孤独と共に歩む者   作:Klotho

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真面目に書いていたのに、何時の間にかギャグになっている。

それと多少の修正が入るかもしれません。


『蠱毒と傾国』

 

地の果て、地の底で久しき友と邂逅。

 

その前にまた、別の出会いと別れを

 

 

 

 舞い散る炎と霊符……それが、新しく博麗神社に追加された日常である。朝昼晩を問わず

思いついたように飛び交い始める所為で「神社が何故か夜中明るい」なんて里の人達に言わ

れる事も多々あった。

 

「……」

 

 私が居るのは賽銭箱の上。その目の前で繰り広げられているのが、里で話題になっている

『夜中明るい神社』の原因だ。

 

つまりは、妹紅の炎と彌里の霊撃符……八割方、妹紅の方が原因と。

 

 

 あの日以来、妹紅はこの周辺を歩き回りながら定期的に博麗神社、もっと言えば彌里の稽

古をつける為に訪れていた。里の方にも顔を出しているらしく、人々からは奇妙な旅人の人

と呼ばれ親しまれている様だ。

 

「どーした彌里、疲れたか?」

 

地面に降りて肩で息をする彌里と、少し疲れた声の妹紅。

 

「いえっ、まだ出来ます!続けて下さい妹紅さん!」

 

 彌里は満更でもない風に妹紅の事を慕っている。元々人間である妹紅の方が紫より取っ付

き易いからか、呼称が『あの方』から『妹紅さん』へと変わるのも早かった。

 

「んじゃ続けさせて貰うぞ」

 

再び宙に浮いて彌里が構えるのを待つ妹紅。

 

「……」

 

 彌里は無言で浮き上がって自身の周囲に結界を張り、再び襲い掛かって来るであろう妹紅

の炎に備えた。

 

 

 ……というのが此処二年の話。彌里も既に十六となり、一人前の巫女と言える強さになっ

た。今では身長も私を優に越し、妹紅と同じか少し大きい位である。親として喜ぶ反面、一

種の生物として悔しさを感じるのは仕方ない、筈。

 

『えぇ、これで何時でも行く事は可能よ』

 

 そんな私も私の方で、既に地底へ突入する手段と算段は整えてあった。それを実行しない

理由は単に、私以外の準備が整っていないからだ。勇儀と萃香、そして紫。それぞれが何か

を纏める立場にある以上、帰る保障の出来ない場所に行く以上準備は必要なのだろう。

 

『ひより、少し面白い物を見に行きましょう』

 

ちなみに一番進んでいないのは紫の幻想郷作りである。

 

それはまぁ、この二年で様々な問題が発生したからなのだが――

 

「そろそろ量を増やすぞ」

 

妹紅が撒き散らす炎の量を更に増やし、ついに彼女自身の姿も見えなくなる。

 

「っ、神鹿!」

 

 その妹紅の少し手前、既に炎に包まれて誰が居るのかすら分からない場所から彌里の声が

響く。次の瞬間、声の主は未だ炎を放出し続ける妹紅の背後に浮いていた。

 

「げっ――」

 

直ぐに気付いたらしい妹紅が咄嗟に身体を反転させる――

 

「『神狼(ホロケウカムイ)』」

 

その、少し前に彌里が口を開いてそう言った。

 

 

 

 

「見事な物だな」

 

 私は知らず知らずの内にそう呟いていた。本音で、今目の前で繰り広げられている光景を

褒め称える。視線の先には今も血飛沫を上げる肉塊とそれを喰らう巨大な狼の姿があった。

 

感じるのは圧倒的な神力。先の鹿とは比べ物にもならないだろう。

 

「初めて神と通信した時に偶然繋がってね」

 

 そう答えたのは賽銭箱に座り此方に背を向けている少女。ぼんやりと肉塊と狼のじゃれ合

いを眺めている所から考えてこの光景は然程珍しい物ではないという事だ。それはつまり、

あの狼は彌里の手によって容易に召還出来る代物と……

 

「彌里にそれだけの力は無い筈だが」

 

 下級大妖怪程度なら倒せる、その位の実力。あの神徒を呼ぶには些か不十分だと暗に言っ

たのだが、少女は肩を竦めて立ち上がって答えた。

 

「数値で測れない事に弱いよね、主従揃って」

 

苦笑しながら振り返る。その顔には呆れ笑いが含まれていた。

 

「神狼!もう良いです!戻って!食べちゃ駄目ですって!」

 

