孤独と共に歩む者   作:Klotho

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萃香を『スカイ』と打ってしまう程作り直しました。

もしかしたら大きく変更する可能性があります、ご容赦下さい。


『蠱毒と共存』

 

 

 

「それじゃあもう行ってしまうんですね?」

 

 久し振りに……いや、数ヶ月振りに開かれた大きな宴会は夜通し続き、遂には陽の光

が差し込む時間帯にまで続いた。周囲には雑魚寝する鬼や天狗で溢れている。

 

そんな彼等を踏まない様に移動しながら文は目の前の少女に言った。

 

「てっきり萃香様や勇儀様とはもう少し積もる話もあったのかと思ったんですが……」

 

少女、ひよりは此方を振り返る。

 

「近状報告と多少の()()だけ。お互い妖怪だからね」

 

多分また直ぐ会う事になる、そう言って彼女は再び歩き出す。

 

「うぅーん、そんなものなんですかねぇ……」

 

 伊吹萃香も星熊勇儀も、それに目の前のひよりも私よりも長く生きている妖怪だ。彼

女達の間には自分では理解出来ない様な何かがあるのだろう。そう思って置く。

 

「射命丸は?これから大天狗とかと積もる話は無いの?」

 

「うっ……多分、あるとは思いますよ」

 

 此方は思うだけでは済まない。天魔の手前渋々納得した大天狗も、どうせ私と二人だ

けになる機会があれば直ぐに愚痴を言い始める事だろう。

 

「――でも、何故か気分は悪くありません。寧ろ良いんです」

 

きっと心の何処かでこの山の上下関係に嫌気が差していたのだろう。

 

「聞かれたら余計に積もる話が出来そうだね」

 

ひよりが足元に転がっていた大天狗を軽く蹴飛ばした。

 

「まぁ、もし山を追放される事があったら」

 

「……あったら?」

 

「その時は約束、ちゃんと住める場所位は提供して上げるよ」

 

「……あはは、じゃあ宜しくお願いします……」

 

 そういった彼女の気持ちは恐らく気遣いからなのだろうが、如何せん洒落になってい

ない故に私の口からは乾いた笑いしか出て来なかった。

 

と、そういえば

 

「ひよりさん、もう一つの約束は覚えてますか?」

 

「約束?」

 

ひよりは首を傾げる。どうやらそっちは覚えていないらしい。

 

「えーと、ほら、あれですよ。その……」

 

 しかし自分から言うのも気まずい。というか『友達になってくれ』という言葉自体が

もう既に友人として破綻している気がしてならない。私は此方を見つめるひよりから視

線を逸らした。

 

「何時の間にかなってるもんだよ、そういうのってさ」

 

視線を逸らした方向の逆位置に聞き覚えのある声。

 

「萃香」

 

私が同じ名前を頭に浮かべるのと同時にひよりがそう言った。

 

「よっ、勇儀の代わりに見送りに来たよ」

 

声の位置は先程よりも近くなっている。というか隣に居る。

 

「ど、どうも、萃香様……」

 

私は隣に視線を移し、自身よりも圧倒的に身長の低い彼女に頭を下げた。

 

「馬鹿にされた気が……まぁ、良いや」

 

萃香はチラと此方に視線を向けたが、直ぐに正面のひよりへと戻す。

 

「アイツとも仲良くしてやってくれ。根は良い奴だし、お前の居た妖怪寺の奴等とも気

は合うと思ってる……合うね、絶対」

 

 萃香の言う『アイツ』が私では無いのは分かっていたので黙る。そもそも山の頂点に

立つ萃香が一介の天狗である私の事を気に掛けるなんてことは有り得ないのだから。

 

「……分かった」

 

ひよりは頷き、萃香は笑いながら頼んだよ、と言った。

 

そして萃香はその視線を此方へ向ける。

 

「射命丸、そういう時は自分から変えていくべきだよ」

 

小さく囁く萃香の顔は意外にも真剣だった。

 

「自分から、ですか」

 

「頭は良いけど鈍いからね、ひよりは――と、ひより!私はもう戻るよ!」

 

「じゃあ、次は()()で」

 

「あぁ」

 

萃香は片手を上げながら木々の間へと消えて行った。

 

「……」

 

「……」

 

 残されたのは鈍いひよりと口下手な私だけ。助け舟を出しに来てくれたのかと期待し

た萃香も、既に木々の中――自分の洞窟に帰ってしまった。……または盗み見ているの

か。

 

