孤独と共に歩む者   作:Klotho

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『蠱毒と寺』

 

 

 何処とも知れぬ森の、ある一本の巨大な木の中に少女が居た。正確にはその大樹

の根元に出来た人が一人入れそうな樹洞の中に身を丸めて入っているのだが。彼女

は未だに外で降りしきる雨の様子を眺めていた。

 

その足元には、数匹の栗鼠。

 

「……何処か、妖怪の集まる場所とか知ってる?」

 

 空を眺めながら、少女はポツリと呟いた。足元にいる栗鼠達は彼女の蟲毒ではな

い。この樹で雨宿りしている時に好奇心に誘われて様子を見に来た動物達だった。

栗鼠達は顔を見合わせ、キィキィと甲高い声で少女に何かを話す。

 

「へぇ、そんな寺があるんだ」

 

 彼等の話に寄れば、此処から少し西の方に奇妙な寺があるらしい。その寺の僧侶

力の弱い妖怪達を匿って人間達から守っているんだとか。私はちょっとだけその寺

に興味が沸いた。

 

「人間達には気付かれていないの?」

 

 彼等は自身を脅かす危険性のある存在を徹底して排除する種族だ。もし妖怪を保

護している寺があると分かったら、それこそ焼き討ちにでもするのでは無いだろう

か?栗鼠達も其処までは分からないらしく、一様に首を傾げた。

 

「……そっか、ありがと」

 

 外から差し込んで来た陽を受けて、私は立ち上がる。後ろで並んで立っている彼

等に手を振り、そして翼を広げて空へと飛翔した。

 

「行き先は――『命蓮寺』」

 

 

私は西へと進路を変えた。

 

 

 

 

 私が他者に気付かれない様に行動する時は、基本的に鼠の姿でいる事が多い。鳥

では羽音が目立ってしまうし、蟲では潰されてしまう可能性があるからだ……蛇な

んかに関しては論外とだけ言っておこう。

 そして命蓮寺へと続く階段に辿り着いた私の姿は鼠。狙った訳ではないのだが、

この姿で居た故に私は中へと入る事が出来た。

 

「全く、ナズも甘いねぇ……」

 

 どうやって入ったものかと考えていた私の体が何者かの手によって摘まれる。上

を見上げると、奇妙な帽子を被った黒髪の少女が私を持ち上げていたのだ。

 

「ほら、帰るよ」

 

 ポスリと私を頭に乗せて少女が階段を登り始める。一瞬どうしようかと悩んだ私

だったが、結果的には入れるのだと妥協して頭の上に居る事にした。

 

 少女が階段を登りきり、命蓮寺と書かれた名札の付いた門を潜り抜ける。境内に

は石畳を竹箒で掃く尼の姿があった。

 

「ただいまー!一輪、ナズは?」

 

 この水色の髪の尼は一輪と言うらしい。一輪は箒を動かす手を止めて、暫く考え

込んでから思い出した様に言った。

 

「ナズーリンなら、聖と星の話に付き合ってるんじゃないかな?

多分そんなに大した話題じゃないから行っても大丈夫だと思うけど……鼠?」

 

一輪が私を見て怪訝そうに呟く。

 

「多分ナズの落し物」

 

 行くよ、と言って少女が寺の中へと入って行く。私は一度だけ振り返り、再び掃

除を再開した尼の妖力を探る様に見つめた……中々。

 

どうやら、此処は弱い妖怪ばかりではないらしい。

 

 

中から漂って来る妖気を感じ、私は身を引き締めた。

 

 

 

 とある部屋の一室で、合計三つの影が向かい合って何かを話している。一人は丸

い大きな耳と長い尻尾を持った少女。もう一人は花の様な冠を被った、黄色と黒の

混じった髪の女性。

 

「……お願いします、どうか……」

 

女性が深く頭を下げ礼をする。後ろの少女もそれに習って、渋々と頭を下げた。

 

「……えぇ、分かりました」

 

 頭を下げる二人の前にいるのは一人の女性。頭の天辺から下がって行く様に鮮や

かな紫色のグラデーションがかかった髪を持った女性はニッコリと微笑み、やがて

正面の女性に向けてこう言った。

 

「では、今日の夕餉は煮物に致しましょう」

 

