孤独と共に歩む者   作:Klotho

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本編には、何ら関係の無い話。


『願い』

 

 

 

 私は寺で擦れ違った門徒の妖怪達と挨拶を交わしながらある人物を探していた。

此処命蓮寺に滞在している奇妙な妖怪の少女の事だ。これが普通の人物なら探す

必要なんて無いのだが、如何せん彼女は普通の妖怪達とは何処かズレている。

 

「……此処にもいないか」

 

 宙を飛び、命蓮寺の屋根を見て呟く。普段なら此処か木の上、それか縁側に居る

筈のひよりの姿を私は探し回っているのだが……

 

「後は、外か中か――ん」

 

何処を探そうかと下を見下ろした視界の端に地面で動く何かが見えた。

 

「……何をやっているんだ?」

 

「……」

 

 地面へと降り立ち、私は四つん這いになって床下を見るひよりへ声を掛ける。

……が、彼女は何かを見るのに熱中していて私の話を聞いている様子は無い。

 

「全く、何を見ているんだ君は」

 

仕方なく、私も姿勢を四つん這いに変えてひよりの隣へ行く。

 

「……」

 

 ひよりは何も言わず、私の分の隙間を開ける様に動いた。そして覗き込む。

そこに居たのは、灰色の身体をした小さな生き物達。

 

「――鼠を見てたのか?」

 

それも、私の配下の鼠達を。

 

「そう」

 

 私の言葉に漸くひよりが反応した。私は鼠達に指示を出し、此方へ出て来る

様に伝えた。暫くして出て来た鼠達を籠に入れ、私は立ち上がってひよりに向

き直った。

 

「少し話をしないか?」

 

私は彼女が鼠好きという可能性を見出し、籠を見せながら話し掛ける。

 

「良いよ、その代わり触らせて」

 

案の定、ひよりは鼠を見つめたまま返事をした。

 

 

 

 

「君は鼠が好きなのか?」

 

 手始めに、私は隣で鼠と戯れているひよりへと声を掛ける。手から腕、肩、

頭、そして肩と鼠を移動させた後、彼女は小さく頷いて鼠を指差す。

 

「動物の中では一番好きかな」

 

「好印象を持って貰えて何よりだ」

 

 八割方本音である。そもそも鼠以前に小さな動き回る生物を嫌う者は人妖

問わず多い。更に鼠と限定して聞いた時にこうもハッキリ好きと言ってくれ

る者は殆ど居ないのだ。

 

「好きだし、良くお世話になるから」

 

手の上の鼠を撫でながらひよりが言った。

 

「世話……?そういえば、君は鼠の姿で入って来たんだったな」

 

 すっかり忘れていたが、彼女は命蓮寺に来る際に鼠の姿で居た為に村紗に

私の配下の鼠達と勘違いされて連れて来られたんだったか。それを思い出し

て、私はふと気になった事があった。

 

「蠱毒というのは鼠の変化の名称では無いんだな?」

 

少なくとも、わたしは聞いた事が無い。

 

「……」

 

 ひよりの反応は余り良いとは言い難い物だった。悩む様な、それでいて何

かを思案する様な顔で彼女は黙り込んでしまう。私は即座に否定した。

 

「いや、忘れてくれ。別にそれが目的ではないんだ」

 

気にはなったが、警戒する必要は無い。私はそう区切りをつけた。

 

「ただ、君が何処までこの寺の事に気付いているか聞きたくてね」

 

 そして正直に私がひよりを探していた理由を話す。彼女が此処に住み始め

て三日。その間にどの程度の事を掴んでいるのか気になって来た訳だ。

 

「……例えば?」

 

ひよりが此方を探るように尋ねる。

 

「何でも良い、分かった事だけでもな」

 

 勿論、この聞き方でひよりが正直に何かを話すとは思っていない。故に私

は彼女の一挙一動に注目して其処から真偽を確かめるつもりだった……少な

くとも、私はそうする()()()だった。

 

