ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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だいぶ遅れました。

セミファイナル、ファイナルの展開を考えていたり、文章がまとまらなかったり

先月の休みが1日しかなかったりすることは、不味いですか(虚ろな目)?




第112話 その景色は・・・・

6回の裏、表の回に2点を先制してもらった沢村は俄然気持ちが入っていた。

 

――――えっと、このリードを守りきれば、いいんだよな?

 

ざわざわとした観客の声が耳に入らない。沢村の視界には、御幸の構えるミットしか見えていない。

 

 

そして、打者の打順を確認するために、何気なくスコアボードを見る。

 

「―――――――あれ?」

 

 

≪6回裏王谷高校の攻撃は、7番、サード、白河君。背番号5≫

 

アナウンスから聞こえる声も聞き取り、スコアボードを見た沢村は言葉を失う。

 

 

 

―――――オレ、今日はヒットを打たれていなかったんだ

 

 

 

 

 

クリスは、沢村の投球から目を離すことが出来ないでいた。

この1年間の彼の努力も、挫折も、そして成長の証も。その姿を見てきた一人でもあったクリス。

試合はもうすでに終盤に入る。ここまでいい投球を続けていた沢村に、ついに援護点まで生まれた。

 

――――――ここからだぞ、沢村。

 

それは言うまでもないこと。

 

――――――ここから、だぞ。

 

だが、心の中で何度も繰り返してしまう。すでに手に汗が出始めており、自分がマウンドに立っているわけでもないのにとても緊張しているのが解る。

 

 

 

そのマウンドの沢村。尚も勢いを失わず、勢いはとどまるところ知らず。

 

 

 

先頭打者の白河に対し、右打者の内角をえぐるカットボールでファウルを稼ぐ。

 

――――チェンジアップがちらついて――――

 

どうしても振り遅れる。

 

続く2球目はインロー低めのスライダーでスイングを取り、強気の投球を崩さない青道バッテリー。

 

――――外のチェンジアップ、空振りを奪うぞ。

 

低く、とジェスチャーを送りながら、外による御幸。

 

 

「ストライク、バッターアウトォォォ!!」

 

タイミングを外され、腰砕けになる白河。沢村は無心になろうと努める。

 

 

続く8番笠原には高速チェンジアップで内野ゴロ。ショートに飛べば、ヒットになる確率は低くなる。

 

「ツーアウトォォォ!!」

指を二本立て、叫ぶ沖田。

 

内野陣が盛り立てる。小湊が、そして金丸がツーアウトと叫び、沖田に続く。

 

 

―――――やべぇぇ、俺

 

 

沢村にあった堅さが完全に取れた。

 

 

――――負ける気がしねぇ、こんなバックがいたら

 

 

「ストライク、バッターアウトォォォ!!」

 

 

最後若林に対しては全球ストレート。インコース高めを振らせ、空振り三振。この回も無安打。

 

 

その後は、こう着状態が続く両チームの攻撃。沖田が大きなライトフライに打ち取られ、御幸がライナーで打ち取られ、前園もフライアウト。

 

若林も主軸相手にいい投球。

 

 

7回の裏も沢村はヒットを許さない。沢村の投球はとどまることを知らなかった。

 

 

 

 

 

そして8回の裏、そんな沢村をこの試合支え続けている青道の二遊間が魅せる。

 

 

 

先頭打者の4番春日に対する初球の高速チェンジアップ。

 

 

―――――このボールが終盤は多い、ならば!!!

 

バッテリーの意図を感じ取り、ボール球で手を出してきた春日。打球は飛んだコースがよかったのか、二遊間を抜けようかというコース。

 

だが、まず二塁手の小湊がこの勢いを止める。

 

 

走り込みながらの逆シングル捕球。打球が弱かったのも幸いしたのか、この打球に食らいつく。

 

 

――――だが、その体勢ならば!!!

 

 

春日にはわかる。あの体勢では送球にかなりの時間を要する。このまま走り抜けば自分はセーフになれる。

 

先頭打者の仕事を果たせると信じた。

 

 

 

しかし“彼ら”は春日の想像を悠々と超える。

 

ショートの沖田が小湊の更に背後に回り込んでいたのだ。そして、その位置に王谷高校は戦慄を覚えた。

 

 

―――――なぜ、そこにいる

 

 

彼らは思う。

 

 

―――――ショートのお前が、なぜそこに――――――っ!

