ダイヤのAたち!   作:傍観者改め、介入者

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まだまだぁ!!


第102話 追撃の王者

その一球で、鵜久森に傾いていた流れを幾分か取り戻した青道。

 

 

「プレート、足の置き場所」

 

「利き腕の肩を下げる」

 

「目は一瞬切る」

 

「体の開きは抑える」

 

「腰の回旋運動で、腕を出す感覚」

 

「0から100のリリース。」

 

「投球時に利き腕から力を抜く。それがリリースを上手く伝えやすくするコツ」

 

そして彼の基本でもあった、リリースを遅くする。

 

 

連想するように、あの一球を投げたキーワードを羅列していく大塚。

 

その言葉を集め、先程の一連の動作が完成した。やっと及第点。やや納得のいくボールを投げられた。

 

だが、容易なことではない。彼の手足の長さが、バランス感覚が、全てを実現させているのだ。

 

 

リリースが遅ければ遅いほど、それは球を加速させるための腕を振り抜く時間が長くなる。球持ちもよくなる。

 

 

夏を経て体の変化があった大塚。それは単に体格が大きくなったのではない。

 

モデルすら霞む、手足の長さ。そして、それを操る身体能力の高さ。

 

 

でくの坊にはできない芸当だ。

 

 

 

 

 

「大塚? 今のボール――――」

御幸が真っ先に駆け寄る。この変化は捕手目線でも、一般人目線でも解る。

 

球速表示には、人生初となる150キロ越えのストレート。

 

会場も騒然としていた。辺りがうるさいが、大塚は気にも留めていなかった。

 

 

 

 

「御幸先輩。理由は試合後に話します。ようやく体がかみ合って、納得のいくボールが投げられました」

 

「かみ合う? まさかまた怪我を――――」

あの時の記憶を思い起こす御幸。

 

「違います、とはいえませんね。怪我の後遺症。体がなまっていたのか、成長したのやらで感覚がズレにズレちゃって。成長期が恨めしいと少し思いました」

 

「お、おう。成長期でここまで変化するモノなのかよ。まあ、そういう話はあるけどさ」

 

憑き物が先程から落ちている大塚の表情は色が戻っていた。

 

「けど、覚悟してくださいね。7回からは結構とるのが難しくなってきますから。」

 

 

 

「それに、ランナーたまった状態で殊勲打打つ予定ですからね。」

 

 

「ハァ!? おまっ」

 

「いや、だって打たないとこのままだと負けるし。誰かが打ってくれるとありがたいですけど、まずは自分が打ってやろうと言う気概を持たなきゃ。」

 

「ポジティブ過ぎんのも考え物なんだけどなぁ」

 

 

ベンチに帰ってきた大塚と御幸を、片岡がむかえる。

 

 

「気分はどうだ、大塚?」

 

 

「最悪ですね。逆転は許すし、追加点とられて。けど、燃えてきました」

 

 

「ほう――――」

 

 

「こっから逆転してやろうと、力が湧いてきました」

無邪気に笑う大塚。

 

「そうか――――――いい顔をするようになったな」

 

 

「秋までできなかったのは、逆に遅すぎでしたけどね」

 

 

「手のかかる部員はいるモノだ。俺の時に比べたらまだいい方だ」

 

 

「監督の現役時代、か」

 

 

「まずは目の前のプレーに集中しろ、後でじっくり聞かせてやる」

 

 

「はいっ!!!」

 

 

 

 

 

 

6回の裏、倉持、白洲が倒れてツーアウト。ストレートに詰まらされたり、空振りを奪われるケースが多々あり、打球が前に飛ばない。

 

ここで今日は2三振の沖田が打席に向かう。

 

 

――――エイジが頑張ってんだ

 

 

逆転後の投球、あの最後の1球は鳥肌が立った。ようやく元に戻ってきたんだなと。

 

怪我のせいで不調に陥った、それだけではないから心配するなとは言われた。

 

 

――――それに、エイジが笑顔を取り戻したのは

 

 

スタンドにいるあの少女が、最も遠いと思っていた存在が、大塚の悩みを、大塚が作っていた壁をぶち抜いたのだ。

 

 

 

――――内気な吉川に、あんな真似させるまで、深刻だったってことじゃねェか!!

