孤独と共に歩む者   作:Klotho

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月の技術は大体現代と同じ感じと考えて下さい。

今回は設定確認の様な部分があります。嫌いな方は飛ばして下さい。


『蠱毒と竹林』

 

 

 

蓬莱山輝夜が「ひより」と呼ぶ少女は妖怪()()()()

 

 

 

「……ふう」

 

 弾き出された結果を書き連ねた紙面を眺め、銀の髪を持つ女性は溜息を吐く。普段の

彼女からは出ることのない疲労の塊は、しかし誰にも見られる事なく吐き出された。

 

「全く地上の禁術とは良く言った物ね、月の連中が可愛く見えて来るわ」

 

 彼等は自らの死を遠ざける為に月へと逃れた。自分達の作った都を消し、寿命を定め

る『穢れ』を恐れ、それが蔓延していた地上から離れたのだ。

 

――しかし、地上はそうではない。

 

八意永琳は手元の資料と自身が纏めた結果を交互に見遣る。

 

「……他者の命を奪う為に複数の命を生贄に捧げる術。生物の感情と三大欲の一つであ

る食欲を利用したお互いの生命の奪い合い……その結果生まれたのが『ひより』」

 

 彼女本人に聞いた所、数百年……正確には三百年程の間一人も人間を食っていないと

言っていた。しかしそれでは妖怪という概念の前提が崩れてしまう。

 妖怪とは精神的概念によって形作られている存在だ。人々の想像や恐怖、忌み嫌う物

がその感情と共に表面へと姿を現している。人無くして妖怪は存在出来ず、妖怪無くし

て人は人為らざる、という事だ。

 

「妖力と穢れは同一ではない……としたら如何なるのかしら?」

 

「永琳、少し良いかしら?」

 

 地上に居た妖怪達は穢れを発していたし、私達人間も生まれながらにしてほんの僅か

だが穢れを持っている。人間が出す負の感情の集大成というならば、この両名に関して

は納得の行く答えが出せるだろう。

 ならば『ひより』とは穢れそのものであると考えるのが妥当だろうか?穢れ自体が強

大故に、後天的に妖力を手に入れたと考えてみると辻褄だけは合う。

 

「器に入れられる生物は普通の生き物であって妖力は持っていない。それ等がお互いを

食らい合う事で妖力が発生するとは考え難い……駄目ね、この辺りはもう少し妖怪全般

についての調査が必要だわ」

 

「ちょっと永琳――」

 

 そういえば彼女は生きたまま生物を喰らえばその命を手に入れる事が出来ると言って

いた筈だ。今後はその辺りの事も検証しつつ彼女本人も混ぜて話をしたい。

 

「これは急いで確認が必要「永琳!聞いてる!?」……あら、居たのね輝夜」

 

 何時の間にか入り込んでいたのだろう輝夜が私の隣に立っていた。叫び方と表情から

見て既に二回程私を呼んだらしい。私はこれ以上の思考を諦め、手元にあった紙を全て

机の中へ仕舞う。

 

「もう、折角良い所だったのに」

 

「周囲を気にせず思考に没頭するのは貴女の悪い所よ」

 

カラカラと笑ってどっかりと机に座る輝夜。

 

「ひよりはそろそろ帰るって」

 

「……そう、残念。次は何時来るのかしら?」

 

「今は人里に住んでいるから怪しまれない様に半月位空けるって。本当は私達が遊びに

行ければ良いのに……如何にかならないの?」

 

「……無理ね、此処から出るのは危険過ぎる」

 

 やはりこの竹林から出る事が出来ないのは辛い。何とかして月の監視から逃れる方法

は無いものかと考えつつも、その監視装置を作った本人である私の頭が不可能だと主張

していた。

 

「月を出る前に装置は破壊して置くべきだったかしら」

 

「……月の連中が聞いたら卒倒する台詞よね。貴女がまさか破壊だなんて」

 

