ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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野球しか知らない主人公が暴走してしまった。




第104話 憧れよりも欲しいもの

深々とバックスタンドへと消えていった打球。

 

―――――やっぱ、勝ち急いだら碌なことにならねェな。

 

マウンドで打球の行方を見ていた梅宮は、こみ上げるものを抑え、最後まで堂々としていた。

 

 

 

 

打席には、気迫を込めた叫び声を上げる大塚栄治の姿。投手にしては寡黙で冷静そうな顔をしていた2枚目エースが吠えていた。

 

 

まるで、この試合で抱えていた悩みすべて吹き飛んだかのような、澄み切った笑顔。

 

まるで、自分たちは彼の踏み台になったかのような筋書き。

 

 

「梅ちゃん―――――」

 

嶋がマウンドにいる梅宮の下へと駆け寄る。ショックを受けたのか、微動だにしない梅宮を気遣っての行動だった。

 

「―――――アレが、大塚栄治か」

実力を見せた男は、ホームベースでもみくちゃにされていた。

 

そして、彼に喝を与えた女子学生に何かを叫んでいた。

 

 

「――――――あと、アウト3つだった。流れに乗るだけじゃ、勝ちきれない」

 

 

積極的なプレーだけでは限界だという事を教えられた。

 

 

「悔しいが、認めるしかねぇ。あのスイングは、今まで見てきたどのバッターよりも」

 

 

才能を感じた。センスを感じた。

 

 

柔らかいフォーム、シャープなスイング、下半身の使い方。それはバッターが追い求める理想のそれだった。

 

 

そして、見る者すべてを魅了する、美しい放物線。

 

 

投打で引っ張ってきた梅宮だからこそ、大塚栄治の目覚めつつある、もう一つの才能を肌で感じていた。

 

 

―――――歴史を塗り替えるかもしれないな、こいつは

 

 

「――――――次に対戦できるとすれば、夏の本選か」

 

そして、そんな選手と最期に対戦できるかもしれないチャンスは、甲子園に進むしかない。

 

「――――そういうところが、梅ちゃんらしいね。」

 

ショックはある、負けて悔しい。だがそれでも、それでも前を向き続けるのが梅宮だ。

 

 

嶋は、このハートの強いエースとともに、最後の夏こそ本選に進むんだという気持ちが強くなった。

 

 

「梅ちゃん、その――――うん、でもっ!」

近藤が、梅宮に声をかける。

 

外野手も、内野手も、梅宮を気遣うような視線を向ける。

 

「悪い、あとアウト3つ、捕れなかった」

 

「勝負は紙一重だったよ!! あの大塚栄治をあそこまで追い詰めたんだ! だからっ」

 

 

「だが、紙一重ってのが大きく、大塚栄治、いや、あのチームが持っていた力って奴なんだろうな。」

 

チームとしての団結力なら、決して引けを取らなかったと言える。それは勿論青道も。

 

だが、最後の最後、その紙一重を分けたのは個々のレベルの差。

 

有力選手の精鋭でもある名門校と、勢いに身を任せ続けたチャレンジャー。

 

なぜ青道高校が名門と言われているかを証明する試合となった。

 

 

激しいレギュラー争いを制し、よりレベルの高い選手にしか許されない、20名のベンチ入りメンバー。

 

選ばれなかった選手たちの思いを背負う責任と、選ばれた誇り。

 

 

故に、彼らは名門校のレギュラーを張る者として、精神的に成長し続けるのだ。

 

そして、そんな青道の中でも最もハイレベルな争いを演じてきたエースナンバーの競争。

 

背番号1を背負う責任はいかほどか。

 

 

「おいおいおい!!!! まさかここでホームランかよ……」

 

 

「これが、大塚ジュニアか!!」

 

 

「和正に比べて打力あるじゃねェか!!」

 

 

「なんだ今の打球!! まるでホームランアーチストじゃねェか!!」

 

 

 

そして、勢いを切り裂く確かな実力を証明した大塚栄治に、これまで鵜久森に傾いていた声援が一気に降り注ぐ。

 

