孤独と共に歩む者   作:Klotho

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遅れてしまい申し訳ありません。

急造ですので変更が出て来るかも知れませんが悪しからず。


『蠱毒と月面』

出来すぎた偶然、重なり続けた幸運。

 

その代価は、思わぬ所で災厄となり襲い掛かる。

 

 

「月面戦争……貴女なら、ご存知ですよね?」

 

 八雲紫の見せてくれた三代目稗田の手記、風見幽香が垣間見せた謎多き妖怪の影。そして

それ等の話を裏付けるかの様に調べると出て来る過去の矛盾点。確かめる為には、やはり当

事者に話を聞くしか方法はない――

 

「西行寺幽々子さん」

 

目前に佇む亡霊に、私はそう問い掛ける。

 

「『何時までも誤魔化せる物ではない』と、藍さんはそう言って教えてくれました。幽香さ

んも紫さんも、そう思ったから私に此処まで踏み込ませたのではないでしょうか」

 

調べてみると意外にも直ぐに情報は出てきた。

 

「――『ひより』とは、一体何者なんですか?」

 

「……」

 

「人里で人間のように暮らし、人を助け、人に助けられていた妖怪。けれど決して弱い訳で

はなく、当時危険地帯という他なかった妖怪の山にも容易に出入りしていた記録もあります」

 

初代博麗の巫女の育て親で、八雲紫と思想を共にした彼女。

 

「そんな妖怪が、月面戦争を境にその経歴を一切途絶えさせている。それも幽香さんの話に

よれば死んだ訳ではなく『封印』という形で。……何故、人に疎まれていない筈の彼女が封

印されたのでしょう?」

 

 言い切って、止める。私はこれ以上の事実を知らないし、私からの話はこれで充分だ。

先程までの表情とは打って変わって真剣になった幽々子と向き合い、阿求は彼女の言葉を待

った。

 

「……そうね、なら話をする前に一つだけ、訂正させて貰おうかしら」

 

「……?」

 

そして亡霊は口を開き、生者は言葉に戦慄する。

 

「確かにあの子は人間に恨まれることはなかった。けれど()()()()よ」

 

「それって――」

 

幽々子は扇子を広げ、自身の口元を隠して何処か遠くを見た。

 

まるで境界を操る、あの妖怪のように――

 

 

「彼女を封印したのは()()()()()よ」

 

 

 

 

「ひより、貴女月には興味ないかしら?」

 

「ない」

 

「ひより、貴女「ない」……」

 

じっとりとした瞳で此方を見る紫を無視して私は箸を進める。

 

 場所は変わって紫の隠れ家。神社では話し難いと言われて来てみたらコレだ。正面に座る

紫と、その少し後ろで黙って正座している藍に目を遣る。どちらもこの数ヶ月で、随分と馴

染みある組み合わせとなりつつあった。

 

「お言葉ですが、紫様――」

 

基本的には藍がツッコミ、紫が抵抗する役と。

 

「紫様の言う月の民という存在については私も多少の懸念があります。そもそも、その情報

は一体何処から仕入れて来たんですか?そもそも、どうして仕入れたんですか?」

 

「お試しで月を見に行ったら都があって人が居た、それだけよ」

 

紫の説明を一から追い直すと、こうなる。

 

今日も月が綺麗。

 

そうだ、月から月を見てみよう。

 

あれれ、月面は思ったよりも綺麗じゃない。

 

というか、何だか人工物と生物が見えるような気も。

 

「……えぇと、月まで行ったんですか?」

 

「そうよ?」

 

「……」

 

藍の視線が紫から外れて此方へと向く。『助けてくれ』……か。

 

しかし、私としてはその発言を否定することも肯定することも出来ないのだ。

 

 

『「――私は月に帰らなくちゃいけないの」』

 

その理由は、竹林に建つ亭とそこに住むお姫様にある。

 

 今人々の間で語り継がれる竹取物語という話は、かの有名な輝夜姫が紆余曲折あった末に

月の使者達と共に月へと帰ってしまう物語である。紫が知っているのかは分からないが、そ

の話の裏側を知る私としては『月』というのは因縁浅からぬ場所だった。

 

というか、私も含めて輝夜や永琳が月の使者を殺してしまっているのが要因なのだけど。

 

「……まぁ、見たって言うならあるんじゃないかな」

 

