孤独と共に歩む者   作:Klotho

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やはりというべきか戦闘が絡むと途端に変な感じ。


※活動報告にて少しだけこの小説の意見を取りたいと思います。宜しければ御意見お聞かせ下さい。



『蠱毒と穢れ』

 

知っていて当然の虚実、知らなくて当たり前の真実。

 

 

「一つだけ分からないことがあるんです」

 

 自身の手に持つ手帳を、その中に書き込まれた様々な『彼女』についての情報を頭に思い浮

かべながら、稗田阿求は問う。対面に座る彼女は、その貼り付けた微笑を絶やさないまま首を

傾げた。

 

阿求は一度手帳を確認し、口を開く。

 

「風見幽香さんから、八雲藍さんから、西行寺幽々子さんから、聞きました。彼女が自ら封印

されるのを選択した事、貴女と共に幻想郷を作っていた事、月面戦争に参加していた事――」

 

まずはその貼り付けた笑みを消してやると、阿求は躊躇う事なく『それ』を口に出す。

 

「どうして私に教えたんですか?」

 

彼女は答えない。阿求は続ける。

 

「三代目稗田に関係しているから、そう幽香さんは言いました。……違いますよね?貴女が私

に教えた理由は、私が()()()()()稗田だからでしょう?」

 

何故稗田阿未が『人と妖が共存出来る世の稗田』に手記を渡そうとしたのか?

 

今ならば、何となく分かるような気がする。

 

「……あの手記は、未来に生きる幻想郷の住民に向けられた祈りだった。三代目稗田は、生き

ていた時からひよりが封印される事に気付いて……違いますね。予感があったから残したと、

そう表現するべきでしょうか」

 

だから八雲紫に預けて、私に人と妖の距離を縮めるように頼んだ。

 

「嘗ての妖怪達は言いました。『幻想郷を作る上で邪魔になるから』と。しかし、それも幻想

郷が完成してしまえば必要のない言い訳。人と妖が共存出来るなら、彼女を封印する理由もな

くなる――」

 

彼女が封印される理由をなくす、その意味は――

 

「貴女は、ひよりの封印を解くつもりなんですね?」

 

 

私は初めて、八雲紫という妖怪の心に足を踏み入れた。

 

 

 

「穢れの子よ、聞こえているんだろう?」

 

 依姫は問う。相対している生物ならざる彼女に、黒い襤褸のような靄を全身に纏い、その瞳

だけを爛々と輝かせて此方を睨みつける少女に――ひよりに、問いかける。

 

「あいつ等は完全に終わっていた。私が到着して、穢れが祓われて、後は私の手で殺されるだ

けの運命だった筈だ。生きているのは、お前がこうして私と相対しているからに過ぎない」

 

周囲には既に何の生物も存在しない。

 

先程まで周囲で動けずに居た妖怪達は、巨大な狐に引き摺られていった。

 

「――お前を、畏れていたよ」

 

思い浮かべるのは、先の妖怪達。一様に皆、私ではなく彼女を見て――

 

「……」

 

沈黙は肯定、黙秘は容認。依姫は続ける。

 

「目の前で神の力を見せた私より、お前を畏れていた。命を救われて尚、その力に恐怖してい

たと、私はそう見えた。……それも然り、妖怪とて『生きている』からな」

 

神を信じるよりも死を恐れる、至って正常な心理だ。

 

「断言しよう、地球にも月にも貴様の居場所はない」

 

「……」

 

「例え一億の生物の内何人かが許そうと、他の全員はお前を殺しに掛かるだろう。お前一人を

生かすよりも、お前を殺して他の全員が生きる方が遥かに良いに決まっている……違うか?」

 

「……」

 

 聞こえているのかいないのか……否、聞こえてはいる。この少女に限って……燦然と輝く剣

に全身を貫かれ、それでも全く死ぬ様子を見せないこの『化け物』が、今こうして大人しく話

を聞いているのが何よりの証拠だった。

 

それなのに、否定の言葉は何時まで経っても出てこない。

 

