孤独と共に歩む者   作:Klotho

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今回は休憩回、次回は輝夜回と……


『二人』

 

「なぁ、知ってるか……?」

 

「何をだ?」

 

「最近、森の方で奇妙な生物を見たって奴がいるらしい。

見た奴が言うに、『犬や鳥、更には蛇みたいにも見えた』って話さ」

 

「……まさかそんな生物がいるのか?」

 

「さぁな、妖怪の仕業かもしれん」

 

「まぁ、それでも都まで入ってくる事は無いだろう」

 

「そりゃそうだ、百を超える陰陽師が住んでいるんだからな!」

 

「……もし入って来ちまったら?」

 

「この都も終わりって事だろうよ!」

 

 

 

 

「……ふぅん、じゃあこの都もお終いかぁ……」

 

 二人の町民が話している直ぐ近くの家の屋根の上に、一人の少女が居た。

黒髪で真紅の瞳、この都では余り見かけない服装……少女は間違いなく浮いていた。

何より、彼女の背から出た赤と青の奇妙な翼の様な物が、彼女の非人間性を表している。

 

彼女こそ、下の町民達が話している『奇妙な生物』なのだ。

 

「こんな簡単に妖怪進入させちゃってさー。

都の陰陽師とやらは全員風邪で寝込んでいるのかなぁ?」

 

 町民達に聞こえる音量で少女は喋っている。

だが、彼等が少女の方に目を向ける事は無かった。

それが、少女の能力だからだ。

 

『正体を判らなくする程度の能力』

 

 この能力で、彼女は今現在『屋根の上にある変な物』程度にしか見られていないのだ。

当然、音や匂いもよく判らなくなってしまうので、彼女の声は町民達には聞こえていない。

 

「それに、お前等は私がやったと思ってるだろうけどさぁ――」

 

 少女はチラリと上空を見上げた。

それと同時に、空を飛んでいた鳥が彼女の元へと降りてくる。

 

「――『一人』じゃぁ、ないんだよねぇ……」

 

降りてきた鳥は少女の肩に乗り、そのまま()()

 

「『ぬえ』、何か言った?」

 

「いやいや、ひよりが住んでた都の人間は馬鹿だなぁって」

 

「……私も元は住んでたよ」

 

そう言って嘴で突いてくるひよりを宥める。

 

「ひよりは別よ……それより、久し振りの都はどうだった?」

 

「うん、まぁ……楽しかった」

 

彼女が楽しかったなら、まぁ収穫としては充分だろう。

 

「それは重畳、さて……帰りましょうか」

 

 私は立ち上がり、都の家々を眺めた。

此処でひよりは生まれ、見放され、妖怪になった――

 

「――気に喰わない」

 

「……ぬえ、ブツブツ言うの怖いからやめて」

 

「ごめんごめん」

 

 ひよりが先に飛び、私も次いで空へと飛翔する。

結界を普通に通り抜け、私達は森の中にある家へと帰った。

 

 

 

 都から飛翔して数十分の森に私達の寝泊りしている小屋があった。

私達が自分で建てたので出来が良いとは言えないが、それでも雨風が凌げている。

 

「ひよりー、今日のご飯はー?」

 

 私は二つ繋げた座布団に転がりながら飯を要求した。

妖怪なので食べる必要は無いのだが、ひよりの要望で交互に作っているのだ。

 

「……今日はぬえ」

 

「げ、そうだっけ?」

 

 コクリと頷き、ひよりが壁を指差す。

壁には私達の名前が交互に……本当に私だ。

 

「あちゃー、用意忘れちゃった」

 

「……明日と明後日はぬえね」

 

 ひよりが翼を出して外へと出る。

私よりもひよりの方が食材の調達が早いのだ。

 

「ありがとー、ひより大好き」

 

「……馬鹿」

 

 私は顔も見ずにそう言った……ひよりも此方を見なかった。

まぁ、既に日常化してしまっているやりとりだし無理も無いだろう。

 

そうして、ひよりは空へ舞い上がった。

 

「――それでも、日常化する位には慣れたのかな」

 

 

私は、初めてひよりと出会った時の事を想起した。

 

 

 

 

「ミォー!!」

 

「ひぃぃぃっ、バ、バケモノ!」

 