つもり、というのは――

 

「立場は寅丸と貴女が中立、他は全員聖側。思想は貴女だけ中立」

 

――出来なかった、という事だ。

 

「……な」

 

私が続きを言わないのを確認して彼女は続けた。

 

「実力は聖、一輪と寅丸が同じ位、少し下に村紗……で、貴女」

 

 その下に此処で修行してる妖怪達、と彼女は付け加えた。多少言葉足らず

な部分があるが、それでも彼女が何を言っているのか理解出来る。つまり、

彼女は今『命蓮寺』について話しているのだ。

 

やはり侮れない妖怪だ。

 

「……他には?」

 

 だが、今の所彼女の行動に悪意や他意は見えない。私に聞かれたから純粋

に答えた、そんな雰囲気なのだ。私は警戒をせず普通に尋ねた。

 

「寅丸と聖の使ってる力が気になった……それだけ」

 

それだけ言って、彼女は鼠と遊ぶ事に専念してしまった。

 

「……君は」

 

 何から話すべきか私は判断に迷った。正体を聞くべきか、何故そこまで気

付く事が出来たのか聞くべきか、どうして正直に話したのか……。

 

これらの質問を一気に解決出来る問いを、私は知っている。

 

「君は、命蓮寺の……我々の敵なのか?」

 

 単純明快、つまりは敵か味方かという質問だ。敵なら全て合点がいく。私

達の思想や立場、実力を調べている理由すらも敵と言うだけで解決してしま

うのだ。

 

「敵か味方で言うなら味方」

 

 だがひよりは自身の事を味方と言った。味方では合点がいかないのだ。私

達をこうまで調べる必要なんてないし、自身が何の妖怪かを明かさない理由

も無いだろう。

 

それでも、彼女は自身を私達の味方と言った。

 

「……分かった、なら良いんだ」

 

私は彼女を信用する事にした。

 

「……」

 

 彼女が訝しげな目で此方を見る。きっとこの後もしつこく聞かれると思っ

ていたのだろう。私は苦笑しながら彼女の肩を叩いた。

 

「正直に言うと、今日で君の見張りをやめる事にしたんだ。問題も起こさな

いし、怪しい動きもしてないからね……強いて言うなら、居る場所が分から

ない事が難点か」

 

 この寺の中で他人を疑う事の出来る者は私位しかいない。だから私は憎ま

れ役を自分から買って出た。中立に、忠実に、ただ相手の事を探る為に。

 

「済まなかったな」

 

 ひよりに背を向け、私は寺の中へと向かう。自身が監視されていたと分か

ると気分の良い物では無い筈だ。私は此処に居ない方が良いだろう。

 

そう思っていた私の背後で、ひよりが口を開いた。

 

「私が貴女達を調べた理由は貴女と一緒……『危険性を探る為』」

 

「……」

 

振り向かずに立ち止まり、彼女の言葉に耳を傾ける。

 

「正直に話した理由は貴女を()()()()から」

 

「……どうして?」

 

 私は後ろに居るであろうひよりに問い掛ける。暫く答えは無かったが、や

がて私の尻尾に掛けていた籠に重みが少し加わって――

 

「鼠、好きだから」

 

 

振り向くと、既に彼女は居なかった。

 

 

 

拝啓、短いながら、『大切な仲間』だったひよりへ

 

 この手紙は聖達が封印された後に書いた物だが、私の

正直な気持ちを記したつもりだ。

 

 多分、最初君は私を良い目では見てくれなかった事だ

ろう。勘の良い君の事だ、私がこっそりと陰から監視し

ていたのもきっとお見通しだったのだからな。今思い出

すと、その行為自体が君に害意が無い証明になっていた

様に思える位だ。

 

 何時も一番最初に人の接近に気付ける勘の良さが気に

なっていたんだが、命蓮寺から飛び立つ君を見て納得し

たよ。強かったんだな、君。

 でも、命蓮寺で寝泊りしていた時の君は強者に見える

驕りや見下しが全く見えなかった。隠していたなら流石

という所か。

 

