孤独と共に歩む者   作:Klotho

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少々スランプ気味。表現が微妙な部分は後々手を加えます。


『蠱毒と大妖』

 

 

 当時の私がどういう生活をしていたのか、そこは余り重要ではない。

しかし私と彼女が最初で最後の遭遇を果たしたのが日常生活の延長線上だった故に、今回

だけは特別に語るとしよう。言い触らされたら、その口を閉ざすまで――

 

 

『花を操る程度の能力』

 

 程度の能力とは人妖関わらず極稀に先天的、あるいは後天的に持つものである。大抵の

場合それは個人の人格や生い立ちに関係したり、または全く関係のしない能力が開花した

りするものだが、そのどちらにせよ能力者自身の実力を一際目立たせる物になる事が多い。

 

天狗の射命丸文は風を操り

 

捉え所の無い隙間妖怪は境界を行き来し

 

力だけは無駄にある鬼が、更に力を手に入れる。

 

 さて、此処まで説明した所で私の能力をもう一度紹介しよう。『花を操る程度の能力』で

ある。具体的な使い方は花を咲かせたり動かしたり、枯れた花を戻したりといった程度。実

力云々よりも先に()()な能力だと、そう思うのも無理は無い。

 

 

「……良い天気ね」

 

 平和な一日だった。天気は快晴、風は微風。日差しが多少強いが、その辺りは日傘を差し

ているので然程問題ではない。私は何時も通り、花と動物が揺れ動き回る道を歩く。

 

『風見幽香』――日課は散歩。

 

「……」

 

 しかし少々平和過ぎる。無論植物や動物にとっては願ってもない事なのだろうが、私にと

ってはほんの少しだけ退屈に感じられた。

 

真情は嗜虐と暴力、但し人妖に限る。

 

「本当、皆が幸せになるのって難しい」

 

愛しているのは植物全般、特に花。

 

 私の望みが叶わなければ、私の愛する者達は喜ぶ。私の望みが叶う状況は、彼等にとって

は余り良い状態とは言えないのだ。人生とは侭ならない物だと一人溜息を吐き、無意識に日

傘をクルクルとまわし始めた所で――

 

ザワリと一度、植物達がざわめいた。

 

「……あら、お客さんかしら?」

 

 唯一私が自身の能力に感謝している点がある。それは、『花達の感情を大まかに理解出来

る』事。喜怒哀楽、好調不調、恐怖警戒……その程度ならば、手に取るように分かる。

 

そうして感じた彼らの色は興味と好調――ふむ。

 

「少し面白くなりそうね」

 

 植物とは食物連鎖の低い位置に居る故に臆病で警戒心が強い。動物や昆虫には警戒もしな

いが興味も持たない。人妖相手だと興味は持つが警戒も持つ、といった具合である。

 

興味はあるが、警戒はない。これは極めて珍しい状態だ。

 

 

私は花達の興味が集まる方向へと歩みを進めた。 

 

 

 

「つまり、大妖怪の中でも強い奴等ってのはさ」

 

地底に入る直前、正面に座る八雲紫に向けて伊吹萃香はこう言った。

 

「手加減を、知ってるんだ」

 

「まぁ、そうよね。下手をすれば簡単に相手を殺せてしまう訳だし……」

 

 神妙な顔で頷く紫は恐らく全くと言っていい程理解出来ていないのだろう。萃香は軽く

溜息を吐き、態とらしく肩を竦めて口を開く。

 

「そうじゃない、一理あるけれどね。良く考えてご覧。例えば、勇儀とひよりが初めて戦

った時、どうしてひよりは勇儀に勝てたのか?」

 

「……」

 

 さて、どうしてだろうか。ひよりの方が強かったから?勇儀が手を抜いたから?それと

も運が良かったからか?……違う。

 

「答えは単純さ。『勇儀もひよりも手を抜いていた』……これに限るね」

 

 どちらも手を抜いていた。だから、どちらが勝っても可笑しくはなかった。ただ単にひ

よりが生き返ったから勝ったと、つまりはそれだけの話だ。

 