 

 

 

守備位置は定位置だった。逆方向にも打てる春日を警戒した通常の守備。

 

 

―――――小湊の背後になぜいる!?

 

 

そしてその刹那、小湊は沖田の存在を認知する。二人の目と目が合い、瞬時に彼らの感じた作品が重なり合った。

 

 

小湊がここでバックトス。全ては後方より走り込んでいる沖田へのアシスト。

 

 

 

獰猛な笑みを浮かべた沖田にボールが渡る。そして、その光景を春日はまだ知らない。

 

 

 

「ナイス春市ィィィ!!!」

 

 

 

歓喜の声を上げながら、沖田はバックトスから受けた白球を右手で、しかも素手でつかみとり、握り直すこともなく間髪入れずに投げ込んだのだ。

 

 

弾丸のような送球が正確に前園のグローブに入ったのと、春日が駆け抜けるまでのリミット。

 

 

どちらが早いかは言うまでもない。

 

 

「アウトォォォォぉ!!!!」

 

 

審判の宣告と、その送球を遂に認識した春日の絶望の色を隠せない表情。

 

 

それがすべてだった。

 

 

「うおぉぉ!! アライバ!!」

 

「あのコンビ凄いぞ!! まだ1年生なんだろ!!」

 

「沖田についてこられるセカンド!! 今日はタイムリーを打っているし、関東1かもしれないぞ、この二遊間コンビ!!!」

 

 

「春市が輝いてるぞ!!! うぉぉぉ俺らの期待の星!!」

 

 

 

「すげえぇぇ!!! なんだあれ!? どうなった!?」

沢村は、プレーを見ていたがあんまりな光景に理解の範疇を超えていた。

 

 

 

「終盤に来て、このプレーは心強い。流れをさらに呼び込めるぞ」

御幸は努めて冷静に、このプレーを分析する。のだが、

 

 

―――――ははっ、この全てを見渡せる場所で、あんなもん見せられちゃあぁな

 

マスクの下の口は、緩んでいた。

 

 

―――――誰にも譲らない。ここは俺の特等席だ

 

 

あんな凄いプレーを一番間近に、一番真っ先に見られる。

 

 

そして、そのプレーに自分たちバッテリーは助けられた。

 

 

―――――沖田の顔を見て、準備しといてよかったで――――っ

 

前園は、ストライク送球をここまで緊張して取ったことがなく、アウトを取れてよかったと安堵していた。

 

 

 

球場を揺らした、青道ナインが心強さを感じたそのファインプレーは、青道応援席にも異様な雰囲気を与えていた。

 

「沖田君凄い。トスに回り込んであんな―――――」

マネージャーたちは唖然とし、

 

 

「お、俺も出たい――――絶対出たい――――うずうずするぞ」

狩場がレギュラーへの意欲を刺激される。

 

残る1年生たちも、このファインプレーの片翼である「春市に続け」という言葉を胸に抱く。

 

大塚を筆頭とした投手陣、御幸、沖田、東条だけではない。

 

自分達だってやれるはずだ、これを見て刺激を感じない方がおかしいと。

 

 

―――――負けてられない。このままでは終われない

 

 

嘘偽りのない本音だった。

 

 

 

そんな部員たちの様子を見ていた片岡監督は、一瞬だけ口角を釣り上げる。

 

「攻撃的な、意欲的な守備だったな」

この試合にも、今後にも影響を与えるプレーだった。それを強く感じた。

 

 

 

「まあ、あれを成功させる自信があったという事でしょうな。なんにせよ、この局面であれをやれる精神力は、二人の二遊間としての成長を感じますねェ」

落合コーチも、沢村が完全ペースを崩していない中で、リスキーなプレーを選択し、流れを呼び込んだ二人に敬服していた。

 

そして、強い選手に生まれ変わりつつある春市の見方を変え始めていた。

 

―――――どこかセンスだけが取り柄だと思っていたが、中々どうして。

 

 

あの攻撃的な雰囲気。彼の兄を彷彿とさせる守備だったではないかと。

 

 

 

 

スタンドからは、尚もどよめきがおさまらない。

 

 

 

おいおいおい!!! あんな先輩たちと俺は勝負すんのかよ!!!

