ニニィ   作:個人宇宙

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【12】銭湯

 

 

 十二月も半分が過ぎて、いよいよ街にも年末のムードが漂ってきた。

 良央は白い息を吐きながら、中野坂上駅の前で彼がやってくるのを待っていた。仕事用のコートを着ているが、それでも震えてしまうくらいの寒さだ。

 こんな日は熱い風呂にでもゆったりと浸かって、体を温めるに限る。

 

 約束の時間は午後九時――。

 本当はいったん家に帰ろうと思ったが、予想以上に仕事が入ったので、やむを得ずスーツのままでやってきた。

 時計を確認すると、約束の十分前だった。

 すでに必要なものはスーパーで購入しているので、あとは彼がやって来るのを待つだけだ。

 

 彼とは、有野俊樹のことである。

 仕事用の電話に着信があったのは、今日の夕方だった。

 良央の目論見通り、利香は俊樹にちゃんと名刺を渡してくれたようだった。すぐさま、良央と俊樹はお互いのプライベート用の番号を交換して、午後九時に中野坂上で待ち合わせの約束を取り付けたのである。

 もちろん、ニニィはこのことを知らない。良央、単独での行動だった。

 その時、とんとんと後ろから肩を叩かれる。

 ついに来たかと思いながら後ろを向くと、そこには予想外の人物が立っていた。

 

「花蓮さん……」

「偶然ですね」

 

 良央と同じように、黒いコートを着ている柳原花蓮だった。

 今の彼女は長い黒髪をポニーテールにしており、これもかなり似合っていた。

 

「どうして花蓮さんがこちらに?」

「仕事の関係で、急に用事が出来てしまいましてね……」

「仕事ですか?」

 

 先日、源二郎の自宅に行った際、今は彼女が源二郎の世話を行っていると聞いた。花蓮の言う仕事というのは、源二郎の世話以外のことだろうか。

 良央の疑問を察したのか、花蓮は笑った。

 

「この機会ですので、打ち明けておきましょう。私はもともとイギリスの民間の研究所に所属している者でして、その現地法人がこの中野坂上にあるんです」

「研究所?」

「はい。主に医薬品の開発を行っております」

「医薬品ですか……」

 

 たしか、ニニィも薬の研究を独自でやっていたような気がする。

 

「私は今、一時的に日本に来ている身でして、今は源二郎さんのお世話を兼ねながらこちらで仕事を行っているんです」

「じゃあ、花蓮さんはイギリス在住ってことなんですか?」

「そうですね。源二郎さんが大きな難病に侵されているのはご存じかと思いますが、その病気の治療に関する研究に協力してくれる代わりに、研究所の職員が彼の世話を行っているのです。もちろん、その中には私も含まれております」

「へえ。そうだったんですか」

 

 まさか、花蓮がそこまで優秀な人物だったとは予想外だった。

 先日はニニィのことで頭がいっぱいで、そんな話をする余裕など一切なかったのだ。

 ここで花蓮が名刺を渡してきたので、それを受け取る。中身は全て英語で書かれており、あまり英語が得意ではなかった良央から見たら、ちんぷんかんぷんだった。

 

「本当は源二郎さんのいる病院からそのまま自宅に帰るつもりだったのですが、急に会社の方で打ち合わせが入ってしまいましてね」

 

 花蓮は時計を確認する。

 

「あっ。そろそろ行かないと……。では、私はこれで失礼します」

「ええ。頑張ってください」

 

 ぺこりと頭を下げて、花蓮はそそくさと奥の高層ビルへと向かった。

 その後ろ姿を見ながら、ふと良央の中で先ほどの言葉が蘇ってきた。

 

 イギリスの研究所のことである。

 いつかどこかで、それに関することを聞いたような気がする。

 しかし、具体的に細かいことがなかなか思い出せない。念のため、先ほど彼女が渡してくれた名刺をじっくり眺めてみるが、英語は読めなかったこともあり、結局分からず仕舞いだった。いろいろと考えているうちに、時刻は約束の九時を迎えてしまった。

 

