叢雲 空という少年の声が、ユウキの耳に届いたのだった。
ガラスに手を当てて、自分を見つめる少年が心配そうに見つめているのであった。ユウキは思わず少年の存在に目を見開いてしまった。転校する前の学校で、友達だった少年が態々遠くから見舞いに来てくれたのだ。
叢雲 空とユウキの出会いは、ユウキが学校を転校する前の小学3年生に上がった時である。その時のユウキにはまだ友達が沢山いたので、友達から遊びの誘いを受けた。
何時もの様にユウキは笑顔で頷こうとしたのだが、視界の端にポツンと座っている少年を見つけた。その少年こそが叢雲 空である。
ユウキが空を見つめていると、友達の一人がユウキにこう言った。『アイツ、いっつも暗いんだよね』『いつも一人だし、根暗だし、気味が悪いよ』と言うのだ。当時の空はクラスメイト達から見れば暗くて、何を考えているのか分からない、いつも本を読んでいる、たまに顔が殴られたように腫れあがっていたりするので気味悪がられていたのだ。ユウキはそんな空を見て、友達の言葉を無視して空の下へと向かった。
『一緒に遊ぼうっ!』
ユウキは空に手を差し伸べ、そう言ったのだ。手を差し伸べられた空は、目を見開いて『いいのか?』と問うと、ユウキは笑顔で頷き、空はユウキの手を取りユウキの友達と一緒に遊ぶことになった。空が結城から遊びに誘われた時、ユウキの友達がユウキに『そんな根暗な奴、連れてくるなよ。どうせ俺達と遊ばないって』と言われたが、『そんなことないよ!空もきっとみんなと遊びたいはずだよ!』と言いわれ、ユウキの友達は複雑そうな顔になりながらも時間の限り遊ぶのであった。
それから数日後、空は何時しかクラスメイト達から遊びに誘われるようになった。
空は他の子供たちよりも少し身体能力に優れているので、男子達からは良くサッカーや野球などといった遊びに誘われたり、ユウキの助力もあって少しずつ触れ合っていくうちに女子達とも溶け込むようになっていた。空も何時しか暗かった表情が明るくなり、笑うようにもなっていたのだ。これが、空とユウキの出会いである。
あれからもう数年経っているのに久しぶりに出会った友達が大きくなって、雰囲気が少し大人ぽくなっている。今でも転校する前の友達の顔は忘れなかったユウキは、自分のことなど忘れられていると思っていたのにと若干の戸惑いを覚えながらもユウキは空に『………どうして、ここが分かったの?』と問いかける。
その質問の答えは、若干言いにくそうだったが『知り合いの伝手で知った』と誤魔化していたが、ユウキは特に気にしなかった。初めて、誰かが見舞いに来てくれたことが嬉しくて仕方がなかったのだから。それから、ユウキと空はヴァーチャル世界で頻繁に会うようになった。
空がヴァーチャル世界で『Sora』としてユウキと過ごし始めてから、ユウキとソラ、そして姉のランの3人でVRMMORPG――――『ALO(アルヴヘイム・オンライン)』の世界を楽しんでいた。ユウキとランはソラが始めるずっと前からプレイしており、特にユウキは常にログイン状態なのでソラよりもベテランであり初心者のソラにALOの世界を案内したり、フィールドにいる敵を倒したり、クエストを達成したりした。
ソラは当初のユウキと同じでヴァーチャル世界がどんなものなのか憧れを抱いていた始めた時はユウキと同じ反応を見せていた。
『あはははっ、こっちだよソラ!』
『もう、ユウキったらはしゃぎ過ぎよ』
『待ってくれ、二人とも!こういうの、全然慣れないんだよ!』
ヴァーチャル世界とはいえ初めて空を飛んだ感覚になれなかったり、戦闘では何度も死んだりなどという初心者らしさが出ていた。携帯ゲームはやったことはあるソラだが、基本的に体を動かしたりするタイプなので滅多にやらないし、ヘッドギアを付けて現実世界と同じ感覚を味わえるゲームとなればなおさらだろう。
現実と差異があるのでアバターを操作する時は違和感を感じたりもしていた。
『ソラ君、そっちから行って!ユウキは反対側から!』
『任せろ!!』
『任せて!!』
ユウキ達と共にやるALOにソラは次第に身体に慣れていき、ユウキとランの動きについてこれるようになっていた。初めてだったころはモンスターを相手に戸惑ったり、運動神経が良いのに反応に遅れて戦闘不能になったりして何度も助けられた頃とは比べ物にならない。一人でダンジョンに湧いているモンスターを倒せるようになり、飛行も自在に出来る様になっていた。
二人の指導のお蔭だと言うが、ソラはバイトで貯めたお金でアミュスフィアを購入し、二人と並んで楽しめる様に一人で練習していたのである。
『やった!フィールドボスを倒した!』
『流石に3人じゃきつかったけど、やったね!』
『さて、ドロップアイテムだけど………ラストアタックは結局どっちが決めたのかな?』
『ボク!』
『俺だ!』
