孤独と共に歩む者   作:Klotho

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前回までのあらすじ。

ぬえを助けにいった際の閻魔の判決で、ひよりは佐渡島に流された。


『蠱毒と化狸』

 

 

「よーし、重石を沈めろ。暫くは此処で待機だ!」

 

「ん」

 

頭上から聞こえた船乗りの台詞を耳にしてひよりはピクリと耳を動かした。

 

 現在彼女が居るのは甲板と荷物の隙間。何時も通り鼠の姿で、特に清掃員に見られなけれ

ば追いかけられる事もない。楽に島に辿りつけるし、何よりひよりは佐渡島の場所が分から

ないのだ。

 

「それもまぁ、何とか――っと」

 

 叫んでいた男が居なくなった隙に荷物の間から抜け出て船の先端から飛び降りる。一瞬だ

け下は地面なのかと嫌な想像をしたが、下はちゃんと砂浜になっていた。

 

「到着」

 

 後ろを振り返れば何かの積荷を降ろす男達の姿。船の横が海に浸かっているのを見るに、

やはり先端から飛び降りたのは正解だったか。内心で胸を撫で下ろし、ひよりは正面に聳え

る広大な森を見た。

 

しかし佐渡島、未開地のような鬱蒼差加減である。

 

「……これ、鼠じゃ駄目かも」

 

 主な理由としては、環境というよりも島の生態系の方に原因が出てきそうだ。

 来る前に調べた限りだと、此処は狸の妖怪達の勢力がとても強く狐は一匹も島に居ないら

しい。他の生物が普通に生活している所から、多分個人的に何らかの恨みがあっての行動な

のだろうか。……とりあえず今の私には前半の部分が重要だった。

 

狐も狸も雑食で、一応鼠程度なら食えなくもないのだ。

 

「……」

 

 メリットとデメリットを鼠衆と狸衆を呼んで吟味する。隠密に動きたいなら鼠、安心して

動きたいなら狸。捕食される鼠か、捕食する狸。

 

「……仕方ないか」

 

 内心会議で狸陣に旗を揚げ、私は自身の姿を狸へと変えた。姿は直ぐに変われど、普段は

滅多に狸にはならない。鼠よりも視線が高く猫よりも背が低い、その微妙な感覚を味わいな

がら私は正面を見据えた。

 

「これである程度は誤魔化せる、かな」

 

言いつつ足を森へと運ぶ。狸の楽園なら、こっそりその恩恵を受けながら動けるかも――

 

 

なんて甘い考えが、入って数分後に取り消されるとも知らずに。

 

 

 

ガサリと、大きな音を立てて草が揺れた。

 

「……うん?何じゃ?」

 

 樹の根元に生えていた珍奇な茸を採っていた女性は手を止めて音のした叢を見つめる。一

度ならず二度三度、叢の揺れは段々と此方に近付いて来ているようだ。

 

「ふぅむ」

 

 女性は一度自身の顎に手をあててその正体を思案する。

……これだけの揺れとなると小型の動物ではない。狸だろうか?いやしかし、この時間に此

処を通る奴となると――

 

「……まぁ、出て来れば分かるか」

 

 論より証拠、女性は思考をやめて正面に叢を見据えて地面に座る。兎や山猫だったら挨拶

だけでもして置くつもりで。逆に狸であるなら、それは自身の勘が鈍っただけのこと、と。

 

そんな自信と期待の眼差しを叢へ注ぐ彼女の目の前に現れたのは――

 

 

狸だった。

 

「んん?」

 

 狸である。丸い耳に目周り黒く、頭から鼻先にかけてが白いごく普通の狸。強いて言うな

らその全身が少し黒い事、それを覗けば他の狸とは一切遜色がない。

 

叢から這い出て此方を見る狸に、女性は首を傾げた。

 

 

出てきたのが狸だったから、ではない。

 

出て来た狸の方に、問題があったのだ。

 

