孤独と共に歩む者   作:Klotho

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すいません、今までの流れをバッサリと断ち切るギャグ回です。



『孤独と天狗と秘封』

 

藤原妹紅が妖怪の山を去った時から数ヶ月後――

 

再び山に足を踏み入れる小さな人影があった。

 

 

「え、侵入者の迎撃と撃退ですか?」

 

偶然天狗の里をブラついていた私に突然大天狗はそう言った。

 

「そうだ、今此処に向かって奇妙な妖怪が近付いておる」

 

確かに小妖怪程度の小さな妖力の塊が移動している、が……

 

「私今日は非番「ちなみに――」……」

 

「これは天魔様の命である。拒否権はないぞ、『射命丸』」

 

大天狗は背を向け悠然と去っていった。

 

「ふざ――」

 

 ふざけるな、そう言おうとして慌てて口を噤む。上の者には絶対服従とも言える天狗社会に

置いて一介の鴉天狗である私が大天狗……様、にそんな事を言う事は出来ないのだ。

 私は周囲を見回し、誰も今の独り言を聞いていた者が居ない事を確認して胸を撫で下ろす。

 

「……責任は取って貰うわよ」

 

 翼を広げ、大空へと舞い上がる。非番なのに突然駆り出された怒りを大天狗にぶつけられな

いなら、当然その矛先は侵入者に向けるしかない。私は微弱な妖力が発せられている場所に向

かって急行下を開始した。

 

 

その所為で、天狗社会史上最悪の事件を起こすとは思わずに

 

 

 

「到着っ、と」

 

周囲には既に到着していた木葉天狗達が居たが、今の所攻撃をしている様子は見えない。

 

「そこの木葉天狗、状況報告」

 

「はっ、現在侵入者は山頂に向かって移動中です」

 

 取り敢えず近くに居た木葉天狗にそう問う。恐らくは私よりも年長者なのだろう木葉天狗

は、しかし私の姿を見ると一礼をしながら状況を説明した。

 

しかし、だとすると気になる点が出来る。

 

「先に到着していたならもう排除していても良かったんじゃない?」

 

 速さに自信があるとは言え、入り口から追跡していた木葉天狗達が攻撃を開始する前に辿

り着ける程最速ではない。そう思って指摘すると、木葉天狗は少し俯きがちになりながら小

さく口を動かした。

 

「……です」

 

「……?何、良く聞こえ無かったんだけど?」

 

 まさかこの期に及んで怖かった等と言い出すのではないだろうか?そう心配していた私に

向かって、木葉天狗は妖力の方向を指差しながらこう叫んだ。

 

 

「既に攻撃をした木葉天狗数十人と鴉天狗数人が撃退されたんです!」

 

 

 

 

 普段の射命丸が勤勉な鴉天狗であるかと聞かれたら、殆どの天狗達は首を横に振る事だろ

う。射命丸文は良い意味でも悪い意味でも有名な鴉天狗であった。

 良い意味、彼女自身の年齢がとても若い事。本来なら木葉天狗が年季を経て鴉天狗に昇格

するのに対し、彼女は生まれながらにして黒い翼を持っていた。

 悪い意味、彼女は若くして力を持つ故に、目上の大天狗達の命令に背きがちなのである。

上司の命令に従う事が自然とされている天狗社会から見れば、彼女は異端と呼ばれる部類の

鴉天狗であった。

 

 射命丸は森の木々を抜け、一気に地面へと降り立つ。其処はちょうど、移動している妖力

の進行先一歩手前だ。

 

「――なんだ、妖力通りの大きさね」

 

果たして、異端と異端は――

 

「……鴉天狗、それもかなりの」

 

――初めて、お互いを認識した。

 

「全く、鴉天狗まで落とされてるって聞いたから来て見れば……」

 

 正面にて対峙したのは小さき少女。黒い布に紫の糸で動物を象った刺繍がしてある服に、

見ただけで分かる高価そうな簪。私の翼と良く似た色の髪と瞳が小さく揺れた。

 

さて、観察はこんな物だろうか……

 

 周囲を見回し、見慣れた白髪や黒い翼が草叢から突き出ているのを見て溜息を吐く。まさ

かこんな妖怪に大勢の天狗達が負けたと世に知られれば、それこそ天狗の鼻は折れてしまう

だろう。私は背に挟んでいた葉扇を取り出した。

 

