ソードアート・オンライン──投剣──   作:kujiratowa

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Throw-12

「おお、ジャスト38分! すごいぞツブッチ、初めてにしては上出来だナ!」

「…………この苦行に、二度目はいらない」

 

迷宮区から戻ってきた≪トールバーナ≫の入り口で、アルゴがシステムウィンドウの時間表示を眺めながら、小さく口笛を吹いた。

たしか、俺が最上階まで上るのにかかった時間が2時間くらいだったから、およそ3分の1の時間で突破したという計算だ。

上体を少し前に倒して両膝に手をつき、深く息を吐き出す。

ヒットアンドアウェイ戦法を使うとはいえ、こんなにも長くマラソンしたことは、今までに経験がなかった。

俺を先導しながら走っていたというのに、アルゴは息を乱すことなく、そのまま≪トールバーナ≫へと入っていく。

 

迷宮区を駆け下りながら、間近でアルゴの戦闘を見てきたけれど、そのほとんどが一撃で相手の部位の一部を破壊、もしくは行動不能にしようとするものだった。

コボルドの猛攻を冷やかな表情で掻い潜りながら、コボルドの左足を切り払って転倒させたときなど、あまりに流麗な動きであったため、思わず足を止めてしまった。

そして、それだけなのだ。

無理に追撃などせず、そのまま階段へと続く道を走る。

経験値もコルもいらないと云わんばかりのダッシュに、初めは俺も戸惑った。

この辺の敵から得られる経験値やコルなんかじゃほとんど意味がない、というのもあるのかもしれないが、何よりも急いで戻ろうするアルゴの気持ちが伝わってくるようだった。

そんなわけで、迷宮内では必要最低限の会話を交わし、あとはひたすら走り続けた。

走り抜けた先で、急ぐ理由を話してくれると信じて。

 

「さてツブッチ、さっきボスを倒したときにシステムウィンドウが開いたと思うけど、あれはクエストを完了するウィンドウだったカナ?」

「え? えーと……いや、違う、戦闘が終わったことを知らせるウィンドウだったよ」

「そうだろうそうだろう、つまり君が受けたクエストはまだ完了していないということダ…………さぁ、着いたゾ」

 

そう言いながら、アルゴは一人のNPCキャラクターへと近づいていく。

そうだ、確かにボスは倒したけれど、クエスト自体が終わったというわけではなかった。

あのとき出たシステムウィンドウは、経験値やコル、アイテムの入手を知らせるものだった。

となれば、今まさにアルゴがしているように、NPCへの報告を終えて、正式にクエストをクリアせねばならない。

 

「…………にゃハハハ、やっぱりそううまくはいかないカ」

「え?」

「何でもないヨ。さ、ツブッチの番ダ!」

 

何事か呟いたアルゴに背中を押され、NPCへと一歩近づく。

俺に気づいた彼は、目を見開きながら、捲し立てるように話し始めた。

 

どうだ、言った通りに復活していただろう!

え? もう一度倒したって? そんな、すごい!! まさか再び奴を倒す剣士が現れるなんて!!

俺も手傷を負ってなければ手伝えたんだが……とにかくありがとう! 感謝する!!

 

相槌を打つ間もなく、NPCの男は話を終えた。

先ほどと同じように、凛々しそうな表情をして、どこか遠い虚空を睨み始めた。

…………あれ?

 

「アルゴ、クエストが」

「んー……やっぱりツブッチも駄目カ。これはいよいよ面倒なことになりそうだナ」

「……わかるように説明してもらえると嬉しいんだが」

「もちろん、そのつもりだヨ。そこのレストランで少し遅めのランチと洒落込もうカ」

「ん、わかった」

 

街の中央通りに面したNPCレストランに入り、適当に注文をする。

何度も足を運んだという店ではないので、どれがおすすめなのかはわからなかったからだ。

注文と共に置いていったグラスの水を口に含みながら、目の前でメニュー表を眺めるアルゴの、続きを待つ。

視線に気づいたのか、アルゴはメニューを閉じて、腕組みをしながら思索するような表情になった。

 

「そうだな、まずはさっきのクエストが終わらなかったわけについて話そうカ」

「うん、頼む」

「さっきのクエスト──『愚か者の行方』なんだけど、実はボスを倒すことがクエストクリアの条件じゃないんダ」

「それって……どういうことだ?」

「あのクエストなんだけど、さっきのNPCから受注する以外でも受けられるんだヨ。ちなみにオレっちとキリ坊が受けたのは、24層の迷宮区手前の街サ」

 

アルゴも同じように水を飲み、自分で自分の言葉を確かめるようにしながら、話を続ける。

 

「連続クエストとはちょっと違う、色々な層で同時進行するクエストって考えるとわかりやすいかもしれないナ。共通しているのは、迷宮区のボスが復活して、それを倒す必要があるということくらいカ」

「じゃあ、その、24層のボスもアルゴとキリ坊が?」

「にゃハハハハ、流石に最前線から二つ三つ下の層でそんな立ち回りはできないヨ! 近場にいた知り合いに声をかけて、即席でレイドパーティを組んで何とかしたって感じサ。お、待ってましタ」

 

