孤独と共に歩む者   作:Klotho

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 少し表現の微妙な部分と跳躍した心境が書かれていますが、次話まで我慢して頂けたら幸いです。まぁ、次話で解決出来るかは分かりませんが。


『蠱毒と変化』

 

 

 

自分でも理解の出来ない何かで、私の心は荒んでいた。

 

 

「絶対絶命、四面楚歌……九死に一生は得られそうにもないわねぇ」

 

「せめて背後が水なら良かった」

 

「背水だと後ろから撃たれて終わりでしょう?素直に私が居ることに感謝しなさい」

 

「せめて藍が良かった」

 

「……帰るわ」

 

「出来るなら、ね」

 

 目前に居るこの二人がこうして軽口を言い合うのが如何にも気に食わない。文字通り絶対絶命、

それが分からない訳でもないだろう。帰る為の能力は姉によって封じられ、力で抗うという選択肢

もたった二人では絶望的である。

 

しかし金髪の女は楽しむかの様に肩を揺らし、

 

黒衣の少女は疲れたように肩を竦めるだけ。

 

「……分からないな」

 

 私はボソリとそう呟く。反対側に居る姉には聞こえなかっただろうが、その中間地点に居る金

髪の女には聞こえていたらしく、此方に背を向けたまま首を傾げる。

 

「あら、何が分からないのかしら?」

 

「お前達が、だ」

 

分からない、本質が見えない、理解が出来ない、底が知れない。

 

故に綿月依姫は知りたがる。

 

 まるで初めて自我を持った子供が太陽に手を伸ばすかの様に、或いは無垢で残虐な好奇心が飛

蝗の手足を引き千切るかの様に。

 

彼女は後者を選び、その腕を伸ばした。

 

「正直、まだ貴様らの本質を測りかねている。お前達が本当に我々の知る地上の生物なのか、私は

それ自体を疑っているんだ。……私の目にはどうにも、お前達が妖怪という区分を超えた存在に見

えて仕方がない」

 

「失礼ねぇ、私達は「二分だ」――」

 

だから、確かめる。

 

手足を千切り、羽を毟り、餌を絶ち、退路を断ち、唯一の道を指し示す。

 

 

「お前達のどちらか一方を地球へ帰してやる。その一方を、二分で決めろ」

 

二人の表情が硬くなったのを見て、依姫は口角を吊り上げた。

 

 

 

《……ちょっと依姫、貴女どういうつもりなの?》

 

 そう尋ねてきたのは女でも少女でもない、反対側で長棒を構える豊姫だった。

 彼女が居るのは二人を挟んだ反対側、私に声が届くということは間にいる二人にも声が聞こえて

いる――訳ではない。耳元で囁くような小さな声で、彼女はその場から動かずして私に話し掛けて

くる。

 

彼女の能力を使えば自身の声だけを目的の場所に送る事も容易い、と。

 

そう結論を出してから依姫は殆ど口元を動かさずに答える。

 

「申し訳ありません、姉上。……しかし、どうしても気になったのです」

 

 これは本心で、今も依姫の心中を大半占めている感情である。先に彼女が二人に提案した選択も

何時までも斬りかからない理由も、全ては彼女の我が侭による物だった。

 

「あの二人が何を思って此処に立っているのか、それを知りたくなった。……何だか、私達月人に

足りない物をあの者達は持っている様な気がするんです。――それがどうにも分からなくて」

 

《……だとしても、よ。片方でも帰すのはあまり良い策には思えないわ》

 

 成る程そうか、確かに頭の良い姉ならばそういう結論に至るのであろう。今後地球へ降りる事も

考えるなら、今此処で不確定要素を潰して置くのが得策だと、そう言っているらしい。

 チラと視線を二人へと遣る。依姫と豊姫の会話には気付いていないだろう、何かしらの相談をし

ている筈の彼女達に争いや焦燥といった感情は見えなかった。

 

「嫌な予感がする」

 

《……》

 

 先程黒衣の少女を追い詰めたと思った矢先に現れた豊姫ともう一人の女。本来なら一気に優勢に

なったと安心する筈なのに、何故か一向に収まらない緊張感。

 

「あの二人を共闘させてはいけないと、私はそう思う。理由は説明出来ないが、あれは駄目だ。私

には姉上が相手をしていた女と渡り合える自信はないし、姉上ではあの穢れと戦う事は不可能だろ

う。……私達の能力が、今のこの状態を維持出来ていた」

 

豊姫の能力で紫のスキマを封じ、依姫の神霊でひよりの放つ穢れを浄化する。

 

……では、逆を相手取ることになった場合は?

