孤独と共に歩む者   作:Klotho

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かなり長くなってしまい、様々なミスや話の跳躍があるかもしれません。

それと、足りない部分はセルフ補完です。

※最後の部分に挿絵あり


『蠱毒と孤独』(挿絵付)

 

 

「――」

 

 構えていた刀を水平に、思い切り踏み込んで少女の首目掛けて振り抜く。自身ではかなりの速

度と感じていたこの一撃も、やはり少女はしっかりと私の動きを捉えて視線を離さない。離さな

いまま、少女が右手を上げただけで私の剣は彼女に到達した。

 

狙いは首

 

「――はぁぁっ!」

 

 寸分違わず、穢れを浄化する力の込められた刃が少女の首を跳ね飛ばす。飛んだ首は無機質に

依姫を顔を眺めながら、やがて黒い靄となって四散した。

 

正面には、既に先と同じ姿のまま右手を振り抜く少女。

 

「姉上!」

 

「分かってる!」

 

 背後に向ってそう叫ぶと同時に私の目の前に居た少女が急激に遠ざかる――いや、下がったの

は此方の方か。姉上の『海と山を繋ぐ程度の能力』を使い距離を取った私の、その少し前まで立

っていた場所を少女の右手が通り過ぎる。

 

ブオンという轟音と共に振り抜かれた腕と

 

ブワリと広がった目に見える程大きな穢れ。

 

「……ここら辺一帯は、暫く立ち入り禁止だな」

 

 見る見るうちに黒ずんで行く大地を見ながら私は囁く。月の浄化装置を以ってしても、あれを

一瞬の内に完全な状態へと戻すことは不可能だろう。

 

それは少女を基点に段々と此方に近付いて来ていた。

 

「姉上、もう少しだけ後ろに下がりましょう」

 

「……御免なさい、私も浄化出来る手段があれば参加出来たのに……」

 

 隣に立つ姉にそう言うと、普段の様子からは信じられない程弱々しい声音でそう呟く。確かに

現時点でアレと対峙出来る存在は、今の所私だけではあるのだが。

 

豊姫の使っていた少し頑丈な長棒は、穢れ塗れになって地に落ちていた。

 

「姉上には助かってます。正直、私だけであいつと戦う事は出来ないですから」

 

「……相手の方は、そうは思っていないみたいよ」

 

 豊姫が唸るように言った言葉で、私は先程から意識の外へ遣っていた少女を見る。最初に戦っ

た時とは違う、穢れの塊の様な霧と靄を漂わせ、周囲にそれを撒き散らしながら少女は歩いた。

 

「――これで、百三十二回目」

 

そう言って一歩、此方に足を進める少女。

 

「まだまだ、私は死にそうにないけれど」

 

「……」

 

一歩、足を進める度に地面の穢れも此方へと広がる。

 

「私が死ぬのと都まで下がるの、どっちが早いと思う?」

 

「……都に着く前に貴様を殺す。絶対に、都には入れさせん」

 

 言いつつも、私は内心でそれが不可能である事に薄々だが気付いていた。既に都は遠くに見え

る程近付き、少女に消耗した様子はなく、先程から攻撃する時以外に一度も足を止めていない。

 勿論それは此方も同じことで、最終手段となれば姉上の能力を使っても良いが、あれだけの穢

れを転移させるという事自体に不確定要素が漂っているのが難点だ。下手をすれば、何かの手違

いで都に飛んでしまう可能性も否めない。

 

地球へ帰してしまうという手段を頭に入れていないのは――

 

「……論より証拠、やってご覧」

 

「上等っ!」

 

私の意地では、あるのだが。

 

背後の姉が提案するまでは、と、そう結論付けて私は再び斬りかかった。

 

 

 

 

 腕を切断され、身体を真っ二つにされ、首を跳ね飛ばされ、半身を吹き飛ばされても尚動き続

ける化け物。生きていないが故に死ぬこともない、そう言わんばかりに無機質な怪物の顔が、豊

姫の目には酷く怖ろしい物に見えた。

 

生きていないから死なない。壱がないから、零にもならない。

 

現に、それを体現している彼女は死ななかった。

 

「――これで、百三十二回」

 

どうやら数えていたらしい。少女は淡々と足を進めながらそう言う。

 

「まだまだ、私は死にそうにないけれど」

 

 一歩少女が足を進める度に、私は一歩下がる。依姫と違い穢れを浄化する手段を持たない私が

接近できる距離……あの化け物が突っ込んで来ても能力を使って回避出来る位置は、彼女から十

数メートルも離れた場所だった。

 

これだけ離れていても、分かる。

 

「私が死ぬのと貴女達が都まで下がるの、どっちが早いと思う?」

 

 この少女はまだ死なない事を諦めてはいない。それどころか、寧ろ私達を殺そうと画策する意

志すら見える。私はチラと背後に視線を遣り、既に都が視界に見える位置まで近付いていること

を確認した。

 

……確かに、このまま下がっていけば都に辿り着いてしまう。

 