 普段と変わらない一日、通り掛かる人を驚かすだけの毎日。

私は間違いなく、繰り返すだけの妖怪の生活に退屈をしていたんだと思う。

 

「あっはっは!『ミォー』で逃げるの!?」

 

 先程逃げて行った人間の反応を思い返して一人で笑う。

この後は、普段寝泊りしている洞窟に帰って寝るだけの筈だった。

 

――筈、だった。

 

「さて、明日はどんな声で……あれ?」

 

 何時も通っている道に誰かが倒れている。

俯けでは無く、仰向けで空を仰ぐようにして、だ……。

 

「……変人?」

 

 遠巻きに見てるので良く分からないが、恐らく生きているだろう。

何よりその体から出ている妖力が、倒れている誰かが妖怪である事を示唆していた。

倒れているのはどうやら少女のようだ、それも小さい。

呼吸もしているし、目も開いている所を見るに自分の意志で動く気がない様だ。

 

「……よし、これからの予定きーまりっ!」

 

 自分でも分かる程意地の悪い笑みを浮かべる。

助けたりなんかせず、あの誰かを観察してみれば良いのだ。

少なくとも、人を驚かせるよりは面白いだろう。

 

一分後……

 

「……つまらない」

 

 私の計画は最初から挫折しかかっていた。

動かない物を見続けるというのは、人を驚かすよりも退屈なのだ。

 

「……帰る途中に様子見で良いか」

 

 私は観察をやめ、家代わりの洞窟へと帰る。

例え居なくなっていても、私は一向に構わないのだから……。

 

 次の日も、私は普段通り人間を驚かして遊んだ。

何時もの様に人間の様子を振り返り、洞窟へ帰る途中に――

 

「まだアイツいるんだ……」

 

昨日と同じ場所に少女が倒れていた。

 

 私は何だか馬鹿にされている様な気がして、そのまま無視して帰った。

次の日も、次の日も、その次の日も……少女は其処に倒れたまま動かなかった。

私は何時の間にか少女との距離を縮めていき、最近は直ぐ傍に立って観察する様になった。

 

 

 

 

 ある、雨の日の事である。

目を覚ました私は、ふと少女の事が気になって外へと出た。

雨は既に本降りとなっていて、地面に雨が叩きつけられる音だけが周囲に響いている。

 

私は少女が何時も倒れている場所へと急いだ。

 

「……いた」

 

 雨が降っていても、少女が動く事は無かった。

私はとうとう我慢出来なくなり、ズカズカと少女の隣に来て座った。

 

「……」

 

 少女はチラリと此方を見たが、直ぐに空へと視線を戻した。

私は一度心を静める為に深呼吸してから、少女に話しかける事にした。

 

「アンタ、名前は?」

 

「……」

 

少女は答えない。

 

「何で寝転がってんのよ、濡れるでしょ」

 

「……」

 

少女は、答えない。

 

「はぁ、ったくもー……私らしくないなぁ……」

 

 私は倒れている少女の背中に手を回し、持ち上げた。

少女はまたチラリと此方を見たが、何か言う事は無かった。

 

「私の家に連れて行くわ、嫌なら抵抗しなさい」

 

勿論、少女は話す事すらしなかった。

 

 

 

「……うぅ~、寒い寒い」

 

「……」

 

 洞窟へと戻った私は、先ず最初に火を焚いた。

雨で濡れてしまった上に、夜になりかけなのでかなり冷える。

 

私は少女を火の近くに下ろし、近くの岩の上へと座った。

 

「私はぬえ、妖怪よ」

 

少女は答えない……と思ったのだが――

 

「……ぬえ」

 

殆ど掠れた様な声だったが、私にはちゃんと聞き取れた。

 

「なんだ、喋れるんじゃない」

 

肩に軽く手を置いてから、私は大きな伸びをした。

 

「ま、様子からして何かあったんだろうけど無理には聞かないよ。

貴女も妖怪なら時間なんて幾らでもあるだろうし、ゆっくり解決しなさい」

 

 それだけ言って、私は洞窟の床に横になった。

あんな事言うつもりは無かったのだが、つい口が動いてしまったのだ。

 

 

本当、私らしくないなぁ……。

 

 

 

 あの少女を拾った次の日、私は先ずは水を飲ませてやった。

少女は渡された器を大人しく受け取り、少しずつ水を飲み始めた。

 

「うーん、名前だけでも聞かせてくれない?

