感想返しは次回にて。
幾つかの作業を終えた私はと言えば、ハグリッドの小屋で読書を楽しんでいた。
借りた禁書の一つ『影の王国への九つの扉』を読ませていただいているのだが、挿絵の署名が全部LCになっている意味が全然分からない。
もしやこれが原典なのだろうか……?
「それでね……ちょっとティア、聞いているの?」
いや、読書や考察を楽しみたいのだが、正確にはハーマイオニーの話により集中できていなかった、と言った方が正しかったようだ。
「勿論聞いていますよ、ハーマイオニー。トレローニ先生の大切な物を探すにはどうするか、でしたね?」
ぱたん、と本を閉じて私は応えて言った。
「そうよ。占い学の先生なのに犯人が誰だか分からないなんて、実はインチキじゃないのかしら。それとも、誰か本当に邪悪な魔法使いか魔女に、邪な魔法でも掛けられているとでも言うのかしら」
どうも邪悪な魔女です。
犯人がそう言って現れることは無いと思う。
まあ、どういうことかというと眼鏡先生が隠していた大事な物が幾つも無くなる事件が起きていて、困っているらしいのだ。
校長先生に知らせてみてはとハーさんが言ったところ、それには及ばないとのことだったそうだが一体……。
ひょっとして何か公にしたくはないことなのだろうか?
関係ないけど、私は此処最近校内でシェリー酒を見つけることが多い。
フレッドやジョージに分けてあげられるほどに。
毎回毎回手の込んだ場所に隠してあって、復活祭の時の卵隠しかよ!と突っ込んだのは記憶に新しいのだけれど、宝探しの類と言えば私の得意分野の一つなのだ。
呑み切れない分とか良く彼らに「出所は言ったら駄目ですよ」と言って渡しているのだが。
そんな私の行動は実にジャスティスである。
決して毎回毎回お酒と引き換えに、彼らの試作品を手に入れているわけでは無いのだ。
まあ、そんなお互いに得する取引の類はどうでも良かろう。
「ハーマイオニー、本当に気になっていることはそんなことではないのでしょう?」
「……やっぱり分かる?」
だってトレローニ先生の私物が紛失しているというのに、他人の不幸を喜んでいるかのような凄く嬉しそうな顔をしていたし。
ハーマイオニーが持つ知識をひけらかしたい、あるいは教えたい以外で誰かに彼女の方から話しかけることと言うのは実は少ない。
切り出したい話題があるけれど、何か話しにくいことがあるからこそ人の不幸のことを持ちだしたくらい、私にもわかる。
あまり喜ばしいことではないけれど、それくらいには私達の付き合いも長くなっていたのだから。
「実はね……」
それはハリーの下に、クリスマスのプレゼントとしてファイアボルトと呼ばれる飛行箒が贈られたことに端を発するらしい。
最新鋭、というか学生レベルが手にするのは高過ぎると言って良い、大人げない性能を有する箒は、しかしそのことに反して贈られてから一度も正当な持ち主に乗られることは無かった。
というのも送り主が誰だか分からないそれに対し、ハーマイオニーが待ったを掛けたからである。
彼女によりマグゴナガル副校長に箒が贈られたことに対する報告され、贈られた疑わしい箒は即没収。おかしな呪いが掛けられていないか、チェックできるだけチェックが掛けられることに相成ったわけだ。
その間、当然件の箒はハリーの手元を離れることになり、ハリーとロンは怒りを隠せないわけである。
何も知らないならば、ハーマイオニーの取った安全策は実に正しい。
だからこそ私は彼女にそのことを告げ、更に続けた。
「貴方だって不審人物からの贈り物など受け取らないでしょうし、受け取ったとしても危険物かどうかではないくらいの確認は取るでしょう?」
「そうよね。私もティアから何か物を貰ったら安全かどうか必ず確かめるようにしているしね!」
「表に出なさいハーマイオニー。積年に渡る決着を今から付けようではありませんか」
どうして相談に乗ったのに、その相談相手に喧嘩を売られなければいけないというのか。
私の日頃の行いは良いと言うのに。お姉ちゃんは悲しい。
「冗談よ。でもどうしたら良いのかしら」
悩んでいる様子の彼女に、私はとある提案をした。
「ならこうすればどうでしょう?」
「え?それって」
「……」
「ああ、なるほどね。あの人ならそういうことにも詳しいかも」