その低い背を通り越して行われる喜劇。少女は再び私に背を向けた。

 

 ……向けた背中が小刻みに震えている理由は分かる、が、余りにシュール過ぎて私には笑

う事は出来なかった。そうこうしている内に向こうも終わったのか、落ち着いた狼を引き連

れて彌里が此方へ歩いて来る。

 

初めに賽銭箱に座る少女を見、次に私の方を見た。

 

「……あ、『藍様』今晩は!」

 

そして一礼。育て方が良かったのか生まれつきか、厳しい目で見ても彌里は良い子だ。

 

「あぁ、夜分遅くに済まないな」

 

 もうすっかり日は落ちて月が真上まで昇っている。今考えてみれば、この妖怪は兎も角人

間である彌里がいるのに夜中の訪問は失礼だっただろう。私は彌里に頭を下げ、顔を上げた

所で向こうから歩いて来る肉塊……女を捉えた。

 

「なんだ、狐妖怪か」

 

「彌里、餌の始末位はちゃんと付けた方が良い。血生臭くて敵わん」

 

「……良い度胸してんな、主従揃って」

 

 蓬莱人が勝手に一人で妖力と霊力を練り出し始めたので、一応私もそれとなく妖力を出し

て置く……大丈夫だ彌里よ、そんなにオロオロしなくても直ぐにこの蓬莱人を黙らせて狼の

餌にしてやろう。

 

「けっ、お前が今何考えてたか簡単に分かるぜ女狐」

 

「考える必要もない、直ぐ様実行に移してやろう老婆よ」

 

 「やるなら神社から離れて」と間から聞こえてきた声に従って蓬莱人と神社を飛び出す。

……紫様からひよりへと伝言を頼まれていたが、その位は目の前の蓬莱人を肉塊へと変えて

からでも充分だ。

 

 

夜の博麗神社上空で二つの太陽が輝いた。

 

 

 

 絢爛豪華、そう言葉に表す他ないような輝きに満ちた空間。盗人でなくとも下心が働きそ

うな程に埋め尽くされた金や銀は、その存在を唯一人の人間にだけ見せる様に光を映してい

た。それも直接ではなく、簾を通したただ一人の女性に――

 

「それでは玉藻御前(たまものおまえ)様、以降も何卒帝を……」

 

都の高官、それも帝の右腕とも言える位置にいる男が簾に頭を下げる。

 

「心得ておる、安心せい」

 

 女性がそう返すと男は再び頭を下げて部屋から出て行った。後から考えてみるに、自身に

様をつけておいて主である帝に様をつけない彼ももう駄目なのだろうか?……玉藻御前は誰

にも聞かれる事なく溜息を吐いた。

 

……筈だった。

 

「――あらあら、一国の主の中宮が溜息なんて……この都もお終いかしら?」

 

 扉を開く音なく、気配なく、予兆なく現れた女、その姿を簾越しに玉藻御前は捉えた。こ

こへ来る為の道は一本、それも先の男が出て行ったばかりで見つからない訳がない。……つ

まり、この女が此処にいること自体が怪奇だった。

 

その身に、怪しげな妖力を宿していなければ

 

「妖怪が妾に何の用じゃ」

 

玉藻御前が出した『妖怪』という単語に女は態とらしく辺りを見回して唇を吊り上げる。

 

「あらあらあら?此処はもしかして宮中じゃなくて家畜小屋だったのかしら?」

 

「……何を言っておる、おぬしは――」

 

「だってほら、こんなにも獣臭い」

 

 静寂。女はニコニコと笑い、玉藻御前は先までの苛立ちをすっかり潜めて佇む。女が意図

する所の獣とは、つまりそういう事なのだろう。玉藻御前は自身と女を遮っていた簾を上げ

て、正面に立つ女を見据えた。

 

「漸くお顔を拝見出来ましたわね、玉藻御前様?」

 

 西洋風の作りの傘、金の髪、紫のドレスに身を包んだ妖怪が笑う。明らかにこの国の者の

格好ではない筈なのに、何処か東洋染みた奇妙な格好。玉藻御前は妖怪の肩に、一匹の動物

……哺乳類齧歯目の動物が居る事に気がついた。

 

「ふん、主の肩に居る下等生物が原因であろうが」

 

そう指摘すると女は然程驚いた様子もなく口に手を当てて鼠を見た。

 

「まぁ!本当、こんなに『狐』臭い鼠が居るのね!」

 

そして、此方に視線を向けてニタリと笑う。

 

