新世界のロリババァ
IS学園側は圧倒的に不利であった。
専用機持ちだけで束や束が引き連れている無人機や所属不明のISを相手しなければならないため、数的にも質的にもこちらが圧倒的に不利であった。そのため、専用機持ち達の時間稼ぎと生徒の避難誘導の速さがIS学園防衛の成否を決めることとなった。
生徒の避難誘導の状況とISの戦闘状況を見て、誰をどこに行かせるか楯無は考えていた。
『おい。あのバカ女は来ていないか?』
そんな時、コンソールから男性の声が聞こえてきた。モニターを観ずとも楯無はその声主が分かった。
櫻井武蔵だ。作務衣姿の彼は一振りの大きく細い金属性の剣を持ち、IS同士が戦う戦場の真ん中に現れた。場所はシャルロットとラウラが不明機体とサイレント・ゼフィルスと無人機二機の計4機と交戦している場所であった。
戦えない民間人の登場にその場所で戦っていたシャルロットたちは焦りを覚えた。一方の不明機に乗る操縦者は彼を人質に取れば、目的を達成できるのではないかと考えた。暴徒鎮圧用に開発された硬質ゴム弾を装填したサブマシンガンを展開すると、操縦者は武蔵に向かって発砲した。
シャルロットは咄嗟に武蔵を庇おうとしたが、間に合わない。撃った側も傍で見ていたシャルロットたちも武蔵に弾丸が命中すると確信した。だが、発射された弾丸は武蔵に当たることはなかった。武蔵は持ってきた長さ3mにも及ぶ大剣の刃先を地面に付け、柄を動かすことで弾丸を弾いたからだ。
不明機の操縦者もシャルロットも楯無も武蔵の超人的な芸当に唖然とする。
『…マシンガンの弾を生身で剣で弾いたなんて』
『これぐらいあの時代の戦場を一振りの剣で駆け抜けたことのある者ならば、…特に相手の視線や銃口を見ることができるならば、弾道を予測するなど容易いものだ。後は、刃で弾丸の先触れるだけで、弾丸の形は歪になり、弾道が変わり、勝手に逸れて行く』
『飛んでくる弾丸の先を触れるだけだと…そんな芸当が生身の人間に出来るはずが…』
『現に出来ている。…それで、もう終いか?』
『本来このような使い方をするものではないのですが…ワールド・パージ』
数秒の間、不明機の機体が虹色の光を放つ。スタングレネードにも匹敵するこの光を受けたが、隙を狙って攻撃してくると判断した武蔵は目を何かで覆うことはしなかった。
光が消えたことを確認したシャルロットたちは周辺の確認をするが、何の変化も確認できない。不発かと思った次の瞬間だった。
武蔵は持っていた剣を地面に突き刺し、剣に寄りかかり、刃に己の首を当てた。
『貴様、何をした』
『彼に幻覚を見せただけです。ラウラ・ボーデヴィッヒ』
『幻覚だと?』
『えぇ、こちらの指示ですぐに自分の頸動脈を斬るような幻覚を見せているだけです。……今すぐ、武装を解除し、こちらにISを譲渡しなさい。さもなくば、この男性は死にます』
人質を取られたシャルロットや楯無たちは対応に悩む。
彼女たちの最終目標は一夏の救出である。そのため、ISを手放すなどもっての外である。
だが、武蔵の殺害も回避しなければならない。なぜなら、現在彼は対一夏用のISの武器を開発している最中だ。進捗状況は不明だが、ここで彼が死ぬような事態は回避したい。
『時間稼ぎのつもりなら…この男は不要です』
交渉に時間が掛かると、増援が来てしまい、不利な状況に追い込まれてしまう。そう判断した侵入者は武蔵に自害を命じると、武蔵は自身の首を剣の刃で撫でた。凄まじい切れ味によって、武蔵の首の皮膚と頸動脈は切断され、大量の血液が溢れだしてきた。流れ出た血液は致死量に達し、武蔵は地面にうつ伏せに倒れた。
武蔵が倒れるその瞬間、侵入者とシャルロット、楯無たちは驚愕の光景を見た。
武蔵は不敵な笑みを浮かべていた。まるで、異端者を殺し悦に入る狂信者のような、狂気に満ちているが一点の曇りもない純粋な笑みであった。その笑みを見た一同は、彼はこの事態を予測し覚悟しここに現れたのではないかと思ってしまう。
