孤独と共に歩む者   作:Klotho

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『一人と一匹』

 

「輝夜様、大変で御座います!

この都に妖怪が侵入してきましたぞ!それも二匹!」

 

 騒がしい足音と共に見張りの男が現れた。

どうやら都の中に妖怪達が攻め込んで来たらしい。

 

「落ち着いて下さい……それで、その妖怪達は何処に?」

 

「現在、妖怪達を二手に分断させて追撃中です。

片方は都の外の方へ行ったのですが、もう片方が……」

 

 途端に言い淀む見張り。

別にそこで躊躇う必要なんかないだろうに。

 

「成程、此方へ来ている……という訳ですね」

 

「そっ、その通りで御座います!

姫様はこの部屋から極力出ない様にして頂きたい次第で……」

 

「分かりました、私は此処に居ます」

 

 宜しくお願いします、と言って部屋を出て行く男。

私は足音が聞こえなくなるまで立ち、やがて畳へと寝転がった。

 

「妖怪が入り込んでるんだってさ、聞いた?」

 

「聞こえてる」

 

 声が聞こえて来たのは私の頭上。

私が顔を上げると、そこに居たのは小さな鼠。

 

「あら、さっきは鳥じゃなかった?」

 

「鳥より鼠の方が自然でしょう?」

 

「此処が私の部屋じゃなければね」

 

 この絢爛豪華な部屋に鼠は合わない。

せめて馬や猫なんかだったら……やはり合わないか。

 

「それで、鼠さんはどうして此処に来たの?」

 

「噂に名高い輝夜姫の見物を少し」

 

「……で、本人と会った感想は?」

 

「まるで猫みたい」

 

 遠まわしに猫かぶりと言っているのだろう。

私は鼠を引っ掴んで庭へと放り投げる。見事に着地した。

 

「危ない」

 

「乙女に猫かぶりとか言った罰よ」

 

「乙女は鼠を投げ飛ばさない」

 

 キッと睨み付けてやると大人しくなる。

私は座布団を一つ出し、鼠に座る様に勧めた。

 

「……鼠に席を勧めるのは初めてね」

 

「初めてじゃなかったら軽蔑してる」

 

 また投げてやろうとして思い留まる。

先ずはこの愉快な鼠が此処へ来た経緯を聞くのが先だろう。

 

「さて、じゃあ都に来た所から話して頂戴」

 

「話す前提なの?」

 

「私は外の連中に突き出しても良いのよ?

今は遠征から帰って来た腕利きの陰陽師連中もいる事だし」

 

 ねぇ?と隣に座っている鼠へ笑いかける。

鼠は暫く思案したようだが、やがて渋々と語り出す。

 

「都に来たのは半刻程前――」

 

 

 

 私とぬえはこの間と同じ様に結界を通り抜けて都へと侵入する。

この間来た時と全く同じ景色の中、私は嫌な予感を胸に抱いていた。

 

何だろう、この感じ……

 

「ひより?どうかしたの?」

 

「……何でも無い」

 

 私は不安を押し切る様に首を振った。

ぬえが何も言わないのなら多分大丈夫なのだろう。

 

「……それで、どうするの?」

 

「前回の商人の時と同じ戦法で行くよ。

私とひよりが同じ格好をして、別々の場所で行動……どう?」

 

「分かった、時間は?」

 

 ぬえが空を見上げ、現在の時刻を測る。

……今は大体戌終刻(二十一時)といった所だろうか。

 

「えーと、亥正刻(二十二時)にしようか。

集合場所は此処か私達の拠点……多分此処で落ち合うだろうけど」

 

「分かった、亥正刻に此処に集合ね」

 

 ぬえが都の端の方へと向かって行く。

恐らく端から中央へ追い詰めるつもりなのだろう、なら私は――

 

「――ぬえの反対方向」

 

 翼を出して空へと飛翔する。

都の端へ向かう間も、私の胸の不安は治まらなかった。

 

 

 

「で、出たぁぁぁッ!化け物だぁぁぁぁっ!」

 

「グルル……」

 

 私は出会った都の人間達に次々と能力を使っていく。

こいつ等程度なら正体を統一しなくてもバレる事なんて無い。

 

「グォォォッ!」

 

「ひぃぃぃっ!?」

 

 鳴き声を響かせ、人間達を都の中央へと追い詰めて行く。

中には陰陽師達も混じって逃げているようだ、それもかなり必死に。

 

これなら、私の計画通りに……

 

 私は都の中央を通り越して反対側を見る。

私の予想が正しければ、ひよりは向こうから来る筈だ。

 

さて、じゃあもう一仕事――

 

「――っ!?」

 

 私は能力の使用を止めないまま急上昇した。

その数秒後に私が居た場所を、『霊力』を纏った紙……符が通り過ぎる。

 

「っまさか……」

 

 私は符が飛んできた方向を見下ろす。

そこには、私の姿を見ても驚かない人間達が数人――

 

「――陰陽師っ!?」

 

 私がそう言うが早いか、陰陽師達から霊力が発せられる。

それは、私がひよりと都に来た時には一切感じられなかった程の……

 

こいつ等、都の中なのに霊力を隠してたのかっ!