 だがそれは、言い換えれば私達の方に利が出て来るという意味でもある。門の中には指示して

置いた玉兎達も待機しているし、幾ら穢れを撒き散らす少女でも、依姫の浄化と攻撃を掻い潜っ

て門を潜る事は不可能……これが、私の考え得る全ての予想から叩き出した結果だ。

 

死なないのなら死ぬまで殺し続ける。膨大な数から一を引いていけば、やがては零になる。

 

私はその可能性に賭けて、能力を使って囁き声を依姫の耳元へと繋げた。

 

《……依姫、戦い続けながら少しずつ下がるわよ》

 

「……」

 

コクリと頷いたのを確認し、今度は都の入り口に玉兎達へと指示を飛ばす。

 

《光線銃、それと()()()()()()()()()を用意しなさい。……警戒レベルは最大、此方に

も相応の死者が出ることを覚悟して動くように》

 

その中にはもしかしたら、私も含まれることになるのかも知れない。

 

 

――嫌な予感がした。

 

 

やっぱり、厳しいかな。

 

空中で四散した己の上半身をボンヤリと眺め、私は内心で溜息を吐く。

 

 

 先は見栄を張って依姫にああ言った物の、現状私の未来は死で固定されたままだ。帰れない以

上殺され続ける私の命に終わりが来る事は明らかで、尚且つ相手は永琳の弟子二人組み。私の攻

撃が一度も当たらず、既に二百十三回も殺されていると言うのが的確だろう。

 

それでも諦めるよりはマシかと、私は再び足を進めた。

 

「――」

 

前に出した右足が地面に着くよりも先に、私の身体へ依姫の刃が迫る。

 

「……」

 

それをまるで他人事のように眺め、私は()()()()()()視界のまま依姫の体に貫手を放つ。

 

「大丈夫?」

 

「えぇ、今の所問題はありません」

 

そして、気付いた時には豊姫の元に移動していると。

 

「……本当、良く出来た弟子」

 

 私は彼女達に聞こえないように若干の恨みを込めて呟く。

 彼女達を本当に恐ろしいと感じられるのは、その動きに一切の連続性がないことだろう。既に

二百十四回、何をするにしても多いと感じられる回数、彼女達は一度だって同じ動き方をしてい

ない。依姫が斬り方を変えたり、豊姫が避難させる位置を変えたり、斬らなかったり、逃げなか

ったり……相手の動向を読んで動く私としては、やり辛いことこの上なかった。

 

太刀筋は見えても、それに反応して避けることが出来ない。

 

能力を使うタイミングが分かっても、それに対応することは出来ない。

 

「そして穢れも浄化出来る、と」

 

「大抵の神は穢れと対極の位置にいる。禊や大祓といった穢れを浄化する儀礼が良い例だろう」

 

 今度は耳聡く聞いたらしい依姫がそう答える。余裕の表れなのかは分からないが仮にも戦闘中

に答えてくれるのはどうだろうか。……と、どうやら今の問答は豊姫も意図していなかったらし

く、肘で依姫の脇腹を軽く突くのが見えた。

 

コホンと、豊姫が一つ咳払いをする。

 

「……相手に余計な情報を与えなくて良いのよ」

 

「……すまない」

 

依姫が隣の姉を見て、豊姫も呆れたように依姫を見る。

 

チャンスだと思い、私は彼女達に気付かれないようにゆっくりと歩みを進め――

 

 

――向こうが、輝い

 

 

好機。

 

私達が油断していると踏み、少女が片足を動かした所で能力を発動する。

 

 

私達が消えて都と一直線上になった道を

 

沢山の光の束が、周囲の空気を焦がしながら突き進んだ。

 

「……っ、?」

 

 何が起きたのか理解出来ていない、驚愕の表情で地面に崩れ落ちる穴だらけの少女。透かさず

依姫が近付いて目にも留まらぬ神速の剣撃を浴びせかけ、少女が立ち上がる前に再びその場を離

れる。

 

少女は疑問が解けないまま身体を修復させ、ふらふらと立ち上がった。

 

そして直ぐに飛んでくる、熱を持った光線の束。

 

「っ!」

 

 今度は反応し飛び込むようにして横へと回避。しかし光速には勝てず、最後に離れることとな

った足を消し炭にして光線は消え去った。

 

少女は横に飛んだだけで、まだ射程範囲内に居る。

 

《五秒後に再び一斉射撃。依姫が居たら、消えた一秒後に撃ちなさい》

 

 門前で光線銃を構えているであろう玉兎達にそう指示を飛ばし、私は身を伏せて此方と都の方

を警戒する少女を見据える。

 幾ら並外れた動体視力で依姫の攻撃を目で追える相手でも、光速を捉えることは出来ない。相

手の手元が見えないのなら尚更だ。

 

故に少女は身を伏せて、出来る限り向こうからの攻撃に注意を飛ばそうとしたのだろう。

 

だが――

 

「……その体勢は失敗よ」

 

隣に居た依姫が神力を込め始めるのを感じながら、私は少女に向けてそう呟く。

 

「『草薙之太刀』」

 