どちらにせよ、私が言うしかないだろう。

 

「――」

 

()、私はもう行く」

 

けれど私が口を開く前に彼女は背中を向けてしまった。

 

「あ、はい。ひよりさんも「ひより」……」

 

少女――ひよりは振り返らないままそう言う。

 

「ひより、友達ならさん付けはしない」

 

そう言って歩いて行く彼女の背筋は緊張した様に伸びていて――

 

「……えぇ、そうね。じゃあひより!また会いましょう!」

 

 

――私は自身の緊張が解れるのを感じた。

 

 

 

 

「いやー、感動。良いね、友達って」

 

 居なくなった筈の鬼が何時の間にか私の隣に立っている。案の定覗き見していたのだ

ろう萃香を私は上司だという事も忘れて睨みつける。

 

「萃香様、戻ると言っていたのは嘘だったのですか?」

 

「戻ったよ?私の散歩はそこの草叢から始まるんだ」

 

萃香は悪びれた様子もなく彼女が居たのであろう草叢を指差した。

 

「……もう良いです」

 

萃香は楽しそうに笑い、そのまま此方の肩に手を回そうとして……諦めた。

 

「ひよりもお前さんと同じ様に余り他者と関わろうとしないからね」

 

「ひよりさんもですか?」

 

 萃香の発言に私は正直に驚いた。私の見た感じでは勇儀や萃香の他にも鬼退治の時に

知り合ったのだろう鬼達とも何度か話しているのを見掛けたのだが……

 

「お前さんは生まれ持った力故に、ひよりは生まれ故に、かね」

 

そう言う萃香は普段とは見違える程難しい顔をしていて。

 

「生まれ……」

 

「ま、今度会った時にでも聞いてご覧。多分話してくれるだろうよ」

 

萃香は射命丸に背を向け、今度は周囲に転がっている鬼や天狗に視線を遣った。

 

「おらっ、起きろお前等!何時までも寝てんじゃねぇっ!」

 

 偶然なのか態となのか、ひよりが先程軽く蹴った私の上司を思い切り蹴飛ばして萃香

はそう叫ぶ。流石に萃香の掛け声で起きない訳にもいかずノロノロと動き出す彼等。吹

き飛んだ大天狗は未だ動く気配が無い。

 

「射命丸、お前さんは先に帰ってると良い」

 

「良いんでしょうかね?」

 

 あそこで倒れている上司を放って、と私は内心で付け加えた。これで萃香が良いと言

ってくれれば、後であの大天狗に責められても言い訳として使える。

 

「あぁ、先に帰って良いよ。次会う時にはあの大天狗は理想の上司になってる筈さ」

 

そんな私の薄い考えを見抜いた様に萃香は笑いながら言った。

 

「……有難う御座います、萃香様」

 

 私は深く頭を下げた。予想に反して優しかった事と、そういう予想で彼女を余り良い

風に思っていなかった事も含めて、深く下げた。

 

そして翼を広げて空へと飛翔する。

 

 

「そう思うならまた飲みに来なよ、お前さんなら大歓迎だ」

 

……要検討。

 

 

私は久し振りとなる自分の家を目指した。

 

 

 

 妖怪の山で行われた宴会の最中、少しの間だがこの山では見掛けない姿の女性が萃香

とひよりと共に酒を飲んでいた。多くの者がその姿を見ていたが、多くの者は大体忘れ

ていた。故に今後も追及される事はないだろう。

 

これはその時の会話の一部始終と様子である。

 

「今晩は、お二人共」

 

 ヌラリという効果音でも付きそうな具合でスキマから飛び出したのは萃香の友人でひ

よりと半ば敵対関係にある八雲紫。紫はスキマから降り立ち、周囲の鬼や天狗が自身の

事に気付いていないのを確認してから腰を下ろした。

 

「随分と面白い話をしているようね」

 

 隣に居る萃香へ問いかける。紫が此処に来たのは宴会に参加する為ではない。この無

鉄砲な友人が下手にひよりに情報を与える事を恐れて来たのだ。

 

チラリと萃香に視線を向けると、彼女は分かっていると言わんばかりに胸を張った。

 

「あぁ、もうこの下に地底がある所までは話したよ」

 

「……全然分かってないじゃない」

 

 首を傾げる萃香を睨みつけてから私は正面にいるひよりと向き合う。彼女との契約は

『仕事を手伝う代わりに地底の場所を教える』という物だった……が、これはもう萃香

の所為で意味のない物になってしまった。

 

「ご機嫌様、ひより」

 

「どうも」

 

素っ気無い返事で返される。どうやら私の事を警戒している様だ。

 

「ひより、そんな警戒しなくても紫は何もしないよ。というか、分かってるんだろうか

らさっさと話を進めちゃおうか」

 

ひよりが黙ったままなのを肯定と受け取って萃香は二人を交互に見る。

 

「これで前回の約束は無効になった訳だけれども、この後は如何するつもりだい?

