― 見滝原中学校 ―
近年の再開発で活気づく、見滝原市の象徴ともいえる建物だ
全面ガラス張りという、世界的にも稀な構造をした珍しい建物であり国内外問わず有名だ
日中は希望に満ち溢れた学生たちの明るい声に包まれるこの学び舎も、夜ともなると静かな沈黙に包まれる
~ まるで潰れた水族館みたいだな・・・ ~
杏子がそう思ったように、硬質ガラスに仕切られた教室の内部は教卓と黒板があるだけで、廃業した水族館の寒々とした水槽を思わせた
日々人の害悪の塊である「魔獣」と呼ばれる人外の存在と戦う彼女とて、魔法少女である前に「少女」だ
当然、怪談や怖い話には弱い
~ できるだけ平静に・・・ ~
杏子が前を歩く少女「呉キリカ」を一瞥する
同じ見滝原中学校の三年生
つまりは杏子にとって彼女は「先輩」ということになる
とはいえ、「魔法少女」としての戦歴という点では杏子の方が「先輩」だ
性格が似ているのか、見滝原市から帰還して三人で行動することが多くなっても、この二人はややギグシャクとした関係になっていた
だからこそキリカには知られてはいけない
本当は「お化け」が怖い事を・・・・
「しかしなんだな、無人の学校で顔合わせって」
キリカが短く切った髪の上に手を組みながら、傍らの少女に声を掛ける
「これから会う相手も慎重って事よ。誰だって、顔も知らない人物なら警戒するのが普通よキリカ。ましてや魔法少女なら用心してもし足りないくらいだわ」
光が落ちた学校の中でも光輝くような銀髪をした少女、「美国織莉子」がキリカに静かに話す
「検索の結果、あらかじめ相手がこちらを騙すことが無いとわかっていても、相手にあまりこちらのカードを見せびらかすのは良くないわ」
「カードって・・・・」
「そうね・・・・。こうした何気ない会話でも経験を積んだ人間なら結構な情報を得ることができるわ。例えば、今さっきキリカは何気なく私に話したけど、これでキリカと私の関係を推論できる。この程度のことを調べる為だけに魔法なんて必要ないわ」
「じゃあ、口にチャックチャックっと!」
何時も通りの二人を見ながら、杏子はほんの数時間前に知った事実を思い出していた
「佐倉さん・・・・・貴方が協力者から紹介してもらった魔法少女は人間ではないわ」
静かに、しかし凛とした声で織莉子が告げる
「人間じゃないって・・・・なんだよそれ・・・」
「語弊があるわね。その魔法少女に生んだ母親も育てた父親もいないということよ」
「ワケわかんねぇーよ!!!もう少しはっきりと言ってくれ」
「魔法少女の願いで作られたコピー人間、といえばわかるかしら?」
「コピー人間?」
「クローンとか複製人間とか、呼び名はいろいろあるけれど彼女は願いで作られた人間。ある意味スペアのようなモノよ」
魔法少女とは条理を覆す存在
願いの場合によっては、スペア文字通り「コピー人間」を作ることも可能なのだろう
でも、彼女はそれを信じられなかった
そもそも彼女は宗教家の娘
たった一つの「魔法少女の願い」で「コピー人間」を望むような、狂った感情など彼女には全く理解することができなかった
「そんなこと・・・・できんのかよ・・・・?」
「不可能ではないわ。もっとも、なぜ彼女がコピー人間なんてモノを願ったのかなんてわからなかったけど・・・」
織莉子の「検索」は絶対ではない
検索の際に入力する情報が少なければ、それだけ「事実」から大きく離れることになる
過去現在未来、加えて平行宇宙の情報を検索している
そしてそれらはリアルタイムで改竄が行われている
彼女の優れた頭脳を持ってしても、全ての情報を完全に把握できるわけではないのだ
「じゃあ、この話は無しだ!そんな怪しいヤツと組めるか!!!」
そう言うと、杏子は椅子から立ち上がった
確かに怪しい存在だ
ヘタに組んでそれが敵の罠だったら目も当てられない
「待ちなさい佐倉さん!」
「何だよ?何か文句があんのか?」
「検索の結果では確かにコピー人間とは出ているけど、彼女があすなろ市に残した仲間を助けようとしているのは間違いないわ」
「でも、それは確かじゃないんだろ?」
「ええ・・・それも事実よ。でも、今の私達の戦力ではとても敵に立ち向かうことなんて出来ないわ。それをわかって?」
織莉子の言うことは事実だ
生き残った、たった三人だけであれだけの結界を生み出した存在と戦うことなんて出来はしない
前回は織莉子が手を回していたおかげで何とか逃げ出すことができた、が今回もそうなるとは限らない
恐らくはもう次は「無い」だろう
「・・・・・・・・」
「私は貝のように、目を塞いで耳を閉じただ黙っているなんてしない。少なくても成功する確率があるのなら、私はそれに掛けるわ」
「わかった。葵のヤツに会うって言っておくよ・・・・」
「ありがとう杏子さん。味方が欲しいのは相手も同じだから・・・」
渡りをつけた葵によって会談場所が決まった
それが見滝原中学校の屋上だった
此処ならお互いの小細工なんて通用はしない
会談の場所としてうってつけだ
「着いたよ・・・・」
キリカが呟く
扉の先に「相手」がいる
願わくば敵ではないことを祈りながら、織莉子は扉に手を賭けた
目がかゆい、くしゃみが止まらない・・・・・
花粉症が辛い・・・・・