけた小湊が進塁を試みる。しかし、カンの鋭い彼はライナーの打球を見た瞬間に動いていたために、やや一塁ベースに戻りすぎていた。

 

 

そして成孔内野陣にもそれは言えることで、一二塁間を警戒していた守備体形であったため、二塁手が二塁ベースから離れており、遊撃手のほうが二塁ベースに近かったのだ。

 

 

城田がせわしなく動き、二塁へのフォースアウトを狙う。小湊の進塁をこれ以上防ぐためなのか、それともその行動通り焦っていたのか。彼は迷わず二塁方向に送球する。

 

 

その送球を見ていた小湊に笑みが思わずこぼれた。

 

 

―――――送球高い!!

 

 

遊撃手の山下がカバーに入っているが、送球は山下からはとても手の届かない場所を通り過ぎようとしていた。

 

 

城田の暴投。ここにきて成孔は守備の乱れが発生したのだ。

 

 

 

 

その同時期、一塁へと全力疾走をしていた沖田は、ちらりと一二塁間を見やる。

 

 

 

 

 

 

ゾクッ、

 

 

一二塁間を見た瞬間に、沖田の背筋が凍りついた。そして、その光景を、一塁ランナーの小湊は気づいていない。

 

 

「とまれ、春市ィィィィ!!!!」

 

 

 

 

 

バシッ、

 

 

暴投に見えた城田の送球は最初から“山下”へのものではなかった。

 

 

 

 

その送球を受け取ったのは、二塁手の玉木だった。

 

『ああっと、小湊挟まれた!!! ここで成孔のトリックプレー!!』

 

『小湊君もこれは予想できませんね。』

 

 

 

「!!!!!」

二塁ベースをオーバーランしていた小湊が沖田の声に反応するも、その光景は彼を驚愕させるに十分なものだった。

 

 

 

その瞬間、二遊間で完全に包囲された小湊。沖田も迂闊に動くことができず、一塁ベースで釘付けになる。

 

 

「くっ!!」

 

何とか生き残ろうとする小湊だったが、為す術がなくタッチアウト。成孔の流れを変える守備が青道の攻撃を削り取っていく。

 

『タッチアウトぉぉ!! これで二死一塁にかわります!! 記録はヒットですが、ランナーが一人減りました!! これはどういうことでしょうか!』

 

『先に沖田君が一塁ベースに到達していましたからね。それに、二塁小湊君も二塁ベースには悠々間に合っていましたし。今のトリックプレーは青道の勢いを利用し、勢いを殺すこれ以上ないプレーでした』

 

悪い流れでツーアウト。ここで4番御幸に回る。青道が誇る主軸はまだ続く。沖田が仕留めきれなかったが、まだ御幸、大塚がいる。

 

『さぁ、ここで4番キャッチャーの御幸! 第1打席はツーベース! 何とかこの悪い流れを変えたい青道高校。ここでチャンスを広げられるか!』

 

 

しかし、ここで打ち気にはやる御幸をあざ笑うかのようにボールゾーンに球を集める成孔バッテリーに、たまらず手を少し出してしまった御幸。

 

2球連続でボールコース。2球目の内側のストレートに手を出し1ボール1ストライク。変化球の後のストレート。狙いはわからなくもないが御幸はキャプテンとしての強い気持ちを抱いていた。

 

―――――うまく攻められたか。狙い球はスライダー。

 

外のストレートも仕留めきれず、ファウル。コースを狙った質のいいストレートは御幸を思うようにさせない。

 

 

 

―――――ここで外の変化球。いや、沖田への攻めを見る限り、内角ストレートも

 

そして、沖田へのリードが青道にこれ以上ない楔となっていた。内角を攻めるかもしれないという予感が、狙い球を絞り切れなくさせていた。

 

 

―――――枡。ここで使っていいよな?

 

 

―――――出し惜しみする必要なんかねぇ!! 決めるぞ、竜平!!