 

脳裏に過ぎった嫌な光景を振り払うように目を閉じ、依姫は刀の柄に手を置いた。

 

「『今この場で一人確実に殺す』……その為に、一人減らしたい」

 

二兎を追わずに一兎を仕留める。それだけは、絶対に。

 

「ですが、姉上が反対というならば私はそれに従います」

 

《そこまで考えての発言なら別に反対する理由はないわ。……そうね、一人確実に倒しましょう。

どちらが残るにせよ、私達と後ろに待機している玉兎達で何とかなるでしょうから》

 

「……そう、ですね」

 

 どんな臆病な兎でも手を伸ばした人間に噛み付くことがある。それが唯の兎なら軽い怪我。

――だが毒草を食んだ後だったら?臆病を装って、私達が手を伸ばす瞬間を淡々と狙っているとし

たらどうなる?……兎狩りではない。これから戦うことになるのは鬼か蛇だ。

 

「……」

 

初めて黒衣の少女と対峙した時から止まらない震えが、それを証明していた。

 

 

 

 

「こういう展開になるとは思ってなかったのよ」

 

「じゃあ、どんな?」

 

「先走った妖怪達が全滅して、私達は引き返して終わり」

 

「……」

 

「半分冗談よ、そんなに怒らないで頂戴」

 

「……残りの()()は?」

 

「それはもう終わったわ。此方が七割本命といった所かしら」

 

「そう」

 

「……それで、そっちの目的は達成出来たのかしら?」

 

「半分は。残りの半分は選択次第かな」

 

「……ふうん?」

 

一分。

 

「ところで、貴女の戦っていたあの紫娘なんだけど――」

 

「自分の姿見てから言いなよ」

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

「……良く分からないけど、穢れを浄化する能力持ち。あの剣が必要なのかは知らないけど、さっ

きまでの攻撃は全部剣だった。――そういえば、祇園様って言ってたかな」

 

「祇園……神、ねぇ。神の力の一部を扱う能力かしら」

 

「で、紫の相手は?」

 

「転送系。見ての通り「見えない」……長棒使いかしらね、今の所は。本人の手前言うのも悪いけ

れど、多分貴女の戦っていた娘の方が近接戦は強いと思うわ「えぇ、自慢の妹ですから」……能力

の厄介さで言うなら、私は此方が苦手なのだけれども」

 

「……性格も?」

 

「性格も」

 

二分。

 

 

「……おい」

 

 反射的に出た言葉は正に私の心を代弁した台詞だった。『おい』……あぁ、なんて乱暴で粗雑で

分かり易い言葉なのだろう。普段は全く使うことのない下品な言葉でさえ、今の私にとっては果て

しなく意味のある言葉に思えてしまう。誰がどう聞いても、これは上機嫌な者が使う言葉ではない

筈だ、現に私は怒っているのだから。

 

「私は言った筈だ、二分で決めろと」

 

 繰り広げていたのは全く意味のない遣り取り。帰還の帰の字も、ましてや残るの一言すら出ずに

私の作った猶予は消えた。抜刀し、刃を突きつけながら私は二人を睨みつける。

 

そして少しだけ、二人の後ろへ意識を遣った。

 

「姉上も、意味のない自慢は止めて頂きたい」

 

「本心よ?」

 

「……後でゆっくり聞きますから」

 

意識を二人へと戻す。

 

「今決めないのなら、お前達二人を斬る。……これが最終通告だ」

 

今度は二人揃って肩を竦め、そのまま数十秒の沈黙が訪れる。

 

先に口を開いたのは女の方だった。

 

「……ひより、今回の責は私にある。だから優先度は貴女が高いのよ」

 

「……で?」

 

「貴女と私で勝負をしましょう」

 

 女から出た意外な一言に、私を含めて彼女以外の全員が少なからず動揺する。

 勝負、この女は少女に向けて勝負と言った。力なのか知恵なのかは分からないが、それは『勝っ

た方が帰れる』と――『二人で争う』と、そういう意味なのだろう。

 

私達にとって好都合だと、私は内心で歓喜する。

 

「勝負、ねぇ……」

 

