ソードアート・オンライン──投剣──   作:kujiratowa

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Throw-7

ボス部屋へと続く大扉を押し開け、恐る恐る一歩を踏み出す。

暗がりだった部屋の両壁で環境音と共に松明が灯ると、それに触発されるように、其処彼処に配置された松明オブジェクトが光を発し始めた。

そのまま歩き続けず、広い部屋の中を見回す。

中央から部屋の壁までおよそ10メートル、今立っている入口部分から奥に見える出口部分までが、およそ100メートルくらいといったところだろう。

投剣を使ってるせいか、目測には少しばかり自信がある。

 

クエストを受けるときのNPCの台詞が確かなら、恐らくこの場所でボスが蘇っているはずだ。

しかし、注意深く部屋の様子を窺っても、そのようなモンスターの影は見当たらなかった。

遮蔽物になるようなものがほとんどない部屋の中をゆっくりと歩きながら、さらに目を凝らしていく。

様々な刃物の傷や、染みついた汚れのようなものが点在する様は、激戦があったことを物語っているに他ならない。

部屋の隅に、刃の毀れた剣を見つけた。

ところどころ錆ているそれは、NPCショップで見かけた西洋風の剣ではなく、どちらかというと日本刀のように見える風貌だった。

取り立てて日本刀に詳しいわけでもないので平均というものがわからないが、随分と大きい刀だと思った。

興味本位から、その刀に手を振れる。

その瞬間、目の前の景色がガラリと変わった────。

 

 

 

アテが外れたやろ。ええ気味や

 

…………何を話してたの?

 

……後は頼む、■■■さん。ボスを、倒

 

──ボスのLA取りに行くんだよ

 

ダメージディーラーにいつまでも壁やられちゃ、立場ないからな

 

■■■、最後の≪リニアー≫、一緒に頼む!!

 

 

 

視界に映るボス部屋がセピアへと色を変え、そこで起きたらしい過去の出来事を映していく。

並々ならぬ臨場感と凄惨さに、思わずたじろぐ。

これが、死線。

こんな世界で、攻略組は戦い続けているのか。

 

高く飛び上がろうとするボスの後を追って飛びかかった剣士の片手剣が、V字の軌跡を描く。

何というソードスキルなのかわからないが、その攻撃が、ボスの巨体を無数の硝子片へと霧散させた。

これはきっと、4ヶ月ほど前に行われた、第1層ボスバトルの────…………っ!!

 

得体の知れない何かの気配を感じ、その場から飛び退き壁を背に部屋の中を見渡す。

色の戻った視界に、先ほどまでは見えなかった、大きな灰褐色の影が一つ。

ここから20メートルほど向こうの出口付近、朽ちかけた玉座に、その影は座していた。

右足で胡坐を掻き、左の肘掛けで頬杖をつく影の表情は、まったく見えない。

喉が渇く。

頭の中が勝手に澄んでいくような、自分で自分をコントロールしきれない、そんな感覚。

無意識のうちに、ナイフホルダーの投げナイフへと右手をかけていた。

唇の端を舌で舐めながら、その影の顔面に照準を合わせながら、ソードスキルのプレモーションに入る。

相変わらず表情は見えないため、こちらを認識しているかもわからない──が、その影に先ほど見せられた過去のボスがぴったりと重なる。

もう、間違いない。

奴が、ヨミガエリだ。

 

「っ……!!」

 

凄烈な気合と共に、投げナイフを振り切る。

投剣ソードスキル≪ピアース≫は、20メートルの距離を瞬時に縮め、ボスの顔に突き刺さる。

ナイフが刺さったことを示すライトエフェクトが彼方で弾けるも、それに続いてボスから呻き声が漏れるようなことはなかった。

代わりに、影が緩慢な動作で玉座から立ち上がる。

そのままゆっくりと腰元の日本刀へと手を回した。

視界の端の、自分とボスのHPゲージを見比べる。

これまでのフィールドモンスターと違い、4本ものHPゲージを保持する相手は、その名に相応しいタフネスを秘めているようだった。

痛みに反応する声こそなかったが、勢い良く放った投げナイフは、確実にボスのHPバーを削っていた。

ゲージ1本分の、おそらく5、6パーセント程度。

ナイフが抜き取られない限り、取得スキル≪応用能力:貫通付与≫によって、1分30秒間はランダムで数パーセントずつ、ダメージを蓄積していく。

つまり、ダメージ期待値は、ナイフ1本につき、およそ10パーセントと少し。

40本を投げ抜けば、ボスを倒せるという寸法なわけだ。

だが、一応のゴールが見えたことに安堵したせいか────ボスの影が高速で払った日本刀から放たれた遠距離攻撃を、逃げる間もなく真正面から食らってしまった。

自分の体が大きく仰け反り、そのまま後ろへと吹き飛んだ。

地面を転がりながら、その余りの衝撃に、今まで感じたことのない恐怖を植えつけられた。

視界の端で、自分のHPゲージがぐっと減少し、7割より少し多い程度で止まった。

立て続けに食らえば、間違いなく────。

 

そこまで考えて、その先の想像を止めた。

2本目のナイフを抜き、再びボスに向けて放つ。

ソードスキル無しで放ったそのナイフは、刀を手前に引いたボスによって簡単に弾かれてしまい、ダメージを与えることはできなかった。

やはり、ボスクラスになると、単調な攻撃では効果が薄い。

それを確認するための一撃だったが、こうもあっさり受けられてしまうと、気持ち的に辛い。

再び、影が腰に刀を添える。

遠距離攻撃が来るかと身構えたが、予想に反して、影は刀を添えたまま、こちらに向かって走り始めた。

適切な距離間を保ってこそ、投剣というスキルは生きてくる。

不用意に近づかれてしまっては、対処のしようがなくなる──つまり、現状としては拙い状況にあると言って良いだろう。

もちろん、そのまま馬鹿正直に近づかせようとは思わない。

再びナイフを抜き、そのまま一直線に向かってくるボスに向けて、≪シングルシュート≫で放つ。

避けられないと察したのか、ボスはライトエフェクトを纏った刀を振り抜き、先ほど見せた遠距離技で見事にシングルシュートを迎撃した。

そこから、この2本目はかわせないだろう──!

≪シングルシュート≫の動作後を生かして再びナイフホルダーへと手をやり、≪バックハンド≫のモーションを認識させる。

ナイフを引き抜くと同時に放つと、相手はガードをする暇もなく、胸元にナイフを突き立てた状態になった。

 

2023年4月1日、あと38本。

ボスバトルは、未だ始まったばかりである。


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