鉄の恋愛処女
「結局何も教えてくれなかったね。」
「……。」
「あれだけ剣道の試合で騒がれていたら、仕方がないよね。ISの勉強の方は自分で勉強したから良いけど、独学だからペースが遅かったな。」
一夏は少し非難の目で箒を見るが、無言の箒は目を逸らして誤魔化す。
此処でいくら言っても、過ぎた時間は戻らない。
だから、一夏は機嫌を戻し、自分の専用機が来るのを待っていた。
一方の箒は少し申し訳なさそうに一夏を見て、謝る機会を伺う。
「織斑君。織斑君。織斑君。来ました!織斑君の専用機です。」
ピットのシャッターが開くと、一機の灰色のISが姿を現した。
白式という名のISらしいが、どう見ても灰色にしか見えない。
千冬が装着の仕方がわかるかと聞いてきたが、一夏は軽く『わかる』と返事をすると、ISを起動させ、装着する。以前麻耶と戦った時と少し感触が違うような気がするが、初期化と最適化がされていないからだということを一夏は思い出した。
だから、初期化と最適化が終わるまで、時間を稼ぐことが勝利への道だと一夏は考えた。
「箒。」
「なんだ?」
「行ってくる。」
「あぁ、勝ってこい。」
一夏はピットから出て、アリーナの中央に居る敵を見据えた。
敵はセシリア・オルコット。使用している専用ISはブルー・ティアーズ。
日本語に直訳すると、『青い雫』だ。その名の通り、ブルー・ティアーズは青い。
では、雫とは何を表すのか。それはブルー・ティアーズの武器にある。ブルー・ティアーズは中遠距離射撃型で、レーザー兵器を操る。
だが、白式が教えてくれる情報は此処までで、どのようなレーザー兵器を使うのかは、一夏は知りえなかった。
「よく来ましたわね。」
「クラス代表になりたくないからね。」
「そこまで言うのでしたら、泣いて詫びれば、貴方がクラス代表選出の際に発した暴言を無かったことにして、私がクラス代表になってもよろしくてよ。」
「違うよ。」
「何が違いますの?」
「僕が此処で君を下せば、僕はクラス代表にならなくていい。」
「そう。残念ですわ。それなら――」
オルコットはそう言うと、手にしていた銃器を一夏に向ける。
そして、オルコットは引き金に指をかけ、初弾のエネルギーを装填する。
その様子を白式は一夏に警告という形で知らせる。
「お別れですわね!」
そう言うと、オルコットは撃ってきた。
一夏はそれを何とか躱そうとするが、ISが思うように動いてくれない。ISの現在の設定と自分の相性が悪いせいで、相手の攻撃の認知や回避行動がどうして遅れてしまう。
物理刀が一本あるが、近づかなければ相手の攻撃を防ぐしか能のない盾と同じだ。
白式の操縦が今回初めての一夏は、自分の専用機に慣れているオルコットに全く近づけない。オルコットは自分の得意とする間合いで一夏を撃ち続ける。
そのため、試合は一夏の劣勢だった。
「このブルー・ティアーズを前にして、初見でこうまで耐えたのは貴方が初めてですわね。」
「光栄だね。では、ついでに初見で勝利という栄光まで頂こうか。」
「それはこれを見ても同じことが言えますかしら?」
オルコットは新たに射撃武器を出す。
その射撃武器は機体と同じブルー・ティアーズと言う。
オールレンジ攻撃が出来る兵器らしい。頼んでもいないのに、さっきまで勝手にしゃべってくれたおかげで、一夏は心の準備ができていた。
そのため、一夏はブルー・ティアーズの出現に驚くことはなかった。
だが、一夏は焦っていた。
4つのフィンが一夏を取り囲み、レーザーを発射してくる。
予想していた攻撃だが、一夏は対処しきれない。できれば、白式の初期化と最適化が終わるまで待ってほしかったというのが本音だったが、相手が出した武器を引っ込めてくれなんて戦い中にいうのは阿呆だし、それで引っ込めてくれるのは馬鹿だ。
一夏はなんとかして避けながら、この攻撃の法則性を読み説いていく。
法則さえわかれば、解決の糸口が見えてくるかもしれない。
その法則性の欠片が見えてきたが、相手を崩す方法が見えてこない。
「左足、いただきますわ。」
オルコットの言葉に反応し、一夏はオルコットの方を見る。
その直後、オルコットはスターライトmkⅢを構えた。
これを躱さなければ、負けとなってしまう。なぜなら、シールドエネルギーの残量が少なく、後一撃まともに喰らえば、0になってしまうからだ。
ISの戦いはシールドが0になれば負けとなる。
このまま負けてしまうのか?そうだ。どうやら、チェックメイトという奴らしい。
僕は負け…
『僕は屑だ。』
そんな言葉が聞こえた。おかしなことにその言葉は自分の声によるものだった。
この場に居るのは自分とオルコットの二人だから、自分の声というのはある意味おかしなことではない。だが、自分の声が自分の頭の中で響くというのもおかしなことだ。
もしかして、■なのだろうか?
