現時点の沢村は原作とほぼ同じ。しかし来年以降は・・・・
第5話 再会(怪童)と邂逅(原石)
全てはあの試合で狂った。その責任はすべておれで、アイツは負うべきではなかった。アイツの野球を終わらせてしまった。
「壊し屋!! 壊し屋!!」
確かに俺はアイツの足を壊した。
「沖田君のこと、見損なったわ」
「さよなら」
プレー中に打球があの方向に行ってしまった。けど、俺の責任だ。
「やーい壊し屋~~!!」
俺は、アイツを壊したかったわけじゃない…………
「卑怯者~~~!!」
…………俺は……………
「恥を知れ~~~!!」
…………………俺は………ッ!!
「!!!!」
目が覚めるとベッドの上だった。いつかの苦い記憶を思い出したのか、沖田は嫌な汗をかいていた。休日の寝起きに相当悪い夢を見た彼は顔をしかめ、ベッドから出ることにした。
もしもう一度眠ってしまえば、またあの夢を見るかもしれないと。
「…………酷い寝覚めだ。」
沖田は洗面所へ向かい顔を洗う。だが、心の傷は未だ洗い流せない。
「………………もう一年になるのか………」
あの夏から一年。親の仕事の都合と重なり、東京へと転校することになった沖田はその選択に迷いがあった。このまま彼らにあんなことを言われて、それでもどうすることもできないことをなんとかしたくて。
しかし、いくら考えても何も名案は見つからず、日に日にそのストレスが練習試合に現れていった。
「道広…………その、でもお前は!!」
チームメイトもかける言葉を見つけられない。どうせなら責めてほしかった。自分のせいで折角の優勝が台無しになったのだと。
「アレは不幸な事故だったんだ!! だから!! だから!!」
その優しさが今は痛くて、そんな風にチームメイトにまで迷惑をかけたくなかった。だからもう広島で野球を続けることが出来ないのは解っていた。
「いつかっ!! いつか野球やろうぜ!! 甲子園で待ってるからな!!」
やめてくれ………
「今は無理でも、お前なら絶対這い上がれる!!! 俺達と戦うために、全国に来てみせろ!!」
やめてくれ………俺にそんな言葉をかけられる資格なんて…………
「お前の事、お前の才能、解っているさ。それでも俺はお前を見てみたい。離れていても、お前がまた野球と向き合える日が来るのを信じている。先に甲子園で暴れてくるさ」
主将………俺はそれでも、野球を続けて良いんですか?
苦しいんですよ、バッティングをするのが!!
あの光景がフラッシュバックして、また誰かの野球を終わらせるんじゃないかって。
だから俺は、もう……………
「道広!!」
大声で自分を呼ぶ母親の声が聞こえる。こんな休日にいったいどんな問題が起こったのやら。
「…………母さん………?」
「野球部のスカウトさんから連絡が来てね。青道野球部っていうところなんだけれど、道広を特待生でほしいっていうのよ」
母親が半分嬉しそうに、半分複雑な感情を抱きながら、その報告を息子にした。
「…………俺は、惰性で野球をやっているだけだよ。やめないといけないのに、やめたくないって思う自分がいる…………けどそれが苦しい…………」
あれから神奈川には一度も行っていない。もしかすればまたアイツに出会うかもしれない。しかし、どんな顔をして彼に会えばいいのだろうか。
「けど、せっかく頑張ってきたのよ。話を聞くだけでも聞いてみれば? 門前払いはさすがに失礼よ」
「………解ったよ、母さん。」
明らかに鬱陶しそうに沖田は体を起こす。そして、母親に詳しい連絡先を聞く。
「けど、どんな人なの。俺みたいな爪弾き者を欲しいなんて言う物好き。」
「青道高校野球部副部長。高島礼さんよ。女性で普段は英語の教師をしていらっしゃるのよ。まあとにかく旅費を渡すから、一度行ってきなさい」
そして、母親に言われるがままに準備をし、当日。
「行ってくるよ、母さん。期待しないで待っていてね」
「息子の判断よ。これ以上私は何も言わない。けど、こんな形で野球を諦めるのはダメだと絶対に思うのよ。だからこれは私の我儘よ」
年甲斐もなくウインクをする母親。確かに見た目は若く見えるが、そんなに若くはないのだから正直似合わない。
「でも、自分の気持ちに正直になって。それが母さんからのお願い。お父さんもそう思っているから、無理にでも中堅のクラブにいれたのよ。」
そう、父さんは自分を東京のチームにいれたのだ。色々な事情があることを説明し、受け入れてくれる監督を探してきてくれたらしい。たまたま弱小だが、こんな自分を受け入れてくれるチームがあり、大会に出ることは出来なかったが、野球への執着が完全に途切れることはなかった。
