チンピラ中尉より
「授業を始める前に、再来週行われるクラス対抗戦に出る代表者を決めないとな。」
その日の最初の授業時間の冒頭に、教壇の上から千冬がそう切り出した。
クラス代表者とクラス対抗戦について千冬は簡単に説明していく。
クラス代表者を簡単に言えば、クラス委員長のようなものらしく、IS学園の委員会や生徒会の会議に出席しなければならないらしい。そして、クラス対抗戦とはそんなクラス代表者がISでバトルをするIS学園ならではのイベントだ。
千冬の説明が一通り終わると、立候補と推薦を取る。
「織斑君を推薦します。」
一夏の右斜め2つ後ろの生徒が手を上げると、そう言った。
推薦された一夏はハッと驚く。まさか自分が推薦されるとは思っていなかったからだ。
推薦の理由としては、男子が居るクラスなのだから、男子を立てたほうが話題になると考えたからということらしい。
そして、それに続く形で、次々と一夏は推薦されていく。
皆の神輿になるより、一人で静かにしている方が好きな一夏にとって最悪の状況だ。
「待ってください。僕はそのような理由では納得できません。」
「ほう、推薦された本人が拒否か。織斑、理由を言ってみろ。」
「はい。僕が世界で唯一のISを動かしたという話は先日ニュースになったほどですから、様々な国の人が知っているでしょう。そして、僕を手に入れようと何かしらの強硬な手段に出てくる集団も居るはずです。先日の誘拐予告があったぐらいですから、もう狙われていることは分かっています。そんな僕がクラス代表になれば、知名度が上がり、更に多くの人に狙われることになります。そして、僕を引き込むために、僕だけでなく同じクラスの皆さんも狙われるかもしれません。よって、僕はクラスの安全のためにクラス代表を辞退します。」
「……なるほど。では、織斑に意見のある者は居るか?」
「はい!」
そう言って立ち上がった生徒が一人いた。
イギリス代表候補生セシリア・オルコットだ。
オルコットは一夏の前に来ると、顔を寄せてくる。
一夏はオルコットの迫力に少し気圧されてしまい、背中を反る。
「貴方の言い分は分りました。つまり!貴方は私たちが頼りないと言いたいのですね!」
「いや、そうではなくて、僕が代表になると君たちに被害が出るかもしれないからという話であって…。」
「私たちが頼りないという意味以外の何物でもありませんわ!自分に降りかかる火の粉すら振り払えない弱者だと貴方は言いたいのですわよね?」
国が変われば、考え方はだいぶ異なってくる。
年齢を聞いて、失礼だと思う国もあれば、そんなことを気にしない国もある。そして、年齢より若く見えることを良いとする国もあれば、若そうに見えることを若輩者として見られていると解釈する国もある。そのため、一夏はやんわりとクラス代表を断るはずだったが、考え方の違うオルコットの逆鱗に触れてしまったのだ。
「決闘ですわ!」
「はい?」
「私と貴方でISの勝負をし、私たちが頼りないということを否定して見せますわ!」
「分かった。それで、僕が勝ったら、君が代表になるということで良いかな?」
「あら、もう勝った時のことを考えていますの?そういうのをこの国では『取らぬ狸の皮算用』というのでしたね。そういうのは入試で教官を倒した私のような女の強者がすることですわ。フフフフ。」
そう言うとオルコットは笑い出し、それにつられてクラスメイト達も笑い出した。
ISを動かせるという理由から男は女に劣る生き物だというのが最近の世論の流れである。
男と女が戦争をすれば、3日で決着がつくという論文が発表されたぐらいだ。
そのため、男が女に勝つと言った一夏はクラスの笑いものにされていたのだ。
だが、勝手に笑ってれば、という感じで一夏は無表情な顔だった。
「あぁ、言い忘れていたが、織斑は入試で教官を倒している。技術はないが、現時点ではISを操縦することに関しては学年でもトップクラスだろう。」
千冬の一言でクラスメイトは一気に黙った。
ISの入試で教員を倒したのはオルコットだけと思っていたからだ。
「あなたも教員を倒しましたの?」
「あぁ。と言っても、山田先生が突っ込んできたところを、斬り伏せただよ。」
「教員を倒したのは私だけと聞きましたが。」
「それは女子だけの中ではということじゃないのか。」
「……。」
「さて、話はまとまったな。それでは勝負は一週間後の月曜日。放課後、第3アリーナで行う。織斑が勝てば、オルコットがクラス代表に、オルコットが勝てば、織斑がクラス代表にということで良いな。」
「えぇ、私が勝っても、クラス代表に成れないのは甚だ不本意ではありますが、クラス代表になりたくない彼がわざと負けてしまうかもしれませんので、仕方ありませんわ。」
「はぁ、わかりました。」
「それと、織斑。お前には専用機が与えられるが、準備が遅れる。」
専用機という言葉を聞いてクラスメイトはざわめく。千冬曰く、一夏は特殊ケースでありデータ収取のため、学園から専用機が与えられることとなったのだ。
フェアーな戦いができることに、ご満悦のオルコットは席に戻り、授業が開始される。
授業の内容はISの核についての話で始まった。
ISの核は世界の467しかなく、それ以上核を作ることを篠ノ之束博士が拒絶しているという。