「……そうか、つまり妾に喧嘩を売りに来たのじゃな」

 

 既に玉藻御前の頭の中に目の前の矮小な妖怪と話すつもりなど塵とも無かった。どんな理

由であれ、『玉藻御前の秘密』を知っているこの妖怪を生かして帰す訳にはいかない。立ち

上がり、身体を()()()()()、玉藻御前は自身の右腕に()()を込めた。

 

しかし女は全く動じない。

 

「玉藻御前様、別に私は貴方様と争うつもりは御座いませんのよ」

 

 ……それどころかつまらなそうに欠伸をしている。お構いなしに攻撃しようとしても、ど

うにもやり難い。結局暫く悩んだ後、玉藻御前は再び座へと座った。

 

「ならば何用じゃ?妾は暇ではない、何時までもお前の言葉遊びに付き合うつもりはないぞ」

 

そう言って睨みつけた瞬間、初めて女が作り笑いを止めて頭を下げた。

 

「初めまして、玉藻御前様。私、八雲紫と申し上げます矮小な妖怪ですわ。本日貴方様に会

いに此処まで参った理由は他でもありません……貴方様の行いに興味があるのです」

 

 これまでとは打って変わって畏まった様子。それを玉藻御前が苛立ちを露にした瞬間に、

それも一息で言い切るのだから食えない。玉藻御前は頭痛を感じ、ふと女の発言を思い出し

て顔を上げた。

 

「……待て、今ぬしは妾の行いと言ったな?」

 

「えぇ。貴方様、九尾の狐、玉藻御前様が帝の妻という立場に立って何を統るのか、それが

知りたくて此処までやって来た次第で御座います」

 

狐ではなく九尾と、間違いなく妖怪はそう言った。

 

「……ぬしは何者じゃ?例え妾が妖怪じゃという情報を手に入れたとて、それが狐の……如

いては九尾という事まで知れる筈もなかろうて」

 

「ほんの少し調べて見て回っただけ、大丈夫、話すつもりはありませんわ」

 

話す気はないと、女は暗にそう言っている故に玉藻御前は大人しく追求を諦めた。

 

「して、妾を観察したいというお前の目的は何じゃ?……まさか、何も脅すようなつもりで

はあるまいな?」

 

 勿論玉藻御前自身はそう思っていない。目の前の妖怪が自身の身の上を知っている以上、

それはその程度の実力があると見て間違いない。そんな妖怪が人に紛れている自身を気にす

る理由が玉藻御前には分からなかった。

 

しかしこの問いに、女は先とは比べ物にならない程真剣な顔つきになる。

 

「――玉藻御前様、私は今とある場所で一つの理想を実現させようとしております」

 

理想、つまりは願い、夢。

 

「それは、妾の行いと関係があるのか?」

 

女は大仰に手を広げて周囲……都を、それよりも大きな何かを掲げる様に言った。

 

「『人と妖が共に生きる理想郷』……それが、私の実現させる世界」

 

 人と妖が共に生きる理想郷、その言葉が玉藻御前の胸には妙にしっくりと収まる様な気が

した。しかし、夢物語だ。自身の気持ちを押し込める様に首を振って口を開く。

 

「……可能とは思えん、まるで狂人の沙汰よの」

 

「えぇ、私も狂気の沙汰かと思いましたわ。まさか病気の帝の為に九尾の狐であられる貴方

様が身を挺して看病に当たっているだなんて」

 

それは誰にも知られていない筈の真実。無意識に、玉藻御前は息を呑んだ。

 

「……何処で」

 

「失礼ながら、少し前からこの子に様子を探らせていましたの。空から、屋根から、軒下か

ら、床下から……それでも時間が掛かる程、貴方様は感覚が鋭いので困りましたわ」

 

 そう言うと同時に肩に座っていた鼠が地面へと飛び降りる……最中、不自然に形を変えて

肥大化し、あっという間に黒い着物姿の童子に姿を変えて此方を向いた。

 

「ひより、宜しく」

 

妖気に充てられても顔色一つ変えないこの童子も、やはり只者ではない。

 

「……悪趣味じゃのう。そのような微弱な妖気なら、妾自身の感覚で無い様に捉えてしまう

と考えての行動か?」

 

 自分で言っておきながら、今まで気がつかなかったのは事実。

 少女から発せられている妖力は微弱で、それこそ隣の女妖怪にかき消される様な大きさで

ある。まさか狙っての行動かと思って尋ねたが、意外にも答えたのは少女の方だった。

 