「いやったぁ!ありがとうございます聖!」

 

 その言葉を聞いて頭を下げていた女性が顔を上げ、腕を掲げた。それを後ろで見

ていた少女が呆れた様に溜息を吐く。

 

「星、君はもう少し神としての風格をだな……」

 

「久し振りの煮物ですよ!ナズーリンは嬉しくないんですか!?」

 

 少女が星と呼んだ女性が振り返り、少女の肩を掴んで前後に振る。

星にナズーリンと呼ばれた少女は物凄く嫌そうな顔をしながら前後に揺れていた。

 

「星、ナズーリンが困っていますよ」

 

 見かねて助け舟を出す聖。星は自身の腕の先のナズの顔を見て、次に女性の顔を

見てから慌てて手を離す。開放されたナズーリンは首を抑え、星に何かを言おうと

してピタリと止まった。そして――

 

「――誰か来るよ」

 

彼女の大きな耳は、此方へ近付いて来る何者かの足音を耳聡く聞き取っていた。

 

「……一輪ですかね?」

 

「多分村紗でしょう」

 

「……はぁ」

 

 全く緊張感の無い二人を見てナズーリンは頭を抑えた。彼女達は世間一般と比べ

てもかなりの実力者。しかも性格、人望共もある方々だ。

 故に、彼女達には危機感という物が無い。もし此処に入って来たのが顔見知りで

は無く人間だったとしたら、二人はともかく私の姿を見て妖怪だと気付いてしまう

というのに。人知れずナズーリンは近付いて来る足音を警戒した。

 

さて、誰が――

 

 

 

 

「ただいまー」

 

入って来たのはこの寺の住民である村紗だった。私は肩から力を抜いた。

 

「「お帰りなさい、村紗」」

 

 星と聖が声を合わせてそう言う。それに適当に相槌を打ちながら、村紗は私の姿

を見つけて此方へと歩み寄ってきた。

 

「ほら、ナズーリンに届け物だよ」

 

村紗はニコニコとしながら私の前に座った。

 

「……私に?」

 

 何だろう、そう思っていた私の目の前で、村紗は徐に自分の帽子の中に頭を入れ

た。星や聖が不思議そうな顔で見ているのも気にせずに、彼女は帽子と格闘を続け

ている。

 

「ちょ、もうっ……大人しく出て来こーい!」

 

 遂に村紗の手が帽子の中から何かを掴み出し、床へと下ろす。聖と星が興味津々

といった様子で覗き込み、それに私も――

 

「……っ!?」

 

 そこに居たのは、一匹の鼠。私は咄嗟に立ち上がり、星の服の襟を掴んで思い切

り後ろへと下がった。星から潰れた蛙の様な声が聞こえたが、今の私にはそれを気

にしている余裕は無い。

 

「どうしたの?」

 

 未だ鼠を正面に置いて首を傾げる村紗。次に気付いた聖が顔を強張らせて数歩下

がっても動かない村紗に私は大声で叫んだ。

 

「馬鹿っ!私の配下の鼠達は妖力なんて持ってないんだ!

でもそいつは『妖力を放っている』!私の配下の「……」――っ!」

 

 ――鼠ではない……そう言おうとした私の目の前で、その少女は姿を現した。

黒に紫の動物をあしらった和服を着て、頭に何かの美しい花飾りを着けている少女

だった。

 少女は最初に聖、次に星、後ろで腰を抜かしている村紗……そして最後に、私の

顔を見て……

 

「――此処が、命蓮寺?」

 

 

空気が凍った。

 

 

 

 一触即発の空気、私の感性で表すならそう言った所か。ひよりは心の中で、無機

質に周囲の彼等の様子を探った。この中で最も私を敵視しているのは正面の鼠の少

女、次に隣にいる妙な力を持った僧侶。後ろにいる村紗と鼠の少女の隣にいる女性

は論外……警戒心より驚愕が勝っているのだろう。

 

「……」

 

 ひよりは静かに彼女達の言葉を待った。此方から攻撃を仕掛ける理由は無い。

寧ろ此方は向こうに話を聞きに来た側である。

 

「……あの、どういった御用件でしょうか?」

 

 沈黙を破ったのは、意外にも隣に居た僧侶だった。てっきり鼠の少女が話す物だ

と思っていた私は僧侶を観察する事によってその答えを得る。

 

