ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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第113話 4強揃う

仙泉と成孔のベスト4を賭けた試合は、序盤は戦前の予想を覆す静かな立ち上がりとなった。

 

仙泉エース真木は4回まで無失点で切り抜け、対する成孔エース小島も威圧感のあるストレートとキレのあるスライダーで打者を抑え込んでいく。

 

 

しかし、成孔の打者のスイングスピード、その体格から予想されるであろうパワーは、無視できないものであった。

 

「序盤からあそこまで打球が飛ぶのは、不味くないか」

倉持は真木の球威をもってしてもあそこまで飛ばされることに、成孔の重量打線の本領がいつ爆発してもおかしくないと警戒する。

 

「ああ、真木も球種にスライダー、チェンジアップが加わったとはいえ、まだ付け焼刃。決め球のカーブも甘く入れば致命傷。2巡目も同じ攻めなら不味いだろうな」

御幸も、夏を経て成長した真木への評価を認めるものの、成孔打線に同じ攻めを続ければ、痛い目を見ると踏んでいた。

 

 

「特に、4番長田。あの打者はパワーだけなら沖田よりも上だろうな」

 

御幸が注視するのは、成孔の4番長田。あのボディビルダー軍団の中でも一際大柄な体格で、スイングも豪快だ。

 

「そりゃあ、そうですよ。なんですかあの体格。熊みたいだ。あと、筋肉はつければいいってわけではないですし」

 

沖田が当たり前だという。そして、筋肉の増加はメリットだけではないと言い張る。

 

「打者として脅威なのは間違いないですけど、低めの変化球を1打席目は手を出しまくっていますね。制球さえ間違わなければ、やけどの心配はそれほどないですよ」

 

1打席目では、低めのチェンジアップに三振を奪われている。沖田は、穴の多い典型的な4番タイプと評した。

 

 

「だが、俺にも言えることだが、中途半端なアウトローが一番危険な打者でもある。腕も長く、恐らくポイントが合えば伸びた分、痛打の恐れもある。」

大塚は、穴があるように見えて打者としては侮れないと評する。

 

「それに、あのアッパースイング。低めの球を強引に持って行けるパワーがあるなら、安易に丁寧に、なんて要求はしづらいと思いますよ。」

さらに、そのスイング軌道が低めの変化球に対応できるものであると予想する大塚。

 

 

「そこのところはどう思いますか、御幸先輩?」

そして最後に、自分の論評の評価を主将に尋ねたのだ。

 

 

「ああ。俺もそう思う。この打者のパワーもそうだが、この大会でもホームランはトップ。あの轟と同数なのがな。この第2打席でどういったバッティングかが気になるかな?」

御幸も、この5回の先頭打者である彼が、どういった打席を見せるのかが焦点になると考えていた。

 

 

そして、真木が投じた長田への3球目。1ボール1ストライク、低めの外角を狙い、高めに抜けたスライダーの後の、低めのストレート。

 

 

 

轟音とともにバットが白球に激突し、物凄い弾道でスタンドに叩き込まれた光景を見せつけられることになった青道一同。

 

「低めの難しい球をあそこまで飛ばすかよ……」

金丸が唖然としていた。

 

「……難しいが、見事にバットに吸い込まれていったな。あそこはツボか?」

沖田は、長田の好きなところがあそこなのだと予想した。

 

「打球が吹っ飛んだ光景なんて、甲子園の坂田さん以来ですよ。こんな打者が東京にいたなんて」

東条も、坂田に匹敵する迫力を見せた彼の姿を見て、若干表情を曇らせる。

 

 

その後も続く打者がホームラン攻勢で真木を攻略。一挙3点を奪ったのだ。しかし、それ以上の得点を真木も許さない。

 

 

 

さらに、仙泉は終盤には反撃の狼煙を上げる1点目を取り、3ホーマーを浴びた真木もタイムリーを放つなど、成孔に食らいつき、意地を見せ始める。

 

 

 

しかし、

 

 

 

 

「ゲームセット!!!」

審判の宣言とともに、試合が終わる。

 