 

「―――――――――――――」

彼は応援席にいる先程の女子学生に何かを言っている。はじけたような笑顔で、張りつめていた感情が消え去った、迷いのない瞳。

 

だが、その大きすぎる声援のために聞こえない。

 

 

ベンチで戦況を見つめていた松原は、大塚栄治の脆さを、チームが支えていたことに気づいた。

 

チャンスの場面で、同点、逆転サヨナラの場面。しきりに前の打者が大塚に声をかけ、ベンチが、ランナーが彼を盛り立てていた。

 

それはベンチのメンバーだけではない。

 

大塚栄治は、スタンドの部員たちにも後押しされていた。

 

選手たちだけではない。

 

「―――――彼が馬鹿だったということを、もう少し早く知っておかなきゃいけなかったね。」

 

 

最後の最後で、彼は馬鹿になった。それはもう、青二才も真っ青なほどの青臭さを見せた。

 

 

「悪い――――詰めを誤っちまった。」

ベンチに帰ってきた梅宮が、松原に頭を下げる。

 

「―――――妥協して負けるか、挑んで負けるか。俺はバッテリーの選択が悪いとは思わない。最後の最後、俺達の実力を越えて見せた彼に脱帽するしかない。」

 

「南朋――――――」

悔しさにあふれる涙を流す三嶋。

 

気迫を見せたが、最後は力負け。悔しくないはずかない。

 

 

悔しさを滲ませる一同を前に、彼は……

 

「悔しい敗戦。惜しい戦いを忘れちゃいけない。」

 

この試合を無駄にしないことを彼らに求めた。

 

 

「…………やるしか、ないだろ……」

 

 

「こんなところで、止まれない」

 

疎らな声が強くなる。

 

 

「やってやる。次に勝つのは、俺らだ……ッ!」

 

「――――ああ!! このままじゃ終われない!!」

 

「そうだそうだ!! 踏み台のまま終わるわけにはいかない!!」

 

「また大塚を打ち崩して、今度は勝つぞ!!」

 

 

鵜久森高校は確かに敗者だった。だが、大塚栄治をここまで追い詰めた高校が他にいただろうか。

 

稲実が手も足も出なかった。

 

愛知の名門が手も足も出なかった。

 

この夏最強のバッターを圧倒した。

 

同世代最高の捕手を続けざまに抑え込んだ。

 

 

 

この敗戦で得たものは決して小さくはなく、彼らの見出した希望。

 

「―――――大塚栄治!!」

梅宮が叫ぶ。反対側のベンチにいた大塚栄治が振り向く。

 

 

「――――――――――」

言葉はまだ声援で聞こえない。だが、彼の口が動いていた。

 

 

―――――次は、点を与えない。

 

先程の笑顔とは違う悔しさを露わにした厳しい顔つき。大塚栄治の脳裏に、鵜久森の名は確かに刻まれたのだ。

 

口の動きだけでははっきりとは分からない。だが、梅宮は投手だからこそ、大塚栄治の声が理解できた。

 

「次は鵜久森が勝つ!! 覚悟しやがれ!!!!」

 

 

 

敗者は秋を去り、勝者は春に進む。

 

 

 

 

 

そして、そんな啖呵を切りあった両エースを見ていた御幸は、

 

 

「次は、点を与えない」

大塚栄治が鵜久森ベンチを睨みながら、決意を新たにしているところを目撃していた。

 

 

 

「―――――――――――――――――――」

梅宮が何かを叫んでいた。それは決して罵倒ではなく、リベンジを誓ったような物。

 

 

御幸には聞き取れなかった。

 

それを聞いていた大塚は最期に笑みを向け、彼らに背を向ける。

 

 

「次も勝つのは俺達です。本選に進んでも、俺は今度こそ貴方達を抑えます。」

 

 

「投手同士、シンパシーでもあるの? お前ら」

まるでニュータイプかよ、と笑う御幸。

 

「いいえ、でも解るんです。俺が投手であるから、彼が投手であるから」

 