「此処までやられたからには帰す訳にもいかないのよね」

 

私的には大歓迎、天狗的にはテロも良い所だ。

 

「……」

 

少女は何も言わず、唯姿勢を低くして身構えた。

 

「物分りの良い事大いに結構――刻むわよ?」

 

 宣言と同時に手に持つ葉扇を丸く円を描くように振り翳す。直後、目に見える程凝縮され

た風の刃が黒衣の少女に向かって襲い掛かった。

 鴉天狗以上の天狗だけが持つ葉扇は、天狗の特性を引き出し風を自由自在に操れる様にな

る力を持つ。文もまた、葉扇を持つことを許された実力のある鴉天狗だった。

 

「――っ!」

 

私の放った風の刃が意図も容易く少女を飲み込み、そのまま爆風で土煙が舞う。

 

「……まぁ、そう簡単にはやられてくれないか」

 

土煙の中からは未だ微弱な妖力が発せられていた。

 

「少し、驚いたかな。天狗は風が使えるんだっけ」

 

 土煙から少女が現れそんな事を呟く……というか、まるで初めて見た様に言っているのだ

が他の鴉天狗クラスの者達も持っていた筈である。彼等に限って忘れた等という事もないだ

ろう。

 

「へぇ、知らなかったんだ?翼を持つ天狗は皆使えるのよ」

 

「そっか、持ってただけだから飾りかと思ってた」

 

「……持ってた?」

 

私がそう聞き返すと、少女は少しだけ考える素振りを見せた。そして相槌を打った後――

 

「――直ぐに気絶、させちゃったから」

 

次の瞬間には私の目の前。足を見れば、先とは比べ物にならない量の妖力。

 

「なぁるほど、それで油断して負けちゃったのね」

 

 私は一人呟き、少女が伸ばした右腕が此方に届く前に後ろへと下がった。確かにあの速度

なら並みの鴉天狗では歯が立たないだろうが、私は速さには自信があるのだ。

 

「でも残念、鴉天狗を通り越して大天狗位には強いつもりよ……私は」

 

私がそう言うと、少女は草叢から伸びている黒翼を見た。

 

「私も多分鴉天狗位は通り越してる、かな?」

 

「えぇ、間違いなく」

 

 皮肉を通り越して無邪気にも聞こえるその台詞に私は小さく笑みを零した。妖怪の山への

侵入者は数多けれど、目の前の少女の様な者が来る事なんて殆ど無いに等しいからだ。

 

 大抵そういった人妖は此処がどんな場所か把握してるしね。

 

 そう心の中で結論を出し、宙へと浮く。この少女が油断の出来ない相手という事は分かっ

た。私も本気で相手をしなければ負けてしまうかも――

 

――あぁ、いや

 

「それでも、貴女では私の速度に追いつく事は出来ない!」

 

 

 先程の少女以上の速度で背後へと移動し、更にそこから真横へと移動してから葉扇に風を

纏わせて突撃する。鴉天狗を遥かに越し、大天狗すら凌ぐと周囲から言われている私の最大

速度だ。唯の一度だって避けられた事は無い。

 

 

 

「では、先の侵入者は萃香殿の友人と?」

 

突然天魔の屋敷を訪れた伊吹萃香に屋敷の主である天魔はそう問うた。

 

「まぁ、勇儀の方が仲が良いっちゃ良いだろうけど「おう、悪いね」あれ、居たんだ?」

 

 天井から降りてきて萃香の隣へと座る勇儀を見て天魔は溜息を吐いた。上空にも屋敷の周

囲にも見張りの大天狗達が居る筈だが、今の所彼等の口からこの二人が入って来たとの報告

を受けた事がないのだ。というか――

 

「勇儀、主は一体如何やって此処まで来ておる?」

 

 萃香は能力故仕方ない……が、勇儀にそういった能力は無い筈。彼女の目立つ服装や角を

見て気が付かない筈が無いと天魔は彼女を睨みつけた。

 

「別に、唯『黙ってなきゃ殴る』って言っただけさ」

 

「力技だね、私とは大違いだ」

 

「力の勇儀だからってな!」

 

「……はぁ」

 