「で、そう結論づけるとどうなるかしら?……萃香、貴女は突発的な天才なんだから、そ

う遠回りで言われたって分からないのよ」

 

「遠回しに馬鹿って言ってる?……まぁ、良いや。ほら、力の勇儀と蠱毒のひより……こ

の二人が衝突して、どうして『誰も死ななかった』んだろうね?普通、巻き添えが出ても

可笑しくはないだろう?」

 

「……あぁ、そういうこと」

 

紫は漸く理解したようだった。萃香は続ける。

 

「勇儀が本気を出せば、きっと大江山が丘になったって不思議じゃない。ひよりも能力を

本気で使ったら、私や勇儀は無理でも周囲の生物は全滅してたんじゃないかな」

 

星熊勇儀とひより。不可能と言うには、余りに強過ぎる力。

 

「周囲を気にしながら戦わざるを得なかった、故にひよりが勝ったと……そういう事ね?」

 

「その通り。ひよりの力は指向性が効くみたいだけど、力なんて物は全てに影響しちまう

からね。当たればひよりに、外れれば地面や空気なんかも巻き込んじまう」

 

だから星熊勇儀は負けた。全力を出せない状況だったから、誰も死なずに済んだ。

 

「大分長く話しちまったけど言わせて貰うよ。逆に、何も周囲を気にする必要のない場所

で大妖怪同士が戦ったらどうなるか?……答えは今話した通りだ」

 

「……」

 

「私がする最後の忠告と思っていい」

 

途端に硬くなった表情の紫を見て苦笑。相変わらず自身の想定外な出来事に弱いらしい。

 

「ま、安心しなよ。伊吹萃香と星熊勇儀……それに連なる鬼達も殆ど消える。後は残りの

とんでも大妖怪を警戒したら良い。それ位なら、別段難しくもないだろう?」

 

 別に紫の義務ではないが、もしこの地を幻想郷としたいならば避けた方が良い。そう言

外に言って、萃香は紫に笑いかけた。

 

「……素直に受け取って置くわ、親友の言葉ですもの。それで、今の貴女から見て危険な

大妖怪というのは、具体的にどの人物を指すのかしら?」

 

 言いつつ紫は手を広げて掲げる。……成る程、どうやら向こうも同じ結論のようだ。萃

香も自身の掌を見せ、指を折り曲げながらその名を連ねた。

 

「西行寺幽々子、八雲藍、天魔、ひより、風見幽香――この五人の内の誰かと誰かが本気

で戦うのは、絶対に避けるべきだろうね」

 

「確実に平気と言えるのは二人、微妙が二人、絶対に不可能が一人……世知辛いわね」

 

 前者二人が確実、天魔とひよりは微妙、風見幽香は言うまでもなく後者か。今挙げた名

前の中に妹紅が入っていないのは、萃香と紫の知る限り彼女の能力では何も無い場所で被

害を出す事はないからだ。

 

紫は暫く何かを思案し、やがて小さく頷く。

 

「でも、それは確かに盲点だったわ。ありがとう萃香」

 

「戻って来た時に更地だと困るからね。……あぁそれと、一応候補は紫も入ってるよ?」

 

「……私ってそんなに信用ないかしら?」

 

心外だと言わんばかりに溜息を吐く紫。萃香は紫を指差した。

 

 

「一番ありそうなのは、お前と藍が本気で妹紅と戦う事だろう?」

 

それは確かに、そうなのだけども。

 

 

 

風見幽香はその時初めて自身の勘を疑った。

 

「……?」

 

 正確には、自身の知識と経験を疑った。大妖怪の中でも更に長く、尚且つその時間の殆

どを花に囲まれて過ごした幽香らしからぬ疑問である。

 

「……」

 

視界の先数十メートルの位置で花を眺める小さき少女。

 

その種族を計りかねたのだ。

 

「本当に、面白い」

 

 そう一人呟き、幽香は先と同じ様に周囲の植物へ意識を遣る。未だ植物達は少女に向け

て興味を持っているがそこに警戒や恐怖はない。つまり、人型でありながら幽香以外の人

妖が植物に受け入れられているという事――

 

