ソードアート・オンライン──投剣──   作:kujiratowa

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Throw-14

≪投剣≫というスキルについて、どう思いますか?

 

 

 

『魔法がない世界だからね、遠距離攻撃も剣で行うっていうのは徹底していて面白いと思うよ』

『スキルの熟練度を上げるのが面倒そうだ。コルに余裕が出てこないと、投げナイフを揃えるのも一苦労だろう』

『他に上げるスキルがないから入れてる奴も多いんじゃないか? ま、俺もその一人だけどさ』

『≪投剣≫と≪片手用長槍≫のスキルを鍛えれば≪投槍≫とかできるって聞いたな、陸上やってた奴なら強いんじゃねぇの』

『あまり重いものを持たなくても攻撃できるから、わたしは好きです』

『臆病スキル』

『昔すごい奴がいたらしいじゃん。第2層だか3層だかで、ボスの弱点を投剣で攻撃し続けたとかいうの、なんて名前だっけな』

 

 

 

≪投剣≫の魅力は何ですか?

 

 

 

『死角からの先制攻撃だな。マジ便利』

『ある程度は狙ったところに飛ぶところ。もう向こうに戻っても、ダーツとか普通にできる気がしねぇわ』

『ピックとか投擲武器のデザイン良いのが多い、使いたくなる』

『威力は大したことなくても、仲間と一緒に戦闘頑張っているっていう気持ちになれるのが嬉しいかな、なーんて』

『そりゃあお前、クリティカルヒットだよ! ズドン! って感じでぶっ刺したときは気持ち良いよなぁっ』

『苦無でござる』

『スキルをもってても邪魔にならないんだよな。他のスキルももちろんそうなんだけどさ、なんていうか、戦闘に映えるというか、そんな感じ』

 

 

 

≪投剣≫の弱点と言えば?

 

 

 

『接近戦』

『接近戦』

『至近距離での戦い』

『接近戦』

『んー、残弾数とか?』

『一撃の重さに難あり』

『接近戦』

 

 

 

≪投剣≫使いに求めることって?

 

 

 

『ラストアタックのときだけ張り切るな』

『ピンポイントで部位破壊をお願いしたい。特に高い位置のところとか』

『わかっちゃいるんだけど、できれば顔の近くをソードスキルが飛んでいかないようにしてほしい。こええよ』

『タゲ取ってもらえると攻めやすくなる』

『無理しないでね。逃げたいときには、逃げるのも手だよ』

『デバフよろしく』

『ストック切れ気にせず投げてほしい。投擲アイテム代くらい、負担してやるよ』

 

 

 

≪投剣≫をメインに戦う彼について、教えてください。

 

 

 

『どうかしてる』

『もともとが臆病者だから仕方ない』

『だけど、彼は投げることをやめなかった。いつまでも投げ続ける、努力の人だった』

『馬鹿がつくくらいに、生真面目だったよ』

『だから、そんな彼につられて、私たちも、馬鹿になった。私たちの生き方を、少しだけ変えた』

『俺たちと同じくらい、数々の死線を潜り抜けてきた』

『攻略組の一角を担うのも、時間の問題だろう────まぁ、簡単には追いつかせてやるつもりもないが』

 

 

 

 

【アインクラッド四季報『2024/Summer』/連載コラム『スキ・スキル』より抜粋】

 

 

 

 

「おかわりはどうダ? 遠慮はいらないゾ」

「こっちの台詞だ。今回は俺が誘ったんだから、ご馳走させてくれ」

 

アインクラッドの夏は、日本の夏に比べて随分と過ごしやすい。

軒先に吊るされた風鈴が、ときどき風に揺れては涼しげなサウンドを生む。

広い店内に、今回も食事客は見当たらない。

レジ付近や厨房にいるNPCを除けば、目を細めながら美味しそうにかき氷を口元へと運ぶ情報屋と、相変わらずオムライスを注文しては食べている俺くらいだ。

第1層≪トールバーナ≫────攻略を終えたこの街で、俺とアルゴはささやかな祝勝会を開いていた。

お互いの予定が合わず、延ばしっ放しになっていた、4月最初のクエスト『愚者の行方』のクリアを祝う、二人きりの会だった。

本当はそのときに世話になったり世話をしたりした連中も交えてやりたかったのだが、やはり大所帯になると身動きも取り辛くなるということで、こじんまりと何回かに分けて、会を開くことにした。

 

「そうそう、ツブッチが第1層で会ったっていうパーティのリーダーからメッセージがあったヨ。“ツブテさんに会ったら伝えてください、俺も≪投剣≫使いを目指したいです!”……だそうダ」

「物好きめ、って返してやってくれ」

「ニャハハハ。自虐してるのカ」

 

メッセージを叩き始めるアルゴの前で頭を振って、鼻で笑ってみる。

テーブルに広げられた≪四季報≫の該当ページでは、何人かの見知ったメンバーが顔写真入りで、≪投剣≫について好き勝手に盛り上がっていた。

畜生、俺も混ぜろよ! と思う反面、色々な人に見聞きされるところまで、自分が成長できたことが、嬉しいやら恥ずかしいやら、なんだか足元の落ち着かない心地だった。

≪投剣≫をメインに戦う彼、という煽りの文は、誰が撮ったのだか勇ましい限りの後姿写真を存分に引き立てていた。

これはたしか、そう、44層でようやく“愚者”を見つけたとき、随分と遠回りを余儀なくされて苛立ちが絶好調だったときに、勢い余ってボスドロップの槍を投げつけたときの写真だ。

