IS -僕は屑だ-   作:屑霧島

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どんな結果になるとしても、それを後で知るだけなのはもう嫌なの。

私は傍観者じゃなくて、当事者でいたい。




       櫻井螢


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IS学園は退屈しない。それを痛感したのは今年度に入ってからだと楯無は思っている。

春にIS学園に無人のISが一年の試合に乱入し、怪我人を出した。数か月後、一年の臨海学校で銀の福音が暴走し、一人の一年が死亡。さらに、その死んだ一年は葬儀中に起き上がり、テロリストを数名殺害し逃走。これが一学期の間に起きているのだから、千冬が居ない現状において学校運営の一端を担っている生徒会長の心労は並みのモノではなかった。

だが、それでも楯無の中において、IS学園の防衛は最優先事項であったため、様々な策を講じていた。IS用のセンサーやカメラを様々な場所に設置していた。地中を通る下水道、IS学園を囲むようにある海の底、周辺地域の電信柱等…IS学園に近づこうとしている物体が雀一羽ほどの大きさでも感知し判別することが可能であるほど、それほど厳重な警備を行っていた。

だからこそ、楯無がそれに気付かないはずがなかった。

数分前に、IS学園に数機の無人機と数人のIS操縦者が侵入したという連絡を受けた。以前の無人機の襲撃以降警備体制が強化されたため、早期の段階で侵入者を察知することができたのは不幸中の幸いだった。

楯無は千冬に代わり、IS学園の職員室にあるコンソールから専用機持ちと教員に指示を出す。教員はIS学園に居た生徒の避難誘導をさせ、二年は二人一組で、一年は三人一組で、侵入者と無人機を迎撃に向かわせる。

迎撃に向かったIS学園の学生たちと無人機や侵入者が接敵する寸前で、無人機や侵入者が停止した。何か罠でも仕掛けたのかと警戒した楯無は停止するようにIS学園の学生たちに指示を出す。

両者が停止した数秒後、侵入者の一団の先頭に立っていたISが前に出る。そのISは赤椿に類似する形状を持ち、装甲が無色透明である為ISの内部が見えている。

そんなISの操縦者が上半身の装甲を閉じた。

 

『やっほー、箒ちゃん久しぶり』

 

無色透明機体の操縦者は篠ノ之束だった。

束は笑顔で手を振っている。束が直々に襲撃しに来たことを好機と見た楯無はコンソールに映っている映像の録画を開始し、束の一挙手一投足に注目した。箒以外の人間も束が直々に来たことに警戒する。

姉との再会に箒は声を荒げ、姉を呼ぶ。

 

『姉さん!』

『箒ちゃんとなら話せるから、箒ちゃんにお願いなんだけど。箒ちゃんの紅椿以外の専用機の核を破壊してくれないかな?』

『…どうしてですか?』

『知りたい?』

『えぇ、説明していただけないなら、納得できません』

『そっか。可愛い可愛い我が妹が説明を求めているんだし、懇切丁寧に説明してあげよう。束さんやいっくんにとって、IS学園がそれだけ専用機を保有していれば、束さんやいっくんの邪魔をしそうだから、IS学園にある専用機が邪魔なんだよ』

『姉さんや一夏の邪魔ですか?』

『うん、知っての通り。今束さんはISをスポーツや宇宙開発以外で使用しようとした連中を片っ端から潰しているのは知っているよね?束さんやいっくんはそれらの…IS悪用の抑止力になろうとしているんだよ。だから、抑止力を崩壊させかねない戦闘力を持ったIS学園の一部の生徒は面倒なんだよ』

『姉さんや一夏は何が望みとはなんですか?』

『言った通りだよ。ISが悪用されない様に抑止力になること。この行為自体が束さんたちの目的なんだよ。その先なんてない』

『ISの核が存在する限り、遠い未来にISを悪用する連中が生まれる可能性はある。そんなことが発生するかもしれない遠い未来まで姉さんは生きられない。だから、姉さんたちの目的は絶対に達成することはできない』

『でも、それは人間である限りの話。もし、不死になれたら話は別だよね?』

『不死?』

『そう。たとえば、人間の意識をISの核に取り込ませて、ISの核自体にあった意識を上書きすれば、その人の意識はISの意識となる。さらに、体自体もISと融合させれば、ISの自己修復機能と絶対防御を持った活動停止しない不死の人間となる。しかも、存在自体がISだから、ISの稼働率は常時100%、ちーちゃんでも勝てないチートな存在』