『……』
倒れた武蔵の口が微かに動いた。
喉が切り裂かれたため、彼は声を発することができずにいたが、読唇術を身に着けていた楯無は彼が何を言おうとしたのか理解できた。
「…『これで完成』……いったい何が…」
楯無は武蔵が何を完成させたのか考えようとしたが、シャルロットたちが再び戦闘を開始したため、楯無はこの状況の対処法について考え、生徒達の避難誘導の状況を確認する。
『楯無さん、生徒の誘導が終了しました。どちらに向かえばいいですか』
コンソールからシャルロットとは別の声が聞こえてくる。
クラリッサだ。クラリッサの位置からシャルロット達の交戦場所が近いため、クラリッサにそこへ向かうように指示を出す。そして、武蔵が死んだこととその状況を報告する。
『分かりました。それでは隊長の所に向かいます』
「それと、武蔵さんは死に際に…これで完成って言っていたけど…もしかして」
『えぇ、どうやら、出来たようですね。私の剣が』
「え?」
『隊長の居る所の座標をお願いします』
「いま転送します」
『ありがとうございます』
クラリッサは連続瞬時加速でシャルロット達の場所へと向かう。指定された座標には満身創痍のシャルロットと装甲が半壊状態のラウラが居た。シャルロット達がこれだけダメージを受けているが、相手はほとんどダメージを受けていないらしい。というのもラウラの相手のISに相性の悪いBT兵器が搭載されていたからだ。相手の操縦者がセシリアレベルなら何とかなったのだが、相手は遥かにやり手で相当な修羅場をくぐっていることが分かった。さらに、セシリアのブルーティアーズはビームを放つBT兵器が四機だったが、相手のサイレント・ゼフィルスのBT兵器は六機であった。これによりラウラが崩れ、シャルロットが不明なISと無人機を相手にすることとなり敗北寸前となっていた。
そんな敗北寸前のシャルロットとラウラであったが、武蔵の持っていた武器だけは相手の手に渡らない様に死守していた。
『お待たせしました。隊長!』
『遅いぞ。クラリッサ!早くその剣を持って援護を頼む』
『はい』
クラリッサは地面に刺さり武蔵の鮮血に染まる剣の柄を手にした。
その瞬間、現実では見たことのないはず光景、様々な記憶、感情がクラリッサの頭の中を駆け巡る。フラッシュバックのように見せられたそれらは、嘗て自分の夢の中で見たものであった。だが、今回は夢の中と違い、感情が伴っていた。
この時、こういうことがあった。あの時、ああいうことがあった。
ではなく、
この時、こういうことがあり、笑った。あの時、ああいうことがあり、涙を流した。
それだけの違い。だが、それは劇的な違いであった。
たった数秒間フラッシュバックを見ただけであったが、その数秒の間にクラリッサは今まで見てきた夢の最初から最後までを見た。感情を感じ取りながら…
そして、その数秒のフラッシュバックはクラリッサの人格に影響を与えるには十分であった。
クラリッサは剣を引き抜く。そして、クラリッサは勢い剣を二度三度振り、刀身に着いていた武蔵の血が飛び、地面に赤い孤を描く。そして、ゆっくりと剣を構えると連続瞬時加速でシャルロットが対峙する無人機の背後に回り込むと、胸部に剣を突き刺した。無人機を前にしたシャルロットや無人機と共闘していた不明機に載っていた操縦者は驚いた。連続瞬時加速は何度も瞬時加速を行い、複雑な動きを実現させた瞬時加速である。だが、何度も加速するため正確な動きは困難である。ましてや、正面に居た敵の背後に瞬時加速で周り込むなどという芸当は千冬ですら何度かやって一度成功するようなものである。
だが、それをクラリッサはまるで息をするかの如く容易にやってのけたように二人には見えた。
「全部…全部思い出しましたよ。戒」