こうして二人でとある人物の下へと私は訪れることとなった。
件の人物に不審にならないように接触するにはそれなりに建前という奴が必要で、だからこそハーマイオニーを連れて行くと言うのはその時には良い考えだったのだ。
この私では思い付かないような問いも、彼女なら出すかもしれないと言う打算も当然あったが。
私達二人は他寮のその人物にもよく顔を知られていて、二人ともそこそこ歓迎された。
その人に接触を終えた後でひとしきり彼女に感謝された後で
「これで気にするのはバックビークの裁判の事だけね! ありがとうティア」
「いえいえ、どういたしまして」
そうとも。これは私自身の為なのだから。
「それにしても裁判の事に対しては随分熱心なのですね」
「ハグリッドも大切な友達だし、運だけじゃどうしようもないことってあるから備えておかないと」
運だけでは、か。ありとあらゆることに通ずる真理ではある。
「では私はもしも裁判で敗訴した場合に備えておきますね」
そう言って私が広げた本のタイトルを、正面にいたハーマイオニーに確認された。
『ヒッポグリフの美味しい調理法 ~丸焼きから煮込みまで~ 』
私は無言のハーマイオニーに頭をはたかれた。
とある日、それまでに各種の漫才を繰り広げながら私はついにその時が来たのを知った。
忍びの地図(妹)で大体の危険人物や要注意人物の行動パターンは掴むことができている。
あの寮の三人の内、一人は既に接触済み。
残る二人は同時に掛からないといけない以上、失敗は許されない。
と言ってもこれから私がやろうとしているのは決して破天荒なことでは無い。
私らしく密やかに、しかしできるだけ確実性に満ちた手を打つ。
ある程度勘の良い人には直ぐに見当は付くような物で。
万全を期しても、恐れるのはイレギュラーただそれのみという。
ただそれだけの話である。
少々乱暴な手を使わなければいけないのが少し憂鬱だが。
これを、手元にあるこの「危険物」を使うとなると幾つも保険は掛けておかなければならない。
私は意を決し、必要の部屋内の私のラボからとあるブツを持って出ていった。
この数か月前から用意していた品こそが、今回の私の作戦の要だ。
手紙を何時もの仲間に分からない様、授業中に出しておいてから数時間経過したのち。
とある場所付近に呼び出しておいたその人物に、私はできるだけ親しみを込めて名前を呼んだ。
「やあ、ザカリアス」
私は満面の笑みで彼に近づいて行った。
ザカリアスは不思議そうにこっちを見ている。
「珍しいな、君の方から僕を呼ぶなんて」
「夏休み以外で貴方に手紙を送るのは確かにあまりないですね」
「いや、君は僕が手紙を出しても返事を返すことが稀だったような気がするけれど」
何の事だろう、私分かんない。
「まあ、そんなことよりザカリアス。貴方にお願いが有るのですよ」
「断る」
おいこら。話しすら聞かないってどういうことだ。
「お話だけでも」
「断る」
私には色々と嫌いな物があるが、その中でも筆頭と言って良いほど嫌いな物は良い話にも関わらずNOと言われることだ。
「そんな。ザカリアス、どうして取り付く島もないのですか?」
「君が今まで僕に対してしてきたことに関して、胸に手を当てて考えてみなよ」
そう言われたので実際に胸に手を当てて考えてみた。
「少し育ちましたかね?」
ちなみにこの台詞、女の子が腹に手を当てて言っていたら色々な意味でアウトである。
「え?本当に?……じゃない。意味が違うよ!」
その割には目が本気だったような気がするのだが。
彼の事がたまに分からなくなるんです。
そんな彼女が彼氏のことに対して相談するような発言が、脳裏に思わず浮かんでしまったが何やら凄まじく間違っている気がした。
私とザカリアスが、彼氏彼女な仲になんてなるはずがないじゃない。
どう考えても私は彼に嫌われているようなのだから。
「……君は一年生の時に僕に手作りと言って期待させておきながら、ハグリッドの作ったロッククッキーを食べさせたり、新種のお菓子と言いながらドクシーの卵の砂糖漬けを飲ませたり、何より許しがたいのはエロイーズが着替えている時に列車の部屋を開けさせるような真似をさせたことだ!」
記憶力が良いなんて、ザカリアスの癖に生意気だ!