スコアは3-2。追い上げを見せた仙泉だが、後一歩とどかなかった。

 

相手エース小島も6回1失点で大量リードを貰い降板。明らかに次戦に向けた継投策を見せた。

 

変わった背番号11の小川は1年生。制球を乱し、フォアボールが失点につながったが、その後は立ち直り、仙泉打線を力でねじ伏せていった。

 

「エース小島は140キロのストレートにあのスライダー。小島も一年生では相当ストレートが速い部類だ。両投手ともに球威があるな」      

倉持は、冷静に分析した。あの図体で球威に頼らず、丁寧に投げる印象もある。厄介な投手だと考える。

 

「あの上背から投げてくるんだ。威圧感も打席に立つと一層感じるだろう。」       

白洲も、打席でのイメージを早めに掴んでおきたいと考える。あの威圧感と球威に振り負けないスイングが必要になるのは言うまでもない。

 

御幸にとってはこの準決勝の相手になる成孔だけが脅威ではない。

 

むしろ、この準決勝を超えた先にこそ、本当の正念場が訪れていると考えていた。

 

 

「明日の市大三高と薬師の試合もそうだが―――――」

 

言葉に詰まる御幸。それもそうだろう。薬師にはコールド勝ちをしたとはいえ、最早夏のチームとは完全に違う。投打に柱を持つ強豪の一角に変貌している。

 

だが、そんな薬師すら超越する絶望感を与える存在が反対ブロックに控えていることが、彼の心労を進行させている。

 

 

 

「日本代表相手に大舞台で完全試合。力をセーブして、未だ失点、自責点もなし。冗談じゃないよ……」

弱気な発言が目立つ東条。

 

「夏の時は馬力がまだまだだったが、国際大会の期間に大化けしやがった。それに、あの落ちるボールも」

沖田目線で見ても、夏の制球力そのままに、球威も3段階ぐらい急成長しているあの男を意識していた。

 

 

「しかも一人で投げ抜いているタフネス、スタミナ、終盤でも衰えない集中力…いや、精神力。間違いなく今大会トップクラスだ」

一人で投げ抜くエースとしての自覚。そして疲労を感じつつも落ちない投手としての力量。連投に耐えうる頑丈な体。

 

エースとしての器で大塚栄治は彼に劣っている。

 

 

今大会の彼の足跡を見れば、大塚にもそれはわかる。

 

認めるほかなかった。

 

 

「もう俺は、大塚和正の幻影におびえることなく、自分の形を追い求めている。だから、俺と楊は違うタイプだ。」

 

 

制球面では敵わない。球威はこちらに軍配が上がる。しかし、コンディションは完全に彼の方が万全。

 

 

本当に認めたくはないが、自分よりも今大会は結果を出しているのが奴なのだ。

 

「まあ、坂田さんがいない打線は、カレーライスに肉が入っていないのと同じだし――――」

狩場は、よくわからない例えで日本代表の打線に関する考察を披露する。

 

「どういう例えだよ――――」

やや呆れる金丸。

 

 

「―――――なんにせよ、明日には4強が揃う。薬師と市大の潰し合い、楊が力尽きないというわけもないだろ」

麻生とて、この3つの勢力が侮れないというのは分かっていた。しかし、楽観的な意見を出さずにはいられなかった。

 

 

大塚たちはまだ平気そうだが、普通の選手は違う。

 

 

楊は、今年の高校野球に史上最大のトラウマを植え付けた相手なのだ。歴史的敗北、完全敗北。2年生世代、そして坂田以外の3年生世代のトップクラスを相手に完全勝利をした男だ。

 

 

まともにやりあえば、勝てる見込みが万に一つない相手なのだ。

 

「―――――楊は崩れない。春日一高打線が、彼に本気を出させるかどうか。見所はそこぐらいかな」

冷たい、残酷な戦前の予想を出す大塚。大塚はもはや隠す気もなくそう言い放ったのだ。

 

春日一高に勝機があるという問題ではない。春日一高が楊を本気にさせられるかどうかのレベルの話である。

 