紫は殺しきれないひよりを、ひよりは殺せない紫と戦うって事になるのかな?」

 

そう言って黙る。これ以降は私に任せるという事か。

 

「……いいえ、私は新しい条件は付けないつもりよ」

 

予め萃香と話し、既に出していた結論をひよりに伝える。

 

「付けない?」

 

初めてひよりが自分から喋ったのを確認し私は続けた。

 

「『貴女が地底から友人を助け出す為の手伝い』……これは、貴女が私に協力しなくて

も私は手伝うわ。地底に封印された妖怪寺の子達にも会ってみたいし、私の目的にもき

っと繋がるから」

 

 ひよりが微かに息を呑む。

 それもそうだ、ついこの間急に現れて命を狙って来た私が、今度は自身の手助けをし

たいと申し出て来るのだから。頭の良い彼女ならばこれを罠だと考えて当然だろう。

 

「何で急に?紫はひよりを警戒していたじゃないか?」

 

この小鬼、そこまで話せというか。

 

「……そこの小鬼から貴女の過去を少し聞かせて貰ったわ。妹紅という少女経由でね。

そうして私の出した結論は、やはり貴女も私の理想郷作りには欠かせない存在という事

よ。『人と妖が共存する理想郷』の、ね」

 

「……」

 

人から妖怪へと為った少女。人として生まれ、ヒトとして生きた少女。

 

「勿論、何の根拠も無しに言った訳じゃないのよ。貴女が人里の近くに住んでいた時の

事や、今回の山での戦闘の件も入れて考慮してある。その上で、私は貴女に協力を求め

たいと思った」

 

隣にいる小鬼がニヤけているのを恨めしく思いながらも私は無表情に務める。

 

「だから、私は貴女にお願いするわ。どうか、力を貸してくれないかしら?」

 

頭は下げなかった。私は彼女と対等の立場で話しているつもりだからだ。

 

「……」

 

 一度不可能だと言った。それでも、彼女は嫌いとは言っていない。

もし嫌いだというのならそれこそ妖怪寺に数ヶ月も留まる必要なんてない。人を殺し、

小妖怪や鴉天狗も殺して生きて来た筈。

 

でも、彼女は妖怪ですら殺した事が無いのだ。

 

「――」

 

ひよりは初めて八雲紫の前で警戒を緩めた。そして口を開く。

 

「命蓮寺が妖怪を匿っている事が気付かれた原因は何者かによる里への密告。それをし

たのが人間なのか妖怪なのか……そこは大して重要じゃ無かった」

 

「……」

 

 それは本来なら語られる事の無かった真実。あの妖怪寺……命蓮寺の神とその部下が

頑なに話すのを拒んだ真実を、彼女は今私と萃香に話している。

 

「妖怪がしたなら、それは即ち人間と共存する気が無かったという事。逆に、人間がそ

うしていても結果は変わらないと思う」

 

本来なら相容れない存在。それを私よりも早く一つにしようとした者達。

 

「貴女は……どうして助けなかったの?」

 

 思わず私はそう尋ねた。自分でも最低な質問だとは分かっていたが、聞かずには居ら

れなかった。人間程度簡単に殺せる筈の彼女が、何故数ヶ月共に過ごした仲間よりも人

間達の命を取ったのか。

 

……そこにきっと私が求め続けていた答えがある。

 

「『誰かの犠牲の上に立つのなら、それは私の求めている理想ではない』」

 

「……それが、貴女達の」

 

「私じゃなくて、あの人達の考え方。だから私は手を出さなかったし、あの人達も手を

出さない様に我慢しながら封印されるのを待った」

 

 そういって何処か悲しそうに苦笑するひよりの姿が私の心を締め付ける。

 あの寺には数多くの妖怪達が住んでいた筈だ。周囲から妖怪が増えたという話がなか

ったのは、寺に住んでいた全ての妖怪達が封印された――

 