……だが、もし違うのであれば君は凄く優しい性格なん

だろう。私はそう思う。聖の思想が好きと言ったのも、

君が優しいというだけで納得出来るからな。

 

 そんな優しいひよりに私からのお願いだ。どうか聖達

の事を頼めないだろうか。私と星はこれ以上下手に動く

と封印されかねない立場にある。必然的に、君に頼むし

かないという結論に至った。無茶な頼みなのは自覚して

る、私の頼みを聞く義理もないだろう。

 

 もし、ひよりが私の事を友人だと思ってくれているな

らきっと引き受けてくれるだろう。

 

そして、出来れば人を殺さない様に生きて欲しい。

 

 

                    ナズーリン

 

 

 

「……」

 

ナズーリンらしい、実に卑怯な頼み方だった。

 

「疲れるなぁ……」

 

 もしかしたら、彼女は寺でほくそ笑んでいるかもしれない。言いたい事を書く

だけ書いて終わらせてあるのだ、私なら思い出すだけで笑ってしまう。

 

「……ま、仕方ないか」

 

友人だと思っている以上、引き受けない訳にもいかないだろう。

 

 

私は手紙を閉じ、丁寧に折り畳んだ。

 

そして次に星の書いた手紙に手を伸ばす。

 

 

◇ 

 

 私が新しく命蓮寺へ来た女の子……ひよりと初めて向き合って話せたのは彼女

が此処に来てから一週間が経過した辺りの事だった。この日は、私と聖の二人で

近くの里まで仏教を広めに行っていた。

 

「お疲れ様でした、聖」

 

「えぇ、星もお疲れ様でしたね」

 

 里から出て、命蓮寺へと続く道を二人で歩く。私はこうやって聖と歩きながら

他愛も無い話をするのが好きだった。今日の里での布教の反省や、夕餉の相談、

または命蓮寺の誰かについての話……。

 

「今日は結構人が集まりましたね」

 

まずは、今日の活動の話から。

 

「皆段々と興味を持ってきているのでしょうか……」

 

「勿論ですよ!行く度に増えてますから!」

 

 喜ぶべき所で何故か小難しい顔をする聖に私はそう言う。彼女は失敗をとても

反省するのに、成功を素直に喜べない性格なのだ。だから気付いた時に背中を押

してあげなければいけない……とナズーリンに言われた。

 

「……そうですね」

 

聖が安心した様に微笑み、自然と私も嬉しくなる。

 

「では、今日の夕餉は豪勢にしましょう!」

 

「いえ、普段通りですよ?」

 

勢いのまま交渉するも失敗。聖はやはり真面目な人なのだ。

 

「聖、そこを何とか――あれ?」

 

 だが、しつこく頼めば了承してくれる。そう思って聖の方に身体を向けたその

奥の林に、見覚えのある人影が見えた様な気がした。

 

「……?」

 

もう一度目を凝らしても何も見えない……気の所為だろうか?

 

「星、どうしましたか?」

 

「……」

 

 聖が何か話すのを無視して鼻を利かせる。林の方からは木や土の匂いに混じっ

て微かに命蓮寺の匂いがした……それに、これは――

 

「聖、先に帰って貰えますか?」

 

私は後ろの聖を見ないままそう言った。

 

「星、一体……えぇ、先に帰ってますね」

 

 こういう時、この人が聡くて本当に良かったと思う。普通の人なら此処で怒り

出しても可笑しくは無い筈だ。私は心の中で聖に感謝した。

 

「さて、追いますか」

 

私は離れて行く聖を見送ってから林の中へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

「……ひよりさん、一体何処に?」

 

 私は微かに漂う彼女の匂いを元に林の中を進んでいた。既に日は沈みかけ、周

囲の木々を赤橙色に染め上げている。あと数十分程で完全に陽が落ちてしまうだ

ろう。私は足を速めた。

 