あぁ、いや

 

「ねぇ、お嬢さん」

 

彼女が亡霊や幻覚という線も、無くはない。

 

「……私?」

 

 しかしその当ても外れる。少女は幽香の声に反応して振り向き、コテンと首を傾げた。

幽香は笑みを浮かべたまま少女へと近付き、その二メートル程手前で停止する。

 

「えぇ、そうよ。花を眺めていたみたいだけれど、貴女は花が好きなのかしら?」

 

「ううん、別に」

 

 此処でもう一つ分かった事がある。この少女、身体から微弱に妖力を発しているのだ。

幽香と比べるまでもなく、下手をすれば他の小妖怪以下程度の妖力。しかしこれで、彼女

が妖怪という事は確実となった。

 

……であるならば、今度はもう一つの疑問が浮かぶ。

 

「私は風見幽香、此処の花達と共に生きる妖怪よ。貴女は?」

 

()()()よりももっと強烈に、周囲の地面が震える程の妖力を放出する。

 

「ひより。博麗神社ってとこに住んでる妖怪」

 

それに対してもひよりは無表情。何事もなかったかの様に自己紹介をした。

 

 ここが可笑しかった。幽香は自身の事を謙遜抜きにしても強い部類に入ると自覚している。

少女はその逆、誰が見ても弱小妖怪の部類。人に虐げられ、幽香が弄る種族の筈――

 

そんな様子を微塵も見せず、幽香の妖力にも動じない。

 

「……貴女は強いの?」

 

 自然とそういう結論が幽香の口から漏れると、少女は苦虫を噛み潰したような顔で数歩後ろ

へと下がった。そういう反応は、とても弱小妖怪に似ている部分がある。

 

「別に、強くはないけど」

 

「なら残念、私の趣味は弱い者苛め。此処にのこのことやって来てくれた貴女を逃がす程、私

は別に善人ではないのよ。この子達に何かされても困るし、ね」

 

 幽香が一歩進み、少女が二歩下がる。歩幅の差から動く距離は一緒だが、幽香は既に何時も

通りの流れになるという事を予感していた。次の少女の言葉は――

 

「……嘘、実は――」

 

「ちなみにもう一つの趣味は誰かに暴力を振るう事だから、別に貴女が強かろうが弱かろうが

関係ないのよ」

 

 言いつつ日傘を閉じて少女へと向ける。緩慢な動きで向けられたそれに少女が訝しげな表情

を見せた時には、幽香の脳内で少女はもうこの世に存在していなかった。

 

本来ならもっと弄るのだが、花達の暇潰しになった事に免じて一瞬で片付けてやる――

 

 

傘の先端から、道全域を埋め尽くす程の光線が放たれた。

 

 

 

『とある妖怪を説得して欲しいのよ、お願い出来るかしら?』

 

『やだ』

 

『……お願い?』

 

 

 

 

紫の無理に姿勢を屈めた上目遣いを見るよりはマシだった。

 

 

 そう言われて連れて来られた先に広がるのは美しい花畑。見たこともない大きい花が、皆

一様に太陽の方を向いている様は圧巻だ。私はその花達へと近付き、ふと気が付いた事があ

った為周囲を一度見回す。

 

……はて?博麗神社の近辺にこんな綺麗な花畑があっただろうか?

 

「……」

 

 説得をして欲しいという事は、此処は幻想郷にする予定の場所からそう遠くない場所とい

う事になる。その上でこんなに美しい花畑がある場所……一つだけ心当たりがあった。

 

名を『太陽の畑』……確かそこに住むのは、紫や萃香と肩を並べる――

 

「……帰ろ」

 

「ねぇ、お嬢さん」

 

 振り返ろうとしたひよりの動きを止めたのは、鋭く突き刺さるような女性の声。それと同時

に痛い程伝わってくる妖力に、ひよりは内心で紫に悪態を吐きながら声の方向へと向き直った。

 