「……なぁ、穢れの子。お前、一体何時から気付いてたんだ?」

 

否定しないということは、自分でも認めていると。

 

認めているという事は、何時か何処かで気付いていたということだ。

 

「最初、かな」

 

「……」

 

 依姫の問いに、ほんの一瞬だけ穢れを抑えて彼女は答える。誰がどう見てもこの世ならざる

気配を纏った少女は、しかし依姫の瞳を真っ直ぐに見据えて言った。

 

その声音に

 

まるで他人の出来事を語るかのような声に

 

無意識に依姫は、自身の手を握り締めていた。

 

「予感は初めから。漠然と何となく、ああやって他の妖怪達に畏れられるよりも、こうして妖

怪になるよりも前に――」

 

 

「周りに誰も居なかった時から、気付いていた」

 

私は最初から必要のない存在でした。

 

「……そうか」

 

同情はない。少女が事実としてのみ伝える故に、依姫は感情移入の余地なく刀を構える。

 

「なら、過去に死ねなかったお前を私が殺してやろう」

 

「出来るなら、ね」

 

 光の刃が刺さった少女が分散し、何もない場所に出現する。そうして再び穢れを纏い始めた

彼女を見て依姫は目を閉じ……唇を、噛み締めた。

 

何故、地球の者達は――

 

 

 

「依姫様!豊姫様!たっ、大変です、地上の妖怪達が月に攻め込んで来ましたぁ!」

 

バキリと、何かがへし折れる音を豊姫は聞いた。

 

「……」

 

「よ、依姫……ちゃん?」

 

 何かではなく、ペン。地上への監査許可証に最後のサインをしていた依姫の手に握られて

いたペンが、彼女の手の中でペンだったモノと化していた。

 

その残骸をそっと机に降ろし、揺らりと身体を起こして依姫は直立する。

 

「……数と、様子」

 

「え、えっと?」

 

 俯いている所為で此方からは表情を伺うことは出来ないが、その内に渦巻く感情は火を見

るよりも明らかだ。依姫の変容についていけな偵察係に、仕方なく豊姫は助け舟を出す。

 

「攻めてきた妖怪の人数と、強さ、動向、目的は分かる?」

 

「あ、はい。人数は凡そ百余り、強さは地球で観測したものと同じくバラバラですが、強い

固体はそれこそ注意が必要なレベルです。目的は分かりませんが、真っ直ぐに此処へと向か

って来てます!」

 

真っ直ぐに此方へと。一体ではなく大勢で、しかもこの月に。

 

「なら目的は月自体か或いはこの都ね。……それで、対処は?」

 

 まぁ、予想はつく。大方対処の仕方が分からなくて一目散に私達の所へ駆け込んで来たの

だろう。自分で言うのも何だが、私と依姫に相談してしまえば武力的にも駆け引き的にも解

決してしまう事は確かだ。

 

「有象も無象も切り捨てる。姉上、出発の時間は()()()だけ延長してくれ」

 

 私の問いに答えたのは観察係ではなく隣にいた依姫だった。横を見ると、彼女は既にそこ

には居ない――前を見ると、依姫は窓に足を掛けて跳躍する寸前だった。

 

私と偵察係が声を発する前に、跳躍。

 

「……あ」

 

「向こうも最悪のタイミングで攻めて来ちゃったわねぇ。もう少し早ければ、或いは遅けれ

ば依姫も手加減したかもしれないのに……」

 

 自慢の妹、彼女一人で十二分に殲滅出来る確信がある。寧ろ内心で妖怪達に手を合わせて

いるコレが私の仕事だろうか?十五分後には、きっと何食わぬ顔で彼女は此処に戻って来る

に違いない。

 

……と、依姫に一任する訳にもいかないのだ。

 

「まぁ、念には念を入れましょう……穢れの浄化装置を作動、それと『玉兎』達にゲート内

で待機するように。私の動きを見て、私が合図したら貴女達も戦いに参加して頂戴」

 

 妖怪達は地球の中でも多く穢れを持っている。そしてその穢れが彼等の主たる原動力にな

っていることは、既にあの方が証明済みの結果だった。

 