 

 

「ファウルボールっ!!」

 

初球ストレートを振り抜いた辺りは、レフト線切れてファウルボール。

 

 

「ちっ」

 

 

「へへっ!! いいスイングしやがる」

 

マウンドの梅宮は、沖田のフルスイングに冷や汗をかく。2打席は抑えているとはいえ、第3打席は特に危険というデータがある。

 

油断などしていない。

 

 

―――――スローカーブでちらつかせて、最後はあの球で仕留める。

 

嶋の配球はシンプル。緩急を使い、ストレートで詰まらせる。

 

 

そして、第3球までで1ボール2ストライク。狙い通り、3球目のストレートで追い込んだ。

 

 

――――最後はボール気味のストレート。ヒットゾーンが広いから、今のビハインドなら絶対打ってくる。

 

嶋は打ち気に逸っている沖田を見て確信する。

 

 

――――絶対に出塁する!! 絶対にだ!!

 

 

 

 

ガキィィィンッッッ!!

 

 

 

「おいおい。マジかよ。あれ打つのかよ、この1年坊主は」

 

 

アウトコース低め、ボール気味。それをファウルで逃げるのではなくうちに来たのだ。

 

 

そして詰まりながらも、打球はライトに落ちる。

 

 

 

「ついに3打席目で打ったぞ!!」

 

 

続けて御幸。2球目、カウントを取りに来たスローカーブを引っ張る。

 

 

――――俺はこのチームを勝利に導く

 

 

打った瞬間手ごたえがあった。

 

前園にあそこまで啖呵を切ったのだ。チームの勝利を考えていると。

 

だったらそれを張り続けろ。その姿を見せ続けろ。言葉と行動が一致しなければ、

 

 

――――主将以前に、一プレーヤーとして、ベンチやスタンドに申し訳ねぇだろ!!

 

 

 

 

「廻れ廻れ!!!」

 

 

「走者は三塁!! バッターランナー二塁!!」

 

 

 

「ツーアウトから主軸がチャンスメイク!!」

 

 

「ここで5番の東条だ!!」

 

観客もここまで結果の出ていない東条に対し、声援を送る。

 

 

「おいおい。流れって、こうも簡単に変わるわけか。」

梅宮も、東条を難なく抑えているが、この終盤でこの集中力。

 

「――――――――――――――」

眼は据わり、力みもなさそうに見えた。

 

 

ここまで雰囲気のある打者には見えなかった。

 

 

 

「ふぅ――――」

バットをゆったりと持ち、構える所作の一つ一つに力みがない。

 

――――打撃は受け身。そのボールを打つ事だけを考えるんだ。

 

 

 

「ボールっ!!」

初球ボール。インコースを突いてきた。しかし避けない東条。仰け反ることもしない。

 

 

 

―――――おいおい。なんだよこの1年。インコースにビビってもないのかよ

 

 

迂闊にストライクを入れると仕留められる。そんな雰囲気を醸し出していた。

 

 

――――落ち着け。落ち着かない方が負ける。

 

 

2球目はスローボール。そこで東条は、梅宮が投げた瞬間に驚くべき行動にとる。

 

 

「――――――――」

 

 

「なっ!?」

思わず絶句する梅宮。そして、まだ気づかない嶋。

 

 

梅宮の目の前には、東条はスローボールが来た瞬間に目を閉じた姿が目に移ったのだ。

 

「ボールっ!!」

 

 

―――――おいおい、目を慣れられたら困るからって、ボールから目を切るなんてマジかよ!!

 

「タイム!!」

 

 

慌てて梅宮がタイムをかける。

 

 

「野郎、ボールだと見切ったら目をつむりやがった。とことん据わってるぞ、あの野郎」

梅宮が耳元でひそひそと囁く。

 

「この土壇場でそんな余裕あること出来るのかよ!?」

東条を睨みながら、驚く嶋。

 

「なんにせよ、ここでこいつを叩いて、勝負をつけるぞ」

 

「当たり前だ。こいつはある意味沖田と同等に危険だからな」

 

 

 

 

鵜久森バッテリーは勝負を選択。

 

 

1ボール1ストライクからの3球目

 

 

「ファウルボールっ!!」

 

 

目いっぱい振ったフルスイング。東条もストレートを待っていたかのような動きだった。

 

 

打球はライト線切れてファウル。打球は前には飛ぶがフェアゾーンに飛ばない。

 

 

4球目、5球目もストレート。東条もそれを見極め、そしてフルスイング。

 

 

どちらも際どいボール。試合終盤の緊張感はどこ吹く風。この両者の間にそんなものは存在していなかった。

 

 

むしろ、

 

 

「おいおい。この局面でそんなスイングするほどバッティング上手かったか?」

三塁ベース上の沖田が興奮し、手に汗握る。

 

「東条―――――」

二塁ベース上の御幸は東条に賭けていた。

 

 

 

手に汗握る終盤の攻防。そして―――――

 

 

 

カキィィっぃんっっ!!