「貴女が此処の住職?」

 

 彼女から発せられている力はそこらの妖怪や陰陽師の比では無い。力の正体こそ

不明だが、彼女が少なからず警戒している事によってその実力が見え隠れしている

のが分かる。

 

「えぇ、『聖白蓮』と申します」

 

「……ひより」

 

 向こうも私が様子見しているのに気付いたのだろう。聖白蓮と名乗った僧侶が深

く頭を下げた。鼠の少女が聖に咎める様な視線を送ったが、聖は緩やかに首を振っ

て続けた。

 

「この方は私達の敵ではありません」

 

やがて頭を上げた聖白蓮がそう言った。

 

「でも、味方では無いだろう?」

 

鼠の少女がそう反論した。

 

「敵でないのなら、この寺は拒みませんよ」

 

 鼠の少女の反論に、聖白蓮はそう言いきった。その事実に私は半分驚嘆し、半分

だけ尊敬した。あそこまで真っ直ぐに言える人物なら、確かに妖怪の保護をしてい

ると言うのも本当なのかもしれない。

 鼠の少女もそれ以上反論する事は無かった。聖は一度だけ少女に目配せをし、や

がて何も言わない事を確認して私へと向き直った。

 

「ひよりさん、良ければ少しお話を聞いて貰えませんか?」

 

そう言って聖は私に席を勧めた。

 

「信用出来ないなら、先に私が来た理由を話す」

 

隣の子が怒りそうだしね、そう言って私は鼠の少女を見た。当然無視された。

 

「……では、お願い出来ますか?」

 

聖が私の正面に座り、その横に先程まで固まっていた女性が座る。

 

「ほら、村紗。お前が連れて来たんだから」

 

「あ、うん……」

 

次いで鼠の少女が未だに理解が追いついていない村紗を座らせた。

 

「じゃあ、話すよ」

 

私は全員が座った所で話を始める。

 

彼女達が聞いても、当たり障りの無い部分だけを――

 

 

 

 

「地底、ですか……」

 

 ひよりと名乗った妖怪の話を聞き終えた聖が考え込む。彼女が言うには、少し前

に都で封印されてしまった友人がその地底という場所に送られた、と言うのだ。

封印という事はその友人はかなりの力を持っているのだろうが、目の前のひよりと

いう妖怪から大きな妖力は感じ取れなかった。

 

「……聞いた事は?」

 

少女は極めて真剣な顔で聖にそう尋ねた。その瞳に嘘の色は見えない。

 

「残念ながら、聞いた事はありません。

……ですが、この寺の書庫にならあるいは……」

 

「分かった、ありがとう」

 

 それだけ言って立ち上がろうとするひよりを聖が制した……そうだ、そう簡単に

この妖怪を帰すのは得策では無い。此方の秘密を握られてしまっているのだ。

 

だが、聖の放った次の言葉が更なる波乱を呼んだ。

 

「どうでしょう、ひよりさん。暫く此処で暮らしてみませんか?」

 

「……は?」

 

「ん?」

 

「え?」

 

 上から私、星、村紗の順番である。

私達の反応を無視して聖は次の様に続けた。

 

「書庫の書物の数は膨大ですし、暫くは時間が掛かります。

私達にも寺としての活動や、日々の修行等も入ってしまいますから」

 

 このままでは得体の知れない妖怪まで入門させてしまう……そう思って聖を止め

ようと思った私は、次の瞬間聖から発せられた『魔力』に動きを止める。

 

「――それに、貴女も地底の話だけを聞きに来た訳じゃないのでしょう?」

 

 正面の星と隣の村紗が息を呑むのが分かった。そう言う私の手すらも小刻みに震

えてしまっている。聖から発せられている魔力に触れただけなのに。

 

だが、少女は顔色一つ変えない。

 

「何故、弱い妖怪を助けているの?」

 

「ただ力の弱い妖怪を助けている訳ではありません。人に危害を加えていないのに

迫害されたり、理由も無く妖怪から攻撃されたりしている妖怪達を匿っています」

 

「――」

 

「今の妖怪達は人間の恐怖や人間自身を餌にして力を強めています。しかしそれで

は何時か人間達に殺されてしまうでしょう……逆もまた、然り」

 

「――」

 

「私は彼等を、人の恐怖が必要の無い存在にしてあげたいのです。そうすれば、自

然と人間とも一緒に暮らす事が出来る様になる筈です。実際に、人と共に生きたい

が為にこの寺に入門する妖怪も少なからず居るんですよ」

 

「……人と共存、か」

 

少女が何かに思いを馳せるかの様にそう呟いた。

 

「貴女も、そう思った事はありませんか?