「……おかしいのぅ、『儂の知らない』子が居る、か?」

 

 自身の耳と()()を動かし揺らし、女性は狸を観察する。……何故か先ほど出て来たよりも

焦った表情にも見える狸は、もう一つだけ世間一般の狸とはかけ離れた部分がある事に気が

付いた。

 

――微弱な妖力。

 

「そうか、漸く合点がいった。お主、此処の狸では――というか狸()()あるまい?」

 

「……」

 

身を乗り出しながら言うと、狸は一歩後ろへと下がった。

 

「まぁまぁ、そんなに慌てなくても良い。どうやら『狸でも』あるようだし、別に儂は排他

的主義者という訳でも――あー、意味分かるかの?」

 

排他的は難しいだろうかと、女性は狸に問う。

 

「……」

 

 別段考える素振りもせず頷く狸。というか、此処で頷ける時点で佐渡の狸とは一線を画して

いる。彼等は基本的に動物が元なので単純な思考しか為し得ないのだ。

 

「よし、まずは場所を移すか。余りこんな森で話し込むのもあれじゃ、とりあえずは儂の家

でゆっくり話を聞かせて貰うとしよう。お主も、それで良いな?」

 

 言って立ち上がり、先ほどまで採っていた茸を懐に入れて背後の狸を振り返る。暫く立った

ままだった狸だったが、やがて数歩此方へと歩んできて隣に立つ。

 

「――こっちじゃ、着いて来い」

 

 それを確認してから女性は歩き出す。自身の家、自分達の家へと。久し振りの客人なんだ、

彼等にも色々とさせてやりたい……さて、どんな風にこの狸を出迎えてやろうか?

 

 

二ッ岩マミゾウは、そんな事を考えながら狸と共に帰還した。

 

 

 

 

「着いたぞ、此処が儂の家じゃ」

 

 前方を歩いていた狸の女性が足を止める。私も隣まで行って立ち止まり、目の前に聳える巨

大な岩山と、それにポッカリと空いた空洞を眺めた。随分とまぁ、何処かの鬼達のような雑多

な生活を送ってるらしい。……チラと横目で狸の女性を見る。

 

「うん?どうした?……あぁ、儂が先に入った方が良いか」

 

 そう言って頭を掻きながら笑う彼女の身体からは何処かの鬼達の如き妖力が放たれていた。

下級の鬼や大妖怪とは全く違う、かといって紫や勇儀達とも違う。更に洗練され、純粋な妖力

量ではなく、形として磨かれたかのような美しい妖気――

 

間違いなくこの人が、ぬえの言っていた『二ッ岩マミゾウ』だ。

 

半ば確信的に、そう思わせる力が彼女にはあった。

 

「ふーむ、そうじゃな。どれお前さん、言葉が分かるなら一つ頼みがある。……そこの松明が

灯るまで入って来るのを待ってはくれんか?なぁに、大丈夫。別に罠を仕掛けたりはせんよ」

 

にっこりと微笑んで屈む女性。

 

「……」

 

 とりあえず頷く。悪意も敵意も感じられないし、今の所洞窟内には大した脅威もない。彼女

が何かする確率よりも、私が転んで怪我をする確率の方がまだ高いだろう。

 

「助かる。それじゃ、少し待っておれよ」

 

 最後に一撫で、私の頭を軽く触ってから女性は洞窟へと入って行った。……とまぁ、此処ま

で普通に成り行きで、しかも大人しく着いて来た訳だが――

 

『お主、狸でもないな?』

 

『私が人を驚かす方法を教わった師匠でもあるんだ』

 

 確かに、ぬえの師匠ともなれば簡単にバレてしまうのも頷ける。さっき感じた通りの性格な

らば、ぬえが人間を殺したりした事がないのも分かる気がした。

 

 

松明に、灯がともる。

 

 

 