 別に彼等と仲が良かった訳ではない。唯私の知りたい事の為に時間が必要で、場所が

必要で、人手が必要だっただけだ。彼等が私の居ない月で何をしようが関係は無い。

 

「月と輝夜を天秤に掛けた結果よ、後悔はしてないわ」

 

本当は少し心残りもあったけれど、()()()なら上手くやるだろう。

 

「そ、なら良いのよ。……それじゃ私は見送りに行ってくるから」

 

輝夜は机から優雅に降り立ち、そのまま部屋の出口へと歩いて行く。

 

「竹林の出口が見える所までにして頂戴、それとひよりさんに宜しくと伝えて置いて」

 

私は輝夜を見ぬままそう言った。

 

「はいはい」

 

 

パタンと扉が閉まる音を背中で聞き、私は再び思考に没頭し始めた。

 

 

 

 竹林を歩く事数分、漸く百足が見つけたという建物を視界に捉える。貴族の屋敷の様な

大きさで、尚且つ誰かが住んでいるかの様に綺麗なその建物は何処と無くボンヤリとした

イメージを受ける。

 

「……?」

 

何故、こんなに大きな建物がボンヤリとしているのだろうか?

 

その理由を確かめる前に百足と合流しようとした私は、しかし歩き出す前に足を止めた。

 

「――動くな、関節や筋肉の動きを確認したら殺す」

 

「……」

 

 背後、恐らく十メートル程離れた位置から聞こえる声。

 一切私が気付く事無く、何らかの方法で私に悪意を与えようとするその瞬間まで感知

出来なかった誰かは私が動かない事を確認したようで少しだけ悪意を弱める。

 

「……此方を振り向く動作を許可する。それ以外は殺す」

 

 声からして女性だろうか、誰かは私に振り向く様に指示した。私は彼女を刺激させな

い様にゆっくりと身体を動かし、そして声のする方向へと向き直った。

 

「――……!」

 

 衝撃、驚愕、咄嗟に声を上げそうになって堪える。

 私の振り向いた先に居た女性は此方に向けて弓を番えて居た。その矢の先端に込めら

れた殺意は見事な物で彼女が少なくとも私よりも強いのであろう事を示唆している。

 

問題は、そこではない。

 

 問題は彼女の格好の方だった。遠くから見たら私よりも妖怪しているだろう濃い赤と

青の服、その色が中心から左右にキッチリと分かれている。こんな姿の人間を見たら、

私でなくても死ぬまで忘れる事は無いだろう。

 そして、私の知る中でこの格好に当て嵌まる人物が一人だけ居る。約三百年前、輝夜

が月へ帰るのを阻止した時に月の使者達と共に来て協力してくれたあの女性――

 

「――永琳」

 

輝夜の口にしていた名前をそのまま口に出した。

 

「……答えなさい。何故、貴様がその名を知っている?」

 

 途端に再び溢れ出す悪意。先程以上に力を込めて矢を番える彼女は、どうやら此方の

事は覚えていない様だ。……もしくは、知っているが証拠がない故に疑っているか。

 確かに私の姿は人間と大差ないし、彼女とは殆ど話していないから仕方無いだろう。

 

私は自身の近くまで来ていた百足を呼び寄せた。

 

「……」

 

私の足から上を目指して百足が登って来る。

 

「……動かないで」

 

 彼女は一瞬百足を如何するか悩んだ様だ。私の見た目から可哀想だと思い、しかし月

の使者という可能性を捨てきれていない。私は動かないまま百足が登ってくるのを待っ

た。

 

「……虫を払う許可をします」

 

喉元辺りまで来た所で永琳がそう言う。しかし私は動かなかった。

 

「――っ!?」

 

 思い出させるには永琳から見ても忘れられない光景を見せてやれば良い。私は顔まで

登って来た百足を彼女に見える様に回収する。確証は無いが、身体に虫を入れる事の出

来る月の使者は居ないだろう。

 

