ソードアート・オンライン──投剣── 作:kujiratowa
アインクラッド第1層遺跡群≪リメイン・アンカー≫。
≪はじまりの街≫から遠く離れた位置にあるこの場所に籠って、早1週間。
プレイヤーの姿を見かけることは、3日に1回あるかないかの過疎具合に、のびのびとレベリングすることができた。
第1層とはいえ、やはり最奥に位置するだけあって、出現する敵もそこそこに手強いものが多い。
特に苦戦しているのが、煉瓦を積み上げて作ったような石人形──固有名≪ライクストン≫。
鉱物系のモンスターに特徴的な硬さでこちらの攻撃を悉く退けてしまう強敵だ。
行動自体は単純で、両腕を振り上げての叩きつけや、近くに落ちている石などを拾って投げてくるといったことが、主な攻撃手段である。
加えて鈍足なため、逃げようと思えば逃げられるのだが、経験値的にはどうもこいつを倒し続けるのが、効率良さそうであった。
最初こそ逃げる選択を取ることも多かったが、体のどこかにあるひび割れた部分が弱点となっていることに気づいてからは、そこに向けて投剣スキルを繰り返すことで、比較的安全に戦うことができるようになった。
こういった鉱物系モンスター相手には、投げナイフのような刺突武器ではなく、単純な石つぶての方が相性は良いらしいことも、戦う中でわかった。
遺跡群だけあってそこら中から投擲物≪石≫を調達できることもあり、ほとんど手持ちの武器を消耗せずに、経験値を積むことができた。
「────見つけた」
加えて、鍛えられてきた≪索敵≫スキル。
敵に見つかる前であれば先制攻撃可能ということもあり、遠方から投擲を繰り返して撃破するというやり方が、自分の基本的な戦術スタイルとして確立しつつあった。
一投目、視認されていないことを確かめて、当てもなく彷徨う石人形の左肩に見えたひび割れに向けて、足元に落ちていた拳大の石を≪シングルシュート≫で放つ。
彼我の距離はおよそ20メートル、射程ギリギリとはいえ、外すつもりはない。
放った石は吸い込まれるようにして相手の左肩へと届き、次いで甲高い衝突音を響かせた。
クリティカルヒットしたことを表すように、石人形がゆっくりと仰け反る。
このチャンスを逃すまいと、相手に駆け寄りながら、再び石を拾う。
そのまま走りつつ、石を握りこんだ右手を前に振る。
その動作がソードスキルのプレモーションと認識され、システムに後押しされるようにして前方へのステップが加速する。
左足の踏み込みと同時に右腕が大きく後ろに引き絞られ、その勢いを殺すことなく石へと込めて投げる────フロントステップを伴ったソードスキル≪アプライト≫。
移動しながらのため、直前で狙いを変えることのできないソードスキルであるが、その分、速度と威力は≪シングルシュート≫の上を行く。
再び、石は左肩の部分に当たり、そのひび割れが石人形の全身へと広がった。
止めとばかりに、投げた右腕をそのまま左腰へと回し、装備しておいた≪サウザンド=オウル≫を引き抜く。
一瞬の溜めを作り、再びソードスキルを発動させる。
システムのアシストによって速度の強化されたピックが、石人形の体へと突き刺さり、僅かなラグのあとに、石人形の体が崩れ落ちた。
返しのソードスキル≪バックハンド≫──こちらも、繋ぎながら攻撃する際には使い勝手の良い技だ。
目の前にポップしたリザルト画面を一瞥し、ただの石に慣れ果てた≪ライクストン≫から最後に放ったピックを回収する。
刃毀れが気になったが、耐久値に大きな変化はなかった。
「へーえ、すごいナ。噂のツブテくんハ」
腰にピックを戻す最中、急に聞こえてきた声に、思わず身構えてしまう。
モンスターではない……人、プレイヤーの声。
久しく聞いていなかったそのサウンドに、戦闘終了後の脱力感は一気に消え去った。
辺りを注意深く見回すと、遮蔽物と成り下がった遺跡の柱の陰から、フード付きのコートを被ったプレイヤーがこちらを眺めていることに気付いた。
「なん、う…………あ、誰だ、アンタ」
「しがない情報屋だヨ。巷じゃ鼠の名前で通ってル」
何と声をかけるべきかわからず、思ったことをそのまま口に出してしまった。
随分と失礼な物言いだったにも関わらず、情報屋と名乗ったそのプレイヤーは、軽く口元に笑みを浮かべながら応えてきた。
余り大きくない背丈から、子どものプレイヤーかと思ったが、そうでもなさそうな話し方だった。
「いったい、どうやって。索敵スキルも常時発動させてるってのに……」
「ん、初めまして記念で特別サービス。ツブテくんの≪索敵≫スキルを上回る程度に、オイラは≪隠蔽≫スキルを鍛えているからネ。さっきの戦闘は最初から見てたヨ」
ハインディング……そういえば、新しくスキルを追加するときにどうしようか悩んだ候補の一つだった。
なるほど、索敵も万能じゃなかったのか、今まで索敵に引っかからない敵がいなかったから、過信し過ぎていたようだ。
それと同時に、目の前の少女のような女性プレイヤーが、自分以上に高いレベルであるという事実を漠然と理解し、ますますどう対応したら良いものかと、口ごもってしまった。
「うん、実際に見てみると雰囲気違うネ。ツブテなんて生易しいものじゃなイ」
「……その、ツブテっていうのは」
「50コルで教えてあげル」
「金取るのかっ」
「情報がオイラの武器だからナ。どうすル?」
大した額じゃない。
しかし、情報屋という職種というか、ロールプレイが実際に演じられているということが俄かに信じられず、思わず躊躇ってしまった。
「いや、別にいい。そこまで知りたいことでもないし」
「ふーン、まぁいいヤ。オイラも見たいもの見れたし、これで消えるヨ。何か欲しい情報があったら声をかけてくレ」
そう言って鼠は小さな羊皮紙を取り出し、俺に手渡してきた。
そこに書かれたのは、おそらく鼠へと連絡を取るためのアドレス。
色々なプレイヤーを見つけては、こうやって声をかけているのかもしれない。
ん、鼠……? どこかで覚えが……────っ
「あ、あんた! もしかして≪アルゴの攻略本≫の!」
軽い足取りで、背を向けたまま遺跡道を歩いていた鼠が、こちらを振り向く。
どこか楽しげな笑顔に、鼠の名に相応しいフェイスペイントが絶妙にマッチしていた。
「今後ともご贔屓にネ!」
ぱたぱたと振られた右腕に、勢い良く頭を下げる。
とんでもない有名人だった。
様々な情報を売り買いし、攻略本と称した様々なガイドブックをNPCショップに委託販売している、凄腕のプレイヤー。
その本人に会えるとは、思ってもみなかった。
「…………今度、投擲武器のこと聞いてみようかな」
2023年3月25日、NPC以外のプレイヤーと、久しぶりに話をした。
麗らかな、春の午後のことだ。