「本当にそれぐらい、彼の投球は異次元だよ。」

 

青道ナインと上級生たちは成孔と仙泉の試合を見届け、会場を後にするのだった。なお、ここで部員たちは各々現地解散となり、早々と寮に戻る者、スライダーの感触を掴みたくて、ブルペンに向かうも捕獲されて強制休息を取らされた者、気持ちが高ぶってブルペンに剛球を投げ込む者、スコアブックの解析に当たる面々などにわかれた。

 

そして、大塚栄治は吉川春乃と共に何をしていたかというと。

 

 

「ねぇ、本当にやるの、大塚君?」

なんとなくついてきた春乃が彼に尋ねる。野手での出場のみとはいえ、今日は休んだほうがいいのでは、と考えていたのだ。

 

「いや、俺だけ事情を知らないのは何か嫌だし、沖田が無警戒に歩いているしね。こっそりついていくのもありかなって。」

 

実はそうなのだ。大塚栄治は沖田の意中の女子との面識がないのだ。沖田がやたら試合後はにやにやしていたので、これはと思い、後をつけてみるとビンゴ。

 

沖田は近くの喫茶店にてその女子生徒とお茶をしていたのだ。これはあまりにも不用心。自分が東京のアマチュア球界ではかなりの有名人であるという自覚が足りない。

 

「でも栄治君。いくら変装してもその身長は隠せないよ…」

 

春乃がややあきれて彼に突っ込む。現在の大塚栄治はサングラスに鬘を被っているのだが、これでは余計に目立つし、その高身長はさらに目立っていた。

 

「バッグは青道のものではないし、大丈夫だとは思ったんだけどね…中々上手くいかないものかぁ…」

 

店の外ではさすがに目立つと考えた二人は、沖田らと同じように喫茶店にて注文を頼むことにした。

 

「俺はアールグレイで。春乃は何にする?」

メニュー表を見て、栄治は即座にそれを頼むと、春乃にも尋ねる。

 

「うん。私はアッサムかな。注文いいですか?」

春乃が手を挙げて、できるだけ小さい声で店員を呼ぶ。沖田はその子に話を振るばかりで気づいていない。かなり舞い上がっているようだ。

 

「楽しそうだね、沖田君」

 

「ああ。しかし、彼女のほうはまだ距離があるみたいだね」

 

どうやら沖田は彼女を口説いているようだった。対する女子はというと、私服姿でよくわからないが年下に見え、黒い綺麗なストレートな髪に、端麗な容姿。それでいてクールな性格に見える。

 

「なるほど。沖田が好むわけだ。それにしても、あの女の子、どこかで見たような…」

しかし大塚が気になったのは、その彼女の顔をおぼろげだが覚えているかもしれないという奇妙な感覚だ。

 

そして内心、大塚はしまったと感じてしまったが、先に春乃の方が口を開く。

 

「同じ東京だし、どこかですれ違って自然と覚えちゃったと思うよ。」

 

 

「……怒らないのか? その、君とこうして喫茶に入っているのに、その――――」

 

「私は栄治君のことを信じているもん。そんなことはないって。それに、今言われてそのことを思ったくらいだよ」

朗らかに笑う春乃。その眼は事実、大塚栄治に対して全く疑いの目を向けておらず、彼を信じ切っているのがわかる。

 

「……不意打ちはやめてくれ。直視できないくらい、その―――照れてしまう。」

後ろ首に手を添えて、赤面する大塚。できた彼女で、巡り合うことができてよかったと何度目かわからないほど心の中で歓喜する。

 

「ふふふ…栄治君のそういう反応も、こっちはこっちでうれしいかな」

出会った時に比べて落ち着いた様子で笑う彼女の姿に、別の魅力を感じた大塚は、沖田の様子を探るという名分を忘れてしまいそうになった。

 

――――――くっ、会話が続かなくなってしまった。でも、彼女の様子を振ると、いやしかし

 

心の中で葛藤する大塚。彼は彼女が沖田の顔を見る雰囲気が気になっていたのだが、ほかの女性の話題を振るのは先ほどで懲りている。そのためなかなか言い出せない。

 