 有野俊樹は、九時ジャストで良央の前に姿を現した。

 良央はいったん花蓮のことを隅に置いて、名刺をポケットに仕舞う。

 改めてみると、彼はごく普通の少年としか言いようがなかった。

 髪は黒だし、アクセサリーやピアスといった類は付けていない。チャラチャラとした印象はなく、むしろ真面目な印象さえ感じられる。

 

「君が、有野くん?」

 

 良央の問いかけに俊樹はうなずく。

 

「良かった。来てくれるかどうか、ちょっと心配してたんだよ」

「で、どこにいくんですか?」

 

 電話でもそうだったが、彼の口調がしっかりしていることには驚きだった。

 どうしても良央の中では、いじめっこは口調が乱暴だという先入観が大きいからである。

 

「実はこの近くにね――」

 

 言いながら、良央がビニール袋に手を伸ばそうとした時だった。

 

「良央さん!」

 

 突然、予想だにしない声が聞こえてきて、良央は思わず手を止める。

 駆け足でやってきたのは、黒の上着を着たニニィだった。

 

「なんで、ニニィが?」

 

 隣の俊樹も、大きく目を見開いて驚いている様子だった。

 

「今日、リカちゃんに会いまして、九時に待ち合わせをするという話を聞きました」

「リカちゃんって――」

「俺の妹の名前です」と俊樹。

「ああ、あの子のことか……」

 

 良央はニニィの目の前で、利香に名刺を渡したことを思い出した。

 頭の回転が速いニニィのことだ。良央と俊樹がコンタクトを取る可能性を考慮して、あらかじめ俊樹の妹をマークしていたのかもしれない。名刺を渡す時間が無かったとはいえ、これは迂闊だった。

 良央は大きく白い息を吐く。

 

「ニニィ。この場所に来たってことは、心の準備はできていると考えていいんだな」

「はい」

 

 きっぱりとした声で答える。しかし、長時間寒い中ひっそりと待ち続けていたせいか、体が震えているのが分かった。

 俊樹も寒さを堪えているような顔になっている。

 

「でも、その前に、ちょっと体を温めることにしようか」

 

 そう言って、良央はビニール袋からある物を取り出してニニィに渡す。

 それは一枚のバスタオルだった。

 

「えっ?」

 

 ニニィだけでなく、俊樹も間の抜けた顔になる。

 こんな寒い日は、熱い風呂にでも入ってゆったりと体を温めるに限る。

 

「……またスーパーで追加のバスタオルを買う必要があるけど、まあいいや。この近くに銭湯があるんだ。俺の奢りで、いったんそこで体を温めようか」

 

 口をぽかんと開ける二人に対し、良央は親指で裏通りの方向を指した。

 

 ※

 

 目の前に広がる富士山の光景を眺めながら、良央は安堵の息を吐く。

 富士山と言っても、実際はペンキで書かれた絵である。しかし、隣の女湯まで及んでいる巨大なペンキ絵の富士山は、それだけで見る人を圧倒させる力がある。

 

 今、良央たちは駅から近い場所に建っている銭湯でゆっくりとしていた。

 以前、部屋の風呂が壊れてしまったことがあり、スマートフォンで検索して見つけたのがこの銭湯だった。いざ行ってみたところ、目の前にある富士山の絵が気に入って、月に何回かは通うようになったのだ。しかし、ニニィが来てからは一度も行く機会がなかった。

 隣では、俊樹が緊張した面持ちで富士山の絵を眺めている。

 ニニィについては、当たり前だが女湯に一人で入っている。余談であるが、タオルやシャンプーの一式については全員分良央の自腹で購入している。

 

「この銭湯に来たのは初めてか?」

「はい。というか、こんな場所に銭湯があったなんて知らなかったです……」

「だろうな、俺も少し前に調べてやっと分かったくらいだし」

「ちょくちょく来てるんですか?」

「まあね」

 

 普段は地元の人間が多く来ているが、運の良いことに今は誰も入っていなかった。

 これ以上、彼を待たせても仕方ないので、良央は早速本題に入ることにした。

 

「で、改めて質問をするけど」

 

 びくん、と俊樹が反応する。

 

「今日、俺がどうして有野くんに会おうとしたのか分かるか」

 

