鉄仮面の魔法少女   作:17HMR

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では投下します


船上のクランクイン

太平洋、南緯47度9分 西経126度43分

「巨大タコ」と、「タコのコスプレをした少女」が時折目撃されるこの海域に、南太平洋のやや暖かな潮風を浴びながら一隻のクルーザーが航行していた

外洋を航行するために特別に設計されたそれは、その汚れ一つない白色のペイントからまるで海上を進む「白亜の城」といった風情だ

その甲板

蒼月のようなプラチナブロンドを、短く切りそろえた少女が一言も発せず、ただただ静かに海を見ていた

彼女の目線の先にあるもの、それは小さな島だった

「彼女」に救出されるまでは、少女とその親友にとって「世界」の全てだった場所

更によく目を凝らすとほんの数時間前まで、二人が「宿泊」していたリゾートホテルが見える

少女は遠ざかりつつある島から静かに目を離すと、甲板に据え付けられたテーブルの上に載っているコーヒーメーカーに飾り気のないコーヒーカップを置くと、コーヒーメーカー上部のハッチを開いてそこに一杯分のコーヒーカプセルをセットする

正直、彼女は密閉式のコーヒーカプセルと通常のドリップ式の違いがわかるほどのこだわりはない

元々このコーヒーメーカーはあの「ホテル」の備品だったものだ

脱出の際、荷物になって嵩張ると、彼女は親友を説得したが「食」にこだわりのある親友を納得、ないしは論破するほどの根拠を提示できなかった

結局は彼女が折れ、コーヒーメーカーとそれに使用するコーヒーカプセル全てをクルーザーに運びこむことになった

静かな起動音とともに芳しいコーヒーの香りが広がっていく

出来立てのチョコレートフレーバーのコーヒーを手に、少女は静かに回想に耽った

 

 

あすなろ市から私達を拉致した、「真琴」と名乗る少女

彼女が話していた通り、この「ホテル・カルフォルニア」には、二人が必要とする全ての物が用意されていた

食料、衣服、ソウルジェムの浄化に必要となるグリーフシードは言うに及ばず、果ては生理用品もタンポン・ナプキン合わせてむこう三年分も用意されてさえいた

・・・・・・スイッチを押すとうねうね動く謎の「モスラのおもちゃ」や、スイッチを押すと頭部が高速振動する「動くこけし」等々が用意されていたことには目を瞑ろう

ユウリと私がしたこと

それは、この島の概要を知ることと、ここからの脱出だった

ホテルで使用されている電気は地下の発電施設と木々に目立たないように取り付けられた小型の風力発電機と太陽電池で生み出され、ホテルに備え付けられた電化機器には無線機能があるものは一つたりともない

加えてホテルの中には地図らしいものもなく、今自分達が居る場所すらわからない

飲み終えたペットボトルを海に流して潮の流れを見ても海流の流れは一定ではなく、映画や小説のように都合よくイカダを作っても脱出しようとしても海の藻屑になるのがオチだ

時折、飛行機に鏡で合図を送信したり、古典的な方法だが浜辺にSOSと書いたりしたがそれに対する返事はなかった

中学生の考えられる脱出手段はもう既にやり尽くした

もうお手上げだった

 

 

ギシッ

 

ヤシの木に渡したハンモックの上で一人の少女が身を起こした

ホテルの方が快適なのだろうが、黒幕の目の届くところにいるのは気分が悪かった

特に雨が降ったりしていなければ、こうしてハンモックで寝ている

彼女は隣の木に渡してあるハンモックで眠る少女を見る

 

「飛鳥ユウリ」

 

死の宣告を受けた彼女「杏里あいり」の親友で、彼女を助ける為に契約して魔法少女となった親友

「かつての世界」では、あいりがインキュベーターからその事を知った時には既にユウリは死亡していた

魔力枯渇による魔女化と、魔女狩りをするプレイアデス聖団の手によって・・・・

何の因果か、「かつての世界」の記憶を持ってこの世界で全てをやり直す機会を得た

あの「かずみ」もこの世界に居たことには驚いたが、まぁ客観的に見ればうまくいっている 

そう

上手くいっているのだ

「かつての世界」では長いこと入院していて、こうしてユウリと海に行くこともできなかった

こうして二人っきりで自由に遊ぶこともできなかった

でも、今こうしてそれを実現させている

これを幸福と言わずして、何を幸福というのだろうか?

魔力の枯渇に怯えながら魔獣を狩らなくてもいい

学校に行って、あくせく勉強をしなくてもいい

自由で幸福

「かつての世界」で不幸だった分、私もユウリも幸せになっていいんじゃないのか?

・・・・正直、此処からの脱出が不能とわかった時、喜んでしまった

この島から出てしまったら後は「戦いの日々」が待っている

ユウリの性格なら、間違いなくあの真琴と言った魔法少女に闘いを挑むだろう

冗談じゃない

あんなバケモノみたいなヤツと戦えるはずがない

ヘタをすれば・・・・・

 

 

「ねぇ!あいり、あいりってば!!」

 

プラチナブロンドの少女が振り向くと、彼女の親友である「飛鳥ユウリ」が立っていた

 

「ニコちゃんが夕食の準備ができたって呼んでるよ!!」

 

「ああ・・・わかったよユウリ」

 

既に空は黄昏色に染まりつつあった

 

「・・・・・・・・・・」

 

二人が過ごしたホテルも島も、もうすでに見えなくなっていた




文中のコーヒーメーカーのモデルは福引で当たって愛用しているネスプ○ッソだったりします。
正直、すぐ消えるモノだと思っていたけど使ってみれば結構便利です

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