「これで分かった?」

 

彼女は暫く思案し、そしてゆっくりと弓を下ろした。

 

「……えぇ。一応、幾つか質問はしたいけれども」

 

「質問よりもこれを輝夜に見せた方が早い」

 

 私は頭に着けていた百日草の簪を外して永琳に見せる。彼女から貰った簪は下手に質

問を重ねるよりも効果的に確認が取れる事だろう。……輝夜が覚えていてくれたらの話

だが。

 しかし永琳は受け取らず緩やかに首を振って歩いて来た。

 

「それは輝夜が月から持ってきた彼女だけの宝物よ。……驚いた、本当に貴女なのね」

 

 そして正面に立つ。お互い以前と変わらない姿のまま出会ったので、自然と私が彼女

を見上げる形になった。

 

「お久し振りね――ひよりさん、だったかしら?」

 

意外な事に名前は覚えていてくれたらしい永琳は私にそう尋ねる。

 

「そう。そっちは輝夜が名前しか言って無かったから知らないけど」

 

 というか、あの時下手に名前を出さなければもっと平和的に解決出来た筈だ。内心で

失敗を反省しながら私は簪を再び頭に着けた。

 

「その話は中でしましょう。きっと輝夜も驚くから」

 

 永琳が初めて微笑み、「此方よ、案内するわ」と言って屋敷の中へと入って行く。私

は彼女の後に続き、何時の間にかハッキリと見える様になっていた屋敷へと足を踏み入

れた。

 

 

 

時は金なり

 

・時間は貴重なものであって、金銭と同じように大切で価値があるのだから、浪費する

ものではないという戒め。 時間は無駄に費やすものではなく、有効に使うべきである。

 

「時も金も貴重じゃないわ、此処じゃ必要ないもの」

 

 私は永琳が持ってきた大衆向けの『ことわざ』が書かれた本を投げ捨てる。投げ捨て

て、結局する事が無くて回収しに行く。もう何度も繰り返して来た動きだ。

 

「『時は暇なり、金は無駄なり』って書いちゃおうかしら……」

 

 最初の数年は竹林探索だけでも充分楽しめた。月では見ない植物、都では出れなかっ

た外。私は心を躍らし、今ではこの竹林を完璧に把握するまでに至った。

 しかしそれも数十年経てば飽きてくる。普通の樹木とは違って代わり映えしない竹は

何時までも眺めるには退屈過ぎた。しかも此処の竹は普通のそれと違い寿命がとんでも

なく長いのだ。永琳の調査で分かった事で、私は枯れた所を見た事が無い。

 

「せめて、人里位行けたらいいのに……」

 

 この竹林には私と永琳、それと迷い込んだ妖怪位しか居ない。人間が迷い込んだ時は

永琳か妖怪が如何にかしてしまう。今の私は人を見ただけで飛びついてしまう自信があ

る位久しく誰とも会って居なかった。

 

「……もう限界、月なんて関係無いわ!私は人里に行く!」

 

 私は一人立ち上がってそう叫ぶ。これも何度も行った決意だが、私がこうして決意し

た時に限って永琳がやって来て結局阻止されてしまうのだ。私は廊下へと続く襖を睨ん

だ。

 

「輝夜、少し良いかしら?」

 

ほらきた

 

「……えぇ、もう好きにしなさい」

 

 私は諦めて畳みに寝転がる。私では彼女の追跡から逃れる事は不可能だし、そもそも

永琳の反対を押し切って行動に移る程切羽詰っている訳ではない。

 

襖が開き、頭の上で永琳が入って来る足音がする。

 

……あれ、足音が多い?