人を無理に襲う事をせず、彼等と共に生きていきたいと……」

 

 聖が微笑みながらそう言った。隣で村紗が苦笑し、前にいる星が尊敬の眼差しで

聖を見つめているのが分かる。事実、私でも感嘆してしまう様な説得だった。

 

だが、目の前の少女は……

 

「全く――」

 

「――そうは、思っていない」

 

それを、真っ向から叩き切った。

 

 隣で村紗が凍りつくのを感じる。自身の尊敬する人の理想をたった一言でバッサ

リと切り捨てられてしまったのだ、無理もないだろう。あの能天気な星ですら、今

の言葉を聞いて俯いてしまっている。

 

「……そうですか」

 

 だが当の本人である聖は困った様に苦笑するだけだった。それにイマイチ納得の

いかなかった私は、ついつい目の前の少女に口を挟んでしまう。

 

「君は、人を襲った事があるのか?」

 

 聖の意見に反対という事は、人を喰らい、恐怖を餌にして生きている妖怪なのだ

ろう……そう思って私は彼女を咎める様にそう尋ねた。

 

「……ないよ」

 

 だが、少女の口から出た答えは私の予想に反した物だった。妖怪でありながらこ

の少女は人を襲った事が無いと言っているのだ。

 

「なら、どうしてなんですか!?」

 

 私の心中の疑問を、前で俯いていた星が叫ぶ。彼女が人を襲った事が無いという

のならば、少なからず聖の理念とも一致しているではないか……星も私もそう思っ

たのだ。

 

「星、ナズーリン、良いんですよ」

 

それを止めたのは聖だった。

 

「貴女にも何か考えがあるのでしょう。

それを無理矢理変えようとはしませんよ……それに――」

 

「――反対だけど、嫌いではない……違いますか?」

 

聖は何かを確信した様に、何処か嬉しそうにそう言った。

 

一体どういう意味なのか――そう誰かが尋ねる前に、少女が答えた。

 

「うん、気になってた」

 

「……でしたら、少しの間私達の活動を見学してはどうでしょうか?

もしかしたら、貴女の求めている『何か』を見つける手助けが出来るかもしれません」

 

答えは分かっていた、そう言わんばかりに聖が手を差し出す。

 

 

「ようこそ、命蓮寺へ」

 

「……お世話になります」

 

ひよりと名乗った少女は、その手を取った。

 

 

 

何時も通り聞こえて来る読経で村紗は目を覚ました。

 

「……」

 

 ゆっくりと体を起こし、障子に差し込んでいる光を見る。角度からして今は朝の六

時といった所だろうか。私は目を擦りながら立ち上がった。

 

「うーん……」

 

 寝巻きを脱いで普段通りの格好へと着替えていく。キュロットを穿き、晒布を胸に

軽く巻いてから何時ものシャツを着る。

 

「よし」

 

最後に、お気に入りの帽子を被って部屋を出た。

 

 

 

 

「おはよー!」

 

 廊下ですれ違った妖怪達と挨拶をしながら、私は皆が朝食を食べている筈であろう

部屋へと入った。案の定私よりも先に起きていた一輪や星……私以外の全員が座って

食事をとっている。私は空いていたナズーリンの隣へと座った。

 

「あぁ、おはよう村紗」

 

箸を止め、そう言って再び箸を動かすナズーリン。

 

「おはようございます、村紗」

 

正面に座る星は箸を動かしたままそう言った。

 

「星、はしたないですよ……おはよう、村紗」

 

既に食べ終わっていた一輪が星に注意を促した。

 

「……あれ?あの子は?」

 

 私はつい昨日から命蓮寺で寝泊りしている少女の姿を探した。外から聞こえる読

経がうるさいので、少なくとも寝ているなんて事は有り得ないだろう。

 そんな私の疑問に答えたのは一輪だった。星の食べているお椀を指差し、次に奥

にある台所を指差す。

 