 笑えない事を言って笑う二人を見て天魔は襲って来た頭痛を堪える。何時の間にか屋敷に

侵入され、挙句の果てには部下を篭絡されてしまっていては立つ瀬が無い。

 

「で、萃香殿。話の通りならば侵入者は二人の知り合いで良いのだな?」

 

 早急に対策を打たねばと心で決心し、天魔は話を元に戻す。今一番重要なのは侵入者だ。

自身のプライバシーではない。萃香と勇儀は顔を見合わせ、小さく頷いた。

 

「うん、間違いなくひよりだ。知り合いどころか戦友だよ」

 

「なら早急に迎撃に当たっている天狗達を戻すと「その必要はないね」――ほう?」

 

 近くに居た大天狗を呼ぶ為に挙げた片手を降ろし、天魔は自身の手を止めた勇儀を見る。

勇儀はニヤニヤと笑いながら山の遥か下方――微弱な妖力を指差した。

 

「ひよりは妖怪だ。妖怪なら天狗達も容赦はしないだろう?」

 

「あぁ、儂がそういう風に教えているからな。先の男や二人組みの様にはならんぞ」

 

「だから、さ。良い訓練になると思うよ?多分一人も殺さずに来るだろうから」

 

勇儀は自信満々にまるで誇る様にそう言った。その、理由は――

 

「――戦友、そう言っておったな主等」

 

「そう、戦友。この間来た妹紅と一緒に私達を負かした妖怪の方。勇儀と正面から戦って勝

った数少ない生物でもあるね」

 

「大体萃香と同じ位の――いや、萃香より大きいか?」

 

 うるせぇ、と勇儀の脇腹に拳を繰り出す萃香と受けて悶絶する勇儀を天魔は眺める。一見

頭の足りなさそうな二人だが、やはりこう見えてこの山を統括する『力』と『技』をこの二

人は持っている。

 

「……分かった、此処は主等の言葉を信じる事にしてみるか」

 

若干の不安はあるが……諦めた。

 

「お、じゃあ賭けでもしよう――そうだね、ひよりが後一分で来るかどうか、とか」

 

「えぇー、唯来るかどうかじゃなくて?」

 

「ふむ、此処まで一分で、か……」

 

 勇儀の提案した賭けの内容は中々悩ませる物だった。確実に来るだろうが、後一分で来る

のかと言われると難しい話になってくる。天魔はチラリと山の下方を窺った。

 

侵入者の妖力は山の半分辺り

 

そこまで来るのに要した時間は十分

 

現在相手にしているのは射命丸、山の上方には大天狗と鬼が待機

 

「私は当然来るほうに賭けようか。負けた奴は勝った奴に極上の酒を五樽でどうだ!」

 

「……儂は来ない方に賭けよう、直感だがな」

 

完全な計算を直感と偽る。天魔も天狗故に酒は欲しかった。

 

「……うん、私は来るほうに賭けるよ」

 

 萃香も来る方へと賭け、天魔は内心でほくそ笑んだ。既に結果は見えている勝負だ、これ

で二人の持つ中でも極上の酒が手に入る――十樽も。

 

「さて、では今から一分待つとしようか」

 

 

天魔は自身の持つ西洋の砂時計を逆さにした。

 

 

 

 

――全く、強いなんてレベルじゃない!

 

 攻撃を繰り返しながら私は内心でそう叫ぶ。一撃で決まると思った攻撃を見事に防ぎ、少

女は未だに倒れる事無く私の攻撃を捌き、躱し、受け止め続けている。私は背中に冷たい物

が走るのを感じた。

 

「訂正っ、貴女に勝てる未来が見えないんだけどっ!」

 

 冷静に判断した上での結論だ。彼女は段々と此方の動きに慣れ始めているし、攻撃する為

に突き出した腕や足を掴んで反撃しようとすらして来ている。もう掴まれてしまうのは時間

の問題だろう。……それに、段々と私の体力も限界に近付いて来た。

 

故に、私は攻撃も飛ぶ事も止めて地面へと降り立つ。

 

「……なんで、今日っ」

 

「……?」

 

ほんの一瞬、私の口から漏れ出た言葉を少女は耳聡く聞き取って首を傾げた。

 

「なんでっ、今日に限って、此処に来たのっ!?」

 

耳聡い必要が無い位大声で叫んでやった――いいや、構うものか

 