するとまたしても春乃が先を行く。

 

「沖田君、あの子のことが本当に大好きなんだね。言いたいことをはっきり言ってくれる人なのかも。とても意志の強そうな、それでいて真面目そうな子。」

 

春乃はそれ以上の言葉を言わなかった。彼女が抱えているものがなんだか垣間見えた気がする。

 

―――――たぶん、この子は夢中になれるものを求めているんだ

 

だからこそ、表面上ではあんまり好きではないオーラを出しつつも、二人で喫茶店に入ったのだ。沖田が脅したということがあり得ない以上、それは明白だ。目の前には夢中になれるものを見つけて、努力もしている、まぶしい存在がいるのだから。

 

気にならないはずがない。ましてや自分にストレートに好意を示している相手だ。だからこそ、まだきっかけだけで繋がっているのだろうが、彼女の中で沖田の存在が大きくなっているのだろう。

 

「――――――ああ。好意のほかに。いや、それ以上に沖田への羨望があるのかもな。ミーハーな子ではないから少し安心だけど、じれったいな」

 

「そうだね」

 

その後、各自が頼んだ紅茶を飲みながら二人は彼らの様子を見守る。なんだかんだ安心した二人だった。

 

 

帰り道にて、春乃を家まで送り届けた後、大塚は帰宅するのだが、意外と春乃の家とそんなに離れていないことを知り、心の中でまた歓喜するのだった。

 

「ねぇ。なんで帰りが遅くなったのかな?」

 

「すいませんでした。勘弁してください」

ある程度自立させている綾子は怒らなかったが、やけに帰りが遅くなったことについてサラがニコニコしながら聞いてくるので、大塚はまず謝罪という形から入り、こってり絞られたのだった。

 

「お兄ちゃんヒューヒュー!!」

 

「夕食が終わってるよ、兄さん……でも仕方ないね。冷めたご飯を食べようね」

さらに弟の裕作に茶々を入れられ、妹の美鈴には何か言いたそうな雰囲気で近くによられ、栄治はここで体力を使うことになる。

 

 

「勘弁してください」

 

 

そのあと、夜のミーティングに顔を出すために大塚はもう一度青心寮へと足を運ぶのだった。

 

 

「なぁ、何があったんだ。大塚?」

狩場がやけにやつれている彼を見て心配する。

 

「なに。いろいろとあるんだよ、ハハハ、うん」

 

「大丈夫か、大塚?」

そして、本人は全く気付いていない沖田がのんきにやってきた。

 

人の恋路を盗み見るのはやめようと思った栄治だった。

 

 

 

そして、恒例となる渡辺の解説が始まり、

 

「この打線はやはりパワー系。仙泉の真木から三者連続ホームランなど、爆発力は脅威だね。ただ、その後は丁寧に粘り強く投げ込んだ真木から得点を奪えないところを見ると、穴がある打線にも見える。」

 

事実、真木はカーブを見せ球にチェンジアップでカウントを稼ぎ、高めの釣り球を見せるなど、等級に幅を使ってこの打線を抑えていた。特に後半は配球を変え、高めの見せ球を多く使っていた。

 

「多少詰まっても、力で押し込む―――――両サイドを使った散らし方をいかにするか、だな」

川上はそれが十八番でもある。ひきつけて打つとはいっても、ゾーンを広く使えばそう簡単には打てないだろうと考える。

 

「うっす。高めが意外と痛打されていない? いや、甘いゾーンは打たれてるけど」

そして映像の中で高めに空振りを奪われている姿を見て、沢村がなにかをかんがえこむ。

 

「そうだな。インハイのストレートを効果的に使うことで、アウトローを生かす投球にやられている印象を受ける。アッパースイング特有の高めへの相性。中途半端ではなくきっちり高めを要求すれば、フライアウトで済むかも」

大塚曰く、中途半端は一番だめだと進言する。きっちり高低をつければ、長打がフライアウトになることもありだと考える。

 

しかしそれは、大塚クラスの球威あってこそだということを忘れてはだめだ。

 

