三十話め……!
ホグワーツに帰って来た翌日、即ち私達の授業開始日である。
私達はと言えば、朝食を大広間でいただきながら新しい時間割をチェックしていた。
「ふむ、私は数占いが一限目、古代ルーン文字学が三限目ですね」
「私とエロイーズは一限目占い学で三限目がマグル学だね」
「僕とスーザンはティアとジャスティンとザカリアスと同じだな。少なくとも今日は」
「ティアたち三人は同じ科目だものね」
そう、意外なことにジャスティンも私と同じ科目を選択することにしたのだ。
「てっきりジャスティンはマグル学や占い学を取るかと思っていたのですが」
「ええと、何故です?」
「前者は魔法族から見たマグルの見え方に興味があったのではないかと思いまして。後者は数占いだと理論も多少絡んでくるでしょう? 貴方は魔法薬学や変身術を苦手としていたので選ばないかと思っていたのですよ」
「僕も色々と思うところがあったのでお二人と一緒の科目にしたのです」
「ふむ」
理由は何なのであろうか?
まあ、適正や興味だけで科目を選んだりはしないのかもしれない。
私だとどうしても自分の興味=行動に直結してしまうから、それ以外の理由に関してはそこまで理解できないのだが。
いや、それよりも以前の私ならそこまで他人に対して関心を払っていなかった気がする。
例によって例のごとく思考の渦に沈んで行っていると視界の端でジャスティンとザカリアス以外の面々が何やらひそひそと会話していた。
やけに楽しそうなのだが何かあるのだろうか?
目を向けていることが分かると何でもないよって顔を全員がしていたけれど、それは何かあるよって言っているのと同じだと思う。
深くは追及しないが、まるで私達三人を除け者にしているみたいで少し悲しい。
やるのならザカリアス一人だけ除け者にすればいいと思う、切実に。
私は無言でスクランブルエッグをケチャップたっぷりで掻き込んだ。
もしかしなくてもやけ食いである。
さて、今年度から私たちは必須七科目以外の選択科目を受講することになっていた。
だから自然と何時も一緒、というわけでは無くなってしまうのだ。
ハンナとエロイーズと授業に赴く際に初めて別れた後、私たち五人は数占いの教室へと向かっていった。
少々不思議な感じがする。
だがまあ、他に四人も友達が居ること自体は心強い。
迷子になる心配が無いのだから。
アーニーの先導で教室に辿り着いた私たちはそれぞれ席に座ると、黒板に書かれている注意書きの幾つかを読んだ。
気になったのは「可能性を探ることを目的とする」という部分だった。
あるいは「これが正しいのかを確認することを目的とする」というのも気にはなる。
昔の哲学者のようなことが書かれているようだが果たして……?
あ、ハーマイオニーだ。
「こんにちは。ティア、貴女もこの科目を取っていたのね」
「ええ。そういうハーマイオニーは随分沢山科目を取っているようですね」
「聞いていたの?」
「今朝の会話が聞こえて来ただけです。貴方たちは目立ちますから」
「ティアにそう言われる筋合いはないと思うけど」
不本意ながら私も最近再び注目されるようになったようではある。
どうにも先学期の件がまずかったらしい。
従弟からは去年以上に怪しく思われ、ザカリアスの追及も厳しかった。
まあ、着信拒否みたいなことはふくろう便でもできるので大した問題ではないのだが、同じような活躍をしちまったとは言え、学校で注目されるのは嫌なのだ。
それは私の動きにまで影響を与えるので、できるだけ彼ら仲良し三人組にはデコイを引き受けていただきたい。
近寄って来た彼女と会話しているとスーザン以上にザカリアスとジャスティンが注目している気がする。
「まあ私のことはどうでも良いのです。黒板に書かれているあれは、どういう意味だと思います?」
聞いてみたら彼女の解釈では多分占いの結果、及びその統計を取ることを目的としているのではないかと言うことだった。
「当たるも八卦当たらぬも八卦という奴ですかね」
「東方の占い学観だったかしら?」
「ええ、アジアの方だと随分変わった占いのやり方があるとか」
「占い学では紅茶の葉を使った占いを教えて貰ったのだけど」
……なるほど、このハーマイオニーは既に「二週目」以降か。