 洞窟内は至って単純。只管長い一本道の一番奥が、マミゾウの部屋兼皆の集まる場所だった。

マミゾウは帰って来るなり木と葉で作った椅子に座り、道中伝えて回ったある指示を自身の頭で

反復してクスリと笑った。

 

『お前達、今から客人が此処を通るぞ。一度でも化かせたなら今日の夕餉をそいつだけ豪華に

してやろう。無論、何度挑戦しても構わんよ』

 

やる気十分の彼等だったが、果たしてどこまで上手くいくやら。

 

「良い具合に、刺激になってくれたものじゃな」

 

 丁度人の入りも少ない時期に、予期していなかったとはいえ客人。人と共に生きるマミゾウ

以外にとっては願ってもない絶好の機会と言えるだろう。

 

さて、もう向こうは此方へ向かって来ている筈。どちらが先に此方へ来るのか――

 

マミゾウの予想を遥かに早く、彼女は視界の先に小さな影を捉えた。

 

「ぬはは!やはりお前達では手も足も出んかったか」

 

先頭を歩いてくるのは黒狸、入り口で待っていた彼女だ。

 

その後ろから申し訳なさそうに歩いて来る鬼、天狗、大蛇、大鷲、大狼、魑魅魍魎の群れ。

 

「いやいや見事、時間を考えるに一歩も足を止めなかったな。全く、これでは儂一人楽しいだ

けではないか。……お前達、客人の前だ。とりあえず並べぃ」

 

 夕餉は努力を汲んで豪勢にしてやると言うと、彼等は嬉々としてマミゾウの左右一列に並ん

で黒狸の方に向いた。鬼は胡坐、天狗は正座、蛇はとぐろ。他もそれぞれその様に並んだ事を

確認してマミゾウは座ったまま右足を振り上げた。

 

ズダンッ、と洞窟を揺らす程の衝撃。

 

次の瞬間には、白い煙と共に左右の魑魅魍魎が唯の狸に姿を()()()いた。

 

「……改めて自己紹介、儂は此処でこやつ等を纏めてる化け狸の『二ッ岩 マミゾウ』じゃ。

お主が何の用で参ったかは分からんが、とりあえずは狸の好。歓迎させて貰おうかの」

 

マミゾウは両手を広げ、三日月のように笑って見せた。

 

「……」

 

「おぉっ?」

 

 対して黒狸は無言のままその形を崩して溶ける。マミゾウ含め狸は皆一瞬驚き、しかしそれ

が次に形作る為に必要な物なのだと理解して見守った。

 

奇しくも、お互い変化(へんげ)して変化(へんか)する身である故に。

 

「……成るほどのぅ、それは確かに儂の言う通り。お主は正しく狸であったのじゃな」

 

「蠱毒のひより、よろしく」

 

そう言って黒い衣に身を包んだ少女は頭を下げた。ご丁寧に右に狸、左に狐を従わせて。

 

「しかし面白い能力よの。……いや、能力というよりも性質に近いか」

 

狸も狐も真実で、目の前の少女も現実の物である。

 

「それで、こんな所までどうして来たんだ?海超えて、狸になって、半端とは言えこやつ等

の変化を見破ってまで。……少なくとも、敵意を持って来たのではあるまい?」

 

 コクリと頷く少女。そりゃそうだ、自分達に喧嘩を売りに来た奴が狸の姿で攻めてくる事

はない。マミゾウでなくても此処に属する者なら一目で判断がつくからだ。

 

そんなマミゾウの問いに、少女は手の上で生物を作り上げながら答えた。

 

「貴女の弟子のぬえって子から、一度会ってみて欲しいって」

 

形容しがたい物体。様々な動物を継ぎ剥いでそのまま動かしたような生物。

 

「……論より証拠、確かに。それは随分とぬえの好きそうな生物じゃな」

 

 その姿に、マミゾウは少なからず懐かしさを覚えてウンウンと頷いた。久し振りに聞いた

名前だ。最近はぬえの事を話せる輩も減り、口にすら出せる機会がなかったが。

 

……と、いうことは?