「あれ、匂いが途切れてる」

 

 そして私の足は巨大な木の下で止まる。地面に付いた彼女の匂いが此処で完全

に途切れているのだ……代わりに、目の前の木の幹から漂って来ている。

 

「もしかして、上?」

 

 私は両手で木の幹を掴み、ズルズルと落ちる。どうやら私は木登りは出来ない

らしい。というか、この高さの木に空を飛ばずに登った彼女は一体何者なんだろ

うか?私は大して考えもせずに飛翔する。

 

「……」

 

そして、木の天辺近くまで延びた幹に座るひよりを見つけた。

 

「……こんな所に居たんですね」

 

 私は近くの幹に座り、そして彼女と同じ様に空を見上げる。陽がすっかり落ち

ていて夜空に星が瞬いているのが見えた。私は思わず息を漏らして感嘆する。

 

「うわぁ、綺麗ですね」

 

「そうだね」

 

 予想していなかった声が聞こえ、思わず隣を振り向く。彼女は既に星を見る事

に専念している様だが、間違いなく今返事をしてくれた筈だ。私は空を見上げて

彼女に問うた。

 

「ひよりさんは、星について詳しく知っていますか?」

 

暫くの沈黙の後、再び返事が返ってくる。

 

「……あんまり」

 

「此方では余り知られていませんが、あれ等の星にもそれぞれ名称があるんです

よ……例えばほら、あそこで強く光っている赤い星」

 

「……あれが?」

 

意外にも、ひよりは興味津々と言った様子で食い付いて来た。

 

「アンタレスと言います、分かり易いでしょう?」

 

 隣を見ると、彼女は私の指した星座を見ている最中だった。少し待って、彼女

が顔を此方に向けたのを確認して再び私は夜空の一点を指差した。

 

「あれが――」

 

 

 

 

「やれやれ、随分遅くなってしまいましたね」

 

 暗い林の中を歩きながら、私は隣に居るひよりに言った。あの後彼女が余りに

もせがんで来るので、今見えている中で知っている星を全て教えてしまったのだ。

お陰でもう夕餉の時間にも間に合いそうにない。

 

「……星の説明が長い」

 

 それでも、こうやって返してくれる様になった事を考えれば安い物か。私は空

腹を訴えるお腹を抑え、ひよりに聞こえない様に努力した……つもりだったのだ

が、聞こえていたらしい彼女が呟いた。

 

「ごめん、私が悪い」

 

初めて、彼女の感情が分かる話し方だった。

 

「いえ、良いんですよ。私も熱中してましたから」

 

 とは言えこのまま歩いていると命蓮寺の門を閉められてしまいかねない……主

にナズーリンに。暫く歩いていた私達は、やがてどちらとも無く隣を見て同時に

口を動かした。

 

「「走る?/走りますか?」」

 

 暫くの沈黙の後、二人で噴出してしまう。私は走る為に前のめりになり、そし

てふと隣のひよりが気になった。彼女が何の妖怪かは分からないが、妖獣である

私の速さについて来れるのだろうか?

 

「では、行きましょうかっと――」

 

 取り敢えず走って見て、追い付けない様なら背負って帰ろう――そう思ってい

た私の遥か前方に、闇に紛れて走るひよりの姿があった。

 

「――えっ、ちょっと、速っ」

 

 後ろに居ないのを確認しつつ、反射的に全力で走り出す。距離を離される事は

無くとも、前を走る彼女に近付く事が出来ない。つまり、私が追い付けていない

のだ。命蓮寺でも、恐らく一番速い私が。

 

「くぅ、負けるかぁっ!」

 

ひよりの隣に並び、更に速度を上げる。

 

「っ!」

 

ひよりも負けじと速度を上げ、私に対抗して来た。

 

 

目の前には、既に命蓮寺が見えている。

 

 

 

ひよりさんへ

 