 

 

「大塚君が言うように、高低をうまく使えば翻弄はできるとは思うけど、やはり低めの変化球をいかに有効に使うかだね。」

 

 

さらに続ける渡辺、

 

「投手の要はエースの小島と一年生の小川。小島は140キロを超すストレートとスライダーが武器だけど、後半になると変化球、ストレートともに浮いてくるし、勢いで投げてくる投手。これに惑わされず、しっかりと甘い球を狙っていくべきだと思う。対する小川のほうはその日、イニングによってまだ調子がばらつくこともあり、付け入るスキは十分あると思う。ただ間違わないでほしいのは、意外とフィールディングも悪くないということかな。失点シーンの時も捕手のカバーにいち早くついたり、バント処理も無難にこなすあたり、あの図体に惑わされちゃいけない」

 

映像を切り替え、小川への説明に入る。

 

「小川のほうは夏も投げていますね。1イニングもたず、制球難による自滅によるものでした。こうしてみると、安定感は小島ですが、ツボに入った時の小川のほうが脅威だといえます。彼の失点シーンのほとんどは彼の自滅によるもので、打ち込まれたシーンがあまりありません」

 

「しかし、右左関係なく使うな。このスクリュー」

金丸が敏感に反応するのは、小川の変化球。まだまだ変化球へのアプローチが足りないと考えている彼は、真っ先に彼のボールに反応する。

 

「右打者にとっては逃げるボール。左打者には食い込むボール。ふてぶてしい投球のできる投手だ。相当自信のあるボールなのかもね。まあ、これを見極めないと話にならないね」

大塚は、右左関係なく使えるこのボールをいかに見極めるかがカギとなると考えた。

 

「こうしてみると、攻撃力は脅威だけど、ディフェンス面で相当付け入るスキがあるね。いかに相手の勢いに惑わされず、打者のフルスイングに感化されず、こちらのペースで試合を運べば勝率も高くなると思う」

 

そう締めくくり、渡辺の解説が終わると、一同は各々自主練なり、ウェイトトレーニングに汗を流しに行くのだった。

 

「おい。沢村、大塚。それと狩場。監督が後で部屋に来いってさ」

2年生にそう言われた3人は、言われたとおりに監督室へと向かう。

 

 

「失礼します!!」

勢いよく、部屋に入る沢村と、

 

「「失礼します」」

落ち着いた様子で入る大塚、やや緊張した様子の狩場が続く。

 

 

「今日は完全試合。アドレナリンも出て今も興奮しているでしょうけど、疲れには注意して、今日はしっかりと体を休ませておくのよ。無理をしてケガ、なんて一番やってほしくないわ」

 

「はい!! 昔から体は強いほうで、おっしゃる通り興奮しています!!」

 

高島先生にそう言われ、沢村は気分を抑えようとして逆に空回りしてしまっていた。

 

「大塚君もお疲れさま。野手での出場が続いているけど、その献身にはいつも助けられているわ。」

 

「いえ。やはりチームの勝利こそが重要です。自分が出ろと言われたところで全力を尽くすだけです。エースの座はほしいですが、それは実力でつかみます」

 

「狩場君も出場機会こそないけど1年生でベンチ入りメンバー。いつも準備をしてくれていて、非常に心強いわ。辛抱強く着実に力をつけてね」

 

「は、はいぃ!!」

思わず声がうわづってしまった狩場。やや赤面するが、それを笑う大塚、沢村ではない。

 

彼が陰ながら頑張ってきたのはもう周知の事実だからだ。

 

「今日の投球。お前はどう感じた?」

片岡監督が沢村に質問する。

 

「後半ばてるかな、と思っていたんですけど、意外と疲れはなくて。終盤はスライダーを意識した相手に助けられたかな、と思います」

 

見違えるようなコメントを出してきた沢村。指導者たちはこの言葉を聞いて、ちゃんと地に足をつけているのだと安心した。

 