「……私?」

 

「えぇ、そうよ。花を眺めていたみたいだけれど、貴女は花が好きなのかしら?」

 

 ニッコリと微笑んで此方を見る女性。薄桃色の花弁みたいな傘、緑の髪、射抜くような紅い

双眸。西洋風のチェック柄のブラウスを着て、それと同じ柄のスカートを微風に揺らす女性。

 

……私の記憶違いでなければ、彼女が噂の大妖怪だったような気も。

 

「ううん、別に」

 

 言ってしまってからハッと後悔。彼女は確か花を愛する妖怪、自身の好きな物を好きではな

いと言われて怒らない程妖怪の心は広くないのだ。恐る恐る女性を見ると、彼女は何かを思案

している様だった。一安心。

 

「私は風見幽香、此処の花達と共に生きる妖怪よ。貴女は?」

 

 ――と安心していた傍から向こうが追撃。どうやら此処は真に太陽の畑であるらしい。先程

よりも更に強力な妖力を放ちながら女性……風見幽香は自分からそう名乗った。

 

唯一の救いは、今の所悪意がないところか。

 

「ひより。博麗神社ってとこに住む妖怪」

 

 彼女の性格が噂通りなら自分から来る事は無いだろう。そう当たりをつけて神社の名前を出

す。後はもう、適当に言葉を濁しながらこの場を何気なく去るしか道はない。

 

「……貴女は強いの?」

 

……うげ。

 

 ここに来て初めて彼等が警告を始める。未だ悪意は出ていないがこの流れはマズイ、と。大

分頭の良くなった彼等に従い、私は数歩後ろに下がりながら逃げ口を探す。

 

「別に、強くはないけど」

 

「なら残念、私の趣味は弱い者苛め。此処にのこのことやって来てくれた貴女を逃がす程、私

は別に善人ではないのよ。この子達に何かされても困るし、ね」

 

 知ってる、善人はいきなり普通の人妖が気絶する程の妖力を放ったりはしない。……しかし

どうすれば良いのやら、たった一度の遣り取りで私に退路がない事は十二分に証明されてしま

った。

 

いや、後は――

 

「……嘘、実は――」

 

「ちなみにもう一つの趣味は誰かに暴力を振るう事だから、別に貴女が強かろうが弱かろうが

関係ないのよ」

 

言い切る前に風見幽香は微笑み、その手に持っていた日傘を閉じて私へと向ける。

 

「……?」

 

 ゆっくりと持ち上がっていくそれは、別段私を突き刺すような勢いは持って――いや、その

先端に空気が歪む程の妖力が込められている。しかし、それでも攻撃する手段には至らないだ

ろう。風見幽香は、口元に不敵な笑みを浮かべたままだ。

 

彼女が一瞬だけ足元とその周囲に視線を遣って――

 

「……あ」

 

 漸くそれに気付いて私が反射的に漏らした言葉は、もう耳に入らない。正面を見ると、生物

の声よりも大きな唸りを上げてとんでもない密度の妖力が目の前に迫ってきている所だった。

 

……死んだ回数分、紫の料理に毒を盛ってやる。

 

 

私は咄嗟に自身の頭に手を伸ばした。

 

 

 

「矜持、分かるかしら?」

 

目の前でそれを語る妖怪は、恐らく私が知る中で一番その言葉が似合う妖怪。

 

風見幽香のその問いに、稗田阿求は小首を傾げた。

 

「えぇ、分かりますけど。矜持ですか?」

 

「そうよ。矜持、プライド、自負。自分の大切な物が分からない者は、それに例え実力があ

ろうが無かろうが大した脅威ではないし、尊敬にも値しない」

 

 珍しくこの妖怪にしては良い台詞だった。普段から太陽の畑に近付く人妖を追い払い、そ

の殆どを花達と過ごしている彼女にしては――いや、彼女だからこそ、か。

 

「だから幽香さんは人間にも妖怪にも厳しいのでしょうか?」

 