だからこそ、俺がこうしてあきらめが悪く野球への執着を忘れられないわけだが。
「お兄ちゃん。どこにいくの?」
そこへ、妹と弟がやってきた。一年前のあの日から、妹にも弟にも辛い思いをさせてしまった。友達もいたのに、あの日のせいで関係のない二人まで後ろ指を指されてしまった。
「ちょっと、忘れ物を取りに行くんだよ。その忘れ物を取れるかどうかはわからないけど………」
「お兄ちゃん頑張って!! またホームランが見たい!!」
外出前だというのに、目が霞んで、何も見えない。目頭が熱く、こんな顔では笑われてしまうかもしれない。
振り払ったつもりなのにこうして縋りついて、こんな言葉で自分は揺れている。
「うん! お兄ちゃんに憧れて俺は野球を始めたんだ!だから、諦めないで!! 俺の目標でいてよ!! 兄ちゃんの凄いプレーが見たい!!」
だから今、そんなことを言わないでくれ。堪えきれない。
「…………ああ、そうだな………ありがとうな…………兄ちゃん、ちょっと頑張ってくるよ………」
こうして俺は、家族に後押しされて、強豪の門を今一度潜ることになる。そこで、何が起きるのか、あの事故のせいで後ろ指を指されるのは覚悟している。けど、やめられない理由も出来てしまった。
「辛い………辛い筈なのに、なんで…………」
ほっとしている自分がいるのか。
青道野球部。過去6年間は甲子園出場はなし。現時点では打撃が売りのチームであり、今年はドラフト上位候補にも挙がっている選手がいるほどなのだが、市大三高、稲城実業というライバルに大きく水を空けられている状態。投手に課題があり、絶対的なエースがいない。
「エース、か……………」
あのたった一試合だけだったが、そんな言葉が似合う選手を俺は一人しか知らない。
チームを背負い、バックを信じ、常にピンチでは闘争心を見せ、その修羅場を潜り抜けた者。
そして、アイツほど責任感の強そうな男は見たことがない。
それはあっという間だった。東京で地下鉄の電車に乗り、青道野球部にやってきた俺は、その校門に足を踏み入れていたが、中々その高島礼という人物が来ない。
「………時間にルーズなのだろうか…………」
沖田は頭を抱え、校門の前で座り込む。こうして立っているのも疲れるので、楽な姿勢でいようと思ったのだ。
「君も青道の入学希望?」
そこへ、どこかで聞いたことのある声がした。そういえば、俺のような物好きを見つけたんだ。同じようにいわくつきの選手を連れてきたのだろう。それに、ここで野球をすると決めているわけではない。
正直、あまり関わりたくないが、背を向けたままというのも失礼か。
「まだ決まったわけじゃないけどな…………あ…………」
その瞬間、呼吸が止まった。
「あ……君は一年前の………元気だった? あれから何の情報もないから心配したんだよ?」
なんで………お前がここにいるんだ………?
「あれ? なんか固まっているね。自己紹介もちゃんとしていなかったね。初めまして、俺は大塚栄治。一応、青道に呼ばれたんだ」
目の前にいる、かつてのエースは、地に足がついており、足に問題があるように見えなかった。
「お前………脚は………大丈夫なのか?」
「うん。今ではもう完治しているよ。リハビリも終わったし、今はもう一度鍛え直しているところかな?」
ケロッとそんなことを言う大塚の言葉に、沖田は居た堪れない気持ちになった。
「俺を恨んでいるのか………それとも憐れんでいるのか?」
「えっと………君の名前は? 俺はまだ、君の名前を知らないんだ」
苦笑いの大塚。本当に彼は自分の事を気にもしていなかったのか。
「沖田道広だ。これでいいだろう……お前に合わせる顔なんて………」
「同情しているのかい? それは俺への侮辱だよ」
声色を突然強めた大塚に、沖田は思わず足を止めてしまう。
「だが…………」
「あの時、俺も沖田君も全力を出していた。それは紛れもない事実だよ。だから、あの時の沖田君と俺を否定しないでほしい」
真剣な瞳で大塚はそんなことを言ってきた。
「…………………俺がいれば、青道にも迷惑がかかるかもしれない。それはお前にも………」
「それでもだよ。沖田君が野球をやっちゃダメなんて誰が言ったんだよ。俺が野球を止めるなって言ったら、君は続ける? 俺以外に、そこまで言える人はいると思う?」
意地悪な質問だ。沖田は案外この大塚は食えない男であると悟る。
「いない、な………そうか…………」