「今日は非番だったのよ私!それを急に命令で迎撃だの何だのって――」

 

「えーと」

 

少女が少し困惑気味に一方を指差す。だが、今の私には関係が無い。

 

「大天狗なんて唯の頭の固いジジイじゃないっ!それが……って」

 

 言いつつ少女の指差す方へと視線を向け、そこに一人の天狗が飛んでいる事に気が付く。

そこに居たのは鴉天狗よりも一回り大きい翼を持った大天狗……良く見れば文へ迎撃の指示

を出した――

 

「――っ、最悪だぁぁぁっ!」

 

少女の手を掴み

 

「うゎ、っとと!」

 

思いっきり上空へと舞い上がった。

 

「待たんか射命丸貴様ぁぁぁぁぁっ!!」

 

背後から聞こえる怒号を振り払う様に射命丸は高度を上げた。

 

「……怒ってたけど、謝らないの?」

 

「謝って許される訳ないでしょ!?破滅よ破滅!私は良くても山を追放でしょうね!!」

 

 勿論居たいと思って住んでいた訳ではないが、他に行く宛てが無いのも事実である。鴉天

狗だった故にそれなりに楽だった文の人生は今この瞬間に崩壊したのだ。

 

「……じゃあ?」

 

「もう良いわ、貴女の目的を手伝って上げる!なんかもう一周回って敵対が友好になっちゃ

ったから!見返りとして私が山を追放された後に友達になって頂戴っ!」

 

 もうその後の保身を考えて少女にそう提案する。実力のある彼女なら、恐らく周囲の何処

かに繋がりも持っているだろう。我ながら滅茶苦茶な推察だった。

 

「じゃあ、天魔って人の屋敷まで」

 

私以上に滅茶苦茶な提案だった。

 

「……えぇと、私の上司というか王様なんだけど」

 

「でもクビになっちゃうんでしょ?」

 

「う……」

 

「大丈夫、多分私が行けば何とかなる」

 

推察の余地もない、全く意味不明と言っても良い発言だった。

 

「っ、ぐ……分かった、全速力で行ってあげる」

 

「ありがと」

 

 少女の手を離さないように握り直し、私は残る体力を全て翼へと注いだ。もうこれをして

しまえば後戻りは効かない。裏切り者のレッテルすら貼られてしまうだろう。それでも誰か

に覚えていて貰えるなら光栄か。

 

「舌っ、噛まないように!」

 

 思い切り加速し、私は遠くに見える天魔様の屋敷の屋根を見据える。あそこまで全速力で

飛んだとして大体()()……それより少し早いか遅いか位だろう。

 

 

私は見納めになるであろう妖怪の山の景色を眺めるのを止めて飛行に専念した。

 

 

 

 

そして、五十秒。

 

「見えたっ、あそこが天魔様の御屋敷よ!」

 

 直ぐ近くまで見えている屋敷を指差し、私は下でぶら下がっている少女にそう伝える。少

しだけ考えたのであろう少女は、真っ直ぐに腕を天魔様の屋敷へと向けた。

 

「突っ込んで」

 

「――もう如何にでも為りなさいっ!!」

 

 多分、疲れで頭が働かなかったのだろう。普段の私なら泡を吹いて気絶する程の事をこの

一日で何度もやり遂げている。逆に賞賛したい位だ。

 

「おいっ、射命丸止ま――」

 

横に居た屋敷の見張りに就いていた大天狗を跳ね飛ばす。

 

ええと、天魔様の部屋はあの辺りか……

 

 

「うぉりゃぁぁぁぁっ!!」

 

 

翼に回していた妖力を足に全て込め、勢いに任せて私は天魔様の屋敷へと突っ込んだ。

 

 

 

「さて、では今から一分待つとしようか――」

 

そう言って天魔が砂時計を引っくり返した瞬間、()()は起こった。

 

「……む?」

 

「お」

 

「よし、来たね」

 

微弱な妖力が真上へと急上昇したのだ。殆ど山頂と同じ高さまで。

 

「ひよりか?」

 

「ひよりだ」

 

 勇儀と萃香がそう話すのを見て天魔は背中に冷たい物が走るのを感じた。先程まで地道に

山を登っていた妖力が急に真上へと移動したのだ。しかもそれは滞空したまま落下しない。

 