 

バッテリーの心は決まり、御幸を仕留める一手が迫る。

 

 

 

勝負球は御幸の想像をはるかに超えたものだった。

 

 

「!?」

 

―――――ボールが、来ないっ!?

 

 

小島竜平の右腕から繰り出されたラストボールの名はチェンジアップ。御幸が予想していた通り、外の変化球ではあったが緩い球であったというところまでは予測できなかった。

 

 

完全にスイングを崩され、体勢も崩れてしまっていた御幸。バットに当てることが精いっぱいだったのだ。

 

『外の変化球ひっかけたぁ!! 打球はぼてぼてのセカンドゴロ!! 玉木取って、一塁送球!! アウトぉぉ!!』

 

『いい攻め方でしたね。今日初めてじゃないですか、チェンジアップ』

 

 

『スリーアウト!! この回ランナーが出ましたが無得点の青道!! 上位打線相手にさらに立ち直りを見せつけるエース小島!! さぁ、次のイニングに反撃なるか!!』

 

 

しかし、そこは降谷が立ちはだかる。剛球を軸に縦の変化球を要所で効果的に使い、ランナーを許さない。

 

そして、降谷は3回で5つ目の三振をラストバッター城田から奪い、ベンチへと悠々と戻る姿は、成孔にとっての壁。

 

『剛腕降谷。成孔に反撃のチャンスを許しません!! 城田をチェンジアップで空振り三振を奪い、今日5つ目の三振を奪います!!』

 

 

4回表、先頭打者の大塚への攻めは観客を驚かせるものだった。

 

枡は座ってはいたものの、一度もストライクゾーンに投げることはせず、大塚を歩かせたのだ。

 

―――――まさか、ランナーなしでこんな攻め方をされるなんて――――

 

 

続く白洲は大塚への攻めを見て力んでしまったのだ。先輩として、後輩のあのような状況を見て何も思わないことはなかった。

 

先ほどのチェンジアップを2球目にひっかけてしまった彼は、痛恨のゲッツーを打ってしまう。

 

『ショート捕って、6・4・3!! ダブルプレー!! ここで青道痛恨のダブルプレー!! ツーアウトでランナーがなくなりました、青道高校!!』

 

『2点リードとはいえ、これはいけませんね。』

 

続く前園もスライダーに見逃し三振を奪われ、結果的に3人で終わってしまった青道高校。成孔が初回で失いかけていた流れを取り戻そうと、虎視眈々と気を狙っていた。

 

 

そして、機、舞い降りる。先頭打者の枡。

 

 

『さぁ、2巡目の成孔の攻撃!! 切り込み隊長枡は何を狙う!?』

 

 

降谷も、2巡目ということを意識し、ムラは感じられない。

 

―――――今度は手を出さないなんてことはないぞ!!

 

枡はバットを強く握りしめる。

 

―――――狙い球ではなく、ゾーンで絞る!! 初球は――――

 

 

降谷の外角のストレート。140キロ中盤を記録するであろう速球。これを――――

 

「!!!」

 

強く引っ張ることをせず、流し打ちに切り替える器用さ。これが枡の持ち味、彼の技術力である。

 

 

三塁線を突き破る一撃が金丸のグローブから逃れる。打球はレフト方向。長打コース。

 

 

『三塁線ぬけた~~!!! 長打コース!!』

 

『うまいですねぇ、今の流し打ちは』

 

 

レフトを守るのは大塚。外野守備に慣れていないわけではない大塚であったので、焦りはなかった。

 

 

―――――踏み込まれて流されたか! 降谷の速球にはそれが一番だろうけど

 

 

 

 

打者走者の枡は長打コースを確信し、二塁ベースへ向かおうとしたがそれを止める。

 

 

「なっ!?」

驚く枡。それもそうだろう。レフト方向から今まで見たこともない送球がノーバウンドで乱れることなく二塁手の小湊のグローブに収まったのだ。

 

 

―――――おいおい、あの距離でここまで正確な送球をするのかよ!!