 

 

望むところ……

 

 

君たちはホント愉快だね

 

 

野心溢れるどこかの中学生たちの声が聞こえたような気がするが、片岡監督は一段と気をしっかりと引き締める。

 

 

 

指揮官は、青道の最後の攻撃の最中、ベンチに座っている沢村と御幸を静かに見守る。

 

 

―――――当事者はどのような心境なのだろうな。だが、だからこそ

 

 

彼は言葉をかけない。余計なことを考えてほしくなかったのだ。

 

 

 

彼にはこんな完全試合に挑めた経験がない。この1年間。手に届きそうでとどかなかった男を知るからこそ、あえて彼は二人に何も言わない。

 

 

だが、言葉ではなくそのタクトで彼は二人に自らの意思を示す。

 

 

ブルペンに控える投手はだれ一人いない。川上はベンチに座ったままだ。降谷も当然登板機会はない。

 

 

大塚も当然投げない。

 

 

 

――――――この試合のマウンドは、お前一人だけのモノだ。

 

 

 

 

攻撃が終わり、青道の守備が始まる。

 

 

 

彼はなにも言わない。その瞬間が訪れるまで。

 

 

 

 

 

 

 

9回裏ツーアウト、王谷は未だにランナーを出せていない。

 

 

沢村栄純。完全試合まで、後アウト一つ。

 

 

「最後の最後にやらかすなよ、沢村ァァァ!!!」

 

 

「ここまで来たら、決めて来い、沢村ァァァ!!!」

 

 

「沢村ァァァ!!!」

 

「あと一人だぞ!!!」

 

 

大歓声がダイヤモンドの中心へと注がれる。内野陣もやや緊張した表情をしている。

 

「―――――――――――――」

沢村も沢村で、強張った笑顔をしている。さすがに緊張をしないはずがない。無神経でいられるはずがない。

 

 

無邪気でい続けることなんて出来ない。

 

 

投手としてのエゴが、様々な感情が沢村にまとわりついている。しかし――――

 

 

 

 

 

「沢村!! 点差はある!! その記録はおまけだ!!」

その時、大塚が叫ぶ。

 

 

「どうせするなら、甲子園の大舞台でやってのけろ!! ここがすべてじゃないぞ!!」

 

 

 

 

「大塚―――――」

その一言だけで、沢村は気が楽になった。

 

 

その初心を忘れていた。

 

 

 

――――そうだ、とにかく無失点に抑えたい。長いイニングを抑えたい。

 

 

そんな単純な気持ちだった。いつの間にか、それがこうなっていたわけで。

 

 

――――俺が欲しいのは、ここじゃない。

 

 

大塚の喝で表情に柔らかさが戻る沢村。それを見た御幸は、

 

 

――――大丈夫そうだな。

 

 

しかし御幸は解らないものだと思った。

 

 

――――大塚が完全試合を悉く逃して、沢村がその手に届きかけている。

 

 

「ストライィィィクッっ!!!」

 

まず初球アウトロー。手が出ない。今日は本当にストレートが低めに伸びてきている。

 

――――ストレートと変化球の高さがほぼ同じだからな。

 

 

低めの制球は本当にいい。

 

その後、若林に対して逆球にはなったが、外のスライダーが決まる。

 

 

―――――うわ、ここでバックドア気味のスライダー投げるか。

 

 

「―――――――――――――」

無言のまま、先程の一球を気にかける沢村。制球ミスをしたにもかかわらず、その球の感覚を確かめているようだ。

 

 

「いよいよ、か」

沖田は、どこからでもかかってこいと言う気分だった。

 

―――――肩を並べる、いや、成績だけならもう―――――

 

 

イニング数も、そして秋では防御率さえも。

 

 

3球目はアウトローのボールコース。4球目に投じた一球――――――

 

 

若林にはストレートに見えた。

 

 

――――最後の最後、このままで―――――

 

 

そのボールを強振しにいく若林。

 

 

 

しかし、寸前でそのボールはコースから沈み、若林のバットから逃げていく。

 

 

―――――変化球!? それにこの球は―――ッ!! 