「あの子が聖と一緒に今日の朝御飯を作ってくれたのよ」

 

此方からでは聖の後ろ姿しか見えないが、隣にあの少女も居るのだろう。

 

「おいひいです」

 

 空になったお椀を置き、口の中に全て詰め込んだ星がもごもごとそう言った。一

輪が苦笑し、ナズーリンが溜息を吐く。何時も通りの光景に、私は少しだけ安堵し

た。

 

「おはようございます、村紗。今日も最後でしたね」

 

台所に居た聖が手に朝食を持って現れ、その後ろからあの子が出て来た。

 

「おはよう、聖。それと……ひより、だっけ――おはよう」

 

彼女も暫くは命蓮寺の仲間だ。そう思って、声を掛けたのだが――

 

「……おはよう」

 

――それだけ言って、彼女は出て行ってしまった。

 

「ほら、村紗。ご飯冷めちゃうよ」

 

「あ、うん……」

 

 一輪に言われ、私は目の前に置かれた食事に手を伸ばす。ひよりと聖が作ったと

言っていた朝食は、普段より美味しく、少しだけ暖かい……様な気がした。

 

 

 

 

「やれやれ、此処に居たのか」

 

「……」

 

 朝食を食べ終えた私は、先程出ていったひよりを探して歩き回って居た。そんな

私が足を止めたのは命蓮寺の境内……読経をしている妖怪達を木の上から見ている

ひよりを見つけたからだ。ひよりは一度だけ此方を見て、再び読経を続ける妖怪達

へと視線を戻した。

 

「珍しいのかい?彼等が」

 

自然に、警戒されない様に隣へ座る。

 

「余り見ないから」

 

「確かに、読経をする妖怪は此処にしか居ないだろうね」

 

少女が小さく頷く。私はそのまま続けた。

 

「聖の教えだ。人を襲わなくても良い様に、自身の自我を保つ為の修行と言ってい

たかな。彼等は此処で毎朝読経をしているよ」

 

「熱心だね」

 

少女は然程関心した様子も無くそう言った。

 

「あぁ、熱心なんだ……だから、出来れば邪魔をしたくない」

 

 なので、こうして私が彼女の元へと来た訳だ。彼女の目的を聞き出す為に、この

寺が今後も何事も無く続けていく事が出来る様に、と……。

 

「君は誰の命令で此処に来たんだ?」

 

 私の辿り着いた結論は簡単だった。この少女が、何者かの指示によってこの寺の

真実を暴く為に此処に来た……それが、自然な考え方だ。

 私が射抜く様な視線を送っても、彼女は全く動じなかった。寧ろ、此方を真っ直

ぐ見つめてくる所為で私が動揺してしまった位だ。

 

「別に誰の命令でもないよ」

 

少女は肩を竦めてそう言った。

 

「……なら、どうして?」

 

「私は、地底に封印された友人を助けに来た」

 

強く、ハッキリと、彼女はそう言った。

 

「その為に、少しでも情報が欲しい」

 

 彼女から発せられている妖力は微々たる物だ。正直言って、私でも勝てる程度に

しか妖力が無い。それでも、彼女から感じられる()()は昨日の聖と同等かそれ以上

に強かった。

 

「……そうか、疑って悪かった」

 

 だから、私は素直に謝った。此方の事情があるとは言え、彼女が友人を本気で助

けようとしている意志を嘘だと言ったのは事実だ。

 

「気にしてない、警戒して当然」

 

少女は木から飛び降り、再び寺の中へ入ろうとして――

 

「――あぁ、そうだ。お互いの紹介をしたいから居間に集まってくれと聖が言って

いたよ……というか、本当はそれを伝えに来たんだ」

 

 結局尋問になってしまったがな、と自嘲気味に笑う。ひよりは此方を向く事は無

かったが、片手を軽くあげて中へと入っていった。

 

「……さて、私も行くか」

 

木から飛び降り、居間へと向かう。

 

少なくとも、昨日よりも足取りは軽くなった気がした。

 

 

 

 ナズーリンに言われた通り居間へと向かうと、そこには既にナズーリン以外の人

達が揃っていた。昨日掃除していた尼の人、私を連れて来た村紗、聖白蓮と、その

膝に頭を乗せて眠っている黄と黒の髪の女性。

 

