ニニィ   作:個人宇宙

23 / 23
【23】エピローグ

 

 

 制服を着たニニィは、呆然とした様子でその場に佇んでいる。

 大きく息を切らしながらも、良央は苦笑しながら彼女に近づいていく。

 

「なんだ。信じられないような顔をしているな」

「よ、良央さん……。どうしてここに」

「不幸中の幸いって言うのかな。昨日の電話があった後、ケガしちゃってさ。今日の仕事は来なくていいことになって、慌てて東京に戻ってきたんだ」

「ケガ? じゃあ、その頭の包帯は……」

「心配するな。検査を受けたけど、異常はなかったよ。で、少し前に花蓮さんからもらった名刺に会社の番号があったから、ダメ元で電話をしたんだ。そうしたらちょうど花蓮さんが会社にいたから、ニニィがどこにいるか尋ねてみたら『南小滝橋にいる』って言ってくれてね。なんていうか、本当に運が良かったとしか言い様がないよ」

 

 病院の先生からは、もう少し安静にしておいた方がいいと説得されたが、そこは強引に押し通すことができた。上司にも東京に戻っていいと、何とか許可を取ってくれた。

 

「利香ちゃんから伝言を預かってる。――怒ってしまってごめんなさいだって」

「利香ちゃん?」

「詳しい事情は知らないけど、とにかくそう伝えてくれって有野くんが言ってた」

「そう、ですか……」

 

 風が吹いて、桜の花びらが散っていく。

 ニニィは未だに戸惑った様子でこちらを見ている。

 あまり時間は残されていない。良央は単刀直入に本題に入ることにした。

 

「実はさ。ここに来る前、家の方にも寄ってみたんだ。そしたら、いつもニニィが使っているレシピ本が全て置いてあってさ。あれ、間違って忘れたわけじゃないよな?」

 

 ニニィはうつむきながら黙っている。

 

「あの本、久子さんが書いたレシピ本だろ? お前にとってはすごく大切なものだったはずなのに、どうして俺の部屋に置いてきたんだ?」

「そ、それは、その――」

「やっぱりわざとだったのか?」

「え、ええと……」

 

 頬を桜色に染めながら、ニニィは何とか口を動かそうとするが、うまく言えないようで、口をもごもごとさせている。

 その小動物みたいな姿は、れっきとした十五歳の子供である。しかし、その中には確かに大人の片鱗を感じさせる何かが漂っており、より一層、良央は複雑な気持ちを抱いてしまった。

 でも、久子のレシピを置いてきた時点で、彼女の想いは紛れもなく本物なのだ。

 

 桜が舞い散る中、良央は小さく深呼吸をする。

 ついに覚悟を決めた。

 

「ニニィ。お前の気持ちはよく分かった。でも、今はその時じゃないと思う」

 

 えっ、とニニィは大きく目を見開く。

 

「俺も含めて、もうちょっと立派な人間にならないとな……。だから、その時がやって来るまでにお互いに待っていよう。お前の覚悟は十分に伝わってきたから、俺の方からも大切なものをお前に託すよ」

 

 そう言って、良央はポケットからある物を取り出した。

 それは先ほど家に戻ってきた時に取ってきた、青色のペンダントだった。

 

「これ、母さんの形見のペンダントなんだ。昔、父さんから結婚祝いとしてもらったものでさ。離婚した後も大切そうに持っていたんだ。それなりに値段の張るものだから、少しニニィには重たい物かもしれないけど、今の俺の中ではこれが一番大切なものなんだ。だから――」

 

 良央はそのペンダントをニニィの首に巻きつける。

 

「受け取ってくれ。今、俺にできる精一杯の気持ちだ」

 

 その直後――。

 突然、ニニィが歩み寄って、良央の体に思い切り抱きついてきた。

 良央は大きく目を見開く。いきなりのことに対応できず、そのまま何歩か後ろに下がってしまう。

 

 ニニィの体がどんどん震えてきて、目から大粒の涙が流れていく。

 と、同時に抱きつく力がどんどん強くなっていく。

 

 絶叫、に等しい泣き声が響いた。

 それは、あらゆる感情を全て放出させんばかりの声だった。あまりの大きさに、周囲を歩いていた人たちも良央たちに顔を向ける。

 

「おい、ニニィ……。離せ」

 

 だが、彼女は首を大きく振って、良央から離れようとしない。

 

「ニニィ! 離せ!」

「いやだっ……。いやだっ!」

「おい、ニニィ!」

「あっ、ああっ、ああああっ!」

 

 あろうことか、ニニィはさらに抱きつく力を強くさせてきた。

 すさまじい力だった。

 何が何でも離してやるものか、と言わんばかりの力だった。こんな華奢な体のいったいどこにそんな力があるのか、良央は信じられない気持ちで一杯だった。

 良央は一呼吸した後、体の力を緩める。

 

「ニニィ、待ってるよ」

 

 そう言って、良央はニニィの頭を撫でる。

 その時、強い突風が吹いて、桜の花びらが二人を覆うように舞い散っていく。その花びらたちは、まるで二人を祝福しているようでもあり、別れを惜しんでいるようにも見えた。

 

「またここで一緒に桜を見よう。なっ?」

 

 良央は微笑みながら、彼女の頭に付いている桜の花びらを取った。

 

 

 

 終

 




最後までありがとうございました。
後書きにつきましては活動報告に記載しています。よろしければ、そちらにも目を通していただけると幸いです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。