そう、気が付けば連載から一年が過ぎていた……!
続けていられるのは読んでくださる皆様のおかげですよ、本当に。
こんなにドキドキしたのは、前世で私にセクハラをした男性体育教師の家に忍び込んで、彼の「お宝」全てを外見はそのままに、中身を全部ガチムチな兄貴たちが出演する物に替えてやった時以来だ。
心臓の高鳴りを感じながら、不審に思われながらもマダム・ピンスから目当ての本を借りた私は足早にその場を離れ、そして誰もいない場所に辿り着いた後でガッツポーズを決めた。
全くもって心臓に悪かったがどちらかといえば小心者の私故に仕方がないことなのだろう。
ちょっとだけ悪いことをする時でも興ふ……緊張してしまうのだ。
無論基本的に善人な私は、当然前世で犯罪と言われるようなこと一切行っていない。
だって神様だっておっしゃっているじゃないか。
「バレなきゃ犯罪じゃないんですよぉ」
と。
……一応言っておくとバレなくても窃盗、万引き、掏り、傷害、放火や殺人に当たるようなことは一切行っていない。
さて、前世の私は前世の私。今生の私が何知るべさ、ということでそろそろ話を元に戻すことにしようか。
私がこんな真似をしているのは理由がある。
それというのも転生について書かれている資料がホグワーツの図書室にほとんどと言って良いほど存在しなかったのだ。
たまにあっても精々が東方のマグルの想像の産物、というように空想上の理論としてしか扱われていない。
だからこそ私は、魂について多少でも記述しているかもしれないであろう「閲覧禁止」の棚に知識を、救いを求めたのだ。
この私が調べてみたところ必要の部屋でも閲覧禁止の本棚の本は読めなくはない。何故なら求めている物のコピー、棚丸ごとを部屋の中に出現させること自体は可能だからだ。
でもそれでは七年という時間内では間に合わない。
なにせ外国の物も幾つか含まれている以上私は自分の力で(と言っても必要の部屋内部でその国の言語の辞書を出しての上でだが)翻訳しなければいけないし、何時でも自由に使えるという物でもないからだ。
更に記憶が確かであれば五年目、六年目、七年目ではほとんど自身の目的のために使うことができないし、通常の授業もこなさなければいけない身である以上、それは例えば休日、それに授業の後の僅かな自由時間という風に限定されてしまうのだ。
故にどうしても部屋の外でもある程度は自由に読める時間が必要だった。
だからこそロックハート先生と言う閲覧禁止の本棚の本発行機を利用するのが私にとってのベストな選択肢。
そう、使えるものを使うことに躊躇いを持つのは間違っている。
あくまで悪いのは許可してくれたロックハート先生であって私では無い。
理論武装完了、ようしティア頑張っちゃうぞ!
あれから一か月と少し。
私は閲覧禁止の本棚の本を何冊か読むこと成功していた。
「おや、また来たの。ミス・レストレンジ」
「こんにちは、マダム・ピンス。その後フィルチさんとはどうですか?」
「悪くは無いわね。ああ、この本ね。待っていなさい」
図書室を訪れた私は、何時ものように多少の世間話を交えながらマダム・ピンスの持って来る本を待った。
「はい、これ。探していた『ブギー・ブック』ね」
「ありがとうございます」
持っていたロックハート先生のサインと引き換えに持ってこられたその本は、茶色の表紙に猫のような、しかしそれよりも少しだけ邪悪そうな瞳が二つと猫その物の口が付いており、さらに猫の毛皮のような手触りをしているような代物だった。
こっちを興味深そうに見ているその瞳に思わず笑みがこぼれてしまうのを私は自覚する。
ある程度マダム・ピンスと親しくなれたのも元はと言えば「猫」が関係しているし、私にとっての幸運の動物なのかもしれない。
数日前のとある日、私はミセス・ノリスに連行されていた。
私が彼女を連行しているのでは無い。私が連行されているのである。
「ミセス・ノリス。本当に一体どうしたんですか? 」
私の羽ペンを咥えた彼女は、時折私がちゃんと後を着いて来ているかどうかを確かめるように私の方を振り返りつつ、小走りに何処かを目指して駆けていたのだ。
……前からキャットフードをあげて餌付けしていたのだが何だか妙な具合に懐かれてしまったようでこれで良いのだろうかという疑問が湧き上がってくる。
飼い主に似ているねちっこさを発揮している彼女はやることは陰湿であるものの、無慈悲かつ公平なところがチャームポイントだと思っていたのだが、何故か私の事は頼りにしているようだったのだ。
一体私の何処を気に入ったのだろう、解せぬ。
まあ、そんな私の思考を他所に彼女は私を連れて行った。図書室の準備室へと。
「此処で何があるというのですか、ミセス・ノリス」
そうしたらシーッとでも言うように彼女は前足を自分の口元にあてた。
そうしてある方向を見出したのだ。
「一体何が……!?」
思わず私は黙り込んでしまった。
そこで特派員ティアが見てしまった物とは……
マダム・ピンスとフィルチさんの濃厚なキスシーンであった。
……もう一度言おう。マダム・ピンスとフィルチさんの濃厚なキスシーンであった。
思いっきり「ぶちゅう!」という感じに肉厚な唇と唇が重なっていたので間違いない。
残念ながらロマンティックな光景に見えなかった。
どちらかと言えば私の少ない知識で言えば……
「怪獣大決戦……?」
ハゲタカに似た痩せた外見の熟女と禿げ上がったブルドッグの出来損ないみたいな外見の中年男性のキスシーンなど誰が得するのだろう。
自分でも口に酸っぱい物が込み上げてくるのが分かった。
あの二人ができているという噂なら何度か聞いていたが、まさかこんなことになっているなんて。ふとミセス・ノリスのことを見てみれば「この泥棒猫が!」という目付きでマダム・ピンスのことを睨み付けていた。
……猫はミセス・ノリスの方なのだが。
ミセス・ノリスはフィルチさんのことを愛しているから仕方がないのだろう。此処に種族の垣根を超えた三角関係が成立した!