 

「―――――まあいいさ。今日はそれよりも」

ここで悪い顔をする御幸。

 

 

「―――――今日は珍しく小言がいっぱいあるんだけど」

 

 

「――――――コンディションを維持できなかったことが、中盤での隙を生むことになりました。変化球への自信の無さ、ストレートへの過度な期待。その曖昧な攻めの中で打たれた失投。」

思い出したように暗い顔になる大塚。

 

ストレートを使わなければならないという、ストレートなら、という安易な考え。

 

「一度原点に返らないといけません。俺が本当に目指さなきゃいけないのは、果たして今までの頂点なのか、」

 

 

「それとも、まだ姿かたちも見えない未来なのか。」

 

 

 

「大塚――――――っ?」

大塚和正からの脱却が進むことに、驚愕を露わにする御幸。今までずっと彼を追い求めてきた彼が、その理想とたもとを分けようとしている。

 

完全に分かつというわけではない。だが、その理想だけが正解ではないと遂に気持ちが認めたのだ。

 

「俺が何をしなきゃいけないのかを。もっとシンプルに、もっと王道で、今までと違う努力、目標が必要だと思いました。」

 

先を往く者。先駆者、それがやっぱりこいつには似合う。見据えるものが大きく、やっと自分の敷いたレールを走る覚悟を決めた。

 

 

「ホント、頭は悪くねぇのに、脳筋だよな、案外お前って」

 

「筋肉教に入信したみたいなことを言わないでください。」

 

 

青道高校、5対3で鵜久森高校に劇的な逆転勝利。準々決勝に駒を進める。

 

 

 

「――――――――――――――」

この試合を見ていた稲実の多田野は、大塚栄治のスケールの大きさにたじろぐ。

 

 

そして、青道の粘り強さに脱帽するしかなかった。

 

逆転打を食らい、中押しのスクイズを決められて尚、折れなかった心。だがそれはエース一人だけで立ち直ったのではない。

 

青道の声援に後押しされた結果、彼は苦境の中で勢いに乗った。開き直った。

 

 

そしてプレッシャーの中、最終回で追いつくことが出来なかった稲実と、そのチャンスを確実につかんだ青道高校。

 

 

投手力だけではない。精神的な強さも、

 

 

―――――負けている。今のうちは、青道に勝てない。

 

だからと言って、認めたままではいられない。

 

「―――――凄い勝負だった。あそこで打った大塚君、そのお膳立てをした御幸と東条。俺達との差はここだ。」

 

ここのレベルの高い選手たちが、深くつながっていたか、繋がっていなかったか。

 

 

「福井先輩。」

 

「うん。監督が言ったように、レベルアップは勿論必要。だけど、成宮だけじゃない。みんなでチームを作らなきゃいけない。そう言われるチームになる為に。」

 

最強の宿敵、青道を倒すために。

 

 

 

 

 

 

その後、混乱を避けるために大塚は別行動を取ることになり、一時的にチームを離れることになる。

 

 

彼が青道高校に戻ったのは、試合終了から約2時間後のことだった。

 

 

 

 

 

 

試合後、青道高校宿舎にて、

 

「――――――まったく、ちょっとお礼を言っただけなんだけど、」

困ったような笑みを浮かべる大塚と、

 

「―――――――――――――――」

顔が赤くなり、何も言えなくなってしまっている吉川。

 

「――――まあ、その。ありがとう。とても気持ちが軽くなった。そんな風に見てくれる人が、いるんだって思うと。」

 

 

「――――だって、おかしいと思ったもん。そんなこと、出来ないって。」

若干不機嫌になる吉川。今まで彼をそんな風に見てこなかった周りに対しての怒りと、諦めていた大塚の態度に。

 

そんな大塚が、自身の秘密を打ち明けたのは本選直前。限られたメンバーにだけだ。それは本選のレギュラーで、引退した3年生と惜しくも入りきれなかった数人。

 

当時の2年生のレギュラーに、1年生のベンチ入りメンバーたち。

 