■は何を思ってそんな言葉を吐いたのか、一夏は考えてみるが、分らない。
あの夢を幾ら思い返しても■が自分のように自己嫌悪するような要素がない。
いつも温かい■と◆と■■■■■の3人が出てくる夢だったのだから。
だが、今はそんなことを思い返している場合ではない。
僕は屑?そうだ。僕は…織斑一夏は屑だ。
大事な人を悲しませるようなことを何度もしてきたし、その人の顔に泥を塗るようなことをしてきた。そして、無様に見っともなく醜態をさらしている。
今さら自分が非難されようが、構わない。
だからこそ、みっともなく足掻こう。
そして、自分が守りたいもののために、勝利を掴んでみようではないか。
「一か八か!」
一夏は無理やり加速し、オルコットの発射直前のスターライトmkⅢに体当たりをする。
シールドエネルギーを少し失ってしまったが、相手のシールドを削り、体勢を崩させることが出来た。
「無茶苦茶しますわね!」
オルコットは焦燥し、再びブルー・ティアーズを飛ばし、一夏を囲む。
だが、先ほどより、攻撃が少し乱雑になったように見える。
どうやら、一夏はオルコットのペースを乱すことにも成功したらしい。一夏はさらにオルコットに追い打ちをかけて、このままペースを乱させるために、心理戦を仕掛けてみた。
「これは君が集中しないと4つ同時に動かせない。君がこれを動かしている間、動けないのはそう言うことだよね?」
「くっ。」
「そして、さらに君は僕の反応の薄いところから狙ってきている。」
一夏はそう言うと物理刀でブルー・ティアーズを順々に破壊していく。
そして、一夏は物理刀を振り上げ、一気にオルコットに近づいた。
一夏は先日の箒との試合で竹刀を破壊したあの一撃で勝負を決めようとする。
「掛かりましたわね。」
ニヤリとオルコットは笑う。
一夏はこの時初めてオルコットが自分のISの性能を話していたのか気づく。
オルコットは自分を油断させ、隠し玉による不意打ちを考えていたのだ。そして、その策に一夏は見事引っかかってしまった。単なる自意識過剰と判断した一夏の失策だった。
直後、2つの追尾性のミサイルが一夏を襲い、一夏は爆炎に包まれた。
「機体に救われたな、馬鹿者め。」
爆炎が晴れるとそこには一機の白いISが空中にいた。
そして、その操縦者は一夏だった。先ほどとは違う姿に観客と対戦相手であるオルコット、一夏自身も驚いていた。初期化と最適化が終わったのだ。
「ま、まさか……一次移行!?あ、あなた、今まで初期設定だけの機体で戦っていたって言うの!?」
「どうやら、そう言うことらしい。」
一夏は体の各所を確認し、体の動かし方が変わったかを確認する。
軽い。どこまで飛んで行けそうな感じがした。
そして、武器が変わったかどうかを確認する。
「雪片弐型?」
その武器の名前に一夏は引っかかった。
自分の実姉である千冬も似た名前の武器を使っていた。名前は『雪片』。
一夏は笑う。どうやら、自分はISの武器でも姉に助けられているらしい。
「僕は世界で最高の姉さんを持ったよ。でも、いつまでも、悲しませてばかりじゃいられない。ここで君を倒して、もう僕は姉さんの足引きじゃないって証明させてもらう。」
「あなた、何を言って。……ああもう、面倒ですわ!」
オルコットは再び追尾性のミサイルを二発発射させる。
ブルー・ティアーズの最後の攻撃だった。さきほどの四機のブルー・ティアーズは一夏に破壊されているし、最後のブルー・ティアーズの弾もこれで終わりだったからだ。
残った武装はスターライトmkⅢとインターセプターという短剣だけだ。
これが当たれば、オルコットの勝ち、外れれば、不利な状況で試合続行だ。
先ほどは当たったのだ。外れるはずがない。オルコットはそう思っていた。
そして、オルコットの最後の攻撃は外れなかった。
だが、当たりもしなかった。…そう、一夏の雪片弐型によって破壊された。
「おおおおお!」
一夏は雪片弐型を振り上げ、オルコットに迫る。
雪片弐型は形が変わり、刀身が光を帯びる。光が増すごとに、力が溢れてくる。
一夏は最高の力で、自分の出せる最高の技を出した。
だが、直前で、それは勝敗を告げた。
-勝者 セシリア・オルコット-
その頃、ドイツのとある軍事演習場。
「ロードローラーだッ!」
「クラリッサお姉様、どうしてこんなところにロードローラーが!くっ!総員退避!」
「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!」
クラリッサはハッスルしていた。