 結局、当たり障りのない答えを返すことしか出来ない。肯定してしまえばその理由を問わ

れ、秘密にしている輝夜や永琳の存在に勘付かれる可能性がある。逆に否定するのは、輝夜

と永琳を否定するようで後味が悪かったのだ。

 

私は紫達を信用しているが、それでも知る存在は少ない方が有り難いと。

 

八意永琳は、初めて会った時にそう言っていた。

 

「良いでしょう、では紫様の言う通り月に人間が住んでいるとします。……で、そこを襲撃

する理由は何なんですか?私には無駄な行いのように見えるのですが」

 

 私の援護は期待出来ないと気付いたのか、攻撃的である。そんな鋭い藍の指摘にも、紫は

ニヤリと笑って簡潔に答えてみせた。

 

「技術を少し拝借したいのよ。表向きは月への侵攻、裏で私があの都から情報を盗むの。月

に住んでいる人間の都よ?きっと何か役に立つ物があるに違いないわ」

 

「藍、諦めた方が良い」

 

 こうなってしまった紫は、多分誰にも止められない。正直言って力ずくでも止めたいのだ

が、真っ向から押さえ込むには私と藍の二人では力不足だった。

 

「……本気なんですか?」

 

「本気よ」

 

 藍が頭を抑えて何かを我慢するように思考。紫の従者になってから良く見かける仕草だっ

た。……ちなみに彼女がこの仕草をする時は、決まって主の無茶な要求にどう対処するか考

える時である。

 

「……分かりました、今度は私も見に行きましょう」

 

そして、折れた。

 

「じゃあ決まりね!私と藍で視察に行くから、その間ひよりは月に行く準備を進めて頂戴。

決行日はなるべく早くするけど、他の妖怪達にも声を掛けるから暫くは掛かるわよ」

 

「行きたくないんだけど」

 

……藍が無言で私の背後に付いた。

 

「あら、怖いのかしら?」

 

「……怖いというよりかは、強(こわ)い。紫だって、月に人が居るって言うならそいつ等

が地球から移住したって事くらい分かるでしょ?」

 

つまり最低限そんなとんでもな技術を持っていると、そういう事で。

 

「その為の視察よ。もし危険なら、今後一切手を出さない事も約束する。それに、月の人間

達は地球から妖怪が攻めてくるなんて夢にも思っていない筈よ。きっと上手くいくわ」

 

だからお願いと、そう手を合わせて頼む紫。

 

 

私と藍は顔を合わせて肩を竦めた

 

 

「駄目よ、少なくとも貴女の同行は許可しません」

 

やはりというべきか、永琳はキッパリとそう言った。

 

「……分かってるけど、一応理由を聞かせて」

 

 言いつつ姿勢を正座へと変えて、私は正面の椅子に座る月の賢者――八意永琳を仰ぎ見る。

誰よりも月に詳しいであろう彼女は溜息を吐き、徐に机から真白い紙を取り出した。

 

「まず一つ、その妖怪の賢者さんの当ては大外れよ。月は完全に妖怪の……正確には穢れに

対しての対策を持っている。使われたら、恐らく妖怪は身動きが取れなくなるでしょう」

 

紙に妖怪と書き、その文字にバツ印を重ねる。

 

「次に月人が使う兵器、これは貴女は見たことがあるわね?」

 

「えーと、光を高速で打ち出す……んだっけ?」

 

 正直あの時の事は余り良く覚えていない、彼の事と輝夜達を守る事に手一杯で、月人達の

武器にまで視線は行っていなかったのもある。永琳は頷いて紙に絵を書いた。

 

「えぇ、正式名称は光線銃。簡単に言えば熱線の様な物で、岩や地面なんかなら簡単に溶か

せる熱と速さが特徴よ。貴女は月人の手から察知出来ていたけれど、他の妖怪にそれが可能

なのかしら?」

 

 見ただけで思い出せる程正確な絵だが、それに当たって溶けかけている何かの惨状も相ま

ってとてもシュールだ。私は頭の中で思い当たる節を想像する。

 

藍や妖忌なら、きっと避けられるだろう。

 

……紫は駄目な気がする。

 

「……」

 

「断言が出来ない時点でもう絶望的ね」

 

永琳は光線銃の絵にも斜線を引いた。

 

「そして何より――これが最たる理由だけど、蓬莱山輝夜がそれを許さないわ」

 

