鉄仮面の魔法少女   作:17HMR

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ではでは投下します


第十章 偽りの楽園
― 鏡の国 ―


あすなろ市

隣県の見滝原市程には工業はあまり発展していないが、古くからあすなろ市が文化事業に積極的だった為か、見滝原市以上に無料で使用できる公会堂や最新鋭の音響・映像設備を備えたコンサートホールなどが多く、世界的な楽団や劇団が訪れることもあり見滝原市から遠足の日程に入ることもある程だ

 

「あすなろ市中央コンサートホール」

 

あすなろ市にあるコンサートホールの中でも最も歴史がある場所だ

無論、外見は大正時代の竣工からさほど変わらないが、その内部の設備は世界でも五本の指に入る程だ

その大ホール

使われていないはずのそこから、フルオーケストラの演奏による「ベートーヴェン交響曲第七番第二楽章」が響き渡る

ゆっくりとした曲運びであるが、その後を重低音が追いかけるように響く

それが曲に荘厳さを与える

最高級のオーケストラ、演奏するソリストは皆一流の顔ぶれ

そしてそれを指揮する指揮者も最高だった

歪みなく、振られるタクト

それは曲に込められた感情を表すが、その動きは機械的だ

見ると彼らの表情は暗く、その首元や手足には黒々とした拘束具が嵌められていた

演奏にミスは見られないが、しかしその動きはただスコアをなぞるだけだ

 

「演奏のための奴隷」

 

彼らの今の状況を言い表すならば、それしかない

そう彼らは「奴隷」なのだ

真紅のビロード張りの豪華な客席で一人、演奏を楽しむ少女の為だけの

 

「やっぱり最高だわ。最高の楽器と最高のソリスト、この演奏は私だけの物よ!!!!!!!」

 

少女が興奮を隠しきれず叫ぶ

明らかに異常な状態だが、それを咎める者はいない

少女と言ったが、それは外見

よくよく見ると少女の手脚はタコの触手のようなものに変わり、それは演奏者たちに嵌められた拘束具に繋がっていた

 

 

「そこまでよ!!!!!!!」

 

少女が振り向く

暗闇に包まれた大ホールの扉が開かれ、逆光に照らされた小柄な影が立っていた

 

「演奏中は静かに、ね?」

 

少女の触手の一つが少女に伸びる

しかし

 

「?!」

 

触手は空を切った

そこに何者かが居るはずなのにだ

 

「アウフ・ブルフ!!!!」

 

パン!!!!!パン!!パン!!!!

 

小さな爆発音とともにソリスト達の拘束具が弾ける

拘束を解かれた彼らはその場に倒れ伏した

 

「なっ!?」

 

折角、あすなろ市に楽団全員を拉致して最高の音楽を楽しんでいたのに、少女はもう彼らの演奏を楽しんでいる時間はなかった

 

「え・・・・?!何これ・・・・」

 

なぜならば、彼女の触手全てに小型の爆弾のようなものがつけられていたからだ

それはご丁寧に包み紙につつまれたキャンディーを模していた

 

「弾けな!!!!」

 

弁解も慈悲もなく、少女の号令とともに轟音が大ホールを包み込んだ

 

 

「ジュウベェ、拉致された演奏者のみんなは大丈夫?」

 

黒のインバネスを着て、モノクルを付けた少女が傍らの黒い、子猫くらいの大きさの生き物に声を掛けた

あれだけの爆発が起こったが、不思議なことにホールには瓦礫も爆発後もなかった

 

「ああ、多少は衰弱していたけど大丈夫だったぜ。ついでにアイツも」

 

「ジュウベェ」と呼ばれた生き物が答え、その首元から生えた触手で指差した先には先ほどの少女が気を失って倒れていた

倒れている少女は、先ほど見たような触手はなく、いたって普通の少女のように見える

モノクルを付けた少女は助け起こすこともせず、ただ倒れ伏す少女を一瞥しただけだった

 

「・・・・・まぁ、あの娘の命に別状がないなら、後の処理は警察に任せるしかないね。此処で起きたことなんて、全く信じないと思うけど・・・」

 

「しかたねぇさ。全く普通の奴が、魔女や魔法少女の存在なんて知らねぇし。まぁ、真鯉に倒されたアイツが、自分が魔女だったことを思い出すことなんてないがな。オイラとしては、厄介な警察が来る前にアイツが落したイーヴル・ナッツを喰いたいところなんだけど・・・」

 

そこまで言うとジュウベェは牙をむくように半月状の笑みを浮かべた

 

「わぁってるって!ホイ!!」

 

ジュウベェに真鯉と呼ばれた少女が、懐から両端から捩れた針が飛び出た黒真珠のような物体をジュウベェに向かって投げつけた

 

「おおっと!!アブネェな!」

 

それをジュウベェは真鯉から投げられた「ソレ」を器用に自らの額に当てると、ハッチのように額が開き、「ソレ」を飲み込んだ

 

「なかなか熟れてンナ」

 

「そりゃまぁ、あの娘がやらかした事がやらかした事だからね。厄介な警察が来る前にそろそろ行くよ」

 

少女が地面を蹴ると、光の落ちたホールの闇に飛び込んでいった

 

「待ってくれよ!真鯉!!」

 

そしてジュウベェも真鯉の後に続き、闇の中へと消えていった

遠くで警察のサイレンの音が聞こえてきた

 

 

― 失踪した楽団、あすなろ市中央コンサートホールで発見! ―

 

金色の髪の少女が喫茶店のテラスでブラックコーヒーを飲みながら、今朝の新聞に目を通していた

その記事に満足したのか笑みを浮かべる

 

「もっと魔女を倒しなさい。そうすれば魔獣は生み出されないわ」

 

少女のこの呟きを聞く者はいない

 

 

 

 

 




京騒戯画ってそんなに難解か?

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