「違う、体質」

 

体質であるらしい。

 

「まぁ、良い。それで主等はそれを知った上で妾に興味があると?」

 

少女の瞳に全く悪意がない故、咄嗟に玉藻御前はそう二人に尋ねた。

 

「えぇ」

 

即答。

 

「うん」

 

即答。

 

……ほんに、狂人としか思えん奴等じゃ

 

「……好きにすれば良い。その代わり、妾以外の者に気付かれるな――って」

 

黒衣の少女は既に玉藻御前ではなく周囲の装飾品へと興味を移していた。

 

「その辺りは心得ていますわ、これでも都には頻繁に出入りしていますので」

 

 少女を無理矢理掴んで奇妙な裂け目に押し込む女。恐らくは彼女の能力なのだろうが、

裂け目から見える目玉を見る辺り悪趣味というかセンスが無いというか……。

 

「それと私は八雲。あの子はひよりですわ」

 

自身も半身をそれに入れ、顔だけ出しながら八雲はそう言った。

 

「ふん、呼ぶか呼ばないかは妾の自由じゃ。早う帰れ」

 

 それでは、その言葉を残して裂け目が閉じられる。一応念入りに妖力や気配を探ってみた

が、先の女と黒衣の少女の妖力は跡形もなく無くなっていた。玉藻御前は簾を下げ、誰もい

ない事を確認してから大きく溜息を吐いた。

 

「……」

 

どう考えても、これは後の不幸の前触れではなかろうか?

 

 

それを体感するのは次の日。

 

 

 

「へぇー、じゃあ藍様は昔都に住んでたんですね!」

 

時は先の妹紅との喧嘩から少し進んで深夜、神社の縁側にて。

 

「いや、そうだがな……別に住みたくて住んでいた訳ではないんだ」

 

彌里の感心に対しての藍の反応は余りにも微妙だった。

 

「……?えーと、藍様は別に捕まってた訳では……ないんですよね?」

 

「いや!そういう訳じゃないんだ。良いか彌里……良く聞け」

 

 藍が思い切り彌里の肩を寄せて耳元で何かを呟く。時折彌里と藍が此方をチラチラと見て

いるという事は、まぁ何かしら私或いは紫の話をしているのだろう。

 

大人しく待つことにした。

 

 

……大体予想もついているし

 

 

 

 

許可を出さなければ良かった、そう思ったのは次の日の事である。

 

「そうか、では今年の年貢量は大幅に見直しじゃな。良いか、農民達あっての町民。布いて

は我々貴族じゃ。決して無理に取り立てようとするでないぞ」

 

 私の仕事の大半は此処で只管相談に来る様々な係りの者に指示を出す事。本当に些細な事

であれば相談者の子供や妻の話、重要な用件の場合今のような年貢の取立て量等も私が決め

なければならない。

 

「はい、そのように……」

 

高官が頭を下げて静かにそう言う。私の視線はその後ろに釘付けになっていた。

 

何故、あの二人は彼奴の真後ろに立っておるのだ!

 

「……っ」

 

凄く指摘したい、叫びたい。

 

「……?玉藻御前様、如何なされましたか?」

 

しかも男の方は気がついていない。真後ろで自身の薄い髪を指差されているというのに。

 

「ふむ、気の所為じゃったの……もう良い、下がれ」

 

「ははっ」

 

 男は一礼して部屋を出て行った。ちなみに件の二人は男が振り返る直前に中空へ移動して

事無きを得ていた。それに安心した手前、私は今までの鬱憤を晴らすが如く乱暴に簾を持ち

上げて叫んだ。

 

「おいっ、いい加減にせんか貴様等はっ!!」

 

都に住む様になって初めての叫び声が妖怪相手とは思いもしなかった。

 

「……?」

 

「……?」

 

「いや、そういう顔をされても困るんじゃが。……とりあえず、その『何で急に怒鳴ったん

だろう?』みたいな表情はやめろ。こそこそ話しながら指を指すな!」

 

 最早後半は普段の口調も忘れて素で叫んでしまった。後から気付いて口を塞いでももう遅

い、既に二人の耳には入っていて、面倒なことに八雲はニヤリと口角を吊り上げている。

 

「それが玉藻御前様の素顔なのかしら?」

 

「……あぁ、そうだ」

 