「……あー」

 

蓬莱山輝夜。月の姫で、無二の親友で、月を捨てた大罪人である彼女。

 

「ほんの少しでも貴女が月の民に殺される可能性がある限り、輝夜はそれを許しはしないで

しょうね。下手をすれば輝夜がその妖怪の賢者を殺しに掛かる可能性も捨て切れないわ」

 

 頭を抑えながらそう言う永琳に、私は一切否定を入れる事も出来ず頷く。紫も輝夜も我の

強い性格、加えて輝夜は面白さ至上主義。そうなれば、紫と輝夜の衝突は避けられない物と

なるだろう。

 

しかし、そうなると唯一月について知っている私が行けない事になる。

 

「……」

 

「いえ、貴女も懸念も分かるわ。万が一にも、その妖怪の賢者を死なせたくはないのよね。

でも、私達の事を考えると月人への注意喚起も不可能……本当に、御免なさい」

 

頭を下げる永琳は、多分真剣に私の事を心配してくれているのだろう。

 

「別に、永琳達は悪くない」

 

そう言ったがしかし、永琳は首を横に振る。

 

「いいえ、一番辛い立場にいるのは貴女よ。どちらを選択するにしろ片方に不利益が出る、

そんな状況に立たせてしまう私達とその賢者が悪いに決まってるわ」

 

「……だから、気にしてないって――」

 

 

「いいえ、悪いのは私達よ。私が保障してあげる」

 

「「……」」

 

 最悪のタイミング。背後から聞こえて来る声は間違いなく彼女の物。恐らくは向き的に見

えているだろう永琳の視線を追うように私も振り返り――

 

扉の横壁に寄り掛かるようにして、

 

蓬莱山輝夜が、そこに居た。

 

「永琳、取りあえず貴女は穢れを封じるシステムの穴を見つけなさい。作った本人なんだか

ら、二つ三つは見つけられるでしょう?最悪ひよりだけ回避出来れば良いわ」

 

「……仰せのままに」

 

 声こそ呆れだが、直ぐに背後から作業に取り掛かる音が聞こえ始める。私が輝夜から視線

を動かせないでいると、目が合った彼女は壁から体を離して此方へと近付いてきた。

 

「ひより」

 

正面に立ち、腰を曲げ、屈む。

 

そして、私を抱きしめた。

 

「――御免なさい、知らない所で色々迷惑を掛けているようね」

 

「まぁ、ね」

 

もう誤魔化しは効かない。輝夜は肩を掴んだまま私の顔が見える位置まで離れた。

 

「その妖怪も大切な人なんでしょう?」

 

初めは敵同士だったが、意外にも親しくなればなる程見える紫の良さ。

 

「……うん」

 

「なら貴女の好きなようにやりなさい。大丈夫、私達も出来る限りの知識と抜け道は教える

し、誰も死なせないまま平和に解決出来る『裏技』も教えてあげる。……ねぇ、永琳?」

 

「……えぇ、まぁ。一応ありますね、そういえば」

 

ほらね?と言って私を見つめる輝夜の瞳に、怒りや不満の色は無かった。

 

「さて、それじゃあ下準備から始めようかしら。……良い?その妖怪の月侵攻の鍵はひより

が握っていると言っても過言じゃない。貴女が、月人と妖怪達を押し留めてどちらにも勝利

させない状況を作る。即ち――」

 

 

「妖怪と月人対私達の……『月面戦争』よ」

 

月の姫は、爛々と瞳を輝かせてそう囁いた。

 

 

 

 

地球から見た此処は、一体どんな風に見えるのだろうか?

 

 

「……」

 

無意味な深淵、無意味な瞬き、無意味に硬い地面と、無意味な建造物と月人達。

 

そして、今まで気にもしなかった『有意味な地球』

 

「――依姫、貴女最近何時もそうしているわねぇ」

 

「……姉上」

 

 依姫と呼ばれた少女は背後から聞こえた声にそう答え、しかし背を向けたまま振り返らな

い。頭の後ろで纏めた濃紫の髪を、腰に差した一振りの太刀を、自身の背と軸すらも動かさ

ないままの直立。

 

魂魄妖忌がこの場にいれば、彼女を達人と称しただろう。

 

 

名を、『綿月 依姫(わたつきの よりひめ)』という。

 