作動させれば、恐らく彼等は動けなくなるだろう。

 

「わ、分かりました!直ぐに行ってきます!」

 

「えぇ、よろしく頼むわね、と……」

 

慌てて駆けて行く偵察係を見送り、私は一人部屋に残って思索に耽る。

 

 地球から月への侵攻、月の有史上初めての出来事。転送の方法、目的、扇動者……様々な

疑問もあるが、同時にこれは良い機会にも成り得るだろう。数少ない実践の場を玉兎達にも

経験させられると思えば、此方にもそれなりの利益だ。

 

「うぅ、ん。少し向こうの首謀者とも話してみたいわねぇ」

 

新兵の教育というのも、私達の……依姫の、役目なんだけど。

 

「……本当、姉って大変」

 

 

窓には暫しの間哀愁漂う少女の姿が映っていた。

 

 

 

 

依姫が妖怪達の姿をその目に捉える頃には、もう戦いの決着はついていた。

 

「っ……」

 

「ぐ、が……」

 

一歩もその場から動かず、声無き呻きを上げて震える妖怪達。

 

「全く、姉上も余計な事を」

 

 恐らくは都にいる彼女が穢れの浄化を行ったのだろう。私は一度剣を鞘に戻し、必死の形

相で此方を睨みつけてくる有象無象達を眺める。早く帰って本来の目的に戻りたいと思う反

面、やはり私も彼等に興味があったのだ。

 

腕を複数持つ者、目が三つ、首がない、四肢が存在しない。

 

「……?」

 

そんな魑魅魍魎の中に、黒い衣に身を包んだ少女が立っていた。

 

 他の妖怪達と同じように動けず、しかし私に向けられる視線にはどんな感情も篭められて

いない。パッと見ると妖怪ではなく人間のようにも見える、そんな少女。

 

っと、雑念を振り払って私は剣を抜き、掲げる。

 

「『祇園』様、暫し御力をお借りします――」

 

 

『神霊の依代となる程度の能力』

 

 依姫が生まれながらにして持つ能力で、端的に言えば八百万といる神の能力をその身に宿

す事の出来る力。力を借りる対象が神である故に強力無比で、故に月の軍事担当を担ってい

ると言っても過言ではない。当然幾らかの制約もあるが、それを含めてもお釣りが出てしま

う程だ。

 

そして呼び出したのは祇園大明神、武神と呼ばれる神の力である。

 

 

――呼び出して、彼女は困ったように溜息を吐いた。

 

「……やはり、大して変わらないか」

 

 光り輝く自身の剣と周囲の妖怪達を見て、依姫は小さくそう呟く。眼前に居る百以上の妖

怪でも、恐らく数分を待たずして倒せてしまうだろう。それも相手が動けない状態では、普

段相手にしている的とも然程変わらない。

 

そう思い剣を振り上げ、妖怪達を殺そうとした所で――

 

 

ピタリと、依姫の動きが止まった。

 

 

 

では、八雲紫が月へ来た真の目的とは一体何だったのか?

 

「……()()()()、月は妖怪に対する対策を持っていた」

 

 真上から妖怪達の一団を映したスキマを見つめ、紫は呆れたように肩を竦める。

多少の回避能力持ちはいるだろうと思ったが、どうやら彼等では役不足だったらしい。

 

「本当、手の届かない場所を目指すべきじゃないわね」

 

「良く分かっていますね、その通りです。届かない場所に……ましてや月を、貴女達のよう

な者達が目指すこと自体がおこがましいと自覚しなさい」

 

 声が聞こえたのは紫の背後、彼女と都を繋ぐ一本の道。立ち塞がった薄金と濃紫の少女が

そう答えると、紫は何時もの傘をクルクルと回しながら後ろを振り向いた。

 

「こんばんは、月のお嬢さん」

 

「えぇ、こんばんは。下賎な星の扇動者さん?」

 

表面上はお互い笑顔で微笑ましく、内面で互いの隙を探り合う。

 