 

 想定外の出来事に私は内心舌打ちする。

恐らくあの結界は弾く類の物では無く、感知する為だけの結界なのだ。

 

油断して入って来た妖怪を、唯仕留めるだけで良い。

 

丁度、今の私とひよりの様な妖怪を――。

 

「でも、今更退く訳にも行かないんだよ!」

 

 私は正体不明のまま都の中心へと向かう。

目の前には陰陽師達の放った大量の霊符が迫っている。

 

「問題は、ひよりね」

 

 

私は必要最低限の霊符を槍で弾いて小さく呟いた。

 

 

 

 私が端へ着いた時、既に反対の方角から悲鳴が聞こえていた。

私は家々の間に降り立ち、そこで姿を変えてから人々の真後ろへと立つ。

 

「おい、向こうのあれは何の騒ぎだ?」

 

目の前では二人の『人間』が話している。

 

「さぁ、確か妖怪がなんとかっ……」

 その内の一人が、私の姿を捉えた。

目を見開き、口を開けたまま人間は固まる。

 

「おい、どうしたんだ?」

 

「あ……あ……」

 

一人が震える腕で私を指差す。

 

「一体何だって……」

 

 もう一人の人間が振り向き、私と目が合った。

人間は一度目を擦ってから、大きな声で叫びながら逃げて行った。

 

「よっ、妖怪だぁっ!!」

 

「ま、待ってくれ!置いてくなぁっ!!」

 

 彼等の声を聞きつけて、家からも人間達が出てくる。

そいつ等も、私の姿を見ては一目散に都の中央へと逃げて行った。

 

 私は、元は彼等と同じ人間だった筈だ。

なのに、今はこうして彼等に避けられ恐れられている。

 

……特に、何も感じなかった。

 

「……」

 

 ただただ無言で足を進める。

人々が逃げ、悲鳴が上がり、誰かが転んで怪我をする。

 

それを見ても、私は何も感じなかったのだ。

 

「今の私は、()()

 

 都で生きて、蟲毒の材料にされて、妖怪になった。

私が妖怪になった事は、陰陽師の青年が保証してくれた。

 

「昔の私は、人間()()()の?」

 

 都で生まれたかも分からず、親も分からない。

私が人間だった事は、誰にも保証出来ないし断言も出来ない。

 

分かっているのは、私が妖怪という事だけ――

 

「――がっ!?」

 

 私の頭に何処からか飛んできた何かが直撃した。

思わずよろめき、唸り声を上げながら飛んできた方向を見る。

 

「居たぞ、あれが化け物だ」

 

 其処に居たのは十を超える人間達。

彼等が手に持っている紙から私が感じた嫌な気配が漂っている。

 

あれは、不味い。

 

 私は、一瞬どうしようかと迷う。

大分人間を中央に追い込んだし、此処で無理をする必要は無い。

だが、あの人間達を連れたままぬえに会うのも得策では無い……。

 

「……」

 

「逃げたぞ、追え!」

 

 私は無言のまま空へと飛翔する。

私の勘が、今の私では彼等に勝てない事を警告していた。

 

「早く、この事をぬえにっ……」

 

 未だに先程の紙が直撃した頭が痛む。

私は空を駆け、ぬえの居る都の反対側を目指した。

 

 

 

 

「――こんな感じ」

 

話を終えた私が立ち上がろうとすると、女が私を押さえつけた。

 

「待ちなさい、色々欠けているでしょ」

 

「何処が」

 

「鼠さんはその子の所へ向かったんでしょう?