「兆候や象徴から何かを探る学問ですか。確か『視る者』というのは血筋や適正のみが重視されていたはずですが……。後、今日の占い学はこの科目と被っていたはずでは?」
「え? まあ、そのちょっと特別なやり方で受けさせてもらったから」
眼を泳がせている彼女に悪いが、既に絡繰りは知ってはいる。
そんな話をしていると黒人の先生が入って来た。ベクトル先生というその男の人はレイブンクローの出身らしい。
「……最終的に貴方たちがこの科目はクソだ! と思ってくれても構いません。幾つかの魔法省の部署で働くにはこの科目が必須となりますが、今まで学んできた物の中ではこれが奇妙に思えてならないかもしれないでしょう。最初に言っておきますが色々なやり方、それから何故か当たることが多いという結果のある、今からどういう道筋を辿るのか?という計算を重視します。地道な作業になるでしょう。魔法界の科目、と言う意味では同じ『占い学』の方がよほど、らしいかもしれないことを明言しておきます」
良く響くテノールの声で、しかし説得力を感じさせる何かが有った。
おそらく自分で自分を占い、その結果が本当に当たっているかどうかを試すことになるのだろう。
外れても良いという趣旨の事も聞いた。
ただの知識の詰め込みでは無く、何かを知ろうとする動きは嫌いでは無い。
「さっぱり具体性や方法論が理解できないし、目的が見えてこない『占い学』よりはマシそうね」
「これはどちらかと言うと科学に近いのではないでしょうかね?」
「誰でも再現できるから?」
「ええ、どうすれば良いかが分かっていますし、結果を調べる為に過程その物も大事にしているようです。占い学の場合は適正が有るなら自分でやれるから学ぶことが無いし、適正が無いなら学ぶだけ意味の無い科目なのでは?」
少なくとも胡散臭くは無いせいか、そんなことを話しながら次々に私たちは作業を終えていった。
その前に呪文学の授業を挟んだが、昼食の後に今年から受けられる新しい科目、古代ルーン文字学の時間になった。
この時間で私たちに用意されたのは石と、それにルーン文字を刻むための金属性の道具である。
図画工作の時間みたいだなというのが初見の印象だった。
バブリング先生は教科書を指定し、私たちは当然持ってきているのだが最低限の説明を受けつつ、実践あるのみというのがこの授業の特色のようだ。
またもや一緒になったハーマイオニー、それから私を含めた同じ寮の五人は比較的近い席に座りつつ、ひたすら石に文字を刻む作業を行っていた。
石の中で素材として相応しそうな秘められた力が籠っていそうな物を探す時間、自分に合って良そうな道具を探す時間、そして石の何処に力ある文字を刻むべきなのかについての考察を行う時間など、区切られて限られた時間の中でそれを熟すのは正直中々骨だと言わざるを得ない。
おまけに一つ刻んだだけでは、刻んでから時がある程度(それも最低、年単位で)経たなければ、この石が強力な力を得ることは無いとのことだ。
刻まれた文字が何らかの形で崩れたり、破損したりすれば石に込められた力もまた失われるらしい。
なお、前世で読んだマグルの資料だとガラスや木、紙などにも刻んだりしたはずなのだがそれは誤りだと先生に否定された。
「それはマグルに伝わった間違った知識の数々の一つでしょう。ルーン文字に力を発揮させるためには石に刻むのが一番です。……私達魔法族が一般のマグルと袂を分かってから随分長い時間が経過しましたが、その間に彼らの私達に対する知識が変質すること、もしくは何かの手が加えられた可能性は否定できません」
そこまで言ってバブリング先生は黙った。
「いずれにせよ、そのような誤解が無いよう例えばルーン文字による綴り、刻み方、用語や組み合わせ方などはきっちりと覚えていただきます。古い魔法使い達は建物に刻んだりすれば自身の住処の護りを更に強められることを知っていました。……まあ、今はまた別の方法が主流になってはいるので知識としての側面の方が重要視されがちですけどね」
ということは多分、日本においてはその効果は理解が難しい科目なのではなかろうか。
長いことあの国で建物と言えば木が主流だったはずだし、石のそれが建てられるようになったのも百年とかそこらの物のはずだ。
「さて、応用とも言える複数の文字を刻むやり方ができるようになるには、最初の段階として一つの文字を正確に在るべき場所に刻めるかどうかが重要となります」