自分達よりも人間の――その僧侶の理想の為に。

 

「私のお願いは変わらないわ。私はその人達とは別のやり方で同じ物を目指す。

……そして、封印を解いて自由になったその命蓮寺の人達に見せてやるわ」

 

 貴女達の理想は現実になったのだ、と。

そう心の中で決意を固めた私を見てなのか、ひよりは疲れた様に溜息を吐いた。

 

「……良いよ、そっちの目的も同じだから。貴女に協力する」

 

そういって静々と右手を差し出して来る。

 

「……ありがとう、ひより」

 

私は彼女に右手を差し出す事でそれに答えた。

 

 

 

 

「よし、これで分かり易くなった!つまり地底に行くのと紫の理想を同時進行しちまえ

ば良いんだろ?私が二人を手伝って、二人はお互い協力する訳だ」

 

私達がお互いに握手をした所で今迄黙っていた萃香が声を上げる。

 

「えぇ、そうね。今の所私からのお願いは以前と変わらないわ。ひよりには各地を回っ

って人と妖の両方と関わりを持って欲しいの。人とは難しいだろうから、妖怪だけでも

構わないわ」

 

「分かった、善処する」

 

私がそう言うと彼女は小さく頷いた。

 

「私は勇儀と一緒に此処から地底への道を探してみるよ。後は知り合いの人間にも協力

して貰おうかねぇ」

 

萃香の言う人間の話は少し気になったが、それは後回しで良いだろう。

 

「私は直接地底へ接触を試みるわね。此処等一帯の魂を管理しているというのも気にな

るし、そのまま上手くいったら交渉までは済ませて置くわ」

 

 まだ漠然とだが、私は手始めにこの周囲から共存に挑戦しようと思っている。その為

にも死者を管理する閻魔とは一度話して置きたいというのが本心だった。

 

萃香がチラと私を見透かした目で見、そしてひよりに向き直る。

 

「その時は私か紫が直接ひよりに伝えに来るよ。それで良いかな?ひより」

 

私も頷き、ひよりを見た。

 

「ありがとう萃香、紫」

 

 

初めて見る彼女の笑顔だった。

 

 

 

そして、今

 

 

 

 

 あの時の会談から数年が経ち、萃香が協力してくれる報酬として数ヶ月に一回妖怪

の山で行う宴会に参加する事以外は完全に今までの生活へと戻っていた。一つ加える

ならば、紫を警戒する必要が無くなって気楽ということも入るだろうか?

 

「……また同じ場所に」

 

 現在私は一面が緑で覆われた林の中に居た。

 本来林といえば樹木が生い茂っているのだが、此処に関しては緑と表現するのが一

番適切なのだ。普通の木ならば下は茶色で上は季節によって様々な色へ変化するが、

周囲に生えているこれ等の植物は正に上から下まで緑だった。

 

「つまり、竹林と」

 

勇儀や萃香なら爆笑、紫と文には鼻で笑われる酷さだ。

 

「……」

 

 無論普段迷った時ならば話は簡単で、中にいる彼等と共に周囲を散策すれば良いの

だ。しかしそれを実行するのを戸惑う理由がひよりにはあった。

 

『迷いの竹林』

 

 それが今現在私ことひよりが居る場所である。

萃香の話では此処を調査するのは難しいという話なので、逆に私が調査して報告しよ

うとしていたのだ。結果は見事に迷子、出口すら分からない。

 

「仕方ない、か」

 

 何時までも此処に居ては暗くなってしまう。私は中に居た彼等に頼んで周囲を散策

するよう頼み、自身も一方向へ向けて歩き出す。人手……いや、数は多い方が良いだ

ろう。

 

 

 

 

「え、建物?」

 

 数分後、一番最初に耳に入って来た情報は生物でも出口でもなく建造物の発見だっ

た。この竹林に住む何者かが居るという事なのだろうか?私は発見した百足を残して

他の全員を呼び集めた。

 

「えっと……こっちか」

 

 残った百足の気配がする方向へと足を進める。出口が見つからない以上そこで一夜

を過ごした方が得策だろうと思っての判断だった。

 

 

 

 

 

 

 

そして私は再び出会う事になる。

 

 

――萃香や妹紅よりも古い、そして懐かしい友人と。

 

 

 

 

 

 

 


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