 依姫が光り輝く刀を地面に突き刺すと、伏せていた少女の周囲を神力で作られた光り輝く刀の

刃が取り囲み、檻のようにして閉じ込めた。

 

そして上空に真下を向いた刃を配置する。

 

「くっ……」

 

そこで始めて少女は苦しげに声を発した。

 

戦いを開始してから二時間、ようやく少女を追い詰めることが出来たのだ。

 

《少しの間待機。私が合図したら何時でも攻撃出来るようにしておいて頂戴》

 

 依姫が捕縛したことで停止していた攻撃陣に、一応だが注意を放って置く。そうして刀を地面

から引き抜いた依姫を見、私と依姫は地面に身を伏せて動けない状態の少女へと近付いた。

 

「っと、依姫」

 

「ん、あぁ。分かった」

 

門前に居る玉兎の手にあったフェムトファイバーを自身の手に移動させ、依姫へと手渡す。

 

「動くなよ、間違ったら串刺しにしてしまう」

 

「……」

 

依姫が少女の両手首を縛るのを確認し、私は少女の顔が見えるように屈み込む。

 

「さて、これで漸く会話が出来そうね」

 

「……対話でしょ」

 

言い得て妙ではある。

 

「言葉は選びなさい。自分の状況位把握しているでしょう?」

 

 そう言うと、少女は黙って此方を見上げるだけに留まる。こうして大人しく指示に従う辺り、

やはりこの少女も頭が悪いという訳ではないのだ。

 

私は立ち上がり、出来る限り彼女を見下ろすようにしてから口を開く。

 

「……貴女はこれから処刑されることになる。攻め込んできた妖怪達の代表格という肩書きで、

月に穢れを持ち込んだ罰を受けて貰うわ。これは私達ではなく、月全体の決定よ」

 

正確には、有事の際はそういう風に取り扱うと決めてあるだけだが。

 

そう端的に告げて、私は一歩後ろへと下がった。

 

「話は以上よ。残された時間を有意に過ごしなさい」

 

後は都の御偉方と連絡を取り、向こうの下す判決を待つだけ。

 

 

 私は今の状況を伝える為能力を使って都へと声を送り、依姫と少女の交わすであろう会話には

耳だけ傾けた。

 

 

 

 

「一つだけ良いか?」

 

「……何?」

 

「名前を、教えて欲しいんだ」

 

「……」

 

「何時までも『お前』とか『貴様』では不便だろう?」

 

「必要ないよ、この後直ぐ死ぬから」

 

「私が不便なんだ」

 

「……?」

 

「お前が死んだ後、誰にもお前の話を出来ない。良くも悪くも、お前は私が初めて会話した地球

人だ。きっと、次に誰かが此処へ来るまでは忘れられない出来事になるだろう。その相手の名前

を言えないなんて、そんな事はあって欲しくない」

 

「……月人って、変な所を気にするんだね」

 

「……いや、きっと私だけだろうな。姉上も、余り地球には関心がないようだから」

 

「貴女はあるの?」

 

「少し前から、な。人探しというか、私の師匠が地球へ行ったきり帰って来ない」

 

「ふーん……」

 

「まぁ、関係のない話だ。忘れてくれ」

 

「ひより」

 

「……え?」

 

 

「私の名前。貴女が地球へ来た時は、私から貴女に会いに行くよ」

 

 

 

月には、フェムトファイバーという糸がある。

 

 

 そう言ったのは永琳だったか、それとも輝夜だったのか……そうそう、永琳が名前を出したら

即座に輝夜が反応したんだった。何でも自分が製作の協力をしたらしく、輝夜にしては珍しく息

巻いた様子で色々と話してくれたのは記憶に新しい。

 

曰く、穢れを含めて縛った物の力を殆ど消失させるという物と。

 

そう答えた輝夜を尻目に、私と永琳が少し複雑な表情で互いを見遣ったのも覚えている。

 

 

では、穢れの塊である私が縛られた場合はどうなってしまうのか?

 

 

 

 

「一つだけ良いか?」

 

私の耳が聞こえているという事は、つまり消滅は免れたということだ。

 

「……何?」

 

 全く力の入らなくなった状態で顔を上げ、身を屈めて此方を覗き込むようにしている依姫の方

を見る。両手首を縛られてうつ伏せ、正直この体勢も意外と辛い。

 

「名前を、教えて欲しいんだ」

 

そんな私の気持ちには気付いていないのだろう、依姫は真っ直ぐに此方を見てそう言った。

 

「……」

 

「何時までも『お前』とか『貴様』では不便だろう?」

 

「必要ないよ、この後直ぐ死ぬから」

 

 そう、先に豊姫が言った通り私はもう時を待たずして処刑される。そんな穢れた妖怪の、何処

に利便性を求めると言うのか。そう言外に伝えた私に、依姫は少し困った風に声音を弱めた。

 

「私が不便なんだ」

 

「……?」

 

「お前が死んだ後、誰にもお前の話を出来ない。良くも悪くも、お前は私が初めて会話した地球

人だ。きっと、次に誰かが此処へ来るまでは忘れられない出来事になるだろう。その相手の名前

を言えないなんて、そんな事はあって欲しくない」

 