 

「そうか、お主はぬえの恥ずかしい話を聞きに来たのか」

 

「違う」

 

 

違うらしかった。

 

「本当に?」

 

「……少し聞きたいかも」

 

正直者だった。

 

 

 

二ッ岩マミゾウという妖怪は、どうにも人間臭い性格であった。

 

「ぬえは初めて人を驚かした時に、なんと相手の叫び声で気絶したんじゃよ!いやぁ、

凄かったのなんの。見ていたこっちが慌てて駆け寄った程よの。今はどうなってるやら」

 

 少なくとも五百年以上前の話を、まるで昨日あった出来事のように覚えている。それで

いてとても楽しそうにそれを語っていた。一応は封印された事も伝えたのに、大して気に

した様子もない。何でもない事のように笑っている。

 

「封印される前は、一度人を気絶させて都まで運んだ」

 

「人を化かして世話焼いたか!結構結構、変わっとらんな」

 

 そういって手に持っていた酒瓶を真っ逆さまに。萃香や勇儀のそれとは違って有限な中

身は、それがもう空である事を雫一滴で主張していた。

 

「……ふふ、そうか」

 

肩を竦めて酒瓶を腰に付け、マミゾウは岩山から空を見上げた。

 

「封印されて漸く一人前、ぬえもそこまで強くなったか。こりゃ、儂がぬえに頭を下げる

日も近いかもしれんのう。封印されたぬえ……ふーむ――封獣(ほうじゅう)ぬえ、じゃな」

 

ポツリと呟いて懐かしそうに目を細めるマミゾウ……センス無い。

 

「……苗字?」

 

「うむ、次会ったらこれを渡して欲しい」

 

 首から提げていた何かの帳に何処からか取り出した筆でサラサラと何かを書くマミゾウ。

手を止めてスッと差し出された紙には、その枠を無視して大きく『封獣ぬえ』と書かれてい

た。憐れ。

 

「苗字とは、そういう物じゃよ。儂の二ッ岩だって、あまり真面目な苗字ではあるまい?

センスはないがな、こういうのは親しい奴が勝手に送ってやった方が喜ぶ物なんじゃよ」

 

ただ待っていてはお互いに干渉出来ず終わってしまうと、そう言って彼女は笑う。

 

「それに一人前になったと認める意味合いも込めてある。苗字が気に食わないって言うなら

再びぬえも佐渡の土を踏む事になるじゃろうて。それもまた、良いだろう」

 

だけどその気長に構える所は、生半可な妖怪達よりも妖怪らしくて――

 

「……ぬえが会いに行けって言った理由が、分かったかも」

 

「お、そういえばそうじゃったな。主はぬえの紹介で来たんだったか」

 

忘れてたのか、そう非難の視線を送ると、マミゾウは慌てて両手を振った。

 

「いやいや、お主との話は意外と面白くてな。お互い共通の話題もあるし、の?」

 

「まぁ、そうだけど」

 

 そこまで言って漸くマミゾウは胸を撫で下ろす。私よりも上の実力を持っていながらも決

して上から接しようとしない。そこが、マミゾウの不思議な所の一つであった。

 

そんな私の心など知りもせず、彼女は首を傾げる。

 

「うぅむ、ぬえが儂に……一体、お主に何を教えろと――あ」

 

首がカクンと九十度曲がり、死者のような形相でマミゾウは此方を見た。

 

「質問その一、人との関わり経験はどれ位じゃ?」

 

そのまま続けるのか

 

「……えぇと、里全体は数年。個人として十六年」

 

前者は稗田や里の皆。後者は彌里。

 

「その二、妖術は使えるのかのう?」

 

「ない、かな」

 

実は火も起こせない。妹紅に指導して貰って特訓中だったりする。

 

「その三、人を化かしたことはあるか?」

 

「……ぬえと一緒の時に、それだけ」

 