流石にアンタとか貴女とかじゃ私がやり難いよ」

 

「……ひより」

 

 答えないと思っていた私は一瞬呆気に取られる。

少女……ひよりはそんな私が面白かったのか、少し笑った……風に見えた。

 

「ふぅん、ひよりって言うんだ……」

 

「……うん」

 

今度は分かる様に頷く。

 

「じゃあ、私はひよりって呼ぶね。

私の事はぬえで良いよ、さん付けは絶対やめてね」

 

「分かった」

 

 話としては漸く一段落したものの、外は生憎の雨。

私も日課である悪戯を出来ない以上、此処に二人で居る事になる。

 

「……それで、何であそこに居たのよ?」

 

 少し早いと思ったが私は彼女に事の次第を聞く事を決意した。

何より、外も雨でジメジメしているのに、中までこれでは私が我慢出来ない。

 

「っ、それは……」

 

 再び俯き気味になってしまうひより。

これはまだ無理かと思った矢先、ひよりが少しずつ話始めた。

 

都での出来事や――

 

 

暗闇の中の惨劇の話や――

 

 

人間に助けて貰った時の話――

 

 

それら全てを、ひよりは淡々と語っていった。

 

「……最初は、仕方ないかと思ってたんです。

生きているだけでも良い、ようかいになっても構わないって……」

 

人間が妖怪になる……それは一体どういう気持ちなのだろうか。

 

「……」

 

「でも、一人で森を歩いている内に分かりました。

人間だった時は一人だったけど、帰る家が、ご飯が、他の誰かが……居たんです」

 

 私の様に最初から一人なら良かったのだろう。

だが、この子には家が、食事が、他の人間が居たのだ。

 

「――でも、今の私には何もないんです」

 

「……へぇ?」

 

 だが、今の発言は聞き捨てならない。

私は立ち上がり、ひよりの前でもう一度聞き返した。

 

「今、何も無いって言ったの?」

 

「……」

 

 沈黙は肯定、つまりそう思っていたのだろう。

私はこれ見よがしに溜息を吐いて肩を竦めて見せた。

 

「貴女の気持ちは良く分かったよ。

辛かっただろうし、何で私が、なんて思ったんだろうね」

 

「……」

 

「でも、それに混ぜて()()無くす事は許さない」

 

 真っ直ぐ彼女を見据えて言った。

ひよりは今までに無い勢いで私へと反発する。

 

「だから、私には何もっ!」

 

「『名前』と!『命』っ!」

 

「っ……!」

 

 ひよりがハッとした顔になる。

……なんだ、本当に気付いていなかったのか。

 

「貴女が……『ひより』が今も持っている二つの物でしょ?

陰陽師の人間から貰った名前と、貴女がその闇の中で喰らった生物達の『命』は――」

 

「名前と、命……」

 

「少なくとも、その男は貴女に生きて欲しかったんでしょ」

 

 もしかしたら幼い子供が好きな数奇者かもしれないが。

それは、今言うべきでは無いと直感で理解したので黙って置く。

 

「でも、命は――」

 

「生きたいと思ってそうしたなら、寿命まで生き続けなさい。

貴女の中にいる()()()()も、そうする事で一番報われるんじゃないの?」

 

「――」

 

 ひよりは口を噤み、何も言わなくなった。

私はガシガシと頭を掻いてから、ひよりの腕を引く。

 

「まぁ、妖怪としての生き方なら私が教えたげる。

生きるか死ぬかを決めるのはその後!……私の見えない場所でして頂戴」

 

 私はひよりの腕を掴んだまま洞窟の外へと向かう。

ひよりが腕を引かれて立ち上がり、私の後を付いて来る。

 

「……どうして、そこまでするんですか?」

 

 確かに、勝手に世話を焼いて、相談に乗って……。

全く普段の私らしく無い行動に、少し自分でも寒気がしていた所だ。

 

「なんでだろうね、私も良く分かってない」

 

「……そうで「多分――」

 

落胆するひよりを遮り、私は続ける。

 

「――友達になりたいとか、そんなんじゃないかな」

 

 

空には、何時の間にか青空が広がっていた。

 

 

 

「……え」

 

誰かが、誰かが私を呼んでいる。

 

「う、ぇー?」

 

 間抜けな声と共に、段々意識が覚醒する。

目の前には、私の体を揺すり続けるひよりの姿が。

 

「ぬえ、起きて下さい」

 

「……何だ、夢だったのか」

 

 一体何処までが夢だっただろうか。

そもそも、夢で何を見たんだっけ……?