 不快、本当に不快で深い溜息。連日仕事が重なっても、昼夜問わず帝の看病をしても、こ

んな悲惨な溜息など吐いた事が無かった。そんな私の気などお構いなしに、八雲は笑みを微

笑へと変える。

 

「私は今の貴女の方が好きよ」

 

「自然ってこんなに変わるものなんだね」

 

更にはひよりまでもがそう言う。

 

「……知るか、勝手に言ってろ」

 

 

私は一蹴してまた座へと戻って簾を下げた。

 

 

 

 

「玉藻御前様、近頃この宮廷にて妖怪の姿を見た者がおります」

 

 知っている、紫妖怪と黒い童子の二人組みだろう。私に報告しているのは都随一の陰陽師。

恐らくは噂を聞いて駆けつけてくれたのだろう。私は一応彼に合わせる事にした。

 

「真か?」

 

「はい、聞きまわった話ではどうやら紫の服に金の髪の異国風の人間という事ですが……」

 

ほら、やっぱり。

 

「……この屋敷にその様な者はおらんな。主はどう思う?」

 

「恐らく、この屋敷に取り憑いている悪霊の類かと。微かに妖力も感じます故、玉藻御前様

にもご注意頂きたく来た始末」

 

 現在進行形で取り憑かれているのは貴方です陰陽師殿。貴方の後ろに件の妖怪が立ってい

ます。私はそう叫ぼうとして寸での所で堪え、ふと八雲の隣に立つひよりの姿を捉えた。

 

「して、陰陽師殿よ。聞いておくが他の怪異はなかろうな?」

 

 つまり、目撃されているのが八雲だけなのかひよりもなのか……という事だ。陰陽師は暫

くの思考の後、そっと此方に歩み寄ってきて近い位置で跪いた。

 

「……実は、此処に来る途中で座敷童子に会いまして」

 

八雲が両手で笑いを堪えて地面に倒れる。

 

「……っ、座敷童子か」

 

「えぇ、実に可愛らしい者でしてな。饅頭と茶を盆に載せて持ってきて私を持て成してくれ

ました。恐らくですが、かの者に悪意はないと思われます。私達陰陽師の間でも、座敷童子

は吉の兆しとして重宝されておるのですが……」

 

それに対してひよりの馴染み様。下手をすれば私よりも自然に溶け込んでいる。

 

「承知した。座敷童子の為に貢ぎ物を用意せよ、代は妾が払おう」

 

「して、悪霊の方は?」

 

「殺せ」

 

八雲の顔がビシリと凍りつく。ふん、良い気味だ。

 

 陰陽師の男が念の為にと札を貼って出て行った後、私は久々に良い気分で八雲を見下ろし

ていた。その八雲はというと、陰陽師の貼った札を速攻剥がしてビリビリに破いてしまって

いる。

 

「どうした八雲、何か良いことでもあったのか?」

 

「ふんっ、私が近寄ったらどうやっても怪しまれるじゃない!あーあ、良いわよねひよりは

そんな小さくて。私も小さければ上手くやれたのに」

 

……いや、それは――

 

「無理」

 

 

性格的にと付け加えて。

 

 

 

 

「帝様」

 

「……おぉ、玉藻。よう来たな……ゴホッ」

 

 咳き込む帝。その顔は痩せこけて骨だけが出っ張っていた。私が此処でこうして看病をし

続けても一向に回復せず、寧ろ容態は悪化するばかり。薬師の話では、未だ西洋でも例のな

い未知の病気と言っていたか。

 

……どちらにせよ、この人はもう長くはない。

 

「私は、何時までも貴方様のお傍におりますよ」

 

 昔は自らの足で様々な農村まで視察にいっていた彼の腕は、最早骨だけと言える程までに

細く、弱くなっている。私はその腕を触り、その下の手を強く握った。

 

「すまんなぁ、仕事もまかせっきりで……」

 

けれど、未だその責任感だけは健在で。

 

「良いのです、貴方様が治るなら……それで」

 

「私もまた、お前と『出会った』山へと行きたいよ。……お陰で、今私はとても幸せだ」

 

そう言って静かに外を見る帝。それでは、まるで――

 

「……帝、様」

 

「一人にしてくれないか、玉藻よ。お前の為の詩(うた)を、お前の居る所では考えられん」

 

詩、歌、辞世の、句。

 

「っ、……分かりました」

 

私は頭を下げてから帝の寝室を出た。そして、ふと気がつく。

 

 そういえば、私が帝の看病をしている時にあの二人が出てきた事がない。偶然の出来事な

のか、そう思うには随分と都合が良すぎる。今まで何度も来たが、それでも彼女達が現れた

事は一度も無かった。

 

気を、遣ってくれているのだろうか?