 

だからこそ、部員の全てが知っていたわけではなかった。

 

 

その後質問攻めにあったのは当然と言えるだろう。それは青道高校全体でも知られていなかった事実なのだから。

 

 

片岡監督がすでに秘密を知っていた太田部長らと御幸にブロックを敷いてもらい、大塚への過度なアプローチは回避されたが、やはり大塚和正というビッグネームの与える影響は計り知れなかった。

 

 

「当たり前の事が見えなくなるのは、人の悪いところであり、性なのさ。俺も人のことを言えないよ」

 

 

「でも――――」

それでも割に合わない、と言いかけた吉川だったが、不意に大塚が近づいたので、言葉が途切れる。

 

 

ドン、

 

「けど今はどうでもいいんだ。貴女に認めてもらった。それだけで今は十分」

顔が近い、大塚栄治が彼女の近くまで来ていた。それこそもう目と鼻の先、彼の両目が真直ぐに彼女の顔を見ていたのだ。

 

「!??!?」

そして、何かの音がしたのに気付いた彼女は、その方向へと少し目線を変え、今度こそ息が止まりそうになった。

 

―――――か、か、かかか、壁ドンっ???!?!?!?

 

知らず知らずのうちに壁に追い詰められていたことに気づくことも出来ず、逆に誘い込まれていたことを知った吉川。

 

 

「生まれて初めてなんだ。こんなに温かい気持ちになったのは。憧れたことは限りなくあったのに、こんなに誰かから目を離せなくなるのは。」

吸い込まれそうになってしまう。こんなに真剣な目で見つめられたら。目を離すことが出来ない。

 

彼から目を背けることも、顔を背けることも。

 

 

「―――――――――ダメ――――っ」

それでも、振り絞るように吉川はか細い声で大塚に止めるよう懇願する。

 

これは健全ではない。これはまた彼を激しく乱してしまう。彼がまた苦難に晒される。

 

 

こんなの、選手とマネジャーの関係ではない。

 

「――――――――――」

そんな震えて動かない吉川を見て微笑む大塚。彼も彼で、どうしてここまで大胆になれるのかわからない。だが、自然と恥ずかしさはなかった。

 

例え、誰かにこの場を見られても構わないと思ってしまうほどに。

 

 

―――――ダメだな、今の俺は、とても悪い顔をしている。

 

大塚は自分でもどうかしていると解っていながら止められない。

 

熱にうなされたように、普段はめったに使わないような言葉がすらすらと出てくる。

 

「―――――まあ、そうだね」

 

だがこれ以上すると、彼女に嫌われそうになるので、まずは壁においていた手をどける。

 

 

「あ――――――」

彼女は壁から手が退いたことに驚き、声を上げる。彼女の顔もリンゴのように赤くなっており、離れていく大塚の手を見つめていた。

 

 

 

「だけど俺は―――君が好きなんだ」

 

 

 

「――――――っ」

びくりと肩が震える彼女は小動物のようで、またもや熱にうなされてしまいそうになる。そう、今度こそ歯止めが効かなくなる。

 

ここで理性を働かせた大塚は、さらに一歩彼女から離れる。

 

「―――――伝えたいこと、俺は伝えたよ。返事は……まだ、聞かない………」

最後は途切れ途切れになる大塚の言葉。少しだけ、声色が震えたようにも聞こえた彼の声。

 

取り繕っても、彼も彼で不安だったのかもしれない。

 

 

吉川はフリーズしていた思考を働かせる。それまではポンコツのように動きの悪かった頭が活性化される。

 

 

「――――――ズルい」

 

人がこんなに不安に、相手の事を考えていたのに、彼はここに来て、怯んでいた。

 

かっこいい彼を球場で見ていたのに。

 

 

しかし、最後の最後、彼の心が揺れた。

 

――――聞かない、なんて……

 

 

だから、最後の言葉は許せなかった。

 

 

「――――――いで」

 

 

