ソードアート・オンライン──投剣── 作:kujiratowa
秋が冬に、冬が春に、過ぎ行く季節の中でもう何度、腕を振ったかわからなくなった頃。
俺は、はじまりの街を出ることにした。
きっかけは単純で、経験値稼ぎとスキルの熟練度上げに、限界が来ていたということ。
猪を始めとして、狼やワーム、ビートルなどの虫系モンスターや≪リトルネペント≫という固有名称の植物モンスターなど、付近のモンスターとの戦闘経験を数ヶ月かけて積んだ成果として、この第1層では衣食住困らない生活を送れるようになったが、そうなってくると、変な欲も湧いてきて、もう少し先へ進んでみたいという気持ちも日増しに強くなってきた。
スキルの熟練度は、繰り返しスキルを使い込むことで上昇するものがほとんどだ。
しかし、いくつかの壁のようなものが設定されているらしく、そのレベル帯に見合った熟練度になると上昇幅が極端に修正されてしまった。
現在のレベルが12、投剣スキルの熟練度が500。
これが果たして高いのか低いのか、親しいフレンドもいないためわからないのが残念だが、とにかく頭打ちになってきていることだけは、確かだった。
「いらっしゃい、1回20コルだよ」
街の一角にある遊技場へと足を運ぶのも、今日が最後になる。
ソードスキルに関する多種多様な遊戯があるこの場所で、見つけたゲームが≪スライドダーツ≫だ。
タイトル通り、左右に動く的に、いかに正確に攻撃を繰り出せるのかを競うゲームだ。
この遊技場の存在を知ったのが、まだ冬の気配が残る2月の始めだった。
以来、ときどきここに訪れては、記録更新に励んでいた。
時間、投擲アイテムストック数、的中位置など、いくつかの採点基準があり、その記録が一定の数値を超えると、賞品として粗品を得ることができた。
この街を出て、新しい生計を立てる────その門出を占うつもりもあって、俺は20コルを受付のNPCに支払った。
支払確定後、NPCが10本の投げナイフ束を寄越す。
それを左手に、店の奥のゲームブースへと進む。
右手に一本のナイフを握り、ゲーム開始の合図を静かに待った。
視界では、3つの的が音もなく、高速で左右に動き続けていた。
「…………はじめぇっ!」
NPCの声と共に、右腕を後方へと引き絞る。
もしかしたら、できるかもしれないという気持ちを載せ、発動させた投剣スキルは≪ピアースシュート≫。
しかし、エフェクト待機の状態で、引き絞った腕を解放させようとはしなかった。
投剣スキルはある程度ディレイ処理が効くらしく、何かを狙って投げるときなどソードスキルを半分発動させることで、対処ができた。
今、狙うのは、ただ一つ。
高速に動き続ける的が、ほんの僅か直線に並ぶその瞬間。
いつも以上に気合を入れて視神経に集中すると、培ってきた索敵スキルが、これからの一投を後押しするように、投げるべきコースに僅かなラインを浮かび上がらせた。
─────ここだっ!
システムのアシストに合わせて、大きく腕を振るう。
その直後、小気味良い音が3つ、立て続けに鳴った。
そして、目の前にゲーム結果が表示される。
「やるじゃないか! こんなハイスコアを出したのは、あんたが初めてだ!!」
ゲームブースの向こう側で、NPCが大げさに拍手をしながら、喜んでいた。
その様子に、思わずこちらも笑みを浮かべてしまう。
予想通りだった、見極めができれば、一本のナイフで全ての的を貫くことも、可能だった。
この数ヶ月で得た力を改めて実感し、ゲームブースを後にする。
NPCの近くまで戻ると、彼はいつの間にか手にしていた小さなケースを差し出してきた。
「ハイスコアを記録する君に相応しいものだ、受け取ってくれ」
「ど、ども」
渡すや否や、NPCは移動を始め、ゲーム開始前のカウンターへと戻っていった。
らしいといえばらしい動きに、思わず苦笑してしまう。
おそらく声をかければ、さっきと同じ“いらっしゃい、1回20コルだよ”という一言を発するだろう。
だから、特に何も言わず、俺も遊技場を後にした。
もう少し灌漑に耽りたい気持ちもあったが、それをNPCに理解してもらおうというのも、難しいことだった。
店の前で、さっき手にしたケースを開く。
小学生が使ってそうな筆箱大のそれには、5本のピックが収納されていた。
固有名≪サウザンド=オウル≫────意訳すれば、≪千枚通し≫に他ならなかった。
今までナイフと石ころの他に投擲アイテムらしいものを触ったことがなかったので、この賞品は素直に嬉しかった。
とりあえずストレージに入れておき、あとでたっぷり性能を調べることにした。
この街でやり残したことは、たぶん、もう、ほとんどない。
言い切れないのは微妙に歯がゆかったが、その日の陽の高いうちに、俺は≪はじまりの街≫に別れを告げた。
2023年3月10日、はじまりの街とフィールドとを隔てる境目。
後ろ髪引かれる思いに抗いつつ、いつもと違う一歩を踏み出した。