きちんとできていると杖を用いた簡単なテストで結果が分かるとのことだった。
今回は私もハーマイオニーも含めた全員が失敗。
と言っても減点対象にはならないのが嬉しい誤算か。
幾つかの新しい発見や魔法史、魔法生物飼育学の「レタス喰い虫」の育成作業の初歩を経た後、とうとう闇の魔術に対する防衛術の授業を受ける時間になった。
事前の評判を聞いていた他の皆と同様、私としてもこの授業は正直楽しみである。
というのも私は自分の怖い物というのが結局想像付かなかったのだ。
自己分析は私にとって苦手な分野なのである。
ある意味楽しみ、ある意味恐る恐る授業を受けに行った。
「ああ、ようやくまた会えたね、ミス・レストレンジ」
私を見るなり彼はそう言った。
ホグワーツ特急で守護霊を出してコンパートメントの入り口付近を護らせていた時に出会ったのが最初で、その時に色々な質問をされたのを良く覚えている。
従姉が闇祓いをしていて、その結果何が今年ホグワーツに来るかが分かっていたので守護霊の呪文を指導してもらったと包み隠さず話したのだが
「お久しぶりです、ルーピン先生」
そう、実戦で通用できることになったのは良い収穫ではあるものの、実のところあまりこの先生と親しくしたいわけでは無かったのだ……。
「優秀そうな教え子が居ると言うのは嬉しいよ」
「私はあまり優秀とは言えないと思うのですが」
そう、親しくなる気は毛頭ない。
早々に会話を打ち切った後で、彼に導かれ、私たちは職員室へと向かった。
職員室の洋箪笥に潜んでいるボガートの説明を受け、そしてそれを退散させる実践に早速移ることになる。
私達の集団で一番手を引き受けたのはアーニーであった。
ボガートと言うのは本人が一番怖いと思うのは果たして何なのか……。
私達はそれを直ぐに知ることとなった。
洋箪笥から飛び出て来たのは
「すごく……大きいです」
とても大きな……ゴキ○リ。
思わず悲鳴を上げそうになったのは私だけではないはずだ。
アーニーよ、君は何て言う物を出してくれたのさ。
「リディクラス、ばかばかしい!」
ゴ○ブリは足を失った痛々しい姿に変わった
子供って残酷。
その次に出たのはハンナだった。
姿は再び変わり、そこに居たのは赤い髪のピエロだ。
ドーランでも塗っているのか、白い肌の残酷そうな目つきをしたそいつは何だか「らんらんるー!」とか嬉しくなったらついやっちゃいそうだが……
「歯が尖っていますね」
全ての歯が鋭いのはちょっとどうなのだろう。
ボガート退散の為の呪文を唱えるとピエロは泣き顔になり、良く見ると歯が全部抜け落ちていた。
ハンナ、君もかい?
その後はスーザンが出したホオジロザメが可愛らしい金魚に変わったり(二つ頭が生えたり、尾に当たる部分が蛸の足のようにならなくて本当に良かった!)、エロイーズがぶくぶくと太った最も醜い姿になっている自分を出したりしていた。
思わずエロイーズは泣き出していたが、あれは確かに酷い。
ジャスティンのボガートは水たまりに変身していて、初めは「何だ、ただの水たまりじゃないか」と思ったものの、良く考えてみればあれは多分去年彼が石になる前、最後に見た物なのだろう。
それは確かに怖くもなるよな、と私は納得した。
奇妙だったのはザカリアスのそれだ。
ザカリアスが前に出た。
そしてボガートの形が変化している間に、いきなり私の視界が誰かの手により遮られてしまったのである。
「え」
直前に見慣れたホグワーツのローブが見えたのは気になるが、それ以前に一体誰が、何故今このタイミングでこんなことをしたというのだろうか。
「ティア、見ない方が良いと思うわ」
はたして後ろから聞こえた声はエロイーズの物であった。
「あのどうして……?」
問いを投げかけた直後、前方から声が聞こえた。
「ザカリアス、私達お友達でいましょうね」
何だかどこかで聞いた気がする声である。
とりあえず何が起こったのかを見る為にエロイーズの手を外しつつ、前を見てみると白い球体が浮かんでいた。
ルーピン先生がザカリアスのボガートの姿を変えてしまったらしい。
そして彼の方はと言えば蹲ってしまっていた。
何やら酷いショックを受けているようではあるが、ザカリアスは何を見たのだろうか?