 

 

そう思った時にはすでに手遅れだった。

 

 

 

「ストライィィクッッ!! バッターアウトォォ! ゲームセット!!」

 

 

 

その瞬間、地鳴りのような歓声が四方から沢村に向かってきた。

 

 

「!!!!」

確かに凄いことをしたのかもしれない。人生で最もいい投球が出来たとも感じていたし、かなりの手ごたえを感じていた。

 

 

しかし、本人の認識とはあまりにもかけ離れた現実に、沢村はかなり戸惑っていた。

 

―――――な、なんだこれ

 

勝利の雄たけびを、自分の無意識の口癖が出るはずなのに、それが出てこない。

 

 

それだけ沢村は会場の空気に最後の最後に呑まれていた。

 

 

「やったな、栄純!!」

まず沖田が駆け寄りながら、その偉業を祝福する。

 

 

「最後のボール、コースは甘かったが、いい変化だった。何はともあれ、ほんとにやってのけるなんてな。」

柔らかな笑みを浮かべ、沢村の今日の投球をたたえる御幸。それが沢村にはとても珍しく見えた。

 

「御幸先輩―――――」

今日の主将は少し違う。そんな気がしてならない。沢村は、そう思った。

 

 

「まあ、最後の最後で何か衝撃的なことをしでかすと思ったけどな」

 

 

「やっぱりいうと思ったよ!! こんちくしょう!!!」

 

 

「沢村~~~!!! ワイは最後まで信じとったぞ!!」

いいところがなかったが、8回には二遊間コンビのプレーを無駄にしない活躍を見せた前園。

記録がかかった試合、これまでで最高の投球を続ける沢村に影響されることなく、集中力を保ち続けた。

 

しかし、打撃で貢献できなかったことをかなり焦っているのだが、それは顔には出さない。

 

 

「うん! もう今日の栄純君はのっていたし、最後まで投げ切れるって信じてたよ! 凄かったよ、栄純君!!」

秋の太陽すら霞むような笑顔を見せる春市。それだけ沢村の力投に感激していたのだ。いつもの少し落ち着いた雰囲気はなく、沢村の近くではしゃぐ彼の様子は、ナインにとっても新鮮だった。

 

 

「最後あっさりだったな。最後の球も今日一番のキレのあるボールだったし、完全を成し遂げてもまだ余力を感じさせるとかなぁ――――まあ、凄かった。いや、めっちゃすげぇよ」

沖田も、あの見学の時から沢村を見守ってきた人間の一人であり、入学当初から成長した姿を見せ、ここまでやってきた彼の軌跡に魅了されていた。

 

「ホント、最初は癖球オンリーだったのにな。今じゃ青道の誇る左のエースだ。」

御幸も、これまでの努力と苦労の詰まった、沢村の渾身の力投に鳥肌がいまだに立っている。

 

思えば、一年生投手陣の中で最初にコンビを組んだのも沢村だった。そして、次々と彼の地力を上回る投手と出会い、彼の印象が薄れかけても―――――

 

そのたびに沢村は自分を成長させ、この競争に食らいついてきた。

 

―――――いける

 

御幸は手ごたえを感じていた。

 

沖田が得点につながらなくても、得点を捥ぎ取る事が出来る打線になってきた。今日の試合は明らかに沖田封じを仕掛けてきた投球。

 

それがクイックによるタイミングのずらし。沖田は分かっていても肩が開き、初打席と2打席目も打ち取られてしまった。

 

3打席目でついに対応したとはいえ、沖田の出塁が得点につながらなかった。その時は苦しいと、苦しい試合展開だと覚悟していた。

 

 

それでも、

 

 

―――――けど、大塚が打線でも柱になってきたのが大きい。

 

 

 

しかし6回の先頭、大塚が出塁したことで試合の流れが変わった。そして片岡監督が常日頃から言われていた走塁からのプレッシャー。

 

それを体現する攻めで、金丸のヒットをアシストした。それが連続出塁に繋がり2度目のチャンスにつながった。

 

 

 

その流れを失わせなかった男――――

 

 

沢村に次ぐ声援を浴びている選手――――――東条に目を向ける。

 

 

ノーアウト一塁三塁からツーアウトまで粘られた局面で、きっちりタイムリーを打つ勝負強さ。

 

バッターとして沖田が注目されがちだが、この一年生がいることで、打線に流れを作っている。

 

 

そして最後に、小湊に目を向ける。

 

 