「――――――吉川、さん?」

初めて戸惑いの表情を見せる大塚。恥ずかしさとは違う、別の強い気持ちを察したのか、今度は彼が彼女から目を背けることが出来なかった。

 

 

「そんなこと、言わないで」

掠れるような声で、彼女は言い放った。

 

 

「私は、大塚君に憧れていたんだよ。前を見続ける姿に、訳が分からなくなるほど強く意識して―――――」

 

 

なんなのだ、なんだというのだ。

 

吉川は頭にきた。普段は温厚な彼女だが、ここまでされて何も思わないわけがなかった。

 

 

 

「でも、この気持ちは絶対迷惑を掛けちゃう。だから我慢してたのに、選手とマネージャー、その関係でよかったって、ずっと納得してたのに―――――」

 

 

ここまで踏み込まれたら、もう戻れない。戻る事なんてありえない。

 

 

戻りたくなくなってしまった。

 

 

「こんなの、ズルい」

だから、そう思ったのだ。

 

 

 

「―――――参ったな、言葉を……間違えた、かな―――――」

狼狽えつつも、彼女の本音を聞けた大塚は、笑っていた。

 

 

 

「私も不器用だけど、エイジは、もっと不器用です。」

語気を強めた言い方に、大塚はたじたじになっていた。

 

 

「――――そうだな―――そうだね。」

 

コホン、と咳払いして今度は真剣な目で吉川に向き直る大塚。

 

 

「吉川さん。俺と、付き合ってくれませんか」

 

 

――――バカか、俺は。

 

告白をしている時でさえ、大塚は猛省する。

 

――――違うだろ、吉川さんにあんなことを言ったのは、

 

彼女の為だけではない。

 

――――弱い自分が、不安に怖気づいた自分が……

 

違う未来を想像したくなかったのに、それを考えてしまった。

 

―――彼女にだけは、素直になれるって思っていた……

 

真っ先に自分がその言葉に背いていた。

 

――――なんて間抜けだ。

 

 

しかし、そんな大塚の葛藤を目にした吉川は、彼よりも先に葛藤から解放されていた。

 

 

―――――ヤバい

 

その顔を見た瞬間に、大塚はもうダメだった。

 

――――ああ、くそっ、なんて笑顔をするんだ。

 

眩しくて、そして心が乱される。だがそれがいい。自分はずっとこの瞳を持つ人が欲しかったんだ。

 

 

 

「―――――うん――――うんっ!」

彼女は涙を流さない。ただ、それは彼女が望んでいた光景だったのかもしれない。

 

 

 

 

あの曲がり角でぶつかった時から、いつかこんな日が来ることを、彼女は期待してしまっていたのかもしれない。

 

そんなことを吉川が考えていると。

 

 

「アレは、俺の運命が変わる音だったのかもしれない。」

思い出したように、大塚はしみじみ語る。

 

 

「――――エイジ、くん?」

 

 

「入学する前の、オープンキャンパス。夜、だったよね?」

 

 

「!!!!! 思い、出したんだ―――――」

ずっと忘れられていたと思っていた。顔はこちらしか覚えていなくて、あの時は一方的に彼を知って。

 

 

「―――――まあ、ね」

 

 

大塚はその時の後ろ姿と、今の彼女が重なったように見えた。だがこのままではいけない。

 

――――今の今になって、こんなところを見られたくないなんて思うとは!!

 

絶対に囃し立てられる。というか、色々と不味い。

 

 

 

「――――えっと、これからは、恋人同士ってこと、だよね」

 

 

「う、うん。そう、ですね―――――」

 

 

「―――――――」

言葉が続かない。

 

それが自分への苛立ちに繋がる。

 

「でも、普段はマネージャーと選手。そこは、絶対に破りませんし、特別扱いはないです。」

真面目に語りだす吉川。チームの風紀を守るための決意なのだろう。

 

「――――え、でもあの声援は――――」

明らかに大塚へのエールだった。あれは特別扱いに入らないのだろうか。

 

「も、もう!! 大塚君のバカ!! 意識の問題なのです!! 」

感情を最早隠す気がないのか、先程から表情が虹のように変化し、大塚の心に何か黒いモノが増す。

 