「ああ、ミスター・スミスはどうやら一番怖いことを見てしまったようで動揺してしまったらしくてね」
「怖いこと……ですか?」
怖い物ではなく?
それから気になるのが同じハッフルパフの人々がザカリアスに対し、いたたまれないような物を見た目付きで居ること。ついでに私に対して集中する興味か何かの視線である。
ふとルーピン先生を見てみたら目を逸らされてしまった。
「ああ、いや何でもない。……大丈夫だ」
時間を置いて回復した彼は、少し顔が蒼くなっていたのだが、振り返って私の顔を見るとまるで幽霊か何かを見たような感じでその顔が更に蒼くなってしまった。
「み、見たのか!?」
「何を?」
震える声で彼は叫んだが、私としては何も見せられていないので戸惑う他無い。
「大丈夫、ザカリアスが見て欲しくない物は見ていないわ」
「エロイーズがその時、目隠ししていたから」
スーザンとハンナが宥めるように彼に言ってザカリアスはようやく落ち着きを取り戻したようだった。
「エロイーズ、ありがとう。……うん、ティアも急に叫んだりしてごめん」
「あ、いえ大丈夫ですよ」
良く分からないがよほど怖い物を見たのだろう。
それに誰かに自分の弱みを見せたくないと言うのも分からないでもない。
彼は何か私の事を少し敵視しているように睨んでくる時があるがそれでもそう、とてもとても大事なことがある。
「私たちは友達じゃないですか」
彼はハッとした後で
「でもずっとじゃない。ずっとじゃないんだ……」
良く分からないが何か一層落ち込んだ様子になってしまったが、私は彼に掛ける言葉を間違えてしまったのだろうか。
というか私と友達で居るのが嫌だと?
何だか不愉快になりながら彼を見ていると、ザカリアスは目頭を抑えたアーニーに肩を叩かれながら、トボトボと後ろの方に下がっていった。
「追い打ち掛けているじゃない」
意味は良く分からないが、それを見ながらスーザンが呆れたように呟いているのが印象に残った。
そして何人か他のグループに属していた人達がボガートの姿を、その人の怖い物から笑える物に変えた後で私の番である。
直前までは他の人が変えた物を皆と一緒に笑っていたのだがやはり自分が前に出るとなると緊張してしまう。
前に出て、ボガートは姿を変えた。
ああ、貴女だったか。
それはベラトリックスお母様であった。
根源的、と表現していいのだろうか。
ただの一度も実際に敵対したことが無いのに、震えそうな恐怖を感じてくる。
十年以上前の記憶で、美しかった頃の彼女は恐ろしい形相を浮かべ、私を睨んでいた。
「一族の恥晒し! お前が助けるべき我が君を」
そこまで彼女が話したところで
「リディクラス、ばかばかしい!」
私が唱えた呪文を受け、彼女は美しかった黒髪が金髪に、黒い如何にも悪の女幹部ですと言った様相の黒ドレスは、白いスパンコール付きの馬鹿馬鹿しい羽根付きドレスに変わっていた。
おまけに杖も何だか何処か威厳のあるそれから、可愛らしい物へと変わっていた。
程なくして授業は終了する。
良かった。
正直ほっとした。
だって私が笑える物として最初に思い浮かべたのは――
猫耳に裸エプロン姿のハグリッドであったのだから。
その彼は、私の想像の中でだが花柄のアップリケ付きの、それは可愛らしいエプロンを身に付けていた。
ちなみに私が思い浮かべたハグリッドは鉞をかついで、素肌に「禁」と言う字の入った赤い前掛けみたいなのを着てました。
そうか、これが『とっとこハグ太郎』か……( ゚д゚)!