 苦笑し、少し恥ずかしそうに頬を掻く依姫は、まるで何処にでも居る少女のような雰囲気を纏

って。

 

「……月人って、変な所を気にするんだね」

 

「……いや、きっと私だけだろうな。姉上も、余り地球には関心がないようだから」

 

チラと背後を見遣り、何やら連絡をしているらしい豊姫を見てそう言う。

 

「貴女はあるの?」

 

「少し前から、な。人探しというか、私の師匠が地球へ行ったきり帰って来ない」

 

私の問いにそう答え、彼女は何か思いを馳せるように宙を見上げた。

 

「ふーん……」

 

「まぁ、関係のない話だ。忘れてくれ」

 

関係は、ある。だが、()()それを伝える時ではない。

 

「ひより」

 

「……え?」

 

まだ、私は――

 

 

 

 

 フェムトファイバーに縛られても消滅しなかった。それはつまり、穢れその物である私の力を

完全に封じ込めることは出来なかったという事だ。逆に言えば、私が今以上に力を放出すれば、

この糸の力に打ち勝つ事が出来る可能性は、ある。

 

それは、嘗て地球に来た月人相手に開放した力。

 

……。

 

『そうね、確かに。あの時以上に力は出る筈よ』

 

あ、久し振り。

 

『えぇ、お久し振り。何だか貴女が大きな決断をする時には、毎回私が呼び出されるのよね。…

…そういう仕組みなのかしら?まぁ、何にせよ――』

 

蠱毒(わたし)は此方を向き、呆れたように肩を竦めた。

 

『絶対絶命よね。私以外の大半は、あの紐の所為で眠っちゃってるのよ?』

 

脱出は不可能、って言い方じゃないけど。

 

『可能よ。可能だけれども……』

 

彼女にしては珍しく、少し悩んだ風に指を絡ませる。

 

『それは力の暴走と言っても過言じゃない。貴女が蠱毒になった時も、陰陽師の彼と永琳や輝夜

を助ける時も、貴女は生存本能と闘争本能に任せて戦ってきたでしょう?』

 

……。

 

豊姫や依姫を殺してしまわない確証が、ない。

 

『そ。つまりは手加減の出来ない状態になるって事。見境も遠慮も躊躇もなく、貴女が幸せにな

る為に邪魔な物は全て私達が排除してしまう。……あの娘の言葉を借りるなら「これは蠱毒全体

の決定よ」』

 

自分の幸せの為に、他人の命を奪う?

 

『それは貴女の意志次第。私達は何より貴女が大事で、貴女の為なら他の全てを殺したって良い

と思っている。元より捨てられた私達、今更常世に愛想なんて無いのよ』

 

でも、私は――

 

『……そうね、分かってる、私の事だもの。私達が自分の為に他者を殺すという選択肢は、もう

疾うの昔に失われた。貴女は他者を殺す位なら、きっと死を選ぶ』

 

私は無言で頷き、少女は困った風に肩を竦めた。

 

そして、背を向ける。

 

『だから、貴女は今以上に私達の手綱を掴みなさい。狸の妖怪に教わったことも、まだ全然出し

切っていないでしょう?それを全部出し切って、私達を最大まで使って、相手を殺すしか選択肢

がない時は――』

 

 

『――その時は、私達が一緒に死んであげる』

 

 

――まだ、私は()()()()()()()

 

 

 

「私の名前。貴女が地球へ来た時は、私から貴女に会いに行くよ」

 

そう、豊姫も依姫も此処では死なない。そして、私も。

 

 

力に呑まれることなく――

 

 

《……では、首謀者の処罰は私達が行います》

 

そう言って能力の使用を止め、私は顔を上げて依姫に事を伝えようと――

 

「っ!!」

 

「――っ!?」

 

私の直ぐ真横を吹き飛んでいった、紫の……あれは、依姫か?

 

「何、が……」

 

 先程まで依姫と少女……二人が居た場所には、既に神の力で作られた剣も這いつくばっていた

少女の姿も存在しない。

 

 

佇むのは、全身を蠢く漆黒に染めた異形の怪物のみ。

 

 

 その身から立ち上る穢れに宛てられ、宙に浮いていた刃がボロボロと崩れ落ちて逝く、その光

景を豊姫は他人事のように見ていた……否、見ることしか出来なかった。

 

……依姫の神力とフェムトファイバーで動きを止めて、それでも動いた?