 

「人に当番を任せておいて寝ないで下さい」

 

「いやぁ、どうにも天気が良くてつい……」

 

ひよりが呆れた様に溜息を吐く。

 

「もうご飯出来てますし、直ぐ食べて下さい」

 

 粗末な机の上には二人分の食事が置いてある。

私は座布団を跳ね飛ばし、机の前へと飛んでいった。

 

「寝て起きたら食事がある……最高だね!」

 

ひよりの手料理を口へと運び、賞賛も兼ねて冗談を言う。

 

「明日と明後日はぬえですよ?」

 

「はい」

 

全然笑って無かった、怖い。

 

「そうそう、ところで……」

 

ひよりが箸を止め、此方を向く。

 

「んー?」

 

「……良いです、先に食べて下さい」

 

 お言葉に甘えて口の中の物を飲み込む。

ひよりは呆れた様な、何処か疲れた様な表情をしていた。

 

「ごめんごめん……で、何?」

 

「随分寝ていた様ですが、どんな夢を見たんですか?」

 

 不味い、答えを間違ったら怒られる奴だ。

此処は無難に、ひよりを無駄に怒らせる事の無い――

 

「――夢の中でもご飯食べてたからお腹一杯」

 

「天誅」

 

間違った。

 

 

 

 私を洞窟まで連れて帰ったこの妖怪はぬえと言うらしい。

彼女は、私の事を気遣ってあまり深く詮索しないように相手してくれた。

 

 それが、どうにも心地良い。

けれど、同時に何処かもどかしかった。

 

 彼女に私が此処に至った経緯を教えると、彼女は同情してくれた。

それ以上に彼女は私の事を叱ってくれた――勝手に有る物まで無くすな……と。

 

 私の中には、きっと彼等がいるのだろう。

私は彼等が恨んでいるかもしれない、とぬえに伝えた事があった。

 

『声が聞こえたら相談しなさい』

 

 それ以来、私はこの事で悩むのをやめた。 

昔の事ばかり気にしていてはいけないのだ、生きる為にも――

 

 

 

 

「じゃあ、妖力の使い方から説明するね」

 

「おねがいします」

 

「って言っても、使い方なんて特に無いわ。

妖力を使って火を出したりするか、『能力』を使うか……そんな所ね」

 

ぬえが指から炎を出す。

 

「んで、能力ってのはこれの事よ」

 

 ぬえの姿が一瞬揺らいだと思ったら、奇妙な生物が目の前にいた。

白い羽、蛇の体、犬の様な顔……それは大体――

 

「……こんな感じですか?」

 

 私の中の『力』を使って同じ形にしてみる。

自分の姿が見えないので良く分からないが、何だか変な感じだ。

 

「……」

 

 ぬえは奇妙な生物のまま絶句していた……凄い顔だ。

彼女も、まさか自身の姿を再現されるとは思っていなかったのだろう。

 

「……そういえば、喰った生物の特徴を引き出せるんだっけ」

 

 この力は洞窟の中で話していた時に発覚した物だ。

名前を付けるなら、性質を引き継ぐ力とかそんな感じだろうか。

 

「さて、話を戻すけれども――」

 

ぬえが今度は私の手を引き森の出口へと向かう。

 

「妖怪が生きる為に必要な物は大体決まってんのよ。

人間を食べるのも方法としちゃアリだけど、私は驚かして補ってる訳」

 

 確かに、ぬえの姿を初対面で見たら私でも卒倒するだろう。

森から出たぬえと私は、普段ぬえが狩場として使っている場所へと向かった。

 

「見てて」

 

「うん……」

 

 私は近くの草叢に蛇になって隠れた。

ぬえは、森側にある木の上へと移動し、遠くを見つめる。

 