注文された料理が届く。

チキンピラフのようなものに、ホワイトクリームのソースがかかったオムライスのようなものだった。

戦闘後の食事は、自分が生きていることを実感する瞬間の一つだ。

ここ最近食べた中では美味しい方の味を、口の中で楽しんでいると、アルゴが不意にスプーンを動かす手を止めた。

 

「うまそうに食うな、ツブッチ」

「ぐ……ん…………そ、そうか?」

「ああ、オレっちもその気になってくるヨ」

 

付け合わせのサラダにも手を伸ばしつつ、アルゴが柔らかく微笑んだ。

 

「で、ダ。さっきのツブッチと同じようにクリア報告しようと思ったんだけど、報告してもクエストクリアにはならなかっタ──でも、新しい情報が入ったんダ」

 

そう言って、アルゴは一枚の羊皮紙を取り出し、広げて寄越す。

 

 

 

幻   影 

 

  は消    え ない 。

 

愚か   者 を   、 見

 

 つ  け るまで       は。

 

 

 

「……何?」

「知らないうちにストレージに入ってたんだヨ。クエストに関係するアイテムであることは間違いないと思うんだけどナ」

 

幻影っていうのは、さっきのボス復活のことだろう。

 

「それじゃあ、愚か者っていうのは…………プレイヤー?」

「んー……その線が濃いとは思うんだけど……なんか、釈然としないんだよナ」

 

スプーンを口元に咥えたまま、アルゴは背もたれに深く寄りかかった。

残ったオムライスをかきこみ、羊皮紙に書かれた文を注意深く読み返す。

しかし、短い二文を何度読み返しても、そこから新しい情報を入手することはできなかった。

 

「……まぁ、見過ごしてもいいクエストなのかもしれないけど、正直なところ倒したボスと戦えるっていうのは美味しいんダ。経験値もそうだし、何よりラストアタックボーナスで装備強化も狙えるからナ」

「あぁ、そういえばさっき手に入ったよ。えーと、なんか細長い槍」

「ほー、やっぱりドロップ品は変わるんだナ。第1層のボスからはキー坊が使っていたコートがドロップするって聞いてたけど、違うみたいダ」

 

椅子を引いて立ち上がり、ストレージから先ほど手に入った槍を取り出す。

持ち手となる柄の部分から鋭く尖った穂先まで、およそ150センチメートルほどの長さ。

飾り気のないその槍は、ボスからのドロップアイテムのわりに、なんだか地味そうな武器だった。

強そうな装備であれば槍関係のスキルを上げても良いと思ったのだが、残念ながら今のところその予定はなかった。

槍を再びストレージ戻しながら、席へと座り直す。

 

「ふぅん……ま、それはいいヤ。ともあれ、次にオレっちたちは、どこまでボスが復活してるのか調べることにしたんダ。24層でボスを倒したあと、そのまま階段を抜けて、25層に入って、それから迷宮区手前の街まで時間をかけて走って…………でも、いなかっタ。クエストの開始を告げるNPCプレイヤーはいなかったんダ」

「それは……どういうことだ? ランダムにボスが復活してるってことか?」

「…………かもしれないし、そうじゃないのかもしれなイ」

 

ちなみに、その上の27層にもいなかったヨ。

アルゴはそう言って、テーブルの上に出ていた羊皮紙を丸めてしまい込んだ。

 

「ん、てことは、第1層に下りてきたっていうのは……」

「そう、察しの通りだヨ。手間がかかるけど絨毯爆撃をしかけようと思ってネ」

「ははぁ……なるほど」

「オレっちとキリ坊と、24層のボス戦で居合わせたメンバーの知り合いに声をかけあって、各層の迷宮区手前まで行こうっていう話になったんダ。とりあえず、オレっちとキリ坊は一緒に第1層から順番に…………と、来た来た、待ってたゾ」

 

アルゴは急に表情を変え、嬉々としてシステムウィンドウをタップし始める。

どうやら、絨毯爆撃の成果が上がり始めたらしい。

彼女は懐から新たな羊皮紙を取り出し、メッセージの内容を転写していく。

 

「23もバツ、22もバツ、21は……復活、カ」

 

1、21、24…………駄目だ、ちっともわからない。

 

「さて、ト。ごちそうさま、そろそろ出るヨ」

「え、あぁ。わかった」

 

勢い良く立ち上がったアルゴに続いて、俺も立ち上がる。

アルゴはそのまま近くの店員NPCを呼び、食事の料金を支払い始めた。

 

「え、おい、自分の分は自分で払うよ」

「オネーサンに任せときナ。ご馳走したげるヨ」

「……悪いな、ありがとう」

 

せっかくの申し出を無碍にするのも悪いと思い、ありがたくご馳走になることにした。

店を出たところで、アルゴが振り返り、何か石のようなものを投げて寄越す。

咄嗟のことではあったが、慌てることなく片手でキャッチすることに成功した。

 

「ツブッチは見たことないだろう、それが転移結晶ダ」

「てんい……?」

「瞬間移動が可能になるアイテムサ────どうだ、ツブッチ。一緒に来て、手伝ってくれないカ?」

「…………手伝って、って……フロアボスとのバトルを?」

 

大きく、アルゴが頷いた。


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