とそこで物音を立てて私の存在に気付いたのか二人が私の方へと向き直った。
「ミス・レストレンジ……? こんなところで何を、というか」
「これはその……違うのよ!」
二人とも酷く慌てて挙動不審だった。
「……ああ、以前私がフィルチさんに渡したあの本ですか」
「な、何のことかな!」
フィルチさんの目が泳いでいた。
「図星ですね」
まあ、たった今開心術を使って確かめただけなのだけど。
以前私は同期のパチル姉妹に乞われてピープズ除けの為に般若心経を仕込んで上げたことがあるのだが、その代価として彼女たちの家に代々伝わる『カーマ・スートラ』を写させてもらったのだ。
読み終えた後で、それを物欲しそうにこっちを見ていたフィルチさんに没収品の一つと交換してもらうという、オンゲーでは良くあるイベントというか藁しべ長者みたいなというかまあ、そんな感じで裏取引をさせてもらったのだが、それが廻りまわってご覧のありさまになったというわけらしい。
女性の誘い方についても幾つかの言及があったし、それがこの場面の元凶なのだろう。
「ミス・レストレンジこのことは誰にも……」
震えた声でおっしゃるマダム・ピンスに対し、私は即座に返事をした。
「はい、言いません」
と。
二人とも少し驚いた様子だった。
普通の年代の子であればそういうことで盛り上がりそうな話題を誰かに漏らしてしまっていただろう。
だが生憎、私は普通の子じゃあない。
此処で他の生徒たちにお茶の間の話題を提供するだけというのは三流のやることだ。
どちらかと言えば恩を売って置いた方が遥かに良いやり方だと明らかである以上、こうする方が正解だろう。
「誰かの秘密をペラペラ喋るなんてこと私はしませんよ」
そう、基本的に(自分に)嘘が付けない私は一番(私が)幸せになれる選択肢を選びたい、ただそれだけなのであって必要もないのに誰かを強迫なんてしたりしないのだ。
「まあ、そんな……!」
後は言葉にならないようだったが二人とも私に感謝しているようだった。
そうして二人の私に対する態度がその後軟化したのは言うまでもない。
しかし、何故こんなことになったのだろうか?