 数秒ほど間が空いた後、「はい」と答える。

 

「そうか。となると、むしろよく来てくれたと言うべきかな。スーパーで利香ちゃんに俺の名刺を渡したけど、その時は連絡なんてしてこないだろうなって思ってたから」

「このまま連絡しなかったら、すごくヤバいなと思ったからです」

「ヤバい?」

「もう二度とチャンスが来ないと思ったんです」

「……なるほどね」

 

 良央は視線を富士山の絵から、その下に貼られている入浴マナーの看板に移す。かなり細かく書かれており、湯船に浸かる度に何となく最後まで読んでしまうのだ。

 

「小学校時代のことはニニィから詳しく聞いたよ。彼女が三年生の時、有野くんを含めたクラスメイトの男子グループが彼女を羽交い絞めにして、その髪に黒の絵の具を塗りたくったんだよな。それが大騒ぎになって、有野くんを含めた男子グループは卒業までニニィとは別々のクラスになった。それで間違いないよね」

「そうです」

「絵の具を塗りたくった時、誰もやめようと言わなかったのか?」

「いなかったと思います。その時、ニニィさんをいじめていたグループのリーダーが、クラスのリーダー的な奴でもあったので、誰も口出しできなかったんです」

「クラスのリーダー?」

 

 それは良央にとって初耳だった。

 花蓮もニニィも、そんなことは言ってなかった。

 

「俺もそいつに脅されて、やってしまったんです。やらなかったら、今度は俺がやられてしまうから……。俺が実際にニニィさんに手を出したのは、その時が最初で最後でした」

「でも、有野くんがニニィを傷つけたことに変わりはない」

「はい。親や先生にこっぴどく叱られて、初めてヤバいことやったなと思いました」

 

 当時、彼らは小学三年生だったのである。他人の気持ちを想像することなんて、なかなか難しい年齢だったのかもしれない。

 

「ちなみに、ニニィをいじめたリーダーとやらは今どうしてるのか分かる?」

「中学の時に遠くに引っ越したことくらいしか聞いてないです」

「なるほど。じゃあ、もう中野にはいないってことか」

 

 俊樹のように、偶然の再会という可能性は無くなったわけだ。

 湯口からお湯が流れる音を聞きながら、二人はしばし富士山を鑑賞する。

 仕事で疲れた時、いろんな考えが頭の中で駆け巡っている時、良央はこの銭湯のお湯に浸かりながら瞑想をしていた。

 すると、不思議なくらい考えがまとまって、すっきりとした気分になれるのだ。目の前の富士山を眺めていると、自分の考えていることが何て小さいことなんだと思い知らされてしまうのだ。

 

 今日、良央が俊樹を呼んだのは、彼から謝罪の言葉を聞くためだった。

 当初の予定では、俊樹から謝罪の言葉を聞いた後、良央の口からニニィにその言葉を伝えようと考えていた。

 スーパーで俊樹と再会した時、ニニィの動揺はかなりのものだったので、自分を介して俊樹の言葉を伝えた方が、ニニィに余計な負担をかけずに済むと思ったからである。場所を銭湯に選んだのは、単に良央が入りたかっただけなのだが。

 

 しかし、予想に反してニニィが自分の方からやってきた。しかも、良央の問いかけに対して、すでに心の準備ができていると答えてくれた。

 そうなると、ニニィがやってきた時点で良央の出番はなかったことになる。とはいえ、このまま手ぶらで帰るわけにもいかず、そのまま俊樹たちを銭湯に誘ってしまったのだ。

 

 ――あとはニニィと有野くんに任せたほうがいいかな。

 そう判断した良央は、湯船から立ち上がる。

 

「ニニィがなんて言ってくれるのかは分からないよ」

 

 湯船に浸かったままの俊樹は良央を見上げる。

 

「でも、自分がやった間違いはちゃんと本人の前で謝るべきだと思う。六年前はニニィの家に謝りに行ったんだけど、彼女は出てこなかったんだろ? だったら尚更だ」

 

 頭に置いていたタオルをぎゅっと絞って、下半身を覆う。

 