 

そんな馬鹿な事が、

 

「……一体どうやって」

 

 怪物に問いかける……が恐らく答えはない。既に少女の形は失われ、最早別の怪物となってい

る。アレに言葉が通じるとは考え難い。取り合えずは、何とかして依姫の安全確認を――

 

「きっと、紫なら別の方法を考えたんだろうね」

 

「……」

 

 見た目に反して、未だに聞こえる少女の声。見ると、そこには何故か先程変わらない姿で此方

を見据える少女が『視えた』。

 

「でも、私達にはこれしかない。だから私はこれを正しい方向へ使う」

 

細長く黒い穢れが何本か纏まり、やがて腕のような形になった物を左右に広げる。

 

――悪寒。

 

「っ、《一斉射撃!》」

 

 殆ど反射的に、能力を使って門の前に待機している玉兎達に指示を飛ばす。発射まで恐らく数

秒、その間何時飛び掛られても回避出来るように、私は漆黒の塊と化したソレを睨み続けた。

 

「無理だ、姉上」

 

「……依姫」

 

 その背後から、飛ばされた依姫が私に声を掛ける。振り返ると、そこには刀を杖代わりにして

苦々しい顔で向こうを見据える妹の姿。吹き飛ばされた時に外れたのか、後ろで髪を束ねていた

リボンは見えない。

 

長髪を揺らし、彼女は首を横に振る。

 

「……見たんだ、あの瞬間。フェムトファイバーが腐り落ちて、草薙之太刀も――本当なら、私

も同じ運命を辿る筈だった。あいつは、今まで本気で殺しには来てなかったんだ」

 

「っ、そんな!」

 

「多分、当たらない」

 

 振り返る。ひよりは動かず、その場で両手を広げたままだ。そしてその真横、都のある方向か

ら光が一瞬だけ私の目に映って、私は黒い塊が光線に貫かれる姿を想像した。

 

――バシュッ、と。

 

そんな音と共に塊が弾けたのは、その刹那である。

 

 

蝶。

 

文献上と標本で見たことのあるそれと変わらない黒い蝶が、何百何千と宙を舞っていたのだ。

 

「……」

 

「……」

 

 言葉を失くす私と依姫を他所に、既に誰も居なくなった場所を光線が通り過ぎる。殆どは虚し

く空を焼き、残りは数匹の蝶を消し炭にして消え去った。

 

そして訪れる静寂。

 

「姉上っ、離れろ!!」

 

 そんな静謐を打ち破ったのは依姫の叫び声。私の肩を無理矢理掴んで背後へと押しやり、自身

は刀を構えて周囲を舞う蝶を睨みつける。

 

その蝶の一匹が突然姿をグニャリと曲げ、再び黒い怪物を生み出した。

 

「――」

 

「『木花咲耶姫』!!」

 

 両腕で押し潰すように腕を振り下ろす怪物と、地面から生えてきた巨大な桜の木でそれを防ぐ

依姫。互いの力は拮抗し、依姫も怪物も力を緩める気配を見せない。……が、よくよく見れば地

面や桜の木に細かな変化が起きているのが分かる。

 

侵食

 

再生

 

腐敗

 

再生

 

死滅

 

再生

 

「……依姫!移動させるわ!」

 

 それでも足元が徐々に侵食されているのを見兼ねて叫ぶ。コクリと頷いた依姫から視線を外し

て、私は自身の隣と依姫を結んで能力を使う。

 

バシュッと、転送させた瞬間再びその音を聞いた。

 

「……今度は、鳥」

 

 これもまた、月では見ることの出来ない地上の生物だった。……一つ違う点を挙げるとするな

ら、彼らが皆少女と同程度の妖力を放っているという事。その所為で、妖力や見た目では判断が

出来ない。

 

「《手当たり次第に生物は撃ちなさい》」

 

取り合えずそう指示を飛ばしてから、隣に立つ依姫を見る。

 

「……これで、良いのかしら」

 

「あぁ、恐らく本体は一つだ。……姉上、無理をしないで都へ戻っても構わないんだぞ?」

 

 心配をするように此方を見る依姫に私は緩やかに首を振って応える。応えて、周囲を飛び交う

蝶と鳥を睨み付けた。

 

「攻撃する手段を持たない私が不甲斐ないだけよ。私も、出来るなら依姫()()()のような能力が

欲しかったわ」

 

「私は姉上の能力が欲しかったな。それがあれば、師匠も探し放題だったのに」

 

「だから神様は私に授けたのね」

 

互いの顔を見遣り、笑い合う。大勢の敵に囲まれてる筈なのに、何故か心は穏やかで。

 

「……話合いは済んだ?」

 

そんな私達の目の前に、一羽の鳥が止まる。

 

「あぁ!」

 

「お陰様で、ね」

 

 依姫がその一匹を切断し、背後から迫っていたもう一匹を刀の前に転送させる。瞬間依姫は返

し刀で切り捨てた。

 

「そう、良かった」

 

先程は目の前の鳥から、今は何処からともなく聞こえてくる声が少女の無事を伝えてくる。

 

数は、未だに数え切れない程。

 

……しかし

 

「――そろそろ再開するよ」

 

 

悪寒は止まり、隣に感じるのは何時もの安心感。

 

久し振りに、私達姉妹の『時』は動いているように感じた。

 

 

 

「いやはや、此処に来て漸く若さが羨ましくなるとはなぁ。お前さんも、良い子と出会えて良か

ったじゃぁないか?んん?」

 

「……否定はしない、が、お前に賛同するのは癪だ」

 