「数多の妖怪に二人と兎の群れとは、随分と自信がお有りのようね?」

 

「これが数多の小惑星なら私達も本気で動いたでしょう。けれど、虫数匹を叩き潰すのに都

を挙げる必要はないのよ。それとも貴女は、何事にも全力で取り組む御方なのかしら?」

 

「確かに、虫であるなら必要はない。……でも、それが毒虫だったら?」

 

 その紫の言葉を聞いて豊姫は自身の顎に手を当てて何かを思考する。傍から見れば明らか

な油断である筈なのに、紫は微笑を携えて彼女の言葉を待った。

 

そして、少女は再び紫の顔を見る。

 

「……あの中に、毒虫が居ると?」

 

「さぁ、どうかしらねぇ?」

 

豊姫は少しだけ他所へと顔を――今依姫と妖怪達の居る場所に向けた。

 

そして戻す時には、鋭い双眸で紫を睨み。

 

 

「……なら、貴女を倒して直ぐにでも依姫の所に向かうとしましょう」

 

「安心なさい、その逆が起きても私は貴女の妹さんの所へ駆けつけてあげるわ」

 

 

 

 

「っ――ぐぅ!」

 

 振り下ろす為に使う力を、急遽切り払う為に変更。元々描く筈だった軌跡を大きく逸らし、

目前を切りつけながら下がる事によって私は回避に成功した。遅れてぶおんと、黒い何かが私

の居た場所を通り過ぎていく。

 

確認する必要もない、あの少女だ。

 

「まさか、動けるとはな……」

 

 それも全く衰えた様子もなく、私が全力で回避する必要がある速さで、だ。理由は分からな

いが、彼女には穢れを浄化する機能が働いていないらしい。

 

そこまで至った所で、私は少女の背後から巨大な狐が近付いて来る事に気付く。

 

「……じゃ、お願い」

 

「……」

 

 新手かと身構えたが、狐は周囲の妖怪の内何人かを咥えてそのまま立ち去って行った。方角

も都とは正反対、つまり妖怪達が攻めて来た方に――

 

「まさか、撤退するつもりか?」

 

「初めから私の目的は撤退。別に都へ行く訳じゃない」

 

 それなら確かに納得がいく。周囲の妖怪が気張っている最中少女がボンヤリと此方を眺めて

いたのは、なんて事はない、私が彼等に害をなさなかったからだろう。故に私が剣を振り上げ

るまで、彼女は止めようとはしなかった。

 

だから、と少女は続ける。

 

「出来れば、見逃して欲しい」

 

未だ妖怪達は動けず、都へ踏み入った者達も居ない。

 

「無理だな。穢れを月へ持ち込む事自体、我々にとっては大罪だ。それが地球の妖怪ともなれ

ば、代価は死を以って支払って貰う」

 

「そうしようとするも失敗……これで、お互いの線引きは出来ない?」

 

 尚も諦めず交渉をしようとする少女には感心する……が、それを認める訳にはいかない。今

下手に失敗を重ねて八意永琳の捜索を延期させられたくはなかった。

 

故に私は、刀の切っ先を少女に向ける事で答える。

 

「本気でやって失敗すれば示しは付く。但し、命の保障はしないぞ」

 

「殺す、と?」

 

想定内といった顔で尋ねる少女。

 

「あぁ」

 

「……そう」

 

 少女は肩を竦めた。肩を竦めて、溜息を吐いて、後ろを振り返る。先の妖怪達を運び終わっ

たのだろう狐が再び妖怪達を咥えるのを見て、少女は一人小さく頷き――

 

此方へ振り返った。

 

「っ、くっ!?」

 

咄嗟に数歩後退。意識して行った訳ではなく、本能的に。

 

……何だ?