 ナズーリンに紙を渡され何を書けば良いか分からない

まま筆を執ってしまいました、御免なさい。

 

 でも、ある意味ではこうやって顔を合わせない方が私

にとっては楽なのかもしれません。きっと今も私は一人

で責任を感じていると思いますから。

 聖の思想は彼等に受け入れては貰えませんでした。ひ

よりさんの言う通り、多分まだ早過ぎたのだと……私は

そう信じています。決して諦めてはいません。

 

 ですが今回の事があった所為か少し私の中で揺らいで

いるモノがあるみたいです。もし聖が居たら今の私を見

て何と言ったのだろう、なんて考えが原因なんだと思い

ますけど。

 私は何れ聖達を復活させて、また虐げられている妖怪

達を保護しながら共存を目指す活動を続けたいと思って

います。その為にも、ひよりさんの言っていた人の意識

改革は避けられない壁なのでしょう。

 

 あの時、それをひよりさんが厳しい言い方で聖に言っ

たのはとても印象的でした。ひよりさんと星の話をした

時、覚えていますか?その時と凄く似ていたんですよ。

私はあの日初めてひよりさんの素が見れて、とても嬉し

かったのも覚えています。

 

 ひよりさんには、今の人と妖の両方に足りない物が見

えている様な気がします。同時にそれを腐らせて置くの

は少し勿体ないとも感じました。なので一つ私から提案

させて頂きたいんです。

 無理して共存を目指すのではなく、人や妖を助けなが

ら世を回って見ては如何でしょうか。ひよりさんは何処

か物珍しげに私達を見ていた気がしたので一応ですが。

 

勿論、決めるのはひよりさんの心です。

 

 

                     寅丸 星

 

あと、偶には命蓮寺に遊びに来て下さい。

 

 

 

「星らしい」

 

 ひよりは一言、それだけ言って手紙を閉じた。理解はしているのにそれをどう

すれば良いか分からないという彼女の性格が表れている文だった。

 

「……」

 

この遊びに来てというのは、やはり直ぐ行っては駄目なのだろう。

 

「で、星も同じかぁ」

 

 ひよりは手紙の下半分を見る。ナズーリンの時と同じく彼女も『お願い』と私

の印象やら何やらを書いているのだ。恐らく他の三人の手紙にもあるのだろう。

 

「面倒臭い」

 

 と言いつつ、一輪の手紙を取り出して広げた。今の二人だけ読んで他を読まな

い訳にもいかないだろう。ひよりは自分で自身の性格に溜息を吐いた。

 

そして、読み始める。

 

 

 

「はいコレ、宜しく!」

 

命蓮寺の庭にある切り株に、私は丸太をそのまま置いた。

 

「……」

 

 それを厳つい顔をした巨大な雲が割っていく。不思議な事に、雲から生えた腕

が斧を掴み、それを振り下ろして薪を割っているのだ。しかし命蓮寺では見慣れ

た光景である。

 

「よし、あと一本で終わりだよ雲山」

 

普段被っている頭巾を外した一輪は雲山に向けてそう言った。

 

「よっと」

 

 最後の丸太を持ち上げ切り株へと乗せる。数秒後には雲山の手によって真っ二

つにされる筈のそれは、何時まで経っても割られる事は無かった。

 

「……雲山?」

 

 見ると、雲山は縁側の方を見てピタリと止まっている。私も雲山の視線を追う

様に縁側を見て、そして何故彼が止まっているのかを理解して苦笑した。

 

「あぁ、ひよりちゃんね」

 

 縁側に座る、黒い服を着た少女を雲山は見ていた。彼女の事を一目見て気に入

ったと言っていたしその所為なのかもしれない。私は少し嫌な笑い方をしながら

雲山の肩を叩く。

 

「それで?何処が気に入ったのよ?」

 

 相棒の、それも滅多にないお気に入り宣言である。つい聞かずにはいられなか

った。雲山は暫く悩み、そして聞かれる訳でも無いのに私の耳に手を当てて小声

で囁く。

 