「姉上、私は昔一度地球を見て無意味な惑星だと、そう言った事がありましたよね?」

 

「そうね、確かに言っていたわ。依姫が地球を見たのは後にも先にもそれっきり……もう口

に出すことすらないと思っていたのよ?」

 

 姉上と呼ばれた少女、『綿月 豊姫(わたつきの とよひめ)』は答える。直立する依姫の

隣に並び、薄金の髪を揺らし、手に持った白桃を、自身の背と軸を動かしながら、まるで正

反対の動きをしてみせる。

 

一見すれば奇妙な光景。しかしこの二人の姿を笑うことの出来る生物は、存在しない。

 

「それが今じゃこの有様、多分私と永琳様の名前の次に多く口に出している言葉じゃない?

……いい加減執政の方も手伝ってくれないと困るのよ、依姫()()()。お姉ちゃん過労死しち

うから」

 

月でも五本の指に入るほどの権力を持つ姉妹は、地球を見上げた。

 

「……私は、今まで月がつまらないと思ったことはなかった」

 

「無視なのね?……良いわ、先に依姫ちゃんからどうぞ」

 

聞いているのかいないのか、依姫は姉を見ないまま続ける。

 

「この狭い場所で、惰性と進歩の緩い場所に立って、それでも退屈はしなかった。

……その理由は単に、『あの方』が月と私達の元に居てくれたからということでしょう」

 

少し物憂げに青き惑星を見つめる彼女は、一体今何を思っているのだろうか。

 

答えは、決まっている。

 

「依姫ちゃん、師匠にぞっこんだったものねぇ。……でも駄目よ、地上に直接降りて探すに

は、まだ未知の脅威が多過ぎる」

 

「……」

 

ギリと、そんな音が依姫の握り締めた手から聞こえた気がした。

 

「分かるでしょう?師匠が『月の探査』に引っ掛からない事と、姫様を迎えに師匠と地球へ

降りた使者達が戻って来ない事を考えれば……あの人以外に、そんな芸当が出来る人は居な

いのだから――」

 

八意永琳は、蓬莱山輝夜と共に地球で住むことを選んだ。

 

言外にそう言って、豊姫は妹の握り拳を優しく開いた。

 

「でも、依姫ちゃんはそれを踏まえた上で会いたいのよね?師匠……八意永琳に」

 

今まで意味のあった物が無意味に、意味のなかった物が有意味に見える程に――

 

「……えぇ」

 

綿月依姫は、八意永琳に心酔していた。

 

親離れ出来ない子供と、そう評しても良いのかもしれないが。

 

「直に準備も整うわ。だからそうなった時捜索に専念出来るように、今の内からお仕事を片

付けちゃいましょう?会えた時に沢山お話出来るように……ね?」

 

「……分かりました」

 

渋々といった表情で頷く依姫を見て、豊姫は内心で胸を撫で下ろす。

 

 彼女は有能で優秀で可愛い妹だが、永琳や……自分で言うのもなんだが、私のことになる

と他の事をそっちのけで集中してしまう節がある。そういえば師匠も、依姫のコレで少し頭

を悩ませていたんだったか。

 

……まぁ何にせよ、だ。

 

「……依姫には悪いけど、私は師匠の意志を尊重するわ」

 

恐らくは着いて来ているのであろう妹に聞こえないよう、小さく呟く。

 

「……もし永琳様が地球に残ると言うのなら、私は――」

 

その後ろに居た依姫もまた、前に居る姉に聞こえないよう小さく呟いていた。

 

 

この二人の姿を笑うことの出来る生物は、存在しない。

 

 

 

「……」

 

「言いたい事は分かる……しかし言いたい事も分かるだろう?」

 

 確かに分かる。紫と藍の考えている月面侵攻と、その要としてはこれ以上ない実力と経験

を併せ持っている者達だ。正直言って、私でも敵に回したいとは思えない程の相手である。

 

……だからと言って

 

「姫様!幾ら八雲の自宅といえど……」

 

「良いのよ。ほら見て妖忌、紫ったら布団敷きっ放しなのよ?」

 

「た、確かに奴の生活習慣の無さは伺えますが……」

 

西行寺幽々子と、魂魄妖忌。

 

――何故だろう、味方にしたいとも思えないのは

 

「これでも一応は達人と強力な能力持ちだからな、紫様もやむなしという感じだったよ」

 