「いいえ?別にそれとこれとは話が違うわ。私は誰かに力を振るうのが好きだし、それが弱

小妖怪なら尚好きよ。人間は少し脆過ぎて手を出す気にもならないけれど」

 

……さいですか。

 

「幽香さんは長生きですよね?尊敬出来る妖怪に会う事はなかったんですか?」

 

私の問いに、幽香はサッパリという風に肩を竦める。

 

「本当に守りたい者がある生物は、自分の命を落とす可能性のある場所に近付いたりしない

のよ――あぁ、いえ。一人居たわね、そういう妖怪が」

 

 そんな彼女が懐かしいと言わんばかりの表情を浮かべたのを見て私は密かに息を呑んだ。

昔から性格が変わっていないと言われる彼女にも、そう思える妖怪が居たらしい。

 

「そ、その妖怪は幻想郷に居るんですか!?」

 

 風見幽香がそこまで言う妖怪、気にならない方が可笑しいだろう。他の客が一斉に此方を

振り向くのも構わず、阿求は力任せにテーブルを……『トン』と叩く。

 

「……えぇ、居るわよ。腕も足も動かせず、目も開けず呼吸もせず、ただ只管眠るように、

今もこの幻想郷の何処かで生きながら死んでいる」

 

 そこまで断言出来るという事は、きっと彼女は既にその妖怪を見つけている筈。それを追

求することはせず、私は先の幽香が述べた哲学的なヒントを頭の中で反芻する。

 

「……」

 

腕も足も動かない、眠るように生き死にする妖怪。それは――

 

「……封印、でしょうか?」

 

「そいつは自らの矜持を守り、他者の矜持の為に自分を犠牲にした。八雲紫が幻想郷を作る

事が出来たのもその妖怪のお陰。彼女が封印されて、幻想郷は今の形に落ち着く事が出来た

――と、私はもう行くわ」

 

答えを教えてくれるのかと思いきや、どうやらもう帰るつもりらしい。

 

「えぇ!?行っちゃうんですか!?」

 

 私の問いかけに答えるどころか更なる衝撃を残して立ち上がる幽香。私も一緒に立ち上が

り、しかしまだ団子とお茶代を払っていない事を思い出して踏み止まる。

 

「せ、せめて名前だけでも教えて下さいよぉっ!」

 

そうヤケになって叫ぶ阿求に、幽香は一度だけ振り返って口を開く。

 

 

「『貴女』も良く知ってる奴よ」

 

それは何故か、妙に阿求を納得させるだけの意味を持っていた。

 

 

 

キィーンと、甲高い音が幽香の耳に響いた。

 

「あら?」

 

 日傘を下ろし、その音が鳴った方――先程まで少女が立っていた場所に視線を遣る。綺麗

に地面スレスレから上全域を通過した光線の跡に、キラリと光る花形の簪が落ちていた。

 

……髪飾りだからと言って残る程、弱い攻撃ではなかったのだが。

 

「……ふーん」

 

 状況から考えるに先の少女が光線に直撃する寸前、咄嗟にこれを上空に投げたのだろう。

生物の本能的には顔を守るのが常だろうが、どうやら彼女にはそれ以上にこの花飾りが大切

な物だったらしい。

 

あの花は、確か――

 

「少し勿体ない事をしたかしら?」

 

ポツリと口を出たのは、紛れもない本音だった。

 

 言いつつ髪飾りへと近付く。最早彼女の()()()物となってしまった手前、此処に残して置

くのも少し不憫に感じた。花の好き嫌いを抜きにしても、死の直前に命より大切な物を守ろ

うとする精神――嫌いではない。

 

せめて、この辺りの地面に埋めて置いてやろう。

 

そう思って、幽香は髪飾りへと手を――

 

「それに触るな」

 

「……っ!」

 

伸ばしかけた手を即座に引っ込めて反転、手にした傘を構えて距離を取る。

 

「……」

 

 視線の先には相変わらず無表情の少女。幽香が察知出来ない程突然現れた彼女は、確かに

先程幽香の放った光線で消滅した筈だった。

 

「……貴女、生きていたのね」

 

――いや

 