 仏頂面でそう言う彼女を肴に、マミゾウは猪口に注いだ酒をグイと飲み干す。飲み干して、隣

が手に持つ猪口も空になっているのに気付き、マミゾウは何も言わずに自分の分も合わせて酒を

注ぎ入れる。

 

見上げるは、満月。

 

「……聞いたぞ、少し前まで此処に居たらしいな?」

 

隣からポツリと漏れた声に、マミゾウは記憶を漁る。

 

「……あぁ、ひよりの事じゃな。確かに居たには居たが、一月もせん内に全部覚えて帰って行っ

てしもうたよ。何でも娘が気になるとか何ちゃらと――本当か?」

 

「あぁ、本当だ。あいつは子持ちだよ」

 

 なんと、儂等より先に進んでおるのか!と叫ぶマミゾウを無視して女――八雲藍は、注がれた

酒に口を付けた。付けたまま逆さにし、その中身を全て空にしてゆっくりと腕を下ろし

 

深く、息を吐く。

 

「私の主とひよりが帰って来ない。多分、向こうで危機に見舞われているのだろう」

 

「……」

 

何処から、とは言わなかった。何故、とも言わなかった。

 

それでもマミゾウは目を閉じ、数回頷き、苦笑しながら藍を見遣る。

 

「それは大変じゃのう」

 

「ひよりは言った――『撤退しろ』と。私の主も、最後の最後に『戻って来るな』と言った。そ

して、私は唯一人此処に取り残されてしまった。それが、二人の望みだったからだ」

 

 俯き、前髪が垂れて目元は伺えない。それでも、彼女が涙を流していることがマミゾウにはな

んとなく分かった。互いに長い付き合いだ、この程度の感情起伏なら雰囲気だけでも分かる。

 

「――どうすれば良い?」

 

故に、こんなに弱気な彼女を見るのも初めての事だった。

 

「……」

 

「二人の意志は尊重したい……だが、私の気持ちも無視したくはない。このまま此処に居て、そ

のまま二人が帰って来なかったら――そう思うと、不安でどうしようもないんだ」

 

「ふぅ、む……」

 

 マミゾウは考える。数少ない友人の、更には共通の友人が関係している問題だ。蔑ろには出来

ない。徳利から酒を注ぐのも、飲むのも忘れてマミゾウは暫くの間沈黙した。

 

そして、口を開く。

 

「難しい問題じゃな、それは。正解が複数ある上に、失敗も沢山出て来る。どれが正しいとは、

一言では断言出来んよ」

 

「……」

 

「じゃが、待つのが正しいんだろうな。儂はそう思う」

 

顔を上げて此方を見る藍を見つめ返し、マミゾウは続ける。

 

「少なくとも、儂ならそうする。それがひよりでもぬえでも、お前の主相手であっても。待てと

言われたら待つ。それが頼まれたのであれば、尚更じゃよ」

 

 

「それも、信頼の証だろう?」

 

ニヤリと笑い、再び酒を煽る。

 

「主の方は知らんが、ひよりはお前がこうしてオロオロしておるとは思っとらんじゃろう。何時

ものような仏頂面で『遅かったな』と、そう言ってくれるのを待ってる筈じゃないのか?」

 

「……っ」

 

「……お前も儂も、余りに他人を化かし過ぎた。もっと若い頃から他の連中と動けば、簡単に答

えは出ただろうに」

 

お互い余りに強過ぎて、他と群れる必要が無くなってしまった。

 

力とは生物を『孤独』にさせてしまうのだと、そう気付いたのはつい最近。

 

「……っ、帰る!」

 

 藍がそこまで思い至ったのかは分からないが、彼女はそう叫んで立ち上がり、足早に背を向け

て歩き出してしまった。

 

 

「おう、今度はひよりも連れて来い」

 

その背中に声を掛けてから、マミゾウは徳利に口を付けた。

 

 

――気付いた理由が、あの少女の瞳なれば。

 

 

 

 

しまった、話し過ぎたか。

 

 そう思うも後の祭り、口から出た言葉は既に数え切れず、背後に佇む我慾の姫に聞こえてしま

っている。チラと背後を振り返って様子を伺うも、無表情。どうやら踏んではいけない者の尾を

踏み抜いたらしい。唯一信じている神に心で十字を切る。

 

「ナンマンダブ、ナンマンダブ」

 

「黙りなさい下兎」

 

「へい」

 

大人しく頭を垂れ、頭の天辺にて彼女の様子を観察する。

 

――怠惰?