「勿論、そこで貴女に優先権を上げる。競技もルールも全て貴女が決めて良いわ。……この勝負が

終わるまでは、待ってくれるのよね?」

 

首をカクリと倒して此方を見る女に、私は神妙に頷いた。

 

「……一度で決まるなら、良いだろう」

 

 本音を言えば何度もやって疲弊して欲しい所だが、流石にそこまで高望みは出来ない。私は女と

私の会話に参加せずじっと何かを考え込んでいる少女を待った。

 

殴り合い、但し女は手を出してはいけない。

 

知恵比べ、時間制限有りで女は回答してはいけない。

 

 女の言う通りに決めるなら勝つ方法なんて幾らでもある。きっと姉上にも様々な案が巡っている

事だろう。少女が一体どんな不条理な勝負を持ち出すのか、それを女も含めて全員が息を呑んで見

守っていた。

 

少女は一度目を閉じ、うんと頷く。

 

そして目を開けて――

 

「背比べ、しようか」

 

「「……」」

 

「……あら、良いの?」

 

絶句。

 

唯一反応した女も多少理解に時間を要する程の不条理な勝負。

 

それもその筈、それは――

 

「私の背中にひよりの頭があるのだけれど?」

 

「さぁ?」

 

 女と少女は、最初から背中合わせで立っているだろう。私が金髪の妖怪を『女』と言い、黒衣の

妖怪を『少女』と称している位、圧倒的な差だろう。それが分からない訳では、ない筈なのに――

 

「背伸び無し、背中合わせで、道具と能力の使用も禁止。……一度もしっかり測ったことなかった

よね?此処でハッキリさせて置こうよ」

 

そうじゃないと死に切れないと、少女は楽しそうに笑う。

 

「勝つ条件は?」

 

「背が高いほうが勝ちに決まってる。低さで勝ったりしたら、それこそ生きていけない」

 

そこまで言って、少女は私の方を見る。

 

瞳を、見つめる。

 

「審判、お願いしても良い?」

 

迷いも曇りも一切ない、美しい綺麗な

 

「……何故だ」

 

「ほんの前まで私より小さかった子にも、抜かされちゃってね」

 

「……どうしてだ?」

 

「見上げて気付いたんだ。もう私の役目は終わったんだって」

 

「――っ、お前は此処で死んでも良いと、そう思っているのか!」

 

「『私よりも大きい』なら、それでもう安心出来る」

 

叫んでも無駄だとは分かっていた。少女の瞳を見たときに理解したのだ。

 

――こいつは此処で、死ぬつもりだ。

 

「……っ、姉上、転送の準備を」

 

『え、えぇ……』

 

平静を装った筈の声は、何処か乾いているか震えているような気がして

 

 今の私がどんな表情で立って居るのか……知りたくもなかった。きっと勝負に敗れ、それを認め

切れずに惨めな顔で突っ立っている女が一人、そこに居るのだろうから。

 

「……準備が整い次第、勝者を転送する。それで良いな?」

 

せめて顔を見られないようにと、私は俯き少女を見ないまま囁く。

 

「ありがと。勝敗の宣言も要らないよ、そのまま帰してくれれば」

 

聞こえてきた少女の声には、本当に心の篭った感謝の言葉が含まれていて。

 

 

それが余計に、私の心を締め付けた。

 

 

 

「自称完璧だってぇ月人にも、弱点はあるもんさ」

 

 永遠に変わることのない風景を――その先で輝いている満月を見上げる為に縁側に座る輝夜。

 そんな彼女に聞こえないように私に話しかけてくる長生きの妖怪兎は、自身の頭を『トントン』

と叩きながらニタリと笑った。

 

「寿命も恐ろしく長い、経過で築き上げてきた知識もある。体力だってあるだろうし、発達した技

術一つとって見ても私等より全然優れた生物なんだろうよ」

 

「だからなんだろうねぇ。『友情』ってもんに弱いのは」

 

「……」

 

 途方の昔から兎達を纏めていたというてゐ。無論数多くの出会いと別れを経験している。

そんな彼女が言うからなのか、それとも私に思い当たる節があるのか、咄嗟に否定の言葉を出す事

が出来ずに沈黙する。てゐは答えを待たずに続けた。

 