「嫌な、事件でしたね」
「そんな一言で片づけようとしないでくれ」
ちっ、誤魔化せなかったか。
「ロッククッキーに関してはザカリアスも最初の方は美味しそうに食べていたじゃないですか」
「……君が作った物だと思って傷つけたら拙いかと思っただけだよ」
「おや、貴方にそんな気遣いができたのですか?」
「君よりはできるだろうさ。君にできたならわざわざ彼女の着替えを見せたりはしないだろう?」
それは実に心外である。
「私はきちんと忠告しましたよ『この扉を開けては駄目です』と」
「ティアが何を隠したがっていたのか気になったんだ。僕が悪いわけじゃない」
全く、責任転嫁は止めていただきたい。まるで私が全ての元凶みたいじゃないか。
「それよりザカリアス。男の子からしたら女の子の着替えはご褒美みたいなものだったんじゃないですか?」
「どの女の子が着替えているかによるよ。君は本当にエロイーズの着替えが見て嬉しい物だと思っているのか?」
流石に私もそのことに対して何も言えなかった。
と言うのもそう、彼女の醜さは年々増していっているのである。
一年生時、十年に一人の不美人。
二年生時、近年にいない不細工さ。
三年生時、直視できないほど醜い顔。 ←new!
エロイーズは控えめにこんな感じに悪い方へ悪い方へと成長して行っているのである。
この調子で行ったら卒業する頃にはどれだけの進化を遂げていると言うのか。
私でさえも、彼女のことはまぶしくて真っ当に見ることができない時が有るから、分からなくもないのだが。
……ちなみにまぶしくては漢字で眩しくて、じゃなくてマ(ジで)ブ(細工にしか見えなく、苦)しくて、と言う意味である。
ボジョレーも吃驚の変化を遂げているホグワーツの最終兵器は、きっと暗黒大陸の厄災も吃驚の物になるに違いない。
そんな物を目撃させられた彼の言葉により、罪悪感とか同情心とかそこら辺の安っぽい感情が湧きそうになったが、そんな物に私は負けるわけにはいかないのが悲しい所である。
「まあまあ。落ち着いてください。今回私は別に貴方に対して酷いことなんて企んでいるわけでは無いのです」
「とても信用がならないな」
まあ待ちなさいって。良く言うだろう。
信じる者はすくわれるって。
……ただし足元を掬われる方だが。
「お願いと言うのはただ一つです。貴方にこれを飲んで欲しいのですよ」
そう言って私はコップに入った液体を持たせた。
「待て、君は僕に一体何を飲ませるつもりだ!」
大げさに後ずさりされて拒絶されてしまったが。
「怪しい物を飲ませるつもりはありません。ほら、この眼を見てください」
「君の場合は聖女のような顔をして、真っ赤な嘘を吐いていることがあるから油断できないんだよ!」
うるせぇ!その台詞は前世でも言われたんだよ!