「悪い悪い。でもあれは嬉しかったなぁ。自覚できたし。」

軽口を叩きながら、感謝の意を表す大塚。

 

「も~~~~!!!!!」

 

 

でも、悪くない。

 

――――頑張らないとな。こうなったら

 

今までは責任とか、チームの為とか、自分の為だった。野球に全て直結し、野球一本の考え方。

 

 

だが、まったく違う考え方から、そんな気持ちが生まれた。

 

 

―――――いろいろ言えるけど、平たく言えば

 

 

吉川春乃の為に、いいところを見せたいという気持ちが、ますます強くなった。

 

 

 

 

 

 

こうして幸か不幸か、後の青道バカップルが生まれるのだが、その立会人がいないというわけではなかった。

 

 

――――おい、あれどうするんだよ。

 

倉持が大胆すぎる告白シーン、そしてそれに至るまでのシーンを見て、御幸に愚痴る。

 

――――俺に言われてもなぁ。まあ、やる気になってくれたらいいんじゃないか?

 

どうでもよさそうに見えて、

 

まあ、アイツのあんな笑顔を引き出せるのは、彼女にしか無理なんだろうな、と冷静に分析していた。

 

 

――――クソッ、あの野郎。末永く爆発しろ!!

 

沖田が呪詛の言葉をもって二人を祝福する。

 

――――沖田君、モテないからってそれはないよ。

 

春市が、沖田を引っ張り、その場を後にする。何か喚いていたが、二人だけの世界に入っている大塚と吉川にとっては雑音でしかなく、聞こえていない。

 

――――幸せならそれでいいと思う。

 

降谷はあんまり理解してなさそうだった。

 

 

 

 

 

 

 

その後、彼女と別れた大塚は、まだ学校にいた上級生たちと遭遇することになる。大塚は待ち伏せされていたことを知らないが、2時間何をしていたのかを問われることは解っていた。

 

話を聞いた御幸と白洲、倉持は。

 

 

「けど、良かったのか?」

御幸が大塚に尋ねる。本当にそれでよかったのかと。

 

「俺自身、心のどこかできっかけは欲しかったと思います。このままじゃダメだって。」

 

 

「だから、俺は彼らを許すも許さないもありません。でも、今後についてお願いをしました」

含みのある笑みを浮かべる大塚。

 

 

週刊誌の関係者はいきなり訪れた大塚栄治に驚きを隠せなかった。いつものように訴えられてものらりくらりと躱せばいいだけだと、心の奥底ではそう感じていた。

 

 

だが、

 

 

「取材をするのは構いません。けど、許可を取ってください。こんかいの件は俺にとってもチームにとっても前に進めたきっかけととられています。」

 

 

「今は俺自身の事で騒ぎを大きくしたくないので、裁判沙汰にするつもりはありません。」

 

 

唖然とする関係者にそう言い放ち、大塚栄治はこの件を強制的に終わらせたのだ。

 

 

要するに、大塚栄治にとってはもうどうでもいいことなのだ。覚悟を決めたともいうべきか。

 

「まあけど、これから男女関係なくファンも増えるだろうし、大変だぞ」

白洲が大塚に注意を呼びかける。

 

甲子園の若きスター選手にして、伝説の野球選手の息子にして、伝説のアイドルの長男坊でイケメン選手。しかも長身で剛腕にして変化球投手。さらには二刀流。

 

正直なところ、天は彼に多くのモノを与えたと言っていい。

 

 

「てか、ここまで一杯肩書きがついてくると、もう訳がわかんねェな」

 

 

 

「意識しないようにすればいいだけですよ。甲子園で一度は経験した事ですしね」

 

 

「それに、女性ファンが増えたところでもう関係ないです。気分が悪くはないですが、まあ。いろいろあるんです」

 

大塚は堂々としていた。女性ファンに対してデレデレする姿も予想できないので、御幸達は当然と思う一方で、安堵もしていた。

 