「チームでワークは出来てもチームでプレイは出来ない。結果から生まれる協調性が、何によって

齎(もたら)された物なのかが分からない。長く生きる生物の、その殆どが途中で『親密』という

鍵を捨てちまうからだ。……一度失くしたらそう簡単にゃぁ手に入らない、大事な()なのに」

 

物ではなく、者。それは確かに的を射ていて、的確な表現だった。

 

「……それでも、月人にだって家族は居るわ」

 

「姉弟を捨てて月へと逃げた奴の都、何処に家族愛があるって言うんだい?……勿論居る奴は居る

だろうけど、大抵の奴の一般常識は他人よりも自分、地球人よりも月人だろう?」

 

 どんな時代でも変わらない『常識』、多数派は普通となり、少数派が淘汰される世界。

 神代に生き、地に足を着けて走り続けて来た彼女の言葉は何よりも重く私の心に圧し掛かる。そ

れに気付いていない振りをしてニヤニヤと笑う物だから、余計に性質が悪かった。

 

「……確かに、少し前までは私もそうだったわね」

 

それでも、お叱り。

 

有難く頂戴し、今後の励みにするとしよう。

 

 

 

 

「っとと」

 

 急に預けていた背中の感覚が無くなり、油断していた私は慌てて上半身を仰け反らせながら元の

姿勢へと戻る。不意を突かれるかと慌てて依姫と豊姫に視線を遣ったが、豊姫は兎も角依姫の方が

難しい顔をしたまま動かない。私は両肩を二人に向け、一度背後に手を回した。

 

先程まで居た筈の紫は、もう此処には居ない。

 

勝者として文字通り地球へ帰ったと、そういう事なのだろう。

 

だが不思議と私の気分は悪くなかった。寧ろその逆だと思える位には。

 

「ねぇ貴女、一つ聞いても良いかしら?」

 

 聞こえて来たのは先程紫と会話していた時に一度だけ口を挟んで来た声。私は先程まで紫が向い

ていた方を見、そして此方をジッと見つめる金髪の女性と対面した。永琳の描いた絵と殆ど変わら

ない、紫の被っているような奇妙な帽子。

 桃の方が見えないのは、今が戦闘中だからと当りをつけて置く。

 

彼女は手に持つ長棒を下げ、不思議そうな目で私を見ていた。

 

「どうして貴女は彼女を地球へ帰したの?」

 

「……どうして、か」

 

 コクリと頷く豊姫から視線を逸らし、私は何時の間にか黙って此方を見ている依姫を確認する。

……どうしてと、そう聞かれれば確かに自分でも良く分からなかった。今までは蠱毒達と共に生き

ることを第一として――『死なないこと』を最優先事項としていた筈なのに、先程まさに正反対の

行動をしていた事が、今更になって疑問に思えてくる。

 

……いや、分かりきってはいるか。

 

「あの人だったら、きっと私の願いを叶えてくれる」

 

 私の願いとは何だったのか、志したのは何時だったのか。原初は私を助けてくれた青年に、切っ

掛けは人間と上手く付き合っていこうとするぬえを見ていた事だったと、そう思っている。あの時

から形は殆ど変わらず、だけど大きく状況は『変化』して此処まで来た。

 

「指導者だからじゃなくて一人の()()として、私は紫に全てを託した」

 

「……分からないな。それはお前が自分で実現出来ることではないのか?」

 

そう口を挟んで来たのは豊姫ではなく依姫。私はゆるりと首を振った。

 

「私には殺すことしか出来ない。他者の命を誰よりも喰らって、そうやって生き永らえて来た私に

は。後はもう、なるべく死なないようにするのが、私の生き方だった」

 

だから死なないように、出来る限り誰も殺さないように存在し続けた。

 

別に生きてはいなかったのだ。

 

「例え足元に小さな虫が居て、それを誤って踏み潰したとしても、それは罪。意識してやったのな

ら尚更。……私の背中には、もう他の誰にも肩代わり出来ない位それが乗っている」

 

「……」

 

「だから私は、私の理想に辿り付く事は出来ない」

 

 此処で死んだとしても、死ななかったとしても。きっと世界は私を赦しはしないだろう。例え望

んで手に入れた命と力ではなくても、生れ落ちた者がそう背負うしかないのだ。勿論不条理だと嘆

き、最初の数日は悪夢に魘され、自分の変化に嫌悪し、時に死のうとした事もあった。

 

――それでも私は、今こうして笑って立っている。

 

「お前はそれで幸せになれるんだな?」

 