 

「……まさか、な」

 

あの妖怪に限ってそれはない、ひよりなら兎も角。

 

私は自嘲気味に笑い、仕事の続きをする為に自分の部屋へと戻った。

 

 

 

 

「ねー、玉藻ってさ」

 

 そう聞いて来るのはひより。今日はどうやら一人で来たらしい。私は筆を動かす手を止め

て簾を上げた。そこには西洋からの贈り物を弄って遊ぶひよりの姿が。

 

「チェスって出来るの?」

 

そういって白と黒の盤を見せる。……ふむ

 

「残念ながら出来ないな、将棋や囲碁ならなんとか……」

 

 というか、その二つなら負ける気がしない。そう自信を込めて言うと、少女はニヤリと笑

って何処からか将棋盤を取り出した。

 

「じゃあ、やってみる?」

 

 

 

 

「王手」

 

「ぐっ、……分かった、投了だ」

 

 終了、四十三手目にしてひよりが詰みの形を作って私が敗北。パッと見では駒の数や配役

的に差はないのだが、その位置が全くといって良いほど違っている。私は悔しさ半分、感嘆

半分でひよりを見た。

 

「強いんだな、ひよりは」

 

しかし微妙な顔。まるで『自分より上が近くにいます』と言いたげな顔。

 

「うーん、まぁ。『時間だけは無限にある』からね」

 

 確かに妖怪にとって時間なんて無限にあるようなものだろう。私は盤の引き出しに駒を仕

舞いながら、ひよりに質問を重ねた。

 

「そういえば、お前は何処で人と過ごす機会があったんだ?私が言うのもなんだが、中々相

手を選ぶ部分もあるだろう?」

 

此方が仲良くする気でも向こうが信用してくれない時だってあるのだ。

 

「信用させてこそ共存」

 

「……そうだな」

 

 それがとても難しい事を、多分私もひよりも知っている。高速で動き続ける物に何かを乗

せようとするが如く……それに弾かれてしまうのを、私達のような妖怪は酷く恐れている。

 

って

 

「おい、答えを誤魔化すな」

 

「勝ったら教えてあげるよ」

 

 

無論、何度も負けて結局諦めたのは言うまでもなく。

 

 

 

「酷い、それって完全に紫様が悪いじゃないですか!」

 

 非難の目で何処かを見つめて叫ぶ彌里。昔とは打って変わって直情型な彼女らしい叫びだ

が、どう考えても近所の妖怪達が驚く位にしか意味をなしていない。

 

まぁ確かに、あの時の紫は藍にちょっかいを掛け過ぎだとは思う。

 

「……そうだな。今思えばひよりは別にそうでもないな……」

 

謝罪の篭った目。どうやら私も一緒に扱われていたらしい。

 

「心外」

 

「心外ね」

 

 私の発言に被せる様にして答えたのは藍と彌里の背後から出てきた紫。藍はビクリと大き

く背中を揺らし、彌里は思い切り離れて札を構えた。

 

「出ましたね!悪い妖怪!」

 

「……藍、貴方も貴方でそういう部分ばかり言わないでよ。私が格好良かった所だってあっ

たでしょう?ほら、何とかして彌里の警戒を解きなさい」

 

紫が一歩彌里に近づくと彌里が一歩離れる。その繰り返しだ。

 

「えーと、そうですねぇ……。ありましたっけ?」

 

「らーんー?」

 

惚ける藍の肩をガッシリと掴む紫。

 

その背後で紫に霊力を込めていない札を投げ続ける彌里。

 

「……はぁ」

 

面倒くさくなった私は、仕方なくあの時の事を思い出す。

 

 

「あれは、帝が死んで藍が妖怪だって気付かれた時かな――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




いや、好きですよ?紫様

~本編では足りなかったので彌里の神徒紹介~

神鹿(しんろく)

・神様の御使いであらせられる鹿様。下級神徒である故に名前は無し。基本的な使い方は瞬間移動と荷物運び。どちらかと言えば後者が多いのだが、本人は不服なようである(彌里通信談)


神狼(ホロケウカムイ)

・ほぼ神様であらせられる狼様、真名は捕弄神威。食欲旺盛、人懐こい(彌里限定)、妹紅大好き(肉として)、紫大嫌い(胡散『臭くて』)……これも彌里通信談。



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