「そうだな。三振を恐れ、早打ちに切り替えた相手に対し、あのチェンジアップは非常に有効だった。三振を無理に奪うのではなく、淡々とアウトを積み重ねた結果が、最上の結果につながった。俺が一番評価しているのは、投球の姿勢だ。この姿勢をどうか忘れないでほしい」

 

三振を奪いたい、その欲求はもちろんあるだろう。空振りを奪える決め球を覚えているのだ。それを抑え、チームのことを考えた投球を意識し継続した。

 

片岡監督の考えるエースの像の一つに当てはまる心構えだ。

 

「―――まだ公式戦は続いていますけど、秋、そして冬の合宿で、ムービングを自在に操りたいと考えてました。高ぶる気持ちのままだと、明日には手を出しそうな気がして。実際、スライダーの感触をつかみたくて、ブルペンに行こうとしたぐらいで」

 

御幸先輩たちに止められて事なきを得たんですけどね、と笑う沢村。

 

「ほう、どう考えている?」

 

「今までのムービングは、大塚曰くツーシームに近いっていうんです。だからまずはそのボールを。」

 

「ふむ」

 

「ツーシームが普通のストレートに比べて沈むっていうので、ツーシームの縫い目でフォーク系の握り方をしたらどうなるか、試してみたいです」

 

「「ん!?」」

意味のやや分からない発想で大人たちが驚く。

 

「ツーシームで落ちる球? それはもうフォークだろ」

大塚が苦笑いする。ツーシームはもともと動くストレートという枠組み。落ちたらもうストレート系統ではない。

 

「名前はツーシームと、ツーシーム弐式です!!」

 

「無駄にかっこいいな、おい!!」

狩場が突っ込む。

 

しかし、この冬に完成するツーシーム弐式は、沢村対策を講じてきたライバル校をあざ笑う驚愕の威力を発揮することになるのだが、それはまだ来年の話。

 

一方、降谷は落合コーチに

 

「僕もスライダーがほしいな。」

 

「まずは落ち着こう。スライダーは神宮前に覚えればいい。」

 

と、たしなめられるのだった。

 

 

翌日の試合では、薬師が終盤の集中打で市大エース天久を攻略。逆転打を放ったのはやはり轟雷市。

 

 

だが、弾道の低い外野手の間を抜ける痛烈な打球だったといい、無駄に騒ぐのではなく、打った瞬間に吼えるようになったという。

 

だがそれがかえって威圧感を増し、強打者の雰囲気をより一層濃いものにしている。

 

 

スコアは最終的に薬師が七点を奪い、市大打線を継投で三点に抑え、快勝。夏に続いて市大三高はベスト4に進むことはできなかった。

 

これにより西東京では、市大三高、稲実、青道というビッグ3の時代は終わり、青道という王者に対し、薬師、番狂わせを狙う新興勢力が割拠する、激戦の時代になると言われるようになる。

 

そして、最後の高校野球を少しでも長くやりたいという楊の右腕に導かれ、奮い立った明川学園の快進撃はついに準決勝にまで進んだ。

 

春日一高は楊から1本のヒット、四死球をもぎ取ることができず、その焦りによるミスも多発し、なんとコールド負けを喫した。明川学園の打者は、高い弾道を打つのではなく、間を狙う球足の速い打球を次々と打ち込み、焦る春日一高に攻撃でプレッシャーをかけ続けたのだ。

 

その結果、内野手がポロリを連発。試合は7回コールドで決着がついたのだった。

 

日本のトップクラスの選手を蹂躙した台湾のエースが、ついに東京の頂点に立つのか。それとも夏の東京王者青道がそれを阻むか。

 

近年稀に見るカードは実現するのか、それとも薬師が日本代表を抑えたこの右腕から金星を掴むか。

 

王者青道を飲み込み、夏の苦杯を払しょくするか、成孔学園。

 

 

 

準決勝と決勝の二日間に向け、最後の追い込みをかけるべく、青道高校は紅白試合を敢行。

 

そのオーダーは――――――――――――

 




大塚君の茶番もありましたが、茶番ができないくらいの時期もあったので許してください。

紅白戦が始まります。あの選手の意外な活躍があったりするとかしないとか

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