度し難いが、何とか飲み込んでいる。そんな表情で依姫は呟く。

 

「そういうこと」

 

「……本当に、分からん奴等だ。女の方も、アレは最初から自分が死ぬつもりだったんだろう。そ

の時はきっと、お前に自分の夢を託したとでも言う気だった筈だ。完全に叶えることなんて無理だ

ろうに――」

 

だが矢張り理解は出来ていないと、私は依姫の言葉を強引に遮った。

 

「鍵ならもう貰っていたし、渡していた」

 

「……」

 

「後はもう合う扉を探して開くだけ。開けるのが私でも紫でも、開くのが目的ならそれは一緒」

 

一蓮托生という訳ではない。利害の――鍵型の一致と、そう表現するべきだろう。

 

「……と、もうそろそろ話はお終い」

 

これ以上の語りは無駄。私の夢は夢で終わるべきで、彼女達は知る必要のない話だ。

 

「……」

 

「……そうね、そろそろ終わりにしましょう」

 

 依姫は無反応だったが、代わりに豊姫が構えたことで私も腰を低くし身構える。

実質的に二対一、紫が苦戦する程の能力の使い手と元々押されていた剣術の使い手……今の所、そ

して永久的に勝ち目の見えない戦い。私は黙って蠱毒を強める。

 

そして無理矢理地面を蹴り上げて豊姫へと飛び込んだ。

 

 

「――有難う。お前と話せて良かったと、私達はそう思っているよ」

 

背後からそう聞こえたのは、きっと幻聴だった。

 

 

 

『地球人はね、数値やパターンでは表せない物があるから面白いのよ』

 

 敬愛する師、八意永琳の言っていたことはつまりそういう事だったのだろう。

少女と会話を重ねていく内に、私の中ではそれが着々と形を築き上げ始めていた。最初は『何を馬

鹿な』と思っていた事が、今では『そういうものなのか』と、そう思える程度には。

 

「だから私は、私の理想には辿り着く事は出来ない」

 

 他者など無視して、自分の理想の為に動けば良いだろう。それだけの力があれば、その理想も含

めてそもそも月への侵攻だって止められた筈だ。そうしなかった理由が、詰まるところ私達の知ら

ない『何か』なのだろうが。

 

それでも、その選択は決して間違いではない。それだけは分かる。

 

「お前はそれで幸せになれるんだな?」

 

横顔だけでも、浮かべた笑顔で彼女の気持ちが伝わって来た。

 

「そういうこと」

 

「……本当に、分からん奴等だ。女の方も、アレは最初から自分が死ぬつもりだったんだろう。そ

の時はきっと、お前に自分の夢を託したとでも言う気だった筈だ。完全に叶えることなんて無理だ

ろうに――」

 

どうしてお前達は相手に任せられるのかと、そう問うつもりだった。

 

「鍵ならもう貰っていたし、渡していた」

 

しかし少女は私の言葉を遮ってそう言う。貰っていただけではなく、渡していたと。

 

「……」

 

「後はもう合う扉を探して開くだけ。開けるのが私でも紫でも、開くのが目的ならそれは一緒」

 

だけど私も紫も扉を潜ることは出来ないと、少女はほんの少しだけ自嘲気味に笑った。

 

「誰かの犠牲の上に立つのなら、それは私の求めている理想ではないから」

 

――あぁ、なんだ

 

「……」

 

犠牲の上に立つ立たないの時点で、既に地球人と私達は決別していたのか。

 

 

ならば全て辻褄が合う。

 

 

この少女が大して親しくもない妖怪達を助けたのも。

 

 

あの女と二人で最後まで残った理由も。

 

 

……そして今、死に向かう中途でこんなにも嬉しそうな理由も。

 

 

彼女は確かに、()()()()()()に一人の犠牲も出さずに戦争を終結させたのだ。

 

 

「……と、もうそろそろ話はお終い」

 

笑顔を隠し、再び無機質へと戻り、私達へと身構える少女。

 

「……」

 

「……そうね、そろそろ終わりにしましょう」

 

 そういう姉上の顔は、何処か苦虫を噛み潰したような顔で。まるで今の私と少女の会話を聞いて

しまったのを後悔しているような表情だった。……彼女が如何いう思いでその顔をしているのかは

分からない、が、きっと考えていることは私と一緒の筈。最初に抱いていた苛立ちは何時の間にか

想いへと移り『変わり』、自然とある言葉を私の心へと浮かび上がらせて来る。

 