そして、最後に色々については言葉を濁した大塚だったが、御幸と白洲、倉持はその事を知っていたりする。

 

 

「これで表面上、女性ファンに丁寧に接していたら誰か絶対勘違いするだろうよ」

倉持が冷やかす。内心ではすでに彼女になった吉川がどういう反応をするのかを少し楽しみにしていたりする。

 

「そこを突かれると痛いですね。臨機応変に対応しますよ」

 

 

 

「試合後に姿を消したのはそれもあったんだな。その後にお前――――あ」

 

 

「――――――――――――見ました?」

若干顔を赤くする大塚。何を想像したのか、倉持が何を言ったのかをすぐに感じ取ったのだ。

 

「―――――お前、あんなに情熱的な奴だったとはな」

白洲も、大塚の意外な一面に驚いていたりする。恋愛に関しては興味の欠片もなかった大塚が、まさかあんなに大胆になるとは思っていなかったのである。

 

 

「―――――まあいいです。俺は隠すつもりもないです。本人がまだ恥ずかしいなら、努力はします。けど、彼女を悪く言う人には容赦しませんよ」

 

「惚気乙」

 

「全力で惚気ていますから」

 

「クソッ、全然動じてねェぞ、この後輩」

 

悔しそうにする倉持。清々しいほどに惚気ている大塚に嫉妬を覚えずにはいられない。

 

 

「大塚、ごにょごにょ――――」

沢村がそんな堂々としている大塚に何かで負けているような気がしてならなかった。

 

「はいはい。栄純君、だからと言って俺に惚気話をしないでよね」

棘のある言い方で春市が毒を吐く。

 

「惚気? 何を言っているの?」

解っていない人が約一名。

 

「天然すぎて笑えないよ。仕方ないから馴染みの曲を聞こうかな。」

 

「ヒーローの一人だったから気分いいだろうなぁ、東条。だが、ドルオタの音楽を垂れ流すのはやめろ」

 

「しないよ、壁薄いしね」

 

「なんであいつはもてるんだァァっァァ!!!!」

 

 

「「「五月蠅い沖田」」」

 

「ファ!?」

春市、東条、金丸に同時に言われ、白くなった沖田。

 

 

 

「アイツら、何やってんだよ―――――」

若干呆れた口調で呟く御幸。沖田の残念っぷりは慣れたが。

 

「けど、このメンバーでまた甲子園に行きたいですね。セミファイナルあたりからは上級生に助けられてばかりでしたし。だから、中心になった自覚を大切にしたいと思います。傲慢や自惚れではなく、責任と自覚に重きを置いて」

まだまだあのチームに届かない。実力ではない、精神面での強さがだ。

 

最後の最後で力を発揮できるか否か、大事な時にいるかいないか。それを克服してこそ、

 

――――それが出来てこそ、俺達はあのチームを越えられる

 

「大塚―――――」

 

「頼もしい限りだ」

 

倉持と白洲がうんうんと頷く。エースの自覚だけではない。チームの一員として自覚がより鮮明になった大塚を歓迎していた。

 

 

「行くんだよ、俺達は。今度は俺達の力で、先輩たちがとどかなかった頂点に」

この試合を経て、御幸も若干元気を取り戻していた。この勝ち方は嬉しいし、何よりもチームに勢いがつく。

 

そして、少しだが立役者の一人になれたことをうれしく思っていたりする。

 

自分の問題を持ってきた形ではあったが、この試合でチームの雰囲気が変わった。

 

―――――行くんだ。甲子園に。今度は優勝チームになって、ここに帰る為に

 

期待を抱かずにはいられない。このチームのピークはまだはるか先、彼方にある。

 

 

彼らは思う。

 

 

 

自身のまだ見えない未来と、このチームの未来を本気で楽しみに思うのだ。

 

 

 

 




大塚君は、オフに入りに際し、新たな決意を固めます。

2人ほど決意に巻き込まれるけど、いい思いは出来るはず。

ヒント 野球選手がオフにしたい事の一つです。

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