「イドの闇」
真やプレアデス聖団が便宜上、その名を付けて呼んでいる虚無空間であり、「イド」と言うのは心理学における超自我のことだ
これは人間の人格を構成する領域の一つであり、意識とは別に善悪や損得の認識を欠き時間や空間のカテゴリーもなく矛盾を知らずひたすら満足を求める盲目的衝動から成っている
実際、イドはいっさいの構造を欠いた混沌の世界と言えるが、それはあくまで自我の観点から見てのことで、イドなりの構造があり快楽原則に支配されている
つまりは自分の要求や願望、性衝動すら制限なく求め続けることができる
真も含め、プレアデス聖団の皆が閉じ込められた「夢の牢獄」はまさにそれだった
真はさやかと恋人になり
サキはミチルと二人っきりで劇団をしていた時に戻り
みらいはサキの妹になり
里見は獣医となり
海香とカオルはともに成功した未来を望んだ
そこに「理性」は存在しない
「夢の牢獄」では全てが許される
彼女達を閉じ込めた敵は恐らく「意識」に作用する魔法を使うタイプの魔法少女と推測できる
人が誰しも持っている「暗い欲求」、それに作用させることで意識を封じ込める
そしてそれを意識のデッドゾーンといえる「無意識」で繋ぎ集中管理することで魔法少女を「封印」しまう
完璧なシステムだ
もしも真の意識に死んだ「美樹さやか」の記憶がインストールされていなければ、魔法少女として目覚めることも無く「幸福な」人生を歩んでいたに違いない
まるで鳥籠のようだ
だからこそ、抗う
自分の全てを賭けても・・・・・
何処までの続く空間
その果ては見えず、青ざめた光が時折全体を照らしているだけだ
とても生き物が生息しているとは思えないが、 そこに「二輪の花」が咲いていた
一つは太陽のように明るく光り輝き
もう一つは黎明の空のように清い光を放っていた
二人は対峙し、一言も話さない
その瞳に宿るのは強い決意
一歩も引かないという闘争心の表れだった
太陽のように光り輝く橙色の髪をした少女 ― 牧カオル ― が目の前の少女を静かに見つめる
古い銀塩写真に出てくるようなクラシカルな意匠の飛行服
そして女性らしさを強調するように少女の肢体を締め付けるカーキ色のストラップ
頭のスカルキャップから見え隠れするレモン色の髪
間違いない、「あの」聖カンナだ
しかし、あの時のようなフランクさも明るさも今の彼女にはない
ピリピリとした空気
痛みは感じないが自然と足がすくむ
でもカオルにとっては、それはいつも慣れ親しんだきた空気だ
サッカーの試合前、両チームが顔を合わせる瞬間、言葉はなくお互いの「闘争心」が極限まで達した時
あの限界まで引き絞られた弓のような緊張感
それがカオルの身体を全て満たしていた
高揚感に負けていては素人と変わらない
カオルは溢れそうな闘争心を理性で御す
「理由は聞かないのか・・・・・?」
カオルがカンナに問いかけた
陳腐な言葉での挑発を行う気はない
それは所詮三流の手だ
神経勝負に水を差す不作法な振る舞い
カオルはそんなつもりはなくただただ、カンナの声を聴きたかった
子供っぽい考えかのしれないが、目の前のカンナが操られていることもある
だからこそ知りたいのだ
なぜ、彼女は個々にいるのかと
聖カンナは静かに状況を観察する
それなりに場数をこなしたカンナにとって、目の前で想像できないような光景が繰り広げられていることは魔法少女には日常茶飯事だ
だからこそ、注意深く行動しなければならない
目の前にいるのはカオル一人だけ
最初は仲間がいるのかとも思ったが、そんなそぶりはない
あのカオルと海香の関係を見るなら何処かで息をひそめている可能性も考えられるが、しかし感じる魔力はカンナとカオルの二人だけだ
「救済者」からはこの「楽園」の構造は知らされている
外部から入ることはできず、壊すことも不可能
とすれば・・・・
「魔法少女となった途端に此処へ拉致された、違うか?」
カオルの顔が険しくなる
どうやら読みが当たったようだ
正直、アイツらに支払うべき対価は既に支払った
庇い立てする理由なんてない
「なんで・・・その事を!!!!」
カオルの怒りが周囲を飲み込む
「弁解はしない。私はアイツらと契約した・・・・」
カンナは言葉を紡ぐ
ワザと怒らせるような言葉を言ったのには理由がある
もしも、海香も誰かの手によって魔法少女になったのなら必ず隙が生まれる
特に彼女の告白は自分が敵の正体を知っていることを白状したのと同じ
なら、恐らく彼らにとってはきっと喉から手が出るほど得たい情報だ
この場に身を隠していても隠し切れないほどの魔力が漏れ出るはず
ニコが教えてくれた
魔力は精神を削って生み出されていると
これ程の負荷をかけて冷静になれる人間なんていない
目の前のカオルから目を離さず、精神を落ち着けて魔力を見る
相変わらずカオルとカンナ二人の魔力しか感じられず、全く異常はなかった
~ これがブラフならかなりの実力者だな ~
カンナがそう思った瞬間だ
目の前にはカオルが立っていた
「聞きたいことがある・・・・・」
彼女に辛うじて聞き取られたのはその言葉だけだった
キルラキル
相変わらずの安定感
ぶっちゃけ、今期では一番じゃねーの