『まさか…一夏は…』

『ピンポンピンポーン!大正解!!自立思考人器融合型ISとは核が壊されない限り止まらない人間を生み出すためのISで、束さんが一番作りたかった物はあの史上最強の最高傑作でありながら失敗作なんだよ。いっくんは!…本当にあのISの開発にはこの天才篠ノ之束さんも苦労したんだよ。なんたって、あのISを作る過程で467も核を作っちゃうほどだったんだから』

 

束はテストで良い点数を子供のように大はしゃぎ、喜びをあらわにする。

だが、次の瞬間、束はその笑顔のまま冷たい声で呟いた。

 

『おかげで、いっくんはあの時死なずに済んだ』

 

楯無は束の言う“あの時”に心当たりがあった。

一夏が幼かった頃、狂犬病に罹ったことがある。この時、担当医は適切な治療を行ったが、病気は悪化し、一夏は死にかけた。だが、前触れもなく、一夏の狂犬病は完治した。この現象は医学で説明できない現象だとして、後に担当医がISと狂犬病との関係性に関する論文を発表しようとしたぐらいだ。

おそらく、あの時に、一夏はISと融合し、自立思考人器融合型ISへとなったのだろう。

 

『どうして、一夏を不死にしたのですか?』

『だったら、箒ちゃんはあの時いっくんが死んでも良かったの?』

『…それは』

『それにね。あの時、いっくん言ったんだよ。『千冬ねえは本当は弱い。僕が病気で死にそうになって死なないでって僕が死んだら私も死ぬって言ってずっと泣いちゃうぐらいに弱い。だから、こんなところで死ぬわけにいかない』って。だから、いっくんの願いを叶えた』

『では、何故姉さんはISの核を世界中にばら撒いたのですか?そんなことをしなければ、一夏はIS悪用の抑止力になる必要はなかったのに』

『そうだね。話は変わるけど、あの時のちーちゃんといっくんを取り巻く環境は最悪だったのを箒ちゃんは覚えているかな?……いっくんの治療費が膨大だったからという理由で親に捨てられて、お金もなくて、ちーちゃんは高校生で、いっくんは小学生で、親戚は借金が嫌で誰も引き取ろうとしなかった。このままでは、お金を生み出すこともできない二人は、良くてどこかの施設に預けられ、悪くて借金を恐れてどこの孤児院も引き取らない。近隣の孤児院の状況から考えて、二人は別々になるのは確定といっても過言じゃなかった』

『……そうでしたね。あの時は一夏と離れ離れになってしまうと私も泣きそうになったのを覚えています』

『でも、ちーちゃんが生活費と借金を上回るだけのお金を生み出すだけの生産性を持っていたら、二人は別々にならずに済む。この問題を解決するのにいっくんの治療の副産物として生まれたISは役に立った。さっきも言ったけどISは本来いっくんのために作られた。だから、実の姉であるちーちゃんにも高い適合性が見られた。これを利用すれば、ちーちゃんはその業界における第一人者となってお金を稼ぐことができる』

『だから、ISを世界中にばら撒いたと…』

『そう、軍事利用も可能と分かった瞬間、政府はちーちゃんを高い金で雇った。おかげでちーちゃんといっくんは離れ離れにならずに済んだ。後々、ISが悪用されることも、悪用されたISでちーちゃんや箒ちゃんが傷つかない様にIS悪用の抑止力になることも覚悟の上でいっくんと束さんは世界中にばら撒いた。もう一回宣言するよ。…私、篠ノ之束は世界中を敵に回しても、織斑一夏と彼の願いのために尽くすことを誓う』

 

囚人観衆の前で最愛の恋人に愛の告白をするかのように彼女は堂々と宣言した。

普段の快活な明るい無邪気な笑顔から想像できない慈愛に満ちた優しい表情だった。それでいて、その場にいた専用機持ちやモニター越しに束を見た楯無も気押されしてしまう程のプレッシャーを感じた。

 

『もう一回言うよ。…いっくんのために、その専用機の核を破壊して』

 

そんなプレッシャーを受けても現場にいる専用機持ち達は心が折れることはなかった。

彼女たちも束と同等の覚悟を持っていたからだ。

どんな敵が強大であろうとも一夏に会いたいという覚悟を持っていた。

 