 

外野手としても守備能力の高さとそのセンスの片りんを見せつけた大塚栄治のプレーに背筋が凍る枡。もし、何も考えずに二塁へ行けば、確実に刺されていただろう。

 

『矢のような送球で進塁を許さず!! レフト大塚の強肩がこれ以上のチャンス拡大を許しません!!』

 

『本職の外野手でもここまでの送球はあまりありませんよ。それなりに深い位置だったのですが』

 

そして、2番山下に回る。先ほどから守備でいい動きを見せているだけに、乗せたくはない打者。

 

 

しかし――――

 

 

ガキィィィィんっっつ!!!

 

 

『痛烈~~~!!! 初球ストレートをライト線に持ってった~~~!! 痛烈なライナーで一気に持っていきました!!』

 

 

『コースはよかったんですが、力でもっていきましたね』

 

外側の146キロのストレート。高さはやや高いとまではいかないものの、それなりのボールだった。

 

それをはじき返されたのだ。しかも長打という最悪に近い形で。

 

 

 

 

「―――――――――」

降谷は、今の初球ストレートを打たれたことに動揺を隠せなかった。驚愕を隠せない顔で、打球が飛んで行った方向を見つめる。

 

 

――――――悪くない、ボールだったのに。

 

勢いを殺したい青道バッテリー。そのために降谷のストレート系中心の配球で強引に流れを呼び込むつもりだったのだ。しかし、成孔もわかっているのだ。

 

 

青道が何を考え、何を選択してくるのかを。

 

血気盛んなバッテリーの選択肢を正確に読み、そして確実に迫ってくる。

 

 

これで、ノーアウト二塁三塁の大ピンチ。その上、主軸の一角である3番小島に回る。

 

今日の小島は降谷とは対照的に初回こそ荒れたものの、徐々に修正を利かせ、青道打線を相手に粘りの投球を展開。そろそろバットでも結果を出したいところ。

 

 

マウンドの降谷は、冷静さにかけていた。なぜ自分のボールが打たれるのか。

 

 

コースに速球は決まっていた。なのに打たれた。狙われていても、自分の速球はそう簡単に打たれない、そんな自信があったはずなのに。

 

 

一塁ランナーの山下は、こんなことを考えていた。

 

 

――――150キロ右腕。確かに早い。けど、制球重視のストレートは打てないボールじゃない。

 

 

制球を求めた結果、かつての球威よりも落ちていることに気づけない降谷をしり目に、冷静に彼の変化を感じ取っていた打者。

 

ストレート狙いの作戦もあるだろう。おそらくはそれが降谷のストレートを弾き飛ばす最大の要因。しかし、今の降谷は疑心暗鬼に陥っていた。

 

 

「タイムお願いします」

 

御幸がここでタイムを取る。降谷の動揺を感じ取ったのか、ここで間を置く必要があると考えたのだ。

 

「ボールは悪くない。やつら、ストレートを狙ってきている。だから、ここから変化球を多めに入れるぞ」

 

「――――――自分のストレートは、弱くなったんですか?」

 

降谷が気にしていたストレートの威力。捕手の御幸には聞かずにはいられなかった。

 

「降谷、お前―――――」

まさか、そんな弱気な発言が出るとは思わなかった御幸。

 

 

「―――――コースにいったストレートが簡単に。なぜ―――――」

切り替えられていない。降谷のこだわりがここでは悪い影響を与えていた。

 

「確かに、制球重視だと、力感がいまいち、かもな」

 

「―――――――」

返す言葉が見つからない。降谷はその残酷な事実を受け入れるしかない。

 

 

「けど、ストレートだけが、お前の武器じゃない。思い切り腕を振れ。ストレートあっての変化球。そして、変化球がストレートをより速く見せる。お前はそれができるんだ。心配するな」