 

 

ストレートをあくまでつづけた鵜久森バッテリー。あのパワーカーブをまともに弾き返した大塚を警戒したリード。だが、根負けしたのは彼らだった。

 

 

ここに来て、東条は軽打を選択。センター返しで打球は内野の頭を、間を完全に破った。

 

 

「打ったァァァ!!!!」

 

 

三塁ランナー沖田がホームに生還。続いて二塁ランナー御幸が三塁に到達する。

 

 

三塁コーチャーが回す。

 

 

迷わず御幸はホームへと突っ込んでいく。センター近藤は強肩ではないが、その小回りの利いた守備で打球を素早く処理、間髪入れずにバックホーム。

 

 

 

「任せろ!!」

 

送球をカットした遊撃手菊池が中継、そのままバックホーム。御幸はすでに三塁を回り、ホームベース付近へと触れるか触れないかの距離。

 

 

「クロスプレー!!!!」

 

「かなりきわどいぞ!!」

 

 

観客も戸惑う一瞬の攻防。御幸が先に触るのか、それとも鵜久森が防ぎ切るのか。

 

 

「嶋ァァァァァ!!!!」

 

フォローに入った梅宮が吠える。その声で、嶋の心に火がつく。

 

 

 

 

 

 

 

その刹那、球場にクロスプレー特有のギリギリのプレーが発生した。

 

 

 

 

 

 

捕球した嶋と御幸がホームベース上に触れたのはどちらが先だったのか。

 

 

その判定は、

 

 

 

「アウトォォォォ!!!!」

 

 

 

「!!!!」

ホームベースで手を伸ばし、搔い潜ったつもりの御幸。だが、嶋はそれを散々梅宮にされていたりするのだ。そしてその走塁は稲実戦でも見せた。

 

 

だからこそ、御幸がどんなふうに搔い潜ってくるのかが手に取るようにわかった。

 

「だぁぁぁぁ!!! 惜しい!!」

 

「後一歩だったのになぁ!!」

 

青道側の応援席では、口惜しそうな声が所々漏れる。だが、彼らはまだ試合を諦めたりしていないし、大塚を追い詰めた輩とは違う。

 

 

「―――――――――」

 

差は一点差。しかし同点のチャンスを不意にしてしまった御幸が落ち込んだ表情をしていると。

 

 

「攻めた結果です。リスクを背負って戦わないと勝てる相手ではありません。野球は失敗が多いですけど、成功を最後に捥ぎ取ればいいんです。」

次の打者だった大塚がヘルメットを幸子に任せて、そのまま出てきた。

 

「―――――吉川の喝が余程きいたのか、螺子が取れてねェか?」

後輩に心配されて少し自分にショックを受けた御幸。そして、大塚のポジティブぶりにどこか心配したりする。

 

「ええ、木端微塵にとれましたよ」

満面の笑みで肯定する大塚。

 

 

「ナチュラルに惚気やがった」

 

 

7回の大塚の投球は圧巻だった。

 

 

内海をまずインハイストレートで三振に打ち取り、二けた奪三振に到達すると、

 

 

「ストラィィクッ!! バッターアウトォォォ!!」

三嶋に対してはスライダーで三振。膝下に落ちる縦スライダーにバットが止まらない。

 

 

ここに来て、SFFやパラシュートチェンジではなく、多彩なスライダーと剛速球で相手を抑えていくスタイルを会得した大塚。そして、その調子が上向きであることを証明するのが、

 

 

「なっ!?」

 

 

切り込み隊長近藤を追い込んだこのドロップカーブ。この緩急の差にバットを出すことが出来ない。

 

 

大塚の散らばっていた力が集約されていく。大塚の遥か前方を走る理想の大塚が近づいてくる。

 

 

――――俺は、俺にしかなれない。だから、

 

 

 

――――俺は大塚栄治として、最高の投手になる!

 

 

決め球は解っていても打てない大塚の最も基本的な決め球。

 

 

 

 

 

 

「ストライィィィクッ!! バッターアウトォォォ!!! チェンジっ!!」

 

 

ここに来て球速も152キロを計測。ピンチで自己最速をたたき出した大塚が、ここでもギアをいれてきた。

 

 

 

 

 

7回の裏は大塚がランナーとして出るも、続く前園がゲッツーでランナーが一瞬にして蒸発し、小湊ヒットの後に、麻生が凡退。ちぐはぐな攻撃となってしまった。

 

 

8回の表、鵜久森は上位打線に戻ってくる。

 

 

「大塚。」

 

8回表の守備の前、片岡監督に呼び止められた大塚。

 

「はい」

 

 

「この回をしっかり抑えたら、投手はスイッチだ。お前にはレフトに回ってもらう」

 

 

「―――――はい」

 

 