 

「何を、した?」

 

 未だ全身が強張り、脳が絶え間なく警告を続ける。私がもう一度同じ言葉を繰り返そうと口

を開いた瞬間、目前の少女が口を開いた。

 

「……殺される覚悟は、ある?」

 

「――」

 

――穢れ。

 

 周囲の妖怪達とは比べ物にならない、純粋で単純で凶悪な滅びの気配。少女の足元が段々と

黒染んでいく光景は、私の背筋に一筋の雫を通した。……手が、身体が、心が恐怖で震えてい

る、気がする。

 

あれは、当たってはいけない。

 

死なんて生易しいものでは、ない。

 

「……お前は、一体何者だ?」

 

思わず尋ねる。答えが返ってくるとは思わなかった。

 

 

『蠱毒』

 

 

「結論から言わせて貰うと、恐らくだけど貴女には浄化装置の力は通じない筈よ」

 

無駄骨だった、とでも言わんばかりに溜息を吐く永琳を前に、私と輝夜は顔を見合わせた。

 

……つまり?

 

「つまり、月の妖怪対策は貴女に通用しないという事よ」

 

「やったわね、これで一つ解決したわ」

 

微笑む賢者と喜ぶ月の姫。確かに喜ぶべき事なのだろうが、しかし――

 

「……どうして?」

 

「簡単な話よ。私の作った装置は『生物非生物の穢れを極小にまで減らす』、という物。月の民

にだって穢れはあるし、恐らく一生をかけても穢れは完全には消せないのよ」

 

その上で、と永琳は続ける。

 

「貴女の体質は妖怪というよりも穢れの塊なのよ、ひより。だからそもそも装置の効果対象には

()()()()()。だって私が『そういう風に』設計したんですもの」

 

「つまり、兎と同じ調理方法で狼は捌けないのね」

 

「……どうして兎を例にするのさ?」

 

チラリとてゐを見て囁く輝夜と、睨みつつも肩を竦めるてゐ。

 

「……と、話を戻すわね。問題の一つである穢れの浄化対策はこれで良しとして、残るは撤退の

間に攻撃してくるであろう月の民への対処かしら」

 

「そうよねぇ、やっぱりそこが問題なのよねぇ……」

 

「……?」

 

何故か困ったように顔を見合わせる二人。どうやらこの二人でも手を焼く何かがあるようだ。

 

――と、その答えは意外にも簡単に永琳の口から零れる。

 

「綿月依姫と綿月豊姫……輝夜と同じ、私の教え子よ」

 

「私よりも先に教えられているから、実際は姉弟子みたいな物かしら?」

 

……うわぁ。

 

 

 

 

「依姫は妹、姿を変えていないなら紫の長髪をリボンで束ねている筈よ。多分刀を肌身離さず差

しているでしょうから、それも判断の目安になるでしょう。隙がなく理解の早い性格で、戦闘な

ら天才的と言える動きと能力を持っているわ」

 

サラサラとリボンと刀を描く永琳。

 

「次に豊姫、此方が姉ね。薄金の髪と特徴的な帽子を被ってるから直ぐに分かる筈。それと言っ

て分かり易い持ち物はないけど、話せば直ぐにどちらか分かるのよね。豊姫は依姫よりも物腰が

柔らかくて……多分、依姫よりも知的な会話をしてくれるから」

 

紫の被っている帽子のような物と……桃?

 

「能力は単純、神の力を借りるのが依姫で瞬間移動が豊姫……だったっけ?」

 

「まぁ、大雑把に言えばそうです。……良い?この二人が出て来る場合、逆に普通の月人達は来

ないと思って良いわ。遠距離からの攻撃だけ一応注意を払って頂戴」

 

そして、と永琳は続ける。

 

「この二人が一緒に居たら、流石の貴女でも勝つのは厳しいと思うわ。移動系の能力と攻撃系の

能力を組み合わせた脅威は貴女の娘さんから教わっているでしょう?」

 

 ……確かに、彌里の神徒達を同時に相手するのは正直言って厳しい。妹紅でも簡単に喰われた

ように、下手をすれば私も喰い散らかされてしまう自信すらあった。

 

「……分かった、気をつける」

 

「――それと、もし二人対ひよりになっちゃった場合なんだけど」

 