「『強そうだから』……って、本気で言ってるの?」

 

 雲山が強く頷き、思わず私は縁側に座る少女を見る。確かに見た感じでは隙の

無い様に見えるのだが、どうにも私には信じる事が出来なかった。理由は彼女が

放っている妖力だ。

 

「如何見ても、小中妖怪程度でしょう?」

 

 大分見下した風に言ってしまったが、私の正直な感想だった。それでも雲山は

煮え切らないらしく、時折縁側に座るひよりの様子を確認している。

 

「なら、薪を割ってから話に行きましょう」

 

 何をするにも、まずは仕事を終わらせるべきだ。そう判断した私は雲山にそう

言って薪を指差した。雲山は文句を言う事なく薪を割る。

 

「うん、お疲れ様」

 

 お互いを労ってから、私は縁側へと足を進める。ひよりは一度だけチラリと私

を見たが、やがて視線を外して青空を眺めた。私が彼女の隣に座り、その横に雲

山が移動した。

 

「私の名前は覚えてる?」

 

隣に座るひよりへ話し掛ける。

 

「……雲居」

 

彼女は小さく私の名前を出した。

 

「そうだけど、呼ぶなら名前が良いかな」

 

そう言うと、ひよりは怪訝な顔をして私を見た。

 

「前は苗字か名前って言ってた」

 

「じゃあ名前」

 

「……」

 

 やはり命蓮寺に居る時に雲居と呼ばれるのはあまり慣れていない。彼女には

悪いが此処は私の我侭を通して貰う事にした。

 

「で、雲居……一輪は何の用?」

 

「私じゃなくて雲山が気になってるのよ、貴女の事」

 

後ろの雲山を指差すと、彼は恥ずかしいのか私の後ろに隠れた。

 

「……?」

 

 訳が分からず首を傾げるひより。まぁ当然の反応ではあるだろう。急に話し

た事も無い雲山が自身の事を気になっていると言っているのだ。だから私は雲

山の話をそのまま彼女に伝える事にした。

 

「何でも、貴女が強いんじゃないかって」

 

「……」

 

黙り込むひよりに私は慌てて否定する。

 

「勿論、私はそうじゃないって言ったのよ?でも雲山が譲らないから――」

 

「――本気で」

 

仕方なく来た、そう言う前にひよりが口を開いた。

 

「本気で、そう思っているの?」

 

 雲山を見るひよりの瞳に私は思わず息を呑んだ。放たれる妖力も変わらず

何か構えをとっている訳でもないのに、彼女の瞳から鋭い何かが垣間見えて

いる。私は腰に付けている法輪に手を当てた。

 

警戒する私の前に雲山が出て大きく頷く。

 

「……思ってるってさ」

 

 私は彼女の一挙一動を見張りながら雲山の意思を伝えた……伝えなくても

動きで分かるだろうが、彼が言葉にして言っている以上伝える必要があると

思ったのだ。

 

「……」

 

 ひよりが立ち上がり、私は一瞬身構える。そんな私を無視して彼女は命蓮

寺の庭へと出て、そこで私達の方を振り向いた。そして地面を足で叩く。

 

 

「少し、手合わせ」

 

 

 

 

「……何をやってるんだ、一輪達は」

 

ナズーリンは縁側から庭を見て溜息を吐いた。

 

「あ、ナズお帰りー」

 

 縁側に座って庭を眺めていた村紗がナズーリンに気付いて振り向く。村紗

が手に菓子を持っている所を見るとどうやら喧嘩では無いらしい。ナズーリ

ンは再び庭へ視線を戻そうとした村紗を慌てて止めた。

 

「待て村紗、君は知らないのか?」

 

村紗は空になった器を横に置いて答えた。

 

「全く、私が此処に来た時にはもうこれだよ」

 