「じゃあ、俺は先に上がってるから」

「あ、あの……」

 

 出口に行こうとした良央を俊樹が止める。

 

「どうした?」

「俺がニニィさんをいじめたことを怒ってないんですか?」

「怒ってるって、俺が?」

「はい……。てっきり叱られると思って」

「叱りはしないけど、めっちゃ怒ってるよ?」

 

 俊樹の目が大きく見開く。

 

「リーダーの命令でやむを得ない事情があったとはいえ、有野くんがやった行為はそう簡単に許されることじゃない。俺はそう思ってるよ。だって、そのせいでニニィは六年経った今でも苦しんでるんだからな。下手したら一生苦しむかもしれない。有野くんはニニィに自分のやった間違いを絶対に謝らないといけないけど、ニニィが有野くんを許してくれるとは限らないよ。結局はニニィの答え次第になっちゃうな」

「そんな……」

「軽い気持ちでここにやってきたのなら、今すぐその気持ちを改めた方がいい」

 

 その場で固まる俊樹を置いて、良央は先に浴室を出ようとする。

 しかし、すぐに後方から「良央さん!」との声が聞こえてきた。

 

「やっぱり、ニニィさんは今でも自分の髪が嫌いなんですか?」

「どうだろう。それも今日の有野くんの態度次第で変わるかもね」

 

 良央は浴室を出た。

 

 ◇

 

 入口で待っているニニィの体に、冷たい風が吹きつける。

 しかし、銭湯ですっかり体が温まっていたので、今はむしろその風が心地よく感じられた。体のコンディションが良くなると、不思議なことに精神的にも余裕が出てくる。体が冷えていた時はネガティブなことばっかり考えていたが、今はとても穏やかな気分だった。

 しばらく待っていると、良央が外に出てきた。

 

「おっ、ニニィ。意外と早いな」

「そうですか?」

「うん。普通、女の子の方が男より長く浸かると思うんだけどな」

「もうちょっと入りたかったんですけどね……」

 

 ニニィが浴室に入った時、二人のおばあさんが湯船に浸かっているだけだった。

 銭湯に入るのは今回が初めてで、存在感のある富士山の絵に加えて、その広大な湯船にニニィは圧倒された。

 そもそもイギリスでは湯船に浸かる習慣なんて無かったし、日本にやってきた時も全てシャワーで済ませていたからだ。祖父はいつも大量のお湯に浸かって心地よさそうにしていたが、ニニィにとっては気持ちよさそうだと思う以上に、水がもったいないという気持ちの方が大きかった。

 

 ともあれ、まずは体を洗わないといけない。

 ものすごく緊張しながら、ニニィは頭と体を洗った。

 そして、浴槽の隅にゆっくりと体を入れた。

 その途端、全身に痺れるような感覚が襲ってきて、思わず身震いをしてしまった。入口で良央から受けた説明によると、この銭湯のお湯はごく普通の温度らしいが、ニニィにとってはこれが普通だとは信じられなかった。祖父も良央も、よくこんな熱いものに入っていられるなと思った。

 とはいえ、時間が経ってくると、意外と心地よく感じるようになってきて、いつしか彼女はリラックスした気分になっていた。

 

 だが、そんな時間もあっという間に終わりを告げてしまった。

 同じ浴槽に使っていた二人のおばあさんが、いきなりニニィに声を掛けてきたのだ。突然のことに戸惑う彼女をよそに、おばあさんはやたら機嫌が良さそうに話しかけてくる。

 

 ――かわいいねぇ。きれいな髪だねぇ。こんな若い子が入ってくるなんて珍しいねぇ。

 おばあさんたちに悪気はないのは分かっているが、慣れない状況にすっかり慌てたニニィは、そのまま退散してしまったわけである。

 見ず知らずの人に話しかけられるのはよくあることだが、無防備な状態で話しかけられるのは初めてのことだった。

 彼から数分後、俊樹も外に出てきた。その表情はどこか影が差しているようだった。

 俊樹が出てきたタイミングを見計らったように、良央は自分の腕時計を見た。

 

