ソードアート・オンライン──投剣── 作:kujiratowa
攻略組、という言葉を≪トールバーナ≫の街角にあった掲示板で覚えた。
浮遊城の最前線で戦い続ける剣士一団を、一括りに呼ぶ時の名前らしい。
耐久値がギリギリなのか、随分と黄ばんで、ところどころに穴も開いたその羊皮紙には、当時の攻略組の決意となる文句が書かれていた。
“集え、攻略組────第2層への道を切り開こう 12.04.Sun”
猪や狼を倒し続けることで衣食住を確保していたあの頃は、とてもではないが外部の情報に疎かった。
今も情報に疎いという面ではあまり変わってないようにも思うが、レベリングなどで少し余裕が出てきたせいか、以前よりも視野が広がったような気がしている。
その日暮らしをするわけじゃなく、レベリング以外の別の何か──目標をもって、このデスゲームに臨むようになった。
そして、今漠然と目指そうと思ったのが、最前線で活躍するという攻略組だ。
別に、自分も強くなって攻略組の仲間入りをしようというわけではない。
もちろん、全くないというわけではないが…………それ以上に、一目見てみたいと思ったのだ。
死んだらそれまでの世界で、その死線を何度も潜り抜けてきたであろう、彼らの姿を。
この≪トールバーナ≫に来たのも、彼ら攻略組の足跡を辿ろうと思ったからである。
この街は第1層の迷宮区に最も近い場所だ。
さっきの掲示板にあった文面を察するに、あの日付は第1層のフロアボス攻略予定日だったのだろう。
たしかちょうどその頃、第1層と第2層とを繋ぐ転移門が開通していた気もする。
当時は多くの剣士で盛り上がっていたであろう街並みも、今はNPCばかりで溢れていて、ほとんどプレイヤーの姿を見ることもなかった。
それもそうだろう、現在の最前線はここよりも遥か上層だ。
攻略済みの層に光が当たることはほぼ無いだろうし、先日知り合った情報屋の話によれば、今は攻略組の誰もがアイテムストレージ拡張クエストに躍起になっていると聞いた。
それでも、誰か攻略組の一人にでも会えるんじゃないかという淡い期待は、やはり外れてしまったようだ。
午前9時12分。
寝て過ごすには勿体ない現在時刻に、少し迷ってから迷宮区行きを決める。
すでに宝箱なども回収されて、行くだけ手間のようにも思うが、やはりボスと戦った部屋などは見てみたい。
攻略組の息遣いが聞こえてきそうなその空間に、身を置いてみたい。
ミーハー気分のような思いもあるが、彼らに触れることで、何か大事なものが掴めるような、新しい目標が立てられるような、そんな気持ちでいた。
街の出口に向けて、緩々と歩を進める。
その途中、切迫した表情のNPCが、迷宮区へと続く方角から走り寄ってきた。
背中に大きな槍を携えたその男は、俺から少し距離を置いたところで立ち止まり、両手を両膝に預けながら、荒い呼吸を繰り返す。
彼の頭上に表示された金色のクエスチョンマークは、何やら面倒そうなクエストの発生を告げているようだった。
こんなことなら≪アルゴの攻略本・第1層クエスト編≫でも準備しておくべきだったと今更のように思いつつも、俺はそのNPCに向かって、声をかける。
「どうかしましたか」という一言に、起用にもNPCは首だけこちらへと向け、息も絶え絶えに、その身に降りかかった災難の内容を話してくれた。
「はぁっ、はぁっ…………おお、俺、見ちゃったんだよ! っはぁ、はっ……この先の、め、迷宮区でっ…………倒されたはずの≪イルファング・ザ・コボルトロード≫が復活してるのを……!!」
…………────何が、何だって?
2023年4月1日、目の前にクエスト受注を迫るウィンドウが表示される。
クエスト名────『愚か者の行方』