「あ、戻って来た」

 

一番最初に声を掛けて来たのは村紗だった。

 

「少し、外を見てた」

 

 そう言って私は空いている座布団へと座る。程なくして入って来たナズーリンも

座って、それを確認した聖がパンッと両手を叩いた。

 

「では、お互いの自己紹介から始めましょうか。

昨日も説明しましたが、私は『聖 白蓮』……住職をしています」

 

好きな様に呼んで下さいね、そう言って聖は尼の方を見た。

 

「私は『雲居 一輪』、聖と志を共にしているわ。雲居か一輪でお願い」

 

一輪が一礼し、直ぐ近くに座っていたナズーリンの肩を叩いた。

 

「僕は『ナズーリン』、そこで寝ている星のお目付け役って所かな。

……それと、さっきはすまなかった。僕の事はナズーリンと呼んでくれ」

 

ナズーリンが立ち上がり、聖の膝で寝ている女性の肩を揺らす。

 

「星、せめて自己紹介位してくれ……って」

 

「ぐぅ」

 

 ナズーリンの努力空しく女性は起きなかった。一瞬だけナズーリンから邪気の様

な物が出て村紗が一歩後退さったが、直ぐにそれをしまって溜息を吐いた。

 

「この寝ているお方が『寅丸 星』。毘沙門天という神様の代理なのだが……」

 

「寝てる」

 

「……普段はとても頼りになるんだ。仲良くしてやってくれ」

 

ナズーリンが頭を下げ、私以外の人達が苦笑した。

 

「……聖、一輪、ナズーリン、星……覚えた。後は――」

 

 星を除いた全員の視線が一点へと向かう。その先には、先程からあまり喋ってい

なかった村紗の姿があった。周囲の声が聞こえなくなった事に気が付いたのか、村

紗は周囲を見回して慌てる。

 

「あ、もう私の番?……私は『村紗水蜜』、船長だよ」

 

頭に被っている帽子を外し、指でクルクルと回す村紗。

 

「……船長?」

 

 帽子も気になったが、それ以上に船長という単語が気になった。船長という事は

当然船の操舵をするのだろうが、生憎この付近に海は無い筈だ。そんな私の疑問を

見透かしたかの様に、村紗は胸を張って答えた。

 

「『聖輦船』っていう空を飛ぶ船を運転してるの」

 

後で見せてあげる、そう言って村紗は帽子を被り直した。

 

「さて、これで全員ですね」

 

 次に聖が何かを言う前に、今度は私が立ち上がる。全員の自己紹介が終わったの

だから、次は私がやれ……と、そういう事なのだろう。

 

「……ひより、苗字は無いよ。好きに呼んで」

 

それだけ言って座った。

 

「えー、それだけ?」

 

村紗が拗ねた様にそう言った。

 

「では、質問をしてみては如何でしょう?勿論、回答しないのもありにして」

 

 そこへ聖が助け舟を出す。村紗はそれを聞いて暫く考え込み、やがて身を乗り出

してこう言った。

 

「じゃあさ、何の妖怪なのか教えてよ!」

 

ちなみに私は船幽霊って奴、と村紗が付け加えた。

 

「私は魔法使いという分類に入ります……聞いた事は無いでしょうけど」

 

聖が手から不思議な力を放出しながらそう言った。

 

「えーと、私は呼び名がないんだけども……『雲山』」

 

 一輪が困った様に頭を掻き、何かを呟いた。すると、彼女の後ろに薄桃色の雲の

塊が出来た。それは段々と大きくなっていき……

 

「……顔?」

 

現れたのは、老人の顔をした雲だった。

 

「えぇ、雲山と言うの……入道よ」

 

 厳つい顔をした雲……雲山はニッカリと笑って拳を差し出した。それを私が握り

返すと、彼は満足した様に頷いて消えていった。

 

「言葉は話さないけど、意思疎通は出来るわ……貴女の事、気に入ったって」

 

同じ様に一輪とも握手を交わした。

 

「……私は鼠の変化、神の使いではあるけど妖怪だよ」

 

ナズーリンが何処からか呼び寄せた鼠を手に乗せて言う。

 