 

それに、御幸は降谷が無意識にセーブをしているのを見抜いていた。その理由は長いイニングを投げぬくため。スタミナに不安を覚えている降谷は、力配分を自分なりに考えて投げていたのだ。

 

「生半可な相手じゃない。長いイニングじゃなくて、まずは目の前の打者を抑えようぜ」

 

先を見すぎて、自滅しかけていた。今の降谷がまさにそれだった。

 

これが経験不足。先発の回数が少ない降谷の課題だったのだ。

 

 

「――――――はい。」

目に力が戻る降谷。そして先ほどまでの自分を恥じた。

 

 

――――――この試合の僕は、まだ勝負をしていない。

 

自分の投球にしか、目を向けていなかった。自分が戦う相手を見ていなかったと、自分を恥じていた。

 

―――――僕は、勝負をするために、マウンドに立っている。

 

 

 

―――――勝負をしないまま、負けたくない

 

 

御幸も、降谷の決意を感じ取ったのか、マウンドを去っていく。内野陣からも声が聞こえるが今はそれを正確に聞くつもりはなかった。

 

 

 

今マウンドに立った投手がやらなければならないことはただ一つ。

 

 

 

「―――――――ねじ伏せる」

 

どこまでも冷たく、闘気を込めた言葉を紡ぐ降谷。

 

 

 

 

『さぁ、ノーアウトで二塁三塁! 3番小島を打席に迎え、この窮地でどんな投球をするのか』

 

 

―――――ストレート狙い。制球重視の今なら、ゾーンでコースを絞り、おっつける!!

 

 

注目の初球は―――――――

 

 

「!?」

 

『空振りぃぃ!! 初球から落としてきます、青道バッテリー!!』

 

ここで落ちるボール、SFF。ワンバウンドとはいえ、抜くボールを使ってきた青道バッテリー。ワイルドピッチになれば、たちまちノーアウト二塁三塁になりかねない状況で、迷わず投げ込んできた。しかも、サインに一度も首を横に振らなかったのを見る限り、このバッテリーはここにきて退路を断ってきた。

 

―――――あぶねぇぇ。落ちるボールが完全に引っ掛かってるじゃねぇか

 

御幸もカウントを奪えたことに満足はしているものの、一歩間違えば即失点の場面でもあった初球の入りに冷や汗を内心流す。

 

 

 

続く2球目―――――――

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!!

 

 

「ストライクツー!!!」

 

思わず手が出てしまった高めのストレート。コースこそ甘かったが、ストレートの威力はけた違いだったため、小島は掠ることすらできず、ここで衝撃を受けていた。

 

『空振り~~~~!!! ここで150キロ!! 自己最速にあと3キロ!!!』

 

 

『ここにきて、ギアを切り替えてきましたね。ストレートがここから見てもうなっているように見えますよ』

 

 

――――――ここまで力業、相手は後ボール3つ使える。下手にここで手を出すわけには、

 

しかし、小島の思考をあざ笑うかのように、降谷はもう投げ始めていた。

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!!

 

「!!!」

 

うなりを上げながら迫る、アウトローの甘いボール。そのはずなのに、小島は手を出すことができなかった。

 

―――――ここで、ためらいなくストレート、かよ……

 

 

「ストライクっ!! バッターアウトォぉぉ!!」

 

『見逃し三振~~~~~!!! ここで153キロ~~~!!! 小島手が出ない!! この場面、落ちるボールを意識してしまったのでしょうか』

 

『そうですね。初球の落ちるボールが刺さりますよね。』

 

 

―――――僕は、勝負をするために、ここにいる。ここに立っている!!!

 

 

降谷、このピンチを無失点に抑えられるか。

 

 

 

 




降谷君、原作でも長い回を投げる姿にエースを見ていましたが、

今回はその落とし穴に危うく引っかかりかけた場面でした。

しかし、この試合はなおも落とし穴が複数存在します。





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