 てゐから離れ何時の間にか隣に座っていた輝夜が私の肩を掴んで引き寄せる。さり気ない怪力

と座ったままで動けない私の耳に輝夜は顔を近づけ、そっと囁く。

 

「……私と永琳の名前を、出しなさい」

 

「……」

 

「多分それで攻撃は絶対に止まる。何なら貴女と私が親友と、そう伝えても構わないわ。……い

え、寧ろそれは伝えて頂戴。ついでに永琳とも仲良しって言えば完璧ね」

 

「私も姫と同じ結論、緊急時には私達を使ってくれて構わないのよ?」

 

……確かに、確かにそうだが。

 

「でも――」

 

「私が使えと言ったのよ、躊躇うのは寧ろ失礼でしょう?」

 

 チラと、正面に座る永琳に視線を送る。彼女は珍しく肩も竦めず、真っ直ぐに此方を見て頷き

返して来た。……視線を上に向けると、輝夜はニッコリと微笑んでいる。

 

「何が何でも帰って来なさい。勝利以外の報告も要らないし、お土産も必要ない。

……貴女がまた此処へ来て、何時ものように遊んでくれれば私は竹林でも我慢出来るから」

 

パタリと、上から一滴雨漏りの雫。

 

「……分かった。じゃあ、行って来る」

 

私はそっと輝夜の手を解き、立ち上がって部屋を出る。

 

 

一度も後ろを振り返ろうとは、しなかった。

 

 

 

 かつて妖忌を達人と称したことがあった。それは勿論嘘ではないし、彼の剣は素人目に見ても

常人の域を超えている。文字通り人外の存在にしか辿り着く事の出来ない境地と言えるだろう。

 

ならば、綿月依姫の剣は――

 

「疾ッ!」

 

超人的と、そう表現するのが的確だろうか。

 

 今もまた一度、殆ど時間を待たずして剣先が揺らめく。私の身体を縦に割るつもりの()()()

寸前で身体を横にして避ける。早過ぎれば進路を変えて私の動きに合わせてくるだろう、その確信

めいた蠱毒達の判断に従っていた。

 

そして再び、彼らからの警告。

 

「はぁっ!」

 

 私の真横を縦に過ぎる筈だった剣先が流れるような動きで真横へと向かう。今度は上半身を逸ら

すことによってそれを躱し、半ば倒れ込むようにして私は地面に背中を――着けずに飛翔。思い切

り背後へと下がった。

 

これで丁度五度目の攻防。未だ両者の攻撃は掠りもしていない。

 

「……ん」

 

 何かが腕を伝う感触にチラリと視線を向ける。恐らくは依姫の攻撃が掠ったのだろう、綺麗な切

り口からほんの少しだけ血が垂れていた。

 

……紅い血が、ちゃんと流れて――

 

勿論見逃す筈もなく、再び一瞬で距離を詰めてくる依姫。

 

「っと、っ!危な、い」

 

 今度は私も応戦する。全力を込めた蠱毒達を送り、不意打ち気味に身体から蛇を出し、そして依

姫の攻撃を避けた。対する彼女も蠱毒を切り捨て、同じく蛇を切り捨て――その代わり私に届く筈

だった刃は空を斬る。

 

……が、依姫はそこで終わらず更に踏み込んで来た。

 

神速の突き。

 

「――」

 

 今度は動かない訳にはいかない。胴の中心を狙った突きを上半身だけ捻って躱し、今度は向こう

よりも先に貫手を放ち、依姫が返し刀で私の腕を切り落とすのを確認して思い切り後ろへ――

 

ドン

 

っと、私は何もない筈の月面で背後に壁を感じた。

 

「あら?」

 

「ん」

 

ひよりと紫。

 

「珍しいわねぇ、依姫が苦戦するなんて」

 

「……姉上」

 

豊姫と依姫。

 

 

後に紫の口から語られる、月面戦争の真実に出て来る四人が出会った瞬間である。

 

 

 

 

 

 

 

 




投稿が遅れた理由は、主に綿月姉妹の設定と神話のお勉強をしてたからと言いたい。

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