「それと、星は虎の変化だ……こんな性格だけどね」

 

手から鼠を下ろし、星の顔に乗せながらナズーリンは小さく呟いた。

 

「それで、ひよりは何の妖怪なの?」

 

村紗が興味津々といった様子で聞いてくる。

 

「……」

 

 私は少し躊躇する。彼女達が蟲毒を知っている可能性は限りなく低い。知らない

のなら知るべきではないし、知っているのならば教えるべきではないだろう。蟲毒

は存在自体が禁忌、この世に存在してはならない生物だ。

 

「……蟲毒」

 

それでも私は、彼女達に教える事を選んだ。

 

「……?それって、何の妖怪なの?」

 

 案の定、知らないらしい村紗が首を傾げる。一応ナズーリンや聖の方も窺ってみ

たが、あの様子では恐らく知らないのだろう。私は立ち上がって襖を開ける。

 

 

「……知らない方が良いよ」

 

それだけ言って、部屋を出た。

 

 

 

 

 バタリと閉じられた襖を、私は呆然と眺めていた。朝挨拶をした時には冷たいと

思い、今戻って来て話した時には意外と暖かいと思い……最後にこの部屋を出て行

く時には『恐ろしい』と思った。理由は、分からない。

 

「聖、聞いた事あるかい?」

 

 ナズーリンが聖へそう投げ掛ける。一方の聖は、どこか納得のいかない様な顔で

頭を抑えていた。ちなみに、私は聞いた事すらない。

 

「えぇと……何処かで、聞いた気がします」

 

やがて聖は顔をあげ、そう言った。

 

「でも、『ひよりちゃん』がああ言うなら追求しない方が良いよ」

 

彼女の事をひよりちゃんと呼ぶ事に決めたらしい一輪が難しい顔でそう言った。

 

「……えぇ、そうですね」

 

やがて聖も諦めたらしく、立ち上がって寝ている星を抱き上げた。

 

「では、星を寝かせに行きますね」

 

「待ってくれ、私も行こう」

 

居間から出ていく聖にナズーリンもついて行った。

 

 

 

 

 残されたのは私と一輪だけ。普段なら私達だけでも暫くは世間話で時間を潰せて

しまうのだが、先のひよりの様子が気になって余り話す気にはなれなかった。

 

「一応、次の布教用に船の整備でもしよっか」

 

「……うん、そうだね」

 

 立ち上がり、思い切り背中を伸ばす。私の直感がひよりは悪い妖怪ではないと告

げているし、嫌がる事を無理に聞き出すのも気が引けてしまう。だから私は彼女を

詮索しない事にした。

 

 

「さて、今日も一日頑張るかっ!」

 

一輪と共に、私も居間から出て行った。

 

 

 

 そうしてひよりが命蓮寺に来てから既に数ヶ月が経過していた。彼女は基本的に

手が足りない場所を手伝う係なのだが、とてつも無く料理の腕が良い。何時の間に

か命蓮寺の食事係に任命されていた。仕事の無い日は布教活動にこっそり付いて来

たり、朝に門徒達と一緒に読経までしているらしい。

 

 一方で聖も、ひよりの為に丁寧に命蓮寺の書物の中から地底に関する物を探そう

と努力してきた。時に人里へ行き、時に寝る間を惜しんで――

 

そんな聖を手伝う為に、村紗は命蓮寺の書庫へと入って来ていた。

 

「――あれ?」

 

 聖は端の方から探していると言っていたので、反対側から探し始めて一時間が経

過した辺りに起きた出来事だった。

 

……この本の後ろに、本?

 

 手を本の上に入れ、棚の奥に寝ていた本を取り出す。偶然、位置が悪くて前屈み

になって本の題名を読んでいたから見つける事が出来たのだ。

 

「これって……」

 

その本の背には何も書かれていなかったが、表紙に筆で『蟲毒』と書かれていた。

 

「……もしかして」

 

 あの時ひよりが言った蟲毒とは、この事なのではないだろうか?そんな確信にも

近い予感を持った村紗は、反対側で本を探している聖の下へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

例え自身に害が無いと言われても

 

可能性がある限り人間はそれを消したがる

 

彼女達がバラバラに引き裂かれてしまうまで――

 

 

――あと、数日

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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