 

その推測は正しく、輝夜は数秒の後肩を竦めて溜息を吐いた。

 

「本当、貴女達みたいな頭の良い御方は困るわね。行きもしないで戻る戻らないとか、本人でも

ないのに死ぬ死なないとか、そんな推察ばかりしてるから虚を突かれるのよ」

 

疲れたと言わんばかりに背伸びを一つ、輝夜は口元に手を宛てて小さな欠伸をした。

 

そして、永琳とてゐに背を向けて歩き出す。

 

「五百年前に再会の約束をして、私とひよりは再び出会えた。もしあの子が死ぬつもりなら、月

へ行く前にするのは別れの挨拶だった筈よ。でも、私達は再会の約束を交わした。これがどうい

う意味なのか分かる?」

 

「「……」」

 

「あの子は一度だって約束を破ったことはないのよ」

 

輝夜の知らない所で交わされた約束も全て守り通している。

 

それこそ、余程の信頼がなければ言い切ることなんて出来ないであろうそれを――

 

輝夜は何事もなかったかのように、片手を挙げてヒラヒラと振る。

 

「……待ち疲れたから寝るわ。ひよりが来たら通して置いて頂戴」

 

「おいおい――」

 

「畏まりました、仰せの通りに」

 

 咄嗟に軽口を言おうとしたが思いつかず、それに重ねるように永琳が言葉を発する。完全に機

会を逃したまま、輝夜は此方を振り返りもせずに部屋を出て行ってしまった。

 

残されたのは、愚かな賢者と虚ろの狡兎。

 

「……信じて待つ。私達には、少し難し過ぎるのかしら」

 

ポツリと、正面に座る賢者がそう呟いたのを聞き、てゐは昔に思いを馳せる。

 

『――』

 

まぁ、確かに

 

「若い頃は私も、誰彼構わず信じていたもんだよ」

 

 

せめてあの二人はそれが良い方向に繋がるようにと――

 

幸運の素兎は、初めて他人の為に幸せを願った。

 

 

 

「らぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 聞いただけで身が震えそうな叫び。空気が振るえ、力が奮え、一瞬だが私の身体が震える。

その隙を見逃さず、依姫は神速の剣撃で周囲を飛び交う鳥や蝶や蜂や飛蝗を纏めて切り捨てた。

その剣筋に合わせるように豊姫が何匹かの生物を進路上へ移動させ、それも両断捨てて。

 

既に何百回と繰り返された攻撃。

 

その動きは、未だ衰える様子もないままに。

 

「……」

 

 それを上空で見下ろしつつ、私は自身に限界が近付いている事を確認する。命の残量でも、体

力に限界が来た訳でもない。……ただ、もうこの戦法は使えなくなり始めているという事だ。

 

――妖力切れ。

 

「でも、ありがとうマミゾウ」

 

 きっと今も佐渡島で酒ばかり飲んでいるであろう彼女にボソリと呟いて姿を現す。猫も犬も狼

も蜥蜴も、私の『妖力』で作り出していた紛い物達は全て元の『穢れ』となって私の周囲に漂い

始める。――これが、今私に残された全て。

 

右手も左手も、今は黒い蠢きに包まれて見ることは出来ない。

 

……そもそも依姫の攻撃で切断されたままの可能性も、あるのか。

 

「……」

 

けれど二人には沈黙。決して悟られること無く、情を掛ける余地は渡さずに。

 

「やれやれ、漸く終わったか」

 

「……正直、お姉ちゃんもう限界なんだけど」

 

 援護射撃も止んじゃったし、と豊姫は恨めしそうに都を見る。誰かが放っていたらしい都から

の光線は、私が軽く睨むだけで全て止まってしまっていた。あれから暫く経つが、どうやらもう

攻撃をする気はないらしい。

 

肩で息をする豊姫と並んでいた依姫が、一歩此方へ足を踏み出す。

 

「姉上、それは向こうも同じ事のようです」

 

「……分かってるわ。でも、後一押しが「ですから」……」

 

もう一歩、依姫が刀を構えたまま私の方へと近付く。

 

「奥の手を使います」

 

「……」

 

 奥の手。この期に及んで、様々な神の名とその形質を持ち合わせた攻撃を数多繰り広げてきた

上に、まだ奥の手があると。依姫はそういって私を睨みつける。

 

「私の回収は姉上に頼みたい。終わりが見えるまで使い続ければ、きっと動けなくなるでしょう

から。それと、一応玉兎達の避難も」

 

「……本気なの?」

 

豊姫の問いに、依姫は数瞬だけ瞳を閉じた。

 

「――本気です」

 

再び開いた目には、既に強い意志と覚悟が宿っていて。

 

……これは、負けたかなぁ。

 

「……分かった。私は戻るから、後は任せたわよ――絶対に、怪我をしないように」

 

「えぇ、ありがとう姉上」

 

目も合わせないままそう言葉を交わし、豊姫は能力を使ってこの場を去る。

 

残された私と依姫。奇しくも一番最初に邂逅した時と似た状況で、決着がつこうとしていた。

 

「すまないな、待たせてしまって」

 

苦笑する依姫。

 

「……別に」

 

私は短くそう答えるだけ。

 

「まぁ、余り長く話している事もない。そろそろ、終わらせる時だ」

 

「……」

 

 彼女が一体何を呼び出すのか……少なくとも、名のある神であることは間違いない。今までに

呼び出したどの神よりも私を殺すのに適した存在。残念ながら、私はその手の方面の話には余り

詳しくないので分からないが――

 

依姫は一度大きく息を吸い込み、思い切り叫んだ。

 

「『天照大御神』っ!」

 

途端全身が焼けるような痛みに包まれ、視界が効かなくなる程の光が目を灼く。

 

――あー、やっば

 