 基本的に人から感情エネルギーを貰わなくても普通の食事を摂るだけで何とか出来てし

まう為疎かになりがちだった。ぬえはどちらも楽しんでいたようだが。

 

マミゾウは両腕を組んでフンフンと頷いた。

 

「人との関わりは随分あるようじゃな。それ位一緒にいたなら、きっと正体がバレても上

手くやっていけた可能性も高い。次に妖術……これは絶望的じゃな、ぬえでも火起こしや

妖力の具現化位は出来るぞ。あやつの槍、見たことはないか?」

 

 あぁそういえば、一度食事の時に使おうとして口を怪我した事があったか。それ以降出

さなくなったからすっかり忘れていたが、そういえばそんな物もあった……っけ?

 

「……うーん?」

 

「何だかその唸りだけで容易に想像出来る気がするのう」

 

マミゾウはクツクツと笑って一度咳払い。最後に指を一つ立てた。

 

「そして何より、お主は自身を妖怪と分類しておるのか?」

 

「……」

 

 果たして私は妖怪に分類されるのだろうか?永琳の診断も聞いていないし、正直な所な

んとも言えないのが――

 

そこまで考えた所で、何時の間にか目の前に立っていたマミゾウが私の頭を小突いた。

 

「っ」

 

「阿呆、そこまで考える程の物でもなかろう。……つまり、『自分は妖怪でありたいと思

っているのか』それだけじゃよ」

 

妖怪でありたいのか、人でなくても良いのか。

 

妖怪でも人でもなくなってしまって、良いのか?

 

その、答えは――

 

「……私は、妖怪でありたい」

 

「なら話は簡単じゃよ、お主は少々人に甘過ぎる。人と妖が共に生きていく為には、何も

お主がそこまで甘やかす必要はなかろう?」

 

 此方の目的を知っている訳でもないだろうマミゾウは、しかしまるで私の心を見透かし

たかのように続けた。

 

「妖怪が妖怪である以上、そこに人絡みで何かあるのは避けられんよ。無論自分を変えて

克服するのも出来るが、それは余りお勧めせん。生まれたまま、自分の生きたい通りに生

きるのが生物の役目なんだと儂は思ってる」

 

「……」

 

「妖怪は、人を化かしたり喰らう者じゃろう?」

 

 そう言って私を覗き込むように身体を曲げるマミゾウ。その屈託のない真っ直ぐな眼差

しに無意識に言葉が詰まり、私は少しの間マミゾウの言葉を反芻した。

 

「……そう、かもしれない」

 

聖の意見とも、紫の意見とも違うけれども。

 

それも――一つの共存なのだと。純粋にそう思ってしまえる程に。

 

「だからぬえはお主と儂を会わせたんじゃな。ぬえと気が合うお主なら、儂と気が合わな

い訳もない。なれば、お互いが似た趣味を持っていても何ら不思議ではないからのう」

 

バサリと台帳を広げ、私に見えるように掲げる。

 

頁には、ビッシリと人間の名前が書き込まれていた。

 

「儂は普通に人の姿で、こうやって金貸しなんかをして生活しておるんじゃよ。実は、親

にも子供にも儂が狸って事はバレてしまっておる……んじゃが、意外とどうとでもなる物

なのだろうよ。別段気にされた事はない」

 

此処が離島だからとか、そんな事は関係ない。

 

「……マミゾウさんは、人が好きなんだ?」

 

この人は、私の手の届かない場所に居る人だ。

 

「勿論、人と話したりすると楽しい物じゃよ。価値観ですら、妖怪とは違った良さがある」

 

それとさん付けはやめい、とちゃっかり付け加えて。

 

「儂がお主……ひよりに教えるのはそんな所じゃな。人との付き合い方、化かし方、余裕

があれば妖力や妖術の操り方も指導してやろう――成る程そうか、ぬえの奴はお主も含め

て儂にまで気遣ったな。生意気なやつめ」

 