 多分一時間位続いてるんじゃないかな、と暢気に言う村紗を無視してナズ

ーリンは庭へと目を向ける。命蓮寺でもかなりの実力者である一輪が、雲山

と共にひよりに攻撃を放っているのだ。手に法輪を持っている所を見ると、

恐らく彼女も手を抜いてはいないのだろう。

 

それでも、ひよりに当てられない。

 

「……やはりか」

 

「うん?何か言った?」

 

 呟きを耳聡く聞き取った村紗を軽く無視してナズーリンは庭に背を……つ

まり室内へと戻る為に歩き出した。それに気付いた村紗が身体を倒して後ろ

を見る。

 

「止めないんだ?」

 

一度だけ村紗その後ろの二人を見て、再び前を向く。

 

「別に、私は聖ではないからな。それに――」

 

 

「――楽しいなら、別に止める必要は無いだろう」

 

少なくとも、私の目にはそう映った。

 

 

 

ひよりちゃんへ

 

 もしかしたら、この手紙自体が必要無くなるかもし

れないとなると凄く書き難いね、どうしようか。

 

 まずは、命蓮寺を助けてくれてありがとう。炊事や

掃除だけじゃなくて、私と雲山の薪割りまで手伝って

くれたのがとても嬉しかったよ。でも、次はちゃんと

斧で割ってね。見てて凄く痛そうだったから。

 

 それと手合わせ凄く楽しかったよ、私も雲山も久し

振りに本気で動けた様な気がしました。強いて言うな

ら結局一回も当てられないまま聖が来ちゃったのが少

し残念って位かな。

 

 それと、ナズーリンがひよりへのお願いを一つ書い

て置けって言っていたので、私も雲山と共に考えまし

た。

 

次会った時も、呼び方はひよりちゃんで。

 

 本当はちゃん付けをやめようかと思ったんだけど、

これはもう私の中で根付いてしまっている気がしてる

んだよね。癖になっちゃったみたい。

 

だから再開の時まで『ひよりちゃん』で居て下さい。

 

                   一輪&雲山

 

 

 

「……」

 

 静かに手紙を折り畳み、そっと床へと置いた。正直、この手紙を懐にしまう

のはとても抵抗がある。それ程までに、一輪のお願いは難し過ぎた。

 

『ひよりちゃんで居て下さい』

 

それは、つまり変わらないままの私で居て欲しいという事だ。

 

「星やナズーリンなら良かったのに……」

 

彼女では、今は文句を言う事すら出来ない。

 

私は大人しく手紙を懐へと仕舞った。

 

 

「次は……」

 

 手を伸ばしかけ、そして一瞬だけ迷う。聖が先か、村紗が先か。

中空で止まった私の腕は、やがて聖白蓮と書かれた手紙を掴む。

 

とても綺麗な字で、たった一文。

 

『貴女の思うまま、自由に』

 

それだけ書いてあった。

 

「……分かった」

 

 手紙を畳み、懐へと仕舞う。聖は長く語らずに一言でひよりに全てを伝えた。

これが聖の願いであり、感謝であり、そして謝罪なのだ。

 

「じゃあ、多分村紗も同じかな」

 

私は最後に村紗の手紙を取り出した。

 

そして――

 

「……」

 

クスリと笑い、同じ様に畳んで懐に入れて立ち上がる。

 

 流石に命蓮寺の近くに何時までも居る訳にはいかない。怪しまれてしまう前に

何処か遠くに移動した方が良いだろう。私は数少ない荷物を纏め、彼女達から貰

った手紙を小さく畳んで蛇へと飲み込ませた。

 

彼女達の願いは……まぁ、多少は従うとしよう。

 

 

ひよりは小屋の外へと出て飛翔する為に翼を広げ――閉じて歩き出す。

 

今日は、何故か歩いて移動したい気分だ。

 

 

 

 

ひよりへ、と丸い文字で書かれた手紙。

 

その可愛らしい書き方で書かれた宛名の手紙には

 

『早く迎えに来い!』

 

……と、筆で荒々しく書いてあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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