「『祇園大明神』っ!!」

 

そして、正面から聞こえたのは先程も聞いた神の名前。

 

二回。

 

「――う、らぁ!!」

 

 咄嗟に、無意識に叫んで右手を無理矢理声のした方向へと突き出す。だがそれは虚しく空を切

り、代わりに出した腕が何かに斬り落とされたのを直感した。

 

「……普段の私は、この剣を媒介にして神の力を降ろしている。それは、別の物を介した方が私

の負担が少ないからだ。それと付け加えるなら、この剣がそれに適していたという事も、だな」

 

先程とは違う場所から、私の真後ろから声が聞こえる。

 

「……っ、く、ぅ」

 

多分だが、私は膝を突いたような気がした。

 

「だが、元は私の身一つ。この剣が作られるまでは私自身の身に神の力を降ろして使っていた。

この方法だと力は出るが、その代わり反動が大きくて使用後は暫く動けん。まさに、捨て身の一

撃という奴だ」

 

 目は見えない。声は相変わらず聞こえる。全身を灼く痛みは続き、今自分が立っているのかも

分からない状態で私は周囲を薙ぎ払う。

 

「――」

 

「無駄だ」

 

 正面から声が聞こえたと同時に宙へ蹴り上げられる。見えない視界と痛みの所為で今自分が地

面とどういう位置にいるのかも分からない。姿勢も、これでは着地が――

 

ズブリと、何かが全身に突き刺さる音。

 

「ぐ、ぁぁ!つぅっ……」

 

途端全身に走る激痛、痛み。蠱毒になってからは無縁だった、あの懐かしいそれ。

 

「良かった、これで効かなければ流石に困ったんだがな。穢れを常に打ち払い続ける天照様の御

光と悪しき者を打ち払い浄化する草薙之太刀の組み合わせだ。恐らく、もう動けまい」

 

「ま、だ」

 

「……自分の状態を確認してから言うんだな」

 

依姫の声は、何処か無機質を貼り付けたような――

 

違う、今はそんなことを考えている場合じゃ

 

「……あ、れ」

 

「今、お前は連続で死に続けている。死に続けていては、まともな思考は出来ない」

 

『―――――――――――――――。――――――――、―――――――――――」

 

何かが聞こえて

 

『……――――」

 

それも

 

『……』

 

聞こえているのか、どうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

……しずかになった。

 

 

 

そして、繋がる。

 

 

「予感は初めから。漠然と何となく、ああやって他の妖怪達に畏れられるよりも、こうして妖

怪になるよりも前に――」

 

 最初の最初、最後の最後に行われた依姫とひよりの『会話』。見えていない筈の目で此方を

睨み、聞こえていない筈の耳で此方の声に反応し、答える。依姫の常識を遥かに凌駕する事で

あっても、最早、何も驚く事は無かった。

 

 

「周りに誰も居なかった時から、気付いていた」

 

私は最初から必要のない存在でした。

 

少女はそう言って、にこやかに微笑む。

 

「……そうか」

 

同情はない。少女が事実としてのみ伝える故に、依姫は感情移入の余地なく刀を構える。

 

「なら、過去に死ねなかったお前を私が殺してやろう」

 

「出来るなら、ね」

 

 光の刃が刺さった怪物が分散し、何もない場所に出現……いや、怪物は剣に刺さったまま、彼

女の穢れから生み出された粗末な物体が一瞬だけ現れ、虚しく塵となって消えた。

 

何故、地球の者達は、こんな、少女一人を。

 

 

――救えなかったのか!

 

「っ、終わりだ!」

 

 衝動的に、手に持つ剣に最大限能力を込めて思い切り地を蹴る。少女との距離は数メートル。

僅か一秒足らずで目の前まで到達し、私は剣を振り上げて

 

振り上げ、て。

 

「っ……」

 

斬れる訳が、ない。

 

「――あぁ、そうそう」

 

見えているのかいないのか、ひよりは今更思い出したように口を開く。

 

「死ぬ前に、大事な用事は済ませて置かないと。危ない危ない、忘れる所だった」

 

「……何だ?」

 

遺言か、辞世の句か、それとも――

 

刀を振り上げ、今まさに振り下ろそうとしている私に

 

 

「永琳と輝夜から、貴女と豊姫に伝言」

 

少女は、最後の最期でそう言った。

 

悪戯の成功した子供のように、笑った。

 

 

 

 

 

「やっほー……」

 

「あら、お帰りなさい」

 

「……待った?」

 

「いいえ、それ程。月と地球は時間の流れが違うのかしらねぇ、あっという間だったわ」

 

「でも、そのあっという間を長く感じてたんだろ?」

 

「黙りなさい妹紅。……まぁ、そうね――」

 

 

「遅い/おかえり、師匠」

 

「――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ただいま」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 




 本編では何も書きませんが『此処よくわかんないなー』なんて所があったらお気軽に感想でお尋ね下さい。余程大きいと書き直します。

ハトの照り焼き様(Pixiv)
http://www.pixiv.net/member_illust.php?mode=medium&illust_id=51271379

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