 

「もう、何て格好してるのよ。これじゃ台無しじゃない」

 

「永琳、何を言って――」

 

意味深げに溜息を吐く永琳。私は身体を起こして後ろを振り返った。

 

普段から見慣れた赤と青の隣に――

 

 

――見覚えの、覚えのある黒く小さな少女の姿が在った。

 

 

『……本当は、帰りたくなんかないわ』

 

『でも翁達に迷惑は掛けたくない』

 

『……抵抗すれば、おじい様達も巻き込まれるかもしれない』

 

『だから大人しく帰る』

 

『……貴女は、人の心を覗くのが上手ね』

 

 

『また、会いましょう』

 

『……分かった』

 

 

 今まで色褪せていた様々な思い出が色付いたように私の脳を過ぎった。

手が震え、喉が渇き、僅かに額が汗ばむ。私は彼女に手を伸ばし彼女の名を呼んだ。

 

「……ひより?」

 

 自分でも何処か縋る様な声だったのは、目の前に居る少女が現実ではないのかも知

れないという不安があったからだろうか?

 

「久し振り、輝――」

 

 此方に歩み寄りそう笑いかけるひより。彼女も右手を差し出し、私の手を掴もうと

して――

 

「ひよりっ!」

 

「――やぅぇっ」

 

 

その手が私の手を掴む前に、私の体が彼女の小さな身体に飛びついた。

 

 

 

 

 ひよりの身体は軽々と吹き飛び、横に居た永琳をも巻き込んで襖へと衝突した。元

々隠れ力持ちであった私の跳躍と二人の衝突により、廊下と部屋を仕切っていた襖も

容赦なく吹っ飛んだ……というか壊れた。

 

それが五分程前の出来事。

 

「姫、浮かれる気持ちは分かりますが正直分かりかねます」

 

 少し後ろに正座している永琳がそう言う。壊れた襖は後程彼女の手によって修理さ

れるだろう。恐らくはその文句も含めての台詞だ。

 

「反省してるからその意味の分からない発言を止めて頂戴」

 

 彼女の言いたい不満も分かるがタイミングが悪い、悪過ぎる。私は正面に座ってい

るひよりへと視線を移した。服の袖で顔を抑えているが笑っているのは明らかだ。

 

「ん、続けて」

 

「……いえ、別に貴女を笑わそうとしている訳じゃないのよ」

 

ひよりを責める理もないので私は背後の永琳へと視線を戻した。

 

「……では、私はこれから襖の修理に向かいます。ひよりさん、後で私ともお話して

頂けないかしら?何かと言っても此処が退屈なのは私も同じなのよね」

 

 立ち上がり、そう言って部屋を出て行こうとする永琳。ちゃっかり約束を取り付け

ている辺り彼女も彼女でしたい事があるのだろう。

 

「分かった、後で会いに行く」

 

「ありがとう。……それでは、ごゆるりと」

 

最後に腰を低くして優雅に一礼し、音も無く襖を閉じて出て行った。

 

「……」

 

「……」

 

暫く二人で永琳が去った後の襖を眺めていた。

 

「あははっ」

 

「ふふっ」

 

 どちらともなく、理由もなしに笑いが込み上げて来る。昨日までの退屈が、三百年

間の空白がまるで二日三日前の出来事の様に感じた。

 

「あの時みたいに、なってくれない?」

 

ひよりは小さく頷いてあっという間に姿を変えた……鼠へと。

 

「これで良い?」

 

「完璧。貴女が男なら結婚してたかも」

 

 手を差し出すと座布団から降りて私の手の平の上へと乗る。それを持ち上げて顔の

前まで持ってきて、私は彼女と暫くの間見つめ合った。

 

「……どうかしら?伝説に名高い輝夜姫の美貌は?」

 

鼠は鼻で笑う。

 

「本物の輝夜姫は畳みに寝転がったりしない」

 

相変わらず減らない口だ。私はひよりを掴んで庭へとぶん投げてやった。

 

「危ない」

 

空中で何度か回転し見事に庭へと着地する。

 

「乙女の揚げ足を取った罰よ」

 

 私がそう言うと部屋へと戻って来たひよりは廊下……先程まで私達が居た部屋の方

角を眺めた。

 