久しぶりの活躍で、表情に余裕が出ていた彼は、声援に応える所作も貫禄を出し始めていた。思えば、夏予選から頑張っていた選手の一人だ。この試合で立ち直ってよかったと御幸は思う。

 

無論8回の好守も、彼のメンタルの成長を感じるものだった。

 

 

 

ここまでのピースが、秋のこの時期に揃い始めていた。

 

―――――今度こそ、いける……

 

 

あと一つ届かなかった頂点に、届くかもしれない。そんな考えが、御幸の心を熱くさせる。

 

「御幸先輩?」

 

大塚が怪訝そうな顔で、先程から黙り込んでいた御幸に声をかける。

 

「あ、ああ。栄治? どうした?」

 

 

「そろそろ帰りますよ。大巨人の真木先輩もドアの向こう側でうずうずしているようですし」

大塚の視線の先には、闘志を燃やしている大男の姿が。

 

 

 

「………」

仙泉の真木は、青道ナインをじっと見つめていた。そこには負の感情が見当たらない。澄んだ闘志を感じさせる一人の戦士を思わせる雰囲気をだし、試合に集中しているのが感じられた。

 

 

「こら真木! そんな道の真ん中に立つんやない! 邪魔やろうな!」

軽く注意を促すその仙泉を率いる鵜飼監督。だが、彼の気持ちが解らないわけではなかった。

 

 

―――――あの青道のサウスポー。えげつない進化をしよる。

 

最初から最後まで都立の星に隙を与えなかった。それがあの大記録。思えば、沢村のスライダーが一躍注目され始めたのも、仙泉戦からだった。

 

あの頃を思えば、さらに洗練され、腕の振りの欠点をも克服した。これでもう彼が思い当たる弱点はなくなりつつある。

 

 

―――――これで稲実の成宮のように球速まで伸びたら手に負えんな

 

 

「エースを温存、控え投手でこの投球。盤石じゃないですか」

鵜飼監督は、ベンチを後にする青道ナインとともにこの場を去る片岡監督に声をかける。

 

「ええ。選手たちが課題に向かって努力し、克服し、成長した結果です。」

淡々と語る片岡監督。次に戦うかもしれない相手なのだ。

 

 

「うらやましい限りですな」

 

 

 

その一言を聞いた片岡監督以下、ナインはベンチを後にするのだった。

 

 

 

 

 

 

一方、敗れた王谷サイドでは、

 

―――――どれだけいい勝負をしようと、負けは負け。

 

エース若林は、最後の最後に地力がモノを言った結果に歯噛みした。自分がいい投球をした、で終わってはならない。

 

 

それではエースではない。エースは、チームを勝利に導く存在なのだから。

 

 

打者陣は酷く消沈していた。それもそうだろう。控え投手に完全試合を食らわされたのだ。その衝撃は推し量れるものではない。

 

「落ち込む暇があったら、次は一泡吹かせるよう、努力するしかないだろ? 俺達のやり方で。」

 

一人一人、声をかけていく若林。その立ち振る舞いを見守る荒木はこの試合で彼の精神面での成長があったと感じていた。

 

―――――悔しい筈だが、ナインに声をかけるふるまいは紛れもなくエースの行動だ。

 

チームを背負う覚悟があるからこそ、この敗戦で涙を見せていない。強い姿を全員に見せている。

 

「冬は休みがねぇかもな。勉強も野球も、やることがたくさんだ」

 

 

頭脳派エースの秋が終わり、夏に向けての挑戦が始まった。

 

 

 

 

「都立の星。夏で見せてやろうぜ」

 

 

 

 

 

 

青道に場面は返り、降谷はある人物との邂逅を終えていた。

 

 

「あれが降谷君のおじいちゃん?」

小湊が尋ねる。ベンチに座る彼を見ていた謎の老人は、なんと彼の祖父だったのだ。

 

「うん。」

 

 

その後、彼が何故東京にやってきたのかという衝撃の事実も判明した。

 

「えぇぇ!? 降谷君のおじいちゃんは東京に住んでいるの!?」

吉川が驚き、

 

「だから青道のパンフレットも手に入ったって――――そういう縁かぁ」

沖田が納得する。

 

「けど、あの御嬢さんとの縁は、どうにもならんようだな」

ニヤニヤしながら沖田がさらにがっつく。

 