なら、何故今『その子』は此処に居ないのかしら?」

 

 もしかして隠れてるのかしら、と周囲を見渡す女。

……この女に嘘を言う事は余り得策では無い……仕方ないか。

 

「……続き、まだある」

 

「なんだ、あるんじゃない。早く話して頂戴」

 

 再び座り直し、目を輝かせる女。

私は溜息を吐いてから、話の続きを話し始めた。

 

 

 

「くそっ、油断した……っ!」

 

 私は都の上空を飛んで逃げていた。

目下には、都の中心へと避難した人間達が集まっている。

 

「……『アイツ』が居たら、流石に危ないか」

 

 私は左肩を押さえていた腕を解く。

肩から血が流れる……あの陰陽師にやられた傷だ。

 

「……ひよりが来るまで待機ね」

 

 私は服の裾を破いて肩の傷を縛った。

霊力の傷には大して効果は無いが、気休めにはなるだろう……

 

 

 

 ぬえと陰陽師達の戦いは拮抗していた。

陰陽師達は霊符を撃ち続け、ぬえはそれを弾き続ける。

そんな戦いが十分……狼狽え始めたのは陰陽師達の方だった。

 

「おい、全然効かないぞ!」

 

「クソ、どうなってんだアイツは!」

 

 彼等には、ぬえは未だに正体不明の怪物として映っている。

霊符がすり抜け、時に弾かれていく様子を見ていて不安になったのだろう。

 

「恐怖が出てくれば、後はこっちのもの!」

 

 ぬえは、自身の能力を最大限に使用する。

彼等に更に恐ろしい正体不明の怪物を見せる為に……。

 

「う、うわぁ!」

 

 一人が尻餅をついて後退さった……ぬえを恐れたのだ。

一人、また一人と撤退していくのを眺めながらぬえは前へと進んだ。

 

――恐怖は、伝播した。

 

 既に私を止められる者は居ないだろう。

……もし、この時私が油断をしなければ、きっと――

 

「――がっ!?」

 

 私の肩に霊気を纏った短刀が突き刺さる。

私はそのままバランスを崩し、地面へと落下した。

 

「ちくしょう……誰が……」

 

「俺だ」

 

 目の前に若い陰陽師が現れる……かなりの実力者だ。

私は目の前の男を睨みながらも、好奇心に負けて一つ質問をした。

 

「……どうして、分かったのさ?」

 

「何、奴等が口々に『別々の事』を言ってたからな。

俺が見ているお前も、恐らく仮初の姿だと踏んだだけさ」

 

男には誇った様子も無かった……隙が、無い。

 

「……ちっ」

 

 私は諦めた()()()に肩の力を抜いた。 

恐らく、私の実力ではこいつを倒す事は出来ないだろう。

 

だから、油断した所で逃走を図る。

 

 初めて見破られた屈辱より、生き残る事を優先する。

私はまだ此処で死ぬ訳にはいかないのだ……ひよりの為にも。

 

「うーん、しかし()()()かぁ……。

俺はてっきり()()()が復讐に来たのだとばかり思ってたんだが……」

 

 どうやら男は私を誰かと勘違いしてたらしい。

……どちらにせよ、今考え込んでいるこの時がチャンスか――

 

「――っ!!」

 

「おっと!」

 

 私は体を跳ね上がらせ、高速で飛翔する。

男は私を迎撃せず、その場から少し離れた所で私を見上げた。

 

「都から出る事をお勧めするぞ」

 

「……随分と甘い陰陽師ね?

でも、そんな提案を受け入れるつもりは無い」

 

 私は高度を上げ、陰陽師の攻撃の届かない位置まで避難する。

此処まで来れば人間では攻撃する事は愚か、見つけるのも困難だろう。

 

「っつぅ……」

 

肩に痛みが走り、思わず手を当てた……血が出ている。

 

この程度なら問題無いけど、これ以上食らうと流石に危ないか……。

 

 私は肩を押さえながら飛翔を開始する。

行き先は、この都の中心……人間達が避難している場所だ。

 

「……あいつ等は、ひよりを見捨てた――」

 

 他の人間たちは恐らく疎まれている事に気付いていた。

だが、誰もひよりを助けようとしなかったし、居なくなっても気にしなかった。

 

あの子は、人間に生まれるべきでは無かったのだ。

 

 

「――思い知らせてやる」

 

人間達に、恐怖による復讐を。

 

 

 

「ぬえ」

 

「お、来たねひより」

 

 都の反対側へ向かう途中、都の中央でぬえと会った。

ぬえが無事で安心した私は、彼女の肩を見て思わず叫んだ。

 

「肩、どうしたの!?」

 

「いやはは、ちょっと腕の立つ陰陽師にやられちゃった」

 

 たはは、と笑って頭を掻くぬえ。

その笑いに勢いを殺され、私は溜息を吐いた。

 

「……気を付けてよ」

 

「大丈夫、もうこれで仕上げだから」

 

 ぬえが下を見、私も同じく都を見る。

大勢の人間達が中央へと避難し、蠢いている。

 

「良い?私は今からあいつ等とひよりに共通の不明を見せる。

更に、ひよりには姿が『よく判らない』状態になるように能力を使うわ」

 

「私に?」

 

「そう、そして私の幻覚が当たった建物を壊して頂戴。

人間達に、私達の姿が幻覚じゃないという事を思い知らせてやるの」

 