「あの、先生。篠ノ之さんって、もしかして、篠ノ之博士の関係者なんでしょうか?」
一人の女生徒が千冬に質問をした。
隠していた所で、いつかはばれてしまうだろうと判断した千冬は、箒は篠ノ之束の妹だと答えた。すると、クラスメイトはざわめく。
その直後、箒は急に立ち上がり、机を叩くと言った。
「あの人は関係ない!……大声を出してすまない。だが、私はあの人じゃない。教えられるようなことは何もない。」
箒が叫んだことで、教室は静まり返る。
おとなしくなった箒は席に座ると、何事もなかったかのように授業が開始された。
「箒…。」
一夏は授業が終わると、箒に声をかけた。
箒は一人でいるのが好きという人種ではないということを一夏は知っていた為、声をかけ、クラスメイトの警戒心を解き、クラスに馴染んでもらおうとしたのだ。
余計なお世話と言われるかもしれないが、一夏は近しい人には世話焼きな人間なのだ。
仲良くなるには同じ食卓で飯を食うのが手っ取り早いので、昼食に誘ってみた。
だが、箒は相変わらず、無愛想な顔で自分を無視している。
これじゃあ仲介しても他のこと昼飯は無理だろうと判断した一夏はため息を吐くと、強引に手を引き、箒を教室の外へと連れ出す。
箒は押しに弱い。ある程度のことなら、強引に押してしまった方が良い。
そう一夏は考えた。
「箒、君は僕以外の知り合いを作るつもりはないのかい?」
「幼馴染のお前が居れば、問題ない。それに、千冬さんも知り合いだ。」
「じゃあ、僕がクラスからいなくなっても、千冬姉が居るから寂しくないんだね。」
「どうしてそうなる!」
「後1年もすれば、クラスは変わる。クラスが変われば、僕は箒と違うクラスになるかもしれない。それでも箒はクラスの娘と仲良くやっていけるの?」
「………なんとかなる。」
「今の間はなんだい?」
「うぐ。」
「はぁ、相変わらず、君は人との付き合い方が苦手なようだね。ま、僕も人のことは言えた義理じゃないけど、君よりマシだって自覚はある。」
「一夏。」
「なんだい?」
「私に友達はできるだろうか。」
「箒にその気があるなら、問題ないよ。」
「そうか?」
「あぁ、それは僕が保証する。だって、僕は箒の友達だろう?」
「…そうだな。」
箒はジト目で一夏を見ながら、返事をする。
食堂に来た一夏と箒は2人テーブルに座り、昼食をとる。
「ね、箒。」
「なんだ?」
「箒に僕以外の話せる相手を作る手伝いをしてあげるからさ。オルコットさんとの試合までの間、僕にISについて教えてくれないかな?」
箒は悩んでいた。一夏の申し出を箒が受け入れれば、一夏と一緒に過ごすための口実が出来る。だが、乙女心を中途半端に理解していない一夏には良いお灸だと思い、一夏を放っておこうかと考えていた。
だが、ある3年生が一夏に声をかけてきた。
このままでは一夏が取られてしまうと思った箒は篠ノ之束博士の妹である自分が一夏に教えると言い、3年生を黙らせた。
そして、放課後になった。
「箒、僕はISを教えてほしいと言ったのだけど…。」
「一夏、御託は良い。さっさと構えろ。」
「えぇ?……ISの勉強を教えてほしいって僕は言ったよね?」
「めぇぇぇぇぇん!」
竹刀を持った箒はいきなり一夏に襲い掛かる。
一夏は剣道場の壁にかけていた木刀を取り、素早く防ぐ。
「箒?僕、まだ防具着けてないんだけど?それにこれ、ISの勉強じゃないよね?」
「無駄口を叩けるとは余程余裕があるようだな。もう少し速くするか。」
箒は一度距離を開け、竹刀を下段に構えなおす。
そして、箒は身を屈めると、縮地で一気に一夏との距離を詰める。
人間は地面と水平にある距離には敏感だが、地面と垂直の距離には鈍くなってしまう。
その人間の苦手な距離感を利用した正面からでも使える不意打ちのような技。
箒はさらに時間差をつけ、太刀筋を毎回変えることで、必殺技にまで昇華させた。
この技で箒は全国優勝を取ったと言っても過言ではない。
一夏が真面目に剣道に取り組んでいないと解釈し怒った箒は防具をつけていない一夏にそんな必殺技をだした。
一夏は箒が身を屈めた時に、箒が何か仕掛けてくると判断し、気を引き締めた。
箒の動きは一夏の予想をはるかに超えたものだったため、反応が遅れる。
だが、その反応の遅れが、箒を十分引き付け、寸前で躱すという良い結果をもたらした。
「避けられたか。」
「まあ、何とかね。」
「では、もう一度行くぞ。」
箒はもう一度距離を取り、再び下段に構え、縮地で一気に距離を詰めた。
そして、小細工なしの正面からの胴を狙う。まっすぐな箒らしい攻め方だった。
箒の攻めは完璧と言って相違ないものだった。
一方の一夏は竹刀を上段の構えを取り、渾身の力で振り下ろした。
タイミングが完璧だった一夏の攻撃は見事、箒の竹刀をとらえた。
そして、箒の速さと一夏の力の衝突に耐えきれなかった竹刀は砕け散り、破片が飛び散る。まさかの結末に箒は驚く。
二人の動きは止まり、静寂包まれた。
「引き分け…だな。」
「そうだね。」
二人の試合を見ていたギャラリーは一気に盛り上がり、箒は剣道部の有名人となった。
その頃…。
「あわわ軍師、雛里ちゃん、ゲキ萌えぇぇぇぇぇ!!」
クラリッサは秋葉原を満喫していた。