 

――そう思った、次の瞬間。

 

「いよっし、何故か分からんが良いぞ!」

 

「うし、何とか上手くいったみたいだね!」

 

「……馬鹿な」

 

今度は超高速で移動を開始した。それも――この屋敷に向かって。

 

 天魔は慌てて情報収集に入った。先程から妖力の大きさは変わっていない……のに、何故

アレは此方へあんな速度で……

 

「っ射命丸か!?」

 

身内だと思って警戒していなかった気配が何故か妖力と共に移動している。

 

「何故あ奴が侵入者に手を貸しておるのだ!?」

 

「天魔、勇儀、そろそろ離れな――来るよ」

 

 萃香がそう言い、その意味を尋ねようとして勇儀と天魔が壁から目を離した瞬間にそれは

来た。来たというか、先程まで三人で眺めていた壁が突然粉々に吹き飛んだ。

 

「おぉ、派手というか滅茶苦茶というか……」

 

「……まさか」

 

土煙と瓦礫に包まれた部屋で、それでも無事だった天魔と勇儀は身体を起こす。

 

「天魔っ、時間は!?」

 

 背後で座布団を盾にして身を守った萃香が叫んだ。二人も気付き、萃香から目を離して先

程まで机があった辺りを睨んだ。

 

 

信じられない事に、射命丸の蹴りで崩れた壁はギリギリ机を破壊せず――

 

 

――砂時計は、未だ下へと砂を落とし続けていた。

 

 

「「いよっしゃぁ!」」

 

二人分の叫びが()天魔の部屋に響き渡った。

 

 

 

 

 場所は変わって天魔の屋敷の客室。本来天魔の部屋である場所が瓦礫置き場になってしま

った故の応急処置だった。ちなみに瓦礫置き場にした張本人である私は現在その部屋の前に

正座で待機しています……死刑判決を待つ為に。

 

そんな私の目の前に小さな人影が現れる。

 

「えぇと、射命丸……文だったっけ?」

 

悪名高い鬼の頭領、伊吹萃香様だった。

 

「え、あ、はい!そうで御座います!」

 

 私は背筋をしっかりと伸ばしてそう答えた。最強の鬼が放つ威圧感と、前から聞いていた

噂の所為もあってか自然と身体が反応してしまうのだ。萃香様はそんな私を見て苦笑しなが

ら襖を開ける。

 

「ま、そんな緊張しなくても良いよ。お前は客人を迎えただけだからね」

 

「……?それってどういう……」

 

言い終わる前に萃香様が私の腕を掴み、中へと引き入れた。

 

「連れて来たよ、射命丸」

 

ズカズカと中へと入り、そのまま天魔を勇儀と挟む様にして座る萃香。

 

「えーと……」

 

「ほら、お前さんも取り敢えず座りなよ」

 

「は、はい」

 

 私は言うことを聞かない足を無理矢理動かし、何とか少女の隣……つまりは御三方と向き

合う形で腰を下ろした。そして顔を俯かせて只管三人と顔を合わせない様にする。

 

「射命丸、主は何故其方に座っておるのだ」

 

思わず顔を上げて三人の方を見る。萃香が笑顔で自身の隣、を……?

 

「うぇえっ!?何でですか!?」

 

「一から説明してやるから先ずは座りなって」

 

そう言われ、私は渋々と立ち上がって三人の下へと移動した。

 

「し、しつれいします……」

 

 一応三人よりも少し前に出て座った。それを確認し終えたらしい天魔は左右の二人と目で

何かの合図をし、一斉に正面に向かって頭を下げる。

 

「此度は態々御足労頂有難う御座います、ひより様」

 

そして天魔が三人を代表してそう言った。

 

正面にいるあの少女は動揺の欠片すら見せない。

 

「え、えーと?」

 

 私は多分人生で最も混乱した。何故?どうして三人が頭を下げているのだ?侵入したのは

彼女で、破壊したのは私ではないか。咎められるべきではあっても、まさかこの少女に頭を

下げる理由なんて……

 

『大丈夫、多分私が行けば何とかなる』

 

『ま、そんな緊張しなくても良いよ。お前は客人を迎えただけだからね』

 

