あすなろ市内
その何ら変哲もない歩道を二人の少女達が歩く
何処の国、何処の街でも見かけるありふれた光景だ
ただ一つ異なっている点
それは
彼女達が「魔法少女」であること・・・・
~ 巴さん、何か気付いたことはない? ~
傍らを歩く、少女「宇佐美真琴」からの念話が彼女に伝わってくる
~ 見滝原、いいえ風見野と比べても・・その・・・・ ~
「巴マミ」はそれなりに経験を積んだ魔法少女であり、突飛な状況に出会ったことも一度や二度ではない
しかし彼女の経験を持ってしても今の状況を理解することは困難だ
なぜこの街には・・・・・・・
~ 「瘴気が少ない」かしら? ~
真琴が悪戯っぽく笑う
「瘴気」
それは人類、いや地球に生きるモノ全てに課せられた「呪い」
感情が生み出す「妬み」、「嫉み」、「憤怒」、「苦しみ」、「悲しみ」
「希望」が相転移した「絶望」
それら「黒い感情」は澱み、腐敗して瘴気へと変化する
特に人が生き続ける限り、これらの感情とは決して無縁ではない
人の持つ「向上心」は言い換えれば「欲望」と同じ、「黒い感情」に他ならないからだ
そうやって生み出された「瘴気」が結晶して「魔獣」へと変わり、そして人を「喰う」
そうして人の感情を喰らい、成長した「魔獣」を「魔法少女」が狩り、倒した魔獣から採れる「グリーフ・シード」を使用して「魔法少女」がソウル・ジェムに溜まった「穢れ」を吸い取らせ、日々の「生」を繋ぐ
そこにあるのは、最も自然で最も残酷な「食物連鎖」
もし、何らかの切っ掛けで、瘴気が生み出されなければ「魔獣」を生み出されず、従って「魔法少女」もその死の運命から逃れることはできない
魔獣の存在を最も必要としているのは「インキュベーター」ではない
それを狩る存在である「魔法少女」だ・・・・
「織莉子さんからは、この大結界の作用と効果は教えられているわよね」
「記憶を改ざんし、インキュベーターを認識できなくなる・・・・。でもそれじゃぁ・・・・・」
マミが口ごもる
「倒す者のいない魔獣は野放しになる、と言いたいのでしょう?」
マミは静かに頷いた
自然界における「弱肉強食」や「自然淘汰」
それは非常に合理的なシステムだ
捕食者は無敵な存在ではなく、餌となる存在は無力な存在ではない
生まれたばかりのライオンの死亡率は60%、生後二年以内の死亡率は80%にも上る
また、老いた老獣は淘汰され、別の捕食者の「餌」となる
そうやって「自然」という巨大なシステムは「捕食者」の数を調節しているのだ
「人」という、ちっぽけな存在がそれを変えることは不可能に近い
かつて、アジアの貧国が「スズメ」を害鳥として駆除したことがあった
しかし「スズメ」が農作物を食べると同時に害虫となる昆虫類も食べ、特に繁殖期には雛の餌として大量の昆虫を消費している
安易な駆除はかえってハエ、カ、イナゴ、ウンカなどの害虫の大量発生を招き、農業生産は大打撃を被った
「魔法少女」という捕食者を失った「世界」に何が起こるのか、どのような結果になるかは予測できないが、少なくとも「バラ色の未来」は存在しないだろう
「巴さん。やはり、貴方を招いたのは正解だったわ。「魔獣と魔法少女」、その生存戦略を考察し、この大結界の引き起こすであろう弊害を理解するなんて、ただの正義を振りかざした魔法少女ではそこまで考えを巡らすなんてできないわ」
真琴が感嘆した声をあげる
「ではやはり・・・・・犠牲者を見捨てるんですか?」
マミが真琴をじっと見る
仲間を裏切ったとて、マミの根源は「正義」
自分たちの為に、一般人を「魔獣」に捧げるようなことはしたくはなかった
「魔獣の被害者を必要な犠牲者とする?そんなことはないわ。私が作ったシステムでは魔獣という存在を必要とはしていない。私が貴方と一緒に外に居るのは彼女達の活躍を見届けてもらう為よ」
「見届ける?」
チッチッチッ
真琴がその白い手に嵌めた軍用のロレックス・サブマリーナを見つめる
「時間ね・・・・・」
「?!」
二人を異空間が覆い包んだ
「これは・・・・・?魔獣の結界、いや違うわ!」
通常、魔獣の結界は画一的だ
魔獣には意思もなく、その存在は目に見えない「放射能」のように自然現象と言っていい
だが、目の前の結界は余りにも「個性的」だ
ありとあらゆる食べ物がひしめき、それをテーブルに着いた肌色の巨大な風船が食べ散らかして、それに比例して膨れ破裂する
しかし、破裂してもまた肌色の風船はその口に食べ物を飲み込み始める
「食欲」をそのままにカリカチュアしたような生き物
「魔獣!」
マミが変身し、マスケット銃を向けようとする
それを真琴は静止させた
「止めなさい」
「でも・・・・!」
「・・・・見ていなさい」
真琴は冷静だった
「ジュウベェ!魔女モドキが出たってホント!」
やや大き目なオレンジのベレー帽を被った、小学生くらいの少女が目抜き通りを走る
その隣を猫やウサギくらいの生き物が走っていた
『ああ間違いねェ!例のヤツだ!!』
「確か、この前の連続レストラン襲撃をやったヤツだよね!」
『ああ!』
人語を介する奇怪な生き物
それと会話する少女
明らかに日常から乖離した光景だ
でも、通りを歩く人々の中にそれを見咎めるものはいない
まるで、少女以外にはその生き物が見えないかのように・・・・
アシダカクモとゲジゲジ
ゴキブリの天敵なんですよ?