「関係ない。感謝はしているけど、そこまで意識したわけじゃない」

クールな対応を見せる降谷。

 

 

「でも、沖田君のようにがっついてくるのは、女性の身としては、ちょっと怖いかも」

春乃の一言で、

 

「ぐぬぬぬ――――」

何も言えなくなった沖田。

 

 

 

 

「―――――――――」

そんな中、賑やかな輪の中に入らない沢村。何かを考え込んでいた。

 

「珍しいな。あの輪の中に入らないなんて」

御幸はその彼の変化を感じていた。

 

 

「――――――考えることが、こんなに大事だって、解ったん――です」

 

 

「沢村?」

 

 

「どうすればいい投手になれるのか。栄治を見てると、なんでも猪突猛進だとダメなんだなって。」

 

 

熱い心をその胸の中に。冷静に努めようとする姿は、異質だった。

 

 

「――――――アイツは、野球もスゲェけど、勉強もスゲェ……。意識の違いが、今の立場の違い、なのかもしれない」

 

沢村が考えていることはこうなのだ。

 

 

 

 

今の自分には、足りないものがある。課題があると。

 

 

 

 

 

 

大塚は、野球も勉強も出来る。そしてエースでもあり、自ら次々とアイディアを浮かべていく。

 

 

自分はどうなのだ。彼に助けられてばかりだ。いろんな人に助けられてばかりだ。今でこそ2番手、エースの座に近づいてきた。

 

 

日頃の行動を思い返してみた。

 

自分は授業中に意識の問題があった。教えを乞う事を、この学校に来て経験し、それはこの場面でも言えることではないのかと。

 

 

勉強が出来ないと、諦めていた。軽く考えていたのかもしれない。

 

 

頭のいい投手は、日頃の行動も違う。そして、

 

 

沢村も今の自分に納得が出来なくなっていたのだ。

 

 

「とにかく、がむしゃらに、じゃない。考えて――――行動したい。出来るようになりたい」

それが彼の偽りのない本音だった。

 

 

 

 

「――――冬の合宿で、俺はあのムービングボールを自在に操りたい。」

 

 

 

 

 

「!!!!!」

雷に打たれるような衝撃を受けた御幸。野球が、奴によって、この野球バカの意識が劇的に変わった。

 

 

そして、御幸がぼんやりと考えていたことを、この男は自力で導き、至ったのだ。

 

 

 

―――――凄い奴だ。行動が変わっても、お前は変わらねェよ

 

 

むしろ、御幸は歓迎していた。ついにこいつはここまでの意識を持つようになったかと。

 

 

 

 

 

 

「その調子だ。沢村」

 

 

 

 

「「!!!」」

二人が振り向くと、そこには彼らが尊敬してやまない先輩の姿。

 

 

「クリス先輩?」

御幸が追い付きたいと願ってやまない、沢村が認められたいと願う、男の姿。

 

 

「投球を見て、震えるものがあったというのに、ここでも震えてしまった。あの我武者羅だったお前の意識が変わった瞬間。それは、とても大切なことだぞ」

柔らかな笑顔を浮かべる彼は、沢村を見て嬉しさを隠そうとしない。

 

 

そして、その様子を見ていた降谷も、輪の内側から話を聞いていた。

 

 

――――――考える投手。難しいけど、それが出来ないと

 

 

この争いには勝てない。

 

 

 

「ふ、どうやらお前の投球と宣言に、刺激を受けた奴がいるようだな」

そして視野の広い男は、たちまち彼の様子に気づいてしまう。

 

 

「―――――――――!!」

変わり始めている。どうなるのかが分からない。未来が解らない。

 

御幸は、この日を忘れはしないだろう。

 

 

勝って兜の尾を締める投手陣。頼もしくないはずがない。

 

 

この余韻に浸りたい。この余韻のまま、練習が、試合がしたい。

 

 

 

 

そんな御幸の思いを遮る有り得ない試合が、この後目に飛び込んでくる。

 

 

 

次の試合で当たる、勝者が誰なのかを確固たるものにする結果が。

 

 

 

 

一方、観戦に訪れていた中学生たちは青道の沢村について考え込んでいた。

 

 

「最後の一球、アレはまさか――――」

奥村は、沢村が投げた最後のボールが脳裏に焼き付いていた。

 

 