――先程少女と交わした会話が萃香様の話と繋がった。

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

両手を畳みに付け、深々と頭を下げた。私は今本心から目の前の少女に感謝している。

 

 

こうして、私は追放を逃れる事となったのだ。

 

 

 

 時は先の歓迎会から数刻後、前回人間の男が来た時と同じ場所で行われている宴会の中に

私は居た。既に天魔様から今回の事は不問にしてくれると言われていたし、もう私が気に病

む事なんて無いのだが……

 

ぶつぶつと小言を言う天魔

 

背後に酒樽を五つずつ置き、何処かご満悦な四天王二人。

 

「はぁ……」

 

 自分で聞いていて悲惨になる溜息が口から漏れる。当然ながら、周囲には鴉天狗は愚か大

天狗や鬼すら見当たらない。狼の群れの中に放り込まれた兎の様な気分だ。

 

「よっ」

 

「……」

 

 兎のように丸くなっていたら、何時の間にか隣に勇儀が座っていた。先程まで姿が見えな

かったひよりも一緒である。私は顔を上げ、挟む様にして座ろうとするひよりの方を睨む。

頼むからそれだけはやめてくれ、と。

 

「ひより、お前はこっちだ」

 

射命丸の視線を無視して座ろうとした少女に勇儀がそう言いながら自身の膝を叩く。

 

「嫌」

 

「頼む、誰かを乗せる事に飢えてるんだ」

 

少女は暫く思案し、やがて向こうで天魔と話している萃香を指差した。

 

「……萃香に頼めば良いでしょ」

 

「既にやったが角が邪魔だった」

 

 私は思わずその時の情景を想像してしまう。勇儀の膝の上に座る萃香と、角が邪魔で顔を

左右に動かす勇儀。もしかしたら何度か刺さったのかもしれない……それは――

 

「――ふっ、ふふふ」

 

この山の妖怪なら誰もが笑ってしまう程面白かった。

 

「なぁ、頼むよひより。射命丸に笑われてるんだ」

 

「……はぁ」

 

 私とは違う種類の溜息を吐きながら少女は渋々勇儀の膝に座った。確かに勇儀の顎の少し

下辺りに頭が来ているので、萃香では角が邪魔で座る事は出来ないだろう。

 

勇儀は暫くそのまま動かず、やがて満足気に頷いた。

 

「久し振りにお前さんを乗せると安心するねぇ」

 

「前は乗ったこと無かった」

 

「この山にゃ幼子が少なくて困る。私の膝に乗ってくれる奴なんかひより位だよ」

 

「聞いてる?」

 

すぐ至近距離で全く違う話をする二人。それでもお互い気を悪くした様子は見えない。

 

「……本当に勇儀様とひよりさんは知り合いだったんですね」

 

無意識にそんな事を呟いた。

 

「なんだ、まだ信じられないのかい?」

 

勇儀が杯を取り出しながら私に問う。ちなみに今も半信半疑だ。

 

「えぇ、正直まだ疑ってます。その……勇儀様が負けたって」

 

「負けたのは事実、友人ってのも事実、射命丸は無実だ――ほらっ」

 

 瓢箪から並々と酒を注いだ勇儀は残りを丸ごと此方へ投げ渡しながらそう言った。それ

を慌てて受け取り、中にまだかなりの量の酒が残っている事を確認――良し、鬼の酒だ。

 

「じゃあ、今日は友人として遊びに来たって事ですか?」

 

私は少しだけ気になっていた事を尋ね、勇儀に渡された瓢箪に口を付ける。

 

――あ、美味しい。

 

「うんにゃ、事前に連絡なんかしてなかったよな?」

 

「偶々見掛けたから話をしに来ただけ」

 

勇儀とひよりは顔を見合わせてそんな事を言った。

 

「た、偶々で私はあんな事されたんですか……」

 

 自然と肩が落ち、今までの努力が真に無駄に終わった事を理解して脱力する。私の覚悟

は冗談の二文字でバッサリと切り捨てられてしまったのだ。腹いせに瓢箪の酒を一気に煽

り、そのまま勇儀へと投げ返した。

 

「おっと……でも良い刺激にはなっただろう?こんな実力で絶対に天狗達を殺さない確信

が持てる妖怪なんて殆ど居ないし、この山の顔見知りじゃないって条件も必要だからね」

 