『むぅ、ソラが止めを刺す寸前にボクの攻撃でHPが無くなったんだからボクが最後を決めたんだよ!』
『いや、あれは俺の連撃による最後だった!俺が0.1秒速かった!』
『ボクの方が0.01秒速かったもん!』
『『むぅぅううう!!!』』
『決まらないなら、私の物って事にするわね』
『絶対にそれは却下!』
『お姉ちゃん、それは無いよ!』
『ごめんなさい。もう登録しちゃった♪』
『『えええええええええ!?』』
子供の様にアイテムの取り合いやラストアタックで喧嘩したり、機嫌を損ねたりもしたけど3人はとても充実した日常を過ごしていた。ゲーム内での事だけれども、ユウキやランにとって掛け替えのない時間を過ごしたと思っている。ソラはゲーム内ではなくリアルでも頻繁にユウキやラン、二人の家族のお見舞いに訪れた。
両親二人とランがエイズ発症していないので、ずっとダイブしているユウキの変わりに家族がソラを迎えてくれた。ソラが初めてユウキ達の両親と対面した時はユウキとは転校前に友達になったと説明すると、事情を知らなかったユウキの両親は笑顔で『ユウキのことを、これからもずっと末永くお願いしますね』と言われ、ソラは勿論笑顔で同意した。ソラにとってユウキは恩人であり、『想い人』でもあるのだから。
『ねぇ、ソラ。頻繁にログインしたり、お見舞いに来てくれるけど学校は行ってるの?』
ある日、エリアボス討伐をしていた3人の内ユウキがソラにそう問いかけた。
問いかけられたソラは一瞬だけギョッとしたような顔をし、直ぐに慌てて表情を作り『何言ってるんだよ、当たり前だろ?』と返す。ユウキはさっきの表情を見逃しはしなかったので、ユウキは『嘘だよ!』と否定し、ソラに追及するのであった。
ユウキはソラとALOで遊んでいる間に、密かに思い始めた疑問だった。休みでもないのに授業がある時間帯にはソラが広場で待っており、午後辺りから病院に訪れてガラス越しで談話したりするのだが、それがほぼ毎日続いている。
ユウキだけでなく、ユウキの家族たちも勿論ソラの日常に疑問に思っていた。何度もユウキに質問され、はぐらかしてきたのだが遂にはユウキの両親からもどうしたのかと心配されていたのでソラは白状した。
『―――――俺、親に捨てられたんだ』
誰もがギョッとした。思わず、『冗談だよね?』と問いかけそうになったがソラの悲しい笑みを見て、冗談ではないと判断した。
ソラの両親は父と母の3人家族だったが、母はソラが中学に上がった頃、つまりは初めてユウキのいる病院に訪れる二か月前の頃に疲労による過労死で死んでしまいソラと父の二人だけとなった。
過労死の原因は父が原因であり、ソラの父は仕事のストレスで暴力を振るっていたのだ。暴力を振るい始めたのはソラが小学校に上がった直後で、その時のソラの父は仕事が上手くいかず収入がいまいちな時期が続いていたのがストレスとなり、家族への虐待と変わった。最初はソラの母に暴力を振るっていたのだが、次第にソラにも矛先を向け始めたのだ。
時折顔が殴られたように腫れあがっていたのは、それが原因である。
しかし、ソラの母はソラが父から暴力を振るわれない様に今まで自分が暴力を受け続けていた。毎日ではなかったので、父がいない間にソラはいつも代わりに殴られる母の手当てをしてたり母に負担がない様に家事の手伝いをしたりした。だが、中学に上がった直後ソラの母は過労による心筋梗塞で亡くなった。
父はその事に何とも思わず、母の保険金だけを受け取って知らない女性と付き合い始めた。そして知らない女性と結婚するためにソラが邪魔となり、父は息子であるソラを家から追い出した。
家を追い出されたソラに残されたのは、母にプレゼントしたペンダントと私物、そして母が密かにソラの為に溜めていたお金だけであった。父に捨てられたソラは、友達や友達の兄や姉などに頼り、住まいを探した。友達の親戚が管理するアパートが格安であったため、そこに住ませてもらった。
そしてソラは学校に通わず、バイトに通うようになったが元々学生だった身でもあるため履歴書を見せれば大抵の所は弾かれて続いたので中々仕事は見つからなかった。しかし、ソラには身体能力と力があったのでアパート近くの酒屋の主人に雇ってもらえた。
月給10万という仕事だが、給料を得られるのであれば問題なかった。母の手伝いで簡単な料理は作れるようになっているし、母が残したお金もあるため生活には特に不自由はなかった。そしてソラがユウキのいる場所を知ったのは、注文をしたお客さんがユウキの通っている病院の関係者だった。話を聞いたソラは、すぐに病院へと向かった。
何も言わず去って行った友達に、想い人に会うために。
そしてソラは、ユウキとの出会いを果たしたのである。
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