「乙女は襖を壊したりしないと思うけど」

 

 キッと睨みつけてやると矢張り大人しくなる。私は自分の座布団と先程まで彼女が

座っていた座布団を掴んで縁側に置いた。そして座る。

 

「鼠に席を進めるのは二回目になるわね」

 

「軽蔑しないよ、流石に」

 

 真ん中にちょこんと座り鼠は此方を見上げた。

 今のは軽い茶番、再開ついでに初めて出会った時の事を再現してみよう、という奴

である。最初の質問で引かれるかと思っていたが、思いのほかひよりが乗ってくれて

助かった。

 

「それで三百年も何をしていたのかしら?此処だと貴女の噂も聞けなくて一切事情が

分からないのよね。それと、ぬえって子の救出の具合も聞きたいかな」

 

 話したい事は特に無いが聞きたい事は沢山ある。久し振りの来客が、しかも親友だ

ったという事もあって私の口は自然と早くなってしまう。

 

「人里、妖怪、食べ物……ひより、貴女明日の予定は?」

 

鼠は首を傾げたが直ぐに答えた。

 

「特にないかな、多分」

 

「なら今日は泊まっていきなさい、命令よ」

 

 恐らく一日では話しきれないだろう。私は半ば強制的にひよりを泊まらせる約束を

取り付けた。永琳とも話させてあげたいし、私も話したいから。

 

「うん、分かった。……布団は?」

 

「無いわよ、あの時みたいに寝れば問題ないでしょう?」

 

本当はあるのだけれど、私は真顔で平然とそう答えた。

 

「……ま、良いか」

 

ひよりはチラと布団が仕舞ってある押入れを見た。気付いているのだろう。

 

だが、此処はその優しさに甘えさせて貰う事にする。

 

 

「さて、先ずはぬえの話から聞かせて貰おうかしら?」

 

 救出は出来ていないのだろう。出来ていたなら一緒に居る筈だ。

私は隣に座る鼠から視線を竹林へと移した。何時見ても変わらない竹は、丁度今の私

とひよりの姿を映している様に見えて――

 

「――じゃあ、輝夜と別れた後から話そうか」

 

私は思考を中断してひよりの話に耳を傾けた。

 

 

 

 私は綺麗に掃除された廊下を歩いていた。外から差し込む陽は落ち、開いた部屋の

縁側から冷たい風と竹の葉が揺れる音が聞こえて来る。……成程、確かに面白いが、

これで三百年も暇を潰すのは不可能だろう。

 

 輝夜には出来る限り全ての事を話した。鬼退治、命蓮寺での出来事、人里の近くで

生活していた時の事、妖怪の山で出会った射命丸について、現在のぬえの居場所

……そして、妹紅の事も。

 

「……と、此処かな」

 

私は一つの襖の前で立ち止まる。足元からは明かりが漏れていた。

 

コンコン

 

「どうぞ」

 

 中から聞こえた声に従って襖を開ける。中は襖という入り口と全く食い違った奇妙

な構造をしていた。西洋の部屋……又は月はこんな感じの部屋なのだろうか?

 

「あぁ、ひよりさんね。座って頂戴」

 

 永琳は部屋の奥にある椅子に座っていた。彼女は何かの紙を置いて立ち上がり、部

屋の中心にある机の周りに二つ座布団を敷いた。私は座り、永琳が何か作業している

のを観察する。

 

「もう今日は来ない物だと思っていたわ」

 

コトリ、と湯飲みが目の前に置かれる。お茶を入れていたらしい。

 

「輝夜から伝言、『明日は貸切』って」

 

「……手厳しいわね」

 

永琳は困った様に苦笑した。

 

「それで、話ってどんな事を?」

 

 なので私も直ぐに本題に入る。取り敢えず永琳が聞きたい事から先に話した方が良

いだろう。彼女もそう理解していたのか考え込む事もなく口を開いた。

 