「そりゃあまぁ、そうですけど……」

 

 確かに良い刺激にはなった。元が鴉天狗の生まれ故に余り哨戒に宛てられる事も無かっ

たし、本気で戦う事なんて数十年振りだった気がする。

 

「だから不問なのさ。天狗達の敗北もお前さんの裏切りも全部必要経費って訳……あー、

天魔の屋敷が吹っ飛ぶとは思ってなかった。あれは予想外の経費だね」

 

「う……」

 

最後の言葉が心にグサリと突き刺さった。

 

「ま、それはもう気にするなよ射命丸。今夜はそれを忘れる為に飲むんだから」

 

丁度極上の酒が五樽も手に入ったしね、と勇儀は笑った。

 

「……じゃあ、それ頂けますか?」

 

 慎重に、しかしハッキリと聞こえる様にそう言う。勇儀は笑顔で頷いて立ち上がり、そ

のまま樽が置いてある方へと歩いて行った。

 

 

「いよしっ!」

 

 聞こえなくなったであろう辺りで声に上げて手を突き上げる。今夜は酒で気を晴らし、

もし忘れられなくても埋められる程度には酔うとしよう。私はそれ位しても良い程度には

頑張った筈だ。

 

 

この山での問題は全て酒で解決出来る。とある人物の書いた地図に記してある通り。

 

 

 

 

 

「ねぇ、蓮子?この記述についてなんだけど……」

 

 ちょっと変わった大学生、『マエリベリー・ハーン』はその白い指で紙面を指した。彼

女が指している先にあるのは丁度明治時代辺りの書物だろうか?『宇佐見蓮子』……蓮子

と呼ばれた女性は手に持っていた文献資料諸々を机に置いて近寄った。

 

「どれの事よ、流石にさっきの距離じゃ見えないわ」

 

近寄り、彼女が指している辺りに書かれている字を目で追う。

 

「これよこれ、ラフカディオが書いた妖怪の――」

 

「……メリー、貴女の手が邪魔で見えないんだけど」

 

 彼女が指している部分と文字がピッタリと重なっている。ワザとやっているのかと軽く

睨んでやれば、メリーは慌てて紙面から指を離して私の居る方へ紙の向きを変えた。

 

「ふーん、『平安京の鵺退治』か。割と有名な話よね」

 

 平家物語、摂津名所図会、後は各地方の噂話が幾つか上がっている。確かに信憑性が無

い訳ではないが、余り考える必要も無い様な怪異だろう。

 

 今このタイミングで誤解が無い様に言って置くが、昼間から妖怪や怪異の話を真顔で話

している私達は別に異常者という訳ではない……どころか、これはれっきとしたサークル

活動である。

 

『秘封倶楽部』……それが、私達が所属するサークルの名前だ。

 

「で、これがどうかしたの?」

 

活動内容は主に三つ。探求と、考察と、調査である。

 

「聞いて頂戴蓮子、今から私が独自に考えたある一つの結論を話すわ」

 

メリーは普段通りに机を両手で叩き、普段通りに突拍子もない事を叫んだ。

 

「多分、この鵺って妖怪は孤独だったのよ!」

 

 

真剣な顔でそう訴えるメリーの発言をしっかりと吟味し、考える。

 

「はぁ」

 

やめた。

 

 

 

 

「それで、どうしてメリーはまたそう思ったわけ?」

 

私は先程机に置いた資料を棚へと戻しながらメリーに尋ねた。

 

「またって何よ、まるで前回も似た様な事を言ったみたいじゃない」

 

「前回は何て言ったっけ?『遠野物語の神隠しは当時の影の組織の仕業』」

 

今思い出しても笑いがこみ上げて来る。彼女は何処か子供っぽいのかも知れない。

 

「う……」

 

メリーが胸を押さえて蹲るのを見て私は更に畳み掛ける。

 

「何百年も表に出ない影の組織なんて影ですらないじゃない。空気の組織って所ね」

 

「過去の話を持ち出さなくても良いじゃない、蓮子はいじわるね」

 

「昨日の話よ」

 

 資料を全て仕舞い終え、私は先程の紙面が置いてある場所まで椅子を引いて座る。メ

リーの話を抜きにしても一応考えてみる程度には興味を引かれたのだ。

 

「で、過去の話を持ち出して悪いけど如何してそう思ったの?」

 