そういって嬉しそうに笑うマミゾウ。

 

『純粋にそう思ってしまえる程に』、この人は魅力的な人物だった。

 

 

「……よろしくお願いします」

 

「よし!ならば教えよう。当時のぬえに教えられなかったことも、ぬえの秘密も。それと、

これ以降は儂の事はマミゾウと呼べぃ。儂もお主の事はひよりと呼ばれて貰うからの」

 

 一度空になって戻した筈の酒瓶を再び手に取り、彼女はそこで漸く気付いたのか再び腰

に戻して岩山を飛び降りた。

 

「ひより!まずは寝て明日に備えると良い。明日は朝から里に行くぞ、色々とやる事があ

るからの。大至急の用事が一つ、どうでも良いこと二つじゃな」

 

……大至急。

 

「具体的には、何を?」

 

「酒の補充」

 

 

マミゾウはニヤリと笑って腰の瓶を叩いた。

 

 

 

「何かと言いつつ、妹紅さんって母さまに甘いですよね」

 

「んー?」

 

 彌里と一緒に作った昼飯を口に掻き込む最中、妹紅は唐突に漏れた囁きに反応して正面

を向いた。見れば、そこには何故か呆れたような表情で妹紅の空になった器にご飯を盛る

彌里の姿があった。

 

「……ぷは。そうか?あんましそういう意識はないぞ?」

 

「でも、かれこれ一週間も神社に居てくれてますよね?」

 

いや、結局行くところなんて無くて居るだけなのだが。

 

……でも、まぁ――

 

「確かに、多少はひよりの事もあるかもな。あいつ、あんまし外に出ようとしないから」

 

 妹紅が彼女の元で修行をつけて貰っていた時も、大抵は何時も小屋かその周辺で昼寝し

ている事が殆どだった。その辺りを彼女に問いただしても『蠱毒が行ってる』とか何とか

言うだろうが、少なくとも本体は余り動いていない。

 

だから、今回旅行に行くと言ったのは正直意外だった。

 

「私と一緒の時は絶対に家に居たしなぁ。それと比べりゃ、彌里はもう大分信用されてん

だろーよ。少なくとも、当時の私よりかはしっかりしてるぜお前」

 

そういうと手を前で合わせてクネる彌里……乙女だ。

 

「そ、そうですか?」

 

「あぁ、だからちゃんと留守番しようぜ。私も返さなきゃいけない恩が大量にあるし、こ

れ以降も安心して出掛けられりゃひよりの為にもなるしな」

 

 ご馳走様、と彌里が盛ってくれたご飯も空にして妹紅は立ち上がる。差し当たっては、

今玄関先にまで来ている隙間妖怪と女狐の従者を追い返す所から始めようか――

 

「そうそう彌里、ひよりの行き先は八雲達には内緒だぞ」

 

なんとなく、あの二人に教えるのは癪だった。

 

「……?はーい」

 

後ろで食器を片付ける音を聞きながら、妹紅は神社の境内へ飛び出した。

 

 

我が偉大なる師匠、今度は一体何を持って帰って来るおつもりですか?

 

少なくとも私に関係のない厄介ごとなら、それで良いんですけども。

 

 

 

 

『ん?どうして教えてくれるのか、じゃと?』

 

『いやいや、別に何もぬえの頼みだからとか慈善でやってる訳でもないんじゃよ』

 

『「令狸執鼠(れいりしつそ)」、ひよりの持ち合わせと儂の持ち合わせが、偶然とは

いえお互いの為になりそうでな。これを利用しない手もないだろう?』

 

 

『儂はこの島から出るつもりはないが、それでも儂の教えた事が外で役立つならその方

が良い。長かろうが短かろうが、生きてる内に継いだ方が良い事は多いものよ』

 

二ッ岩マミゾウは、良く笑う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




実はマミゾウさんが神霊廟で一番好きだったりします。

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