「多分外の様子については輝夜が聞いていたでしょう?私が聞きたいのは貴女自身の

事よ。ひよりさん」

 

想定外

 

「……私自身の?」

 

「えぇ。正確には貴女の生まれ……蠱毒という術と貴女達について知りたいの。勿論

貴女が嫌というなら止めるし、他にも聞きたい事はあるのだけれども」

 

まずはそれを知りたい、そう永琳は目で訴える。

 

「……分かった、話すよ」

 

 永琳には輝夜に話したよりも詳しく説明するつもりだった。この人は蠱毒を知った

所で実行する様な愚かな人間ではないし、それを他者に広めてしまう性格の持ち主で

はないからだ。

 

私は袖口に仕舞っていた蠱毒について書かれた巻物を取り出す。

 

「これは知り合いの寺から貰った巻物。此処に書いてある事は概ね正しくて、殆どに

ついて書かれてるよ」

 

永琳は巻物を手に取り、自分で目を通しながら確認する。

 

「書かれていない事は?」

 

チラと此方を一瞥して彼女はそう尋ねる。

 

「人間を材料にした蠱毒の結果位かな」

 

「そう」

 

 謝る事の無いやりとり。互いに悪意が無く、唯事実のみをやりとりする会話。輝夜

や妹紅の様なタイプとは交わせない貴重な雑談だった。人によっては苛立つかもしれ

ないが、少なくとも私は嫌いではない。

 

「それ、預かっといて貰える?」

 

 ジッと文面を見つめる永琳にそう声を掛けると、彼女は驚き半分喜び半分の顔で此

方を見た。

 

「それは有り難いし大丈夫だけど……どうして?」

 

「友人からの貰い物だから、出来れば持ち歩きたくはない」

 

 簪の様に頭に着けたり出来れば別なのだが、私の髪の毛は巻物で纏められる程長く

はない。というか、体の何処に巻物を着けても誰も似合わないだろう。

 

「……分かったわ、此方で大切に保管しましょう」

 

「ありがと」

 

もう見終えたのだろう、巻物を閉じて永琳はそう言った。

 

「それじゃ、幾つか質問しても良いかしら?」

 

 私が頷くと永琳は立ち上がって紙と棒状の何かを持って来た。永琳はそれを手に持

ち紙に走らせる……どうやら筆の様な物らしい。私が見つめていると、永琳は思い出

したかの様にそれを此方へ渡して来た。

 

「そういえば知らないのよね、御免なさい。これは月で使われている道具の一つよ。

……良く考えたら此処は貴女の分からない物ばかりね、失敗だわ」

 

「別に良いよ、見ていて楽しいし」

 

 私は永琳に道具を返しながらそう言った。ぬえを助けたら海の向こうへ渡ってみる

のも良いかもしれない。こういった物を見るのは意外と好きだ。

 

……と、無駄な思考を切り上げて永琳を待つ。

 

 

「……じゃあ改めて、妖怪になってから何年位かしら?」

 

「五百年と少しかな、多分」

 

「あら?じゃあ輝夜を助けてくれた時は?」

 

「妖怪になってまだ一、二年位だったかな」

 

「驚いた、あの時であそこまで力が出るのね。……今はどう?」

 

「全力は出した事無いから分からない」

 

昔の私から今の私まで

 

 

「食べ物は食べるのかしら?」

 

「余裕がある時は食べるよ。無い時は我慢」

 

「食べる物の種類は?人間?感情?」

 

「魚とか蜥蜴とか死んだ動物かな」

 

「……人を食べた事は?」

 

「無い。驚かした事だったら昔に」

 

食べる物、種類

 

 

「さっきの事を詳しく教えて頂戴。貴女の知り合いは人を食べるの?」

 

「食べる知り合いと感情を食べる知り合いと不明がそれぞれ何人か」

 

「食べない知り合いは?」

 

「そう努力してた妖怪達は知ってる。どうだったかは分からない」

 

「……成程ね、有難う」

 