 まさか紙面から文字以外の何かを読み取ったのだろうか?そう思ってメリーに視線を

向けると、彼女は少し気恥ずかしそうに頬を掻いた。

 

「純粋に仲間が少なかったと思っただけよ」

 

「根拠は?」

 

「ほら、例えば狼が兎の群れで生活出来ない様に……逆もまた然りだけど、そこにこの

鵺って妖怪と当てはめて考えてみたのよ」

 

「ふんふん」

 

メリーも立ち上がり、もう一つの椅子を引っ張って来て私の隣へと座った。

 

「ほら、伝承だと猿とか狸とか虎とか色々な動物の部分を持ち合わせているじゃない?

それってつまり、どの動物でもあってどの動物でも無いという事よ」

 

確かに記述では様々な動物の形を持っていたと書かれてはいる。

 

「だから仲間が居ないって?」

 

「えぇ、人間に当てはめてみても分かる事よ。少しでも違う部分がある人を避ける傾向

が強いでしょう?実は、動物でも割とそういう動きが見られてるの」

 

 今度は先程までこの文献が置いてあった辺りの新聞を取って私に見える様に広げる。

『異分子、奇形、異常固体が排除される猿社会』……また随分と変な記事を

 

「では、当時の鵺は周囲に……いえ、世界に馴染めていたのかしら?

答えはノーよ蓮子。恐らくだけど彼……雄雌なのかは分からないけど嫌われていた筈」

 

「成程ねぇ、で、それがどういう秘封に繋がるの?」

 

今の所納得出来る箇所はあるが、探求しきれてはいない説だ。

 

「見て此処、『鵺は平安時代計二回退治された』って所……何か気が付かない?」

 

「うーん、これだけじゃ私じゃなくても分からないわ」

 

「と思ったから平家物語の写本とか地方の噂も用意してきたの」

 

 プリントアウトされた鵺にまつわる話とその凡その年号を見て、私はある事に気が付

いた。

 

「……?なんか、場所と……話が――」

 

私が結論を出す前にメリーがサッと紙を取り上げて机へと置いた。

 

「流石蓮子ね、それが私の言いたかった事よ。ほら、最初の鵺退治以前の目撃情報は

『一定の場所でのみ』の遭遇。そして最初の鵺退治以降の鵺の目撃情報は――」

 

「――『各地を転々としてる』?」

 

ニッコリと微笑み、メリーは今度は二度目の鵺退治――源頼政の部分を指さした。

 

「そう、そしてこの二度目以降の目撃情報は二件だけ。恐らくは見間違いでしょう。

良い?此処からが私の推理よ蓮子。一度目の退治で辛うじて逃げた鵺は各地を転々と移

動し、自身の安住の地を求めた。……でも、結局鵺はあらゆる者達から嫌われ、最終的

には二度目の鵺退治で死んだのよ!」

 

 これで間違いないわ、と一人で喜ぶメリーを遠巻きに眺め、私は再び新聞と文献に視

線を落とす。メリーの言った通り、一度目以降は本当に様々な場所に移動している。

 

これは、まるで――

 

「追いかけて、いえ……助けようと?」

 

メリーの話以上の夢物語、メリー以上に子供っぽい推測。

 

「……蓮子?何か言った?」

 

 騒いでいても私の呟きが聞こえていたのであろうメリーが私の顔を覗き込む。一瞬彼

女に自身の推理も披露してやろうかと思ったが、彼女がお腹を抱えて地面に転がる未来

が見えたのであえて口を閉ざした。

 

「いえ?メリーの聞き間違いじゃないかしら?」

 

 それに私の推理を真実とするなら、鵺は合計二匹居た事になる。だが同時に出現した

記録もないし、一緒に居なかった鵺を別の鵺が助けるのも可笑しな話だ。

 

 

 メリーが散らかした新聞や文献を集め、先程と同じ様に元在った場所へと戻す。これ

以上の推理は不可能だし、直接現地にでも赴かなければ確かめる事は不可能だ。

 

でも、もし推理が現実になるのなら――

 

 

「――二匹居たなら、きっと仲良くなれた筈」

 

 

 

「蓮子、やっぱり何か言ってるでしょ」

 

「別に?メリーが歳取っただけじゃないの?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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