真は、トマトソースのパスタを夕食に食べ食器の片付けを終えると、手早くシャワーを浴びる
この「世界」では、食事を摂らなくても死なないし、シャワーを浴びることも必要ない
「夢」の中で死ぬことなど、滑稽でしかないのだから
だが、今はそんな子供じみた行動をして相手の注意を引く意味はない
更なる催眠を相手を掛けてくる可能性もあるし、なによりも「さやか」を危険にさらす行為だ
「相手」の目の届く範囲はできる限り、「中学生:宇佐美真」の人生を平穏に生き、真を含め複数の「魔法少女」達を夢に閉じ込めた相手を騙し続けなければならない
相手に一矢報いる、その時まで・・・・
ガチャ・・・
今朝、学校へ行ったときと変わらない部屋
天井の梁をみる
深々と刀傷が見えた
~ あれはサーベルの練習をしようとして、うっかりバルザイの偃月刀を使った時にできた傷だったな・・・・・・。 ちょっと振っただけで衝撃波が出たのはビックリしたけどね ~
この部屋、いやこの別館にあるモノの逸話もその傷ひとつひとつも思い出せる
でも、この世界は「虚構」
現実に極めて近い理想のみの世界
ジーコ、ジーコ・・・・・・
指先から独特の感触が伝わってくる
100年以上前の工芸品だが、十分に作動している
真は自分の部屋に入ると何時ものように目覚まし時計をセットした
「オルフェレウスの空気時計」が指し示す時間は夜七時
真くらいの年齢にしては就寝時間は少々早いといえる
しかし、そのくらいの「誤差」を咎める者はいない
この世界が「夢」である以上、何処に監視の目があるかわからない
だが、多少就寝時間を早めた程度のことで、それのみで彼の「真の目的」を突き止めることは不可能だ
真は使い慣れたベットにその身を委ねると、静かに目を閉じ彼に夜の眠りが訪れるのを待った
どこまでも落ちる感覚
その底は見えず、ただ暗闇が広がっていた
しかし彼は以前のように恐怖を感じることはなかった
闇の奥、そこに彼が恋い焦がれ、同じ道を歩むことになった「ヒーロー」が待っているのだから
手の中に力を込める
その瞬間、卵型のオパールのような宝石が現れた
シュォォォォォ
宝石から放たれた泡が真の身体全体を包み込む
そして・・・・・
白いマント
青色を基調としたプリーツスカート
銀のガントレットとレッグアーマーを装着した
少女が立っていた
最後に少女の顔を覆っていた泡が割れると、牙を剥いた三目の鉄仮面
「鉄仮面の魔法少女」 ― 宇佐美真 - が変身を終えた
「さやかさん待たせてゴメン」
目の前には白いマントを羽織り、青を基調とした衣装に身を包んだ「美樹さやか」が真を待っていた
「真、表の世界の様子はどうだった?」
「変わりはなかったよ。誰かに監視されているような感覚もなかったけど・・・」
「けど?」
さやかが真に聞き直す
「夢だと思うと、その・・・なんだか、全てが無意味に思えてしまって・・・・」
真が寂しげにそう呟いた
あの夜、この「イドの闇」に落ちた真は、自分の中に移植されていた「美樹さやか」の記憶と出会い全てを知った
今、真の目の前に立っている「さやか」は恭介を絶望から救う為に、「全知の魔法少女」美国織莉子の固有魔法を使って、真の中に移植された美樹さやかの記憶だ
記憶には意思はない
それが真が美樹さやかと恋人となった未来を夢に見た為、敵の感知できないより深い夢の中でだけではあるが、意思を持って実体化した姿だ
いうなれば、今の「美樹さやか」はシュミクラの一種と言えた
実のところ、彼女と真は記憶を共有していない
故に、真が敵に拉致されて、夢の牢獄に繋がれても「さやか」はその影響を受けず、いち早く真にコンタクトをとろうとしていた
加えて、今「さやか」と真がいる場所は人の集合的無意識の中だ
敵は捕らえた複数の魔法少女を並列に繋いで管理している
なら、二人が他の魔法少女の夢に入り込むことも可能だ
「行こう真」
「うん」
二人は原初の暗い闇の中に足を踏み入れた
鏡の張られた練習室
そこに仮面をつけた二人の少女が演技の稽古をしていた
お互い一言も発していない
だが、その動きだけで人生の悲哀、喜びを表現していた
母と子
戦場へと赴く軍人と恋人
年老いた夫と若い妻
そして将来を誓い合う、貧しい年若い恋人達
二人は幾つも仮面を付け替えて、時には残酷に、時には滑稽に様々な役を演じる
彼らの息はぴったりと合っていた
「ミチル今日の稽古はこのくらいにしようか」
「ぷはぁっ!」
ミチルと呼ばれた少女がスカパンの仮面をはずし、壁に掛けられた時計を見ると、既に夜の八時を過ぎていた
「そうだね。そうだ!今から立花さんになんか作ってもらおうよ!!」
「いや、だって悪いよ・・・・」
「いいって!立花さんも一緒に食べた料理の方が一番おいしいって!」
ミチルがまだ仮面を外していない少女の手を引く
その瞬間、彼女が被っていたパンタローネの仮面が外れた
短く切り揃えられ紫がかかったシルバーブロンドの髪が広がる
「ミチルは何時も強引だな」
「だってサキちゃん、いつもムスッてしてるもん!」
プクーと膨れるミチルを見ながら、仮面の少女 ― 浅海サキ ― は友との幸せを噛みしめていた
皆さんフィルムはどんなのが当たりましたか?
私はほむ衛兵でした・・・・