ソードアート・オンライン──投剣── 作:kujiratowa
投剣の弱点は何か。
そう問われれば、投剣など使ったことのないプレイヤーでも、“相手に近づかれること”と答えるだろう。
俺のようにスキル熟練度を高めている物好きも、同じ質問をされれば“近接戦闘時の攻防バリエーション不足”と答える。
格好良く言っているが、要は近づかれると弱いということだ。
無論、今後新たに近接戦闘特化の≪投剣≫ソードスキル
を習得する可能性がないというわけではないだろうが、今のところ自分自身が近接戦闘を仕掛けて投剣を振るう状況を想像することができなかった。
相手に近づかれれば、その分だけ相手から遠ざかる──それがこの数ヶ月の間に学んだ基本にして、最良の答えだ。
羽虫に追われたときも、狼に追われたときも、石人形に追われたときも、いつだって俺はその分だけ距離を稼ごうとした。
そして、それが成功していた。
…………だから、今の状況が、非常に拙いということを、理解しているつもりだ。
左足の大腿部に食い込んだ石床の破片を見やり、それを治療する余裕が現在は全くないことを、改めて理解する。
距離15メートルの位置からボスモンスターが行った刀を逆手に握り直して切り上げるという動作は、任意で遠距離の床を抉り切るという大技だった。
今までに見たことのない構えだったため、その場で亀のようになってしまったのが、良くなかった。
ライトエフェクトが地面の中を這いずり回るように動き、自分の足元で強く輝いたのを、その後の衝撃に吹き飛ばされながら、思い返していた。
被ダメージは、思ったよりも少ない。
しかし、部位欠損とまではいかないまでも、左足は金属装具でも身に着けたかのように重くなり、走ったり回避したりすることを今まで通りには行えそうもなかった。
移動を制限されるという≪状態異常≫は、投剣使いにとってまさに死活問題であった。
スキルの硬直が解けたらしく、ボスがこちらを視認するや否や、走り寄って来る。
続けて、顔の横に刀をもっていき、突進を伴うソードスキルを繰り出そうとするのが見えた。
まともに受けては、現在のHPゲージで受け切れるかどうか非常に不安なところだ。
動く右足の筋力を最大限に働かせ、反復横跳びでもするように、左側へと大きく体を弾く。
回避に踏み切るタイミングがやや早かったため、ボスの突進技に若干の方向修正を許してしまい、結果としてHPゲージの2割ほどを削り取られることになった。
残り35パーセントを割り込みかけたHPゲージを一瞥し、すぐに回復用ポーションを口に含む。
普段は特に気にしていなかった≪時間継続回復≫というHPゲージの回復のさせ方が、このときばかりは憎らしかった。
ボスのライフゲージは、あと1本と4分の3ほど。
…………残念だが、ここは引かざるを得ない。
HPの回復が可能とはいえ、相手の攻撃をかわせなかったり、距離を取っての攻撃ができなかったりするのでは、とても太刀打ちできそうにない。
突進の勢いのまま玉座付近まで移動をしたボスから逃げるチャンスは今しかないと思い、入口の大扉へ向かって
懸命に足を動かす。
少し振り返ってみれば、再び硬直の解けたボスが、こちらの方へと向かって刀を構えるのが見えた。
逆手ではない、あの構えから繰り出されるのは────そこまで考えると同時に、体を正面に倒し、地面に腹這いとなった。
ごう、という風切り音が、頭上で聞こえたような気がする。
戦闘の最初の頃からボスが多用していた、遠距離技だ。
すぐに体を起こし、再び入口へと歩みを始める。
相手の硬直が少ないときには背を向けるわけにもいかず、背走するしかなかった。
右手に持った刀を左右に振り乱しながら、ボスが一直線に向かってくる。
投げナイフを二本、ホルダーから引き抜き、素早くソードスキル≪ツーピース≫を発動させる。
これも麻痺毒を仕込んだ投げナイフだ。
一方は刀によって弾かれてしまったが、もう一方はボスの左腕へと刺さり、僅かにボスを仰け反らせた────この隙に、逃げ切るしかない!
背走ではなく、入口へ向き直って左足をずるようにして走る。
視界に映った景色から、残りの距離13メートルという数字を弾き出す。
逃げ切れない距離じゃないという安心感が、心の隙間を埋めたそのときだった。
目の前が僅かに明滅し、視界に映っていた大扉が消え、全く別の風景が目に入った。
転倒した、という事実に気づくも、どうして転倒してしまったのか、という疑問への答えを探しあぐねて、立ち上がりが遅れてしまう。
顔を上げると、ボスが麻痺などものともしない足取りで、進み続けるているのがわかった。
尻餅をついた状態から、必死で体を起こそうとする。
刀を握り直したのが見えた。
つまりさっきの転倒は、あの地面を抉り切るソードスキルによるもの。
しかし、麻痺毒の投げナイフが効果を発揮しなかったのは、一体、どうして。
ボスが刀を横に構えた、あれは遠距離攻撃のプレモーション。
どうする。
また頭を下げるか、横に跳ぶか、抜き打たれるより先に攻撃をするか────先ほどまで即断即決していた行動に迷いが生じ、気づけばボスがソードスキルを発動させて刀を横に薙いでいた。