 生きていたなんてレベルではない。目の前で幽香と対峙する少女は、妖力も雰囲気も殺意

も感情も全くと言って良いほど打って変わった別人だった。

 

少女はゆっくりと此方に歩み寄り、その中途で髪飾りを拾う。

 

「……これは私が親友から貰った大切な物。例え『一回死んだ』としても、これだけは絶対

に壊す訳にはいかない」

 

再び頭の横少し後ろに付け、少女は此方をギラリと睨んだ。

 

「……」

 

――ゾクゾクと。

 

風見幽香は、今まで感じた事のない強烈な『何か』を少女から感じていた。

 

「……成る程。貴女は実力を隠してそれを守ってきたのね」

 

それはきっと、孤高の大妖怪故に幽香自身は感じる事の無かった予感。

 

もしかしたら私はこの妖怪に負けるのかも知れない、と。

 

「別に隠してたつもりじゃない」

 

目の前で困った風に肩を竦める少女を見て、幽香は内心で戦慄し、興奮した。

 

「実力を見せたという事は、やる気になったという意味で良いのかしら?」

 

私と同じかそれ以上の暴虐が出来るであろう少女は、それでも嫌な顔をする。

 

「……出来れば見逃して欲しい」

 

時折チラと外を見て、伺うようにそう言う少女。

 

「それを、許すとでも?」

 

折角見つけた格好の好敵手、此処で逃してたまるものかと――

 

 

風見幽香は、少女の眼前に傘を突きつけた。

 

 

 

結論から言うなら、髪飾りは既に身体の一部的な扱いで消滅しても再生するようだった。

 

 

――下らない落ちだ。

 

 

「相変わらず師匠は相手に優しいよねぇー」

 

 そうぼやいて縁側に寝そべる妹紅。彼女が私を師匠という時、大抵の場合はそこに私への

皮肉を少なからず含めて来る。分かり易く言うなら、悪口を言う時の隠れ蓑のような物だ。

 

「……」

 

「そもそも話を聞く限り、師匠がその後何もない場所に移る意味がないでしょ?あの畑で戦

うって言えば、少なからず相手の気勢も逸れたと思うんだけど」

 

 確かに妹紅の言う通り、私はあの後幽香の提案で草木の一つも生えない場所へと移動した。

彼女自身が作ったらしい誰かを苛める為の場所に、だ。

 

「紫の頼みが説得だったから」

 

「師匠が一番乗り気じゃなかったじゃん」

 

切捨て。

 

「私も本気を出したかったから」

 

「師匠はあの花達になんの愛着もないでしょ?」

 

切捨て、と。

 

妹紅の言う通り、騙された私が紫の頼みを聞いたり幽香と本気で戦う意味は無かった。

 

では何故、私は態々一度死んだにも関わらず幽香の挑戦を受けたのか――

 

「……矜持」

 

「……矜持?」

 

 妹紅が上半身だけ起こして此方を見る。どうやら結論には至っていなかったらしい彼女は、

興味深げな顔で私の答えを待った。私はチラと髪飾りを見てから口を開く。

 

「私にとっての『これ』が、幽香にとっての『太陽の畑』だったから」

 

自分の命よりも大切な、他者には絶対に譲れない物。

 

その為に、風見幽香は私に頭を下げた。

 

「それに気付いたから、あそこでは戦えなかった」

 

そう言うと、妹紅は暫く難しい顔で何かを思案し、やがて再び縁側へと倒れた。

 

「……なんか私がその場面に直面しても同じ事しそうだなぁ――っと!」

 

今度は全身をバネにして起き上がり、妹紅は私に背を向けて夜空を眺める。……忙しい奴。

 

そして、私に背を向けたままポツリと一言。

 

「ちなみに師匠、勝負の結果は?」

 

「さっきも言ったよ。『一度だけ死んだ』ってね」

 

 

髪飾りが月明かりを受けてキラリと光った。

 

 

 

『……ねぇ、ひより?私のご飯だけ色が極彩色なのだけれど?』

 

『知らない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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