本当にどいつもこいつも、私みたいな善人を捕まえて置いて酷い言い草である。
だけど私にはそのことで議論しているほど暇では無くて、是非とも誰かに飲んでいただかなくてはいけない代物だから……
故に最後の手を繰り出すことにしたのだ。
「ザカリアス」
「何」
「お願いします」
目の前で神に祈る様な敬虔な表情で以て、両手の指を組み合わせて魔法の言葉を口にしてみた。
あるいは馬鹿にされたように感じたのだろうか?
私が精一杯心を込めて言ったというのに、彼はただ顔を真っ赤にしてこっちを見て来るだけだったのだ。
やはり駄目なのだろうか。
私は諦めることにして押し付けた薬を回収し、諦めることにしようとした。
「分かりました。もうザカリアスには頼みません」
「そうかい。それじゃあ僕はもう行くよ」
そう言って正気になったのか、彼は去ろうとした。
「ええ。すみませんでした。やっぱりジャスティンに頼むことにします」
「何?」
やけに喰いついてきた。目が怖いほど真剣だった。
「あいつに頼むのか?」
「ええ。いけませんか?」
ザカリアスに断られたら、思いつく限り彼以外頼める人が居ないのだ。
「駄目に決まっているだろう!」
どうして?
何故彼はそんなにも必死になってそんなことを言うのだろうか?
あまりにも不可解で少し考えてみることにした。
数瞬の後、私の明晰な頭脳はしっくりくる答えを導き出してしまったのだ。
つまりはザカリアス×ジャスティンということだったのか!
前世の頃、ザカリアスやジャスティンの年齢だと同性を好きになることなんて珍しくはないと何かで聞いた覚えがあるし、何より『教えてフォイ相談室』では魔法界での同性愛はマグルに対する愛よりはまだ真っ当にみられているらしい。
私には良く分からない話だが、そう言うことであったら私にも何故ザカリアスがこうも必死になるのか理解可能であった。
ちなみに私はノーマルなので前世も今生も同性愛とか染まる気はないです、はい。
友達にやたら女好きな女が居たが、何が良いのか正直理解し難いのだ。
それはどんな綺麗ごとを言おうと恋愛なり、そう言った事情と言うのは生命それ自体の子供なりを残そうとする機能故に生じた産物でしかないはずで。
流れに沿った産物以外は単なる性癖でしかないと言うのが私の個人的な解釈である。
どちらかと言えば私はあまり奇跡の類を信じない唯物的な方なのだ。
彼の趣味に口を出す気はあまりないが
「分かりました。ザカリアスがジャスティンを好きで、好きでたまらないことは分かりましたけど、貴方に断られたら他に頼れる人が居なくて」
「違う。そうじゃない」
不可解な話である。
「?ジャスティンのことが心配でそう言っているのではないのですか?」
「もうそれで良いよ……」
何やら激しく彼が落ち込んでいる理由は良く分からないが、しかしこれで目的の一歩は踏み出せそうで何よりである。
この世の中はとかく分からないことだらけだが、それ故に前に進む意欲が湧いてくるのは良いことのように思えた。
「まあ何でも良いですけど要するにザカリアス。引き受けていただけるのですね?」
「飲むさ。もう何だか断るのが馬鹿らしくなってきた」
うなだれている彼に、私は一度返されたそれを再び押し付けた。
「味見していただきたいだけですよ。終わったら感想を是非聞かせてくださいね」
「分かった。まあ、そこまで不味そうな物じゃないし、大丈夫だよな」
不安そうだったので、私は右手の親指を立てて自信満々に答えた。
「死ぬことだけは無いはずですよ」
「聞かなきゃよかった」
一応自信作ではあるのだよ。
それでも自分で試す気は無いだけで。
「それじゃあ行くぞ」
彼はそう言って一気に私が差し出した液体を飲み干した。
ザカリアスらしく飲んだ振りなどされることなく、その液体は彼の喉を通り、そうして私が望んだとおりの事が起こったわけである。
ふっ、チョロいな。
私は愉悦を込めた微笑みで彼の事を見守っていた。
ザカリアスが意識を失う十秒前の事である。
さようなら、ザカリアス。