「まあ、俺も一年を無駄にしていたわけじゃないし、野球をしたい気持ちで一杯さ。これでまた戻れる。遠回りもあったけど、精神的にも強くなれたし、野球が好きなんだっていう本心を改めて知ることが出来た………無理やりだけど、マイナスばかりではなかったんだよ?」
「強いんだな、お前」
「強くなりたいから、かな? エースっていう名前で呼ばれたい、そういう人になりたい。お父さんは何も語らずにエースって言われるようになったんだ。」
「大塚…………もしかして、元プロ野球選手の………」
大塚正。元横浜のエース。どんな時でも不屈の精神でバッターに立ち向かい、優勝に貢献した、横浜最高のエース。
晩年もタイトル争いをし、去年現役引退を表明。現在はコメンテーターとして、幅広いスポーツ番組に出演し、人気を誇る。一方で、ベイスターズのコーチの打診を受けている噂もある。
何よりもマウンド以外での穏やかな性格と理路整然とした説明がファンに受けているという。あの同じく元プロ野球選手のアニマルとも公私で仲が良いとも言われている。
「そうか………それにしても…………」
沖田は大塚を見る。それを不思議に思う大塚。
「ど、どうしたのかな?」
少し慌てる栄治。沖田が自分に興味を持ってくれたことは嬉しそうだが、何を見られているのか恥ずかしがっている。
「背伸びたんだな、あの時と比べて」
「まあね、色々美味しい食事を食べていたらこうなりました♪」
栄治はそんなことを言って、少し大きくなった体で胸を張る。
「遅れてごめんねー。ちょっとこの子、大都市が初めてで…………」ぜェ、ぜぇ
そこへ、すごく息を切らしている女性と、神妙な顔の少年がいた。
「えっと………貴方が高島礼さん?」
沖田が恐る恐る尋ねる。
「そうよ、ごめんね、遅れちゃって。すべては私の責任ね。こういうことも予測するべきだったわ」
頭を下げる礼。
「大丈夫ですよ。女性はいろいろ時間を使うのだとおじいちゃんは言っていましたし、30分ぐらいどうってことないです。」
フォローしたつもりなのだが、最後が余計だった。
「30分も待っていたの? ごめんなさい!!」
礼は具体的な時間を聞いてさらに平謝りする。
「あれ!? 逆効果!?」
そんな様子に栄治は慌てる。
「………………………………(気まずい…………)」
そこにいる少年、この中では一番小柄な体格の少年が黙り込んでいる。
「(あ、こいつは馬鹿の匂いがする…………)」
沖田は出会った瞬間に原作主人公の性格を悟った。
そんなひと悶着があったが、一同はまず青道のグラウンドを見学し、その大規模な敷地に件の少年こと沢村栄純以外はあまり驚かなかった。
一応二人は強豪チーム、もしくは強豪にしたことがあるので、あまり驚いていないのだ。
「どうかしら? 沢村君。青道野球部の雰囲気は?」
「すげぇけど…………なんか気に入らん!!」
「沖田君と、大塚君はどう?」
「やはり強豪というだけあって、施設はいい。それなりにレベルアップも出来そうな環境だと思います。」
「グラウンドは整備されていますし、しっかりとルールやマナーが徹底されているのを感じました。」
「………このグランドとか練習道具とか凄いってのはお前らの言う通りだ。でもな、こんなに金かけなくても野球は出来るし、どーせ選手だってうまい奴ばっかり集めてんだろ? それなら強くて当たり前じゃねぇか!!だから俺はこういう名門校のエリート軍団には絶対負けたくない!!!」
「まあ、強豪がヒールになりやすいのは漫画の影響もあるし、その方が面白いからなんだけどね。それに見合う努力をしたのだから上手いに決まっているよ。」
大塚がさらりと毒を吐き、黒い笑みを浮かべていた。
「なんだと!!」
沢村が大塚の言葉に食って掛かる。沖田と礼は頭を抱える。
「現実は漫画ほど優しくはないよ、沢村君。」
更に火に油を注ぐ大塚。
「まあまあ二人とも落ち着いて。確かに沢村君の言う通り、野球をするために他県から選手を集めているところはあるわ。」
「ほらな!」
沢村が勝ち誇るように大塚に叫ぶ。
「ハァ………」
大塚は話にならないと首を横に振る。
「けど、野球が上手くなりたいために他県の学校へと入る覚悟を決めた選手もいるという事を忘れないでほしいの。それに、他県でいろいろあって野球をしづらくなった子たちの為にも、こういう仕組みは時に受け皿にもなるのよ」
礼がそういう言う風に説明をすると、沢村は「ムムム」と顔をしかめ、何も言わなくなった。
「こらァァァ!!! ピッチャー!! 何腑抜けた投球してんじゃァ!! 」
「「「あ」」」
「?」
青道高校の明日はどっちだ!?
次回予告
東氏との対決。なお結果・・・・
御幸捕手、痛恨の残念ぶりを発揮。沖田に晒される
沖田、はしゃぐ。