知っている妖怪について

 

 

「貴女の体から蠱毒が出て行った時の活動時間は分かる?」

 

「普通の動物の寿命と殆ど同じ……少し長いかな。他の生きている生物を食べる事でその

動物の命と特徴を取り込む事が出来る。寿命とかも」

 

「……死んだ動物と言っていたのはその為ね」

 

「うん、今の所新しく取り込んだ事は無いよ。したくないから」

 

「中に居る数はどの位?会話は可能?」

 

「六千と七百十二。会話は出来るし特定の一人と話す事も出来るよ」

 

「区別はつくのかしら?」

 

「一人一人で感覚が違うから。それに性格も」

 

「……その辺りは話してみないと分からない感覚ね」

 

私達の事

 

 

「輝夜は妖怪として見てどう?」

 

「どうって?」

 

「美味しそうかしら?それと私についても」

 

「……」

 

「……」

 

「……輝夜は美味しくなさそう。あんまり運動してないっぽいし」

 

「その通りよ。私は?」

 

「妖怪として言わせて貰うならかなり良い方かな。鍛えてた?」

 

「あら、良く見てるのね。……薬を飲む前弓を番えられる程度にはしてたのよ」

 

……という質問まで多々続いた。

 

 

 

 

「……こんな物ね、どうも有難う」

 

「こっちも面白い話が聞けた。ありがと」

 

 話が終わったのは二時間後。私はつい口に手を当てて小さく欠伸をしてしまった。そ

ういえば昨日は竹林の妖怪退治で寝ていないんだったか。

 

「結果は報告して欲しいかしら?」

 

 少し寝て、起きて、錯誤して。もしかしたら彼女が出て行く前に結果が出るかもしれ

ない。ひよりにそう意味を込めて尋ねたが、彼女は緩く首を横に振る。

 

「良い。知らなくても五百年は何とかなった」

 

 その通りだ。結果を出そうと出すまいと彼女はこれからも上手く生きていくだろう。

私は頷き、立ち上がって彼女の話を纏めた紙と巻物を一旦机へと仕舞った。

 

「ひよりさんには感謝してるわ、本当に」

 

私は座って残りのお茶を飲み干したひよりにそう言った。

 

「……別に感謝される事はしてない」

 

「輝夜も最近はストレスが溜まっていたのよ。もうそろそろ抑えられないんじゃないか

って所で貴女が来てくれて助かったわ。偶然にしても出来すぎよね」

 

「偶然だけど」

 

素っ気無く答えるひより。

 

「えぇ。でも、私への協力は貴女の意志よね?あの内容からして本当は他人に話すべき

ではないでしょうし、貴女もそこまで良い気持ちでは無かったでしょう?」

 

 実際に彼女が余り人に話さない事を永琳は知っている訳ではなかった。それでも、彼

女の性格と優しさからそんな事は容易く想像出来る。自分の受けた痛みを彼女は他人に

受けさせまいとする子なのだ。

 

「……」

 

ひよりは肯定しなかった。

 

「私の退屈を紛らわす為に協力してくれたのよね?」

 

そう言って彼女の顔を覗き込むと、彼女は気不味そうに顔を逸らした。

 

「……あの巻物を預かって貰う報酬ってことにして」

 

「えぇ、そうさせてもらうわ」

 

 本音も聞けた事だし良しとしよう。私はひよりが立ち上がるのを確認して座布団と

机を片付ける。これから布団を敷いて輝夜が起こしに来るまでは寝るとしよう。つま

りは昼前まで寝るということだ。

 

「それじゃ、おやすみなさいひよりさん」

 

私は襖を開けて出ようとしている少女の背にそう声を掛ける。

 

「……おやすみ、永琳」

 

 

襖を閉める直前、そんな声が聞こえた……気がした。

 

 

 

「……遅いわ、もう寝ちゃう所だったのよ」

 