 暫くすると、ぬえの見ていた方向から一人の男が来た。

大きな荷車を引いて、大きな荷物を背負っている……商人だろう。

 

男は暢気に鼻歌を歌いながら私のいる草叢を通過し、そして――

 

「ぬえぇぇぇぇ!」

 

 蛇の体を首代わりにした牛の顔の怪物が、商人の目の前に降り立つ。

ちなみに首の数は八本、牛の顔も八つ、何故か体は兎の白いソレだった。

 

「……」

 

 商人は暫くぬえを見つめた後、ふっと息を吐いて倒れた。

私は草叢から出て人型になり、此方に親指を立てるぬえの下へ走る。

 

「どう?これが私の力よ!」

 

「今見えてたのは、あの人にも同じ物が?」

 

 私が見えた物と同じ物を見たなら、気絶しても可笑しくは無い。

ぬえは倒れた商人を荷車に乗せ、荷物の中身を拝借しながら言った。

 

「まぁ、一人二人位なら同じものを見せられるよ。

流石に都中とかは無理……やってみようかな……?」

 

 こいつも届けなきゃいけないし、と荷車を指すぬえ。

まさかぬえも気絶するとは思っていなかったのだろう、若干声が震えている。

 

「……まさか死んでないよね?」

 

 不安そうな顔で此方を見るぬえ。

普通に胸も上下しているし、大丈夫だが此処は――

 

「さぁ、どうでしょう?死んでいるかも……」

 

「わぁぁ!ひより!急いで都に届けよう!」

 

 ぬえと並んで荷車を引き始める。

妖怪二人なら人が乗っていてもこの程度なら軽い。

 

「そういえば、一つ気になった事が」

 

「ん、何?」

 

「ぬぇぇって叫び声は何だったんです?」

 

「趣味」

 

 

趣味らしかった。

 

 

 

――目が、覚めた。

どうやら、随分懐かしい夢を見ていた様だ。

私は体を起こし、隣で寝ているぬえを見る。

 

「……」

 

 寝ているぬえの肩に手を伸ばしかけ――やめる。

何時までも、ぬえに頼りっぱなしにする訳にはいかないのだ。

 

「はぁ……」

 

 それでも、一度思うと色々浮かんでしまう。

昔の事、これからの事、ぬえと別れた後の事……。

 

「全く……さっさと寝なさいって」

 

 不意に、後ろから抱き抱えられる。

寝ていたと思っていたぬえが、私を後ろから抱き締めたのだ。

 

「……ぬえ」

 

「悪い夢なんて、誰でも見る物よ。

今は兎に角寝なさい、起きたら多分忘れてるから」

 

 そう宥められ、私は渋々目を閉じる。

人肌とは、こんなにも暖かい物だったのか――

 

「おやすみ、ひより」

 

意識が途切れる少し前、ぬえがそう言った気がする。

 

 

 

 

 私には、今目の前で寝ているひよりの気持ちが分からない。

元人間でも無いし、何かの実験材料にされた訳でも無いのだ。

それでも、この子の苦痛を和らげる事は出来る。

 

『今日からお前の名前はぬえだ!良い名前だろう?』

 

――ふと、頭に何か過ぎった気がした。

浮かんで直ぐに消えてしまったが、何か大切な物だった気がする。

 

「私にも、言える事なのよね」

 

抱えていたひよりを強く抱き、目を瞑る。

 

 

起きたら、多分忘れているだろう。

 

 

 

小屋の外で鳴く鳥の声で、ひよりは目を覚ました。

 

「……」

 

何だろう、何かを見た様な気がするがイマイチ覚えていない……。

 

「あれ、ぬえは……」

 

 ぬえを探して小屋から出る。

彼女は森を出た場所に一人で立っていた。

 

「ねえ、ひより」

 

「何?」

 

ぬえは一方向を見つめている――都の方向を。

 

「私はこれから都に行くわ。

あいつ等に私の恐ろしさを思い知らせてやる!」

 

 高笑いをしながら飛翔するぬえに私も付いて行く。

良かった、この様子なら無茶をする事も無さそうだ……。

 

そう、思っていたから――

 

「……」

 

――ぬえが真剣な顔をしているのに気付かなかった。 

 

 

 

 


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