「相手は今までで一番お前を研究してきた打線だ。だが不調なりにゲームを作ってくれた。よく投げ抜いた」

 

 

「まだ8回があります。それで、俺の後ろは誰が――――」

 

 

「川上だ。一番中継ぎで安定しているのは奴だからな」

 

 

 

 

――――正直、完投できないのは悔しかった。

 

 

 

2番前田をまずストレートで三振に取る。オールストレートで三球三振。最後まで掠らせることすらさせなかった。

 

 

「おいおい。まっちゃんが掠りもしないって、どういう球質だよ、アレ」

 

 

3番菊池も三振。ここまで6球連続ストレート。そして掠らせない。150キロ連発の大塚。

 

 

「おいおい。ここでようやく本領発揮かよ。」

 

「やっぱり手を抜いていたんだな」

 

 

「まあ、この試合で大塚を秋で見られなくなるのはなぁ」

 

 

 

 

「――――――その反応はもう見飽きたよ。」

笑顔で毒を吐く大塚。観客に聞こえているかどうかはわからないが、大塚はその聞こえた方向にあまり関心を示さなかった。

 

ちゃんと自分を見てくれる人がいるから。

 

 

もはや観客の野次すら雑音に感じ、気にすることのない、いつものぶてぶてしい大塚だった。

 

 

 

―――――ホント、螺子がぶっ飛んだなぁ、エイジ

 

 

マウンドに君臨する怪物に、挑戦者の長が挑む。

 

 

 

 

ここで、4番梅宮を迎える青道バッテリー。

 

 

 

――――さっきは不覚を取ったけど、もううたせないし、

 

 

 

 

 

 

ドゴォォォォォンッッッ!!!!!

 

 

 

―――――――初見で”振らせない”

 

 

 

「――――っ!!」

バットを初球から出せなかった梅宮。ストレートに強い彼が手が出ない場所、アウトローに威力あるストレートが決まったのだ。

 

 

―――――反則だろ、それはよぉぉ!! その球威でそのコースはぁ!!

 

 

そしてここで151キロを計測。アウトローの151キロ。プロでもなかなか初球から手を出せるコースではない。

 

 

 

 

続く2球目。

 

 

「ぐわっ!!!」

 

ここでワンバウンドのパラシュートチェンジ。ハーフスイングを取られた梅宮があっさりと追い込まれた。

 

バランスを崩し、尻餅をつく梅宮を何でもなさそうに見る大塚。

 

そして悟る。彼は本当にストレートしか待っていなかったことを。

 

 

 

 

 

 

―――――ストレートあってこその決め球。ストレートに引っ張られて凶悪になったなぁ

 

 

まるで何かに引っ張られるように、以前よりも減速したチェンジアップ。いや、そう見えるのは、ストレートが走っているからこそ。

 

 

ストレートの球質に依存する決め球なのだ。ストレートが良ければよくなるのは当然だ。

 

 

 

―――――勝負を急ぐわけじゃない。けど、

 

 

 

 

「ストラィィィクッっ!! バッターアウトォォォォ!!!!」

 

 

 

最後はインロー厳しい場所にストレート。梅宮は、ストレートに手を出すことが出来なかった。

 

 

 

 

3球三振。遊び球はなく、今度は梅宮をねじ伏せた。

 

 

「あァァァァぁぁ!!!!」

 

 

 

 

吠えた大塚。逆転打を打った相手を抑えて自然と声が出る。

 

 

 

 

 

 

 

 

「見違えたぞ、大塚ぁぁぁ!!!」

 

 

「おいおい!! 150キロだと!? マジかよ」

 

 

「この回3者連続!! 前の回から続いて4者連続だぞ!!」

 

 

 

称賛の声が飛び交う青道応援スタンド。

 

 

だが、まだ彼は”縦のフォーム”を使っていない。使わずにこの球速に辿り着いたのだ。

 

 

そしてそれは、彼が意図したものではなかった。

 

 

散りばめた要素を纏めて言った結果、力が逃げず、馬力がボールに伝えられた結果だ。

 

 

大塚のパワーが、春季とは異次元なほどに成長している。

 

 

だからこそ、

 

――――俺はまだまだ上に行ける。

 

 

まだ上に行ける確信が彼にはあった。

 

 

そして、不調という理由があっても3失点は看過できないと感じていた。

 

 

試合終盤、大塚が目覚め、梅宮が粘りの投球を続ける中、野球の神様はどちらに微笑むか。

 

 

後に青道で語り継がれる最後のラストイニング。

 

 

それは8回裏から始まる攻撃から繋がっていく。

 

 




しっかりとフラグを建てた鵜久森。


きっちり(勝利を)取り立てていくんで夜露死苦。

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