『私たちが一夏の隣に立って、一夏のために戦うことはできないのですか?』

『いっくんはそれを嫌がっている』

『どうして…』

『言ったよね?いっくんの意識はあるけど、体は死んでいるって。さっきまでの話を聞いていたらわかると思うけど、ISと完全に融合を果たしていたのなら、不死の存在になれる。でも、いっくんの体は死んでいる。どういうことか分かる?』

『融合は不完全だった?』

『そう、中途半端な融合だったから、拒絶反応が生じた。でも、ISの絶対防御がそれを打ち消すどころか、逆にいっくんの本来の体を傷つけるようになったの。新陳代謝の低下、五感の低下、体の自衛機能の低下、体温低下、血流の悪化などなど、ただでさえ、それらの悪影響が積み重なっているのに、銀の福音の攻撃を受けて、いっくんの本来の体はあの臨海学校の日に完全に停止したんだよ。その結果、いっくんの体のほとんどはISとなった』

『…やはり私のせいで』

『気に病むことはないよ。箒ちゃん。あの時、いっくんが銀の福音の攻撃を受けていなかったとしても、計算上ではいっくんの体は夏休み明けに停止することが分かっているのだから』

 

束の言葉が事実であるか否か、箒は判断する手段を持たない。だが、束が今まで自分に嘘を言ったことが無いことは知っているため、事実であろうと確信していた。

だから、もしあそこであんなことが起きなかったとしても一夏の体が停止することは決定事項なのだと分かった。それでも、自分の盾になって一夏が死んだという事実は箒の心を傷つけた。

 

『体が停止破壊されたことで、いっくんの本来の体にあった感覚神経が死滅して、代わりにISのセンサーが機能するようになった。おかげで、センサーを通じていっくんの意識に伝えられるのは感覚じゃなくて、データになった』

 

一夏の思考が受け取るのはセンサーから受けた単純なデータ。

故に、どんなもの見ても触っても聞いても、主観が発生しない。

 

『どんなに箒ちゃんが成長して綺麗になっても、いっくんはそれを感じ取ることができない。いっくんはそれが辛いって…』

 

日向の香りに包まれても、成分しか分からず、穏やかさを感じない。

星空を見上げても、星の光の照度しか分からず、感動を覚えない。

手の握っても、握った指の温度は分かっても、人肌の温かさが分からない。

だが、一夏の思考は死んでいないから、それが悲しいと一夏は思ってしまう。

 

『それにね。自分の我儘でISを世界中にばら撒いて世界を混乱させたのだから、自分が責任を取らなければならない。これは自分が巻いた種で危険な事だから、箒ちゃんたちを巻き込みたくないって…本当に優しいいっくんらしいよね。…三度目の通告をするよ……いっくんを安心させるために、いっくんと戦う意思を捨てて、専用機の核を破壊して』

 

束の三度目の祈るような通告から先ほど以上の一夏への優しさを感じる。

 

『…私の言い分は傲慢なのかもしれないし、一夏にとったら、いらぬお世話というものかもしれない。だが、一夏がそんなに苦しんでいるのに、私は何もしないというわけにはいかない。どんな結果になるとしても、私は一夏の傍に居たい。傍観者じゃなくて、当事者でいたい』

 

十年近く一夏を最愛の異性として、箒は恋焦がれ、想い続けた。

だからこそ、彼を窮地から救いたいとそう思うことは自然な事であった。

 

『そう、分かった。…いっくんのために、今ここで、箒ちゃんを負かして、その恋心に終止符を打ってあげる。それがいっくんの共犯者として、箒ちゃんの姉としての責務だから!』

 

束は先ほどまで閉じていた上半身の装甲と刀を展開すると、宣戦布告をした。

 




今回の話は複線回収の話となりました。

まとめると…

一夏が自立思考人器融合型ISとなったのは、狂犬病で一夏が死にかけた時看病していた千冬が『一夏が死んだら私も死ぬ』と言ったから。

ISを世界中にばら撒いたのは、IS操縦者としての可能性を持った千冬が職を手に入れ、活躍する場を作るため。

ISを悪用した組織を襲っているのは、ISを世の中にばら撒いた責任があると一夏は思っている上に、箒達が危険な目にあわないようにするため。

以上でしょうか。







そろそろ、本編でアホタル出さないとな…

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