細かい理屈は良く分からないが「世界はいつだってこんなはずじゃなかったことばかりだよ!」というのは案外この世の真実なかもしれない。
そして推論だがあの時私をあの場所に連れて来た彼女は、これをきっかけに二人が別れてくれれば良いと思っていたのだろう。というのも以前試して見て分かったのだが、感情があまり複雑ではない動物には開心術が効かないからなのだ。
その時の私の返答にミセス・ノリスは抗議するように此方を見ていたが「二人の愛を見届けてあげることも必要なのでは無いのですか?」と説いたらしぶしぶではあったものの納得する様相を見せてくれた。
その後で何度かマダム・ピンスのことを恨めし気に見つつも、何だかんだと言って彼女もフィルチさんの幸せを願っているのだろう。多分猫語でそのことに関して私に愚痴ってくるのだが本当に良い主従で羨ましい限りである。
……うちの梟なんか検診の為にイーロップの梟店に連れて行ったら一番高い餌を要求するようになったからな。がめつい、流石メルロンがめつい。
全くもって一体誰に似たんだろう。近くに凄まじくがめつい誰かが居たに違いない。
これでミセス・ノリスの尻尾が二つに分かれて人化したらまた非常に面白い光景になりそうだったのだが実に残念でならない。
きっと魔法界には萌えが足りていないに違いないと私は改めて確信する。
とそんな風に授業以外では過ごしていたわけだが怖れていた日がついに来てしまった。
ロックハート先生の授業でのご指名である。
伝え聞いた話、グリフィンドールでのピクシー事件(ロックハート先生がピクシーを放し飼いにして悲惨な目にあった事件の事だ)の後でこの授業は演劇の授業に変更になってしまったのだ。
幾度か授業を経験した後、暫く前からどこら辺の席が当たりやすいかというのは、見て一目瞭然だったのでその席だけは避けていたのだが、ついにそこにこの私が座らざるを得なくなってしまったのだ。
直前に他に唯一開いていた席にザカリアスに座られてしまったのがまずかった。
こちらを見ながらにやにや笑っているところから見て確信犯なのだろう。
何時もの面々を見ていると済まなそうにしながらもこちらとは目を合わせてくれない。
ハッフルパフ寮というのは私を見れば分かる通り、基本的に奥ゆかしい寮生が多いのであってこういう人前で劇をするだとかそういうのが苦手な人が多いのだ。
……畜生め。
「ではミス・レストレンジ。今日のお相手をお願いしますか?」
そう言われた私は意を決し、立ち上がった。
「先生。私演技力に自信が無くて……」
周り、特にいつも一緒に居る他の五人(ザカリアスは少し離れた位置に座っていた)は少し驚いた様子だった。……普段の私を知っている彼ら相手には少し無理のあるやり取りだったか。
「大丈夫ですよ、ほら恥ずかしがらずに」
とそこで何時もなら言うので私はロックハート先生が次の台詞を言う前に畳み掛けるようにして言った。
「でもザカリアスならきっと上手くやってくれると思います!」
そう言って思いっきり指差しながら彼の方を向いた。
急に私に指名された彼は驚いた様子でどう反応したものか迷っていた。クラス中の眼が彼に集中したのを私は確認し、そしてそちらを向いたまま私はと言えばロックハート先生に対して無言のまま呪文を掛けたのだ。
「コンファンド 錯乱せよ!」
と。
「……良いでしょう。それではミスター・スミス、立ってください。ほら大丈夫ですよ」
私がそうするように呪文を掛けたからだが、違和感がまるで見当たらなかった。きっと普段から錯乱しているようなものだからだろう。
ちなみにそう言われたザカリアスの表情はまるでこの世の終わりを告げられたようだった。
周りの彼らはと言えば下を向いて笑いを堪えていたのを私は確認している。
全く友達の不幸を笑うなんてどうかしているよ。
仕方なく彼は立ち上がり、そして演技を披露してくれた。
突然襲った理不尽さを噛みしめる顔付きのまま数々の敵役が倒される場面を演じた彼は、良い役者になれそうなほど身が入っていたように思う。
なおこの後の彼はと言えば何故かこの時の演技が気に入られ、お気に入りの生徒として今年度のロックハート先生の相手役を務めることとなる。
そして私はと言えばこの光景にいたく満足していたのだ。
彼の記憶操作に問題が無くて何よりである、と。
そう、ロックハート先生の部屋に押し掛けて「忘却呪文」に関しての全てを教えてもらっておいて良かった。
彼自身は「まるで覚えていない」がその使う際の教え方も非常に上手く、私は本当に一発で覚えられたのだ。
入学前に使ってみた際その呪文は上手くいかなくて(呪文と言うのは適正や得手不得手と言う物が必ず出てくるものなのだ)困っていたのだが今後この呪文についてはそんなことはまるで無くなるだろう。
二年生時から闇の魔術以外の高い技量を必要とする呪文を使えるなんて私は本当についている。
それにザカリアスがお気に入りになったことだって悪くはない。
私や私の友達のハンナやスーザン、それにエロイーズが指名されて酷い役をやらされることは無くなったし、勿論他のあまり話したことの無い同じ寮の女の子達についても同様だ。
きっと私の行動は同性に対して良い影響を及ぼすものに違いあるまい。
冒頭で述べた男性体育教師にしても、暫く学校では抜け殻になっていたようだがその後で復活した後は女生徒にセクハラをすることは無くなったのだから。
――ただ私が卒業した後の噂だと代わりに男子生徒にセクハラをするようになったそうだが。
まあ、私に幾つかの人生の指針をくれた前世の祖父曰く、「男は女の盾となり剣となり攻撃を受け止めるもの」だそうだし、私も彼の性癖にまで責任は持てないし大した問題でも無かろう。
そんなこんなで気が付けば今年度のハロウィンが直ぐそこまで来ていた。
やられてなくてもやり返す。ザカリアスには念入りにやり返す。誰彼かまわず嫌がらせだ!