 私が永琳と話している間に敷いたのであろう布団に入り枕に顔を埋める輝夜。私は

再び姿を鼠に変え、未だ顔を見せない彼女の元へと歩いて行く。

 

「えぅ」

 

後数十センチの距離まで来た瞬間、今まで突っ伏していた輝夜の腕が私を掴んだ。

 

「ふふん、何時までも待たせるのが悪いわ」

 

「……死ぬ」

 

 そう言うと輝夜はパッと手を離し、「少し強過ぎたかしら」なんて言いながら手を

開閉させる。実際に込められていた力は普通の鼠なら中身が外見に出て来るとだけ言

って置こう。

 

「永琳とは何の話をしたの?流石に私に話した事と同じではないでしょう?」

 

布団に横になったまま輝夜がそう呟いた。

 

「私自身の事に興味があるみたい。多分暇潰しにするんじゃないかな」

 

 実際に如何するつもりかは分からない、と言外に輝夜を見る。彼女は身体を起こし

て此方を見たが、やがて目を細めて大きな欠伸をした。

 

「永琳なら平気よ。……そろそろ寝るわよ――ていうか寝る」

 

 今度は優しく掴み上げて自身の顔の横に私を下ろす。私は彼女の頬に添う様に丸く

なってそのまま目を閉じた。少しの間輝夜がくすぐったそうに動いたが、やがて小さ

な寝息が聞こえ始める。

 

「……」

 

最後に誰かと眠ったのは三百年前……妹紅の時だったか

 

 

しかしまぁ、久し振りで恥ずかしくはあるが――

 

悪くは……ない

 

 

外の竹の葉が擦れる音も次第に聞こえなくなって

 

 

 

サクサク、サクサクと

 

二人分の足音が竹林に響き渡る。

 

 

 

「……と、此処までね」

 

 先に足を止めたのは輝夜だった。私も足を止め、少し後ろに立っている輝夜を見

る。背後には既に外から陽の光が差し込んでいた。

 

 そのまま別れるかと思っていたのだが輝夜は私に近付き、頭に着けていた簪の位

置を動かし始めた。そして口を開く。

 

「まだ持っていたなんて思いもしなかった。ひよりが壊すとは思っていなかったけ

れども……普通三百年も経ったら壊れてしまうものなのよ?」

 

「……私の妖力に曝され続けたからかな?」

 

 詳しくは分からないが輝夜の言う通りだ。普通なら物が三百年もの間壊れないな

んて事は有り得ない。

 

「分からないけれど感謝しましょう。少なくとも私は嬉しいわ――よし」

 

輝夜が私の頭から手を離しゆっくりと離れて行く。

 

「うん、良いわね」

 

 如何せん私はこういったお洒落には疎い。此処は都随一の美貌を持っている輝夜

姫様に任せた方が良いのだろう。

 

「ありがと」

 

「良いのよ、次来た時に外の何かを持って来てくれれば」

 

さり気なく自分の要求を通そうとする輝夜。

 

「……分かった、今度持ってくる」

 

私は頷き、輝夜は微笑んだ。

 

「えぇ、お願い」

 

 私は輝夜に背を向けて歩き出す。再会は約束されている。お互い何も言わなかっ

たし、私は振り返らないまま竹林の出口を通過した。

 

 

「……」

 

そして飛翔。

 

また直ぐ会う為にも、まずは目前の問題から手を付けなければ。

 

 

私は自分の家……人里に向かって速度を上げた。

 

 

 

 

『私はその妹紅って子を知らないし、見たことも無い』

 

『もし私を恨んでいるのならそれはお門違いだと思うのよね』

 

『でもそれで気が晴れるのならば構わない。時間は永遠にあるのだから』

 

『出来ればひよりは彼女に私の事を話さないで頂戴』

 

 

『その子が私の元へ来た時に、私がしっかりと決着を付けて上げる』

 

 

 

 

 

後に衝突し、()()()()する事となる二人。

 

 

 

 

 

 

 

 


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