耐久値を失って久しい愛槍を懐かしく思いながら、“記事に文句はないナ”というアルゴの問い掛けに二つ返事で承諾する。

訂正、事後承諾だ。

もう≪四季報≫は世に出回っている。

 

「それにしても…………驚いたな、ツブッチがここまで極めてくるとは、流石に読めなかったヨ」

「あぁ、それは俺も同じだよ。もっと早く挫折していると思っていた」

 

レベル69。

いよいよ70という大台が見えてきた俺は、目下≪片手用短槍≫スキルの習熟に向けて身を粉にする日々を送っていた。

≪投剣≫スキルを完全習得し、新たな≪投剣≫の道を探るうちに考えついたのが≪武器投げ≫。

ピックやナイフだとどうしても出てきてしまう攻撃力の差を埋めるべく考えたのが、投擲アイテム以外を投擲する術を身につけることだった。

努力の甲斐あって、今は≪片手用短槍≫のみ、≪投剣≫ソードスキルを発動させて投げつけることが可能だ。

ウサギを模した“愚者”の左耳を撥ね飛ばしたのも、槍による一撃だった。

 

挫折しかけたことは、何度もある。

でもその度に、アイテムストレージのアルゴからもらった転移結晶を見ては、自分を奮い立たせてきた。

あの日、あのとき、彼女の力になれなかった自分を思い出しては、二度とそんなことが起きないように、と努力してきた。

うまくいかなかったことも、数えきれないくらいある。

偶然、レアモンスターのラストアタックを攫ってしまい、顰蹙を買ったこともあった。

 

それでも、今日までこうしてやってこれたことについて、俺は改めてアルゴに礼を言わなければならない。

 

「その…………アルゴ?」

「ん、なんダ?」

「あぁ、うん…………えと──ありがとうな。アルゴのおかげで、ここまで来れた」

 

ぎこちないなりに笑顔を浮かべて、アルゴに話しかける。

アルゴは二、三度瞬きをし、照れくさそうに笑った。

 

「焚きつけたつもりはなかったんだけどナ。でも、ツブッチが投剣の可能性を見せてくれたから、今はパーティの中の誰かしら投剣スキルにテコ入れしてるのがわかるヨ。結果としてアインクラッドにおける生存率が上がったんだから、良いんじゃないカ。そう考えると、こちらこそって感じだナ…………────ありがとう、ツブッチ」

 

僅か、溜めがあってからの一言に、俺は思わず、顔を伏せた。

落涙の気配に、ぎゅっと目を瞑る。

認めてほしいとか、喜んでほしいとか、そういう打算的な思いなんてないと思っていたのに。

ありがとう、という言葉をかけられただけで、こんなにも安堵し、こんなにも嬉しいと感じる自分がいる。

剣士になって、良かった。

頑張ってきて、良かった。

 

「ニャハハハ、噂の投剣士が涙を見せた相手、カ。どれくらいの値段で売れるか気になるところだナ」

「やめろ」

「鼻声で凄んでも怖くないヨ」

 

けらけらと笑いながら、アルゴが答える。

その笑い声もだんだんと小さくなり、訪れた静寂。

再び、風鈴から綺麗なサウンドが流れ出す。

 

「────なぁ、アルゴ。この間の話、受けてくれるか?」

「ん…………そうだな、良いゾ。特別に、受けてあげるヨ。でも────」

 

────手加減はしないからナ。

 

目の前でシステムウィンドウがポップする。

≪半減決着モード≫にチェックを入れ、デュエルメッセージのイエスボタンに指を置いた。

視界中央で、カウントが始まる。

 

強くなりたい。

一年前の4月、そんな目標を立てた。

強くなるというのがどういうことなのか、色々なプレイヤーから学んだ。

スキルの取捨選択、モンスターのアルゴリズム解析、PVP実践。

そのどれもが自分を強くしてくれた。

最前線とまではいかなくても、上層に足を踏み入れられるようになった。

自然と、自分の力量を試してみたくなった。

どこまで、攻略組に近づけたのだろうか。

誓いに見合う強さを、身につけられたのだろうか。

そう考えたとき、思い浮かんだのが、アルゴとの≪決闘≫だった。

飄々としながらも、一対一の場面では強い彼女とデュエルをし、良い勝負ができたとすれば。

俺は自信をもって、攻略組ギルドのどこかしらの門を叩こう。

そして、攻略組の一員として、このゲームクリアのために、全身全霊をかけよう。

 

強くなりたいと思わせてくれた相手に、強さを証明することで、新たな目標を立てる。

何とも自分勝手で、独りよがりな内容のデュエルだ。

事実、何ヶ月か前に申し込んだときには、あっけなく突っ撥ねられてしまった。

でも、今日は違う。

まだ店の中だというのに、とんできたデュエル申請。

彼女の纏う雰囲気が、普段のそれとは異質なものに変わっていくのが、わかるような気がした。

 

「アルゴ……──俺も、強くなったつもりだ」

 

互いに投擲アイテムホルダーへと手を伸ばす。

デュエル開始まで、残り13秒。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2024年8月10日、盛夏。

70層を越えたアインクラッド最前線の末席に、また一人、剣士が加わった。

 

 

 

(ソードアート・オンライン──投剣── 終)


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