「間違いなく高速スライダー、だね。とうとう腕の振りまで克服しちゃったみたいだし、今年の秋は青道の一人勝ちかもね。なんだかもう、色々と反則過ぎやしないかい?」

赤松は、肩をすくめながら苦笑いする。

 

 

なんだろうこのチームは。なんでこんなに成長しているんだろうと。

 

 

「けどさ、地味に高速チェンジアップが効いているだろ。あれのせいで低めのスライダーを見極めても、ストレートが変化すると打ち損じの確率がヤバすぎる」

 

もう低めにチャンスがないじゃん、と瀬戸は顔をひきつらせていた。

 

「パワーで持っていくことは可能だが、弾道が上がらないかもしれない。いずれにせよ、あのボールがあの投手の新たなピース。スライダーよりもある意味厄介だ」

 

 

奥村は、スライダーを評価しつつも、高速チェンジアップがこの投手の実力を引き上げたと感じていた。

 

スライダーを見せた後、明らかに相手打者は追い込まれる前にヒットを狙った。それも作戦の一つだ。だが、それが青道の策だったのだ。

 

 

内野は沖田を中心とした鉄壁の守り。二遊間と三遊間についてはほぼ心配はいらず、ショートに飛べば、確実にアウトにできるという確信さえあったのだろう。

 

内野ゴロの数が、終盤に来てかなり多くなっていたのも見逃さない。

 

だからこそ、芯を外された打球を処理され、チャンスすら生まれない状況に、さらに力むという悪循環。

 

 

「けど、打線は今日元気がなかったけど、組み換えが未完成なだけで、十分怖いね。今の俺なら、まあ――――無理かな」

赤松は、まったくこの打線を抑えられるビジョンがなかった。

 

 

―――――どうやって抑えよう。

 

沖田封じ、そして大塚封じはどうするべきか。だが不用心。

 

 

小湊、東条、御幸が控える打線だ。前園も結果が出ないだけで、当たれば怖い。金丸も最近変化球に食らいつき、ストレートには元々強い。

 

 

「本当に、冗談ではないね。今の組換えが上手くいっていない打線でも迫力があるのに。まあ、7番大塚が試合を決めたけど、愚策以外の何物でもないと俺は思うね」

赤松は下位打線に大塚を置いたことが間違いだという。

 

 

「あの人が打席に立っただけで空気が変わったし、4番でもいいんじゃね。無駄に警戒されて歩かされているし」

瀬戸も、大塚の威圧感を感じ、冷や汗が止まらないとも思ったし、何かをしてしまう雰囲気も感じていた。だがそのせいで、彼は過剰に歩かされすぎているとも感じていた。

 

 

「うん。彼が5番なら逃げ場はなかった。序盤で勝敗がついていたと思う。上位打線までの並びを変えれば、並の投手は5回持たないね」

 

 

赤松は、席を立ちあがる。

 

 

「今日はいいものが見られた。この辺でお暇させてもらうよ」

 

「そっか。じゃあな、青道で会うのか、公式戦で会うかはわからねェけど、またな」

瀬戸もこの場を立ち去る赤松に挨拶を入れる。奥村は軽く会釈をするだけだ。

 

 

名残惜しいが、彼にも都合があるのだろう。来年がどうなるかわからないが、少しだけ楽しみだと思う瀬戸だった。

 

 

 

その一方、光舟は青道が立ち去った後に王谷のベンチに入ってきたチームを見て、やや少し険しい顔をしていた。

 

「光舟?」

怪訝そうな顔をし、瀬戸は苦い表情を浮かべている光舟に声をかける。

 

「―――――次の試合、荒れるかもしれない」

彼の言葉は、その奥を常に射抜く鋭い眼光のように、瀬戸の耳に刻まれる。

 

 

――――――光舟? 

 

瀬戸は彼の言葉をこの試合の経過によって思い知ることになる。

 

 

 




結城弟「・・・・忘れ去られた」


ごめん、これを見た反応がいまいちつかめなかったんだ・・・・


何はともあれ、沢村君が偉業を成し遂げました。大塚君涙目・・・・


そしてナンバーズブーストがこの時期に発動。さらに意識改革にも成功。

出場が確定した瞬間の神宮の背番号1は、圧倒的に沢村が有利です。

選抜? 

一冬超えたらまだわかりませんよ?

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