無人ISに剣を突き立てるクラリッサの両の瞳から真下に雫の通った軌跡が残されていた。
大事な人を二度も死なせてしまった悲哀、大事な人を二度も守れなかった自分の不甲斐なさに憤怒、こんなにも彼を想いつづけていたのにそれを忘れてしまった苛立ち、抑えきれないほどの恋慕、また同じ人を好きになれたという安心感、それらの感情が彼女の中で爆発した。その感情の爆発が彼女の涙腺を決壊させた。
「あの時、本当の私の気持ちを伝えていれば、変わっていたのでしょうか?今となっては分かりませんが、今度はこの想い絶対に伝えると決めたんです」
クラリッサの感情が高ぶるにつれ、バチバチという音と共にクラリッサの持つ剣が放電を始めた。何の変哲もないただの剣に見えていたクラリッサの剣が、漏電した電化製品とは比較にならないほどの電の光を放っていた。そして、その電は次第に大きくそして増え、数秒後には轟音とともに無人IS全体に高圧電流が走る。無人ISを駆け抜ける紫電はまるでクラリッサの嘆きの咆哮のような音を上げる。
無人ISは高圧電流を受けたことで痙攣し、数秒後には煙を上げ、動かなくなってしまった。
クラリッサは動かなくなった無人ISから剣を引き抜き、シャルロットが相手にしていたもう一機のISへと剣先向ける。クラリッサは泣いていたが、彼女の瞳には不屈の闘志が灯っていた。クラリッサの闘志に呼応するかのように剣が纏っていた紫電はさらに強くなり、クラリッサの体にも走るようになる。
「だから、私の前に立ちはだかるのであれば、絶対にどんな敵でも倒してみせます。そして、殴ってでも大事な人の目を覚まさせて絶対に連れて帰ってみせます。…それが私の…クラリッサ・ハルフォーフの……ベアトリス・キルヒアイゼンのするべきことなのだから」
「訳の分からないことを…ワールド・パージ!」
クロエはクラリッサに向けて切り札を使った。
だが、その直後猛烈な閃光によってクロエの視界は遮られてしまい、さらに何かが破裂したような音がクロエの鼓膜を襲う。光と音によって視覚と聴覚に異常をきたしたクロエは戦闘不能となった。
事前にクラリッサはクロエのワールド・パージと言う技が対象者に幻覚を見せる物である可能性が高いと楯無から聞かされていた。そのため、クラリッサは強い閃光などにより視界を遮り、大気中の物質を強烈な電気で分解し、更に強烈な音で聴覚に干渉することでクロエのワールド・パージを無力化させた。
「…これができたのも一重に武蔵の作ったこの戦雷の聖剣…いや、緋々色金で生成されたのですから、戦雷の黒聖剣と名付けましょうか。……この戦雷の黒聖剣のおかげでしょう。さて、貴方が最後の一人です。戦局はひっくり返り三対一です。どうしますか?サイレント・ゼフィルスの操縦者」
クラリッサは戦雷の黒聖剣を放電させ、何時でも相手を仕留めることができると意思表示する。サイレント・ゼフィルスの操縦者に敵意を向けているのはクラリッサだけではない。シャルロットはサブマシンガンの銃口を、ラウラはレールカノンの砲口を向けている。
すると、サイレント・ゼフィルスの操縦者は仲間の下へ逃走し始めた。不利と判断し仲間の下へと逃げたのだと判断したシャルロットとラウラはその後を追う。
クラリッサも追おうとしたが、永劫破壊の使徒であったベアトリス時代の技の一端をクラリッサの体で使ったことで、とてつもない疲労が彼女を襲ったため、クラリッサはIS操縦をするだけの体力が残っていなかった。クラリッサは崩れ落ち地面にうつ伏せで倒れてしまう。呼吸を整えること専念するが、体が空気を欲しているため呼吸が速くなってしまう。クラリッサは早く呼吸を整えてサイレント・ゼフィルスの操縦者を追わなくてはならない。彼女と戦うためではなく、剣先を向けた時の反応に違和感を覚えたからだ。さらに、その違和感がとてつもなく重要な意味を持っているような気がした。