 一応の所でやはり語調が強まる辺り、藍はこの二人の世話も担当しているようだ。そんな

藍とも幽々子達とも視線を合わせず、私は整備された縁側と差し込む日差しを見て目を細めた。

 

良い天気。

 

「逃げないでくれ。……それで、今紫様は天魔の所と風見の所へ行っている。どちらも協力は絶

望的だが、天魔の方は恐らく呼び掛け程度なら手伝ってくれるだろう」

 

紫と、藍と、幽々子と、妖忌。

 

そして何人になるかも分からない、妖怪達が大多数。

 

「……はぁ」

 

「……やはり、お前は反対か?」

 

 無意識で漏れた溜息に藍が目敏く反応する。嘗て人の傍で気を遣っていただけあって、彼女は

よく私や紫の意図を汲み取った上で会話してくれている。

 

「反対だよ、正直今からでも止めたい位」

 

藍が訝しげな瞳で此方を見る。

 

 伝わらなくても無理はない。話していないし、紫以上に藍は私と私の身の回りの人物を知らな

いから。……それでも、嘗て人の傍で生きていた彼女になら伝わると信じて――

 

私は藍と視線を交錯させた。

 

言葉ではなく、気持ちで

 

「……多分、止める事は無理だろう。既に月の恩恵目的で大多数の妖怪が集結している。今無効

にでもすればこの周辺で争いになる可能性もあるんだ」

 

そこまで言ってから、藍は少しだけ困ったように頭を掻く。

 

「――だが、直ぐに撤退出来るように準備して置くよ。その時はお前が合図してくれ」

 

「……ありがと」

 

 

ポツリと、一言。それだけ言って藍は幽々子達の元へと歩いて行った。

 

 

 

 

 永遠亭の一室、恐らくこの先も使われることのない客間に迷いの竹林の全員が集まっていた。

一人は机に突っ伏し、もう一人は姿勢良く紙に何かを書き込み、もう一人は壁に背中を預けて静

かに目を瞑り、私は突っ伏した彼女の隣に座っている。

 

前者から輝夜、永琳、てゐである。

 

「……うぅ、ん」

 

 隣から聞こえてくるのは寝息と唸り声。机に頬をつける形で何かを書いていた輝夜は、どうや

ら疲れてそのまま眠りへと落ちたようだった。

 

永琳と目配せし、苦笑。

 

「……この子がどうして反対しなかったのか、未だ分からないのよね」

 

ポツリと呟き、永琳は手を止めて輝夜の髪を撫でる。

 

「月に居た頃から好奇心旺盛というか、破天荒だったのよ輝夜は。他の誰にも思いつけないこと

ばかり思いついて、でも完成させないでお終いって、ね。その癖大切な物には拘るから、私も苦

労したわ」

 

「それって、今もそんなに変わらない――」

 

永琳が人差し指をそっと顔に持ってくる……万が一にも、という事か。

 

「『私も信頼してみたいのよ。親友みたいで素敵でしょう?』」

 

そんな私達の密談に言葉を重ねたのはてゐだった。

 

「『反対だけど、ひよりの気持ちも分かるのよ。私だってひよりと同じ状況だったらきっと同行

するわ。だってそれが、友達ってものでしょう?』……迷惑な相談受けたよ、全く」

 

肩を竦めて首を振るてゐの口元には微笑み。

 

「愛されてるねぇ、ひよりさん?」

 

「……」

 

「否定はしないのね?」

 

 片目だけ此方に向けてニヤニヤと笑うてゐと、正面で輝夜の髪を弄りながらニコニコと微笑む

永琳。この二人相手に私一人では少し分が悪いだろう。

 

……片手を輝夜へと伸ばした。

 

「輝夜、起きて」

 

「うぅーん……?あ、寝ちゃってたのね」

 

 身体を起こして一度伸び、直ぐに状況を把握する輝夜。永琳とてゐが驚愕で目を見開く中、私

は先程のてゐが口に出していた言葉を復唱した。

 

端にいるてゐにも、良く聞こえるように――

 

「私も信頼してみた「てゐぃ!!」――」

 

僅か数秒で立ち上がり、飛び上がり、てゐの目の前まで跳躍する輝夜。

 

「うぅわわっ!?覚えてろひよりっ!」

 

伸ばされた両腕を全身で躱し、てゐは輝夜とバタバタ扉を開きながら出て行った。

 