確かに、それなら本物の様に見えるかもしれない。

 

「分かった……人間はどうするの?」

 

「極力攻撃はしないつもりよ、当たったら吹き飛ばして頂戴」

 

 やはり彼女は悪戯の一線を越えようとしない。

ぬえの何気ない優しさが面白くて、ついつい笑ってしまう。

 

「ちょっと、何笑ってるの?」

 

「ぬえは優しいなって、ね」

 

「?……何の事?」

 

 本当は、私が異形の姿で暴れまわれば良いのだ。

でも、下にいる陰陽師達の攻撃を弾けるのはぬえしかいない。

 

「何でもない。

それで、何時降りるの?」

 

「何時って、当然よ――」

 

 ぬえが意地悪い笑みを浮かべる。

私は背中の翼に力を込め、急降下する準備をする。

 

「――今!」

 

 ぬえと私が同時に急降下し、地面へと近付く。

私の隣でぬえが形を変えるのを確認し、私は腕を蛇に変形させる。

 

「さぁて、此処からが本番よ……!」

 

 ぬえが呟き、地面へと着地した。

私はその傍で、ぬえと陰陽師達の動きに注意する。

 

「来たぞ!化け物だ!」

 

「ひより!打ち合わせ通りに!」

 

「分かった」

 

私達と陰陽師達は同時に動き出した。

 

 

 

 

「へぇ、あの時の騒ぎはそれだったの」

 

 納得した、と女が自身の手を打つ。

どうやら、この女はあの時も此処に居たらしい。

 

「これでお終い」

 

「まだ、貴方が此処へ逃げて来た時の話しがあるでしょう?

……まぁ、良いわ。経緯は分かったし、貴方も聞かれたくない様だし」

 

女が私の顔を見て申し訳無さ気に言う……顔に出ていたのだろうか?

 

 

『ぬえ!先に行って!』

 

『っ……!絶対に、迎えに来るから!』

 

 

「……」

 

「だから、これ以上は聞かないわ」

 

「……ありがとう」

 

女はカラカラと笑い、私を持ち上げ手に乗せる。

 

「私は輝夜姫、『輝夜』で良いわ」

 

「私はひより、好きに呼んで」

 

 じゃあひよりね、と女――輝夜は言った。

……輝夜も、何処か人間とはかけ離れている様な気がする。

普通の人間なら、喋る鼠と仲良くなろうなんて思わないだろう。

 

「これから暫く一緒に暮らす事になるわ」

 

「……?どういう意味?」

 

「考えてもご覧なさい?

貴方は未だ見つかって居らず捜索中。

この屋敷の入り口には陰陽師や見張りが大勢いるのよ」

 

今は空への警戒も強いでしょうね、と輝夜は付け加えた。

 

「……」

 

「だから、暫くは此処に置いてあげるわ。

貴方の相方が近付いて来たら、私が脱出手段を教えてあげる」

 

「何で私を助けるの?」

 

 輝夜には私を助ける必要は無い筈だ。

それを聞いて輝夜は少し困った顔で悩んだ。

 

「うーん、嫌な言い方をするなら興味ね。

貴方がこの先、どういう生き方をするのか気になったのよ。

それに私、鼠好きだし」

 

そう言って笑った輝夜の顔は、何処かぬえに似ていた。

 

「……お世話になります」

 

「えぇ、安心しなさい。

此処に陰陽師は一人も入れないから」

 

 

月の光で地に浮かぶ、鼠と人の影。

 

 

 

 ぬえとひよりの住んでいる小屋に、一つの影が降りる。

影はそのまま小屋の中に入り、フラリと地面に倒れこんだ。

 

「……」

 

 影の主であるぬえは、自身の手で顔を覆った。

それだけで、あの時の光景が頭の中で繰り返され――

 

「くそ……」

 

 自然と、目から涙が零れて来る。

成功した代わりに、ひよりを置いて来てしまった。

彼女は、陰陽師達に対抗する術を持っていないのに……。

 

「畜生っ!」

 

 立ち上がり、壁に八つ当たりしようとして止める。

……壁には、私とひよりの食事当番の表が書かれていた。

 

「……必ず、ひよりを助ける」

 

 ひよりは頭が良いし恐らく何処かに隠れているだろう。

当面の問題は、私自身の傷の回復と都へ再突入する為の準備だけだ。

 

「大体、一週間位かな……」

 

 傷の具合を見て私は呟く。

ひよりが居ないだけで、随分と小屋が寂しく感じた。

 

「……寝よう」

 

 私は床に寝転がったまま目を閉じる。

ひよりを助ける為には、早く回復をしなくてはならない。

 

 

そう思っていても、私は中々眠る事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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