「じゃあ、俺はちょっとコンビニで温かい飲み物でも買ってくるから、ニニィたちはちょっとそこで待っててくれ。十分くらいしたら、ここに戻ってくるから」

「あ、はい……」

「じゃあ、また後でな」

 

 手を振って、そそくさと良央は大通りの方へ歩いていった。おそらく、自分と俊樹を二人にさせるために、あえてその場を離れることにしたのだろう。

 残された二人は黙ったまま、小さくなっていく良央の背中を見つめる。

 言い様のない緊張感が、二人の間に包み込まれていく。さっきまでの心地よい気分が、どんどん隅の方に追いやられていく。

 

「ニニィさん」

 

 先に切り出したのは俊樹の方だった。

 

「ごめん」

 

 少し小さかったが、確かにその言葉が聞こえた。

「今さらなことかもしれないけど、本当にごめん。ニニィさんがそこまで苦しんでたなんて思ってもなかった。――ごめんなさい」

 

 そして、俊樹は深く頭を下げる。

 風呂から上がったばかりなのに、ニニィの体は大きく震えていた。

 これは明らかに寒さのせいだけではなかった。心臓の鼓動も急激に速くなっている。昔の自分だったら、何が何だか分からずにそのまま黙っていたかもしれない。

 

 でも、この場で助けてくれる人は誰もいない。

 全部、自分の力でやらなければ前に進むことはできないのだ。

 ニニィは、ふうーっと大きく深呼吸をする。

 天国へ旅立った久子に勇気を与えてくださいと祈りながら、口を開いた。

 

「有野くん。もう、分かったから、頭を上げて」

 

 彼は無言でニニィに目を合わせる。

 

「有野くんがやったことは許してあげる。……でも、それは有野くんが謝ってくれたから許すんじゃなくて、利香ちゃんのために許してあげると考えてね」

「利香のため?」

 

 俊樹は驚いた声で妹の名を言う。

 

「今日、夕方に三角公園で利香ちゃんと会って、九時に有野くんと良央さんが会うってことを知ったの。その後、利香ちゃんは私に向かってこう言ったの」

「なんて?」

「もしお兄ちゃんが悪いことをしてたら本当にごめんなさい。ヨシオさんに、お兄ちゃんを許してくださいと伝えてくださいって」

 

 俊樹は口を半開きにして、唖然とした顔になる。

 

「利香が……。そんな」

「お兄ちゃん思いの可愛い妹さんだね」

 

 ニニィの脳裏に、今にも泣きそうな顔でお願いをする利香の姿が蘇ってくる。利香は細かい事情を知らないので、良央に謝らなければいけないことがあると思ったのだろう。

 あの時、ニニィは利香にこんな質問した。

 

「お兄ちゃんのこと好き?」

 

 すると、彼女は即答で「うん」と答えてくれた。

 利香にとって、俊樹はいつも勉強で分からないところを教えてくれたり、構ってほしい時はいつも遊んでくれる、とても頼り甲斐のあるお兄ちゃんだった。

 

 これで本当のことを言っていると確信したニニィは、利香のお願いを承諾することにしたのだ。

 ニニィにとって六年以上、悪いイメージしかなかった有野俊樹という人間が、コインの裏表のように一気にひっくり返った瞬間でもあった。

 

「家に帰ったら、利香ちゃんにちゃんとお礼を言ってね。それでこれからも利香ちゃんのことを大切にしてね。それが約束できるなら、私は有野くんを許してあげるから」

「利香……」

 

 うつむいたまま、俊樹は黙り込んでしまう。

 ニニィとしては、俊樹がやったことを許す気持ちは一切なかった。しかし、そんな人間を必死にかばってくれる人がいるので、やむなく許しただけに過ぎないのだ。

 ――これは有野くんのためじゃない。利香ちゃんのためよ。

 何度も何度も自分に言い聞かせているうちに、ビニール袋を下げた良央が戻ってきた。中身は全てホットレモネードで、それを一本ずつ渡していく。

 

「なんか有野くん、すごくボーッとしてるけど大丈夫か?」

 

 良央はニニィの耳元でささやく。

 

「大丈夫です」

 

 ニニィはレモネードの蓋を開けた。

 

 


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