「……永琳は、どうする?」

 

チラと視線を正面へ。彼女は苦笑いしながら両手を挙げた。

 

「遠慮して置くわ」

 

 

月の賢者はやはりというべきか、利口であるらしい。

 

 

 

そして博麗神社。

 

「月……月ですか」

 

「そ、多分一日で戻るよ」

 

 時は夜の縁側、唸りながらも空を眺めるのは愛娘の彌里。紫の発案した計画を大まかに説明

し、暫くは神社に戻れないと伝えた直後である。

 

「うー、私も行って見たいなぁ、月」

 

 人間の彌里が月へ行った場合、恐らくだが月人に保護されて地球へ送り返されるのだと永琳

は言っていた。探査船や何かの事象で飛ばされた時にも、彼女が月に居た頃はそうしていたら

しい。

 

しかし、妖怪と共に来た場合はどうなるか――

 

「駄目、何があるか分からない」

 

「……まぁ、そうですよね」

 

 少しだけ寂しそうにそう言い、しかし直ぐに彌里は諦めた。一昔前の彼女なら『離れたくな

い』と駄々を捏ねただろうか?成長を見れて嬉しさ半分、やっぱり半分悲しかった。

 

「あ!じゃあこの間行っていた佐渡島に連れてって下さい!」

 

それでも昔の可愛らしさは、今は別の愛らしさに変わって。

 

「……良いよ、帰ってきたら行こうか」

 

「やったぁ!母様の分も準備して置きますから、帰ったら直ぐ行きましょうねっ!」

 

立ち上がり、恐らくは準備に向かったのだろう彌里の背中を眺める。

 

十七にもなってまだまだ子供のようにはしゃぐ辺りは、昔のまま変わらず。

 

けれど里の人達から尊敬される彌里を、私は知っている。

 

「……」

 

彌里を自立させて離れるのも、遠くないのだと

 

 

そう思って月を見上げた。

 

 

 

 

待宵月

 

 

深夜、寝静まったであろう彌里の代わりに隣へ座った人影が居た。

 

「よっ」

 

「うん」

 

妹紅は腰を降ろし、ひよりと同じように月を見上げる。

 

「佐渡島の次は月と……何考えてるのかは分からないけど、無理はしないでよ?」

 

そう言ってひよりを見つめる妹紅は、純粋に不安そうな表情をしていた。

 

「……しないよ」

 

「そこは即答して欲しかったなぁ」

 

 答えたひよりも苦笑する妹紅も、断言出来ないことは分かっている。侵攻する目的で月へ行

く以上、向こうが少なからず応戦するのは避けようのない事だ。

 

ましてやその相手が、月人ともなれば――

 

「どうせアイツも絡んでるんだろうし、師匠の心配はしてないけどさ。一回でも死んだら彌里

が悲しむって、それだけ頭に入れて置いてよ。もう私が慰めるのは御免だからね」

 

そういえば、藍との戦いで死んだ時も彌里は大層悲しんだらしい。

 

曰く『母さまが死んだも同然だ』、とか。

 

「……気をつける」

 

「そこも即答して欲しいんだけどね」

 

閑話休題。

 

 

「そういや、佐渡島で何をしてきたのさ?」

 

「別に大した事はしてないけど、強いていうなら修行かな」

 

 ふーん、と適当に相槌を打ちながら右手を私に振り抜く妹紅。その手を腕で捌き、そのまま

肘を脇腹に思い切りぶつけてやる。隣で蹲るのが見えた。

 

「うぐぐ……でも力は変わってない」

 

「まぁ、技術的な方面で少しだけだから」

 

そう言うと、妹紅は少しだけ不満そうな顔で此方を見た。

 

「もっと露骨に強くなってれば私だって安心出来るんだけど」

 

「……」

 

「さっきの言葉、一応私の気持ちも入ってるからな」

 

 それだけ言って妹紅は急ぐように立ち上がる。元々余り本心を口にしないことの多い彼女だ

から、きっと恥ずかしいとでも思っているのだろう。そそくさと立ち去ろうとする妹紅の背に

私は声を掛ける為口を開く。

 

「帰ってくる約束なら、するよ。輝夜にも紫にもしてないけど、妹紅と彌里の為にだったらし

ても良い。それだったら、きっと確実に守れる」

 