だから、私は豊姫の代わりに口を開いた。

 

「……有難う。お前と話せて良かったと、私達はそう思っているよ」

 

 

私の呟きは、きっと彼女には聞こえなかっただろうが。

 

 

 

「月人の言う穢れってのはさ、つまる所『変化』なんだよね」

 

「……変化、寿命、妖怪。表現としては、その辺りかしら?」

 

「ま、それもその通り。穢れを持つ故に人は変化し、妖怪は変化(へんげ)し、時代は変化する。

逆に言えば、穢れの少ない月面ではどれだけ時が経過しようと訪れる変化がないってこと」

 

「でも、変化が訪れないのは必ずしも悪いことではないでしょう?」

 

兎は頷き、今度は指を一本立てる。

 

「じゃあ此処で、あの蠱毒について考えてみようか。

あいつは見ての通り穢れの塊で、永琳の言うとおり穢れその物だ。生死を繰り返して、生存を賭

けて争って、そうして完成したあいつは正に変化の塊なんだろうよ」

 

「死ぬことも変化……そういう事ね」

 

「で、これをアイツに当て嵌めてみる。ぬえは地底へ、藤原の娘は陰陽師に、妖怪寺は封印され

て、山の天狗に変化が訪れた。三代目稗田が死に、九尾の狐は都を追われ、この永遠亭だって、

あいつが来た事で外の情報を手に入れ安くなっただろう?」

 

「……」

 

「偶然だと、そう思うかい?一介の存在が遭遇する出来事にしちゃあ出来過ぎだと、そう思った

ことはないか?……違うね。さっきも言った通り、穢れってのは変化と同義なのさ」

 

「……ひよりの周りでは、常に何かがどうにか変わってしまう」

 

「良くも悪くも、ね」

 

兎は笑い、賢者は顔を顰める。

 

「でも、それで一番嫌な思いをしたのは間違いなく本人だ」

 

「……」

 

「『これは私の所為なのか?』……一度ならまだしも、三度四度――毛の生えた程度の物に草が

生えれば、そりゃ誰だって気付くだろうよ。もしアタシが同じ立場にいて、自分が周囲にそんな

影響を与えているなんて気付いた日にゃぁ――」

 

てゐはそこで一度言葉を止め、遠くで月を眺める姫君の様子を伺った。

 

「アタシなら、自殺を考えるよ」

 

「……自殺」

 

「誰にも気付かれない場所で、何にも影響を与えない場所で、ね」

 

月ならばそれが可能だと、彼女はそう考えて昇って行ったのだろうか?

 

「……有り得ないわ。ひよりと蠱毒達は、自身が生きることに酷く執着しているから」

 

 彼女がぬえや輝夜に何も言わずにそんな行動に出る筈がない。そんな私の反論も、てゐは軽く

首を横に振ることで撥ね退ける。

 

 

「それが蠱毒の本心だって、本人の証言程証拠にならないもんはない。

死ぬって言ったら止められるって、そんな事ぁアタシでも分かっちまうからさ」

 

月を見上げる姫は、未だ此方に気付くことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ねぇ、ひより?』

 

『……今忙しいんだけど』

 

『例えば、私と貴女のどちらかが死ななきゃいけないって言われたら、どうする?』

 

『怒るよ』

 

『冗談よ、冗談』

 

 

 

 

『でも、まぁ』

 

『?』

 

『選べと言われたら、私は自分が死ぬ方を選ぶかな』

 

『あら、どうして?てっきり私の方を選ぶかと思ったのだけれど』

 

『それも考えたんだけどね』

 

『……』

 

『きっと、紫の方が苦労しない』

 

『……?』

 

 

 

 

誰も居ない神社の鳥居の下に一人、黒衣の少女が立っていた。

 

その姿は夜の闇に紛れ、余程近くで見ない限り恐らく誰にも気付かれない。

 

彼女の娘にも、弟子にも、友人にも、親友にも。

 

彼女の呟きだけは、誰も知ることは出来なかった。

 

 

『私は孤独。

 

生きることに労は割いても、死に間違える事は有り得ない。

 

私の命は、文字通り私の存在意義を以って零にする』

 

 

 

 

 

 

 

 




能力の詳細位オリジナルで設定しても……良いよね?

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