 約束を守る為ならば、頑張れる。そう言外に言うと、妹紅はガシガシと頭を掻いて此方へと

戻って来た。

 

戻って来て、小指を差し出す。

 

「じゃあ、約束」

 

「……口約束じゃ駄目なの?」

 

 遠回しに子供っぽいと言ったのだが、妹紅は譲ろうとしなかった。……いや、気付いている

のだろうが、今更変えられないと言った所か。既に戻って来てしまっている以上、口約束では

格好がつかないと。

 

……変な所で拘りを持つなぁ。

 

 

私は妹紅の白い指に指を絡ませた。

 

 

 

「確かに、ひよりは人間達に恐れられてはいなかった。けれど、一部の大妖怪を除く大多数の

妖怪達は彼女の能力を……性質を、畏れた」

 

「性質?」

 

幽々子は頷き、自身の掌を指差した。

 

「私の能力は『死を操る程度の能力』……知っているわね?」

 

「えぇ、まぁ」

 

 死を操る程度の能力。ありとあらゆる人妖を、殆どの例外なく絶命させることの出来るとん

でもな能力。西行寺幽々子を大妖怪と即認定した理由でもあり、故に彼女が持っていて安心し

た力でもあった。

 

だから私は、次の幽々子の言葉に動きを止める。

 

「ひよりの性質は、私の比じゃなかったのよ」

 

「――」

 

幽々子は続ける。

 

「生物なんて生易しいレベルではない。植物も地面も空気も、彼女の『呪い』に罹れば例外を

残さず終わり果てる。死という概念を通り越して、ひよりの力は全てを絶つ事が出来た」

 

確かにそれは、誰から見ても脅威なのだろう、が。

 

「……だから、封印されたんですか?」

 

 故に私は気になった。そんな妖怪がどうして人と共に、曳いては三代目稗田達と共に生きた

のだろうか。強力な力を持っているなら、それを行使して大妖怪になれば良かったのではない

か、と。そうすれば、封印されることも無かったのでは――

 

しかしこの問いに、幽々子は緩やかに首を横に振って答えた。

 

「幻想郷が出来る前の話だって事を忘れては駄目よ、稗田ちゃん。当時の妖怪達は彼女の力を

恐れ、八雲紫に彼女を退治するよう申告した。将来的に幻想郷の邪魔になるとかなんとか、そ

んな建前を押し付けて、ね」

 

彼等だって彼女に助けられた身でしょうに、と幽々子は付け加えて溜息を吐いた。

 

「月面戦争の開戦直後、ひよりはすぐに私と妖忌……妖夢の師匠ね。その私達を地球へ戻し、

動けない妖怪達と武器を構える月人の間に立った」

 

「た、立ってそれで……止めたんですか?」

 

 たった一人で妖怪と月人の戦争を止めたのだろうか。そう期待を込めた瞳で幽々子を見つめ

る私に、幽々子は少しだけ疲れた風に溜息を吐いて立ち上がった。

 

「……私が教えられるのは此処まで。後は、実際に見た当事者から話を聞いた方が良いわ」

 

そう言って立ち去ろうとする幽々子に、私は慌てて声を掛ける。

 

「え、えぇっと、当事者って言うのは……?」

 

まさかとは思うが――

 

「八雲紫、知ってるでしょう?」

 

知ってはいるが、知り過ぎて声を掛けられないというか。

 

「えぇと、確かに知っているんですけど。……その、何分聞き難いと言います、かね」

 

そんな私の懸念に、幽々子は嬉しそうに微笑んだ。

 

「大丈夫、紫なら多分今の会話も盗み聞きしているわ。止めないということは、いい加減紫も

何かをしようとしているんじゃないかしらねぇ?」

 

そう態とらしく『何か』を強調する幽々子は、何処か安心した表情で。

 

具体的には、何を?

 

……決まっている、そんな事は分かりきっているだろう、私。

 

「……幽々子さん、最後に質問です」

 

「あら、何かしら?」

 

それを確定付ける為に、私は八雲紫の親友へと問い掛ける。

 

顔を見れば、既に答えは出ていた。

 

「そのひよりという方と紫さんは、仲が良かったんでしょう?」

 

「……えぇ」

 

 

「――初めての理解者だと、紫はそう言っていたわ」

 

私でも分かる、それは間違いなく彼女の本心だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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